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暁美ほむらは必死に策を考えていた。自分一人でもワルプルギスの夜を倒すための策を。
そうしなければならなかった。思考を止めるわけにはいかなかった。
ここで諦めてしまったら、自分が何のために闘ってきたのか分からなくなってしまうからだ。
(あなた達に理解されなくてもいい……私はまどかさえ救えればそれでいいのだから……)
彼らの協力が得られない以上、ほむらとしてはやはり一人で闘うことを余儀なくされる。おそらく今日にでも昨日の話を彼はしているに違いない。その時点で暁美ほむらはほとんど諦めかけていた。
(乗り越えられるはずがないわ……今までがそうだったんだから……)
ほむらは何度も見てきた。彼女達が魔女化の現実に負けて散っていった姿を。
始まりは美樹さやかだ。彼女が魔法少女となった時、ほぼ例外なく魔女になってしまう。
そしてこの時点で巴マミが生きていたとしても、そこで自暴自棄になって他の魔法少女を巻き込んで無理心中をしようとする。いずれにしろ、まともな戦力になることはほとんどなかった。
結局まともに闘えるのは佐倉杏子しか残らないのだ。だけど彼女とだけではワルプルギスの夜に勝つことはできなかった。その事実がほむらをさらに追い詰めていた。
そんな時にまどかが契約して自分達を守ろうとした。確かにそれでワルプルギスの夜を倒すことはできた。けれど、その瞬間に発生した大量の穢れに耐えることはできずにまどかは魔女になってしまった。それもワルプルギスの夜すら軽く凌駕する、最強の魔女となって。そうなるともう助ける術はない。
その度にほむらは時間を繰り返してきた。まどかを救う、たった一つの出口を見つけ出すために。
『認めるしかないんだよ、お前は。お前の友達だった『鹿目まどか』は……もう死んでしまって、どこにもいないんだっていうことを』
その時、彼の言葉を思い出した。今まで歩いてきた道にいなかったイレギュラー、洲道裕一。
イレギュラーと出会ったのは、ほむらにとってこれが最初ではなかった。そしてそのイレギュラーは以前の世界でまどかが生き残る可能性をめちゃくちゃにしてくれたのだ。
今回のイレギュラーも自分を邪魔する存在だと思っていたが、そうではなかった。
彼は特殊な力を使って巴マミを救い、そして以前からまどか達と繋がりがあることを活用して、上条恭介に全てを話すことで美樹さやかの魔女化の運命を変えた。そしてまどかの心を強くして、ずっとキュゥべえから守ってくれていたのだ。
その時点では彼に感謝していた。まどかを救う新たな道を示してくれたと感じていた。
だけど、それすらも台無しにされてしまったのだ。
(あなたはどこまで愚かだと言うの……)
彼は自分を信用できないと言って協力を断ってしまった。佐倉杏子と同じ理由を並べて。
挙句の果てに彼は自分の今までの闘いについてまで否定してきたのだ。
彼の言葉は気にする必要はないのだ。そう、自分がまどかを見捨てるなどと……
『たとえ顔や名前が同じでも、進んできた道が違うのなら、それはやっぱり別人なんだよ』
「道が違うなら、それは別人……」
それは彼女自身が一番よく分かっていたことのはずだった。なぜなら、『並行世界』の概念を説明したのはほむら自身なのだ。この世界と限りなく似た並行世界に存在する『鹿目まどか』が、全て同じ存在であるわけがないのだ。
『お前は今までの『鹿目まどか』と、ここにいる『まどか』を同じ『鹿目まどか』として見ていたんだ。だから失敗してももう一度やり直せばいい。簡単に見捨てることができたのはそういうことなんだろう?』
「違う……違う違う!! 私は見捨てたんじゃない!! だって、そうしなければならなかったのよ!! どうしようもなかったのよ!!」
裕一の言葉をほむらは必死に否定しようとする。頭から追い出そうとしても、それはいつまでも消えることはなかった。自分がしてきたことが、ただ何人ものまどかを見殺しにするということだけだったということを認めるわけにはいかなかった。そうなるとほむらはこれ以上進むことができなくなってしまう。ほむらの中で進めないことは、諦めることと同義だった。
「それだけだった……? ち、違う、そうじゃない……」
しかしほむらは裕一の言葉から逃げることからできなくなってしまっていた。そして最後に思い出したのは、自分の敵であるキュゥべえの言葉だった。
『まどかがあれだけの因果の糸が増えた原因は君だよ、ほむら。君がまどかを最強の魔女に育ててくれたんだよ』
