放課後になった。
帰る準備をしているときに仁美がさやかに話しかけてきた。
「さやかさん、これから少しお時間よろしいでしょうか?」
その質問に俺はおや、と思った。俺達はいつも一緒に帰っているわけではないが、まどか達は大抵三人で帰ることが多かった。仁美とさやかだけで話をするということはほとんどなかったはずだ。二人だけの会話について思い当たることは俺にはなかった。
「えっと……」
対するさやかは困っている様子だった。まあ、これから俺達はマミさん達の所へ行くつもりだったから無理もないが。だけど少し遅れるくらいは大丈夫なような気がした。危機感が足りないと言われればそうだが、仁美をないがしろにしてまでこの日常を守ると言うのは少し違うように思えた。
「いいんじゃないか、さやか? 少し遅れても問題ないと思うし、マミさんと杏子の方も積もる話もあると思うしさ」
「裕一……うん、じゃあ遅れるってことをマミさん達に連絡しとくよ」
そう言ってさやかは仁美と一緒に帰って行った。俺はそれを見送った後、恭介の机の所まで行って声をかけた。
「恭介。今日は久々に俺達と一緒に帰ろうぜ」
「裕一……うん、もちろんだよ」
恭介も快諾してくれた。そんなに遅れるわけでもないから、俺達の方もマミさん達に待っていてもらうことにしよう。俺はこの場に残っているまどかと中沢にも声をかけた。
「まどかと中沢達もいいよな?」
「悪い、皆……俺は今日は留守番だから早く帰らないといけないんだ」
中沢は無理のようだ。どっちにしろ今日全員で帰るのは無理だったようだ。まどかの方は少し戸惑った様子を見せて俺に話しかけてきた。
「洲道君、マミさん達のことはいいの?」
「ああ、どっちにしろさやかも遅れるし、俺達が先に着いてもワルプルギスの夜についての話し合いができないからな。それにせっかく恭介もいることだし、久々に皆で帰ろうかなって思ってさ」
恭介が来ていなければ、皆で帰るのはアイツとの闘いを終えてからにしようと思っていた。俺はこの機会に魔女や使い魔から守りたい今の『日常』のことを再認識しておきたかった。いざというときのために、俺が負けそうになったときに自分を奮い立たせるために。
「うん、分かった。それじゃあCD屋に寄って行こうよ、洲道君、上条君」
そんな俺の心情を察してくれたのかは分からないが、まどかは俺の言葉に頷いてくれた。マミさんに後で遅れると携帯で連絡をいれておこう。俺にもテレパシーが使えればもっと楽なのだが、使えないものはしょうがない。
(それにしても……結局俺はどういう存在なんだろうな?)
俺は魔法少女と似た力を持っていながら、ソウルジェムもないし、テレパシー等の魔法少女に使える機能がなにもないのだ。さらにグリーフシードを今まで使わずに力を使ってきた。俺には本当に何もリスクはないのだろうか? そしてキュゥべえは俺のことについては何も分からなかった。思わず俺は心臓をおさえていた。
(答えは……ここにあるのか?)
考えてみれば、俺が力を使うときにはいつも心臓が大きくはねていた。さらに多くの場面で俺の心臓が自分のものではない鼓動を刻んでいたことがあった。そしてアイツの夢の中では何度も俺以外のなにかが手を伸ばし続けていた。
(魔法少女と似た力、俺の心臓、俺以外の別のなにか、そしてワルプルギスの夜……一体どんな関連性があるっていうんだ?)
