魔法少女まどか☆マギカ~紡がれる戯曲~   作:saw

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交わされるお帰りとただいま

 ようやくマミさんの家に着いた。ここに来るまでずっと手をつないでいたが、さすがにそろそろ離さないといけない。そう思って手を離したら、

 

「あ……」

 

名残惜しそうに杏子がそんな声を出すのだった。

 

「まあ、もう着いたわけだし、さすがにな?」

 

「…………」

 

 そう言い繕ってみたが、杏子は俯いたままで何も答えなかった。しかし、ここは許してほしかった。本当ならものすごく恥ずかしかったのだが、今までの杏子の様子が手を離すことを許してくれなかったのだ。だから今まで必死に耐えてきたのだ。俺はそんな自分自身に拍手を送りたかった。

 

 

 

 

 インターホンを押すとすぐにマミさんが開けてくれた。 

 

「お帰りなさい、洲道君、佐倉さん」

 

「はい、ただいまです。マミさん」

 

 そういえば誰かにお帰りと言われたのはこれが初めてなのかもしれない。あの男と暮らしていた時はそういうやり取りも全然なかったものだ。

 

(まあ、あの男がそんなことを言うとは今でも想像できないけどなぁ……)

 

 そんなことを言われた日には俺の中で確実に何かが壊れるだろう。

 

「佐倉さんは……どうしたの?」

 

 さっきから顔を俯かせている杏子をマミさんが心配そうな顔で見ている。

 

「ああ、さっきの魔女の闘いの時にですね……何だか気分を落ち込ませるような力を魔女が持っていたみたいなんですよ。それでとどめをさした杏子が一番影響を受けてしまいまして……その内もとに戻ると思いますから」

 

 とりあえずここはごまかすことにしよう。杏子もさっきのことは多分知られたくはないだろうからな。

 マミさんは怪訝そうに俺と杏子を交互に見ていたが、やがて笑顔になった。

 

「そうなのね。分かったわ、それじゃあ二人ともあがって? 皆待っているわ」

 

 そう言ってマミさんはリビングの方へ戻っていった。

 

 おそらく俺の嘘には気付いているだろう。だけどマミさんは聞こうとはしなかった。今はそのことに感謝した。

 

「ほら行こうぜ、杏子」

 

「……うん」

 

 俺は俯いた杏子を引き連れてマミさんの家にあがった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お帰りなさい、洲道君、杏子ちゃん!」

 

「お帰り、裕一、佐倉さん」

 

 まずリビングで迎えてくれたのはまどかと恭介だった。

 

「洲道裕一少尉、ただいま任務を終えて帰還いたしました!!」

 

 俺は元気に敬礼をして二人に答えた。いつもの俺達のノリだった。

 

「それから……よう、脱走兵?」

 

「う……お、お帰り、裕一、杏子……」

 

 それから隅っこで気まずそうにしている脱走兵――――さやかに対してジト目で睨んだ。まどか達は苦笑いを浮かべている。

 

「(最後に)言いたいことはあるか?」

 

「え……えっとね……その……」

 

 言葉はしどろもどろになっていたが、やがて意を決したようにさやかが勢いよく頭を下げてきた。

 

「裕一、杏子……本当にごめんなさい!! あたし、ずっと逃げてた。皆あたしのことを心配してくれてたのは分かってたのに、ただそんな皆と自分を比べてしまうのが嫌でその手を取ろうとはしなかった。裕一の言う通り、自分の本当の気持ちと向き合おうとはしなかったの。あたしの自分勝手な都合で迷惑をかけてしまって、本当にごめん!! あたし、本当にバカだったよ……!!」

 

 さやかは今までずっと逃げていた。俺達から、そして自分自身から。確かにいつも自分を客観的に見られる人間はそうはいない。普通は自分の嫌な所から逃げたくはなる。特にさやかは妙に潔癖な所がある。だからこそ、ソウルジェムの秘密を知った時にあれだけ落ち込んでしまったのだ。

 そして願いの原点である恭介に受け入れられたからこそ、さやかはようやく今の自分を認めるようになったんだ。

 

 

 

 うむうむ、言いたいことは分かったよ。さてと。

 

「よし、遺言はそれでいいな、脱獄囚?」

 

