「ま、間に合った……!!」
あれからしばらくして俺はようやく目が覚めた。しかし目覚めた時には誰もいなかった。慌てて連絡しようとした時に携帯を見たら、まどかとマミさんからメールが来ていた。それには、修行を終えて魔女探索に出かけたことが書かれており、それから時間をおいて来たメールには、今それが終わったからマミさんの家で夕食にすると書かれてあった。
そして俺は急いでマミさんの家に戻って来た、ということだ。
「あら洲道君、お帰りなさい」
「た、ただいまです。マミさん、連絡してくれたのはありがたいですけど、どうせだったら起こして下さいよ。俺だって魔女退治を手伝えたのに……」
「あのね、裕一。あの時あんたがいたら杏子を刺激していたことくらい分かんないの?」
マミさんの代わりに答えたのはさやかだった。その声には呆れしかなかった。
その声で杏子の方を向いてみると、杏子は少しこっちを見た後、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
ああ、こりゃ完全に怒ってるなあ……
ふと、まどかが心配そうに見ていたことに気付いた俺は、まどかもメールをしてくれたことお礼をしようと思った。
「まどかもメールありがとな。おかげで一人ぼっちにならずにすんだよ」
俺の言葉にまどかが声を返そうとした時に、それを遮る存在が現れた。
「裕一、まどかに話しかけないで。あなたにまどかを穢させはしないわ」
「ほ、ほむらちゃん、もうそれくらいで……」
「駄目よ、まどか。目を離したらこの男はあなたを襲うに決まっているわ。私のまどかをこんな男なんかに……!!」
「なにさらっと『私の』って加えてんだよ、ほむら」
こいつ、どんどんたがが外れてきているな。長い時間遡行の旅はここまであいつの精神をおかしくさせたというのか……俺も一応使えるけど、その力だけは今後一切使うつもりはない。だから俺はこんな風にはならない。よかったよかった。
「失礼ね、私はおかしくなんてないわ」
「お前の魔法少女になる前の姿を見ても同じことが言えんのかよ?」
最も、それを見てもおかしくなっていないと言い張るのなら、暁美ほむらという人間はもともとそういう人間だったということだ。そうはなりたくないものである。くわばらくわばら。
と言うより、なんで俺の考えていることが分かったんだ。
俺は何か言いたげだったほむらを無視して、マミさんに話しかけた。
「マミさん、料理なら俺も手伝いますよ。魔女退治で働かなかった分、ここでしっかり働きますから」
らちがあかないと思った俺はマミさんの料理の手伝いを申し出ることにした。
しかし、その言葉に対するマミさんの返答は俺の予想とは違っていた。
「駄目よ、あなたはまずやらなくちゃいけないことがあるでしょう?」
「へ?」
やらなくちゃいけないことだって? 手を洗うことか? いやいや、わざわざあらたまって言うことじゃないだろう。あ、それとも材料の買い出しに行けとかかな?
「ちゃんと佐倉さんに許してもらいなさい。食事の席に嫌な雰囲気を作るのは厳禁よ? できなかったらあなただけ食事抜きだからね?」
「げっ……」
ま、まあそれも大事なことだけどさ、それは何かデザートとかで機嫌を直してもらおうと思っていたのだ。杏子の機嫌を直すにはやはり食べ物が一番だからだ。
だけどマミさんの言葉は、それ以外の方法で杏子に許してもらえという意味だ。それ以外の方法は俺は今のところ考え付かない状況なのだ。
「そ、そのために俺もマミさんの手伝いを……」
「だ、め、で、す。あなたが手伝うことは認めません。ちゃんと誠意を持って言葉を尽くして佐倉さんに許してもらいなさい。美樹さん、今回はあなたが手伝ってくれるかしら? 料理の作り方をを色々と教えてあげるから、今度上条君に作ってあげたらどうかしら?」
「はいっ!! ありがとうございます、マミさん!!」
いやちょっと待って下さいよ!? さやかもはいじゃないからな!?
