……誰も口を開かなかった。それほど今のさやかが怖ろしく感じてしまった。今目の前にいるのは俺達の仲間のさやかに違いない。それが分かるからこそ、声をかけることをためらってしまった。そんな中でで最初に口を開いたのはマミさんだった。
「美樹さん、今の闘いはなに……? どうしてあんなに捨て身の闘い方をしたの? 私達はあんな闘い方は教えていないはずよ」
マミさんは今まで教えてきた相手の攻撃をかわしつつ闘うという戦法をとらずにあんな捨て身で挑んで行ったことをたしなめていた。その問いにさやかは薄ら笑いを浮かべて答えた。
「ああ、あれはもうやめたんですよ。だってあれじゃあ、あたし一人になったときだと魔女を倒せないじゃないですか。実際、杏子と闘ったときも勝てませんでしたし」
さやかはそう言うが、それは明らかに間違っている。あれでは魔女を倒す確率は上がるが、同時に殺される危険性も格段に跳ね上がってしまっては意味がない。それに杏子は長年魔法少女をやってきたベテランだ。数日しか修行していないさやかが勝つなんてことは絶対に不可能だ。
「それに皆は知ってた? 魔法少女ってその気になれば痛覚は完全に遮断できるんだよ。これなら負ける気はしないよ……!」
「だ、だからって、そんな闘い方は駄目だよ、さやかちゃん!」
そんなさやかに対して次に声をかけたのはまどかだ。あの闘い方は素人のまどかでも分かるくらい危険なものだ。さやかはそんな当たり前のことすら分かっていないのではないだろうか?
「痛くないなんていうのは嘘だよ……だって、見てるだけでも痛そうだったもん……痛みがないからって傷ついてもいいなんて、そんなの絶対に駄目だよ……!」
「……ああでもしないと勝てないんだよ。あたし才能ないからさ……マミさんや杏子みたいに経験ないし、裕一みたいに小さい頃から鍛えられてるわけでもないわけだし……」
さやかは今まで自分が一番実力がないことを気にしていたというのか? それで焦っていたからあんな戦法をとっていたというのか?
「けど、痛みを消せるっていうのは本当にいい情報だったよ……そのおかげであたしは痛みを気にせず闘える……その成果がこれだよ」
そう言ってさやかは足元に落ちていたグリーフシードを拾い上げ、それを杏子に向かって投げてよこした。
「あげるよ、それ。あんたはそれが目当てなんでしょ? 一緒に闘うなんて言うけど、あんたは生き方を変えないって言うじゃん……?」
「さやか……」
「あたしはあんたとは違うんだ……この力は他の人を守るために、魔女や使い魔を倒すために使い続けるんだよ……ふふっ、あははははは……!!」
さやかは再び狂ったように笑い声を上げる。自分一人でも魔女を倒せることで優越感に浸っているようだ。自分は杏子とは違い、これからも誰かのために闘うということを決意している。今のままではさやかはこれからもさっきのような闘い方を続けるのだろう。
だからこそ、俺は言った。
「笑わせるな、さやか。今のお前なんかじゃ、遅からずにすぐに死ぬ。そんなんで誰かを守るとかほざくなんて、お前馬鹿じゃねーの?」
「……なんですって?」
俺の言葉にさやかは殺気を込めてこっちをにらんできた。かまわずに俺は言葉を続けた。
「お前はさっき自分は杏子とは違って、これからも誰かのために闘うなんて言ったけどさ……今のお前は人助けのために魔女を倒しているんじゃなくて、ただ嫌なことから目をそらすために魔女に八つ当たりしているようにしか見えないぜ? 自分だって分かっているんだろ?」
「……っ、そんなわけ、ない……」
「否定するのかよ。まあ、認めるわけないか……」
実際今のさやかを見ても、俺にはそうとしか思えなかった。人間は嫌なことがあると何かに怒りをぶつけたくなるものだ。俺もあの男への怒りを本人にぶつけようとしても、全てねじ伏せられたせいで他のものに当たり散らしたこともあるから、その気持ちも分かる。だけど魔女退治という命がけの闘いにおいては最もふさわしくない行動なんだ。さやかはそれが分かっていない。
それだけじゃない。
「大体痛みを消して闘うなんていうのはナンセンスだ。そうやって闘うのが強さだなんて思っているうちは、お前はすぐに死ぬよ」
「はあ? 何言ってんのよ? あたしは痛みを消しているからこそさっきの魔女に勝てたのよ? 今のあたしなら同じことができない魔法少女じゃないあんたくらい簡単に倒せるよ」
