巴マミは目の前の光景を信じたくなかった。今の光景は自分や、目の前の少女を一番信じていた彼が望んでいたものとはあまりにもかけ離れていたからだ。
「佐倉さん、どうして美樹さんを……」
「まあ、憂さ晴らしってところだね。それに、こんな魔法少女がいること自体があたしにとっては許せないんだ……」
「それは、昔のあなたと同じだから?」
「……っち、これだから昔の知り合いってやつは面倒なんだ」
確かにマミの言うことは正しかった。自分の目の前にいるさやかは自分と同じ間違いを犯しているのだ。もっとも忌まわしい過去を表わしている存在など、杏子が許容できるはずがなかった。
「もう一つ理由を挙げるなら、準備運動かね? あんたとはもう一度やり合いたいと思ってたんだ。どうやらあの時と何も変わっちゃいないようだからな、お前は。この町を縄張りにするのがあたしか、あんたか決着をつけたくてねぇ……」
そう言って杏子は槍を構える。その目にはかつて仲間だった頃の面影は少しも残っていなかった。そのことにマミは落胆するが、もう一つ彼女には聞きたいことがあった。
「洲道君の言葉はあなたには届かなかったの? あなたは今日彼と会っていたのでしょう?」
「お前まであいつのことを言うのかよ……」
「佐倉さん。私達の中では彼が一番あなたを信じていたのよ。いつかきっと分かってくれるって、あんなに一生懸命になって……」
「~~~あああああっっっ!! どいつもこいつも本当にうぜえな!!」
いきなりの大声にマミはたじろいでしまう。杏子は先ほどの教会のときから溜まっていた鬱憤を吐き出すように言葉を続ける。
「勝負を持ちかけてきたのはあいつだった! あたしは勝負の約束をちゃんと守っていた! なのにあいつがその約束を破ったんだ! さんざん人のことを弄びやがって! あたしのことを馬鹿にしやがって! くだらない期待させやがって! 悪いのは全部あいつなんだ! なのにお前らは最初からあたしのことを悪者扱いしやがって!!」
彼のことを考えるだけで彼女の心は怒り一色で燃え上がった。それほどまでに彼が自分にした仕打ちが許せなかったのだ。杏子自身、こんなに怒るのは生まれて初めてのことだったのかもしれない。
「そうだよ……あいつはもうあたしの所には来ないんだ……」
最後には天を仰いで今にも消え入りそうな声で杏子は言った。怒りと共に空しさが彼女の胸の中に残った。今の彼女を支えているのはもはや自分の魔法少女としての矜持だけである。杏子は槍を突きつけ、宣言する。
「来いよ、マミ……おまえを倒してこの町はあたしがいただくんだ」
「佐倉さん……そうね、あの時はっきり決着をつけずに、そして洲道君にだけに解決してもらおうと甘いことを考えていた私が悪いんだわ」
そう言った瞬間マミの周辺に数多の銃が出現する。それらの照準を杏子に合わせる。
「あなたの性格だと、このままでは止まらないでしょうね。まずはあなたを倒して、それからお話させてもらうわ」
杏子の姿を見てマミも闘わざるを得ないことを理解してしまった。本当ならあのときも闘わずに話し合いだけで解決したかったが、今思うとそれは単に彼女と向き合うことから逃げているだけだったのかもしれない。だからこそマミは決意する。
「私も全力であなたにぶつかっていくわ。……きなさい、佐倉さん!!」
それと同時に一発の銃弾が発射され、杏子の腹部の方に迫る。しかし、それはすぐに杏子の槍によって防がれた。
「前にも言ったよな! そんな殺す気のないなまくら弾、よける必要すらないって……っくぅ!?」
その先の言葉を杏子は続けることができなかった。さらに放たれた銃弾は一発目と比べると速度や威力が段違いであり、それらは全て杏子の急所を狙っていたのだ。慌ててそれらを全て弾いたが、その代償としてさやかを拘束していたもう一本の槍の鎖がゆるんでしまった。
「美樹さん、速くこの場から離れて!!」
「わ、分かりました、マミさん!!」
マミの言葉に従い、さやかはすぐに鎖の拘束から抜け出しマミの所まで走っていった。その瞬間、マミの放つ銃弾の数が先ほどとは段違いに多くなった。それらは全て杏子の急所をとらえており、さらに彼女がよける位置にすら銃弾を撃ち込んでいる。それゆえ杏子はそこに止まって全ての銃弾を弾いて行くしかなかった。よけたところで銃弾がくることに変わりはないし、さらに体勢を崩すことになってしまうからである。
「さっきの攻撃はあいつがそばにいたから手加減してたってことかよ……!」
「言ったでしょう? 私はあなたに全力でぶつかっていくって!!」
マミの攻撃はまだ続く。出現させた銃は全て同時に撃つのではなく、間隔を空けて交互に撃って行き、撃った後にさらに弾を装填していく。それゆえ、彼女の攻撃には銃弾が止まる瞬間がなかったのだ。杏子は二本目の槍を消して、持っている槍を多節棍にして弾を防ぎ続けていた。しかし、だからと言って、被弾覚悟で特攻することもできなかった。今の銃弾は威力が桁違いで、それらは全て杏子の急所を狙っているのだ。数発喰らうだけで動けなくなってしまうだろうことは、今の杏子にはいやでも理解できた。今の杏子の表情には焦りの色がはっきりと浮かんでいた。
「佐倉さん、あなたの実力はその程度なの? さっきの強気はどこへいったのかしら?」
「くそっ……!」
(マミ……やっぱり強えぇな。やばい、このままじゃやられる……なにか、なにか手はないのか……?)
