俺はさやかの剣を持って杏子へ突っ込んでいく。狙いはあの大きな赤い槍だ。あれを杏子の手から弾き飛ばせば俺の勝ちだ。対して杏子は槍を地面に突き立てた状態で動かない。まるで俺が来るのを待ち受けているかのようだった。
(俺の狙いが分かってやってるのか? だったら、お望み通りやってやる!!)
俺は二本の剣を腕ごと交差させて、ある一定の距離まで踏み込んだとき、両腕を振り上げ、剣を槍にぶち当てた。
「っ……へぇ!!」
それを受けた杏子は即座に後ろへ下がった。そこをめがけて俺は持っていた剣を投擲した。しかし、杏子は持っていた槍を回転させてそれらを弾き飛ばしてしまった。次に反撃に出たのは杏子だ。彼女は持っている槍を持ってこっちに突進してくる。
(速い!?)
その速さに一瞬驚いたが、相手は槍を使うのだ。槍の刃先をよけて棒の部分に剣をたたきつけてやればいい。俺は新たな剣を出して体をひねってその槍をかわし、剣を棒に向けて振り下ろす。剣が棒に当たったとき、手ごたえを感じた。これで槍をへし折ったと思っていたが、それは甘かった。
「なに!?」
その棒には鎖が仕込まれており、それによって剣が阻まれていた。次の瞬間、槍のいたるところが外れて今は一本の鎖でつながった鞭のようになった。そのことに動揺した俺は次にせまる杏子の蹴りをかわすことができなかった。蹴りは俺のわき腹に突き刺さり、距離を離されてしまう。その瞬間杏子の槍が襲いかかってくる。とっさに剣を前に出して防ごうとしたが、剣と一緒に吹き飛ばされてしまう。
「洲道君!」
「ゆ、裕一!」
まどかとさやかの悲鳴が聞こえてくる。けど、それに気を取られている場合ではない。俺は即座に新たな剣を出す。
(ただの槍かと思ったら、実は多節棍になる槍だったのかよ!)
今の杏子の槍は一本の鞭のように空中を踊っている。その姿は獲物をからめ捕る蛇を思わせた。
(やっぱり魔法少女としてのキャリアは長いためか実力が違うな……こいつはマミさんとは違う近接タイプのようだし、近づいたとして俺に有利になるわけでもない。勝つには不意打ちしかないのか……)
しかし、不意打ちしようにも今の杏子には隙がない。ないなら、俺自身が動いて隙を作るしかない。とりあえずあの槍の動きを制限することにした。俺は持っている剣をまず地面に突き刺し、さらに新たに剣を出し、壁にも次々と突き刺していく。その間に杏子の追撃は続いたが、やがて鎖の一部が突き刺さった剣に当り、一瞬コントロールを失った。しかし槍をかわすことに必死で俺と杏子には距離があったため、そこからの追撃はできなかった。
もともとこの狭い路地では長い槍は扱いづらい。ましてや多節棍として槍を振るには広い空間が必要になるのだ。だからこそ地形は俺に有利であったが、それでも自分を圧倒する杏子の実力にただ舌を巻くしかなかった。
「はっ、いいねえ! やっぱりそれくらいは分かってるようだな、裕! 確かにこんな狭い所でこんなに剣が刺さってさらに空間を狭くされたら槍が使いづらいったらない。あのひよっ子はその程度のことも分からなかったみたいだね!」
心底愉快そうに杏子は笑っている。その笑みはダンスゲームの勝負のときに見せるそれとあまり変わらない。
「けどさ……その程度でどうにかなるほどあたしは甘くないんだよ!!」
その瞬間杏子の槍の刃先が剣の間を縫うように、まるで意思を持つかのように動き出した。その動きはまさに蛇そのものだ。しかし、剣の間を通る以上、軌道が若干長くなる。俺はそのすきに体のリミッターを外して強引に槍を弾き飛ばし、杏子に迫ろうとする。が、直後背後に殺気を感じ、体を右にずらした。その瞬間俺のいた位置を槍の刃先が通り過ぎて行った。かわさなければおそらくやられていただろう。その間にまた杏子に距離を取られてしまった。