さやかは挑発で返してきた。仕方ない、この手はあまり使いたくなかったが、言葉で分からないなら、その身で分かってもらうことにしよう。
俺はため息をついて、さやかの剣を取り出してその切っ先をさやかに向ける。
「ならかかってこいよ、さやか。すぐに終わらせてやるからさ」
「……ふーん、そういうこと言うんだ? さっきからうざいことばっかり言ってるし、ちょっと黙らせてあげよっか……」
その瞬間、さやかが剣を持って突っ込んできた。そのスピードは今までより速くなっていた。どうやらさやかは身体のリミッターを外して闘っているようだった。俺は真っすぐに迫る剣を少し身体をずらすだけでかわし、横を通り過ぎるさやかに対して足払いをかけた。ただ前に突っ込むことしかしなかったさやかは簡単にバランスを崩して転倒してしまった。
「うあっ!? ……くっ、こんなんで!」
「遅い」
すぐに起き上がろうとしたさやかに対して俺はさやかの腹部あたりにあるソウルジェムに向けて剣を向けた。
「痛みが感じられないお前でも、ソウルジェムを砕かれたらどうなるんだろうな?」
「あっ……!?」
「これで分かったか、さやか? 痛みを遮断したところで、お前は俺にすら勝てない。さっきの魔女にソウルジェムを砕かれなかったのもまさに奇跡だ。そんなんでこの先魔女を倒すなんて絶対に無理だね。今のお前の闘い方は子供でもできることで、何も考えずにただ暴れるだけ、言わば馬鹿丸出しってやつだ」
きつい言い方かもしれないが、今の彼女にはこれくらい言わないと分かってもらえないような気がした。とにかく、今は頭を冷やしてもらう時間を作った方がいいかもしれない。
「……美樹さん。しばらくあなたは魔女退治はお休みした方がいいわ。今のあなたの闘い方は危険すぎる。魔女退治はしばらく私達でするからね」
マミさんも俺と同じ意見のようだ。とにかく今はさやかを魔女退治から遠ざけた方がいい。少し時間を置いた方がさやかも話を聞いてくれるかもしれないのだから。
「余計なことしないでよ!!!」
しかしさやかはそれで納得しなかった。声を張り上げてマミさんの言葉をはねのけてしまった。さやかはまるで駄々っ子のように魔女退治から遠ざけられことを嫌がっていた。
「あたしからそれを取らないでよ!! 今のあたしには誰かのために闘うことしかないの!! それがなくなったら、今度こそ何も無くなってしまう……!!」
そう言ってさやかは立ち上がって俺達から逃げるように走って行ってしまった。マミさんが慌ててリボンで拘束しようとしたが、さやかが通った道に大量の剣が降り注いできて、それらがリボンを切断し、俺達の道をふさいでしまった。
「待てっ、さやか!!」
俺は制止の言葉をかけたが、さやかはそのまま走り去って行ってしまった。
「さやかちゃん、どうして……」
さやかが走り去った方向を見てまどかが悲痛そうな声を出していた。その気持ちは俺にもよく分かる。立ち直っていたと思っていたのに、今は以前と同じどころか、自分がゾンビであるということを考え得る限りで最悪な状態で受け入れてしまっているのだ。今までさやかが身につけていた技も全て影に潜め、さっきはあんな捨て身な闘い方をしてしまっていた。これでは自分から死にに行くようなものだ。
「……皆、すまない。きっとあたしが悪いんだ。あたしがもっとちゃんと説得できていれば……」
「杏子、それは違う。お前は今日初めて会っていたけど、あいつは間違いなく立ち直っていたんだ。それは俺とまどかが保証するよ。そうだよな、まどか?」
「そ、そうだよ杏子ちゃん! 杏子ちゃんの言葉は間違いなくさやかちゃんに届いているよ! 杏子ちゃんが悪いなんてことは絶対に……!」
俺とまどかでフォローを入れてみようとしたが、杏子はただうつむくだけでそのまま声を出そうとはしなかった。今はこれ以上言葉をかけても杏子には届かないような気がした。それならば杏子が元気を取り戻す方法は一つしかない。それはさやかを再び支えてあげることだ。
だから俺はさやかのことについて考えてみた。
(それにしてもさやかのやつ……一体何があったんだ? 俺とまどかといた時はいつものさやかに戻りかけていたことは間違いない。その後は仁美と二人で行って……)
この場に仁美がいないことを考えると、仁美とさやかが別れた後だというのは間違いない。仁美と別れた後、さやかはいきなり魔女の結界に飲み込まれてしまって、魔女との闘いに苦戦してしまったからあんな闘いをしてしまったということなのだろうか?
