魔法少女まどか☆マギカ~紡がれる戯曲~   作:saw

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最後はマミさんと杏子です。


本当の意味での再会

 絶望の象徴である魔女の結界、その中で闘う二人の魔法少女の姿があった。

 

 周りにいる使い魔達全てが、マミの銃と杏子の槍によって駆逐されていく。多数の使い魔のほとんどは杏子の槍によってなぎ倒され、残った使い魔達をマミが倒していく。その動きに無駄は一切なかった。

 

 後は魔女だけだ。そしてその魔女への最短の道をマミのリボンが創り出す。

 

「佐倉さん、お願い!!」

 

「任せろ!!」

 

 そうして出来たリボンの橋に乗り、杏子は魔女へ一直線に向かって駆け出して行った。当然自分に向かう杏子を止めるための攻撃を魔女は仕掛けるが、杏子が止まることはない。なぜならその攻撃の全てはマミの銃によって防がれていたからだ。杏子もまた、自分でその攻撃を止めることはせず、ただ一撃の威力に魔力を槍に込めるだけだ。

 道は全てマミが創る。そして杏子が魔女にとどめを刺す。互いが完璧にそれをこなすことができるという無意識の信頼が二人を支えていた。

 

 そしてついに、自分の必殺の間合いにまで杏子は魔女へと踏み込んだ。

 

「これで……終わりだぁぁぁぁっっっ!!!!!」

 

 そうして突きだされた槍の一撃によって、魔女はその存在の全てをグリーフシードへと変えた。

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 これで終わった。文句のつけようのない完璧な勝利だった。しかしそれでも二人の表情はあまり冴えることはなかった。マミ達は手の中にあるグリーフシードに向けて語りかける。

 

「ごめんなさい……あなたのグリーフシードは使わせてもらうわ……」

 

「あたし達がこれからも生きていくためなんだ……悪く思うなよ……」

 

 今までと同じようにただ手放しで喜ぶことはできなかった。今の手元にあるものはあり得るかもしれない自分の未来の姿なのだから。それはもはや正義とは呼べないのかもしれない。

 しかしそれでも、彼女達魔法少女がそれを使わずにいるという選択肢はあり得ない。これからも、この闘いは続けないといけないのだ。

 それこそが彼女達が決めた、これからも生きていくということなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

「佐倉さん、これはあなたが使って。あなたが一番頑張ったのだものね」

 

「いらねーよ。あたしが槍を振りまわすのにそんなに魔力は使わないんだ。お前の方が使い魔を倒したり、さっきの橋を作ったり、あたしへの正確なサポートで魔力を使っているはずだ。だからそれはお前が使え。というより、あたしのソウルジェムはまだ全然濁ってないんだよ。ほら」

 

 そう言って杏子は自分のソウルジェムを見せる。その言葉通り、それは依然輝きを放っていた。

 

「あら、私のソウルジェムだってまだまだ濁っていないのよ? これならまだいくらでも闘えそうね」

 

 マミのソウルジェムも穢れはほとんど発生していなかった。その言葉通り、彼女ならばいくらでも闘うことができるだろう。

 

「そうか。それならそのグリーフシードはストックにしておくか」

 

「そうね。ワルプルギスの夜との闘いのためにも多くのグリーフシードを用意しておかないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「でも、とっても懐かしいな……あの時の時間が帰ってたのね。……いえ、違うわね。何もかも昔と同じではない。だって、あなたはこんなにも……」

 

「マミ……?」

 

「本当に……強くなったわね、佐倉さん」

 

「――――っ!!」

 

 杏子はその言葉に一瞬茫然としてしまった。

 かつて師と仰いでいた巴マミ。しかしあの事件があってから、彼女と離れてからはこうして会うことはなかった。もう、かつての関係で会うことはないと思っていた。いつものお茶会をすることはないと思っていた。

 それでも、杏子はかつての師であった彼女に一人前であると認められて、心の底では歓喜していた。

 最も、今の彼女にとってはそれを認めるのは癪だったので、

 

「……ふん、これくらい当然だ。褒められたって嬉しくねえよ……」

 

 ただ後ろを向いて自分の顔を隠すだけだった。今の自分の顔だけは見せるわけにはいかない。見せたくはない。それが杏子にとってのせめてもの抵抗だった。

 