「わ、私のせいで……まどかが永遠にキュゥべえに狙われ続けることになってしまった……」
それなら、彼女がしてきた『鹿目まどか』を救うためにしてきたことは……ただ『鹿目まどか』を苦しめることにしかならない。それも、死ぬことよりも残酷な運命に叩き落としているようなものだ。
その瞬間、暁美ほむらは崩れ落ちてしまった。自分はただ『鹿目まどか』を苦しむめるだけだったことを認めるしかなくなってしまったからだ。必死に保とうとしていた心の強さを、とうとう維持できなくなってしまった。ゆっくりと、彼女のソウルジェムが穢れに浸食されてきていた。
その時だった。
インターホンが鳴る音がほむらの耳に届いた。その音に導かれるようにふらふらとドアの前まで来て訪問者を迎えた。そこにいたのは……
「ま……まど、か……!?」
「ほむらちゃん、やっと……ここまで来たよ」
自分が救いたいと思っていた、この世界にいるまどかだった。
その瞳には、ほむらが久しく見ていなかった強い意志が存在していた。
「どうして、ここに……?」
「ソウルジェムの最後の秘密、魔法少女と魔女の関係」
「……!!!?」
あり得ない言葉をまどかから聞いた。彼女からその言葉を聞いたということは、それはつまり……
「受け入れたの……? 魔女化の真実を巴マミ達は乗り越えたというの!?」
「そうだよ。色々あったけど、それでもマミさん達は生きていくことを選択してくれたの」
またしても、ほむらの見てきた世界との違いが生まれた。
今までそんなことにはならなかった。『巴マミ』達がそのことを乗り越えることなんて、未だかつてなかったことだったのだ。自分だって何度も失敗してきた。
唯一例外があるとするならば……
「裕一が……また彼女達を救ったの……?」
「洲道君? ……そうだね、洲道君が今まで頑張ってきてくれたから私達は今こうしていられるのかもしれないね。でもね、ほむらちゃん。きっと、それだけじゃないんだよ」
「どういう、ことなの……?」
「マミさんが生きる決意をしてくれたのは、皆が生きていってほしいって、そう願って手を伸ばしたからなんだよ。他の皆も、周りの人達と支えあって強くなったからなんだって、今はそう思えるんだ……」
そう言って目を閉じて今までの道のりを思い返しているまどかを見て、ほむらは思った。
(あの時の『まどか』と同じだ……)
魔法少女ではない時のまどかは自分に自信を持てない弱気な少女だった。自分が憧れていた強さを持っていなかった。
自分が最初に出会った『まどか』とはやはり違っていたのだ。
だけど今目の前にいるまどかは、あの時友達だった『まどか』と同じような強さを持っている。
ここにいるまどかを全くの別人とは思いたくなかった。たとえ並行世界にいる別人であると言われても、それでもここにいるまどかを諦めたくはなかった。
なぜならそれが暁美ほむらが今まで闘ってきた理由なのだ。それを失ってしまっては、もう絶望に堕ちてしまうしかなくなってしまうのだ。
「ほむらちゃん、行こう」
まどかは手を差し伸べた。それに対してほむらは茫然とした目でまどかを見ていた。
「マミさんの家で皆が待ってるよ。私は、ほむらちゃんを迎えに来たんだよ」
「っ……!!」
それはあまりにも都合のいいことなのかもしれない。理由はどうあれ、ほむらは裕一の言葉を、彼女達を信じることができなかったのだ。そんな自分が会うことなどおこがましいことなのかもしれない。
だけどそれでもほむらはその手を取った。それがまどかを救うという、迷宮の出口に繋がると信じていたからだった。あるいは彼女自身が自分を救ってくれる存在を無意識に求めていたからかもしれなかった。
「お帰り、まどか」
「うん、ただいま」
しばらくしてまどかが帰ってきた。他の三人は神妙な目つきで隣に立っている人物に目を向けていた。
俺は皆を代表してその人物に話しかけた。
「……よう、暁美」
「裕一……あなたは……」
「お前は過去の事象に囚われすぎて皆を信じることができなかった。ただそれだけだよ」
確かに何度も同じ結末を見ると、今度もそうなると思い込むのも仕方のないことなのかもしれない。
だけど、それで諦め続けてたら永遠に繰り返すだけになってしまう。それではあまりに救いがなさすぎる。そして最後に待つのはおそらく絶望に堕ちること、つまりは魔女だ。
「マミさん達には昨日お前と会ったことと、ワルプルギスの夜のことしかまだ言っていない」