しかしそう言おうとしたら二人はさっさとキッチンの方へ行ってしまっていた。色々出遅れてしまっていた。後に残されたのは楽しそうに会話をしているまどかとほむら、馬鹿みたいに突っ立っている俺。
そして、今もそっぽを向き続けている杏子だけだった……
……仕方ない。もともと俺がまいた種だ。なんとか摘み取ってみせよう。
そう決意した俺はおそるおそる杏子の方に近づいてみて、とりあえず声をかけてみた。
「きょ、杏子ー? ご機嫌麗しゅう?」
「…………」
……全然麗しくないな。掴みは失敗だ。だがしかし、声をかけた以上は引き下がることはできない。とにかく言葉を繋げて許してもらうんだ!!
「ご、ごめん、杏子、俺が悪かった!! この通り謝るから許してくれ!!」
まずは手っ取り早く誠意を体現するポーズ、俗に言う土下座だ。杏子はそっぽを向いているが関係ない。大事なのは誠意を表わしているという意志だ。
「なにが『ごめん』なんだ?」
「え?」
「よくいるよな。怒られている理由をよく考えずにただ謝ればいいと思っているやつって。そういう軟弱なやつって、あたしは大嫌いなんだよな」
「そ、そんなことはないって!! なんで怒られたのかはちゃんと理解しているからさ!! それを踏まえた上で俺は謝っているんだよ!!」
「ふーん……?」
そうしてようやく杏子はこっちを振り向いた。その顔は明らかに不機嫌です、と書かれていた。俺はその気迫にたじろぎそうになったが、ここで引くわけにはいかない。精一杯の勇気を振り絞って目を合わせた。
「お前が怒った理由は『俺が節操なしにすけべな妄想に走ってしまったこと』だ。確かにワルプルギスの夜との闘いの前にそんな妄想に走ってしまったことは俺が軟弱だった証だった。それは本当に悪かったよ」
「…………」
「だけど俺は男だ。そういった感情を全て捨てることはできない。だけどそれでも最低限のコントロールは必要だ。そうだろう?」
「…………」
「だから今ここで約束するよ。俺は少なくともアイツとの闘いが終わるまでは、軟弱な妄想は一切しないってことを」
「なっ……!?」
俺の言葉に杏子は驚いた表情を見せた。だけどこれは前から決めていたことだった。俺もちょっと真剣味が足りていなかったのかもしれなかったのだ。その決意が少し早くなっただけだ。いや、もっと早く決めるべきだったんだ。
「俺はここにいる皆も、他の女子に対しても、もっとストイックになるよ。それで許してくれないか?」
「あ、あたしに対しても……」
「…………?」
かすかな呟きのせいで聞き取れなかったぞ。くそっ、それが突破口だったかもしれないのに。
「そ、その……一人くらいだったらまだいいぞ? お前が男なのはあたしも少しは理解しているつもりだし、あたしが怒っていた一番の理由はお前の節操のなさだったんだからさ?」
「いいや、駄目だ。やるなら徹底的にだ。それが俺が皆に見せる精一杯の誠意だからな」
杏子も本来は優しい性格だからか、こうしてわざわざ折衷案を出してくれている。だけどそれでは駄目だ。今は杏子の優しさに甘えるわけにはいかないのだ。
「お前にはさ、俺がちゃんとその誠意を貫き通せるのか見ていてほしいんだ。頼むよ、杏子」
「こ、この……」
もう言葉はいらない。俺が言うべきことはもう全て言ったのだから。
杏子はというと、わなわなと身体を震わせていた。今までの怒りを制御しようとしているのだろうか?
