魔法少女まどか☆マギカ~紡がれる戯曲~   作:saw

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アニメではすでにいない人がちゃんと生きてそこにいるっていうのは、やっぱりいいものですね。


新たな転機

「キュゥべえ、あんた……!!」

 

 キュゥべえに真っ先に食ってかかったのはさやかだった。そのキュゥべえに殴りかかろうとした時、突如現れた槍がキュゥべえに突きつけられていた。

 

「どの面下げて出てきやがった、てめー……」

 

 それは杏子のソウルジェムから出された槍だった。杏子の方も、殺気を隠そうとはしなかった。

 

『やれやれ、招かれざる客というわけかい? ひどいなあ、僕もつい最近まではここにいたっていうのに。ねえ、マミ?』

 

「キュゥべえ……」

 

 白々しくそんなことを言うキュゥべえに対して、マミさんは悲しげな表情を浮かべていた。信じていたのに、裏切られた。きっとそんな気持ちなんだろうな……

 

「今さら何の用なの、キュゥべえ? あなたを味方だと思う人間なんか、もうここにはいないのよ」

 

『君達がどうしてそこまで僕らを敵視するのか、僕には理解できないよ、暁美ほむら』

 

 本当に理解できないような言い方だった。こいつは本当に何一つ理解できないと言うのか……?

 

「何でそういうことを言うの!? 皆あなたのせいじゃない!!」

 

 そんなキュゥべえにまどかは真っ向から感情をぶつけた。そんなまどかの言葉にもこいつはやれやれと首を振るだけだった。

 

『暁美ほむらから、僕の正体は聞いているんだよね? そのことで君達は勘違いしていることがあると思ったから、僕は弁明に来たんだよ』

 

「弁明だって……? 魔法少女と魔女を生み出してエネルギーを作る以外にお前らはまだ何かやっているのかよ!?」

 

『いいや、それが全てだよ、裕一。だけど勘違いしないでほしいのは、僕達は別に人類に対して悪意を持っているわけではないんだよ。やむを得ない事情がこういう結果を招いているんだ』

 

「やむを得ない事情……それは宇宙のエネルギー不足のことかよ?」

 

『そうだよ。それを解決するために、僕達インキュベーターは知的生命体の感情をエネルギーに変換するテクノロジーを開発した。だけど僕達自身には感情というものが存在していなかった。そこで、様々な宇宙の様々な異種族を調査した結果、君達人類を見出したんだ』

 

 ……まただ。感情がないと、こいつは今言った。だから代わりを探して人類を見つけた、と。

 だけどそれで逃げられると思うなよ、インキュベーター。

 

『人類の個体数と繁殖数を鑑みれば、一人の人間が生み出す感情エネルギーは、その個体が誕生し、成長するまでに要したエネルギーを凌駕する。君達の魂はエントロピーを覆すエネルギー源たり得るんだよ』

 

「私達は消耗品なの……? あなた達のために死ねって言うの……?」

 

 まどかは信じたくないと言いたげに、キュゥべえに問う。他の皆も、あまりのことに唖然としていた。

 

『この宇宙にどれだけの文明がひしめき合い、一瞬ごとにどれほどのエネルギーを消耗しているか分かるかい? 君達人類だって、いずれはこの星を離れて僕達の仲間入りをするだろう。そのときになって枯れ果てた宇宙を引き渡されても困るよね? 長い目で見れば、これは君達人類にとっても得になる取引のはずだよ』

 

「どこが得になる取引よ!! あんたはそんなわけの分からない理由であたし達を魔法少女にしたって言うの!?」

 

 さやかの怒りも最もだ。そんな何百年、何千年先の未来のために人類を犠牲にされるなんてたまったものじゃない。

 

『僕達はあくまで君達の合意を前提に契約しているんだよ。

 特にさやか、僕は前に言ったよね? 自分の運命を受け入れてまで、君には叶えたい願いがあったんだろう? それは間違いなく実現したじゃないか』

 

「なっ……」

 

『それだけでも、十分良心的なはずなんだが……』

 