他の三人に話すと言っても、どちらにせよまどかと暁美がいる時にも話さないといけないから二度手間になってしまうのだ。特に、インキュベーターのことと『鹿目まどか』のことは全員に聞いてもらわないとならない。
「ここにいる皆にも話してもらうぜ。お前が知っていること、何もかも全部だ」
「……分かったわ。魔女化を乗り越えたあなた達に隠すことはもう何もない。私が知っていることを全て話すわ。キュゥべえの正体も、私自身が何者であるかも……」
暁美の話は昨日俺が聞いたこととほとんど同じだった。すでにその話を知っている俺は横から補足することで説明していった。
まずはキュゥべえ……インキュベーターについてだ。
「簡単にまとめると、あいつらは宇宙の寿命を延ばすために女の子を魔法少女にして、さらに絶望に堕とすことで魔女にしてエネルギーを回収することが目的なのよ」
「じゃあ、キュゥべえは最初から……私のこともただの消耗品として見ていたってことなの……?」
あいつの正体についてはやはりマミさんの方がショックだったようだ。友達だと思っていた存在が、実際はそんな風には思っていなくて、ただの消耗品としか見ていなかった。ショックを受けない方が無理だろう。皆と会うまでは、マミさんにはあいつしかいなかったのだから。
「ふざけやがって……」
そしてそんなあいつに怒りを抱いているのは杏子とさやかだった。
「あたし達を魔法少女に変えて、さらに絶望に堕ちるように誘導して、そして魔女の正体は隠したままだと……? どこまであたし達をコケにするんだよ……!!」
「許せない……あいつが全ての元凶ってことじゃない!!」
全くだ。あいつ自身の思惑は知らないが、少なくとも契約の前に全てを話さない時点であいつが騙していることに変わりはなくなってしまう。あいつが人類を見下しているからこそ、そういうことができるんだろう。
あいつのことを認めていい道理は何一つないんだ。
「な、なんとかならないの、ほむらちゃん!?」
「無理よ。魔法少女になってしまっては、もう引き返すことはできないの」
「そんな……ひどいよ……こんなの、あんまりだよ……」
まどかは以前自分が憧れていた魔法少女の正体を知ってしまった。それは誰かのためにあり続けるものではなかったのだ。どこかの存在が利己的に作り出したシステムの一部だったんだ。
そう、魔法少女とは理想の存在ではなかった。だけどそれでも……
「それでも……俺達がすることは変わらないんだ。そうですよね、マミさん?」
「そう、ね……私達はそれでも生きていくと決めたのよね。私達は……決して一人じゃないんだから」
「はい。そして魔女が人々を苦しめているのは事実なんです。魔女が落とすグリーフシードも……これからも必要です。だから……」
「あたし達はこれからも魔女を倒すしかないんだ。これから先も生きていくためにな……」
「そうだよね……魔女になった魔法少女達も、きっとそんなことは望んでいないはずだよ。あたし達が……終わらせないといけないよね……」
残酷だけどそれしかないんだ。彼女達はこの町を守るために、そして生きていくために魔女を倒さないといけない。それが、俺達が決めた道なんだから。
「…………」
「どうしたの、ほむらちゃん?」
「あ……いえ、何でもないわ……」
ふと、暁美がマミさん達に視線を向けていたことに気が付いた。その視線にどんな感情をこめていたのかは、俺にはちょっと分からなかった。
「裕、お前が魔女化のことを確信した根拠が暁美ほむらであることは分かった」
キュゥべえの話が一段落した所で杏子はそう言ってきた。
確かに俺が魔女化のことに確信を持てたのは暁美との話があったからだ。
だけど、話を十分に知らない側からすれば、それでも根拠としては弱い。
「だけど、こいつ自身はどうなんだ? 魔女化はともかく、キュゥべえの正体についてまで、こいつの予言で分かるものなのかよ?」
「杏子、お前の言う通りだ。だけどな、暁美が知っていた根拠っていうのは予言ではなかったんだよ」
「それって……どういうことだ?」
そこから先は彼女本人に語ってもらう方がいい。
俺は視線を暁美にやって、話の続きを促した。
そして暁美は全てを語った。自分が時間遡行者であること、その旅路で見てきたもの、自分が闘ってきた理由である『鹿目まどか』について――――
「転校生……あんたはまどかを助けるために何度も時間を繰り返してきたんだね……」
「その通りよ……」
感心したようなさやかの言葉に答える暁美の表情は浮かないままだった。昨日の話の時には、あんなに自信を持って言っていたというのに……
(暁美は……迷っているのか?)