やがて杏子はたまりかねたように……
「~~~~~~っっ!!!! ああ、もう分かったよ!! お前がちゃんとその誠意ってやつを貫けるかあたしがちゃんと見ていてやるよ!! できなかったら、ぜっっっったいに許さねえからな!!!」
「ああ、もちろんだ。俺の意志の強さを見せてやるからな」
これで解決だな。杏子のおかげで俺はより真剣に修行に打ち込めることができる。
そのきっかけを与えてくれてありがとな、杏子。
「さあ皆、準備ができたわよー」
しばらくしてマミさんの声が聞こえてきた。さっきから旨そうな匂いがしていたのだから、楽しみでしょうがなかった。
「洲道君、佐倉さんには許してもらえたかしら?」
「ええ、もちろん」
マミさんの質問に俺は自信を持って答えた。もう愚かな自分はここにはいない。ここにいるのはよりストイックになった俺なのだ。
「そうなの、佐倉さん?」
「……ああ」
どこか納得のいかない様子で杏子はそう答えていた。おそらく俺がそうあり続けることができるのか疑わしいのだろう。ならばそれをこれから先の日々で見せていけばいい。
「……そうなの? まあ、佐倉さんが許しているみたいだし、もういいのかしらね。それなら洲道君、これから料理を運ぶから手伝ってくれるかしら?」
「はいっ!!」
さて、さっそく働くとしようか。
それにしても、男一人に女五人か……他の男が見たら羨ましがるような光景だろうな。この状況でなら、誰か一人くらいは自分に気がある人がいるかもしれないと淡い期待を持つ人もいるかもしれないけど……
(ま、そんなことあるわけがないな。
彼らはさっきの昼時も食事は行っていたのだが、その前に魔女化の真実、ほむらとの邂逅、キュゥべえとのやり取り等があったために、和やかに食事を楽しめなかった。
しかし今は気分も落ち着いているために六人は思い思いに食事を楽しんでいた。
「おかわりはたくさんあるからどんどん食べていってね」
「やっぱマミさんの料理はめちゃうまっすよ! あたしも早くこの料理を恭介に作ってあげたいな~」
まずマミの料理に真っ先に感想を述べたのはさやかだった。彼女はマミの料理のレシピを色々教えてもらったので、今度家で練習することにしていた。
「おいしいね、ほむらちゃん!」
「そうね……本当に……」
まどかとほむらは仲睦まじく食べていたが、ほむらの様子が少しおかしいことに気付いたマミは心配して声をかけることにした。
「どうしたの、暁美さん? もしかして口に合わなかったかしら?」
「い、いえ、ただこうやって皆で食べたり、お茶会をしたりすることが懐かしくて……今までの世界では『巴さん達』とは仲はよくなかったので……」
「ほむらちゃん……」
「暁美さん……」
ほむらのその言葉にまどかとマミは言い得ぬ寂しさを覚えた。
『鹿目まどか』を救う、そのたった一つの願いのために彼女は色んなものを諦めてきたのだ。その内の一つが、こうして皆で笑い合っている今の時間なのだ。失っていた時間が戻って来たことが、ほむらにとって何よりも嬉しいことだったのだ。
そんなほむらに彼女達がかける言葉は一つだった。
「これからも皆で一緒にお食事会やお茶会をしましょう? 暁美さんならいつでも歓迎だからね」
「そうだよ、ほむらちゃん! 今度は皆で一緒にハンバーガー屋でお茶とかしようよ! 私もほむらちゃんとしたいことがいっぱいあるんだ!」
「ええ、もちろんよ……」
その言葉だけでほむらは救われる想いだった。そして、そんな『日常』をこれからも送るために必ず運命を乗り越えると決意を新たにするのだった。
そしてそんな会話を知ってか知らずか、残りの三人はいつも通りのやり取りを行っていた。
「うめぇ~! やっぱマミの料理は最高だな! これのおかげで今日頑張ったかいがあったって思うぜ!!」
「いや、本当にマミさんの料理はすごいな。俺も作ることはできるけど、この味を作るのは無理だなあ……どれも味に一工夫あるし、その上お菓子まで作れるし……」
「あたしも教えてもらったけど、マミさんは本当に料理の天才だよ! あたしじゃ考え付かないようなやり方のオンパレードだったからね!」
