魔法少女まどか☆マギカ~紡がれる戯曲~   作:saw

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タイトル通りです。


杏子の願い

「恭介、あたしは……」

 

 美樹さやかはベッドで一人でうずくまっていた。自分の身体がもはやただの抜け殻であり、ゾンビであることにさやかは耐えることができないでいた。これから先、こんな身体でどう生きていけばいいのかさやかは答えを出せないでいた。

 

『失礼するよ、さやか』

 

 そんなときにさやかの部屋に侵入してきたのは、全ての元凶ともいえるキュゥべえだった。

 

「キュゥべえ、あんたは……!」

 

 その姿を見た瞬間さやかの心は怒りで燃え上がった。今は気分が最悪なのに、目の前の生き物はいつも通りなのが余計に腹立たしかった。

 

「騙してたのね、あたし達を……」

 

『僕は魔法少女になってくれって、きちんとお願いしたはずだよ?実際の姿がどういうものか、説明を省略したけれど』

 

「っ!!」

 

 その言葉にさやかは苛立ち、キュゥべえに掴みかかった。

 

「なんで教えてくれなかったのよ!?」

 

『聞かれなかったからさ。知らなければ知らないままで何の不都合もないからね。事実、マミや杏子も今まで知らなかったからね。そもそも君達人間は魂の存在なんて、最初から自覚できていないんだろう?脳は神経細胞の集まりでしかないし、心臓は循環器系の中枢があるだけだ。そのくせ、生命が維持できなくなると、人間は精神まで消滅してしまう。そうならないよう、君達の魂を実体化し、手にとってきちんと守れる形にしてあげた。少しでも安全に魔女と闘えるようにね』

 

「大きなお世話よ! そんな余計なこと!!」

 

 キュゥべえは自分達のためにしてあげたというが、さやかにとってそんなものは詭弁でしかなかった。いくら自分達の身を案じたところで、それで説明しなくていい理由になりはしないとさやかは考えていた。さやかの言葉にキュゥべえがやれやれと首を振った。

 

『君は闘いというものを甘く考えすぎだよ。例えばお腹に槍が刺さった場合、肉体の痛覚がどれだけの刺激を受けるかっていうとね』

 

 そう言って机の上に置いてあったソウルジェムに手を当てるとソウルジェムが光り出した。その瞬間さやかは腹部に激痛を感じ、まともに呼吸することさえできなくなってしまった。

 

「うぐっ!? あ、ああ、が……」

 

『これが本来の痛みだよ。ただの一発でも動けやしないだろう? 君が杏子との闘いを長く続けられたのは、強すぎる苦痛がセーブされていたからさ。自分の意識が肉体と直結していないからこそ可能なことだ。おかげで君はあの戦闘を生き伸びることができた。まあ、あの時裕一が来なかったらどうなっていたかは分からなかったけどね』

 

 そこまで言ってキュゥべえがソウルジェムから手を離すと光が消えて、それと同時にさやかの痛みも消えた。

 

『慣れてくれば完全に痛みを遮断することもできるよ。もっとも、それはそれで動きが鈍くなるからあまりお勧めはしないけど』

 

「なんでよ……どうしてあたし達をこんな目に……?」

 

『闘いの運命を受け入れてまで、君には叶えたい望みがあったんだろう? それは間違いなく実現したじゃないか』

 

「それ、は……」

 

 確かにあの時は恭介や他の誰かのためなら命がけの闘いに身を投じてもかまわないと思えた。それなら自分のこの身体のことも奇跡の正当な対価と考えなければならないのだろうか?

 

「きょう、すけ……」

 

 いくら考えても答えは出て来ず、さやかはただ茫然と自分の想い人の名前を口にすることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日さやかは学校を休んだ。昨日から電話がよく鳴っていたが、今は誰とも会いたくなかったため、全て無視してしまった。

 

「こんな身体になっちゃって……あたし、どんな顔してまどか達に、恭介に会えばいいのかな……?」

 

 昨日からずっと考えた所で、今のさやかはよくない結果しか頭に浮かばなかった。

 

(今の自分の身体はゾンビなんだ……気味悪がられるに決まってるよ……)

 

 その結果ますますふさぎこんでしまい、さらに気持ちが沈んでしまうという負のスパイラルだった。どれだけ考えていたのか、さやかは覚えていなかった。

 

 そんな時だった。

 