これらは俺としても知りたいことだった。その答えはおそらく俺、洲道裕一の原点とつながるはずだ。俺は幼い頃、あの男と会う前の記憶が一切ない。まるで、あの瞬間から俺という存在が生まれてきたようにだ。知りたいと思うことは当然と言えるだろう。しかし……
(知りたくても情報がないし、唯一知っているはずのあの男は今は知る必要はないと言って教えてくれなかったもんなぁ……それに確かに今知っても意味のないことかもしれないし……)
結局俺の事を知ることは諦めるしかない。それにそれを知ろうと知るまいと、俺のすることは変わらないのだから。
そう考えて俺はまどかと恭介と一緒に帰って行った。
「それで、話って何かな?」
美樹さやかは裕一達と別れた後、友人である志筑仁美と一緒にいつものファーストフード店にいた。仁美の話はどんなものなのかさやかは色々と考えていた。
(仁美の話ってなんだろ? 休んでいた分のノートのコピーとかをくれるのかな? いやいや、それだったらわざわざここで呼ぶとは思えないし……)
しかし仁美の話す内容はさやかの思考からあまりにもかけ離れていて、一瞬でさやかの思考を止めてしまった。
「恋の、相談ですわ」
「えっ……?」
「さやかさん達にはずっと秘密にしていたんですけど、私はずっと……」
そこから先の言葉はさやかは聞きたくなかった。考えてみればこんな話をするきっかけで考えられるのは、彼以外にはさやかに考えられなかったのだから。
(やめて、仁美……それは、聞きたくないよ……)
しかしさやかの願いは空しく、仁美は決然とした表情で言った。
「上条恭介君のことをお慕いしていましたの」
(ああ……)
その瞬間、さやかは自分の見えている世界が変わったように思えた。世界が変わったわけではなく、あくまで変わったのはさやか自身だろう。それほど仁美の言葉には自分を変えてしまう力があった。それだけではなく、今までの六人の関係を変えてしまう力が……
「そ、そうなんだー仁美が恭介をねえ? いやあ、これじゃあ裕一も振られるわけだ! それに恭介も隅におけないねえ!」
その仁美の言葉にさやかはおどけて返すことしかできなかった。それは単にその話から真正面に向き合うことから逃げているためであった。
「最初は遠くから見るだけでしたけど、去年から洲道君達と同じ班になって、一緒に過ごすことが私達の日常になっていって、今の気持ちがどんどん強くなっていきましたの……」
「そう、だったんだ……」
「そして、さやかさん。あなたはそれだけではなく、幼い頃から上条君のことを見てきたのですよね?」
「まあ……その、ね?あいつとは所謂腐れ縁ってやつだし……」
「本当に、それだけ?」
「っ……」
その言葉にさやかは答えることはできなかった。それは単純にその答えが分からなかったのか、それとも答えたくないだけなのかはさやかには判断がつかなかった。
「私は、上条君やさやかさん達といる今のこの日常が好きです。それでも私は今の日常から新たな一歩を踏み出そうと決めたんです。もう私は自分の気持ちに嘘はつかない。あなたはどうですか、さやかさん? あなたは自分の本当の気持ちと向き合えますか?」
「あ、あたしだって、嘘なんかついていない……」
しかしさやかは強く否定することができなかった。今の自分の気持ちがなんなのか本当に判別がつかなかったからだ。何を言ってもそれが本当であるし、嘘でもあると思ってしまい、何にも言うことができなかった。そんなさやかに対して仁美はさらに言葉を続けた。
「あなたが上条君を見つめていた時間は誰よりも長いですし、上条君が入院していたときもあなたが一番上条君の支えになっていた。だからこそ、さやかさんは私の先を越す権利があるべきだと私は思うんです」
「仁美……」
「私は明日の放課後に上条君に告白します。丸一日だけお待ちしますから、その間にさやかさんは後悔なさらないように自分の気持ちを決めて下さい。……それでは、失礼します」
仁美はそのままファーストフード店を出て行った。後に残されたさやかは色々な思いが頭の中でグルグルと回っていて、答えが出てくるわけがなかった。
仁美はさやかが今裕一達と何かの厄介事に巻き込まれているのは知っていた。そして昨日はそのことと関連したことで休んでいたこともまどかから聞いて知っていた。そんな状態で今の話をしてもさやかの負担になることは分かっていた。それでも仁美は恭介が学校に登校してきたこの時には話すことを決めていた。
なぜなら仁美は自分たち以外で上条恭介のことを慕っている人が何人もいることを知っていたからである。しかも中には彼の両親が資産家であり、それが狙いであるという人もいることも知っていた。このまま待っていたとしても、何も進展はなく、それどころか恭介が別の人と付き合ってしまう可能性もあった。それは自分の想いが叶わないのはもちろん嫌だが、それに長年想ってきたさやかがいつの間にか報われずに終わるというのも彼女には耐えられなかった。だからこそ、仁美は今の日常を壊してしまうかもしれない言葉をさやかにぶつけたのである。おそらくこのままではさやかは自分の本当の気持ちを伝えずに後悔することになると思っていた。
(さやかさん、後悔だけはしないようにして下さいね……)
しかし、さやか達の事情を詳しく知らなかった故にそれがさらに追い詰める結果になってしまうことに仁美は気が付いていなかったのである。
「あたしは、どうすればいいんだろ……」
少ししてからファーストフード店を出たさやかはふらふらとさまよっていた。それでも答えは出て来なかったのだった。
「あたしの、本当の気持ちって……」
さやかは恭介の手を治すために魔法少女になった。それはまた彼の弾くバイオリンを聞きたいがためであった。……あのときはそのはずだった。
(でも……本当にそれだけだったの?)