「あなたは皆を騙していただけでしょう!?」

 

 さやかに反論するキュゥべえに対してマミさんは涙声で糾弾する。

 マミさんは事故の時、契約しないと自分が死んでいたと言っていた。それはやむを得ない事情だったかもしれないが、他の三人は違う。キュゥべえはわざと誘導して魔法少女にしたんだ。

 それは騙すという行為に他ならない。

 

『残念だけどマミ、僕達は騙すという行為自体理解できないんだよ。

 認識の相違から生じた判断ミスを後悔するとき、何故か人間は他者を憎悪するんだよね。

 今の君達がまさにそうだよ』

 

「ふざけんなよ……お前の言ってることは全然あたし達には理解できねえよ!!」

 

 杏子は誰よりも腹を立てているようだ。きっと、自分を今まで利用してきたことに我慢ならないんだろう。お前は自分の未来が他の誰かに全て左右されるのは何よりも嫌っていたもんな。

 

『僕達の方こそ君達の価値基準が理解に苦しむなぁ。

 今現在69億人、しかも4秒に10人ずつ増え続けている君達が、どうして単一個体の生き死にでそこまで大騒ぎするんだい?』

 

 ……っ!!!!!

 

「やっぱり……どこまで行ってもあなたは私達の敵のようね。インキュベーター」

 

『これでも弁解に来たつもりだったんだけどなぁ。君達の犠牲がどれだけ素晴らしいものをもたらすかを理解してもらいたかったんだが……どうやら無理みたいだね。

 まったく、どうして分からないのかな……?』

 

「お前は……理解してもらえると思ってたのかよ……? だったらお前はとんでもない馬鹿だぞ」

 

 こいつは何も学ばなかったって言うのか? 未だかつて、その言葉を理解した人がいたっていうのかよ? ……いや、そうじゃないか。きっと逆なんだろうな。だからこいつは……

 

『うーん、そうだね……例えば君達は家畜に対して引け目を感じたりするのかい? 彼らがどういうプロセスで食卓に並ぶのかは知っているかい?』

 

 その瞬間、俺達の視界にその家畜達がどう生まれ、どう殺されるのか、という映像が流れ込んできた。

 その映像は、あまりにもグロテスクなものだった。

 

「やめてよっ!!」

 

 その映像に耐えられずにまどかは叫んだ。その瞬間映像は消え失せた。これもキュゥべえが俺達に見せていたものだったのか……

 

『その反応は理不尽だ。この光景が残酷に見えるのならば、君には本質が全く見えていない。

 牛も豚も鳥も、人間の糧になることを前提に生存競争から保護され、淘汰されずに繁殖している。

 君達は皆、理想的な共栄関係にあるじゃないか。

 君の食べるという行為がどういったことなのか少しは分かったかい、杏子?』

 

「お前は……あたし達とお前らの関係も同じだって言いたいのか?」

 

『むしろ僕らは君達人類が家畜を扱うよりもずっと君達に譲歩しているよ。

 まがりなりにも知的生命体として認めた上で交渉しているんだからね』

 

 何でお前らはそんなに上から目線なんだよ? やっぱりこいつらは俺達を見下していたんだな。こいつらは譲歩とか言って恩着せがましく言っているだけだ。こいつは交渉するつもりなんてなかったんだ。

 

 そんな考えが表情に浮かんでいたのか、それに気付いたキュゥべえはこう言った。

 

『信じられないのかい、裕一? それなら見せてあげようか。インキュベーターと人類が、共に歩んできた歴史を』

 

 その瞬間、俺達の視界はまた別の映像が流れ込んだ。それは今までの歴史を超高速で再生しているようだった。そんな中で聞こえてきたのはキュゥべえの声だった。

 

『僕達はね、有史以前から君達の文明に干渉してきた。

 数多の少女達がインキュベーターと契約し、希望を叶え、そして絶望に身を委ねていった。

 祈りから始まり、呪いで終わる。これまで数多の魔法少女達が繰り返してきたサイクルだ。

 中には歴史に転機をもたらし、社会を新しいステージへと導いた子達も大勢いた。最も、その最後は君達の歴史書には載っていないだろうね。その子達は魔女へと変わっていったからね。

