魔法少女まどか☆マギカ~紡がれる戯曲~   作:saw

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ようやく終わりが来ました。


書き変えられた人魚姫の物語

 さやかは走り続けていた。マミ達の手を払いのけ、恭介達からも逃げ出し、今も杏子から逃げていた。今までのように魔法で追い払うこともできたはずだが、今のさやかにはもうそれもほとんど使えなくなっていたのだ。彼女のソウルジェムはほとんど限界に近付いていたのだ。そのため、魔力で体力を補っていた身体もあっという間に限界が来てしまった。いつもの修行場にまで走って来たところでさやかは足を止めざるを得なかった。

 

「はあっ、はあっ、はあっ……」

 

「はあ……どんだけ逃げ続けるんだよ、お前……」

 

 対して杏子の方はまだ余裕がありそうだった。もう逃げられないと悟ったさやかはすでに自暴自棄に陥っていた。

 

「なんなのよ、あんた……こんなところまで来て……あたしを笑いに来たって言うの!?」

 

「さやか……」

 

「だったら笑いなさいよ!! 今のあたしはこんなに馬鹿で醜いんだよ!! あんただってあたしのことは嫌いなんでしょ? こんなチャンスめったにないよ!? 笑いなさいよ、さあ!! 今のあたしにはそれくらいしか価値がないのよ!!」

 

 さやかはもう自分を隠すことも止めてしまった。さながら舞台の上で観客を笑わす道化役者のように自分を表現した。もはや自分にはそれだけの価値しかないのだと、さやかは思ってしまったのだった。

 

「そうだよ……これがあたしなんだ。魔女を満足に倒すことすらできない、ただの石ころ……あはは、こんなんじゃ仁美に恭介を取られてもしょうがないよね……」

 

「落ち着け、さやか!! あたしはお前のことをそんな風に思っちゃいないんだ!!」

 

 しかし観客はそれを良しとはしなかった。彼女の役割は道化なんかじゃない。杏子はさやかにそんなことを言ってほしくはなかったのだ。

 

「お前がただの石ころ? 馬鹿言うな!! たとえソウルジェムが魔法少女の本体でも、あたし達魔法少女は生きているってあの時あたしは言っただろうが!! マミ達だってお前にそう言ったはずだろ!?」

 

「だけど……」

 

「あたしの願いはもうお前に言っただろ? 確かにあたしは最初はお前のことが大嫌いだったさ。お前を見ていると、昔のあたしの間違いを見せられているようで、本当にうざいって思ってさ……だけど、それと同時にさ……」

 

 さやかの存在は今の杏子の魔法少女としての矜持を否定するものだった。だからこそ、杏子はそんなさやかを自分の目の前から抹消してしまいたかったのだ。しかし、あの時の杏子がさやかに抱いている感情はそれだけじゃなかったのだ。

 

「お前のことが羨ましくもあったんだよ!!」

 

「あたしのことが、羨ましい……?」

 

「そうさ! お前はあたしの過去を聞いた後でもその考えを変えることはしなかった。あたしにはそんなあんたが眩しく見えたよ! あたしが失っちまったものを全部持っているお前が羨ましくてしょうがなかったんだよ!!」

 

 それが杏子のさやかへの想いだった。かつて自分が目指していた過去の自分、それこそが今のさやかだったのだ。杏子のことを知っても自分を変えなかったさやかに、自分がそうだったかもしれない未来を重ね合わせていたのだ。

 

「だけどあの時のあたしはそれを認めたくなくて、ずっとあんたのことを否定しようとしていた。だけどそう思ってお前を何度も痛めつけても気分が晴れることがなかったよ。そんなの当たり前だよね? だってあたしが痛めつけているのは過去のあたし自身だったんだからさ。結局あたしは過去のあたしから逃げているだけだったんだよ……」

 

 何度痛めつけてもさやかは立ち上がろうとした。その度に過去の自分が目の前に現れ、過去の自分から逃げることはできないのだと杏子は悟ったのだ。

 

「それでやっと分かったんだ。過去はどうしたって消えるわけじゃない。逃げることなんてできるわけがないんだよ。――――そうさ、だったら向き合うしかない。逃げられないのなら、臆病な自分と闘わないといけないんだよ」

 

「自分と、向き合う……」

 

「お前は自分には何もないなんて言うけどさ……お前はこの町を守る正義の魔法少女なんだろ!? その想いも無くしたわけじゃないんだろ!?」

 

「そ、それは……」

 

「仁美ってやつと恭介と付き合ったとしてもさ! お前のあいつへの想いはその程度で消えてしまうものなのか!? 恭介を守りたくはないのか!?」

 

「っ!!」

 