自分の本当の気持ちと向き合えるかと仁美に聞かれてさやかはすぐに答えることができなかった。それは何故だったのか?あの時の想いが本当の気持ちであるのなら、答えることはできたはずである。
(ううん……それも言い訳だよね……)
さやかの中ではすでに答えは出ていた。ただその答えと向き合うことから逃げていただけである。
「あたしは……恭介のことが好きなんだ」
口にしてしまえば、その答えは簡単に自分の心の中に入ってしまった。自分はただ自分の好きな男の子の絶望に染まる姿を見たくなかったから、願いを叶えてもらったのではないだろうか? そしてあわよくば……
「……最低だ、あたし……」
その考えにたどり着いてしまったとき、さやかは激しい自己嫌悪に陥ってしまった。結局自分は何のために願いを叶えてもらったのだろうか? ただ恭介のバイオリンが聞きたいだけだったのか? それとも自分はただ恭介の手を治した恩人になって、彼にそんな自分を褒めてもらって、自分の想いを叶えたかったのだろうか?
「裕一、まどか、マミさん……あたし、後悔しているのかな……?」
魔法少女になる前は裕一達にさんざん後悔しないようにと言われてきた。そして今は自分の魔法少女としての願いについて疑問を持ってしまって後悔しようとしている。それは彼らの言葉をないがしろにしていたことに他ならないのではないか?
「杏子……あんたも、こんな風に後悔したのかな……?」
さやかは自分と同じ間違いから始まったと言っていた少女のことを思い出していた。彼女は自分の父親のために願いを叶えて、結局それが自分の家族を不幸にしてしまったことから、自分はこれからは自分のためだけに魔法を使うと言っていた。自分はあの時彼女とは違う生き方をし続けると言ったが、今はそのあり方にも疑問が湧いていた。
(あはは……あたしはなに偉そうなことを言っていたんだろ? こんなのが正義の魔法少女だなんて笑っちゃうよ……こんなんで恭介があたしに振り向いてくれるわけがない……それに、あたしの身体は、もう……)
それは未だに自分の中でくすぶっていたことだった。魔女退治を続けることでそのこととはいずれ折り合いをつけるつもりだったが、今は嫌でもその事実がさやかの心を絞めつけていた。
自分の本当の想いから逃げて、そして自分のあり方にすら疑問を持ってしまったさやかは心が絶望に彩られようとしていた。
そして、それこそが絶望の象徴を呼び寄せる。
「あ……」
いつのまにか周囲の世界が変わっていた。ある一点には上部が太陽のような形をした塔のような物体が浮かんでいる。自分の身体を見てみると、それは真っ黒に染まっていた。まるで自分自身が影になってしまってかのように。美樹さやかの心の中にある絶望によって魔女が引き寄せられてしまっていた。
「そうだ……あたしは魔法少女なんだ……ただ、魔女を倒すために作られた、ゾンビ……そうだ、あたしにはまだ残っているものがあるんだ……」
そしてさやかは魔法少女に変身して魔女に突撃していった。そこに自分自身の救いがあることを、美樹さやかはただ信じていた……
「ふう……」
放課後の時間になって暁美ほむらは町をさまよっていた。学校がある時間は彼女はずっと家にいた。ワルプルギスの夜との闘いにおいて自分一人で倒すための作戦を立てていたのだった。佐倉杏子に協力を拒絶され、彼女達が現在戦力にならない以上、自分だけで闘うしか方法がなかった。昨日はまどかに共に闘うことを求められたが、今の巴マミ達では戦力になりえないとほむらは考えていた。
「まどかは……どうしてあんなことを言えたのかしら……」
そのことがどうしてもほむらには引っかかっていた。まどかはソウルジェムの真実を、彼女が憧れていたものの正体を知ったはずだ。自分も釘をさしておいた。なのにどうしてあんなに強い瞳ができるのだろうか?