 そんな杏子を、マミはただ穏やかにほほ笑んで見つめるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

「もう魔女はいないようね。今日の魔女探索はここまでにしましょう」

 

「そうだな」

 

 今頃は裕一とさやかは中沢と仁美への説明、ほむらはまどかと一緒に過ごす時間の中で自分の闘いの意義をもう一度見つめ直そうとしている。おそらく彼らはまだ、それぞれの時間を過ごしているだろう。

 だからマミも、もう少し杏子との時間を過ごそうと考えた。

 

「佐倉さん、洲道君達はまだ来ないだろうし、少し寄り道してから戻らない?」

 

「寄り道? 別にいいけど……どこに行こうってんだ?」

 

「そうね……最近新しくできたクレープの店ができたから、そこに行きましょう?」

 

「クレープ!? よっしマミ、今行くぞ、すぐ行くぞ!!」

 

 クレープの単語を聞くだけで、杏子はすぐに走り出して行った。場所がどこかも知らずに。

 

「あ、佐倉さん!? もう、本当に食べ物のことになると目が変わるのね……」

 

 そんな杏子に苦笑を洩らしつつ、マミは杏子の後を追って行った。

 

 

 

 

 

 

 

「いっただっきまーす!! あむっ」

 

「いただきます。はむっ」

 

 少し並んでそれぞれのクレープを購入して、二人はベンチに腰掛けて食べ始めた。

 

「うめぇ~! フルーツや生クリームの甘さも、皮の舌触りも、どれも他のクレープとレベルが違うじゃねえか!」

 

「ここのクレープ屋さんは、かつての有名店のパティシエさんが働いているって口コミがあったのよ。この味なら、すぐにでも人気店になるでしょうね」

 

 クレープに舌鼓を打ちつつ、二人は味の感想を言い合っていた。杏子はあまりの旨さに興奮気味で、マミも杏子がここまで喜んでいたことと、クレープの旨さに満足していた。

 

「食うかい、マミ?」

 

 上機嫌な杏子は、自分の持つクレープをマミに差し出していた。

 

「ええ。それなら私のもどうぞ。はい、あーん?」

 

 マミもまた、自分のクレープを杏子に差し出していた。

 そうして二人は互いに差し出されたクレープを食べ合い、また互いに顔を綻ばせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

「今度の裕との勝負に勝ったら、ここのクレープをおごらせるか! ああ、楽しみだ!!」

 

「あら、洲道君とはそんなに勝負をしているの?」

 

「ん? ああ、あいつとの勝負に勝って食う飯はまた一段と上手いんだよ! あいつの悔しそうな顔を見ながらってのが、またいいスパイスになってだな!」

 

「あらあら、そんな意地の悪いことを言っていると洲道君怒っちゃうわよ?」

 

 杏子が嬉しそうに話すのを、マミはただほほ笑んで聞いていた。こうして本当に楽しそうな杏子を見て、こんな時間を作れたのも彼のおかげであることに感謝すると同時に、ちょっぴり嫉妬してしまったことはマミの中では内緒だった。

 

 

 

 

 

 

「それで裕のやつ、あたしのむ、胸を触ったくせにまだ他のやつらに対してセクハラするんだぞ!? あの節操の無さには本当に腹が立つんだよ!! あいつがどっかの女の子に色目使ってるのを見て、あたしがどれだけその節操の無さにむかむかしたか……」

 

「さ、佐倉さん、落ち着いて……」

 

 最初こそ裕一のことを楽しげに話していたまではよかったのだが、次第に裕一のセクハラの話になってからは、その時の怒りを思い出して、手にあるクレープをはぐはぐとやけ食いしていた。

 

「なんであいつは……」

 

 クレープを食べ終えたら、今度はベンチの上に足を置いてそのまま顔を膝に埋めていた。その姿には明らかに影がさしていた。

 

 このままではいけないと判断したマミは、取りあえず裕一のフォローをすることにした。それは、以前杏子に余計なことを言ってしまったせいで、彼は修行という名のおしおきを受けてしまった負い目を感じていたからだった。

 

「で、でも佐倉さん? 洲道君はちょっとふざけた所があるけど、大事な所ではちゃんと真面目に動いてくれるわよ? それはあなただって分かっているはずでしょ?」

 

 以前に彼も男の子であるとフォローしてみたが、それは火に油だった。なので、彼がそこまでの節操なしではないとアピールしてみることにした。

 