 男性が導いた例もあるけど、それもまた魔法少女の願いによって得た奇跡によるものなんだよ。

 誰もが最初は理想と希望を胸に懐き、そして挫折し、最後にはグリーフシードと化して災厄をもたらす結末へと至る』

 

 その中でまどかの声が聞こえてきた。

 

「皆……信じていたの? 信じていたのに裏切られたの?」

 

『まどか、彼女達を裏切ったのは僕たちではなく、むしろ自分自身の祈りだよ。

 どんな希望だってそれが条理にそぐわないものである限り、必ず何らかの歪みを生み出すことになる。

 死にかけの命を蘇らせることも、動かない手を再び動かすことも、異なる時間軸を飛び越えることも、普通では無理なことなんだ。

 そうして生まれた歪みから災厄が生じるのは当然の摂理だ』

 

「希望と絶望は差し引きゼロ……そう言いたいのかよ?」

 

『分かっているじゃないか、杏子。

 そんな当たり前の結末を裏切りだというのなら、そもそも願い事なんてすること自体が間違いなのさ』

 

 こいつは……

 

「あたし達が間違っていたって言うの!? 願い事をしたあたし達がバカだったってことなの!?」

 

『いいや、そんなことは言わないさ、さやか。

 彼女達の犠牲によって、人の歴史が紡がれてきたこともまた事実だからね。

 そうやって過去に流されてきた全ての涙を礎にして、今の君達の生活は成り立っているんだよ』

 

「私達にもそうなるようにあなたは言いたいの……?」

 

『まあ、そういうことだね、マミ。それから疑問もあるんだ。

 それを正しく認識することができるのなら、どうして今さらたかだか数人の運命だけを特別視できるんだい? もっとも、そのおかげで君はまどかを育ててくれたわけだけどね、ほむら』

 

「……っ!!!」

 

 こいつはどこまで俺達の神経を逆撫でするんだ? そうすることでソウルジェムを濁らせることが目的だっていうのかよ? 

 

「……ずっと、あの子達を見守りながらあなたは何も感じなかったの? 皆がどんなに辛かったのか、分かってあげようとしなかったの?」

 

『それが僕達に理解できたなら、わざわざこんな星にまで来なくても済んだんだけどね。

 まどか、僕達の文明では感情という現象は極めて稀な精神疾患でしかなかった。

 だから君達人類を発見したときは驚いたよ。全ての個体が別個に感情を持ちながら共存している世界なんて、想像だにしなかったからね』

 

 ……なるほどね。こいつらにとっての『感情』の定義というのはそういったものだったわけか。

 ようやく分かったよ、インキュベーター……

 

「くだらねえよ」

 

 口を開こうとした所でその前に話す人がいた。それは杏子だった。

 

「お前が結局エネルギーほしさにあたし達を騙したことには変わりないじゃねえかよ。

 訳分かんねえ理屈をべらべら並べたてやがって……」

 

『やれやれ、分からないのは僕だって同じだよ、杏子。

 いや、もっと言うのなら君の父親のことも僕には理解に苦しむよ』

 

「なっ!? どういう意味だ!?」

 

『僕はさっき言ったはずだよ。歴史において男性が人類を導いた例もあるけど、それもまた魔法少女の願いによって得た奇跡によるものなんだって。人はそんな人間を英雄と呼ぶものだよね。

 君の父親がその可能性を持っていたんだよ?』

 

 ちょっと待てよ、こいつは……何を言おうとしているんだ……!?

 

『君の父親は君の祈りによって全ての人間に自分の言葉を刷り込ませる力を得た。

 その力を使うことによって、人類を新たなステージを導くことだってできたはずなんだよ。

 それなのに君の父親はその力を恐れて、さらにその力をもたらした君を魔女と呼んだ。

 おかしな話じゃないか。僕はあの時、君こそが父親を導く『神』になると言ったのにね』

 

「だ、だまれ……」

 

 ……こいつは杏子の触れてはならないことに触れちまった。それがどれだけ杏子を傷つけたのかをこいつは全く理解していないのか……!!