(まさか……また、『あの男』の仕業なの……?)
暁美ほむらが今まで会ったことのないイレギュラー、洲道裕一の存在が頭をよぎった。そう言えばあれ以来自分は彼と会っていない。そしてまどかはあの後彼に会ったはずだ。それがきっかけであんなことを言ったとしたら……
(あいつはどこまで私の邪魔をするの……!?)
そう考えるとほむらの心は怒りの炎で燃え上がっていった。彼がいることで様々なことに狂いが出てしまっていた。巴マミの命を救ったことは感謝してもいいが、彼がいるせいでまどかを魔法少女の闘いから離れられなくなってしまっていた。もしかすると、佐倉杏子が自分の誘いを断ったのも彼の仕業かもしれない。
(まどかはああ言っていたけど、やはりあの男を信用することはできないわね……それにあの男は得体の知れない力で私の能力を暴いてしまった。だとするなら、どうやってかは分からないけど、いずれソウルジェムの最後の秘密にたどり着くことも考えられるのでは……?)
まどかの願いも空しく、ほむらの裕一の不信感は再び湧きあがってしまった。さらに彼の調査能力についても危険視するようになっていった。
(もし、そんなことになれば……!)
もしも彼がその答えにたどり着けば、当然巴マミ達にも伝わってしまう。その先の結末を彼女は知っていた。そんなことは絶対に起こさせるべきではない。
(美樹さやかのことだけじゃなく、洲道裕一の方の対処も考えなければならないわね……でも、彼についての情報が少なすぎる……)
できることならほむらは裕一と単体で接触したかった。もはや迷っている場合ではない。直接彼と会って、彼の真意を自分自身の手で確認しなければならない。
そんなことを思っているときだった。
「あれ、お前は暁美か? お前体調不良で休んでいたんじゃないのか?」
「あなたは……」
ほむらの前に現れたのは先ほど裕一達と別れた中沢だった。ほむらは裕一というイレギュラー以外のクラスメイトの名前は大体記憶していた。ただし、以前聞いた名前の中で、中沢の下の名前は彼女の記憶の中にはなかったのだった。それはほむら以外のクラスメイト達も彼の下の名前を知らなかったせいなのだが、そんなことはほむらにとってどうでもいいことだった。それよりも、彼の姿を見たときに、彼から洲道裕一の情報を引き出すことはできないかとほむらは考えていた。
「ひょっとして暁美……お前も洲道や美樹達と同じ理由で休んでいたんじゃないのか?」
「っ!?」
どうやって話を切り出そうか考えていたときに、向こうから出された突然の言葉にほむらは驚いてしまった。
何故彼がそれを知っているのだ? 疑問がすぐに浮かんだが、ほむらは逆にこれを利用することにした。
「……その通りよ、中沢。私は彼らと一緒にいるけど、今は別行動をしているところなのよ」
「やっぱりそうだったのか。じゃあ、洲道達の味方ということでいいんだな?」
「ええ……」
心にもないことを言っても彼女は全く動じなかった。自分はこんなにも嘘をつくことになれてしまっていることにほむらは少し落ち込んでしまった。
一方中沢はほむらが裕一達の味方であると認識したために、少し警戒心を下げていた。
「それにしても上条がやっと戻ってきたのに、洲道達の用事はまだ終わらないなんてな……美樹もそっちを優先するなんて意外だったし、洲道も洲道で風見野にいる彼女をほったらかしているしな……」
「……ちょっと待って、風見野ですって?」
「あれ、暁美は知らなかったのか? お前が転校してきた辺りに洲道は風見野へ行っていたんだよ。そこであいつはとある女の子と会っていたんだよ。あいつはライバルだって行っていたけど、きっとあいつはその子に惚れてると思うぜ?」
中沢の言葉にほむらは一つの答えを見つけることができた。洲道裕一は風見野で佐倉杏子に会っていたのだ。こんな所で繋がっていたことはほむらにとって完全に予想外だった。
「なるほど、そういうことだったのね……」
「おい、暁美……?」
「ごめんなさい、中沢。私は今急いでいるからこれで失礼するわ。貴重な情報を感謝するわ」
ほむらはそのままどこかへ去って行こうとしたが、中沢がそれを呼び止めた。
「ちょっと待てよ、暁美」