 しかしそれも失敗だったとマミは実感した。

 

 その言葉に杏子は顔を上げてマミの方を向き、その目は明らかに据わっていたからだ。

 

「いいよなーマミはさ? そんな男殺しのものを持っているなんて……」

 

「え、お、男殺し……?」

 

 ゆらりと杏子の手が伸びてきた。――――マミの胸へと。

 

「きゃっ!? さ、佐倉さん!?」

 

「こんなに育ちやがって……今のあたしですら、以前のお前のサイズには敵わなかったわけだしな……」

 

 マミの胸は杏子の小さな手では到底収まりきらないものだった。杏子はその大きさをたっぷりと味わうように、丹念に揉みしだいていた。

 

「ちょ……や、やめなさい佐倉さん……あんっ……」

 

「あたしはあの時一人くらいならいいって言ったのに……あいつはあたしの精一杯の決意も知らないでさ……どれだけあたしが譲歩したと思ってんだよ……」

 

 杏子は感情のこもらない目つきで胸を揉み続ける。杏子に揉まれ続けるにつれて、マミの顔はだんだんと赤く上気してきていた。その様子は確かに世の男達が見たら、惹かれることは間違いないだろう。

 

「さくら、さん……こんなの、だ、め……ふあ、ああ……やんっ……」

 

「裕だって興味あるって言ってたしな……あたしの胸を触っても満足しないのはこれがあるからなんだ……あいつはいつかこのおっぱいにゆーわくされちゃうんだ……このおっぱいが、ゆうをとっちゃうんだー……」

 

 感情の抑制が利かなくなったせいか、杏子の言葉使いが幼くなってきていた。彼女自身の特殊な境遇、それらによって抑圧された誰かに甘えたいという感情、精神のバランスが崩れかけていることによってそれが噴出され、今までの彼女とは思えないようなアンバランスな幼さが表に現れていた。

 

 最も、そんな考察が胸を揉まれ続けているマミにできるはずもなく。

 

 やがて……

 

「……っ!! いい加減にしなさーーーーーいっっっ!!!!!」

 

 とうとう腹に据えかねたマミの雷が落ちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、もう……」

 

「わ、悪いマミ……ちょっと、取り乱した……」

 

 マミの説教を受けて、ようやく杏子は我に返っていた。

 

「佐倉さん、洲道君はあなたがさっき言ったような人じゃないことは、あなたが一番よく分かっているでしょう? あなたが一番に信じてあげないと駄目じゃない」

 

「……そう、なんだよな。あいつはただ……」

 

「佐倉さん……?」

 

「なあ、マミ。せっかくだし、少し歩かないか? 聞いてほしいことがあるんだよ」

 

 そう言って杏子はベンチから立ち上がって歩きだした。突然神妙な態度になったことにマミは戸惑っていたが、とにかく杏子を追いかけることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前と離れた後、あたしは風見野に移っていた。お前とはやっていられないっていうのもそうだったけど、一番の理由はこの町にはいたくなかったからなんだよ。お前なら分かるよな、マミ? お前はあたしの願いのことも、あたしの家族に何があったのかも知っているんだからさ」

 

「ええ……」

 

 杏子の言葉にマミは頷いていた。マミだって忘れるわけがなかった。以前杏子の家に招待されて、そして彼女の家族と共に食卓を囲んでいた。その帰りに、杏子の願いを聞いたのだ。

 その願いはとても尊いものであると、マミは今でも思う。しかし、それが自分自身のための願いではなかったことに彼女は危惧していた。いつか彼女は自分の願いの対価と釣り合わないと思う日が来るかもしれないと思っていた。

 そんなマミに対して、杏子はそんなことはない、自分なら大丈夫だと言っていた。

 

 しかし、その言葉は結局叶うことはなかった。

 

「それでもここに戻って来たのは、風見野があまりにもしけていたこともそうだったけど……本当の目的は裕に会うことと、そしてお前の様子を見るためだったんだよ。あれからお前も少しは変わったのかなって思ってさ」

 

「私を……?」

 

「そうだよ。だけどお前は少しも変わっちゃいなかった。相変わらず誰かのために闘い続ける甘ちゃんのままで、あたしは心底呆れたし、腹が立った。その上、昔のあたしと同じような願いでなった魔法少女までがお前の弟子になっていた」

 