「私は……何度も繰り返してきた。他の魔法少女達がいなくなったとしても、それでも一人でワルプルギスの夜と闘ってきた。それでまどかを救えるのなら、それでも構わないと思っていた。そう、そのつもり、だったのよ……」
「『そのつもりだった』? 今はそう思っていないのかよ、暁美ほむら?」
暁美の言葉の違和感に杏子は真っ先に気が付いた。
俺も驚いていた。まどかを救うことは暁美の全てだったはずだ。それを捨てることなど、今の暁美ほむらにできるのだろうか?
考えられるとしたら……昨日俺が言ったことか?
「並行世界にいるということは、そこにいるまどかは私が今まで知っている『まどか』とは別の存在であるということよ。そこにいるまどかからすれば、私はただの転校生でしかないわ……」
「……そういうことなのね。暁美さん、あなたは今まで会ってきた『鹿目まどか』を全て同じ存在として見てきた。『そのつもりだった』というのは、あなた自身がそのことに気付いたからなのでしょう?」
マミさんもすぐに理解できたようだ。暁美が抱えていた矛盾の正体に。
だから暁美は簡単に時間を繰り返すことができた。時間を巻き戻せば、もう一度『鹿目まどか』に会える。全ては元通りになるから、もう一度頑張ればいい。そう考えることができた。
だけど、それは間違いだったんだ。
「あなたの言う通りだったわ、裕一……私はずっと今までのまどかを私の知っていた『まどか』に重ねて見ていた……そして、私が何人ものまどかを、み、見殺しにしてしまっていた……」
「ほ、ほむらちゃん、そんなことは……」
「事実なのよ、まどか……ううん、それだけじゃなかったの……」
……それだけじゃなかった? どういうことだ。まだ何か暁美が隠していたことがあったということなのか?
「今のまどかが持っている魔法少女の素質はね……全部私のせいなの……」
そうして暁美はぽつぽつと語り出した。
魔法少女の素質とは、背負う因果の量で決定されること。
本来の『鹿目まどか』はそこまでの因果を背負うことはなかったこと。
それなのに因果が増えてしまったのは、暁美ほむらが『鹿目まどか』を救うことを目的として時間遡行を繰り返したために数多の並行世界の因果の糸が今ここにいるまどかに連結されてしまったことを。
そのせいでまどかは今や、魔法少女として力を使うだけでワルプルギスの夜を超える最強最悪の魔女となってしまうほどの因果を溜めこんでしまったこと。
「そんなことが起きていたのかよ……」
「私が……私が悪かったの!! 何度も繰り返していく内に、他の魔法少女達の事はずっと諦めてしまって、ワルプルギスの夜に負けそうになったり、まどかが魔法少女になったら、すぐに時間を繰り返していたの!! そ、そのせいで、まどかはずっとキュゥべえに狙われ続けることになってしまった!!」
暁美は『鹿目まどか』を救うためにしてきたことは……逆に『鹿目まどか』を苦しめることになってしまったということなのか。なんという皮肉だろうか……
「まどか、皆……本当にごめんなさい……」
暁美はそう言って頭を下げてきた。その姿は俺達が知っている暁美ほむらの姿とはあまりにもかけ離れていた。いや、これが本当の彼女の姿だったのかもしれないな……
誰もが暁美に声をかけられなかったが、一人だけ別だった。
「ほむらちゃん……」
まどかが頭を下げている暁美を抱きしめていた。その表情はとても優しげだった。
「私はね、今まであなたが頑張ってきたことはこの世界でしか分かってあげられないの。私には全ての過去とか未来とかは分からないから……」
「まどか……」
「それでもね、私はこれだけは言えるんだ……」
そしてまどかは言葉を紡ぐ。この世界にいる『鹿目まどか』の想いを、暁美ほむらに伝えるために。
「ありがとう、ほむらちゃん」
「え……?」
