「だからあれは、杏子を油断させるための作戦だって言ってるだろ?」
「えっと……」
「ほんとなの……?」
俺達は今マミさんの所へ戻っている所だが、まどかとさやかとの距離が若干開いていた。理由は言わずもがなだ。
「当たり前だろ。いくらなんでもところかまわず欲情なんてしないっての」
『裕一、それは本気で言っているのかい? 今君は自分が男であることを否定しているんだよ?』
「だまらっしゃい」
キュゥべえの言葉を真っ向から切り捨てる。今こいつの言葉に少しでも反応してしまったら、俺達の距離が元に戻るのがいつになるか分かったものじゃない。
「とにかく! 俺はさっき言ったことはしないから、いい加減信用してくれないか?」
「う、うん……」
「そ、そだね……」
ようやくこっちに近寄ってきてくれた。失った信用を取り戻すことは大変だということを実感せざるを得なかった。
『やれやれ、全くわけが分からないよ。君はそれでも第二次性徴期の男子なのかい?』
いやもう、ほんと黙って下さい、キュゥべえさん……
「マミさん、お待たせしました」
ようやくマミさんの所へ戻ってきた。マミさんの前には暁美が縛られたままだった。
「ほむらちゃん……」
「転校生、またあんたが……」
まどかは悲しみの表情を、さやかは苛立ちの表情を暁美に向けていた。
「それで洲道君。佐倉さんの相手は大丈夫だったの?」
その質問におや、と思った。俺と杏子の勝負の決着はまどか達からテレパシーで伝わっているはずだ。それをなぜこの場で聞くのだろうか?しかしとりあえず答えることにした。
「杏子にはなんとか勝ちました。かなりぎりぎりでしたけど」
「そう。お疲れ様、洲道君。あなたに佐倉さんを任せてよかったわ」
そう言ってマミさんはほほ笑んでくれた。しかし、そのことに驚愕している者もいた。
「洲道裕一……あなたは、佐倉杏子に勝ったというの……?」
暁美ほむらだった。最近暁美の苛立ちや驚愕の表情ばかり見ている気がする。おそらくマミさんは俺が杏子に勝ったことを暁美に聞かせたかったのだろう。そのことを察するに、暁美はきっと俺が杏子には勝てない、ということを言っていたに違いない。
「答えなさい……あなたは何者なの? なぜあなたは私の能力のことを知っているの?」
さらにマミさんは暁美の能力について自分達が知っていることも話すことで、暁美をけん制したのだろう。そしてこの反応を見る限りでは、俺達の立てたあいつの能力の考察は完全に当たっていたようだ。
しかし、暁美はなぜ自分の能力を暴いたのが俺だと思ったのだろうか? キュゥべえが元々知っていた、ということを考えていないのだろうか?
「教えてもいいけど、条件がある」
「す、洲道君!?」
俺の突然の言葉にマミさんは驚いていたが、視線を送ることで黙ってもらった。
「お前の事情を言え、とまではいかない。ただ、その能力を使って俺達を襲撃するのだけはやめてもらう。それが条件だ」
「…………」
暁美の魔法はその気になれば俺達に瞬時に近づき、始末することができる規格外なものなのだ。そしてもしもマミさんが食い止めていなかったら、暁美はその能力を使ってさやかと杏子の闘いを止めていたかもしれない――――背後から二人を襲うような真似をして。そしてこのままだと、その矛先が俺の方に向くかもしれなかった。だからこそ、できるならそれを封じる手をここで打っておきたかった。
「ほ、ほむらちゃん、お願い! 洲道君の条件を飲んで!」
「鹿目さん……?」
突然のまどかの剣幕にマミさんやさやかは面喰ってしまっていた。
「本当はほむらちゃんもマミさん達と一緒に闘えれば一番なんだけど…それが無理ならせめてマミさん達を襲うのだけはやめてほしいの! お願い……」
まどかの表情は悲痛そのものだ。彼女はずっと魔法少女がいがみ合う姿に心を痛めていたのだろう。俺も杏子がマミさん達と敵対する姿は見たくはないから、その気持ちはよく分かった。
「まど、か……」
暁美の方はまどかの言葉に痛ましげな表情を浮かべていた。どうやらまどかの言葉には暁美は耳を貸すようだ。やはり暁美はまどかを知っているのだろうか?