「美樹さんのことね。確かにあの子は昔のあなたと同じだったわ。自分にとって大切な人のために魔法少女になって、そして自分の力を誰かのために使うと言っていた……」

 

 杏子はそんなさやかとマミの姿をそれぞれ見ていた。その時に感じていたのは、怒りや呆れ、そして羨望だった。

 

 かつての自分と同じ姿をしたさやかに怒りを覚えた。

 以前から全く変わらなかったマミに呆れていた。

 そして、かつての自分と同じ光景を作っていた二人に羨望を抱いていた。

 

「さやかが使い魔を逃がしていたのを見て、あたしはもう我慢できなくなった。だからさやかを沈めてやって、現実を見せてやろうと思ったんだ」

 

「だけど……それは洲道君が止めたのでしょう?」

 

「キュゥべえの言っていた極めつけのイレギュラー、まさかそれが裕だったなんて完全に予想外だったよ。だけど同時に愉快でもあったんだ。あたしがライバルと認めたあいつがそれほどまでの存在であったことがな。しかもこのあたしにすら勝っちまうほどだったからな」

 

 その時のことを思い出して、杏子は無邪気に笑っていた。彼女自身、自分が負けたとしても、こうして無邪気に喜べることがあることを初めて知ることができてよかったと思っていた。

 

「しかもあたしのことを知ってもなお……いや、それは今はいいか。それから後はソウルジェムの秘密をあたし達は知ってしまったな。裕とまどかから始まって、その事実を乗り越える過程の中で、あたしはさやかに自分の過去の全てを話すことにしたんだ。あたしと同じ間違いをしないようにと願ってな」

 

「あなたが一人で美樹さんに会いに行った時のことね……」

 

 杏子はさやかに自分の過去を話すことで分かってほしかったのだ。他人のために祈ったところで、それが必ずしも自分に返ってくるわけではないということを。自分と同じ間違いを犯すのを黙って見ることはできなかったのだ。

 

「だけどさやかは、あたしの過去を知っても変わらなかった。これからも自分の力は他の人のために使っていきたいんだって、そう言っていたんだよ。それを聞いたあたしは呆れたよ、怒ったよ。……だけどそれ以上に、羨ましくもあったんだよ」

 

「佐倉さん……」

 

「そうさ。あたしはさやかが羨ましかった。あたしのことを知ってもなお、その道を貫こうとするあいつの存在が、あたしに残った最後の希望だと、そう、思ってたんだ」

 

 マミはその言葉に隠された意味にすでに気付いていた。『思っていた』という言葉、そして今の現状と照らし合わせれば、それが分からないほどマミは愚鈍ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やがて二人は教会のすぐ近くにまで来ていた。以前マミも来たことのある、杏子のかつての家。その時の面影は若干残るものの、そこはすでに廃墟と言っても過言ではなかった。

 

「でも、最後の最後であたしとさやかの決定的な違いができてしまった。自分の祈りが本当の意味で報われたか、そうでないかっていう、比べることすらおこがましい違いが、な」

 

「それは……」

 

「そりゃあ、あたしとさやかには細かい違いはいくらでもあるさ。だけどあの時のあたしにとっては、それが全てだったんだ。あたしの最後の希望が、手からこぼれ落ちてしまったんだって自覚せざるを得なかった。その結果が……これさ」

 

 そして二人は教会にたどり着く。そこは外から見えていた光景以上の惨劇だった。ステンドグラスはほとんど砕けているし、床もぼこぼこ、他にもいたるところに切り傷や煤けた後も残っている。自分が知っている光景とのあまりの違いにマミは茫然としていたが、やがて答えを見出していた。

 

「そう、だったのね……私達皆で待っていた時、あなた達は……」

 

「さすがはマミだな。お前の想像通りだよ。裕はあの時、魔女と闘っていたんじゃない。希望を失って自棄になっていたあたしと闘っていたんだよ」

 

 それならこの教会の惨状にも説明がつく。魔法少女の力と、それに匹敵する力が全力でぶつかり合えば、この惨状はむしろ必然だ。

 

 さやかが救われたことを連絡してきた裕一の言葉にマミは、杏子に何かあったのではないかとは勘づいていた。もしかしたら自分もそこに行くべきだったのかもしれない。はっきりとした正解は今でも分からないままだ。

 しかしあの時のマミは、裕一のことを信じた。誰よりも彼女のことを信じていた彼に全てを任せた方がいいと、マミは決意したのだ。

 