杏子、裕一、さやかはしきりにマミの料理の舌鼓を打ち、それらを褒めていた。それは決して誇張などではなかったのだ。
「あたしじゃ考え付かないって、さやかは普段から料理ってあんまりやってないだろ? 学校の弁当とかはお前のお母さんに作ってもらっているんだし」
「むっ、失礼だよ裕一! あたしだってお母さんの料理の手伝いくらいはやっているんだからね! 料理のさしすせそだって言えるし!!」
「あたしでも知っているんだから、そんなの自慢にもならねえよ……」
「ぬなっ!?」
杏子の呆れた声にさやかは聞いたこともないような声を上げた。そんなさやかに裕一も呆れた視線を送っていた。その視線に耐えきれずにさやかは話をそらすことにした。
「で、でもマミさんはすごいよね! 料理はできるし、家事全般もできるし、美人で優しいし、本当に嫁にしたい候補ナンバーワンだと思わない!?」
「嫁云々はいいとして、まあ、確かに憧れるよな」
その言葉に杏子はピクリと反応した。
「……裕、お前は料理ができるやつに憧れるのか?」
「料理もそうだけど、お菓子も作れるっていうのがすごいんだよな。あれって材料のさじ加減でガラリと味が変わってしまうらしいんだよ。だからおいしいお菓子が作れるっていうのが、それだけで憧れてしまうんだよ。最も、俺の家にはそういった器具とかがないんだけどな。あんまり金に余裕がなかったし」
「へ、へえ……そうなんだ」
それ以上は聞こうとはせずに杏子はまたもくもくと料理を食べ始めた。
その時、裕一とさやかは皿に残っている卵焼きが残り一個であることに気が付いた。これは二人にとってもお気に入りであった料理の一つだった。当然二人はこれが食べたい。
裕一とさやかの目が合う。その目に宿る思いは、どちらも『自分に譲れ』だった。
裕一の頭には『女子であるさやかに譲る』という思考はなく、さやかの頭にも『女子より多く食べる男子である裕一に譲る』という思考はなかった。
相反する思い、それらが行きつく先は闘争だ。それは古来より続いてきた人間の変わらぬ宿命である。
しかしここで迂闊に争うことはできなかった。なぜなら二人はそれによって以前マミに叱られてしまった苦い経験があったからだ。人間とは学ぶ生き物である。それを回避するためにも、二人は賢くなる必要があった。
ならば、相手の注意を別の方へそらすしかない。そしてそのための方法がすでにさやかの頭の中にあった。さやかが先にしかけることにした。
「あ、まどか! だらしない座り方でスカートがめくれてパンツが丸見えだよ!」
「ふえっ!?」
さやかの突然の言葉にまどかは慌ててスカートを押さえようとした。しかし、別にそんな事態にはなっていなかった。なぜならそれはさやかの嘘に過ぎなかったのだ。目の前にいる男の注意をそらし、自分が卵焼きを手に入れるために。
しかしその目論見は完全に失敗していた。裕一はまどかの方には一切向かず、逆にさやかがまどかの方を指さすために箸の持つ手を上げてしまった瞬間を狙って卵焼きを掴み取り、あっという間に口の中にいれてしまっていた。
「な、なぬっ!?」
さやかのあまりに間抜けな声を聞きながら、裕一は卵焼きの味を存分に堪能していた。最後に残った一つ、そして闘って勝ち取ったというスパイスも合わさり、この世のものとは思えないような至高の味へと昇華されていた。
卵焼きの味を味わい尽くした後、裕一はさやかに対してしてやったりの顔を向けていた。
「ばーか。まんまと引っ掛かりやがって。お前の浅知恵なんて俺にはお見通しなんだよ」
「あ、浅知恵ですって!?」
「俺のことを知っているお前が何らかのHなハプニングで俺の注意をそらすことは分かっていた。後は罠にはめたと思って油断したお前から卵焼きを掻っ攫えばいいだけだ」
裕一はさやかの思考を全て読んだ上であえてさやかに先手を譲ったのだ。人間は相手を罠にはめたと思っている瞬間が一番無防備になる。裕一にとって、油断したさやかから卵焼きを奪うことなど造作もないことだったのだ。