「あなたはそれでも私を助けるために頑張ってきてくれたんだよね? 例え並行世界にいる『私』だって、同じことを言うと思うんだ。『私』のことは、他でもない私自身が一番分かると思うから……」
その言葉を俺は否定することはできなかった。たとえ違う道を歩んできた『鹿目まどか』でも、その人のことについて言えるのは、ここにいるまどか以外にはいないのだ。
「ねえ、ほむらちゃん。ここから始めてみようよ」
「何を……?」
「全てを、だよ。今のほむらちゃんは、もう一人じゃないんだよ。誰一人だって欠けていない。
それからね、あなたが私を友達として見ていたっていうのは、間違いでもないんだよ?」
「ど、どうしてなの……?」
「だって、私だってあなたのことをお友達だと思っているんだもん」
「……!!!」
……そっか。まどかは暁美の時間遡行とは関係なしに、友達だと思っていたんだな。まどかは最後まで暁美のことを信じようとしていたんだもんな。関係のない他人と言った俺が間違っていた。それでもここにいる二人は、大切な友達だったんだ。
「もういいんだよ、ほむらちゃん。もう一人でいる必要はないの。あなたのことを知っている人が、ここにはたくさんいるんだよ。皆で、乗り越えようよ……」
「まどか……まどかあっ!!!」
とうとう耐えきれずに暁美は涙を流した。今まで溜めこんできた辛さや、寂しさや、悔しさが、全て涙として流れてきた。ここにいるまどかに自分のことを認めてもらえて、緊張の糸が切れてしまったのかもしれない。
「ごめんね、まどか……本当にごめんなさい……」
「今は泣いた方がいいよ……心にある辛さを吐き出してから、そこからまた始めようよ」
「うん……うん……」
一人の少女を救うために、何度も時を繰り返してきた少女。
全てが解決したわけではない。しかしそれでもこの瞬間で、確かに救われた少女がここにいた……
今は二人だけにした方がいいと思い、俺達は今日の食事の材料を買いに行っていた。今日は六人で食べるのだ。量はかなりのものとなる。
四人で二手に分かれてそれぞれの担当した材料を探しに行った。
「えーと、鶏肉とネギと……おっ、卵が安売りしてるじゃないか。うーん、ついてるな」
「手慣れてるな、お前……」
「お前の弁当を作ったのは俺だって忘れたのか?」
俺は最初はコンビニでは菓子パン以外はほとんど買ったりはしなかった。スーパーで買った方が全てのものが三十円近く安いのだ。どれを買うのがお得なのか、これも日常生活で身につけたものなのだ。
「昼飯食い終わったらさっそく修行を始めるぞ、杏子。まずはお前と暁美の魔法の検証をしないといけないしな。四人の魔法の組み合わせも色々考えないと……」
「そうだな……」
そう答える杏子は何だか心ここにあらずといった感じだった。杏子が今気になることと言えば……
「……暁美のことで何か気になっていることでもあるのか?」
「……少し考えていたんだよ。一人の友達を助けるために、そこまでできるものなのかなってさ。
あいつは色んな世界の結末を見てきて、時には一人でワルプルギスの夜と闘ってきた。何度も何度も繰り返して来て、その度に挫折を味わう。まともな神経じゃあ、きっと耐えられないんじゃないかな……」
確かに杏子の言う通りだ。繰り返しす度に全ての関係はリセットされる。今まで築いた全てを、自分だけが抱いている。目の前にいる人は、誰もが『あなたは誰?』と聞く。その度に喪失感を味わうのだろう。
「実際あいつの価値観や倫理観は、それによって狂ってしまっていた。まどかを救えれば、それ以外はどうなってもいいと考えるようになっていたんだよ。そんな風に考えるやつを、仲間として見ることはできないだろ?」
「そりゃあ、そうだ。あたしも最初はあいつが信用できないと思って、あいつの勧誘を断ったんだよ。……今にして思えば、その時の選択は正解だったんだな」