「なあ、さやか。お前にはあたし達がいるんだよ。お前さえよければさ、あたしも一緒にこの町を守らせてくれよ!!」

 

「杏子……」

 

「だからさ、あたしに仲間としてお前を助けさせてくれよ。そして、これからもあたしと一緒に……!!」

 

 そう言って杏子は自分の手をさやかに差し伸べた。自分の想いをさやかに分かってもらいたかった。それはさやかのためだけではなく、自分自身のためでもあった。自分と、自分の大事なものを守ろうとする姿は、彼の姿にそっくりだった。

 

「あんたや、マミさん達と一緒にこの町を守る、か……そっか、それはいいよね」

 

「さやか……!」

 

「あんたの気持ちは分かったよ、杏子。それならさ、一つあたしのお願いを聞いてくれないかな?」

 

「ああ! 何でも言ってくれよ!」

 

 杏子の心は歓喜に満ちていた。今の杏子にとって、さやかは過去の自分そのものであり、そして希望であった。そんなさやかの心を救うことは自分を救うことにもつながるのだ。さやかが自分の手を取ってくれたことで、今の杏子は間違いなく幸せだった。

 

 

 

 次のさやかの言葉を聞くまでは。

 

 

 

「――――裕一、ちょうだい?」

 

 

 

 

「え……?」

 

「裕一とは一年近くの付き合いだけどさ、あたし達はいつも一緒にいたんだよ。だからあいつのいい所や悪い所はよく知ってるんだよ。顔だって、けっこういい方だしさ」

 

「何を、言ってんだよ……」

 

「それにあいつって結構のりがいい方だしさ、あたしとも相性がいい方なんだよね。付き合ったら楽しくいけると思うんだー」

 

「だ、駄目だ、そんなの……」

 

「何よりあいつはあたし達の事情を知っているんだしさ。どんなことでも相談にのってくれるもんね」

 

「いや……いやだ……」

 

「じゃあ行こうよ、杏子。裕一を探すのを手伝ってよ。別にいいでしょ? あたしが裕一をもらっちゃっても」

 

「やめてぇええええーーーーーっっっ!!!!!」

 

 その瞬間杏子は感情を爆発させてしまった。さやかの出した条件は今の杏子にとって到底許容できないことだったからだ。頭を抱えていやいやと首を振って何度も拒絶していた。

 

「あたしからあいつを取らないでくれよ!! そんな残酷なことをするなよ!! ゆ、裕が、あいつがいなくなったら、あたしは、あたしは……!!」

 

 その想像をするだけで杏子は身体が震えてしまった。足も震えてまともに立てなくなり、歯も噛みあわなくなってしまい、目の前が真っ暗になってしまいそうだった。

 

 その姿を見てさやかはくすりと笑った。

 

「やっぱりそうだったんだね。ここまで取り乱すとは思わなかったけど……」

 

「さ、さやか……?」

 

「ねえ、答えてよ杏子。もしもあたしじゃなくても、裕一を取ってしまう人がいたとしたらさ、あんたはそれでもいつも通りでいられるの?」

 

「っ!?」

 

「さっきのは嘘だから安心しなよ。だけどあんたも分かったでしょ? あたしの中の恭介の想いは確かに消えちゃいないよ。……だからこそ、辛いんだよ」

 

「あ、あああ……」

 

「あんたには分かる? 好きな人に自分のことを言えない辛さを、分かってもらえないから諦めるしかないっていう悔しさを。……ううん、分かるわけがない……!!」

 

 言葉を紡ぐ度にさやかの心は怒りで満ちてきていた。杏子は自分にないものを持っていると言っていたが、さやかの方だって自分にはないものを杏子が持っていると感じていたのだ。

 

「あんたはいいよね!? 裕一はあたし達の側にいる人でさ!! あんたのことを全て受け止めてくれる人がいてさ!! ソウルジェムのことで皆落ち込んでいる時だって、裕一は真っ先にあんたの所に来てくれたんだもんね!!」

 

「そ、それは……」

 

「そんな裕一があんたは好きで好きでしょうがないんでしょ!? 人のことが好きになることを知っているあんたが、恭介への想いを持って生きていけなんて残酷なことをよく言えるよね!!」

 

「あ、あたしは……」

 

「もういい! あんたが望んでいるのはあたしじゃないんだよ! だってあんたは嘘とは言っても裕一を差し出すのは駄目だって言ったんだもんね!!」

 

「ま、待ってくれよ、さやか!! どこへ行くんだ!?」

 

「どこだっていいでしょ!!」

 

 さやかはとうとう杏子の手を取らずにこの場を去ろうとしてしまった。その事実に杏子は全てに拒絶されたような絶望に陥ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