 

『僕達のことを理解できないと君は言うけどね……僕にも理解できないよ。君がもたらした奇跡によって壊れてしまった君の父親のことがね』

 

「黙れええええええぇぇぇぇぇーーーーーーーっっっ!!!!!」

 

 その瞬間杏子は爆発した。獣ように吠えて槍をその存在に向けて力任せに突きだした。

 

 

 

 そして、金属が激しくぶつかり合う音が部屋中に響いた。

 

 

 

 彼女の赤い槍を止めたのは、それと全く同じ赤い槍だった。

 

「裕……!?」

 

「落ち着け、杏子」

 

「だけどこいつは……あたしの父さんのことを!!」

 

「悔しいのは分かる。だけど落ち着くんだ。それだと駄目なんだよ」

 

 抑揚のない声で杏子に呼び掛ける。俺の方を見ると、杏子はビクッと震えて槍を収めた。

 

『感謝するよ、裕一。君は僕の話について分かってくれたのかい?』

 

「ああ、よーく分かったよ。お前らが、どんなお題目でこんなことをしていたのかをな……」

 

『全く、杏子も困ったものだね。今ので怒りだすなんて、訳が分からないよ』

 

「何言ってんだよ、お前は? ……俺なんかとっくにキレてんだけど?」

 

『あれ、そうなのかい? 君の表情は特に変わっていないんだけど?』

 

 それは訓練の成果だろうな。幼い頃から鍛えられてきたからな、俺は。

 激情に身を任せると大抵は自滅が待っている。あの男はそう言っていた。

 しかし怒りというのは強いエネルギーを生み出す。それを逆に冷静さへと還元するように、あの男は俺を教育した。

 

「今杏子を止めたのはな、その身体を潰したところでお前は死にはしないと分かっているからなんだよ。それじゃあ、意味がないんだよ……」

 

 感謝するよ、桐竹宗厳。オカゲデ俺ハ、コノ上ナク冷静ニナレルヨ……

 

 

 

 

 

 

 

 

「キュゥべえ、お前は感情はないと言うけど、それでも生きていく上での本能というものは持っているよな? 痛いとかの、例えば反射的な行動だよ」

 

『そうだね。僕達も生命体だから、君達人類と同じような反射行動は取れると思うよ』

 

 そうか。やっぱり思った通りだ。それ以降からこいつらは何も変わろうとしなかったんだな。

 

「お前は感情を持つ人間が珍しいと言っていたけどさ……人間はな、生まれた時から感情があるわけじゃないんだよ。その時にあるのは動物と同じような本能的な欲求だけなんだ」

 

『へえ、興味深いね。最初はそういうものなんだ』

 

 実際生まれたばかりの赤子は何も分からない。ただ生きるために母親の乳を吸い、そして欲求のままに泣いて、すぐに寝てしまう。それはまさに動物と同じものなんだ。この時の赤子が感情を持っているわけではない。

 

「それなら、どうして人間は感情というものを得るのか……キュゥべえ、感情っていうのはな、最初から存在するものじゃない、外の環境によって育まれるものなんだよ」

 

『育まれる、だって?』

 

「そうさ、人間は他の人間とのコミュニティーの中で、多くの事を学び、そこから自己を形成していく。動物とは違う、言語というものが存在するコミュ二ティーの中で人が成長するからこそ感情ができていくんだよ」

 

『なるほどね。それが感情が生まれるプロセスだと言いたいのか』

 

 人間と動物の大きな違いは言語を使うかどうかだ。それを使って周りの人達と意志の疎通をすることで人間はより複雑な感情表現を学んでいくのだ。

 これが感情を学ぶプロセス。そう、俺もこうやって、感情を得たはずだ……

 

「キュゥべえ、お前は……今まで魔法少女達が絶望に沈んで魔女になっていく所を見てきた。その姿はきっと……とても苦しいものだったんじゃないのか?」

 