「その思考も捨ててくれればいいんだけどな……」
だけどそれでも暁美は何度も時間を繰り返してきた。それだけの理由が彼女にはあったんだ。
「それでも暁美には守りたいものがあった。あいつに残ったたった一つの道しるべを頼りに、今まで闘い続けたんだよ」
「それが……ここにいる『まどか』を守ることか……」
「暁美のしてきたことは全て間違っていたとは言わないし、言ってはいけないと思う。少なくとも、『まどか』を救いたいと思う気持ちだけは間違っていなかったと思うよ」
「ふーん……」
今はとにかく暁美のことを、そしてまどかのことを信じるしかない。まずは俺達の足並みを揃えないとアイツに勝つことは無理だろう。
暁美が超えられなかった、『まどかを魔法少女にしないで、ワルプルギスの夜を倒す』という目標。付け加えるのなら、『全員が生きて帰ること』もだ。
全ての魔法少女達が揃うことは未だかつてなかったそうだ。だからこの先の未来は全く分からない。
本来はそういうものだ。未来のことなんて誰にも分からない。
自分達が成し遂げようとしていることがどれだけ困難なことなのかは理解しているつもりだ。
だけど俺達はやるしかない。望んだ未来を掴むためには、勝つしか他にないんだ。
「こんなもんか……よし、じゃあマミさん達と合流してレジに行くぞ、杏子」
「ああ……」
裕一がレジに向かっている間、杏子は一人立ち止まっていた。
「マミもさやかも……そして暁美ほむらもきっと、答えを出したんだよな……」
自分も同じようにワルプルギスの夜と闘うことは約束している。だけど、それだけじゃいけないような気がした。
それは今までの彼女達の姿を見てきたからこそ思えたことだった。
「あたしも……答えを出さないといけないよな……」
それはワルプルギスの夜を倒した後の、これから先の佐倉杏子の生き方についてだ。
その選択で、彼女のこれから先の人生が決まるのだろう。
彼女自身がどうしたいのか――――
「裕……」
彼女が無意識に呟いた言葉は、彼に届くことはなかった。
「皆、お帰りなさい」
「ああ、ただいま。今日の食事の分を買ってきたから、後で皆で食うぞ」
「うん、その前に……ほむらちゃん」
「ええ……」
まどかは隣にいる暁美に話をするように促した。
暁美はどこかスッキリしたような顔をして俺達に向き直った。
「巴さん……今までごめんなさい。私はあなたの命を最初から諦めてしまっていたの。いいえ、正確に言うと、あなたがどうなってもいいと思っていた。あなたが死んだら、それでまどかに魔法少女の危険性について理解させられるから……」
「暁美さん……」
「本当に、すみませんでした……」
それは病院の結界でのことだった。暁美の見た世界では、マミさんはあの魔女に負けてしまっていた。
確かにマミさんはこの中にいる魔法少女の中で一番のベテランだ。一緒に闘うことができるのなら、これほど心強い味方はいない。
だけどまどかを魔法少女にしないという目標を持つ暁美からすれば、彼女が死ぬことでまどかに闘いの危険性を知らせることにもなる。
マミさんが生きていればアイツとの戦力に、生きていなければまどかに危険を知らせることができる。
暁美はマミさんの命を見捨てることができたのはそういう理由からだったのか。
「美樹さん……ごめんなさい、あなたの事も私は諦めていたわ。あなたが魔法少女になったら、ほぼ必ず魔女になってしまっていたから……それで、巴さんも自分の命を絶ってしまっていたのよ……」
「そっか……あたし、やっぱり皆に迷惑かけちゃってたんだ……」
さやかはソウルジェムの秘密を知ることで自分の魔法少女としての在り方を見失っていた。その果ては、絶望を溜めこんで魔女になってしまうことだった。そしてそのことで魔女化の真実を最悪のタイミングで知ってしまい、マミさんは命を絶ってしまった。