(あたしは……なんであんなことを言ったんだよ……頷いていれば、さやかが戻ってきてくれたのかもしれなかったのに……そうすれば、あたしは……)

 

 杏子はあの時の自分が分からなかった。自分のことのはずなのに、自分が分からなかった。

 

(違う……こんな『あたし』は知らない……こんなのが『佐倉杏子』であっていいはずがない……)

 

 今の自分は、『さやか達と出会う前の佐倉杏子』でも、『昔の佐倉杏子』でもない全く別の存在であることを杏子は自覚せざるを得なかった。なぜなら自分が知る『佐倉杏子』なら美樹さやかを求めないはずがなかったからだ。しかし杏子の中ではあの瞬間、さやかを失う恐怖より彼を失う恐怖の方が勝っていた。自分がどんどん別の存在に書き変わっていることに杏子はただ恐怖した。

 

(分から、ない……怖いよ、裕……)

 

 助けを彼に求めようとしても、今の自分に手を差し伸べてくれる人はいなかった。

 

 

 

 

 これでさやかの運命は決まってしまった。さやかはついに誰の手を取ることもないまま自分の魂に穢れをため込むことになってしまった。その先にあるのは逃れようのない絶望しかないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、ある存在を除いて誰もそんな物語は望みはしない。希望と絶望は表裏一体であり、切り離すことはできないが、人は生きている以上は希望を望む。終わりは希望に満ちたハッピーエンドがいいに決まっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さやかっ!!!」

 

 

 

 そしてそれを望み、さやかに手を伸ばすのは裕一達だけではなかった。

 

 

 

 

「え……ど、どうして……?」

 

 

 

 さやかの表情は驚愕に満ちていた。それはありえないことだったからだ。自分はもう彼に会うことなどないと思っていた。自分にはそんな資格などないのだから。そしてなにより、自分は彼を失ってしまったのだから。

 

 

「お前、は……」

 

 

 

 杏子もさやかと同様に驚愕していた。こんな時に彼が来ることなど全く予想していなかった。その少年は美樹さやかの願いの対象だった。彼がいたから今のさやかがいる。同じ願いから始まったさやかに昔の自分を重ねていた杏子は自然と彼に自分の父親を重ねてしまっていた。

 

 

 

 

 

 

「きょ……恭、介……?」

 

 

 美樹さやかの魔法少女の原点である上条恭介が息が切らして土手の上に立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ……あああ……いや、いやだよ……」

 

 さやかは今の自分の姿を見られたくなかった。なぜなら自分はただの石ころであり、この身体はただの死体であるのだから。最も見られたくない相手である彼がここにいる事実にさやかは震えていた。そしてさやかはまた逃げようとした。

 

「ま、待ってよさやか!! うわぁっ!?」

 

 さやかが自分から逃げようとしたことに気付いた恭介は慌てて追いかけようとして土手から降りようとしたら、足を滑らせて土手から転げ落ちてしまった。その際、自分の腕だけは必死に守っていた。

 

「恭介っ!?」

 

 恭介が転げ落ちたのを見たさやかは、逃げることも完全に頭から消え去って真っ先に彼の所へと駆け寄った。

 

「恭介、大丈夫!?」

 

「いたた……あはは、まだ足に力が入らないや……」

 

 自分のそばに来たさやかに対して恭介は苦笑を浮かべていた。その服は土で汚れ、顔にも擦り傷ができていた。

 

「あ、でも安心してよさやか。指は無事だからね。ヴァイオリンはちゃんと弾けるから」

 

「そ、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!? まだリハビリも終わってないのにこんな無茶をしたら駄目に決まってるじゃん!? というより松葉杖はどこにやったの!?」

 

 さやかは今さらながらに恭介の手元に松葉杖がないことに気がついた。さっきの恭介は間違いなく持っていたはずなのだ。そのことを尋ねられた恭介はまるで悪戯がばれた子供のように苦笑いを浮かべていた。

 

「えっと……どっかに置いてきちゃったよ。速く走るためには邪魔だったからね」

 

「な、何言ってんの!? そんなことをしてまで……こんなにぼろぼろになってまで、何をそんなに急いでたのさ!?」

 

「何ってそれは……」

 

 さやかは目の前の事実が信じられなかった。目の前にいるのは本当に自分の知っている上条恭介なのだろうかと思ってしまった。自分が知っている恭介はこんな無茶をするわけがないはずなのだ。そんなことをするのは二人の友達である彼の方がふさわしく感じられた。

 

 そんなさやかに対して恭介は苦笑いを止めて、真剣な瞳でさやかを見るようになった。そんな彼の姿もさやかはあまり見たことがなかった。

 

