魔法少女まどか☆マギカ~紡がれる戯曲~   作:saw

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ついに全員そろうのか?


優先順位

 朝が来た。

 目覚めは悪くはない。アイツが夢に出て来なかったのだから。

 

 昨日からいろいろ考えてみたが、結局魔女のことも、キュゥべえのことも、確かなことは何も分からなかった。決定的な情報が何一つないのだから無理もないかもしれないが、それでも歯がゆかった。

 しかし、それでもいいことはある。

 

「ついに全員そろうんだな……」

 

 昨日でマミさんとさやかが立ち直ってくれた。ほとんど杏子のおかげだったが、その事実に俺は素直に喜んだ。

 

(これで暁美も加われば完璧だ。まどかの言っていたことが現実になる時は近いな)

 

 全員が立ち直っているのだから、もう隠しだてすることはない。暁美の勧誘はまどかに任せることにしよう。

 しかし、それにも不安要素があった。

 

(暁美は……一体何を知っているのだろう?)

 

 あいつが知っているかもしれない真実が不安要素だった。ソウルジェムにはまだ秘密がある気がする。そして暁美が話さなくてもキュゥべえが話す可能性だってある。もしそれが明るみに出たら、今までの関係が一撃で消し飛ぶような気がしてならなかった。

 だが、それでも……

 

「いつかは、分かることだよな……」

 

 何も知らない状態で知るよりは、あらかじめ覚悟して聞いておいた方がいいに決まっている。

 俺は魔法少女じゃないから苦しみは理解できないが、それでも皆を支えることはできるはずだと思っていた。というより、そう信じたかった。

 

「とにかく学校へ行くか……さやかのことも気になるし、中沢や仁美にもお礼を言わないとな」

 

 俺は最初にマミさんにメールで杏子にテレパシーで今日は学校へ行くという旨を伝えてほしいと打っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 通学途中でいつもの背中を見つけた。二日ぶりだったが、それがひどく懐かしく思えてしまった。俺はいつものように声をあげて呼び止めた。

 

「おーっす、中沢!」

 

 その声に彼は一瞬驚いたようなそぶりを見せたが、すぐにこちらを振りかえって屈託のない笑みを浮かべていた。

 

「よう、洲道。ここに来てるってことは、お前らの用事はもう済んだのか?」

 

「それは……まだなんだよな。というか、終わるかどうかも分からないんだ」

 

「なんだ、そうなのか……」

 

「でも、今学校を休んでいるのはその用事とは別の理由があるからなんだよ。ずっと学校を休むことはないから安心してくれ。

 理由は話せないんだけど、心配してくれてありがとな、中沢」

 

 できるなら中沢達には全てを話してしまいたかった。しかしそれは魔女との闘いに少なからず巻き込むことを意味する。その覚悟をもつことはどうしてもできなかった。

 

「まあ、気にするなよ。話せなくても愚痴を聞くくらいはしてやるからさ。ハンバーガーセットチキンナゲット付きで手を打ってやるから」

 

「前より高くなってないか!? なにさりげなくナゲット付けてんだよ!? つーかそれぐらいタダにしてくれよ!!?」

 

「これでも十分譲歩してるつもりだけどなぁ……?」

 

「うっぐ……」

 

 それを言われると弱い。こっちの勝手な事情で理由は話せない。だけど何かあったら相談させてほしい。それはあまりにも自分勝手というものだろう。

 だからそれくらいは許容すべきだろう。いや、むしろ感謝すべきだな。

 

「分かった……その時はよろしく頼むよ」

 

「ああ、まあ、美樹の場合はタダだと思うけどな」

 

「やっぱり納得いかねえーーーっっ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにこんな朝っぱらから騒いでんのよ、裕一」

 

 その声に俺達は振り向いた。そこにいたのはいつもの三人組だった。

 

「よう、皆おはよう。いやなに、世の中の理不尽さについて嘆いていただけさ」

 

「全然意味分かんないんだけど……」

 

 俺の言葉にさやかは呆れたような声を出す。しかし俺は別に間違ったことは言ってないつもりだ。俺とさやかには男と女の違いしかないはずだ。男と女の違いというのはこんなにも大きいものなのか……