理屈としては理解できる。しかしさやかはそれだけで納得することはできなかったのだ。
「う、嘘だよ!! それでもあんたでしょ!? あんたなら、まどかのキャラ入りプリントのパンツに興味を示さないはずがないって思ったのに……!!」
「さやかちゃん、お願いだからそんなことばらさないでっ!!?」
「美樹さやか、あなたはまどかのパンツを……!?」
「ほむらちゃんも食いつかないで!? 呼び方がフルネームに戻ってるよ!?」
「ごめんまどか、まさか当たるとは思わなかったんだ……」
「~~~~~~っっっ!!!!!?」
まどかの悲鳴に近い叫びを無視して、さやかは裕一に詰め寄る。裕一はあくまで余裕の姿勢を崩したりはしなかった。
「残念だったな、さやか。今の俺にはそのネタは通用しないんだよ。いつまでも同じ手段にこだわり過ぎた、お前の完敗だ」
「そ、そんな……どうして……?」
さやかは今までマミの料理の手伝いをしていたために知らなかったのだ。裕一はワルプルギスの夜との闘いが終わるまでは、簡単に色目を使ったりはしないストイックな男になる決意をしたことを。
そして、そんな裕一の言葉を、隣に座っていた少女は静かに聞いていた。
「裕、最後に残った唐揚げをお前にやるよ」
「え? いいのかよ、杏子?」
「いいんだよ。今のあたしは気分がいいんだ。だからあたしの好きなものをお前にやる」
そう言って杏子は自分の皿に置いていた最後に残った唐揚げを裕一に渡した。その顔は彼女の言う通り上機嫌に見えていた。
「あー!? 唐揚げもいつの間にかなくなってるー!? 裕一ばっかりずるいー、不公平だー!!」
とうとうさやかはその不公平に耐えられずに爆発してしまった。そしてそれを許すほど、彼女は甘くはなかったのだ。
「美樹さん、私は前に言ったわよね? 食事中は騒がしくしないようにって……」
「ひっ!? マ、マミさん!?」
極上の笑みを浮かべるマミにさやかは戦慄を覚えた。その笑みの前には誰も逆らえないことは彼女が一番よく分かっていたことだった。
「後でお話があるからね……?」
「はい……」
結局さやかは狙った料理が食べられず、しかもマミに叱られるという、散々な結果に終わってしまったのだった。彼女の心中は察するに余り有る。
反対に裕一は狙った料理を食べられて、しかも杏子の機嫌が直って彼女から料理をもらうこともできたのだ。今回はまさしく彼の一人勝ちと言えるだろう。ストイックな自分を貫けたことで裕一にとっても満足な結果に終わったのだった。
「いやあ、食った食った。とってもおいしかったですよ、マミさん!」
「ふふっ、ありがとう洲道君。喜んでいただけて何よりだわ」
たくさんあった料理は見事に全て空になった。最後に皆で食べたシフォンケーキも最高だった。マミさんの淹れてくれた紅茶との組み合わせもまた素晴らしいの一言だ。
杏子もこの料理のおかげで機嫌もすっかり元通りになっていた。そのことで俺は十分満足だった。
反対にさやかは食べたいものが食べられず、最後にはマミさんからのお叱りを受けて精神的にぼろぼろだった。それでも先ほどのデザートで復活していたが。
「こんなに料理に時間をかけられたのは早く魔女探索を終えられたからよ。これだけの魔法少女がいれば、魔女がどこにいてもあっという間に見つかるわね。助かるわ」
マミさんは心からそう言っているみたいだ。確かに一人でこの町全部を捜索するのは大変だ。いちいち町中を探索していては体力が持たないだろう。
「それなんですけどマミさん、それから皆。ちょっとこれからの方針について提案があるんだけど……」
確かに魔法少女の味方が多ければ闘いやすくなるのは間違いないだろう。マミさんが喜ぶのも分かる。
だけど一つの結界にいる魔女は一体だけだ。そして落とすグリーフシードも一つだけ。それだと使った魔力量と釣り合わなくなってしまうのだ。ソウルジェムの穢れの正体を知ってしまった以上、俺達はそこにも注意をしないといけないのだ。
「そういうわけなんで、捜索するのは基本二人組にした方がいいと思うんです。その組み合わせをローテーションで組めば、自由な時間を作ることもできます」