「あれ!? ゆ、遺言!? ていうか、呼び名変わってない!?」

 

「何言ってんだよ、罪人? 許すとは一言も言ってないだろ? これまでの罪を数えると……問答無用で銃で蜂の巣かね? マミさんの銃を使おうかなぁ?」

 

「マミさんにはもう嫌というほど叱られたから!! 言葉の弾丸でもう心は蜂の巣状態だから!?」

 

 マミさんは優しいけど、それと同時に厳しさも兼ね備えた俺達の頼れるお姉さんなのだ。どうやら精神的にさやかを懲らしめていたようだな。そばにいるマミさんの笑顔が怖ろしかった。

 

「そうかい、なら今の俺には杏子の魔法があるから、槍の棒の部分で折檻してやろうかなぁ……?」

 

「体罰上等!?」

 

 一歩ずつさやかに歩み寄る。さやかは怯えた小動物のように縮こまっている。今の俺の目はSのそれなのだろうな。その時恭介が間に割って入ってきた。

 

「それくらいにしなよ、裕一。さやかも反省していることだしさ」

 

「……しょうがねえなぁ。恭介の頼みとあれば断るわけにはいかないな」

 

 割とあっさりと退いたことにさやかは驚いていたが、別に本気で折檻しようとは思ってなかった。どうやら説教についてはマミさんがしっかりとやってくれているようだし、今回の一番の功労者の恭介に言われたらこれ以上何かしたら俺が悪者になってしまう。

 

「それじゃあ最後に少しだけ……お帰り、さやか」

 

「あ……うん、ただいま!!」

 

 一瞬ぽかんとしていたが、やがてさやかは嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔で俺達はようやく全てを取り戻したことを実感できたのだった。

 

 

 

 

 

「ああ、それから……二人はおめでとう、なのか?」

 

 恭介が伝えたいことはさやかのことが好きだということのはずだ。きっとあの時にそれを伝えたはずだ。そしてさやかの気持ちも同じで、ソウルジェムのことを受け入れたのなら、きっと……

 

 やがて二人は顔を赤くしたのを見て俺の考えは間違っていないことを悟った。

 

「うん……その、ありがとう。裕一には本当に感謝してるよ。君が教えてくれたから、僕は後悔せずにいられたからね」

 

「ああ……そっか」

 

 それを言われると少し辛いな……それのせいで杏子を傷つけたからなぁ……

 

 その杏子は今も黙ってるし……

 

 

 

 

 

「洲道君!」

 

「ま、まどか?」

 

 少し沈んでいる時に今度はまどかが話しかけてきた。驚いたせいで少しどもってしまった。

 

「私からもお礼を言わせて……上条君もそうだけど、洲道君もいたからさやかちゃんを助けられたから……」

 

 ううむ、まどかもそう言うのか……よし、何とかいつもの調子で返してみよう。

 

「ふふふ、お礼にキスの一つもしてくれていいのだよ?」

 

「ふえっ!?」

 

 その瞬間まどかは真っ赤になってしまった。ははは、これだけで真っ赤になるとは愛いやつめ。そうだ、もうさやかはまどかを自分の嫁だということはできないはずだ。だって恭介がいる今だと、それは浮気になるわけだし。

 

(もう少しからかってやるかな……ん?)

 

 その時服の後ろがくいくいと引っ張られていることに気付いた。振り返ってみると、そこには俯いた杏子がいた。

 

「そんなこと……するなよ……」

 

「へ……?」

 

 な、なんだ……? これっていつもの杏子じゃないぞ……? いつものあいつなら、まどかにセクハラまがいのことをしている俺に怒りの鉄拳を叩き込んでいるはずだ。それが今はこんなに弱々しく見えている。いつもの態度と違う杏子に俺は戸惑いを隠せなかった。

 

「裕……」

 

「う……え、ええっと、その……」

 

 まずい、今の杏子は今までと違って不安定になっているんだ。感情のコントロールがきいていない。や、やめて! そんなうるうると泣きそうな目で俺を見ないで! なんだ、この罪悪感みたいなのは!? 普段の時よりずっとたちが悪いぞ!?