『確かにそんな表情だったかもね。だけど僕はそう言った姿については何も分からなかったよ』

 

 ああ、やっぱりそう言うんだな、お前は。本当に俺が思った通りの事を言ってくれる。

 

 

 

 

 

 だから言ってやった。

 

「違うな、キュゥべえ。お前はその姿を見て何も感じないわけじゃなかったんだ。さっきお前自身が認めた……本能が、動いていたんだよ」

 

『……どういう意味だい?』

 

 教えてやるよ、包み隠さずな。

 

 

 

 

 

「人間に限らず、生きている存在には生きるための本能が存在する。痛みを感じたら、それを取り除いたり、そこから回避しようとする。つまり、反射行動だよ」

 

 あの男との始めての訓練の時、あの男は最初に俺に暴力を振るった。俺はそこから本能的に逃げ出そうとした。痛みを感じたら逃げ出したくなるのは本能だ。それはどんな生物にだってある。

 目の前にいるこいつだって例外じゃない。

 

「苦しい姿を見るとな……それによって錯覚する精神的な苦痛を感じる。傷つきたくないから、自分はそうなりたくないと感じる。無意識な本能が成せる回避行動だよ」

 

 無意識な危機回避行動が存在しないと、生物はまさに生きていくための術を失ってしまう。痛みとは身体の異常を知らせるサインのようなものなんだから。

 

「さっきも言ったように、お前もその本能による回避行動をとっていたんだよ。

 ……分かってきたか? 俺が何を言いたいのか」

 

『…………』

 

 キュゥべえは無言で返した。知らない、分からないでは通さない。お前自身でも理解していたはずなんだからな。そんなお前が、杏子や他の皆を傷つけてきたことは事実なんだからな……!!

 

「そうだよ、インキュベーター――――」

 

 だから容赦はしない。物理的に傷つけられないなら、精神的に傷つけるだけだ。

 

 

 

 

 

 

「お前は、逃げたんだ」

 

 

 

 

 

 そういうことなんだろ、キュゥべえ? だからお前は長い歴史の中で何も学ばなかったんだ。

 

 

 

「自分が傷つきたくないから、感情を学ぶことから逃げたんだよ!!!」

 

 

 

 ただ、それだけのことでお前はずっとこのサイクルを繰り返してきたんだよ……!!

 

 

 

 

 

 

「苦しいよなぁっ!? 希望を信じた人間がそこから絶望に堕ちる姿はさぞかし辛くて苦しい姿だろうなぁっ!? お前は長い歴史の中でずっとその姿を見てきた!! そしてお前はああなりたくないと本能的に感じた!! だからお前は感情を知ろうとはしなかったんだ!!」

 

『僕達が……逃げた? 知ろうとしなかった、だって……?』

 

「ああそうだ!! 実際にお前達は感情という存在を恐れていた!! そこから生まれる精神的な苦しみから逃れようとした!! だからお前達は感情が生まれた個体を精神疾患として見なしていたんだろうがっ!!!」

 

 こいつらが感情を持つ個体を精神疾患として見なしていると聞いた時に、疑惑は確信へと変わった。

 こいつらは感情というものを恐れていた。だからせっかく生まれていた感情を持つ個体を異質な者として淘汰してしまったんだ。

 そして、他に代わる生贄を探して、ここにいる人類に目をつけた。

 

「そしてお前らはそんな感情を持つ俺達も精神疾患として見ていたんだ!! ただのエネルギーを生み出す家畜と同じように見なしていた!! お前達は明確な悪意を持って人類に接触していたんだよ!!」

 

『それは違うよ、裕一。さっきも言ったけど、これは君達にとっても得になる取引なんだよ。君達を知的生命体として見ていたからこそ、僕達は交渉をしようとしたんだよ』

 

「だったらどうして最初から全部説明しなかったんだ!? 本気でそう思っていたなら、何もかも説明した方がずっと合理的だったんじゃないのかっ!!?」

 

 本当に俺達に取っても得になると思っていたのなら、契約の前に説明しないというのは絶対におかしい。こいつが交渉をしようとしたということは、この事実がある限り絶対に通らない。こいつは明確な意思を持って、その事実を隠蔽しようとしたんだ。