杏子としてもなんとか反撃に移りたいが、マミの攻撃がそれを許してくれないのだ。だからこそ、銃弾の雨が止むまで彼女は防いで待つしかないのだ。
しかし、そこに転機が訪れた。
「待ちなさい、佐倉杏子! 巴マミ!」
同じ魔法少女である暁美ほむらがここにやってきたのだ。
「転校生!? あんた、こんなときに……!」
しかしこの場に現れたのはほむらだけではなかった。彼女の後を追って走って来たもう一人もこの場にやってきたのだ。
「ほむらちゃん、どうしてここに……っ!? さやかちゃん? それにマミさんと杏子ちゃんまで!?」
「まどか!? あんた、転校生と一緒に来たの!?」
「そんなことよりさやかちゃん! どうして二人は闘っているの!? 同じ魔法少女同士で、どうして!?」
「……最初はあたしが闘ったんだけど、勝てなくて……それで今はマミさんが代わりに闘ってくれてるんだよ」
「ど、どうしてそんなことに……?」
「あいつは……あいつは、あたしの願いや、マミさんや裕一の想いを穢したんだ!! 許せるわけないでしょ!? マミさんも、あのときと違って今度は全力でぶつかっていくって……」
「そんな、ことって……」
「そう言えば、その洲道裕一はどこにいるの? あなた達と一緒にいたんじゃないの?」
「そんなの、あんたには関係ないでしょ、転校生!!」
さやかはほむらの問いに一切答えるつもりはなかった。ほむらも杏子と同じような魔法少女だと瞬間的に思ってしまったからかもしれない。
「……で、でも、やっぱりこんなの絶対おかしいよ!! マミさん、杏子ちゃん! お願い、ケンカはやめて!!」
「な、鹿目さん!? 近づいちゃ駄目よ!!」
マミは一瞬まどかの方に気を取られてしまい、その時銃弾の制御が一瞬ゆるんでしまった。
(ここで暁美ほむらかよ……そしてもう一人、あの路地にいたただの人間までいやがる……そうか、この手があった!!)
杏子はまどかを見てマミに勝つ手段を思いついていた。
(反則に近いけどな。マミの魔法を封じちまえばこっちの勝ちだ!)