 

「な、なんちゃってなー! うそうそ、冗談だって! いつものノリだから安心しなよ、まどか!」

 

 杏子の視線に耐えきれなくなった俺は慌ててさっきの言葉を否定した。まどかはさっきまでのやり取りのおかげか落ち着きを取り戻していた。

 

「もう、洲道君もからかったりしちゃ駄目だよ? 女の子はデリケートなんだからね?」

 

「うんうん、よく分かったよ! 今度から気をつけるから!」

 

 指をぴんっと立てて、めっ、と言うようにまどかは俺のことを叱った。杏子の方を見ると、ほっと息をついて服からを手を離した。それ以降は何も言おうとはしなかった。表情も俯いて再び髪に隠れてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

(あー、危なかった……今はおふざけは無理っぽいな……)

 

 今の杏子には逆らわない方がいい。とりあえず方向転換をしようと思い、マミさんに話しかけることにした。

 

「あの、マミさん。恭介には魔法少女の事情は全部説明したんですか? 俺は最低限のことしか話してなかったんですけど……」

 

「ええ。上条君にも余すことなく話したわ。魔法少女が闘いから離れることができないこともね……」

 

 ……きっと恭介はさやかを魔法少女の闘いから退かせようとしたんだろうな。それはそうか。恋人が危険な目にあうことを良しとするわけがないもんな。

 だけどそれは無理なんだ。魔女の落とすグリーフシードは魔法少女にとって必要不可欠なのだから。何もしなくとも、日常生活でも穢れは少しずつ溜まるものなんだ。それを放っておくこともできないのだから。

 

「恭介、さやかは……」

 

「……うん、もう何度も説明されたから分かってるよ。僕にできることは、何もないってことも……」

 

「恭介、それは違うよ!!」

 

 沈みそうになった恭介に声をかけたのはさやかだった。その目には今までの暗さは存在していなかった。俺達の良く知る美樹さやかの目だった。

 

「恭介がいてくれたから、受け入れてくれたから、あたしは今こうしていられるの! あたしは今度こそ見滝原の魔法少女として、この町を守りたいの! 恭介や、仁美達がいるこの町を!」

 

「そうだよ、上条君! 私も魔法少女じゃないけど、それでもできることはあるって信じてるの! それが皆が私に教えてくれたことだから! 上条君だからこそできることは絶対にあるよ!」

 

「上条君。あなたは美樹さんの支えとしていてくれているのよ。いいえ、それだけじゃなくて、私達の事情を知ってくれているだけで私達の支えになってくれるのよ。魔法少女の闘いは、本来は理解されない孤独なものだから……」

 

 まどかとマミさんも恭介に言葉をかけてくれている。俺はといえば、もうすでに恭介にしかできないことは分かっていた。それは恭介のすぐそばにあるのだから。

 

「なあ、恭介。お願いがあるんだけどさ……」

 

 多分それはここに来る前に恭介の家に寄って取ってきたものなのだろう。

 

「バイオリン、聴かせてくれよ」

 

「裕一……」

 

「さやかの願いの原点、それを俺達に聴かせてくれよ。それで俺達はまた聴きたいと思って頑張れる。それは間違いなくお前にしかできないことだしさ」

 

 魔法少女を支えるのは共に闘うことだけじゃない。そばにいること、話を聞くこと、それだけで救いになることだってあるんだ。そう、まどかもさやかを支えようとしたように。できることは必ずあるんだ。恭介の場合はそれが簡単に分かるだけだった。

 

「……うん、分かったよ。ずっと考えていたフレーズが、皆の話を聞いて形になった。せっかくだから皆に聴いてもらおうかな」

 

 恭介はケースからバイオリンを取りだし、それを構えた。その姿は、俺達がかつてよく目にした光景だった。

 

「さやかと、そして皆に送るよ。魔法少女さやかの曲だ」

 

 

 

 

 

 

 それは今まで聴いたことのない、完全に恭介のオリジナル曲だった。その旋律の一つ一つにさやかへの想いが込められていることが感じられた。これこそがさやかが起こした奇跡なんだ。皆の顔を見てみると、皆が目を閉じて聴き入っていた。その中でもさやかはその曲を聴いて静かに涙を流していたのだった…………

 

 

 

 

 

 その後は皆でマミさんの料理を食べ始めた。俺達が来るのが遅れたせいで少し冷めていたので、温めなおした。それは今まで見たことのないようなご馳走だった。まどか達も少し手伝っていたようだが、それらはほとんど全てがマミさんが作ったものだった。彼女の感じた嬉しさがそのまま表れているような気がした。

 さやかは救われた。そして恭介もこちらの事情を知って応援してくれている。マミさんは杏子と別れた後は孤独だった。おそらくもう自分は一人には決してならないことを実感できたのだろう。

 

 さやかとローストチキンの奪い合いをしたことで、マミさんに叱られている時に俺はそんなことを思っていたのだった…………

 

 叱られていることからの逃避ではないですよ?