「君を探していたからだよ」

 

「あ、あたしを……?」

 

「うん、早く君を見つけたくてつい走っちゃったんだよ。こんな無茶をするようになったのは……裕一のおかげ、いや、せいなのかな?」

 

 さやかは頭を抱えたくなった。自分の幼なじみはこんな無茶をついやってしまう人間だったのか。そんな風にしてしまった裕一に対してさやかは恨み事を心の中でつぶやいた。恭介の行動で若干冷静になったさやかは自分に会いに来たという恭介の真意をたずねることにした。

 

「それで……あたしに何の用なの?」

 

「うん、さやかに伝えたいことがあってね……」

 

「伝えたいこと……まさかっ!?」

 

 さやかは彼が自分に伝えたいことを考えた時、すぐに答えが出た。なぜなら自分は見ていたのだから。恭介が自分から離れていく、その決定的な光景を。

 

「仁美との……ことでしょ?」

 

「え、志筑さん?」

 

「そ、そうなんでしょ? 仁美に……告白されたんでしょ? そのことを報告に来たんだよね、恭介?」

 

「もしかしてさやか……あのベンチでの会話を……?」

 

「ご、ごめん! 覗くつもりはなかったの! ただ、散歩していた時に偶然通りかかっちゃって、それで……!」

 

「そう、だったんだ……」

 

 さやかの答えに対して恭介はばつが悪そうな顔をしていた。その彼の表情を見たさやかは自分の考えは間違っていなかったことを確信していた。そして変わることのない現実にさやかの心は沈んでいった。そんな自分が今できるのは、自分を偽り、恭介の罪悪感を少なくしてあげることくらいだった。

 

「そっかー恭介が仁美とねえ? うんうんお似合いだと思うよあたしは! でもね、恭介、付き合うからには仁美のことを幸せにしないと駄目だからね? 泣かせたりしたら絶対に許さないから! あんたのことを好きでいてくれた子がいるんだから、ちゃんとしないと駄目なんだからね!!」

 

「さ、さやか……?」

 

「じゃあね、恭介。話はもう聞いたからあたしはこれで帰るよ。あ、最後に言っとくね。仁美と付き合ったっていう話をあたしに真っ先に話してくれてありがとね。伝えたい相手があたしだっていうのは、その、嬉しかったからさ」

 

 そうしてさやかは恭介のもとから去ろうとした。これで全てに決着がついた、とさやかは思っていた。彼は他の人のものになったが、自分は彼の中ではそれなりの立ち位置にいたことを知ることができてさやかは少しだけ救われる思いがしていた。

 

 しかし恭介はそれでよしとはしなかった。自分から去ろうとしていたさやかの手を取って行かせまいとしていた。

 

「ま、待ってよ、さやか」

 

「……離してよ、恭介。もう話は終わったはずだよ。恭介は早く仁美の所へ戻りなよ。彼女を待たせるのは彼氏としては失格だからさ?」

 

「僕の話は終わってない。というより、まだ始まってもいないんだよ」

 

「……ごめん、恭介。今日はこれ以上は聞きたくないんだ。お願い、この手を離して」

 

「いやだ」

 

 さやかは必死に振りほどこうとしていたが、恭介は決して離そうとはしなかった。さやかはこれ以上は無理だった。自分の本心を押しとどめて二人の仲を祝福するのは限界だった。だからさやかは目の前の彼から必死に逃げようとしていた。

 

「離してよ!! お願いだから一人にして!! もうほっといてよ!!」

 

「駄目だよ。僕は君に言っていないことがあるんだ。この手を離しはしない」

 

「いやっ!! 離してよっ!!!」

 

 さやかはとうとう駄々っ子のように手を振りほどこうとした。そんな彼の行動が自分を苦しめることを彼には分かってもらいたかった。しかしそんな彼女の行動を彼は許しはしなかった。

 

 

 

 

 

 

「っ……いいから聞けっ!!!美樹さやかっっっ!!!!!」

 

「っ!?」

 

 

 

 自分の話を勝手に勘違いし、勝手に逃げようとするさやかに対して恭介はだんだん腹が立ってきていた。そのために彼は今まで出したことのないような大声を張り上げてしまった。そしてそんな彼に対してさやかは一瞬我を忘れてしまっていた。

 

「誰が志筑さんとの話のことだって言ったんだ!? 勝手に話を勘違いするなよ!! これ以上逃げるな、さやか!!」

 

「恭介……」

 

 恭介は息を荒げていた。生まれて初めての大声に自分の喉はかなりのダメージを受けていた。しかし、彼はそんなことは気にしなかった。喉が痛かろうが、自分はさやかに伝えないといけないことがあるからだ。そうじゃなければこんなに急いだり走ったりはしない。