「佐倉さん……あなたにもひどいことを言ってしまったわ……あなただけは、魔女化の事を知っても、最後まで魔法少女としてあり続けたわ。だけどあなたが美樹さんに深く関わると、あなたまで命を落としてしまっていた……」
「だから、あの時さやかを諦めろって言ったのか……ワルプルギスの夜と闘うための戦力として……」
「ごめんさない……」
杏子にとっては、さやかは最後に残ったたった一つの希望だった。そのさやかが魔女になってしまったら、きっと杏子にとっても辛いものだったのだろう。
だけど、ここにいる杏子は……その希望を否定してしまっている。
(俺はあの時、どうすればよかったんだろうな……)
そんなことになってしまったのは俺の責任だ。杏子のこともちゃんと考えなければならなかったのに……
「裕一……」
気持ちが沈んでいる時に暁美の声が聞こえた。慌てて姿勢を正した。
「あなたは今まで見た世界にはいなかった。だけど、あなたが一番頑張っていた。皆を今まで支え続けた。たくさんの決まっていた運命を変えてきた……そして、私の目を覚まさせてくれた……」
「それなら……今のお前は何を目的として闘うんだ?」
目を覚ましたと、今の暁美は言った。
だったら今の気持ちこそが、暁美ほむらが最初に抱いていた願いに他ならない。
「今の私の願いは……まどかと、そして皆と生きていくこと。それが、今の私の闘う理由よ」
「そうか……」
「そして私は……もう、過去に飛ぶことはしないわ」
「……!?」
その言葉に俺達全員が驚いた。それはつまり、暁美は自分の命運も全てこの闘いに賭けるということだ。俺達と最後まで共にいることを、暁美は選択したんだ。
「本気か……?」
「ええ。どちらにしろ、私が時間を繰り返すとそれだけまどかの因果が増えてしまう。それに全ての魔法少女が、そしてあなたがいても勝てなければ……もう、諦めるしかなくなってしまうわ……」
確かにそうかもしれないな……今までの世界に俺はいなかったから、次も俺がいる可能性はおそらく低いだろう。だから今回の闘いに全てを賭けるべきだというのは分かる。
「それになにより……私は今度こそ守りたいの。他の誰でもない、ここにいるまどかを。この町にいる人達も。そしてこれから先も皆と同じ時間を過ごしていきたいの……!!」
「そうか……」
暁美はここにいるまどかを今までの『鹿目まどか』として見ることは、もうしないと言ってくれた。ここにいる、自分の友達であるまどかを助けると決めた。
そして自分の命運を全て俺達に預けると決めた。
それなら……もう迷うことはない。
「マミさん、さやか、杏子……いいですか?」
最後に皆に確認することにした。
「ええ、暁美さんの気持ちはよく分かったわ」
「うん、まどかだけじゃなくて他の人も救いたいっていうのは、あたし達と同じだからね」
「多分ここにいるやつらは皆同じ気持ちなんだろうさ。だから裕、後はお前に任せるよ」
どうやら皆同じ気持ちのようだ。
皆に頷きで返して、暁美のそばに寄った。
「分かった。一緒に闘おうぜ、
「ええ……!!」
差し出した手を、ほむらは確かに掴んでくれた。
それは一人の少女の長い旅の終着点。そして新たな始まり。
俺達の想いが、完全に一つになった瞬間だった。
その時だった。
『ちょっと失礼するよ』
「「「「「「っ!?」」」」」」
その声に俺達全員が振り向いた。
そこにいたのは、魔法少女と魔女、全ての原点。
エネルギーを求めて宇宙からやってきた地球外生命体。
キュゥべえ……インキュベーターが俺達の前に現れた。
ほむらを救うための一番の要因は、やっぱりまどかが受け入れることだと思うんですよね。
誰にも理解してくれないという寂しさがほむらを狂わせた原因ですから。
次はインキュベーターの回です。