「う、ん……」
鹿目まどかは目を覚ました。昨日は衝撃的な真実を知ってしまい、友達が全員ばらばらになってしまった。そして自分は同じ立場になってその気持ちを理解してあげることもできず、何もできないということを突きつけられて一度は絶望しかけてしまった。しかし彼女は絶望に落ちることはなかった。
「洲道君と杏子ちゃんはマミさんとさやかちゃんのために頑張ってくれているんだ……」
なぜなら昨日最後に会った洲道裕一によって中沢や仁美の言葉を思い出させてもらって、一緒に闘えない自分にもできることはあると教えてくれたのだ。実際に彼は昨日のうちに佐倉杏子を立ち直らせてしまっていた。魔法少女ではない彼の手によってだ。その事実が彼女を奮い立たせていた。
「私にもできることはあるんだ……!」
その言葉と共にまどかは部屋のカーテンを開ける。今の気持ちを表すかのように天気は快晴だった。
「さあ、ママを起こしに行かなくっちゃ!」
そうしてまどかはいつもの朝を迎えたのだった。
詢子を起こした後、朝のシャワーを浴びに行かせた。現在まどかはリビングで知久の朝食を待っていた。
「あっ、そうだパパ。昨日洲道君と電話していたんだけどね。洲道君はお友達と仲直りしたんだって!」
「本当かい? いやあ、それはよかった。彼の気持ちは彼女に届いたんだね」
「洲道君、パパに本当に感謝してたよ。パパの言葉で立ち直ることができたって言ってたよ。私にも教えてくれたんだ」
「まどかも知っているのかい? まどかにも聞かれるのはちょっと恥ずかしいね……」
「恥ずかしがることなんてないよ! 私も感動したんだよ!」
まどかは身を乗り出して力説する。知久の言葉によって裕一はは再び立ち上がり、杏子と、そして自分を立ち上がらせてくれたのだとまどかは考えていたからだ。
「……パパ、私もね、今友達と気持ちがすれ違っちゃっているんだ。でもパパの言葉を聞いて、私もその子といつか分かりあえる日が来るって信じられるようになったの」
「まどか……」
「私も洲道君のように頑張るよ!!」
「……そうか。うん、難しいことだけど、今のまどかならきっとできるって僕は信じているよ」
知久はまどかの顔を見て、昨日見せた彼の顔と同じであることに気付いたため、そう言えたのだった。
「おはよう、中沢君、仁美ちゃん!」
朝の通学路でまどかは二人と合流した。
「おはよう、鹿目」
「おはようございます、鹿目さん」
今日も裕一とさやかはいなかった。まどかは裕一はともかく、さやかは学校に来るかと少し期待していたが、やはり彼女は来ていなかった。携帯で何度も連絡しても全く出てはくれなかったのだ。
「中沢君、仁美ちゃん。昨日の二人の言葉は洲道君に伝えたよ。すっごく喜んでいたよ!」
「えっ、そうなのか?」
「うん、でもハンバーガーセットのことも話したら、やっぱり『タダじゃないのかよ!?』って泣いちゃってたよ」
「ははっ、洲道も期待通りのリアクションをしてくれるな、やっぱり」
中沢もふざけて返すが、彼ならなんの見返りを求めずに友達の相談に乗ってくれるだろうとまどかは確信していた。
「まどかさん、さやかさんにはまだ伝えていませんの?」
「う、うん……昨日ちょっと色々あって……」
まどかは本当なら二人にも相談してしまいたかった。真剣に話せば信じてくれるだろうし、たとえ魔法少女じゃなくてもこの二人なら他の皆に何かしてあげられるだろう。だが魔法少女と魔女の話をすることは、二人をその闘いに少なからず巻き込むということだ。まどかにはその覚悟をもつことはどうしてもできなかった。
「でも、必ず伝えるからね! いつかきっと、私達皆で登校できる日は来るから!!」
それでもその日は必ず来ることだけはまどかは断言していた。その日のために自分にできることをしていくのだ。
「いつもの……六人で……」
その中での仁美のつぶやきには二人の耳には届かなかったのだった。
「まどか、少しいいかしら?」
昼休みになってほむらがまどかに話しかけた。まどかは一瞬驚いたが、すぐに冷静になって答えた。
「うん、分かったよ」
そして二人は屋上に出て向き合う形になった。
「私の忠告は聞いてくれるようになったかしら?」
「……」
「もう分かったはずよ。あなたが憧れたものの正体を。その先に救いなどないことを」
「ほむらちゃん……」
「あなたは鹿目まどかのままでいればいい。これまでも、そしてこれから先も……」
昨日と同じことをほむらは言ってきた。あのときのままでは自分は引いていたかもしれないが、まどかは諦めることはしなかった。裕一達のことを思い出し、自らを奮い立たせ、まどかは決然とした顔でほむらと対峙する。