 

「まあ、洲道がこんな感じなのはいつものことだろ? 早く行こうぜ」

 

 中沢の言葉に皆頷いて歩いて行った。もうちょっと周りにもわかるような優しさを見せてくれてもいいんじゃないかな、中沢君……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達がいつものように教室に入ると、いつも空になっていた机の所に人が集まっていた。俺はなんとかその人だかりの中心を見つけようとしてみた。

 するとそこには……

 

「恭介っ!?」

 

 俺の声に皆が振り向いた。恭介は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにいつもの柔らかなほほ笑みを向けてきた。

 

「やあ、裕一。それにさやか達も皆おはよう」

 

「おはようって……いつ退院したんだよ!?」

 

「一昨日からだよ。連絡しようかと思ったんだけど、内緒にしてびっくりさせようと思ってね」

 

 悪戯っぽく恭介は笑っていた。周りを見るとさやか達も唖然としている。これが悪戯だと言うのなら、それは大成功だと言えるだろう。

 

「リ、リハビリは……もう大丈夫なの?」

 

 まどかは恭介のそばに置いてあった松葉杖を見てそう聞いた。

 

「うん。お医者さんが言うには、もう自宅療法に切り替えても大丈夫だってさ」

 

 それで昨日準備してから今日登校してきたということか。どうやら俺達は絶好のタイミングで登校できたようだ。

 

「家ではやっぱりバイオリンの練習をしていましたの?」

 

 仁美もようやく落ち着きを取り戻したのか、恭介に質問している。

 

「もちろんだよ、志筑さん。早くカンを取り戻したいから、退院したときからずっと練習していたんだよ」

 

「よかったな、上条。あんな事故の後でもこうしてバイオリンが弾けるようになったのは、本当に運がよかったと思うよ」

 

「そうだね。これってやっぱり奇跡ってやつなんだろうね……」

 

 中沢の言葉に恭介はまるで自分に言い聞かせるようにそうつぶやいた。

 

(奇跡、か。実際に自分の身に起きたことを知ったら恭介は何て言うかな?)

 

 そう思ってさやかの方を見たが、肝心の彼女は気まずそうに恭介を見ているだけだった。

 

「きょう、すけ……」

 

 そのつぶやきは俺達の耳に届くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 昼休みになった後、俺はまどかとさやかと一緒に屋上に出ていた。

 

「それで……さやかはもう大丈夫なのか?」

 

 俺はまず今日登校した一番の理由を片づけなければならなかった。まどかも心配そうな顔をさやかに向けている。

 

「うん……昨日も電話で言ったけどさ、家でふさぎ込むのは止めたよ。だけど、あたしはマミさんや杏子みたいにやっぱりすぐには受け入れられなかったんだ……」

 

「そっか……」

 

「さやかちゃん……」

 

 やはりさやかはすぐに受け入れることはできないようだ。無理もない気がした。彼女はまだ魔法少女に成り立てで、そこまで柔軟な思考を持つことはきっと難しいだろう。

 彼女達の立場になれない俺とまどかには、さやかならいずれ受け止めてくれると信じて待つくらいしかできないのだろうか?

 そんな思考が顔に出てたからだろうか、さやかは苦笑を浮かべてこう言った。

 

「大丈夫だよ。いつか必ず立ち直ってみせるから、裕一もまどかもそんな顔しないで。

 それより、もうすぐこの町にあのワルプルギスの夜が来るんでしょ? 早く皆で倒してこの町を守らないとね!」

 

 それはまるで自分自身に言い聞かせているかのようだった。確かに俺達は早く一致団結してアイツを倒さなければならない。

 だが俺はなんとなくだが、さやかはそれを理由にして自分の運命について考えることから逃げているような気がしていた。果たしてそれがいいことなのかどうかは、今の俺には判断がつかなかった。

 

「それに、恭介の元気な姿も見られたからね。そのおかげで頑張らないとって思えるようになったんだ……」

 

「さやか……」

 

 そういう意味で言うなら、恭介が今日登校してきたのは正に僥倖といえるだろう。これがさやかの立ち直るきっかけになればいいのだが……

 

「それよりマミさんは今日学校に来てないの? あの人はもう立ち直ってるんでしょ?」

 