中沢に呼び止められた時、ほむらの胸中には焦りがあった。このまま話しているとぼろが出てしまうかもしれなかったからだ。それらが表情に出ないように努めてほむらは中沢の方へ振り返った。
「なにかしら?」
「暁美は転校してきてからクラスの皆とも距離をとっているよな? 洲道達ともそんな距離感を保っているわけじゃないよな?」
その言葉にほむらは苦虫を噛み潰したような顔になりそうなのを必死で抑えた。確かにほむらはクラスの全員と距離をとっていた。それはワルプルギスの夜との闘いの準備や、まどか達の動向を探るためにほむらがとうの昔に捨て去ったものだった。
全ては彼女のたった一人の友達を救うために。そのために彼女はあらゆるものを見捨ててきたのだ。そしてその事実を中沢の言葉によって再認識させられた気分だった。
「お前が洲道達といるのならさ、学校でも俺達と一緒にいることもできるんじゃないのか?」
「それは……」
「まあ、そっちの事情もあるかもしれないけどさ、できるなら暁美も俺達と一緒にいようぜ? 鹿目達もいるし、きっと楽しいだろうからさ」
「…………」
ほむらもできるならそういう日常を送りたかった。まどか達と一緒に学校に通い、帰りに何処かへ寄り道して行って、一日を楽しく過ごしていきたい。
だけどそれをいつも邪魔している存在がほむらの前に常にいた。
まどかを常に魔法少女にしようとするキュゥべえ。
いずれこの町にやって来て全てを破壊してしまうワルプルギスの夜。
どちらか一つでもしくじると全てが終わってしまう。その度に彼女は諦めてきた。
そして今いるのがこの世界だ。しかしこの世界はそのままのものもあるが、様々な違うところも存在していた。巴マミは生存し、佐倉杏子は今回自分の味方にはならなかった。そして何より今まで存在していなかった洲道裕一。彼が何者であるのか早急に答えを出さねばならないが、今は別の問題も存在している。
最初は中沢から彼の情報を引き出せるかもしれないと考えたが、おそらく彼が知っていることはまどかとそう変わらないだろうとほむらは思い始めていた。一応彼についての情報を得ることもできたし、これ以上尋ねると怪しまれる可能性もある。
「……そうね。近い内に私も一緒に登校すると思うわ。その時はよろしく頼むわ、中沢」
「ああ、了解。じゃあまた学校でな、暁美」
「ええ」
そう言って中沢は帰宅して行った。
(そんな日常を掴むために、私は……)
中沢と別れた後、ほむらは自分の想いを再確認していた。自分は何度も繰り返してきた。それは暁美ほむらにとってたった一人の友達である鹿目まどかのためだった。彼女と共に歩む未来をこの手に掴むためにほむらは闘い続ける。そのために必要であるなら、どんなものでも犠牲にする覚悟はできていた。
その、はずだった。
「あっ、あの作曲家のCDがこんな所にある。うわあ、めずらしいなあ」
俺と恭介は今クラシック音楽のコーナーの所でCDを眺めており、そこで恭介は珍しいCD見つけて喜んでいた。ちなみにまどかは別の所で新譜のCDの視聴をしていた。
「ふーん、そうなのか? 俺にはよく分からないな」
恭介の入院中CDの差し入れをしていたのはさやかだったため、俺にはその価値についてはよく分からなかった。そんな俺に対して恭介は寂しそうな顔を向けてきた。
「裕一ももうちょっとクラシック音楽を知ってみなよ。その曲の意味なんかも知った上で聞くと、また違った醍醐味があるよ?」
「確かにそうかもしれないけど、何も知らないからこそ純粋に音楽を楽しめるってこともあるんじゃないのか? ほら、音楽に国境はないっていうくらいだし」
「ああ、なるほど。確かにそういう考え方もあるね」
納得したような顔を見せるが、恭介の顔はやはり寂しそうだ。やっぱり友達と自分の趣味を共有したいと思うのは仕方ないのだろう。だから俺はなんでもない風を装って恭介に話した。
「ああ、でも一度聞いた後だと感動が薄れてしまうよなぁ……? それだったら一度聞いた曲はその後勉強して知った方がより楽しめるかもしれないな」
その言葉に恭介はきょとんとした顔を見せていたが、やがて俺の意図が分かったのか笑顔になって答えた。