 

「ああ、隠そうとした理由は今ならはっきりと分かるぜ? それを言ってしまったら、契約をしてくれる女の子は今まで誰もいなかったんだろ? それだとお前も困る。だから願いを叶えると、メリットしか言わないようになったんだろ?」

 

『話さなかったのは聞かれなかったからさ。そんな詐欺みたいな言い方はよしてほしいなあ』 

 

「はっ、都合のいい言い回しだな。だけど実際にお前達はその事実を話さなかった。その時点でお前達には誠意なんてものはなかった。お前はただ目的を持って人間を襲う、言わばインベーダーとなんら変わりはしないんだ」

 

『僕達はインキュベーターだよ。そんな存在と一緒にしないでほしいね』

 

 知らねえよ。実際俺達から見れば同じような存在なんだよ、お前達は。

 

 

 

 

 

 

 

「お前も学べば感情を得ることはできたはずなんだ。実際にお前らの個体の中に感情を持つ存在がいたわけなんだからな」

 

 結局こいつらはそこから一歩も進歩しなかったんだ。人類が生まれてからも、何年も、何年もな……

 そしてその代わりにこいつらは人間の女の子を陥れてエネルギーに変えていたんだ。しかも、その事実を隠して、なのだ。それは絶対に許されることじゃない。

 そう、だからこそ……

 

「人類のことを知ろうとしなかったお前がな、杏子の親父さんのことを、魔法少女の想いを理解できないと言って蔑む資格だってないんだよ……!! 」

 

 そのことを言ったら、怒りで全身の血液がグラグラと煮えたぎる思いだった。

 

「お前達が宇宙の寿命を延ばすだと? 笑わせるな、インキュベーター!!」

 

 ああ、駄目だ。怒りで語調が強くなっていくのを止められない。

 結局俺は怒りをコントロールするなんてできなかった。

 

 やっぱり駄目だったよ、桐竹宗厳。いつものように、今回も失敗だったよ。

 

 

「本能によって知ることから逃げ続けた、お前らのような臆病な下等生物が……そんな大それたことをするなんざおこがましいんだよっっっ!!!!!」

 

 

 でもさ、ここで怒らないのはやっぱり俺ではないような気がするんだよ。

 だから、許してくれないかな――――

 

 

 

 

『……僕達を下等生物と呼ぶのは君が始めてだよ。だけど僕達が宇宙の寿命を延ばしていることは事実なんだ。君の言う、大それたことを行っているんだよ』

 

「女の子からエネルギーを絞り取っているやつが偉そうにほざくな。お前ら全員地球から叩きだすぞ」

 

『君達の今の文明は僕達が来たことで発展していったんだよ。もしも僕らがこの星に来なかったら、君達は今でも裸で洞穴の中で過ごしていたんだと思うよ』

 

「だからなんだ? その時の文明のレベルがどうであれ、そこに住む人達はそこに適応して生きようとする。文明がお前が来なかった時点から全て変わるのなら、そこに住む俺達の意識や価値観だって変わるんだ。そんな俺達があの時インキュベーターが来ればよかった、なんて言うと思ってんのか?」

 

 今いる文明がこいつらにもたらされたものだと言っても、それでこいつらのやっていることを認めていいことにはならない。この文明が多くの魔法少女達の犠牲にあるというのなら、こいつらがいなければ多くの魔法少女となるはずだった女の子達も悲しまなかったのもまた事実なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

『ふう、なかなか考えが合わないものだね。やっぱり君達人類を理解するのは難しいよ』

 

「難しくても理解するように努力しろ。お前らはずっとそれを怠ってきたんだからな。

 そもそもこの星に来たのはお前らなんだから、お前らがこっちに合わせるのが筋ってものだろうが」

 

『郷に入らば郷に従えというやつだね。なるほど、確かに君の言うことも最もだ』

 

 感心したようにキュゥべえは言う。だけど馬鹿にしているようにしか聞こえなかった。

 