 さやかはこの場にマミさんがいないことを不思議に思っているようだ。そういえばまだこの二人に伝えていなかったな。

 

「マミさんは今日は休みだよ。今は杏子と一緒にいるはずだ」

 

 今朝のマミさんとのメールでその旨を伝えてほしいと言っていた。その言葉に二人は納得したような表情を見せていた。

 

「そっか、マミさんと杏子ちゃんは昔コンビを組んでいたんだもんね。きっといろいろお話したいことがあるんだろうね」

 

「そうだな。とりあえず後でいつもの修行場で集合だから、さやかも来てくれよ?」

 

「分かってるって。早くワルプルギスの夜との対策を練らないとね!」

 

 

 

 

 

 とりあえず伝えたいことはこれで全部だ。しかし、まだ気になっていることがあった。まどかもそれに気が付いているようだ。

 

「ほむらちゃん、今日は学校に来なかったね……」

 

 そう、暁美が今日学校に来なかったのだ。これで全員がそろうから、いよいよ暁美をこっちの仲間に引き込む時が来たと思っていたのだが……

 

「別にいいんじゃない? 転校生が味方になる可能性なんてあるの?」

 

 さやかは未だに暁美のことを疑っているようだ。その気持ちは俺にもよく分かる。

 

「その気持ちは分かるけどさ。暁美はワルプルギスの夜を倒すためなら仲間になってくれると思うんだ。暁美もアイツを倒したがっているようだしな」

 

「でも……」

 

 それでもさやかは納得できないようだ。まあ、それだけでは信じる根拠にはなりえないだろう。

 もう少し言葉を重ねようとした所でまどかが口を開いた。

 

「大丈夫だよ、さやかちゃん。ほむらちゃんならきっと味方になってくれるよ。私はそう信じてる」

 

「まどか、転校生のことをそこまで……」

 

 まどかはきっと知久さんの言葉で暁美のことを最後まで信じると決めたのだろう。それについて俺に言えることは何もなかった。

 

「とにかくさ、俺達はワルプルギスの夜との対策について話し合うよ。暁美のことはまどかに任せるよ。俺達だと多分あいつは心を開いてくれないだろうしな」

 

 俺がそう締めくくると二人は頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そろそろ教室に戻ろう?洲道君、さやかちゃん」

 

 そう言ってまどかは一足先に屋上から出て行った。俺も後を追いかけようとしたら、さやかに呼び止められた。

 

「あのさ、裕一……」

 

「ん?」

 

 さやかの方を見てみると、彼女は少し戸惑ったような様子が見られたが、やがて意を決したように俺の目を見た。

 

「裕一は杏子の過去のことは全部知ってるの?」

 

「……っ!?」

 

 いきなりの内容に面喰ってしまった。どういうことだ? 杏子は昨日さやかと一人で会っていたけど、その時に杏子は全てを話したというのか?

 

「……あいつのお父さんが壊れてしまって杏子を残して一家心中したって所までは聞いた。けど、あいつがいつ、どんな願いで魔法少女になったかはまだ聞いていないんだ」

 

「そっか……杏子はまだ裕一には話してなかったんだね」

 

 その態度を見るからに、やはり杏子はマミさんや俺が知らないことも全てさやかには話したみたいだ。そのことから杏子がどんな願いを立てたのかは何となく想像がついた。あいつはおそらく誰かのために願いを叶えてもらい、そしてその願いが報われなかったのだろう。だからこそ、他人のために願いを叶えたさやかのことを他人事とは思えなかったのだろう。だとするなら、今の杏子のことを一番分かってやれるのはさやかなのかもしれない。

 

(もしかすると……杏子が本当に必要としているのは、俺じゃなくてさやかなのかもな……)

 

 マミさんはああ言っていたが、俺は今のあいつのために何ができるかがまだはっきりと見えていなかった。それ以前に杏子は自分からさやかに自分の過去を打ち明けていた。それはさやかのためだけじゃなく、自分自身のためにしたことなのかもしれない。あいつは自分のことを何もかも分かってくれる人を探しているんじゃないだろうか?