「やっぱお前との闘いは楽しいわ、裕。あたしの動きにどこまでもついてくるなんてな」
「それは……今までの勝負で、分かってたことだろ……」
「違いない」
俺の言葉に杏子は肩を揺らす。こっちは息がかなり切れていたが、あっちはまだまだ余裕がありそうだ。これが実力の差というのなら、泣きたくもなってくる。
「しっかし、その動き……魔法少女との闘い方そのものを理解しているみたいだな。お前の言っていた教育でそこまでになるものなのか?」
「最近は……とあるベテラン魔法少女に弟子入りしたんだよ…俺と、あいつはな……」
「なるほどね、巴マミか」
「知って、るのか……?」
「まあ、昔ちょっとね……それで? お前はマミからどんなことを学んだんだい?」
「そりゃあ、色々さ……中には、人には言えないような恥ずかしいこともやったさ……あんなことしたのは初めてだったし……」
「なっ!?」
その瞬間、杏子の顔が真っ赤になった。俺は少しだけマミさんとの修行のことを思い出していた。
「ティロ・ボレー!!」
その言葉と共に銃弾が発生される。その狙いはとても速く、正確だ。しかし、俺はずっと気になっていたことがあった。
「あの、マミさん。なんで技を使う度に叫ぶんですか?」
いちいち声を出していたら、魔女に居場所を知らせるようなものである。あの男に鍛えられた俺はその行動に意味があるとはあまり思えなかった。
「技名を言うことでその技のイメージを容易にすることが狙いよ。イメージ通りの動きをすることが戦闘では重要になってくるわ」
その考えにはなるほど、と思った。確かにイメージの通りに動くことは重要だ。簡単そうに思えて実は難しいことなのだ。しかし……
(なんというか……技名を言うのを楽しんでいるような……?)
マミさんの技名を言っているときの顔はなんだか生き生きとしている。逆に俺はなんだか恥ずかしいので、そういうことはやめておこうと思っていたが、マミさんがとんでもないことを言ってきた。
「そうね……洲道君も技名を言って技を使ってみましょう」
「え゛っ!?」
「あなたもあの魔女との闘いのとき、自分のイメージと若干ずれていたって言っていたじゃない。それは致命的よ?」
いや、それは単純に使い慣れてないだけだと思うんですけど……しかし、前回のリボンの大失敗もあったため、強くは言えなかった。
「じゃあ、まずは私に続いて声に出してみて! ティロ・ボレー!!」
「てぃ、てぃろ、ぼれー……」
「もっと声を出して!! ティロ・ボレー!!」
「ティ、ティロ・ボレー!!」
いつのまにか技の名前の合唱になってしまっていた。さやかはついていけずに見ているだけだった。さやかさん、見てないで助けて下さい。
「ティロ・フィナーレ!!」
「ティロ・フィナーレェェェェ!!!」
もうやけくそだ。しばらく俺はマミさんと共に技名を叫び続けていた。
その後俺は技名を叫んでもイメージを確立できないことをマミさんに告げ、地道に練習していくことに決めた。その時のマミさんの顔は残念そうだった。……あなたは俺にそんなに技名を言わせたかったんですか。
(あれは恥ずかしかったぜ……)
そんなことを思って、改めて杏子の顔を見ると、なぜか杏子は顔を真っ赤にしたまま慌てていた。
「ゆ、ゆ、裕! お前、マミと一体何をしたっていうんだ!?」
その姿は先ほどの姿とあまりにもかけ離れていた。いきなりの杏子の変貌に俺は一瞬戸惑ったが、とにかく冷静になって状況を分析してみることにした。