それとも……
(……駄目だ。仁美に話を聞こうにも、それは俺達の闘いにあいつも少なからず巻き込むことになる。そんなことになったら……)
さやかに関しては、仁美に話を聞くのが一番いいのかもしれないが、俺はどうしても彼女を巻き込むための決心がつかなかった。あいつらの安全を考えて聞かない方がいいのか、それとも危険を承知で聞くべきなのか、俺は迷い続けていた。
「暁美さんは……このことも予知してたというのかしら……?」
「マミさん!?」
俺が思考の渦に沈もうとしていた時に聞こえたマミさんの言葉で一気に頭が覚めた。どういう意味なのかと聞いてみたら、マミさんと杏子は俺とまどかに会う前に暁美と会っていたらしい。その時に、さやかは暴走を始めてしまうということを暁美は予知していたということらしい。
俺はさらに頭を抱えてしまった。暁美はこの町にワルプルギスの夜が来ることを予知していた。そしてさやかの暴走も予知していた。それはやはり彼女の時間を操る力で未来を知ったということなのだろうか? だとするならば……
「もしかしてほむらちゃんは全部分かっているのかな……? これから先の私達の行動も、さやかちゃんのことも、ワルプルギスの夜との闘いの結末も……」
まどかも俺の考えと同じのようだ。全ての結末が決まっているのだとしたら、俺達の努力も皆……
「それなら、私達は暁美さんにこれから先の未来について聞いた方がいいのかしら……」
マミさんは暁美を探すことを優先した方がいいかもしれないと言ってきた。その表情には諦観が浮かんでいた。自分達がどれだけあがいたとしてもその結末が決まっているのだとしたら、それはやはり堪える。
「そんなこと、あってたまるか……あたし達の努力は皆無駄だってことなのかよ? そんなの、あたしが許せるかよ……」
杏子は絞り出すような声を出し、その声で俺は目を覚ました。そうだ、彼女もまた自分の意志で自分の道を作ってきていたのだ。それらが作る結果も全て決まっているのだということは、彼女にとっても許せないことに違いないのだ。
(そうだよ、俺達がすることが全て決まっていることなんてあるわけないんだ。今ここで暁美の予知が絶対のものであるということを認めてしまったら、俺達の今まで進んできた道がただの敷かれたレールに過ぎないと認めることになってしまうじゃないか……!)
それを否定するために俺は考える。ただ口で言うのは簡単だが、できるなら暁美の予言の絶対性を根底から覆す根拠が欲しかったのだ。
(答えが見つからないときには原点に帰るんだ……ん? ちょっと待て、原点だと?)
暁美ほむらの原点とはなんだ? 始まりはあいつが転校してきたときからだ。その時はまどかのことを真っすぐに見つめていた。そしてその次の日に俺は暁美と出会って……
(あっ……! そうだ、あいつはあの時こう言っていたはずだ!)
そうだ、答えは『俺と暁美の原点』にあった。なんてことだ、答えは俺の目に写らない存在だったんだ。
「……暁美の予知は絶対じゃない。もしあいつが全ての結末を知っているのだとしたら、全ての人間のことも知っていなければならないはずだ。だけど暁美には知らない人間がいたんだ」
「知らない人間って……あっ! お、おい裕、それって……!」
杏子も分かったようだ。今まで思い返すと、彼女は驚愕の表情を浮かべることが多かった。本当に全ての結末を知っているのなら、そんなことはないはずなんだ。そして、その視線を向けていた人間は……
「それが、俺だよ」
「洲道君……あああっ!!?」
まどかもマミさんも気付いてくれたようだ。ようやく暁美の予知に風穴を開けることができた。俺はさらに言葉を続けることにした。
「俺があいつと初めて会った時、あいつは俺に聞いてきたんだよ。『あなたは何者なの?』ってな」
「そ、そうだよ! ほむらちゃんも私に洲道君は何者なのかって聞いてきたんだよ! 予知が確かなものなら、ほむらちゃんが洲道君のことを知らないのは絶対におかしいよ!」
まどかも身を乗り出してきて俺の言葉に同意してくれた。暁美は自己紹介されないのにまどかにさやかのことや、さらにはマミさんに杏子のことまで知っていたはずのに俺のことについて何も知らなかった。それはつまり、暁美の見た予知の中には俺がいなかったということなのだろうか?