 

「怒鳴ったりしてごめん……でも、聞いてくれさやか。僕は確かに志筑さんと会っていた。そして志筑さんに告白されたんだよ。だけど、僕はそれを断ったんだよ」

 

「な……え!?」

 

 恭介のカミングアウトにさやかは混乱してしまった。恭介が仁美の告白を断ったと言ったということがさやかにはどうしても信じられなかったからだ。

 

「ど、どうしてさ!? だって、仁美だよ!? あんなに可愛くて、性格も良くて、お金持ちで、そんじょそこらの女の子よりずっとレベルが高いんだよ!? そんな仁美の告白を断るなんてわけ分かんないよ!!」

 

 さやかは自分で矛盾した行動をしていることに気づいていなかった。仁美の告白を見てしまった時、さやかは恭介が取られてしまったことに耐えきれずに逃げ出してしまった。そんなさやかは今仁美を振ったという恭介に対して問い詰めている。さやかはとにかく恭介の真意を知りたかった。

 

「……志筑さんに告白された時にね、僕は一瞬思考が止まってしまったよ。僕のことを今まで好きでいてくれて、そして好きだって言ってくれて、嬉しいって思ったことは事実だった。けどね、その時に僕は思ったんだよ。このままでいいのか、って」

 

「恭介……?」

 

「それでね、頭の中で一人の顔が浮かんだんだよ。その時になってようやく分かったんだ。僕はどうすればいいのか、どんな想いを大切にすればいいのか、はっきりとね。だから僕は彼女の告白を断った。そして、僕は頭に浮かんだその人に逢いに来たんだよ」

 

 そこまで言って恭介は一度顔を伏せた。深呼吸をして自分を落ち着かせ、そして奮い立たせようとしていた。さやかは動くことはできなかった。それは逃げるなと言った恭介の言葉に逆らえなかったことと、恭介の言葉を聞きたいと思ったことが理由だったからだ。

 

 

 

 

 やがて意を決したように恭介は顔を上げてさやかの瞳を真っすぐに見つめた。

 

「僕は――――さやかが好きだ」

 

「あ……」

 

「小さい頃に僕が一人だった時に手を差し伸べてくれて、それからもずっと一緒にいてくれて、僕が入院している時にも何度も僕を支えてくれた美樹さやかのことが、僕は好きなんだ。これかもずっと一緒にいたいって強く思える唯一の人なんだ」

 

 そう言って恭介はさやかに手を差し伸べた。それはさやかが今日何度も見た光景だった。マミが、裕一が、まどかが、杏子が自分に差し伸べてくれた手だった。

 一方の恭介にとって、これはさやかが今まで自分にしてくれたことへのお返しだった。今度は自分がさやかを支えてあげたい、それが彼の願いだった。

 

 

 

 

 しかしさやかはその手を取らずにただ首を振るだけだった。

 

「だ、駄目だよ……恭介……あたしに、そんな資格なんてないの……」

 

「どうして?」

 

「あたしはね、仁美が恭介に告白することを知ってたの……昨日仁美と会ったときに仁美が恭介のことを好きなんだってことを聞かされて、一日だけ待つって言われたんだ。その間にあたしに自分の本当の想いに向き合って、後悔しないようにしろって……それであたしは今までずっと何もせずに、自分の想いから逃げてしまったの……そんなあたしが……」

 

 しかし恭介はその言葉を聞いても手を下げることはなかった。

 

「だとしてもさ、僕の気持ちが変わる理由にはならないよ、さやか。確かに意気地がないことだとは思うよ? だけど自分の気持ちに正直でい続ける人間なんて、きっといないと思う。つい逃げたとしても、それはそこまでの恥じゃないよ。いや、むしろさやかにそんな弱々しい一面があることを知れて逆に好印象かな?」

 

「な、なあっ!?」

 

 予想しなかった恭介の切り返しにさやかは真っ赤になってしまった。そんなさやかの姿がほほ笑ましく思えて恭介はただにこにこと笑っていた。

 

「それより僕は君の本当の想いっていうのを知りたいな。君には僕の本当の想いを伝えたよ。君は教えてくれないのかな? ……それとも、まだ教えられない理由があるのかな?」

 

 恭介はにこにこ顔から一転して真剣な顔へと変わった。それは逃げることは許さないという意志表示だった。さやかはその意志には逆らえずに、沈んだ表情で答えた。

 

「そう、なんだよ……あたしはね、もう普通の人間じゃないんだ。詳しくは言えないけど、恭介が好きだっていってくれた美樹さやかはもうここにはいないんだ……」

 