「分かった……あなたの条件を飲むわ」
「そっか……なら、話すとするか」
この口約束にどれだけ効果があるかは分からないが、とりあえず満足することにした。
「俺の能力は触れた魔法少女の力を得られるというものだ。言わばコピーだな」
「コピー?」
「あの病院の結界を覚えているだろ? あの時俺はお前に接触していた。だから俺はあのときお前の魔法を使ってマミさんを助けることができたんだよ。その点ではお前に感謝している。それで結界から帰った後で俺達はその時使ったお前の能力を分析したんだよ。それで分かったわけさ。ちなみに俺自身はなんでこんな能力があるかは知らない。キュゥべえも知らないってさ」
「そんな、ことが……」
「お前の言っていた俺の愚かな行為がマミさんを殺すってやつは、結局なんだったんだろうな、暁美?」
「っ……」
最後に皮肉を言わせてもらった。人を散々不安にさせてくれたのだ。これくらいはいいだろう。
『僕からもいいかな?』
「キュゥべえ……」
今度はキュゥべえが質問してきた。その瞬間暁美の視線が敵意が満ちたものに変わった。どうやら暁美はキュゥべえを完全に敵と見ているようだ。
『君は魔法少女でありながら、僕には君と契約した記憶がないんだ。暁美ほむら、君は一体何者なんだい?』
その言葉に俺達は驚いた。暁美はキュゥべえと契約をしないで魔法少女になったというのか?
「洲道裕一。今の質問もあなたの条件に含まれているのかしら?」
「ん、それは……」
できるならその辺りの情報は欲しい。しかし無理に聞いたとしても本当のことを言うとは限らないし、こちらに無駄な敵愾心を抱かせるのはあまりよくない。ここは引くべきだろう。
「……事情を話せとまでは言わないと言ったのは俺だ。キュゥべえ、悪いけどこの場は諦めてくれ」
『やれやれ、仕方ないね。それにしても、裕一といい、暁美ほむらといい、この町には本当にイレギュラーが多いね』
「イレギュラー、ね……まあいいや。マミさん、そろそろ暁美の拘束を解いてやって下さい」
「……ええ、分かったわ」
そう言ってマミさんは暁美の拘束を解いてくれた。
「暁美ほむらさん。洲道君は約束を守ったわ。あなたがそれを反故にするようなことがあったら……そのときは容赦しないわ」
その言葉にはマミさんの明確な殺気が込められていた。あの修行のときとは比べ物にならないほどの殺気に俺は少したじろいでしまった。
「……ええ、約束は守るわ」
その言葉と共に暁美は路地裏の方へ消えて行った。
「ゆ、裕一。どうしてあんなことを言ったの? あいつが約束を守る保障はどこにもないじゃん!」
暁美が消えた後でさやかは俺に尋ねてきた。確かにあの口約束が守られる保証はないが、俺の狙いは別の方にもあった。
「あのままほっといたら暁美はいつか本当に背後から襲ってくるかもしれないと思ったんだ。どうやらあいつの中での俺への不信感は相当なものみたいだしな。この辺りで歯止めをかけておきたかったんだよ」
「け、けどさ……」
さやかはまだ納得していないようだ。確かにその気持ちは分かるが、今はこれで満足するしかないような気がしていたのだ。
「……大丈夫だよ。ほむらちゃんはきっと約束を守ってくれるよ」
「まどか……」
まどかは暁美の言葉を信じるようだ。まどかや俺達のためにも暁美には約束を守ってくれることを願うしかなかった。
「そうだ、マミさん。さっき取り逃がした使い魔がいるそうなんです。まだ探せば近くにいるはずです」
「そうだったわね。まずはその使い魔を倒してから、私の家まで戻りましょう」
そう言って俺達は再び使い魔探しを行うのだった。
その後俺達は使い魔を見つけ出し、倒すことに成功した。グリーフシードは落とさなかったが、俺達は連携して倒せたため、力を最小限に抑えることができたのだった。そして今はマミさんの家に戻っている。
「それにしても、この町に来ている新しい魔法少女が佐倉さんだったなんて……」
「マミさんも杏子を知っているんですね?」
「以前私にはコンビを組んでいた魔法少女がいたことは言ったでしょう? それが佐倉杏子さんなのよ」
「やっぱりそうだったんですか……」
「佐倉さんは……私のことで何か言っていなかった?」
「……次に会ったときでもまだ甘いことを言うようだったら、容赦しない。あいつはそう言っていました」
「そう、なの……」
杏子の伝言でマミさんはうなだれてしまった。甘いことというのはおそらく他の人のために使い魔も倒すということだろう。だけどそれをマミさんに強要させるなんてできるわけがない。それは今まで彼女がやってきたことを全て否定することになるのだから。
すると、さやかは不満を爆発させるようにマミさんを問い詰めてきた。