 そして裕一は、そんなマミの信頼にこの上ない形で答えてくれたのだ。

 

「全力だったのに、これ以上ないくらいの力を出していたのに、あいつはどこまでも食らいついて、そしてあたしを完全に負かしてしまったんだよ。そんなあたしは……今まであいつにずっと甘えていたんだ」

 

 自嘲するように杏子は言う。そうして建物の中なのに見える空を見上げている杏子の表情がどんなものなのかはマミには分からなかった。

 

「だけど昨日……あたしの中で答えが出てしまった時に、あいつの色んなものが見えるようになってしまったんだ。それを知ったあたしは、まずは自分が変わらないといけないと気付いたんだよ」

 

「変わる……」

 

「……いや、違うか。正確には、変わってしまった自分自身を受け入れることだな。あたしは、まずはそこから始めないといけないんだよ。始めるために、まずは終わらせないといけないんだよな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 杏子の独白を聞いて、マミは思う。彼女もまた、さやかやほむらのように変わろうとしている。

 何もかも以前と同じようにはなれないだろう。人は良くも悪くも変わって行く生き物なのだから。

 だけどそれでも杏子は強くなるために、一歩を進む勇気を持とうとしているのだ。

 

 それならば、自分もそのままでいていいわけがない。自分の弱さと向き合わなければならないのだ。

 

「佐倉さん、あなたがいなくなった後の日々は辛いものだったわ。私は昔のあなたにも、鹿目さん達にも皆にとって頼れる先輩であろうとしていたんだけど……本当はずっと一人でいることが嫌なだけだったの。だから私は、本当は力を持たない守るべきだった人達を魔法少女の闘いとはどういうものなのかを知ってもらうという名目で、魔女との闘いの場に連れてきていたのよ」

 

「それは……確かにお前らしくないミスだったな」

 

 魔女との闘いを知るのなら、一度だけの見学でもよかったはずなのだ。何度も連れていく必要などない。いや、たとえ素質があったとしても連れていくこと自体が危険であることに変わりはないのだ。完全に守りぬく保証など、どこにもないのだから。

 

「そのせいで私は……鹿目さん達を何度も危ない目に遭わせてきた。いいえ、洲道君が助けてくれなかったら、私自身が死んでいたのよ……そうなってしまったら、鹿目さん達はその場を切り抜けるために魔法少女になるしかなくなってしまう。願いをよく考えてと言っていた私自身が、結局は彼女達を窮地に追いやることになっていた……」

 

「守るはずのお前が、逆にあいつらを追い詰めるってか。そりゃとんでもない皮肉だな……」

 

 杏子はマミをそしるように言ったが、心の中ではそこまで彼女を批判する気持ちはなかった。

 しかし下手に慰められるよりは、そっちの方がマミにとってはありがたかった。

 

「それから後はね、私を助けてくれた洲道君がこれからは私と一緒に闘ってくれると言ってくれた時は本当に嬉しかった……もう私は一人じゃない。彼がいてくれて本当によかったって思っていたのよ」

 

「……む」

 

 その言葉に杏子は一瞬面白くないような顔をした。そんな彼女に対してマミは苦笑で返したのだった。

 

「正直に言っちゃうとね、その時の彼に憧れのような感情を抱いたのは事実だったのよ。私の命を助けてくれたばかりか、私の抱えていた孤独も癒してくれたのだから。彼が男の子であることもあって、その時に懐いていた気持ちはそういうものなんじゃないかって思ってたのよ」

 

「ふーん……」

 

「でもね、そのすぐ後に美樹さんも加わってくれた時に感じた嬉しさ。それが洲道君が加わった時に感じたもの同じであったことに気付いた時に、分かっちゃったのよね。私が本当にほしかったものが何かを」

 

「ほしかったもの?」

 

 その言葉に杏子は首を傾げていた。マミは胸を張って言える。それは目の前いる杏子も同じであり、そしてそれを自分はすでに手に入れているのだと自覚しているのだから。

 

「私は、自分のことを分かってくれる友達、仲間がほしかっただけなんだって」

 

「友達に仲間……」

 

 単純にして明快。それこそが巴マミの本当の願い。しかし普通なら叶うはずのない願い。

 それは、魔法少女達の縄張りという概念が原因だった。自分のその中で生きた一人であったからこそ、杏子はその困難さを理解することができた。

 