 それはさやかにとって変えようのない事実だった。自分はもはや死んでいるのだ。そんな自分が好きだと言ってもらえる資格などないのだ。

 恭介が自分のことが好きだと言ってくれてだけでさやかはもう満足だった。たださやかはそんな彼や、自分の想いを気づかせてくれた仁美に対して申し訳ないと思ってしまっていた。

 

「だからね、恭介。あたしのことはもう……きゃっ!?」

 

 それから先を言うことができなかった。恭介は突然自分に差し出していた手を伸ばして自分の手を掴んだ。そのまま引っ張られてしまってさやかは恭介へと倒れ込み、そのまま抱きしめられてしまった。

 

「きょ、恭介っ!? な、なにをして……」

 

「魔法少女」

 

「…………え?」

 

 その瞬間、さやかの思考は完全に停止してしまった。知らないはずのことを、知ってはならないことを彼が言ったからだった。

 

「たったひとつの願い、奇跡を叶えてもらう代わりに、魔女と闘う使命を持った女の子。魔女に襲われる人を守るために、命をかけて闘い続ける」

 

「どう、して……?」

 

「そして魔法少女になった時に、その魂はソウルジェムと呼ばれる宝石へと変わり、その身体は痛みを和らげるためのものに変わる」

 

「……っっっ!!!?」

 

 さやかは今度こそ絶望してしまった。知られたくなかったことを、一番知られたくなかった人に知られてしまっていた。知られずに自分は消えてしまった。どうしてそっとしておいてくれなかったのだろうか? さやかはこんな状況を作ってしまったものに対して存分に呪った。

 

「さやかは、暖かいね」

 

「え?」

 

「僕には感じられる。この手に、身体に伝わる熱が君が間違いなく生きているんだってことを僕に教えてくれるんだ。やっぱり君は僕が知るさやかだ。僕は胸を張ってそう言えるよ」

 

「あ、あ……」

 

「君は自分をゾンビだなんて言うけど、僕はそんなことは絶対に信じない。君は美樹さやかだ。君は確かにここに生きているんだよ。君にも、僕の熱は感じられない?」

 

「だ、駄目だよ……あたしは痛覚を消せるんだよ? 今感じられるこのぬくもりだって……」

 

「さやか」

 

 そう言って恭介はさらに強くさやかを抱きしめた。その先は絶対に言わせない。そんな強い思いがさやかには感じられた。

 

「君はまだ逃げ続けるの? 君に手を差し伸べようとする裕一達からも逃げて、そして今僕からも逃げるの? さっきはそこまで恥ではないって言ったけど、逃げ続けることは罪なんだよ?」

 

「そ、それは……」

 

「そんなの、僕が許さない」

 

「っ!?」

 

 恭介ははっきりと、これ以上さやかに逃げるなと言った。確かに人は嫌なことに向き合うことを避けようとする生き物だ。今のさやかがまさにそれだ。しかし、時には逃げることができないときだってあるし、逃げ続けるだけでは本当に望むものは手に入ることは絶対にないのだ。何より恭介自身がさやかを離したくなかった。今の彼には、まだ伝えていないことがあるのだから。

 

「痛覚を遮断できると言ってもさ、それはさやかの意志でできることだろ? だったら今まで通り人間として生きていくことだってできるはずだ。何よりたとえさやかが否定したとしても、僕は肯定し続ける。何度だって僕は君が生きていると言い続けるよ」

 

「あたしが……生きている……」

 

「そうだよ。たとえ逃げても僕は逃がしはしないよ。君が認めるまで、ずっとね」

 

「…………」

 

 それは宣言だった。どんなにさやかが絶望に堕ちそうになっても自分が必ず引き戻してみせるという恭介の決意だった。さやかはそんな恭介に対してとうとう何も言えなくなってしまった。

 

 

 

 

 

「志筑さんと別れた後、僕は裕一に会った。その時に言われたんだ、さやかを助けてくれってね。そして教えてくれたんだ。魔女と闘う魔法少女の存在を、ソウルジェムの秘密を、さやかが自分の身体で悩んでいることをね」

 

「裕一が……」

 

「僕はそのことに本当に感謝している。そのおかげで僕は後悔をせずにこうしていられるんだからね。裕一は僕が君を支えてあげたいっていう言葉をちゃんと尊重してくれたんだよ」

 

「そう、なんだ……」

 

「裕一と別れた後、僕は君を探していた。その時に考えていたんだ。君がどんな願いで魔法少女になったのかをね。それは裕一は教えてくれなかったから」

 

「え……?」

 

