魔法少女まどか☆マギカ~紡がれる戯曲~   作:saw

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ちょっとだれているかもです。


ありえないこと

「さてと……」

 俺は私服に着替える。今日は平日だが、学校には行かない。下手に学生服でいると逆に目立つため、この方が都合がいいのだ。バリバリの不良だが、昨日から決めていたことだから悔いはない。行先はもちろんあの教会だ。

「行くか」

 俺は用意しておいた物をかばんに入れて家を出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 教会に着いたが、杏子はまだいなかった。そういえば、朝と言っただけで時間を指定していなかった気がする。自分のうかつさに呆れてしまった。仕方がないので、その辺りに腰掛けて待つことにした。

(昨日の杏子の話……あいつはおそらく、まだ語っていないことがある)

 杏子はこの教会であまり裕福ではない家庭で育った。そしてある日父親が壊れてしまい、一家心中しようとしたが、彼女だけが生き残った。そして魔法少女の力を好きに使って今まで生きてきた。それが彼女の昨日の説明だ。そこで気になる点がいくつかあった。まず、彼女の父親のことだ。

(最初は生活を苦にして一家心中を図ったと思ったけど……それならなぜ杏子だけが生きているんだ?)

 もちろん、単純に彼女だけが死に損なっただけということも考えられるが、俺はそこに違和感を感じていた。

(あるいは……杏子だけが見逃された?)

 しかし、そうだとしてもやはり疑問は残る。彼女だけを生かす理由が分からない。彼女にだけは生きていて欲しかったというのは違うだろう。まだ十代前半の娘を身寄りのない状態でどうやって生きていけというのだ。しかし、他の理由を考えても根拠はないし、あまり好ましくない理由しか浮かばない。この場はこの考えを打ち切ることにした。

 次に、彼女の魔法少女としての力のことだ。

(そもそもあいつは、どういう願いで魔法少女になったんだ?)

 彼女はそのことは話さず、いつのまにか魔法少女として生きていた、ということになっていた。以前マミさんに聞いたことがあるが、彼女は『幻影』魔法を得意としていたようだ。魔法少女の力は、その魔法少女の願いをもとに決まると言われている。ここまでで考えると……

(家族がいなくなった後、途方に暮れていた所でキュゥべえと会って契約し、食糧を得るために人を欺く幻影魔法を習得したってことか……?)

 これなら、まさしく自分のために魔法を使うという杏子の生き方と合致する。一応筋は通っているが、もちろん正解かどうかは分からない。しかしここまで考えて、また新たな疑問が生まれていた。

 

(あいつは……いつ、魔法少女になったんだ?)

 

 飢えによる極限状態から、杏子は自分のためだけという生き方に固執するようになったというのは、あいつの性格や固執ぶりを思い出す限りではそれすら弱いような気がしてならなかった。魔法少女になったのが一家心中の後ではなく、もしも前であったのならば……

 

(あいつの願いは……本当に、自分だけのためのものだったのか?)

 

 それだけは、自分がいくら考えたところキュゥべえに聞けば分かるかもしれないが、俺はできることなら杏子自身の口から聞きたかった。

 

 

 

 思考が一段落した所で入口の方で足音が聞こえた。その相手は言うまでもない。

「よう、結構早かったな。時間を指定していなかったのは悪かったよ」

「……お前本当に来てんのかよ。学校はどうしたんだ?」

「ん。まあ、自主休校かね?」

「……本当に物好きなやつ」

「そうかな?」

 自分としては好奇心旺盛な方だと思うが、それは駄目なのだろうか? そもそも物好きな性格じゃなかったら、お前ともこうして会えなかったんだぜ、杏子?

「と言いつつも、お前もこんなに早く来るとはな。物好きなやつだね」

「う、うるさい! お前が呼んだから来てやったんだろうが!!」

 杏子はムキになって反論してくる。もうちょっとからかってみたかったが、怒って帰ってしまうかもしれないので、そろそろなだめよう。

「悪い悪い。そんなにカリカリしてるのは、きっと腹が減ったからだろうな。だからさ」

 俺はかばんから今朝作った弁当を出して杏子に渡す。

「とりあえず朝ごはんにしようぜ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺達は階段に腰掛けて弁当を食べていた。

「いやー、誰かに料理を食べさせるのは久しぶりだよ」

「これ全部お前が作ったのかよ?」

「そうだよ」

 以前バイトで忙しい時に俺は食費を抑えるため、食事は全て自炊にしていた。最初は簡単なものしか食べなかったが、ある日バイトの休憩時に食べていた弁当をバイト先の先輩に食べさせたとき、その味を褒められたことから、一時期料理にはまっていた。少し手間暇を加える料理も少しずつ覚えていった。そこでのバイトを辞めてからは料理はあまりしなくなったが。