『いつまでもしょぼくれてんじゃねーぞ、ボンクラ』

 

「っ!? この声は……」

 

 急いでベッドから飛び起きて窓のカーテンを開けた。外にいたのは……

 

「佐倉、杏子……?」

 

 自分と二度も闘った佐倉杏子が大量のりんごが入った袋を持ってこっちを見ていた。

 

「ど、どうして……?」

 

 まどかや裕一達ならまだ分かる。しかし彼女とは昨日互いを認めないと言い合って、その後再び殺し合いを行ったのだ。そんな彼女がなぜ自分の所に来たのかが理解できなかった。

 

『ちょいとツラ貸しな。話がある』

 

 杏子の目的は何なのかは分からないが、さやかはあえてその提案に乗ることにした。

 

 

 それは杏子の真意を探りたいという理由かもしれないし、ただ単に誰かにすがりたいだけだったのかもしれない……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二人がどこかへ向かって歩いている間に杏子がさやかに対して話しかけていた。

 

「あんたさー、やっぱり後悔してるの? 今の自分の身体のこと」

 

「…………」

 

「あたしはさ、問題ないって思ってるんだよ。この身体でも飯は旨く感じられるし、今までと変わりはないって思えるんだよ。あたし達魔法少女は生きているって言えるんだよ」

 

「え……?」

 

「結局さ、自分のことを決められるのは自分しかいないんだよ。マミにも偉そうなこと言っちまったが、誰かの言葉を聞いて自分が何者か決めるのはあんた次第さ」

 

「それ、は……」

 

「それにあたしはこの力を手に入れたおかげで好き勝手できてるわけだしね。後悔するほどのことでもないってね」

 

「……それなら、あんたは自業自得ってことになるでしょ……?」

 

「そうだよ。自業自得にしちゃえばいいのさ」

 

 さやかの問いに杏子は愉快そうに答える。それこそが杏子がさやかに伝えたいことだった。

 

「自分のために生きてれば、なにもかも自分のせいだ。誰を恨むこともないし、後悔なんてあるわけがない。そう思えば大抵のことは背負えるもんさ。

 ……まあ、今回のことはそこまで気に病むことではないと思うけどな」

 

「あんたは……」

 

「あたしはこれからもそうやって生きていくのさ。この生き方を変えることはないからね」

 

 そう言って屈託のない笑みをさやかに向けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらく歩いた後、二人は廃墟までやってきた。そこは杏子の生まれ育った教会だった。

 

「こんなところまで連れてきて、何なのよ?」

 

「ちょっとばかり長い話になる……」

 

 杏子はおもむろに袋からりんごを取り出してさやかに投げてよこした。さやかは訳が分からずにそれを受け取った。

 

「食うかい?」

 

 優しげな笑みで杏子は尋ねた。しかしさやかは目の前の相手からの施しを受けるのは嫌だった。

 

「っ……」

 

 そうして受け取ったりんごを地面に放り捨ててしまった。その瞬間杏子が飛びかかってさやかを締め上げた。

 

「あ、ぐっ……!」

 

「……食いものを粗末にするんじゃねぇ。殺すぞ」

 

 一瞬にして杏子の表情が険しいものになっていた。しばらくそのまま締め上げていたが、やがて我に返ったようにさやかを解放した。落ちていたりんごを拾い、自分のズボンで拭いた後、袋の中に戻してしまった。

 

 

 

 

「ここはね、あたしの親父の教会だった。正直過ぎて優しすぎる人だった。毎朝新聞を読むたびに涙を浮かべて、真剣に悩んでいるような人でさ。新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だって、それが親父のい言い分だった」

 

 それは杏子が裕一に語っていなかった彼女の過去だった。本来なら誰にも話す気はなかったが、目の前の少女は自分と同じ間違いを犯してしまっている。自分と同じ絶望に落ちていく姿は杏子は見たくなかった。だからこそ、自分の過去を話してさやかに分からせてやりたかったのだ。あるいはただ単に自分のことを本当に理解してくれる人を求めているだけなのかもしれない。

 

「だからある時、教義にないことまで信者に説教するようになった。もちろん、信者の足はぱったり途絶えたよ? 本部からも破門された。誰も親父の話を聞こうとしなかった。……当然だよね、はたから見れば、うさんくさい信仰宗教そのものさ。どんなに正しいことを、当たり前のことを話そうとしても、世間じゃただの鼻つまみ者さ……」