「それにあいつは病院での結界の時、俺の行動がマミさんを殺すと言っていたんだ。だけどそれは大外れだった」
「確かにそうね……魔女の結界が消えた時、暁美さんは私にあの魔女に敵わないはずだと言っていたわ。あの時の彼女の表情は自分の予想が外れたことによるものだったわ」
自分が殺されるかもしれないことの話だったが、マミさんも冷静に受け止めてくれた。暁美の見えていた予知はきっとマミさんがあの魔女に負けてしまったということなのだろう。そしてそこに俺はいなかったのだろう。だからあの時あいつは俺に何をしたのかを聞いてきたんだ。きっと予知では病院の結界以降で俺とマミさんはいなかったのかもしれない。それならば……
「暁美はあの時の杏子とさやかの闘いにも手を出そうとしていた。きっとそれが正しい予知の流れだったんだな」
「だけどあいつはあの時マミにマークされていた。そしてあの時現れたのはあいつじゃなくて裕だった……」
杏子は思案顔になりながら話してくる。その表情には安堵が含まれているのが俺には分かった。きっと自分の未来が決まっているものではないという確信が持てたからなのだろう。未来は分からない、それが本来は正しい流れなのだ。予知と同じ状況があったとしても、たった一つ変わるだけで全てが変わってしまう。
「それにな、裕。さっきあいつと会った時も、あたしとお前につながりがあったことは予想外だったとも言っていたんだ。さらにいろいろ引っかき回してくれた、とも愚痴ってたぞ」
「引っかき回す……ね。まあ、暁美からすればそうなんだろうな。謝るつもりは全くないけど」
「当たり前だ。そんなの、あたしが許さない。あたし達にここまで関わっておいて、それで謝りなんてしたら間違いなくお前を殴っていたよ」
「それは勘弁だな。俺の答えがお前の機嫌を損ねないもので助かったよ」
「とにかく、暁美の予知は絶対じゃないことは証明できたはずだ。少なくともあいつの俺に対する予言は全部外れだったんだからな」
「そうだね……でもそうなると、ほむらちゃんの予知ってどこまで役に立つんだろ? ほむらちゃんの予知の中には洲道君がいなかったとしたら、もう大分状況は変わっているはずだよね……?」
確かにその通りだ。暁美が転校してきてから、そして今に至るまですでに状況は大分変わっているはずだ。それから先の予知は果たしてどこまで信憑性があるのだろうか?