『だけどそれをするよりは、僕達のノルマを達成できそうな存在が今ここにいる。そっちの方が早くて合理的だと思わないかい、裕一?』

 

 ……こいつは今も逃げるというのか。そんなことはさせないからな、キュゥべえ。

 

「お前の目的は、まどかを魔法少女にして、さらに魔女にして生まれるかつてない量のエネルギーを回収することだった。だけどな、残念ながらそれはもう叶うことはないんだよ」

 

『どういうことだい?』

 

 お前も本当はもう分かっているんじゃないのか? だから今まで契約の内容の全てを隠していたんだからな。

 

「ほむらが言っていた通りさ。まどかが魔法少女として力を使った瞬間、力が暴走して魔女へと変わってしまう。それもワルプルギスの夜すら超える、最強にして最悪の魔女としてな。

 だからアイツを倒すために魔法少女になると言うのは通らない。それは状況の悪化にしかならないからな」

 

『…………』

 

 願いを上手く使うことで何か方法があるかもしれないが、少なくとも現時点でまどかが契約する理由は何一つとしてないんだ。ただいたずらに皆を傷つけることになることをまどかがしようとするわけがない。

 

「今のお前はもう……手詰まりなんだよ」

 

 事実こいつはまどかを魔法少女にするという目的の上ではすでに負けているんだ。それが分からないこいつではないはずだ。

 

 

 そうだろう、キュゥべえ?

 

 

 

 

 

 

『……認めよう、洲道裕一。確かに今の僕には、もう何もすることができない』

 

 ……そして、ついにキュゥべえはそれを認めた。

 

『まどかと契約するために残った最後のカード、それがワルプルギスの夜だった。

 だけどそっちによって切られた暁美ほむらの情報というカードによって、状況は逆転してしまった。

 現時点ではまどかが契約する可能性は限りなくゼロになってしまったよ』

 

 そう、魔女化を乗り越えた時点でキュゥべえの負けはほとんど決まっていたのだ。

 

『だけど、君達の闘いの成果次第ではまだ分からないよ』

 

 ……こいつはまだ諦めないって言うのかよ。本当にしつこいやつだ。

 

 

 

 だけど……だったらそれを利用するだけだ。

 

「それならキュゥべえ、一つ賭けをしないか?」

 

『賭けだって?』

 

「そうだ。俺達は全員でワルプルギスの夜と闘う。そこでアイツを退けて、なおかつ俺達全員が生きて帰ることができたら、お前はしばらく魔法少女の勧誘はしないで、感情について学ぶことを約束しろ。

 もしも失敗したらお前は色々言葉を尽くしてまどかを魔法少女にするなり好きにするといいさ」

 

『へえ、それは魅力的な提案だ』

 

「どっちにしろ俺達が勝ったら、まどかは二度と魔法少女になることはないんだ。だったら、無駄なことはしないで、むしろ新たな可能性を模索する方がよほど建設的じゃないか?」

 

『なるほど、確かに合理的だ。いいよ、その賭けとやらに僕も乗ることにしよう。幸い、どちらにもメリットはありそうだからね』

 

 よし、どちらにせよ、生きて帰るというのは最初から立てていた目標だったんだ。それにメリットが付与されたことは喜ばしいことだ。

 

『裕一』

 

「なんだよ?」

 

『君は本当に変わった存在だね。全く興味が尽きないよ。君は僕の思惑を何度も覆していった。僕達インキュベーターの在り方にここまで反論した人間は長い歴史の中でほとんどいなかった。そして今、僕達の新しい在り方を見つける契機が来たのかもしれない』

 

「……そうかい」

 

『見届けさせてもらうよ。君が歩いた末の結末を。……いいや、君達のと言った方が正しいのかな?』

 

 

 

 

 結局俺はこいつを完全に論破することはできなかった。こいつが何年も築いてきた価値観は、一人の人間だけではそう簡単に覆せるものではないのかもしれない。

 だから最後に残った方法は力づくだ。アイツを倒すことでキュゥべえに認めさせるんだ。

 全てはそこからだ。そこから俺達は始めるんだ。

 

 

 

 

 

『それじゃあ、失礼するよ』

 

 そう言ってキュゥべえは去って行った。

 

「ごめんな、皆……ちゃんとあいつを論破することはできなかったよ……」

 

 杏子の怒りを無理矢理静めてまでした結果がこれだ。彼女が一番納得できないだろうな……

 もっと怒りをコントロールできたらこうはならなかったのかな?