「お前の食生活は乱れてると思ってな。なるべく野菜を多めにしてみたぜ」

「ふん。余計なお世話だ」

 今の弁当に入れたのは主食のご飯に野菜のソテーに卵焼きに鮭の切り身、それからアスパラのベーコン巻きにポテトサラダにミニトマトを入れてみた。ちなみに弁当箱は昨日のショッピングモールで材料を買った時に一緒に購入しておいた。その弁当箱のサイズはかなり大きめである。こいつの今までの摂取量を考えると、これくらいないと文句を言うと思ったからである。ちなみに俺は簡単におにぎりに先ほどの鮭や梅干しなどを入れて、それを食べていた。

「つうか、裕。お前はそれだけでいいのかよ?」

「ああ、男の食事はこんなものでいいんだよ。食べないわけじゃないんだから、あまり気にすんな」

「…………」

 あまり納得していないようだった。しかし、あまり多くの弁当箱を持つのも変なので、そこは目をつぶってほしかった。

 

 

 

 

「ごちそうさまでした」

「……ごちそうさまでした」

 しばらくして弁当を食べ終えた俺達は今お茶を飲んでいる。

「どうだった? 俺の弁当は」

「……まあ、まずくはなかったよ」

「あらら、厳しいお言葉。旨いとは言ってくれないか」

「母さんの味と比べりゃ、まだまださ。……けどまあ、腹は膨れたよ」

「うーん。家庭の味にはまだ勝てないか」

 杏子は食べ物を粗末にしないという信念で残さず食べただけだったのだろうか? 味付けを変えてみるか?

「けど、こうして飯を作ってもらうのは悪くないかもねぇ。あたしがこの勝負に勝ったら毎日飯を作らせるかな」

「……やっぱり旨かったんじゃないか?」

「ま、まずくはねえって言ってんだろ!」

 味付けはこれをベースに考えていくか、と顔を赤くする杏子を見て俺は思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのさ、杏子。ちょっと聞いてもいいか?」

「あん?」

「お前は以前マミさんとコンビを組んでいたんだよな? それで、その時は使い魔もちゃんと倒していたんだよな」

「……昔の話だ」

「どうしてマミさんと離れてしまったんだ? マミさんはずっと気にしていたぞ」

「ふん、単にマミとはやってられなくなってしまっただけさ。使い魔を倒したところで魔力の無駄じゃん」

 杏子はあっさりと答えてしまう。確かに、使い魔はグリーフシードを落とさないから、魔力はただ消費してことになってしまうが……

「それに、今の状況ならますます戻りたくなくなったね」

「それは、俺との勝負があるからか?」

「確かにそれもあるけど、一番の理由はあのもう一人の魔法少女だ」

「それって……さやかのことか?」

 意外な人物に矛先が向いてきたな。どうしてさやかがそんなに気になるんだ?

「あいつは自分の好きな男の手を治すために魔法少女になった、そうだろう?」

「まあ、そうだけど……」

「あたしはそれが気に食わねえんだよ。魔法少女は徹頭徹尾自分のために行動するべきなんだ。あのさやかってやつは初めから間違えているんだよ」

「……」

 杏子は他人のために願いを叶えてもらったさやかのことを認めたくはないようだ。確かに、俺はそのことについて危惧はしていた。さやかの願いと、その対価はあまり釣り合っていないように感じていたのだ。恭介の手を治したのは恭介のバイオリンを聞きたかったというのももちろんあるだろうが、一番の理由は恭介のことが好きだったからだろう。しかし、恭介の手を治したところで恭介への想いが成就されるわけではない。恭介が別の人と付き合いだしたら、さやかはどうするのだろうか? 自分の願いの対価が釣り合っていないと後悔するのではないだろうか? しかし、俺は今は後悔はしないと言っていたさやかの言葉を信じたかった。それゆえ、俺は聞き返した。

「なら、お前が魔法少女になった時の願いも自分のためだけのものだったのか?」

「……そんな昔のことは忘れちまったよ」

 それは嘘であることはすぐに分かった。おそらくそれこそが杏子の最大の秘密なのだろう。しかし、今は聞き出すための材料がなかった。

「おっと、もうこんな時間か。そろそろ……」

 俺はかばんからまた別の弁当箱を取り出して杏子に差し出す。

「昼飯にするか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前、どんだけ弁当箱持ってんだよ……」

 弁当箱を渡したら杏子に呆れられてしまった。

「それは俺が昔使っていたやつだよ。昨日買ったのはさっき朝のときに渡したやつだけさ」

 今度はサンドイッチを入れてあった。トマトにレタス、ハム、ツナ、卵など種類は様々だ。俺は同じものをタッパーに入れてそれを食べていた。杏子の方はいつものようにはぐはぐ食べていた。