「マミさん! あいつは一体なんなんですか!?」
「美樹さん……」
「あいつは使い魔に人を襲わせて魔女に成長させろなんて言ってきたんですよ!? マミさんはそんなやつとコンビを組んでいたんですか!?」
「彼女は昔はそんな人じゃなかったのよ。私とコンビを組んでいた頃は人のために使い魔だってちゃんと倒して来たわ。けれど、ある日を境に彼女は変わってしまった……」
「っ……」
「詳しくは私も知らないの。けれど、今までの彼女を根本から覆す何かがきっとあったのよ……」
マミさんの言葉にさやかは押し黙ってしまった。やはり杏子は過去に何か辛いことを経験したのだろう。そのため、他の魔法少女が考えるような利己的な性格になってしまった、とマミさんは考えているようだ。しかし…
「……俺はそうは思いません」
「洲道君……」
「少なくとも俺が今まで会ってきた佐倉杏子はそんなやつじゃないです。あいつはただ偽悪的に振る舞っているだけです」
「あなたは……佐倉さんと会ったことがあるの?」
「まどかとさやかには少し話したんですけど、先週から俺は風見野のゲームセンターのダンスゲームで勝負をしていたやつがいたんです。それが杏子だったんですよ」
「「ええっ!?」」
俺の言葉に二人は驚いているようだ。俺だってそうだ。魔法少女というつながりで色んな関係が絡み合っているとは誰が思うだろうか。
「短い間でしたけど、俺はあいつと色んな経験をしました。そして今日会って話してみて分かったんです。あいつは確かに自分のためにしか動かないって言ってましたけど、それは言いたいことをただ我慢しているだけで、本当に望んでいることはそんなことじゃないってことを俺は感じたんです」
俺の言葉に三人は黙ってしまった。今俺が言ったことは全て俺の主観で、確かなことはなにもない。それでも俺は杏子のことを信じたかった。
「だから頼むよ、皆。もう少しだけあいつのことを信じて欲しいんだ」
そう言って俺は皆に頭を下げた。俺にできることはこれぐらいしかなかった。
「洲道君……ありがとう、私も佐倉さんのことを信じているわ。きっと分かってくれる時がくることもね」
「分かった……もう少しだけあいつのことを信じてみるよ…」
「うん、きっと皆仲良くできる時がくるよ。きっと、ほむらちゃんだって……」
「ありがとう、皆……」
皆はあいつのことを信じてくれた。しかし、具体的に杏子にどうやって本音を引き出せばいいかは分からずじまいだった。
(杏子……昔お前に何があったっていうんだ……?)
それはいくら考えても答えが出ることはなかった。だけど俺があがく以上、いつかあいつの過去と対峙するときが来る。
俺はそんな予感がしていた。
話が一段落した後はまたいつものように修行を行った。今日は疲れていたが、それとこれとは別だった。修行を終えた後は自宅に帰り、携帯を充電機に接続し、電源を入れてみた。着信履歴を見てみると、あの男からの着信が来ていた。俺は慌てて男に連絡した。
(まさかこんなに早くあいつから連絡が来ていたなんて!?)
数コールした後であの男は出た。部屋に緊張が走る。
「なにかアクシデントがあったようだな」
「いや、ごめんごめん。携帯をなくしていてさ、今日ようやく戻ってきたんだよ」
とりあえずいつもの調子で返すことにした。怒って学校を辞めさせられることがなければいいが……
「他に何か報告することはあるか?」
お咎めはなしみたいだ。とりあえずそのことに感謝することにした。
「えっと、バイトを辞めたんだ。他にするべきことがあってな」
「するべきこと?」
「魔女退治」
「…………」
一瞬沈黙が訪れた。俺はかまわず言葉を続けた。
「今まで俺は変な歯車をつけたヤツの夢を見たって言ったろ? どうやらあれに関係することみたいなんだ」
「…………」
「まあ、それに一段落ついたら、またバイトを始めるよ。心配すんなって」
「…………」
さっきから無言のままだ。俺の突拍子のない言葉に呆れているのだろうか?しかし、事実なのだから仕方がない。
「……そうか」
ずいぶん長く黙った後、それだけ言って電話が切れてしまった。
「……いつも通り過ごせってことかね?まあ、言われるまでもないけど」
他に着信履歴を見たが、急を要するような相手からの連絡はなかった。とりあえず携帯が戻ったことを中沢達にメールを送っておいた。
(さて……そろそろ寝るか)
今日も疲れていたみたいで、ベッドに入ると急速に意識が薄れて行った。
(まだ貯金はあるけど……金について考えないとまずいよなぁ…その辺りをマミさんに相談してみるか……)
その思考と共に俺の意識は闇の中へ落ちて行った。
久々にあの男登場です。今は名前で呼ばれてませんが、いずれ明かしていきたいと思ってます。