 

 そう話す杏子の顔は悔しさでにじんでいた。今ならそう理解できるが、その当時はどうして父の話を聞いてくれないのかと、ただ信者達に怒りを抱いていたのだった。

 

「あたし達は一家そろって食うものにも事欠く有り様だった。納得できなかったよ。親父は間違ったことなんて言っていなかった。ただ、人と違うことを話しただけだ。……五分でいい、ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しいことを言っているって誰にでも分かったはずなんだ! ……なのに、誰も相手にしてくれなかった」

 

 人は今までと違うものを突きつけられると、それを受け入れることは相当難しい生き物だ。ましてや、自分の心の拠り所と成り得る宗教のこととなるとなおさらである。自分の宗教を穢すような言葉を誰が耳を傾けるというのだろうか? 今でこそ杏子はなんとか納得はできるが、その当時は納得などできるはずがなかった。

 

「……悔しかった。許せなかった。誰もあの人のことを分かってくれないのがあたしには我慢できなかった。だからキュゥべえに頼んだんだよ。皆が親父の話を真面目に聞いてくれますようにって」

 

 それこそが佐倉杏子が魔法少女になるために叶えた願いだった。彼女も今のさやかのように他人のために願いを叶えてもらっていたのだ。その事実にさやかは驚愕していた。

 

「翌朝には親父の教会はおしかける人でごった返していた。毎日おっかなくなるほどの勢いで信者は増えていった。あたしはあたしで晴れて魔法少女の仲間入りさ。いくら親父の説法が正しくったって、それで魔女が退治できるわけじゃない。だからそこはあたしの出番だって、ばかみたいに意気込んでいたよ。あたしと親父で、表と裏からこの世界を救うんだって!」

 

 そこまで言った後、杏子はそこから苦い顔をしてりんごにかじりついた。

 

「……でもね、ある時からくりが親父にばれた。大勢の信者はただ信仰のためじゃなく、魔法の力で集まっていたんだと知った時、親父はぶち切れたよ。娘のあたしを人の心を惑わす魔女だって罵った。……笑っちゃうよね? あたしは毎晩本物の魔女と闘い続けてたってのに」

 

 自嘲するような薄笑いを杏子は浮かべていた。家族のために魔女と闘っていたのに、その家族から魔女だと罵られるとはどんな皮肉だろうか?

 

「それで親父は壊れちまった。最後は惨めだったよ。酒に溺れちまって、頭がいかれて、とうとう家族を道連れに無理心中さ。……あたし一人を置き去りにしてね」

 

 一つのりんごを食べ終えた後、杏子は天を見上げた。今の彼女にどんな感情があるのかはさやかには分からなかった。

 

 

 

 

 

「あたしの祈りが、家族を壊しちまったんだ。他人の都合を知りもせず、勝手な願い事をしたせいで、結局誰もが不幸になった。……そのとき心に誓ったんだよ。もう二度と他人のために魔法を使ったりはしない。この力は全て自分のためだけに使い切るって……」

 

 今の佐倉杏子を作り上げた根幹がそれだった。実際に他人のために願いを叶えたために結局その人達を不幸にしてしまったからこそ、彼女は揺るがないのだ。

 

「奇跡ってのはただじゃないんだ。希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望がまき散らされる。そうやって差引をゼロにして、世の中のバランスは成り立っているんだよ」

 

「……なんでそんな話をあたしに?」

 

 さやかはなぜそんな重すぎる過去を自分に話すのかが分からなかった。その質問に杏子は一瞬戸惑った後こう答えた。

 

「あんたも開きなおって好き勝手にやればいい。自業自得の人生をさ」

 

「それって変じゃない?あんたは自分のことだけ考えて生きているはずなのに、あたしの心配なんかしてくれるわけ?」

 

「っ……あんたもあたしと同じ間違いから始まった。これ以上後悔するような生き方を続けるべきじゃない。あんたはもう対価としては高すぎるものを支払っちまってるんだ。だからさ、これからは釣銭を取り戻すことを考えなよ」

 

「あんたみたいに……?」

 

「そうさ。あたしはそれを弁えてるが、あんたは今も間違え続けている。……見てられないんだよ、そいつが」

 

「…………」

 

 さやかは少しだけだがこの佐倉杏子という少女のことを理解してきていた。彼女は自分と同じ間違いをしている自分のことを放っておけないのだろう。これが彼女の本来の姿なのだろうとさやかは考えていた。