「今度はサンドイッチだけど、どうだい?」

「まずくはねえ」

 さっきからかったせいか少し意固地になっているみたいだった。

「まずくはない、か……それなら食後に作ったプリンを食べさせるのはちょっと気が引けるなー」

 ピクリ、と杏子は反応した。

「まずくはないけど、旨くもない。そんなものを杏子に食べさせるのもなー」

「あ、あたしは食い物を粗末にしねえって言ってんだろ!!」

 そう言ってプリンをひったくられてしまった。さっきよりも嬉しそうにプリンを食べていた。甘いものが好きな杏子のために作っておいたのだが、どうやら正解だったようだ。俺は苦笑してプリンを嬉しそうに食べる杏子の姿を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて見ると、やっぱり変なやつだよな、裕は」

「いきなりなんだよ、失礼なやつだな」

 昼食を食べ終えた後、唐突にそんなことを言ってきた。変な奴呼ばわりされるのはこれで何度目だ?

「そもそもお前は魔法少女じゃない。なのにお前はあの時あたしと闘って、しかもあたしから一本取ってしまった。お前は一体どんな力を持っているんだ?」

「俺の力はコピーだよ。触れた魔法少女の力を自分のものにできるんだ。その気になればマミさんの魔法だけじゃなく、お前の魔法だって使えるんだ」

「コピーだって? なんでそんなことができるんだよ?」

「それは俺にも他の人にも分からないんだ。おかげでキュゥべえにはイレギュラー扱いされる始末さ」

「ふーん……」

「今はさやかと一緒にマミさんに鍛えてもらっているのさ。さやかは主に闘い方、俺は二人の魔法の制御を学んでいるんだ」

「そうかよ」

「これで他にも魔法少女の味方が増えたら、俺の戦術の幅も増えるし、皆の危険も減るんだけどなー」

「はっ、少なくともあたしは味方にはならないから余所を探すんだね」

 杏子はにべもない。まあ、今の段階で説得に応じるとは最初から思ってないが。

「あーあ、それは残念だ。せっかく昨日の俺の進歩を教えようと思ったのに、味方じゃない人に教えるわけにはいかないかなー」

 すでに能力の大半は教えたのだが、杏子の態度に対して少しいじわるしてみたくなったのだ。

「別に聞く必要はねえよ。お前と次に闘う時があったら、あたしが間違いなく勝つだろうしな」

 自身たっぷりに杏子は言う。まあ、あの時の闘いは不意打ちでなんとか勝っただけで、地力の差はまだまだある。その言葉に反論することはできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「裕、お前はまだ学生をしながら魔女退治を続けるのかよ?」

 杏子はまた唐突にそんなことを聞いてきた。

「そのつもりだぜ? マミさんやキュゥべえが言うには、魔女は夕方以降に出て来るみたいだから、放課後から始めても大丈夫だし」

「あたし達はもう普通じゃない。普通の生活なんておくれるはずがないんだよ」

 杏子は強い眼差しで俺を見つめてくる。そこには自分が失った『普通の日常』に対する憧憬も含まれている気がした。

「……どうだろうな?」

 その言葉に対して俺は不敵に笑い、立ち上がって階段を上って行く。

「杏子。この世界では魔法少女の奇跡が起きなくても、ありえないことを起こすことはいくらでもできるんだよ」

「裕……?」

「例えばな……」

 一番上まで登って杏子の方を見下ろす。

 

 

「『洲道裕一』なんて人間はもともとこの世界にはいないんだよ」

 

 

「は……?」

「俺は本当は名前なんてない。とある男に『洲道裕一』という戸籍を与えられただけの人間なんだよ」

 俺は今、誰にも話したことのない事実を話している。これはすでに決めていたことだった。杏子の闇はおそらくかなり深い。俺も自分の過去をさらけ出す覚悟で行かなければ、杏子に踏み込むことはできないだろうと判断した。

「その男の名前は『桐竹宗厳(きりたけそうげん)』。この名前も本名かどうかは分からない。あの男が俺にしてきたことは命令ばかりだったよ」

 そうして俺はぽつぽつと語り出す。俺が見滝原に来る前の、あの男といた、常人から見ると普通ではない、けれども俺達にとっては普通であった『日常』を――――

 




次は裕一の過去の一部です。

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