「どうせなら、ワルプルギスの夜が来るっていうのも外れてくれればいいんだけどな」
「……それは、どうかしら? ワルプルギスの夜は私達の意志とは関係なしに動いているのよ。それだけでワルプルギスの夜が来るという予知まで覆るものなのかしら……?」
マミさんは心配そうな顔で俺を見つめていた。確かにこれは楽観的な考えだ。しかし『風がふけば桶屋が儲かる』なんて諺があるくらいだ。一つの要因でどんな結果が生み出されるのかは全く予想がつかないものだ。それに俺はアイツとは何の関係がないわけではないのだから、どうなるのかは全く分からないのだ。
「……まあ、マミさんの言う通り、楽観視するわけにはいかないですね。そして俺達はそれ以前に解決しなければならないことがあります」
「もちろん、さやかのことだな?」
杏子の言葉に俺は頷いた。ワルプルギスの夜との闘い以前に俺達は友達であり、仲間であるあいつのことをなんとかしてやりたかった。さやかはさっきの魔女との闘いの時にグリーフシードで穢れを取り除いていなかった。今のあいつにはグリーフシードのストックはないはずだ。早くさやかを見つけて穢れを浄化してやらねばならない。暁美の話では早く浄化しないと取り返しのつかないことになると言っていたらしい。
「とにかく、明日からはさやかはまた動くはずだ。その前に明日は朝早くからあいつの家に行こう。皆で説得しないと」
皆は同様に頷いた。
「絶対にあいつのことを助けるぞ、裕」
まどかとマミさんと別れた後、俺は杏子と一緒に帰っていた。しばらく会話はなく、唐突に口を開いた第一声がそれだった。
「そんなの当たり前だ。でもお前がそう言ってくれるのは嬉しいよ。やっぱりお前は俺の思った通りのやつだったな」
「…………」
その言葉に杏子はうつむいてしまった。別にからかったつもりはなかったのだが、杏子にはそう聞こえてしまったのだろうか? 俺がフォローをしようとしたら、杏子は顔を上げてこっちを見据えて口を開いた。
「あいつは、さやかはな……昔のあたしそのものなんだよ。自分の大切な人のために魔法少女になって、今も人のために闘おうとしている。最初はあいつのことが腹立たしくてしょうがなかったよ。それが嫌だったから、あたしの昔の失敗のことを話したんだけど、あいつはそれでも人のために魔法を使いたいって言っていたんだよ。それがさ、腹立たしくて、呆れるようで、悲しくて、それで羨ましくもあったんだよ……」
「杏子……」
やっぱり杏子はさやかと昔の自分を重ねていたんだ。かつては自分もそうであったけど、何かに裏切られて、自分の正義に疑問を持って、それで絶望して、自分以外のために魔法を使わないと決意して、そしてマミさんと袂を分かってしまった。そしてそのことを知ったとしても、さやかはあきらめることはしなかった。自分はそれでも魔法は人のために使い続けたいと決めた。だけど今のさやかはそれだけを支えにして生きようとしている。それじゃあ、駄目なんだ。その結果があんな闘い方なら、あっという間にあいつは死んでしまう。他人のために自分を使い潰すなんて、そんなのは美徳でもなんでもないんだ。
「今はあたしは心からあいつを助けてやりたいって思っているんだ。あいつと一緒にいれば、あたしは昔の自分に戻れそうな……そんな、気がするんだよ」
俺は間違っていなかった。杏子はやっぱり今の生き方を望んでいなかったんだ。意識的に言っているのか、あいつは今、昔の自分に戻りたいとはっきり言っていた。さやかを救うことは同時に杏子を助けることにもなるんだ。
「なら、早くなんとかしないとな。多分あいつのことを一番分かってやれるのはお前だよ。さやかにお前の言葉は届いていた。それならきっと……」
「それはどうなんだろうな……結局あいつは暴走しちまったんだ。あたしの言葉だけじゃ駄目なのかもしれない。だから、今度は皆で説得しよう。友達であるお前らや、憧れであるマミの言葉ならきっと届くはずだよ」
……確かに、それは俺の懸案事項だった。一番話が通じそうな杏子の言葉でも、それは一時的なものに過ぎなかった。それで俺達も説得したとして、その言葉は果たして届くのだろうか?
(もし、俺達全員の言葉が届かなければ……そのときはどうすればいいんだ?)
「ふう……」
家に帰った後はしばらく思考にふけっていた。考えなければならないことはいくらでもあるのだから。
今のさやかは危険だ。あいつはさっきの闘いで痛みを消すことが強くなることにつながると勘違いしていた。確かに痛みが自分の許容量を超えてしまうと人体は動けなくなってしまうが、痛みとは同時に自分の身体に危険があることを知らせる信号でもあるのだ。それを完全に遮断してしまっては、自分の身体について無頓着になってしまうことになり、それは闘いにおいても最も危険なことなのだ。現にさやかは俺との闘いでもあっさり負けてしまった。以前の闘い方ならあんなにあっさりとソウルジェムを狙われることもなかったはずなんだ。
(以前の俺が行きつく先がもしかしたらあんな感じだったのかもな……)
あの時、あの男との初めての訓練の時に、俺は痛みを消すために自分を消そうとしていた。今思うと、あの時の俺がしようとしたことはあまりにも愚かなことだった。痛みを消したところであの場では何の解決にもならないし、それになにより、あの時の決意があったからこそ今の俺がいるのだ。今の俺があるからこそ、まどかや恭介達と友達になり、マミさん、そして杏子と出会うことができたんだ。たとえそのためにアイツの夢を見ることになったとしても、俺はそれ以上に大切なものを得られたと思えた。だからこそ、今のさやかにあんな闘い方をさせないために俺達は言葉をかけないといけない。だけど俺は杏子の言葉があってもさやかが暴走してしまったことで不安になっていた。果たして俺達の言葉はさやかに届くのだろうか、と。
しかし……
(さやかのことはとにかくやってみなければ分からない。俺達全員を信じて行動しないと何も始まらないんだ)
いろいろ考えたが、人の感情云々についてはいくら考えてもはっきり答えが出るわけでもない。さやかのことは全ては明日次第だ。とりあえずここまでにしよう。
(それから、暁美の言っていたことだ。あいつはソウルジェムを浄化しないと取り返しのつかないことになると言っていた。それは一体なんだ?)