 

「……あんたのことはいろいろと誤解してた。そのことはごめん、謝るよ。あんたのことを信じて欲しいって言っていた裕一は、間違っていなかったんだね……」

 

「い、いきなり何言ってんだよ……?」

 

「でもね、やっぱりあたしはあんたの考えに賛成することはできないよ。あんたはあたしのことを見てられないって言っていたけど、逆にあたしの方があんたのことを見てられなくなっちゃったよ……」

 

「どういう、ことだ……?」

 

「自分だって、分かってるんでしょ?」

 

 そう言ってさやかは杏子をただ静かに見つめていた。その視線に杏子はたじろいでしまった。

 

「あんただって、本当は人のために闘っていたかったはずだよ」

 

「なっ……!」

 

「ただ、不幸な事故があっただけで、その気持ちは今も変わっていない。あんたはきっと今の生き方を望んでいないはずだよ」

 

「お、お前まで、あいつと同じことを言うのかよ……!?」

 

「きっと、あんたのことを少しでも知っている人なら皆同じことを言うと思うよ。マミさんだって、あたしだって、そして裕一だって……」

 

 その言葉に杏子は打ちのめされてしまった。自分がただ無理をしているだけだ言う人間なんて、彼以外にいるはずがないと思っていたのだから。

 

「あたしはね、人のために祈ったことを後悔しない。これからもこの力は他の人のために使っていきたいんだ。後悔なんてあるわけないって、あの時あたしは心からそう思えたんだから」

 

「なんで、そこまで……」

 

 杏子は分からなかった。誰かのための奇跡なんて、結局全てを不幸にするだけだというのは身に染みて分かっていることだった。それなのに、そんな自分のことを知ってもさやかは自分と同じ道を取ろうとはしない。杏子はそんなさやかを見るのが辛くなってきてしまっていた。

 

「それからさ、あんたの持っているそのりんご、どうやって手に入れたの? お店で払ったお金はどうしたの?」

 

「こ、これは、その……」

 

「言えないのなら、そのりんごは受け取れないよ」

 

 そう言ってさやかは教会から去ろうとしたが、杏子は慌てて引きとめた。

 

「これは盗んだものじゃない! 裕からもらった金で店から買ったものなんだよ!!」

 

 その言葉にさやかは驚いた表情で振り向いた。聞きなれない呼び方も気になったが、その金を渡した裕一のことの方が気になっていた。

 

「裕って……裕一のことだよね? どうしてあいつがあんたに金を渡しているの?」

 

「これはあたしとあいつの勝負のルールなんだよ!!」

 

 

 

 

 そこから杏子は、自分と裕一の勝負のことをさやかに話した。そのことにさやかは驚いた表情を見せていたが、だんだん穏やかな表情に変わっていった。

 

「そっか。裕一は今もあんたのために頑張っているんだ。それなら、そのりんごを一つもらおうかな?」

 

「……ああ、食えよ、ほら」

 

 憮然とした表情で杏子はりんごを投げ渡した。それを受け取ったさやかは食べ始めた。裕一との約束を守っている杏子の善意を受け取らないことは裕一の努力を足蹴にしてしまう。さやかはそんな風に考えていた。

 

「断言してもいいけどね、この勝負に勝つのは裕一だよ」

 

「な、なんでそんなこと言えるんだよ!?」

 

「だって、あんた自身がそれを望んでいるんだもん。それであんたが勝てる道理なんてないよ」

 

「そんなわけ、あるかよ……」

 

 さやかの言葉に杏子は強く反論することができなかった。その理由が分からない自分に杏子は、ただ自身への怒りを募らせるだけだった。

 

 

 

 

「今日あんたの話を聞けてよかったよ。少しだけ、気が晴れた気がする」

 

「……はあ、そうかよ。お前にはとっとと立ち直ってもらわないと困るからな」

 

「どうしてあんたがそこまで必死になってくれるのさ? あんたにメリットがあるわけでもないのに……」

 

「今あたしらには戦力が必要なんだよ。ワルプルギスの夜と闘うためのな。ソイツが近い内にこの町にやって来るんだよ」

 

「ワルプルギスの夜って……確か最大最強の魔女じゃない!? ソイツがこの町に来るの!?」

 