「マミ、悪いな。この勝負、あたしの勝ちだ!!」
マミの制御がゆるんだ瞬間、杏子は全力で彼女に向かって突進していった。
「まずい、防御が間に合わない!! ……え? 攻撃が、来ない……?」
「マミ、攻撃するわけじゃないんだ。……悪いな」
そう言った杏子の手には先ほどマミから奪ったものがあった。今はマミの髪留めとして変化していたが、それはまぎれもなく……
「なっ!? それは、私のソウルジェム!?」
「あたしの狙いはこっちさ!! こうすれば、あんたはもう魔法は使えず、もう闘うことはできないんだ!!」
「なんてことを……卑怯だわ!!」
「あたしはあんたと違って勝つために手段は選ばないのさ。そしてこいつを捨てちまえば、あんたは魔法少女から唯の少女になっちまうってわけさ!!」
「待ちなさい!!」
「待つわけないだろ!!」
そう言って杏子はマミのソウルジェムを歩道橋の下に投げ捨ててしまった。そしてそれは偶然走って来たトラックの荷台に落ちてしまい、そのまま遠くに運ばれて行ってしまった。
「……まずい!!」
その事態にいち早く対応したのはほむらだった。瞬間、彼女の姿は掻き消えてしまった。
「くっ!?」
その瞬間、マミの変身はとけてしまい、元の姿に戻ってしまった。さらに急に糸が切れたように倒れてしまった。
「マミさん! 大丈夫ですか!?」
「お、おい、マミ……? なんで急に倒れてんだよ?ソウルジェムを投げただけでどうして……?」
杏子はそう言ってマミのそばに寄って状態を確認することにした。そのときにありえないことが起きていることに気付いてしまった。
「……っ!? こいつ、死んでんじゃねーかよ!」
「……えっ!?」
その言葉を聞いたまどかは一瞬頭が真っ白になってしまった。自分の尊敬する先輩が死んでいるという事態をどうしても飲み込むことができなかったのだ。
「ちょ、ちょっとあんた! マミさんに何をしたのよ!?」
「あたしは何もしていない! こんなことになるなんて……!」
「嘘言うんじゃないわよ!! マミさんが死んでいるなんて、あんたが原因に決まってるでしょ!!」
さやかはこの事態の犯人は杏子に間違いないと決めて杏子を糾弾するが、彼女の方もこの事態を予想していなかったため、何も返すことができなかった。
『いや、マミそのものは幸い無事だよ』
彼女達の疑問に答えたのはこの場に新たに登場したものだった。
「キュゥべえ、あんた、いつの間に……」
『それにしても、思いきった手を使ったものだね、杏子』
「どういうことだ、おい? ソウルジェムを投げただけでどうしてこいつが……!?」
『君が投げたのはマミの魂を封じ込めた、いわば本体だよ』
「なんだって!? ソウルジェムが本体……?」
『君達魔法少女にとってもとの身体なんて、外付けのハードウェアでしかないんだ。コントロールできるのはせいぜい百メートル圏内が限度。それ以上ソウルジェムから離れると機能しなくなるんだ』
「じゃあ、あたしのこの身体も……?」
『言ってしまえば、単なる抜け殻。魔法少女と契約を結ぶ僕の役目はね、君達の魂を抜き取ってソウルジェムに変えることなのさ』
「なんだよ、それ……」
沸々と湧き上がる怒りを隠さずに杏子はキュゥべえを掴みあげる。
「ふざけんじゃねえ! それじゃあたし達ゾンビにされたようなもんじゃねえか!!」
『そんなことより、急いだ方がいいんじゃないかな? このままソウルジェムが見つからないと、マミは本当に死んでしまうことになるけど?』
「……っく!! てめーは……!!」
「た、大変だよ!! 早くマミさんのソウルジェムを見つけないと!?」
まどかが慌ててマミのソウルジェムを探すが、それは先ほどのトラックの上にあるため、すでにこの場にはない。
「まどか、落ち着いて!! えっと、今からあたしが行ってなんとか見つけてくるから……!」
さやかも知らされなかった真実にかなり動揺していたが、とにかく今はマミのソウルジェムを見つけないといけないことは確かだった。さやかがトラックを追いかけようとした時だった。
「その必要はないわ」
その言葉に全員が振り向く。その少女は先ほど紛失したはずのマミのソウルジェムを握りしめていた。
「ほむらちゃん……!」
「え、転校生!? あんた、いつの間に!?」
「……」
ほむらはさやかの言葉には答えずにソウルジェムをマミの手に戻した。
「……そうか、お前の能力は時間を操るもの。時間を止めたりしているうちにマミのソウルジェムを回収したってことか……」
杏子は冷静にほむらの行動について分析していた。その言葉を聞いてほむらは一瞬驚いた顔を杏子に向けたが、すぐに諦めたような表情へと変わっていった。
「そう……あなたも私の能力について知っているみたいね、佐倉杏子」
「まあ、な……」
そう言う杏子の顔は優れなかった。ほむらの能力について聞いたのは彼からだったし、彼女の話から発展して口論になってしまったため、杏子としても複雑なところだった。
「うっ……ん……」
そんなやり取りをしている内にマミは息を吹き返した。一度死んだ人間が再び目覚めるというありえないことに全員が言葉を失っていた。
「私……一体どうしたの?」