「でもね、それでも私は成長してはいなかった。自分の望みが叶ったことに浮かれていただけで、ただ皆に甘えていただけだったのよ。だから私は……自分の運命を知った時に恐れて、死のうとしてしまった……」

 

「…………」

 

 自分が今まで倒していたのが、かつては自分と同じ魔法少女であったこと。それを知った時、孤独に耐えるために巴マミが最後に支えとしていたものが崩れてしまった。

 だからマミはあの時自分に銃を向けた。災厄の元は断たねばならないという使命感のもとに。なにより、自分がその運命から解放されたいために。

 

「それでも洲道君が両手を犠牲にしてでも私を守ってくれて、そして皆の言葉があって……私は自分がどれだけ自分勝手だったかを思い知らされたわ。私が勝手にいなくなってしまったら、残された皆がどんな気持ちになるのかを考えもせずにね。誰かが去ってしまう辛さを、私は知っていたはずだったのに……」

 

「一人じゃない人間が負わなければならない責任、か……」

 

 一人である人間が得られるものは自由であり、誰かのために考える必要はない。

 しかし誰かがそばにいる人間は、その人のことも考えないといけないのだ。どちらかが一方的に求めるだけでは、仲間や友達とは呼べるわけがない。

 

「だからこそ、私も変わるわ」

 

 胸元を強く握り締めて、マミは宣言する。その瞳には皆が与えてくれた強さが、熱い想いが宿っていた。かつてない強さを持ったマミの姿に杏子は一瞬たじろいでしまった。

 

「あの事故の時に願った、『生きたい』という願いを最後まで貫き通す。私にとって大切なあなた達や町の人達を守るために闘い続ける。そしてあなた達を決して孤独にはしないわ。私と、そしてあなた達を生かす選択を取り続けるられるように、これからも強くなってみせる」

 

 孤独に苦しんでいた弱い少女は、もうここにはいない。

 ここにいるのは、自分と自分の大切な人達を守るために強くなると決意した少女だ。

 孤独を知る彼女だからこそ、誰かに優しくなれる。強さを得た彼女だからこそ、誰かの命も、そして心を守ることができる。

 

「……そうか。あいつらと出会って、お前も変わるきっかけを掴んだんだな。――――よかったな、マミ」

 

「ええ。それにあなたもいてくれたから、私は強くなれたのよ。今まで本当にありがとう、佐倉さん。そして、これからもよろしくね」

 

「……ああ」

 

 長く離れていた二人は、こうして再び出会うことができた。以前と全く同じではあり得ない。だけどそれでも二人は確かにここにいることは変わりないのだから。

 

 もう離れることはないとマミは確信していた。

 

 それは、たとえ誰かが変わったとしても、それでも変わらないものがあることを知ったからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人は教会を後にして、マミの家へ向かっていた。

 

「さあ、早く戻りましょう、佐倉さん。皆にクッキーを作ってあげないとね」

 

「あ、あのさマミ、ちょっとお願いがあるんだけど……」

 

 そうして杏子はマミにあるお願い事をする。それを聞いたマミは優しくほほ笑んだ。

 

「ふふっ、もちろんいいわよ。そうよね、女の子なら誰でも夢見ることだものね」

 

「な、なに笑ってんだよ!!」

 

 そうやってむきになる杏子にマミはただにこにこ笑うだけだった。

 

 

 

 

 

 

「おーい、マミさーん、杏子ー!!」

 

 その時後ろから声がした。振り返った先にいたのはさやかだった。

 

「あら美樹さん。志筑さんとのお話はちゃんと終わったのね?」

 

「もうばっちりですよ!! あたし、今なら杏子にだって、ワルプルギスの夜にだって負けたりはしませんから!!」

 

「へえ、随分調子のいいこと言ってんじゃん。その鼻へし折ってやろうか、さやか?」

 

 昨日も自分にボコボコにやられたくせにそんなことを言うさやかに、杏子はプライドを傷つけられた気分だった。鋭い眼光で睨んだが、さやかはあくまで余裕だった。

 

「ふっふっふ。昨日のあたしと思って甘く見たら痛い目見るよ!! 恭介と仁美がくれた強さを得たあたしは無敵なのだ!!」

 

「上等だ。だったら今すぐその強さってやつを見せてもらおうか!!」

 