 魔法少女の最大の敵であり、そして自分の友達と因縁のあるワルプルギスの夜がこの町にやって来るという思いがけない情報にさやかは驚愕していた。

 

「そうさ。マミはもうとっくに立ち直ってワルプルギスの夜との闘いに向けて準備しているんだ。お前もいつまでもしょぼくれてんじゃねーぞ」

 

「そっか……やっぱりマミさんはすごいな……でもごめん。もう少しだけ考えさせてくれないかな? あたしバカだからさ、あんたが言っていたようにすぐに思考を切り替えられないんだ。でもきっと立ち直ってみせるからさ、マミさん達にもそう伝えてくれないかな? それじゃあ、またね、杏子」

 

「あ……」

 

 りんごを食べ終えたさやかはそう言って教会から出て行った。

 その表情はここに来る前よりも幾分晴れやかなものになっていることに見送っている杏子が気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ったく……なんで、あいつまで裕と同じことを言うんだよ……あたしが今の生き方を望んでない、なんて……」

 

 一人残された杏子はひとり言のようにつぶやく。また袋からりんごを取り出してかぶりつく。

 

 杏子の役割はさやかを立ち直らせて、共にワルプルギスの夜と闘うことだった。そのためには自分自身の過去までをさやかに話す必要はなかったかもしれない。

 だが杏子はそれでも彼女には話しておきたかったのだった。それは自分と同じ間違いを犯したさやかのことを単純に放っておけなかったからかもしれないし、自分の想いを共有できる友達が欲しかっただけなのかもしれなかった。

 

「あいつとの勝負のこと、言わなきゃよかった……くそっ」

 

 りんごを食べ終えた後、また次のりんごにかぶりついた。所謂やけ食いというやつである。食べている間はあまり旨いと思うことができなかった。

 

「やっぱり、全部あいつが悪いんだ……あの、ばか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――へっくしっっ!!」

 

「あら、洲道君大丈夫?」

 

「あ、はい。誰かが噂でもしてるんですかね? いやあ、人気者は辛いなあ」

 

「ふふっ、そうね」

 

 俺の冗談にマミさんは爽やかにほほ笑んだ。そのほほ笑みは単純に笑ってくれたのか、それとも失笑だったのかはちょっと判断がつかなかった。

 

「少し休憩にしましょう。あまり力を入れ過ぎると魔力が減ってしまうわ」

 

「そうですね」

 

 そう言って俺とマミさんは腰を下ろした。杏子がさやかの所に行ってからかなり時間がたっているが、そろそろ話は終わっただろうか? いずれにしろ杏子からの連絡はマミさんにしか届かないので、俺はただ待つしかないのだが。

 そんな時だった。

 

「洲道君。本当にありがとう」

 

「えっ?」

 

 突然マミさんが俺に対してお礼を言ってきた。いきなりどうしたというのだろうか?

 

「あなたがいてくれたから私達は今こうしていられるからよ」

 

「……それは杏子がいてくれたからですよ。多分俺だけじゃ、マミさんのことを励ますことはできなかったと思いますし」

 

「でも、その佐倉さんを支えてあげられたのは間違いなくあなたよ」

 

 いつの間にか真剣な瞳でマミさんは俺のことを見つめていた。茶化していい雰囲気ではなさそうだ。俺も真剣な目でマミさんを見返した。

 

「洲道君は……佐倉さんの過去をどれだけ知っているの?」

 

「……以前教会に住んでいて、あいつのお父さんが壊れてしまって、あいつ以外の家族が一家心中してしまったって所までは。あいつの願いとかはまだ聞いていません」

 

「そう……なの……」

 

 その言葉にマミさんは頬に手を当てて考え込んでしまった。その反応を見れば嫌でも一つの事実が分かってしまう。

 

「マミさんは知っているんですね? あいつの願いのことを。俺が知らない、佐倉杏子の過去を」

 

「……その通りよ。だけどきっと、それは全てではないと思うわ。それでも洲道君、あなたは今ここで彼女の過去を聞きたいの?」

 

 まるで俺のことを試すような口調でマミさんは俺に尋ねてくる。

 できることならあいつの過去については知っておきたい。それであいつが偽悪的に振る舞う理由が分かると思うし、俺があいつとの勝負に勝つための方法がなにか見つかるかもしれない。

 しかし……

 

「いえ、やめておきます。それはきっとあいつ自身の口から聞かないと駄目だと思うんです」

 