「……魔法少女にはならないよ」
「賢明な判断よ」
「でもそれはさやかちゃん達やあなたのことを忘れて生きていくためじゃないよ、ほむらちゃん」
「……なんですって?」
まどかの突然の物言いにほむらは眉をひそめている。まどかは構わず言葉を続けた。
「魔法少女にならないのは、今なったところで何の解決にもならないからだよ。私は諦めたくはない。皆から逃げることはしないよ」
「……どこまであなたは愚かなの? あなたにできることなんて……」
「魔法少女じゃなくてもできることはきっとあるよ!!」
「っ!?」
ほむらのその先だけは言わせなかった。裕一達の想い、そしてまどかの希望を彼女に否定してほしくはなかったからだ。
「私には闘う力は何もないし、皆の苦しみが理解できるわけじゃないよ。でも、それでも皆のために頑張ろうとするのはきっと間違いなんかじゃないよ!!」
それが昨日会った中沢や仁美、そして裕一がまどかに教えてくれたことだった。自己満足に過ぎないかもしれないが、それでも何もしないで逃げるということだけはまどかはしたくなかったのだ。
「まどか、どうしてあなたは……」
ほむらは目の前の彼女が分からなかった。自身にコンプレックスを抱いており、その末に見つけて憧れたものにも裏切らている彼女が、こんな不屈の意志を持てることがどうしても理解できなかったのだ。
目の前で狼狽しているほむらを見て、まどかは気になっていることを聞いてみることにした。
「ねえ、ほむらちゃんはまだ洲道君を疑っているの?」
「それは……」
「洲道君は絶対に皆を危険にさらすようなことをする人じゃないよ。私が保証する」
杏子を、そして自分を立ち上がらせてくれた裕一への信頼は、もはやほむらが何を言っても揺らぐことはない。迷いなく言い切ったまどかに対してほむらは苦し紛れに答えを返した。
「……あなたの言う通りだとして、今の状況で彼に何ができるというの? 何もできるはずがないわ……」
「…………」
まどかは彼は昨日から今の状況を改善するために今も頑張っていることを言ってしまいたかった。だがそれを言うことは彼が望むことではなかった。そのことにまどかは悔しさがこみあげてきた。
「それなら、ほむらちゃんはどうするの? たった一人でワルプルギスの夜と闘うの?」
「……それしかないのなら、そうするだけだわ」
「そんなの駄目だよ!! 最強の魔女って言われるくらいなんでしょ!? 一人じゃ危なすぎるよ!!」
「だけど今の巴マミ達では戦力にはならない」
「っ!? そ、それは……」
「……佐倉杏子までダメージが大きかったのは予想外だったわ。こんなことは今までなかったのに……」
「どういう意味なの……?」
「何でもないわ」
ほむらの謎めいた発言にまどかは戸惑ってしまった。今までとはどういう意味なのだろうか? いくら理由を考えてもまどかには答えが出せなかった。
「とにかく、あなたは何もしない方がいいわ。巴マミ達は自力で立ち直れるかもしれないけど、美樹さやかは別よ。彼女のことは諦めなさい」
「そ、そんなことは言わないでよ!!」
「彼女に近づこうとしたら……あなた達は更なる絶望を知ることになるのよ」
「え……?」
その言葉を最後にほむらは背を向けて去ろうとしていた。しかしまどかは最後に言っておきたいことがあった。
「ほむらちゃん、私は諦めないよ! 皆分かりあえる日が来るってことを信じてるから!!」
「……!」
一瞬ほむらは振り返ってまどかを見つめたが、すぐに向き直して去って行ってしまった。
「ほむらちゃん……」
今は無理かもしれないが、自分達の言葉はきっと彼女に届かせてみせるとまどかは決意していた。ほむらはさっき一人でもワルプルギスの夜と闘うと言っていた。危険であることを承知で挑むということは、彼女もこの町を守りたいと思っているはずなのだ。だからこそほむらと裕一達はきっと分かりあえる時が来るとまどかは信じていた。
「そうだよね、洲道君……」
その言葉と同時に携帯が鳴りだした。着信相手を見てみると、まどかははやる思いで電話に出た。
「もしもし、マミさん!?」
「鹿目さん、心配かけてごめんなさい……私はもう大丈夫だから安心して」
「そうですか……! マミさん、よかった……!」
その言葉にまどかは歓喜した。彼女達は互いに支え合って再び立ち上がることができるのだ。まどかは自分もその中に入れるようになりたかった。
(ほむらちゃん……いつかその日が来るようにこれからも頑張るからね……!)