 挑発するさやかにあっさりと乗る杏子に、マミは待ったをかけた。

 

「待ちなさい。まずは私の家でおやつにしましょう? それから修行を始めるんだから、その時に見せてもらえばいいじゃない。あと美樹さん、意気込むのはいいけど、油断しては駄目よ? 無茶する闘い方は絶対にしないこと。いいかしら?」

 

「分かったよ……」

 

「はい、すいません……」

 

 まだまだ皆のお姉さんでいないと駄目だな、と思うマミであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中沢とは随分話しこんでいたようだ。すでに夕方になっている。もしかしたら皆すでに集合しているかもしれないと思った俺は、少し急ぎ足で向かっていた。

 

 その時、二人の姿を見かけた俺は声をかけることにした。

 

「よう、まどか、ほむら……っ!?」

 

 しかし最後まで声を出すことができなかった。理由はまどかの胸に抱かれている黒猫の存在があったからだ。

 

「エイミー……」

 

「あ、洲道君。今この子も一緒にマミさんの家に連れていく予定なんだ。ちゃんと仁美ちゃんとマミさんにも連絡を取ってるし、御飯も用意しているの。マミさんと杏子ちゃんにも紹介しようと思って」

 

「いや、それよりどうしてエイミーが外に出てるんだ? ……もしかして勝手に出たのかよ?」

 

「……うん。でもそのことはちゃんと叱っておいたから、もう許してあげて。それにこの子が外に出たのは……きっと洲道君に会いたかったからなんだと思うの」

 

「そう、なのか……」

 

 まさか中沢との話の後にエイミーと会うなんてな……

 見るとエイミーは俺のことをじっと見つめていた。まどかはそんな姿を見て、俺にエイミーを渡してきた。エイミーはそのまま甘えるようにごろごろと頬ずりしてきた。

 

「よう、エイミー。久しぶりだな……」

 

 何も知らないエイミーは無邪気に懐いている。そんなエイミーに対して抱いている気持ちは、今まで会おうとはしなかったことへの謝罪と、どうしても思い出してしまう昔のことへの恐怖だった。

 

「裕一、聞いてもいいかしら……?」

 

「ん? どうした、ほむら?」

 

「どうしてあなたはその猫にエイミーと名前をつけたの? まどかが言うには、猫に名前をつけるならこの名前以外にないとのことらしいけど……」

 

「…………」

 

 ……ああ、確かにその言い廻しだと何かあったんだと分かるだろう。あの時の俺は冷静だとはとても言えなかった。気になるのも分かる。

 しかし……

 

「それは……言いたくない」

 

 ちゃんとした理由があることは認める。だけどそれだけだ。語る意味も理由も、意志もない。

 はっきりと拒絶するように、ほむらの質問を撥ね退けた。

 

「そう……分かったわ」

 

 わりとあっさりとほむらは退いてくれた。おそらく聞くことはできないと初めから分かっていたのかもしれない。簡単に言えることなら、今までまどか達に話さないわけがないのだから。

 俺の過去の話はアイツとの闘いにおいては関係ない。だから語る必要はない。

 

 

 少なくとも、今はまだ。

 

 




ドラマCD「フェアウェル・ストーリー」の内容を元にこの小説が成り立っているわけですが、pspの設定と若干矛盾しています。例えばドラマCDの方では、杏子は風見野に住んでいるというような言い方でしたが、pspでは見滝原にある教会で住んでいるような話でした。ここでは杏子は最初は見滝原にいたという設定にしております。

マミさんのフラグは実は立っていましたが、いつの間にか折れていました。原因はさやかです。
と言いますか、実はほむらが転校してきた日の行動によって、ルートはほぼ確定していたという感じです。

占いに従って風見野に行く(杏子ルート)
まどか達のCDを買いに行くのに付き合い、序盤から魔法少女の存在を知る(まどか、さやか、マミルート、以降さらに分岐)
適当に寄り道してキュゥべえを追おうとするほむらに遭遇してしまう(ほむらルート)
買い物に行く時に、偶然エイミーを見つけて仁美の家へ届けに行く(仁美ルート)
恭介の見舞いに行く(恭介ルート)《待て》
家に帰る(フラグが立たず、中沢との友情エンド)

みたいな感じです。

マミさんともっと早く知りあっていれば、その時に懐いた気持ちがもしかしたら……なんてこともあるかもしれませんね。


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