「自由な、時間……」
呟くようにマミさんはその言葉を反芻する。
そうすることでマミさんも疎遠気味になっている学校の友達との時間を作ることだってできる。魔法少女になったとしても、これで普通の『日常』を送ることだってできるんだ。
「そうね。それなら明日はまずは私と佐倉さんで魔女の探索に出かけるわ。洲道君と美樹さんは明日大事な用事があるものね。暁美さんは……鹿目さんと明日一緒に過ごしたらどうかしら?」
「あ……」
「話したいこと、いっぱいあるんでしょう?」
「あ、ありがとうございます、巴さん……」
……まあ、明日に関してはそれ以外にはないのかもな。アイツとの決戦においては魔力の消費も抑えて、グリーフシードの残数も増やしておかないといけないのだ。アイツとの決戦を終えた後でも、このローテーションは継続しておいた方がいいだろうしな。
それからこういった時間も大事になってくる。実はさやかが暴走しているのを止めた時、さやかのソウルジェムの穢れが少し浄化されていたそうなのだ。ソウルジェムが魂そのものである以上、その穢れを完全に消せずとも、その精神状態によって若干の干渉もできるようだ。
だから相方と連携して最小の魔力で倒し、そして身体を休めて、こういった時間でストレスをなくして穢れを溜まりにくくさせる。このサイクルを保つことが大事だと思う。
グリーフシードとはすなわち魔法少女のなれの果てであるが、それでも使わないという選択肢は魔法少女にとってはあり得ない。だから
「ワルプルギスの夜との決戦までそう時間はない。とにかく使わせてもらうグリーフシードの数をなるべく多くすることを目標にしよう。もちろん修行は欠かさず行うけど、魔力を使いすぎないように気をつけていこうぜ」
その言葉に全員が頷いた。
こうして六人の食事会は終わりを告げたのだった。
マミさんの家を出た後、さやかはそのまま恭介の家へと向かって行った。今日知ってしまった魔女化の真実や、ほむらが味方になったこと等を恭介に話すためだ。
まどかはもう遅いのでほむらと一緒にそのまま帰って行った。すでに明日寄り道をする約束をしているために、無理して今日行く必要はないようだ。
俺と杏子は現在一緒に帰っているところだ。最近この組み合わせが多いような気がする。
「今頃さやかは恭介に全てを話しているところなのかな……」
「多分な。さやかが魔法少女であるから闘いから逃れられないってだけで心を痛めてたけど、それでも恭介ならきっとさやかを支えようとしてくれるはずだ。あいつはそんなに弱いやつじゃないからな」
だから俺はさやかのことはもうほとんど心配してはいないのだ。もちろんなにかあったら友達としてできることをするつもりだけど、恭介以上にさやかを支える人はきっといないだろうから。
「あのさ、裕。少し聞いてもいいか……?」
「うん? どうしたんだ?」
その時杏子から声をかけられた。その表情は、なにかを決意したような、あるいはなにかにすがりつくような、色んな想いが混ざりあったものだった。
杏子の相談にはなるべく乗ってあげたいというのが正直な想いだった。俺は結局杏子を傷つけた責任をちゃんと取れていないのだから。
「もしも……あたしが魔女になってしまったら、お前はどうする?」
「な、に……!?」
だけどその質問だけは、俺は冷静に聞くことができなかった。
「なにを言ってんだ!? そんなことさせるわけが……」
「これはもしもの話だ。もちろんあたしだってそうなるつもりはないさ。だけどそれでも答えてほしいんだ。お前の答えを……聞かせてくれ」
真っ向から反対しようとしたが、杏子に遮られてしまった。
そんなもしもの話なんて意味がない。そう言ってしまうのは簡単だ。だけどそれができないのは杏子のあまりにも真剣な顔がそこにあったからだ。だから答えるしかない。もしも杏子が魔女になってしまったら俺はどうするか……
「……俺が、止めてやるよ」
「裕……」