 それでも今ここで杏子の過去を別の誰かに聞くのはよくないことのように思えてならなかった。

 俺がそう言うとマミさんは安心したような顔を向けてきた。

 

「そうね。やっぱりそれが一番いいんでしょうね。あなたがそういう人だからこそ、佐倉さんは心を開いたんでしょうね……」

 

「マミさん……」

 

「洲道君。あらためて佐倉さんのことをお願いね。彼女にはきっと、あなたが必要だと私は思うの」

 

「……はい。あいつが必要としているかは分かりませんけど、俺は最後まであいつのことを信じ続けることにしたんです。俺はこれから先もあいつに向かって手を伸ばし続けます」

 

「ありがとう……でも、佐倉さんが羨ましいな。そんなに想ってくれる人がいるなんて……」

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「いいえ、気にしないでちょうだい。……あら? ちょっと待ってね」

 

 突然マミさんの視線が別の方へ向かって行った。それはおそらく杏子と今テレパシーで会話をしているんだろう。

 

 それにしてもさっきマミさんは最後に何て言っていたのだろうか? 杏子が羨ましいまではなんとか聞こえたのだが……

 

(いいや、それは考えてもしょうがないな……とにかく今はさやかのことだ)

 

 マミさんのことは今は考えている場合ではない。俺はとにかく杏子からの報告を待った。

 

「洲道君。美樹さんはもう少し一人で考える時間がほしい、と言っていたそうよ」

 

「それって……大丈夫なんですかね?」

 

「きっと立ち直ってみせるとも言っていたから、今は彼女のことを信用して待つのが一番いいと思うわ」

 

「そうですか……」

 

 はっきり立ち直ったわけではなさそうだ。しかし、何もしないよりはおそらくいい結果にはなったのだろう。今はそれで満足することにしよう。

 

「佐倉さんは今日はこのまま帰ることにするそうよ。さっきソウルジェムで確認したけど、今日は魔女の反応はなかったから、今日はここまでにしましょう」

 

「分かりました」

 

 俺とマミさんとさやかがそろってから杏子も入れて修行を行う予定だったので、俺も異存はなかった。

 ちなみに別れ際に杏子に新しい食費と宿賃は渡しておいたので、あいつが生活に困ることはないはずである。

 

 

 

 

 

 

 

 解散する前に俺は前から気になっていたことをマミさんに聞いてみることにした。

 

「マミさん。ずっと気になっていたんですけど……魔女ってどこからやって来るものなんでしょうか?」

 

「えっ、魔女?」

 

「そもそも今まで魔女の姿を見てきましたけど、俺が今まで抱いていた魔女のイメージとは全然違うんですよ。

 どちらかと言うと、魔物って言う方がしっくりくるんですけど……」

 

 俺は魔女の原点はなにかをずっと考えていた。それを暴いて製造元をたどれば魔女との闘いにも終わりを告げられるかもしれないと考えていたのだ。

 もっとも、魔女が落とすグリーフシードもまた大事であるが、それも魔女の製造方法を知れば手に入れる方法もあるのかもしれないとも考えていた。

 

「私にも分からないわ……以前キュゥべえに聞いたけど、この世界の言葉で言うならこの呼び名が最もふさわしいってことらしいわ」

 

「最も、ふさわしい……?」

 

 あれが魔女と呼ぶにふさわしいとはどういう意味なのだろうか? かろうじて生き物っぽいものもいるが、同時にテレビなどの無機物の姿をしたものだってある。

 キュゥべえはなぜあれらを魔女という言葉で呼ぶのだろうか?

 

「魔法少女という言葉もキュゥべえが考えたものよ。それならまだそう呼ぶ理由は分かるから、単純に魔法少女の敵ということでそういう名前をつけたとも考えられるけど……」

 

「根拠としてはちょっと弱いと思うんですけど……

 それじゃあ、そのキュゥべえ自身は一体何者なんでしょうか? あいつも今までの一般常識を覆すような姿をしているんですけど……」

 

 魔法少女と魔女の呼び名を決めたのがあいつなら、今度はあいつのことが疑問に挙がるのは当然の流れと言えるだろう。

 俺の質問にまたマミさんが難色を示したような表情をした。

 

「それは……正直考えたことがなかったわ。あの事故以来キュゥべえだけが今まで私とずっと一緒にいてくれた存在だったから、どんな存在でも私の友達に変わりはないと思っていたのよ……」

 

「うーん……」

 

 マミさんはそれを聞くと大切な友達だと思っていた存在が離れた行くかもしれないと本能的に思ってしまったのかもしれない。

 気持ちは分からないでもないが、今は正直大した情報が得られなかったことにがっかりした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マミさんと別れて家に帰った後、ベッドに寝転んで考えを煮詰めていた。

 

(キュゥべえは一体何者なんだろうか……?)