自分の魂であるソウルジェムに穢れが溜まる。その先には何があるというのだ? 普通に考えればソウルジェムの機能が停止してしまい、魔法少女は死んでしまうという結果が考えつくのだが、暁美がわざわざ口を濁すほどのことなのかと疑問に思ってしまう。
(魔法少女の持つソウルジェム、魔女の持つグリーフシード)
メモに思いつく単語を書き出してみた。これでなにか思いつくことがたまにあるのだ。今はとにかく何か新しい情報が欲しかった。
ソウルジェムのことを何となく英語で書いてみた。Soul Gem、略してSG。
グリーフシードも書いてみた。Grief Seed、略してGS。
「あらら……SGとGS、反対になるじゃんか……」
またしても二つの相反する単語ができてしまった。これは狙って作られた単語なんだろうか? この単語もおそらくキュゥべえが考えたものなのだろう。
「なんというか……魔法少女と魔女、希望と絶望、SGとGS、二つの事柄が多すぎるな……」
これらに共通した原点はなにかないのだろうか?
そう言えば以前キュゥべえは魔女のことをあれはこの呼び名が最もふさわしいと言っていた。仮にだ、あまり考えたくはないけど、魔女の原点が魔法少女と同じ女の子としたらどうなんだ?それならあいつが魔女と呼ぶのは納得できる。絶望の象徴がある魔女が同じ女の子だというのは正直気分がいいものではないが……
「……あれ? ちょっと待て、共通した原点だって……?」
魔法少女の魂であるソウルジェム、そこに溜まる穢れ、その先にある取り返しのつかないこと、魔女と呼ぶにふさわしい理由、相反する二つの単語、それら全ての原点。
「……ま、待て待て待て!? そ、そんなことって……いや、あり得るはずが……!」
そのとき一つの考えが頭に浮かんでしまった。そしてそれは考え得る限りで最悪な考えだった。これらの二つの相反する単語の全てがもしも、全ては同じ原点から来るものだとしたら……!
駄目だ、そんなことは絶対あってはならない。そんなのはあまりにも救いがなさすぎるじゃないか……
これらを検証することなんてできるわけがない。それはあきらかに人道に外れているし、そもそもそんな機会なんてあるわけがない……
「……! しまった、さやかっ!?」
なんてことだ。今まさにソウルジェムの穢れがそのままである人がいるじゃないか!? しかもあいつは浄化するためのグリーフシードのストックもないのだ。一刻も早くさやかのソウルジェムを浄化しないといけない。もしも、今の俺の考えが正しいものだとしたら、このままだと最悪の展開が簡単に予想できる。
「……そんなの、俺が許さない」
俺達は絶対にさやかを助けてみせる。あいつ自身のためにも、俺達自身のためにも、俺達は最後まであがいてみせる。未来が決まっていることなんて、絶対にない。他でもない俺自身がそれを証明しているのだから。たとえどんなに最悪な展開が待っていようと、俺達は必ず乗り越えてみせる。アイツからこの町を守るためにも、こんな所で負けるわけにはいかないんだ。
全ては、明日。長い闘いが始まる。俺はそんな気がしていた……
ほむらの予知についての考察も入れました。
そしてついに、ほむらの最後のヒントで裕一はソウルジェムの最後の秘密にたどり着きました。もちろん断言はできませんが。
果たしてさやかを救うことができるのは誰なのか?
ちなみに、今回の小説に今までの設定と矛盾する描写があることに気付かれた人はいるでしょうか?