「だけど僕にはすぐに分かったよ。だって、僕はすでに奇跡を見ていたからね。何度だって、その言葉を聞いたんだから。それになにより、君が言っていたんだから」

 

「あたしが……言ったこと?」

 

「『奇跡も、魔法も、あるんだよ』」

 

「あ……!?」

 

「そしてそう言ってくれた夜に僕の指に感覚が戻っていた。そういうことなんだよね、さやか? 君は僕の指を治すために魔法少女になったんだよね?」

 

「あ、ああああ……」

 

 その反応で恭介は確信した。さやかは自分のために魔法少女になって魔女からこの町の人を守ってくれていた。そして今はそれを見失ってさやかは辛い思いをしている。恭介はそんなさやかに自分の想いを伝えた。

 

 

 

 まずは、謝罪を。

 

「ごめんね、さやか。気付いてあげられなくて。君が苦しんでいる時に、すぐに力になってあげられなくて。本当に駄目だったよ、僕は……」

 

 そして、感謝を。

 

「そして、ありがとう、さやか。僕は君のおかげでもう一度バイオリンを弾くことができるようになった。感謝しても、しきれないよ……」

 

 

 

 

「恭、介……」

 

「でもね、さやか。たとえそれを知らなくても、僕は君が好きなんだ。だから僕はここまで来たんだよ。君に僕の想いを伝えるために」

 

 それは事実だった。なぜなら恭介が裕一から魔法少女の話を聞いたのは仁美と別れた後だったからだ。その時の自分はさやかが好きだったからこそ、仁美の告白を断ったのだ。それは上条恭介の偽らざる想いだった。

 

「恭介……ごめん……ごめんなさい!!!」

 

「さやか……」

 

「あ、あたし、ずっと逃げてた……本当は分かってた。マミさんも、裕一も、まどかも、杏子も皆、あたしのことを心配してくれていたってことに! でもあたしは、そんな皆と今の自分を見比べてしまって、自分と向き合うのが怖くてずっと逃げてた!! 仁美に恭介を取られちゃうかもしれないと思って、恭介の指を治してよかったのかと迷ってしまった自分が嫌だったの!! あ、あたし、あたしは……!!」

 

「うん……」

 

「あたし……ほんとうにバカだった……!!」

 

「さやか……聞かせてくれないかな? さっきも聞いた、君の本当の気持ちを」

 

 恭介はもう一度さやかに聞いた。彼女の本当の気持ちを。今のさやかならきっと自分の本当の気持ちに向き合えると恭介は信じていた。

 

「あたしは……恭介が好き。小さい頃から、あたしはずっとあなたが好きだったの!!」

 

「そっか……よかった、僕だけが好きだったわけじゃなかったんだね。気付いてあげられなくてごめんね、さやか。僕はそんな君にずっと……」

 

「いいの……あたしだってずっとその想いから逃げていたから恭介を責められるわけないよ……」

 

 互いに想いを打ち明け合った二人はさらに強く抱きしめた。もう逃げる必要はなかった。さやかは恭介から感じられるそのぬくもりをしっかりと感じていた。そしてようやく自分は生きているのだということを心から認めることができるようになった。

 

 

 

 

 

 

「だから帰ろう、さやか? もう逃げる必要はないんだ。君を心配している人は僕だけじゃないから。君は一人じゃないから」

 

「う、ああ……」

 

「ずっと考えていたフレーズがようやく形になったんだ。新しい曲を聞かせてあげるよ。ううん、是非聞いてほしいんだ」

 

「きょう、すけ……恭介ぇぇ!!」

 

 さやかはもう限界だった。想いが全て涙になって止まらなくなってしまった。そんな自分の顔を見られたくなくてさやかはただ恭介の胸に自分の顔を押し付けた。

 

「恭介……あ、あたし、謝らなくちゃ……裕一達にも、仁美にも……」

 

「そうだね。けど、今は泣きなよ。泣いちゃってさ、心にある辛さを吐き出してから謝まりなよ」

 

 以前裕一が自分に言ってくれたことを恭介はそのままさやかに言った。そうすることでさやかを苦しめていたものを全て洗い流してほしかった。

 

「う、あああ……うわああああああぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!!!!」

 

 子供のように泣きじゃくるさやかを恭介は静かに抱きしめていた…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは紛れもなく希望に満ちた光景だった。一人の少年のために頑張っていた一人の少女の想いは確かに報われたのだから。誰もがハッピーエンドと言えるものだった。

 しかし、全ての観客が全く同じ感想を持つことはありえない。なぜなら人によって歩んできた道はちがうのだから。

 

 

 

 

 その時二人は一人の少女がその場から逃げるように立ち去ったことに気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さやか……どこにいるんだ……」