 

 

 

 

 料理を食べ終えた後で、俺は皆に提案をすることにした。

 

「あのさ、皆。魔法少女のことなんだけど……俺は中沢と仁美にも話した方がいいと思うんだ」

 

 その提案に皆は神妙な顔で聞いていた。俺はかまわず言葉を重ねた。

 

「もともとは話すべきことじゃないのは分かってる。こっちの事情を知ることで、少なからず巻き込むことになるからな。だけど恭介に話したからには、他の二人に話してはいけない理由は、もうほとんどないんだ」

 

 二人もずっと俺達のことを心配してくれていた。話したらおそらく信じてくれるだろう。

 だけど結局どうするのが最善だったかは今も分からないままだ。巻き込みたくないということも間違いではないだろうし、話すことで信頼を示すということもおそらく間違いではない。今回は話すべきだという事情になった。きっと、ただそれだけのことなんだろう。

 

「そうね……分かったわ。私は話してはいけないとはもう思わない。彼らに話すかどうかは、あなた達に任せるわ」

 

 マミさんは俺達の決断に委ねると言ってくれた。まどか達の答えを聞こうと視線をやったら、それぞれ答えてくれた。

 

「僕も……それがいいと思う。二人もきっと僕と同じ想いだから。僕だけが知るわけにはいかないと思うんだ」

 

「うん、私もそれがいいと思う。中沢君と仁美ちゃんもずっと力になろうとしてくれてたからね。二人ならきっと皆を支えてくれるはずだよ」

 

「そうだよね……うん、やっぱり話すべきだよね。あたし達六人の間で隠し事はしない方がいいだろうし。これからも、魔法少女として仁美達がいるこの町を守ることは変わらないんだしね!」

 

 まどか達も同意してくれた。俺は皆の言葉に頷いてこれから先の方針を話すことにした。

 

「それなら次の学校の放課後にでも話すことにするか。マミさん、杏子、そういうことですのでその日は少し遅れますから。修行は明日からにでも始めましょう」

 

「ええ、分かったわ」

 

「ん……」

 

 マミさんはしっかり頷いてくれたが、相変わらず杏子は頼りなく頷くだけだった。

 

 本当に大丈夫なのか、杏子?

 

 

 

 

 

 

 

 とりあえず今日は皆疲れているということで解散することにした。確かに今日は走りまわったし、しかもその後で杏子とのガチバトルときたものだ。それは今までのどの闘いよりもきつかったと胸を張って言える。ワルプルギスの夜との闘いはきっとこれ以上に厄介なのだろうな……

 

 俺は今杏子と一緒に帰っている。未だに元気がないことが心配だったからだ。あの杏子が食事のときもあまり食べようとはしなかったのだ。俺が皿によそって渡してようやく食べるくらいなのだから、その憔悴ぶりはいやでも理解できた。

 

 会話がないまま、やがて分かれ道にさしかかった。

 

「それじゃあ、俺はこれで。まあ、今日はゆっくり休みなよ、杏子」

 

「…………」

 

 今の杏子には時間が必要なのかな、と思った。明日も会うのだ。とりあえず一人で考える時間をあげた方がいいのかもしれない。今のままではどう接すればいいのか分からないし。

 

 そう思って背を向けた時だった。

 

「あ、あのさ、裕!!」

 

「のわっ!? な、なんだよ!?」

 

 いきなり大声で杏子が呼ぶものだから、素っ頓狂な声をあげてしまった。

 

「ど、どうしたんだ? 何か聞きたいことでもあるのか?」

 

 いつもの俺なら、「俺と離れるのが寂しいのか?」とか言ってしまうが、今の杏子は危険だ。変に煽ると壊れてしまうかもしれない。だから今の俺は真面目に対応しないといけない。

 

 

 

 

 だが、今後一切ふざけた態度を取るなと言われたら、絶対無理と答えるしかない。

 

 だって、それが俺だもん。

 

 

 

 

 

「え……えっと、な……その……」

 

(けど、ちょっと待てよ? このたどたどしい態度、以前どこかで見たような……?)