 

 今はほとんど敵だと思えるあいつが、俺達の敵を魔女と呼ぶことがどうしても引っかかっていた。

 魔法少女の原点はあいつと言ってもいい。ならば、魔女の原点もまたあいつだと考えることは強引な推理だろうか?

 

 希望を振りまく魔法少女。

 絶望を振りまく魔女。

 相反するような二つの存在の呼び名を決めたキュゥべえという謎の存在。

 

 そしてあいつは契約した魔法少女の魂を抜き取ってそれをソウルジェムに変えてしまう。

 そうなるとそのソウルジェムに溜まるという穢れというものの意味が大きく変わってしまう。

 今までは魔力の残数を表わすサインぐらいのものだと思っていたが、あれが魔法少女の本体なら、そこに穢れが溜まるというのは大問題だ。

 

(自分の魂に穢れが溜まりきってしまったら……その魂はどうなるというんだ?)

 

 もしかするとそれこそがキュゥべえが隠しているかもしれない真実の一つなのかもしれない。

 いずれにせよ、キュゥべえにもいつか聞いてみなければならないだろう。

 たとえそれが、知りたくもない真実だとしても……

 

 

 その時電話が鳴り響いた。あの男からのものかと一瞬思ったが、着信の表示はあいつからのものだった。

 

「もしもし?」

 

「あ、裕一? あたしあたし」

 

「すいません、家に振り込むお金はないんですけど……」

 

「あたしあたし詐欺じゃないよ!? て言うか語呂悪!? て言うか着信相手は携帯に出てるでしょ!?」

 

 この前のまどかと同じボケをかましてみたら、さやかが元気に三段ツッコミを返してきた。

 

「悪い悪い。以前まどかに同じように返されたことがあったからな。いつものようにキレのあるツッコミをしてくれるか試してみたんだよ」

 

「そりゃー、ありがたいお心遣いで……」

 

「けどさ、とりあえずさっきまでよりは元気になったっぽいな。杏子の言葉は届いたのかな?」

 

「ああ、うん、なんとかね……とりあえずしょぼくれてても何も解決しないことは分かったからね。マミさんやまどかにも連絡したし……」

 

 ならば、これで全員が立ち直ったということでいいのだろう。ようやくここまでこれたのだ。

 

「それでね、明日からは普通に学校に行こうと思ってるんだ。中沢や仁美にも心配してくれてありがとう、って言わないとね」

 

「そっか。なら俺も明日は学校へ行くことにするよ。それじゃあまた明日な、さやか」

 

「うん、あたしも色々聞きたいしね。それじゃあまたね」

 

 そう言って電話は切れた。

 聞きたいこととは一体何なのだろうか?まあ、隠すようなことはないし、別に問題はないだろう。

 

 

 

 

「全員が立ち直ったのなら……ようやく暁美にたどり着いたってことだよな……」

 

 あいつの目的がアイツを倒すことだと言うのならば、利害は一致するはずだ。

 グリーフシードの問題もあるが、とにかく暁美のことはまどかに任せることにしよう。

 

(そして暁美なら……もしかしたら全ての謎の答えを知っているのかもしれない)

 

 彼女は最初からキュゥべえを敵視していたし、ソウルジェムのことも知っていた。さらにワルプルギスの夜が来ることも予知していた。

 そんな彼女なら俺達の知らない真実を知っていると考えてしまうのは無理矢理な考えではないだろう。

 

「そして最後に……オマエとの決着をつけてみせるからな……ワルプルギスの夜……」

 

 その言葉と共に俺の意識は徐々に闇の中へと落ちて行った…………

 

 




杏子の願いと、裕一の魔女とキュゥべえに対する疑問でした。どの程度まで予想を立てられるかを考えましたが、大体この辺りにまでしておきました。
今回ではさやかにりんごを受け取ってもらいました。ここで杏子は少し変わってきていることを表現したかったので。

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