「そっか。それなら今度僕の家に来てよ。聞かせたいバイオリンの曲がたくさんあるし、その場でその曲のCDを貸すことだってできるしね」
「了解。さやか達と一緒に聞かせてもらうよ」
アイツとの闘いを終えたらそのときに聞かせてもらおう。俺達は互いに約束を交わしたのだった。
「さやか、か……」
すると恭介は持っていたCDを見つめてさやかの名前をつぶやいていた。珍しいCDを見て、いつもそれを持って見舞いに来てくれるさやかのことを思い出したのだろうか? ……ちょうどいい。恭介にも伝えておこう。
「あのさ、恭介。今さやかはちょっとした悩みにぶち当たっているんだ」
「え、さやかが?」
さやかの話を出したら恭介は食いついてきた。今日のさやかの様子がおかしいことに気付いていたのだろうか? 中沢と仁美にも話しているのだから、恭介にもある程度話すべきだと俺は考えていた。もちろん、魔法少女関連の話はしない方向でだ。特にさやかのことに関しては恭介に話しておかなければならない気がしていた。
「詳しくは言えないんだけどさ、俺達は今ちょっと厄介事に関わっているんだ。それで、さやかはそのことで少し落ち込んでいるようでさ……」
「そんな……」
恭介はショックを隠せない様子だ。いきなりさやかが悩んでいるという話をしてしまったのだから、無理もないと思うが。
「だからさ、もしさやかが辛い目にあっていたらさ、恭介が相談にのってあげてくれないか? 話を聞いてくれるだけでもいいんだ」
「うん、もちろんだよ。さやかは今までずっと僕のことを支えてくれたからね。今度は僕の番だ……」
そう言って恭介は手に持っているCDを強く握りしめていた。その表情から俺は恭介のさやかへの強い想いを感じ取っていた。
「僕が入院していた間、君達はよくお見舞いに来てくれていたよね。その中でもさやかは一人でもよく来てくれて、色んなCDを持ってきてくれて、僕を励ましてくれていて……」
「恭介……」
「それで分かったんだ。僕は誰に一番感謝するべきなのか、僕はその子にどうしてあげたいのかをね。……教えてくれてありがとう、裕一。今度は僕がさやかを支えてあげたいんだ……」
……きっとお前ならできるよ、恭介。あの時お前が俺に手を差し伸べてくれたように、お前ならきっとその手でさやかを支えてあげることができると思うよ。
恭介と別れた後、俺とまどかはマミさん達の所へ向かっていた。さやかももう着いているかもしれないから急がなければいけない。
「それにしても暁美が今日休むとはなぁ……ちょっと当てがはずれたな、まどか」
「そうだね……やっと全員がそろうって思ってたのに……」
暁美が体調不良で休んだことは絶対にありえない。明確な目的を持って休んだに違いないのだ。その目的は一体なんなのだろうか?
(そう言えば……以前暁美が休んだとき、あいつは杏子に接触していた。ひょっとしてさらに別の魔法少女を勧誘に向かったのか?)
彼女の目的がアイツを倒すことだとすれば、一人で勝つのは難しい。ならば同じ魔法少女の仲間を集めようとするのは当然の考えといえる。味方が増えるとしたらありがたいが、もしも敵対することになってしまったら最悪の事態になりかねない。
(あるいは……まどかと会いたくなかったとか?)
昨日まどかにもう関わらないことを聞いてきたが、まどかにそれどころか諦めないとまで言われて突っぱねられてしまい、マミさん達と一緒に闘ってほしいとまで言われてしまった。もしも学校に来ていたらいやでもまどかと会うことになってしまう。だから学校を休んだのかもしれない。
「明日はお休みだから、学校もないし……どうやってほむらちゃんと会えばいいんだろう……」
まどかは暁美と会う方法が思いつかずにうなだれてしまっていた。俺としても暁美から詳しい話がきけないのは痛手だった。アイツが来ることに関してもっと情報が欲しい状態なのだ。マミさん達と合流したら、あいつを探しにいくのもいいかもしれない。
「あれ? あそこにいるのは……マミさんに杏子?」
そんなことを考えていたらマミさんと杏子が焦った様子で動いているのが見えた。その様子を見て、俺は嫌な予感を感じてしまった。
心臓が俺の思いに呼応するかのように嫌な鼓動を刻んでいた。
あの時裕一が違う選択をとっていれば、こうならなかったかも……