 全く、本当にあんたの言っていることは正しいよな……

 

「ばーか、謝ってんじゃねえよ」

 

「いてっ!?」

 

 そんな風に思っているときに杏子によって鼻の所を指で弾かれてしまった。

 そのことでついむきになってしまって、杏子に文句を言った。

 

「……なにすんだよ、杏子」

 

「お前はお前ができることをしたんだ。それで目くじらを立てるほどあたし達は子供じゃねえよ。

 あの場であたしが怒り任せに攻撃してもなんにもならなかっただろうしな……

 そんなお前が今みたいに謝ったらさ……あたし達のことや、父さんのことで怒ってくれたお前にお礼を言いたいって思っていたあたしがばかみたいじゃん……」

 

 ……はあ。なんかさっきから情けないとこばっか見せてるな。こんなんじゃ駄目だろ、俺。皆に、特に杏子にはみっともない姿は見せたくはなかった。

 

「どっちにしろ、あたし達がすることに変わりはない。そうだろ、裕?」

 

 ああ、まったくもってその通りだよ、杏子。お前の言葉で気合いが入ったさ。

 

「うん、そうだよね! あたし達はワルプルギスの夜からこの町を守る! それは変わらないんだ!!」

 

 杏子の言葉にさやかは答える。その目に迷いはないみたいだ。

 

「私から言わせてもらうのなら……裕一、あなたは何を勝手にまどかを賭けの対象にしているの?」

 

「うぐっ……!!」

 

 ほむらの怒りの言葉が胸に突き刺さった。

 確かに俺とキュゥべえの話だったのに、勝手にまどかを賭けに持ち出すのは自分勝手が過ぎるだろう。

 俺はまどかの方へ向き直ってそのことを謝った。

 

「ごめんな、まどか……勝手にお前を賭けの対象にしてしまって……」

 

「ううん、気にしないで。私だって皆の力になりたいもん。それに、これでキュゥべえが感情を学んでくれれば、もうこれ以上魔法少女が悲しむことだってないはずだよ……」

 

「そうね……キュゥべえもいつか分かってくれる日が来る。私は、そう信じているわ」

 

 まどかとマミさんはそう言ってくれた。

 この闘いの結末は長い歴史の中で行われてきたサイクルを終わらせることができるかもしれないという、かなり大それたことになっている。ゆえに、なおさら負けられなくなってしまった。負けるつもりもさらさらないけど。

 

「それじゃあマミさん。まずは昼飯にしましょう。旨い飯をたくさん食って体力をつけてから、杏子とほむらを加えた皆で修行しましょう」

 

「そうね。私はデザートの方を作るから、洲道君はご飯の方をお願いするわ。佐倉さんに作ってあげた料理を私達にも食べさせてもらうわね」

 

「了解です!」

 

 そうと決まればさっそく準備だ。女の子五人に料理を振る舞うなんて今までなかったからな。気合いを入れて作るぜ!!

 

 

 

 

 そして皆でお腹一杯になった後、俺達はいつもの修行場へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺とマミさんとさやかのいつもの修行に杏子とほむらが加わる。今度はまどかも一緒だ。

 

 

 

 さあ、始めよう。アイツから全てを守るために、これからも共に生きていくために、アイツに抗う術を身につけるんだ。

 

 

 

 皆で乗り越えてみせる。俺の悪夢の象徴であるワルプルギスの夜を――――

 




ほむらの時はガンガン突っ込んだけど、キュゥべえの時はちょっと弱かったですかね? アニメやpspのキュゥべえの説明を聞いて考えてみたのがこう言った内容でした。

さて、次は杏子とほむらの魔法の考察です。

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