「お前が、魔女になって人を傷つけることをなにより嫌うやつなんだってことは俺が一番良く分かっているつもりだからさ……お前がそうなる前に俺がそのソウルジェムを壊してやるよ。お前がいなくなってしまうその瞬間まで、そばにいてやるから……安心しろ」
だけど予感がある。もしもそんなことになったら、俺はきっと、いや間違いなく崩壊する。だけどそれでも、誰かがやらないといけないのなら、俺がやらなくちゃいけないような気がした。
そんな最悪な結末なんて、想像したくもなかった。だけどそれでも考えてしまう弱い自分が、俺はたまらなく嫌だった。
その時、とんっ、て音がした。
胸元に何かが当たる感触、ほのかに感じる暖かさ、ずっとしていた杏子からの甘い匂いが強くなったこと。
杏子が、その頭を俺の胸元に置いていることに気付いたのは少したった後だった。
「……そっか」
「杏子……?」
「あたしは魔女になることはないんだな……たとえそうなったとしても、最後の瞬間までお前がそばにいてくれるんだからな……それを聞いて、安心した……」
「っ……」
叫びたかった。そんなことにならないでくれと。絶望に負けないでくれと。変わらずにずっとそばにいてほしいって、がむしゃらにその想いをぶつけたかった。
だけど必死にその想いを胸の内に閉じ込めた。今の杏子の安堵した心に負担をかけるようなことはしたくなかった。それはきっと、魔女になる宿命を持たない俺が背負うべき義務であり、そして俺自身のために『日常』を守るために必要なことなんだと、俺がそう思ったからだった。
「……大丈夫だよ、裕。今のはもしもの話だ。あたしは絶望には負けない。お前にそんなことはさせないから……安心してくれ。嫌な質問をしたことは、謝るよ」
「あ……」
今この瞬間ほど、俺が単純な人間であることに感謝したことはなかった。自分は絶望には負けない、お前にそんなことはさせない、彼女のその言葉だけで、俺は救われる想いがしたからだ。
「ああ……やっぱり、そういうことだったんだな。あたしはきっと……」
「ど……どうしたんだよ、杏子?」
その時、杏子の全身の力が少し抜けていくのが胸元を通して感じられた。顔は見えなかったけど、その姿は何かに心の底から納得したような人間が見せる姿だった。
「教えてくれよ……お前は何に納得したんだ?」
「…………」
俺の問いに対して杏子は無言だった。代わりに返って来たのは……
「いって!?」
突如すねに走った痛みだった。
それと同時に杏子が離れるのを見て、この痛みの犯人が彼女であることはすぐに分かった。
文句を言おうとした時に、杏子は笑顔のままで舌をべーっと出してこう答えた。
「教えてやんねーよ、ばーか!!」
その言葉を最後に振り返って、杏子はそのまま走り去って行ってしまった。
「あ、おい杏子! 散々人を心配させてこの仕打ちか!? ちょ、おい待てこらーーーー!!!」
最後に文句を言ったが、杏子はその言葉に振り返ることはなかった。
「まったく、何なんだよ杏子のやつ……」
まだ少し痛むすねをさすりながら、俺は一人ごちる。勝手に一人で納得して、その上俺に何も教えずにそのまま去って行ってしまった。文句の一つも言いたくなるのは当然だ。
「けどまあ、とりあえずこれでよしとするか……」
なにはともあれ、杏子は最後は笑顔だったんだ。だったらそれだけで十分なような気がした。俺とあいつの関係はこんな感じでいい。ずっと友達であり、ライバルであり続ける。他の皆との関係も変わったりはしない。
そうさ、変わることなんてない。変わる必要だってない。それが俺が望む『日常』の形だ。
俺達はずっとそのままでいいんだ。
そうだよな、杏子――――?
念願の六人の食事のやり取りをこうして書けたわけですけど……やっぱり全員をしゃべらせるのは難しい……!! しかもここに恭介、仁美、中沢を入れた九人になると……書いてみたいけど、どんな感じになることやら?
今回は少し裕一の歪みについて書いてみました。鈍感であることに事情があることを見せたかったというか。いつの間にか無自覚に他から好意を寄せられているハーレムができている展開っていうのは、僕としては少し抵抗があったので……