(杏子はどうしたっていうんだ? ……ははあ、なるほど、そういうことか)
その時俺は杏子の隙を作る策を思いついた。かなり危険で、俺自身の名誉を著しく損なうが、勝つためにはやるしかない。
「何って、そんなの決まってるだろ? お子ちゃまにはとても聞かせられないような大人のする夜の営みさ」
「よ、夜の営みぃ!?」
「俺は実はグリーフシードが必要ない身なんでね。その代わりの報酬がそれなのさ。なにせ俺は第二次性徴期の男子だからな」
得意げにそう話す。実際そういったことは一切していないが、とりあえず事実っぽく話す。
「マミさんは知っての通り俺達より年上だからな。そのあふれる母性と、それを表した体で俺を癒してくれるのさ」
「さっきお前が倒したさやかなんかも体のラインのバランスはいいんだよな。けっこう俺とは相性がいいんだ、これが」
「あと、ここにはいないけど、黒髪ロングの子もいるんだ。発育は全然だけど、そこがまたマニア心をくすぐるというのかな?」
「言ってみれば俺は今、魔法少女達のハーレムの中にいるわけだ。いやー、こういう生活もいいもんだね」
俺の『口撃』は止まらない。次から次へと嘘がすらすら出てくる口に今は感謝だ。まどかとさやかはすでに状況が飲み込めていないのか唖然としている。キュゥべえは変わらずそのままだ。そして肝心の杏子はうつむいて体をプルプル震わせていた。
やはり、以前もそうだったが、杏子は性知識なんかで真っ赤になってしまうような純情ガールのようだ。俺の言葉で真っ赤になっている隙にあいつの槍を弾き飛ばす。それが俺の狙いだった。よし、もうひと押しだ。
「なんなら、お前も俺のハーレムに……」
瞬間、赤い弾丸が俺の横を通り過ぎて行った。おそるおそる後ろを振り向くと槍を根本まで壁に突き刺している杏子の姿があった。
「ちっ、外したか……」
そう言って杏子は槍を壁から引き抜く。いや、杏子さん?その槍が俺に当ってたら体えぐられてますよ?
「あ、あの、杏子さん……?」
「やっぱりお前にはおしおきが必要みたいだなぁ、裕……?」
そのときの杏子の顔に俺は戦慄した。夕陽のせいで杏子の表情は分からなかったが、目だけは赤く光って俺をとらえていた。ただ、目の前の変態を殲滅することしか頭にないようだ。
「何がいい……?お前の腹をあたしが気のすむまで殴ってやろうか……?」
「腹パンチは勘弁してほしいんですけど!?」
あれを何度も腹に喰らうのは絶対にごめんだ。
「なら、二度とそんなことができないように、あたしがもいでやろうか……?」
「何をもぐんだ、何を!?」
恐ろしいことをさらっと言いましたよ、この人は。そんなことをされたら、俺が俺でなくなってしまうよ。
「この……すけべ野郎がぁぁぁぁ!!!」
「うわぁぁぁ!!?」
俺は剣で防ごうとしたが、すぐに上空に弾き飛ばされてしまった。また新たな剣を出すが、それも上空に飛ばされてしまった。鬼気迫る姿で杏子は俺に迫ってきた。
「逃げんな!! 大人しくあたしの槍を喰らえ!!」
「無茶言うな!?」
……まずい、やりすぎたみたいだ。恨むぞ、俺の口。
「ねえ、まどか」
「な、なに? さやかちゃん」
「あたしね、さっきまであいつと命をかけた闘いをしてたんだ」
「う、うん」
「その後でね、こんなコントみたいな光景を見せられるのはすっごく納得いかない……」
「えっと……ほ、ほら、それは洲道君だし……」
「そうだね、裕一だもんね……」
まどかとさやかは目の前の光景にすっかり脱力してしまっていた。
『でも、驚くには値しないね』