彼女の言葉に答えることのできる人間は今、この場にはいなかった。
現在五人は公園の方へ移動し、ちょうどマミに事情を話し終えた所だった。キュゥべえはいつの間にか姿を消していた。
「そんな、まさか……それじゃあ私達の身体は抜け殻で、魂はこのソウルジェムでできているってことなの!?」
「その通りよ。私達が闘いやすいようにしてくれたというのがあいつの言い分なのよ」
マミが目覚めた後、事の事情を説明したのはほむらだった。最初はほむらの言葉を信用しなかったが、まどか達の言葉もあったため、今はその真実の重さに愕然としていた。
「信じられない……そんな大事なことをキュゥべえが私に黙っていたなんて……ずっと友達だと思っていたけど、もしかして私キュゥべえに騙されてたの……?」
「騙したという自覚なんか、キュゥべえにはないわ。あいつは私達とは違う価値観の生き物なのだから。騙されたと叫んだ所で、奇跡の正当な対価だとそう言い張るだけ。ソウルジェムのことを言わなかったのだって、聞かれなかったと返されるだけだわ」
「そんなのって、ないよ……全然釣り合ってないよ!! それじゃあ、皆がかわいそうだよ!!」
まどかは大声を上げてそう主張する。願いを叶えてもらう代わりに魔法少女達は命を懸けて魔女と闘う宿命を負わされる。その末に聞かされた内容がこれでは納得できる人間がいるはずがない。
「あたしのこの身体は……もう、死んでしまってるんだね……」
「さ、さやかちゃん!?」
この五人の中で一番落ち込んでいたのはさやかだった。この中では一番魔法少女としての経験が浅いせいか、たった今知った事実に耐えきることができなかった。
「……くそっ、あいつに言ったことが本当になってしまうなんてな……」
「杏子、ちゃん……?」
杏子もまた、自分の身体が抜け殻になっていることにショックを隠すことはできなかった。そんな自分に杏子自身が戸惑っていた。今までの自分ならこれくらいで落ち込むということはなかったはずだ。しかし、原因を考えてみても答えは何も出なかった。
「ごめん、まどか……ちょっと、一人にさせて……」
「鹿目さん、ごめんなさい……私も少し考えたいことがあるから……」
「あたしはいつも通り好きにさせてもらうよ……」
「皆……」
そう言って三人はそれぞれ去って行ってしまった。まどかはその三人になんて声をかければいいか分からなかった。
「……まどか」
「ほむら、ちゃん……」
そんなまどかに声をかけた人物がいた。暁美ほむらだ。
「これで分かったでしょう? あなたが憧れる魔法少女の正体を」
「ほむらちゃんは、平気なの……?」
「……私はすでにこの運命を受け入れているから」
「それって……ほむらちゃんは知っていたってことなの……?」
「その通りよ。だけど私はその代わりにこの力がある。願いを叶えるために得た、この力を……」
そう言ったほむらの姿にまどかは圧倒されてしまった。彼女は全てを知っていて、それらを全て受け入れているのだ。そこまでして叶えたい彼女の願いとは何なのか? まどかは考えてみたが、答えが出るはずがなかった。
「まどか。あなたはこのまま日常に戻りなさい。魔法少女になっていない今ならまだ間に合うわ」
「そんなことできないよ!! さやかちゃん達を見捨てるなんて……!!」
「あなたに彼女達の想いを理解できるとでも言うの?」
「そ、そんなことは……でも、それなら……」
「彼女達のために魔法少女になるというのなら、それはあなたの自己満足に過ぎないわ……」
「っ!?」
ほむらの言葉にまどかは言葉を失う。ほむらの瞳には真剣な怒りが宿っていた。
「そんな同情で魔法少女になったとしても、彼女達には届きはしない。それどころか、私達に対する侮辱にしかならないのよ……!!」
「わた、しは……そんなつもりじゃ……」
そう言いつつ、まどかはすっかり委縮してしまった。確かに同情の感情もあったかもしれないという考えに至ってしまい、魔法少女になることに意味はないと思ってしまった。
「まどか、あなたにできることは何もないのよ。それを認めなさい」
そう言ってほむらはまどかに背を向けてしまった。もう話すことは何もないという意志表示だ。
「彼にも、そう伝えなさい」
「彼……」
その言葉と共にほむらは去って行ってしまった。彼女にも声をかけることはまどかにはできなかった。
「やっぱり、私には何もできないのかな……」
皆と別れた後でまどかは一人でただ歩いていた。行く当てがあるわけではなかったが、何も行動しないというのも彼女は耐えることができなかった。
「おーい、まどか?」
そんな彼女に後ろから声をかける人物がいた。
「っ!? す、洲道君!!」
その声にまどかは弾かれたように振り向き、彼に駆け寄って行った。
「洲道君、大変なの!! さやかちゃんが、マミさんが、杏子ちゃんが……」
「……な、なにかあったのか?」
まどかは彼にすがりつくように話しだす。先ほどの出来事で知ってしまったソウルジェムの真実を。
ほむら達魔法少女に拒絶された鹿目まどかにとって目の前にいる彼、洲道裕一が最後に残った希望だった……
というわけでようやく裕一とまどかが合流しました。