 

 指をいじったりしてもじもじしている姿を注意深く観察していると、頭にそんな思考が浮かんできた。それがどこだったかを思い出していたら、杏子が再び口を開いてきた。

 

「あ、あたしのそばにいてくれるっていうのは、その……嘘じゃないんだよな?」

 

「ああ、もちろんだ。俺の『日常』には、もうお前はなくてはならない存在なんだからな」

 

 それは即答できる。あの時杏子を追わないということはありえなかった。もしもあの修行場で走り去る杏子を見ていなかったら、俺達の前から姿を消していたかもしれなかったのだ。そんなことになったら、アイツと闘う前から絶望していて何もできなかったと思う。

 

「そっ、か……そうなんだな……」

 

 心から安心したように杏子は胸をなで下ろしていた。普段意地っ張りな杏子と違って、今の杏子はとても素直に感情を表に出している。その様子を見て俺は悟ったような気がした。

 

(孤独を抱えているのはマミさんだけじゃなくて、魔法少女は皆そうなんだな……)

 

 魔法少女というのは、ただ善意で魔女を倒してくれるわけではない。グリーフシードのために闘う者がほとんどだ。そのために使い魔を見逃して、人を襲わせて魔女に成長させ、そして縄張りという概念がある。互いに競い合い、信頼関係なんて生まれるわけがない。

 そしてその事情を理解してくれる人もほとんどいないんだ。最初こそ人々のために闘う人もいたとしても、誰にも理解されないと心は摩耗していく。その目的を見失ってしまう。

 

 だけど、この町は特別だった。ここを守る魔法少女は本当に誰もが認める正義の魔法少女で、その人に憧れて同じような存在であろうとする人もいるのだ。

 一緒に闘う仲間がいる。自分の大切な人達も、その闘いを理解してくれる。誰かが道を踏み外そうとも、他の皆が引き戻してくれる。

 

 ここでなら、きっと杏子の心を救えるだろう。だって、彼女が本当は優しいってことは皆が知っているんだから。そんな時が来るのを、俺は願わずにはいられなかった。

 

 

 

「最後に、一つだけいいか……?」

 

「ああ、なんだ?」

 

 できるだけ杏子を安心させるように、マミさんのように優しく笑うように頑張ってみた。

 

「あの時、自棄になってたあたしを止めてくれて、そばにいるって言ってくれて、本当に嬉しかったんだ……だから、その……」

 

 くるりと振り返り、つぶやくように最後の言葉を口にした。

 

 

 

「ありがとう……」

 

 

 そう言って杏子はそのまま走り去って行ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

「んー……」

 

 俺は正直呆れていた。他でもない、自分自身に。原因は杏子の言葉だった。

 

『ありがとう』、他でもない彼女のその一言だけで、今までの疲れが吹っ飛んでしまったのだ。

 

 まるで、その一言だけのために今日は頑張ってきたかのように。

 

「単純なんだな、俺って……あーあ、ばっかみてぇ……」

 

 俺はそうぼやくしかなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「まあ、いっか……」

 

 何はともあれ、ようやく今日の長い闘いが終わった。さやかは救われ、杏子も何とか支えることができたと思う。それはさっきのあいつの言葉が証明している気がした。俺達はきっと勝ったんだ。絶望に堕ちていたかもしれないさやかの運命とか、そういうものに。

 

「とにかく、帰って休むかな」

 

 頭がクリアでも、身体は休ませないといけない。明日への活力を得るために早く帰らなければ。

 

 

 

 

 しかし、それは叶わなかった。原因は俺の前にいる人物だった。

 

 

 

 

 

 彼女とはいずれ会うつもりだった。だけど俺一人では会いたくはなかった。彼女は俺を敵視しているのだから。だけど現実はどこまでも無情なままで、闘いはまだ終わっていないことを告げるかのように、

 

 

 

 暁美ほむらが、そこにいた。

 

 




 ようやく裕一がほむらと邂逅する時がきました。

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