 

 俺は走り続けていた。恭介をさやかに会わせるために俺は必ずさやかを見つけなければならなかった。

 

 そしていつもの修行場まで走って来たときだった。

 

「あれはっ!?」

 

 そこには二人の人間が抱きしめあっていた。遠くにいたがその二人は間違いなく恭介とさやかだった。そんな光景を目にして俺は苦笑を浮かべてしまった。

 

「まったく、ベンチで待ってろって言ったのに、あいつは……」

 

 俺はさやかを見失ってしまった後、恭介に電話しようとした。しかしあいつは出なかったため、直接会おうとして恭介の家にまで行ったが、恭介は検査のために病院へ行ったと言われた。そのため、病院まで走って行って恭介の行方を聞いたが、その後はリハビリがてら散歩へ行ったと言われてしまった。

 その後は必死に探し続けた。止まることはせずにずっと走り続けていた。そしてようやくベンチの所で恭介を見つけることができたのだ。時間がないと思った俺はすぐに恭介に最低限の事情を話した。信じてくれないかと思ったが、恭介はあっさりと信じてくれた。最初にさやかを助けてほしいと言ったことがきいたのかもしれない。

 

 それからは俺は再びさやかを探しに行った。恭介は携帯を自宅に忘れていたために、そこで待っているように言っておいたのだが……

 

「まあ、いいか……ようやく届いたんだな、恭介の想いがさやかに……」

 

 きっとこれでさやかはもう迷うことはないだろう。自分の願いの原点に受け入れてもらえたのだから。俺の考えは成功したんだ。

 

「本当に希望に満ちた光景だな……あれ?」

 

 その時、その二人から走り去る人がいることに気がついた。あれは……杏子か?

 

「……なんだ、この胸騒ぎは……?」

 

 あいつはまさにその光景を見ていたはずだ。そしてそこから逃げるように走り去ってしまった。その事実によって俺の脳裏に嫌な予感が浮かんでしまった。

 

 そして俺はいつの間にか杏子を追って走り出していた。どうしてそんなことをしているのかは、正直俺にも分からなかった。

 

 分からないけど、今あいつを見失ったら、永遠にあいつを失ってしまうような気がする……!!

 

 俺は走りながら携帯を出してマミさんに連絡した。

 

「マミさん、洲道です!!」

 

「ど、どうしたの!? 美樹さんが見つかったの!?」

 

「さやかはもう大丈夫です!! 恭介に事情を話して助けてもらったんです!!」

 

「ええ!?」

 

 恭介に話したという事実にマミさんは相当驚いているようだった。気持ちは分かるが、今はそれどころじゃないため、用件だけを急いで伝えることにした。

 

「さやかは修行場にいますから、迎えに行ってあげて下さい!! グリーフシードで穢れを取るのを忘れずに!! それからまどかへの連絡をお願いします!! それから後は皆でマミさんの家に集合して下さい!!」 

 

「洲道君はどうするの!?」

 

「俺は今から杏子を探しに行きますんで!! 見つけたらすぐに二人で戻りますから!!」

 

「わ、分かったわ!!」

 

「おいしいデザートをお願いしますね!! もう俺は腹ペコなんで!!」

 

「…………」

 

 最後の言葉に対してマミさんは答えなかった。何かを考えていたようだったが、俺としては用件だけは伝えられたので、特に気にしないことにした。とにかく今は杏子を追わなければ……

 

 そうして電話を切ろうとした所で突然マミさんの声が聞こえてきた。

 

「洲道君!!」

 

「っ、なんですか!?」

 

「佐倉さんのこと……お願いね」

 

「……もちろんです!! それじゃあまた後で!!」

 

 そうして電話を切った。きっとマミさんは俺の言葉で杏子の異変を感じ取ったのだろう。だけどマミさんは俺を信じて、杏子のことを任せてくれた。俺はその信頼に答えてみせる。あいつがなぜ逃げ出したかは分からない。だけど分かることはある。それは今のあいつを一人にしてはいけないということだ。

 

 

 

 

「ちくしょう……今度は何が起こっているんだよ……」

 

 何かに決着をつける時がきた。俺はそんな気がしていた…………




 PSPで恭介がさやかの願いを知った時、さやかをしっかりと受け入れたシーンを見て(その前が若干あれでしたがw)、さやかを救うならこれしかないと思いました。違う話では誰かのために闘い、ぼろぼろになったさやかの姿を怖がるシーンもありますが、なにも知らずにいたらそれも仕方のないことなのかと考えてしまいます。

そしてその光景をずっと見ていた杏子の目には、それがどう写っていたのでしょうか? 長い闘いはまだまだ終わりません。

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