俺はマミさんの料理を食べ終えた後、マミさんにまどかに電話して安心させてほしいとお願いした。今はマミさんはまどかと楽しそうに電話をしていた。
(あとはさやかだけなんだけど……)
俺は最後に残ったさやかのことが不安でならなかった。さやかはマミさんや杏子と違って魔法少女としての経験は浅く、そこまで打たれ強い性格でもないのだ。それにマミさんとは違ってさやかは恭介のために願いを叶えている。その願いと今の自分の身体のことが釣り合っているのかが俺は疑問だった。
それからもう一つ気になっていることがあった。
「洲道君、鹿目さんが電話を代わってほしいって言ってるわ」
「あ、はい。分かりました」
そう考えていたらマミさんが俺に電話を渡してきた。ちょうどいい、まどかには聞きたいことと伝えたいことがあるからな。
「もしもし、まどか?」
「あっ、洲道君! マミさんも元気になったんだね! 本当によかった……!」
「ああ、マミさんも分かってくれたよ。まあ、主に杏子のおかげだな」
マミさんを支えられたのは同じ苦しみを共有できる杏子だった。俺の言葉だけでは無理だったかもしれない。
「そんなことないよ。その杏子ちゃんを支えられたのは洲道君だもの。だから胸を張っていいんだよ?」
「そっか? けど俺が立ち直れたのは知久さんのおかげだからな。全てはあの人のおかげだな」
「照れなくてもいいんだよ?」
「そ、そんなんじゃないって。まどかもあんないい人が家族なんだから、自慢に思えよ?」
「ふふっ。うん、パパは私の自慢の家族だよ」
まどかはからかい交じりに笑っていたが、その声は誇らしげだった。このままだと話が進まないからこちらから聞くことにしよう。
「それで、今日は暁美に会ったか?」
「……うん。自分達に関わらないかどうかを聞いてきたよ」
やはり暁美はまどかの方へ行ったのか。ある意味予想通りだったが、よりあいつの執着性と異常性が浮き彫りになってきている気がしていた。
「それで、なんて答えたんだ?」
「魔法少女にはならないけど、諦めるつもりはないって答えたよ。洲道君がマミさんの所にいることは言わなかったけどね」
「そっか。それは助かる」
暁美が敵か味方かはっきりしない以上、今は介入してほしくはないというのが正直な気持ちだった。キュゥべえも不安だったが、あいつは神出鬼没だから対応しようがない。
「でも、洲道君。ほむらちゃんとはきっと分かりあえるよ。ほむらちゃんはたとえ一人になってもこの町を守るって言っていたからね」
「……そんなことを暁美は言っていたのか」
あの最強と言われるワルプルギスの夜と一人で闘う。それは相打ちを覚悟するのと同じことだ。暁美はそこまでしてこの町を守ろうとしているというのか。それなら確かに俺達は同じ志をもって共に闘うことができるかもしれない。できるならまどかに暁美のことを説得してもらいたい。そのためにも早くさやかの問題を解決しなければならない。
「まどか。さやかのことなんだけどさ、本当だったらお前も入れて皆で会いに行きたかったんだけど……」
「え、何かあったの?」
「今さやかのところには杏子が一人で向かっているんだ」
「杏子ちゃんが!?」
まどかに電話する前に杏子からさやかの所には自分一人で行かせてほしいと提案してきた。さやかと一対一で話したいと俺達に頭を下げてきたのだ。そこまでされたら無下に却下するわけにもいかなかったので、仕方なく了承することにした。
「俺もどうしてかずっと気になっているんだよ。杏子はさやかのことを一番嫌っていたんだけどな……」
どうして杏子はそんなさやかの所へ行ったんだろうか? 杏子は他人のために願いを叶えたさやかが気にいらないと言っていたが……
「まあ、今の杏子は味方だからな。さやかと敵対することはしないはずだよ。さやかの説得は今はあいつに任せてほしいんだ」
「分かった……さやかちゃんも元気になってくれたらいいんだけど……」
「そうだな。それができたら後は残るは暁美だけだ。あいつの説得はお前に任せるぜ、まどか」
「あ、うん! 皆が分かりあう日が来るように私も頑張るから!」
そう言って電話が切れた。とりあえず今は杏子の結果待ちになるのだが……
「マミさん。今の時間だと魔女も出ませんし、また修行につき合っていただけませんか?」
「そうね……分かったわ。佐倉さんからの連絡はテレパシーを使えばいいものね。美樹さんがいない分ビシビシいくからね?」
「はい!!」
俺達はいつもの修行のために外へ出ていった。
(杏子……さやかのことを頼んだぜ)
正直今のまどかを書くのは難しいんですよね……活躍できるとしたら、ほむらに対してぐらいしか思いつかないですし……なるべく口だけのうざい人間にならないように活躍の場を与えたいです。