 

(それなら、俺にできることなんて……)

 

 そんなことを考えていたら、急に心臓が苦しくなってしまった。自分以外の何かのせいにしてそいつに怒りをぶつけたかったが、それはできなかった。なぜならそれは俺自身の心臓の鼓動であることが分かってしまったからだ。そしてその感情の正体にも気付いてしまっていた。

 

(俺は……さやかに嫉妬しているんだな……)

 

 今なら分かる。俺は自分の力で杏子を助けたかったんだ。そのために俺はあいつに踏み込むために『勝負』といういつもの俺達のやり取りを引き合いに出した。それは杏子が言っていたように、あいつとの勝負のことを大事にしていないということなのではないか?そして今俺は杏子を助けてくれるかもしれないさやかに嫉妬してしまっている。本当に杏子を助けたいと思うのなら、それができるかもしれないさやかに嫉妬など抱くはずがない。俺の勝手な願いのために杏子との勝負を軽んじてしまい、そして今その願いを邪魔するかもしれない大事な友達に嫉妬してしまっている。そんな自分がひどく卑怯な存在であるように思えてしまった。

 

「裕一、すごく厳しい顔をしているけど、どうしたの……?」

 

 そんな考えが顔に出てしまったのだろう。さやかが心配そうな顔で俺を見つめていた。俺の勝手な都合でさやかを心配させてしまったことで、ひどく申し訳なく思ってしまった。そんなさやかを心配させないように俺は努めて明るい声を出した。

 

「何でもないよ。別に心配するようなことじゃないからさ」

 

 しかし上手く表情がとれていなかったんだろう。さやかは逆に申し訳ないような表情をしてしまった。

 

「ごめん……さっきの言い方は裕一の知らないことを知っているみたいにちょっと鼻についた言い方だったよ……」

 

「…………」

 

 少し違うが、実際にさやかの言葉で落ち込んでしまったために何も言えなかった。しかしさやかはそこから真剣な顔をしてこう言った。

 

「でもね、裕一。きっとあいつはあたし達の中で一番あんたのことを信用しているってあたしは思うの。あたしはたまたま似た境遇にあったってだけだし……だからね、きっと杏子がいつかあんたに全てを話すときは来るよ」

 

「さやか……」

 

 その言葉に俺は素直に頷けなかった。杏子が俺を一番信用している? さやかよりも、マミさんよりも? なんでそんなことがさやかに分かるというんだ?

 

「あんた達の勝負のことを聞いてさ、それで分かったんだよ。杏子がこの勝負に乗ったこと自体がその証明だよ。杏子はきっと……裕一に自分の生き方を変えて欲しいと望んでいるんだよ」

 

「あいつが、それを望んでいる……」

 

 そうだ。俺はそもそもなぜこんな勝負を持ちかけたんだ? あいつが今の生き方を望んでいないからだと信じていたからじゃないのか? だからこそ俺はあいつに踏み込むことを決意したんじゃないのか? それならば、俺の悩みなんてささいなことじゃないか。何より優先すべきであるあいつとの勝負の原点の想いを忘れることは絶対にあってはならない。

 

(杏子に今の生き方を止めさせれば、それでいいんだ。たとえその相手が俺じゃなくても……)

 

 俺は自分勝手な欲のために自分の目的の優先順位を間違えてはいけない。それに俺だって何もしないつもりはない。俺に出来ることはこれからも探して行くつもりだ。あいつから逃げるようなことはもう絶対にしないとあいつに誓ったのだから。

 

「さやかちゃーん、洲道くーん。早くしないと授業始まっちゃうよー?」

 

 ドアの向こうからまどかの声が聞こえてきた。話はここまでのようだ。俺はいつもの調子を装ってさやかに言った。

 

「ほら、もう行こうぜ、さやか。まどかが待っているしな」

 

「裕一……」

 

 さやかがまだ言い足りない風であったが、俺は無視して屋上を出て行った。ドアの所にいたまどかも追い越して行って、さっさと教室へ戻って行った。

 

 

 

 相変わらず、俺の心臓は不快な鼓動を刻んだままだったが、俺は必死にその鼓動を抑えようとしていたのだった。

 

 




裕一が杏子の過去を全て知るのはいつのことになるのでしょうか?

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