「「え?」」
そんな裕一の言葉に同意を示したのはキュゥべえだった。
『裕一の言うとおり、彼は第二次性徴期の男子だ。異性に興味を持つことは当たり前のことだよ。そもそも、そういった欲求によって君達は生まれてきているのに、杏子があんなに怒るなんて、全くわけがわからないよ』
「いや、わけがわからないって、あんたね……」
「あ、あはは……」
キュゥべえのなんとも空気の読めないコメントに二人はただ呆れるしかなかった。
「し、しまった!?」
数十本目の剣が弾き飛ばされたとき、鎖が俺の足に絡まり仰向けに倒されてしまった。そこに杏子が馬乗りになって俺はとうとう逃げられなくなってしまった。
「さあ、覚悟しやがれ、裕……その顔を今からボコボコにしてやるからな……」
そう言って拳を振りかぶろうとする。…そろそろよさそうだ。
「どうでもいいけどさ、杏子。俺しか見ないのは失敗だったな……頭上がお留守だぜ?」
「あ? 何を言って……っ!?」
その先を杏子は言うことができなかった。なぜなら俺達の頭上に今まで弾き飛ばされた大量の剣が降り注いできたことに気付いたからだ。杏子は即座に俺から離れ、持っていた槍を多節棍にして剣を防いだ。俺は即座に剣を出して、ゆるんだ鎖から抜け出し、体のリミッターを外して頭上の剣を防ぎながら杏子に襲いかかる。杏子は不意打ちによって体勢が整っていない状態だ。
「これで……終わりだぁぁぁ!!!」
「うぁっ!?」
両手の剣を振り上げて杏子の両手から槍を弾き飛ばすことに成功した。俺は即座に剣を捨てて杏子に飛びかかり、地面に押し倒して動きを封じた。
「裕……まさか、今までのは……」
「まあ、そういうこと。今までのは全部嘘さ。いくら俺でもそこまで節操なしじゃないさ」
多分だけど。
「俺の言葉で冷静さを失ったお前は俺しか見なくなる。後はわざとつかまってお前が接近したところで剣の雨による不意打ちを喰らわせる。そこで体勢を崩したお前から一本取ることが俺の元々の策だったのさ。あのとき俺は仰向けに倒れていたから、どこに剣が落ちてくるかは分かっていたしな」
「じゃあ、あたしは最初からお前の手のひらのうちだったってことか……」
「まさかお前がそこまで怒るとは思わなかったけどな。おかげで何度死にかけたことか」
「うっせえよ……お前の口から聞くのは、なんか嫌だったんだよ……」
「本当に性知識には弱いんだな、お前は」
「……けど、それで油断したあたしも迂闊だったな……あーあ、悔しいけど、認めるしかないか」
まあ、その結果がこれなんだから、今はそのことに感謝しよう。……とりあえず、宣言しとくか。
「俺の勝ちだ、杏子」
「ああ、あたしの負けだ、裕」
互いの勝敗を認め合い、俺は杏子を解放した。勝敗が決まった以上、杏子が暴れることはもうない。
「勝負の前の約束だからね。この場は引くよ。お前へのおしおきはチャラにしてやるし、さっきの使い魔も好きにしたらいいさ。……けどな、裕」
「なんだよ?」
「あたしは自分の主張を変えるつもりはない。他人のために闘うっていうマミも、そいつも、そしてお前のことも、あたしは認めない」
「……そうか」
「次に会ったときは容赦はしないよ。覚えておくといいさ。……それから、これは返しておくよ」
そう言って杏子はポケットから何かを取り出して俺に放ってきた。それを受け取った俺は驚いた。なぜならそれは俺がずっとなくしていたものだったからだ。
「俺の携帯……お前が持ってたのか」
「最後に別れた時にお前が落としていったんだよ。次の日に渡そうと思ってたんだけど、お前は来なかったからな」
「それは悪かったと思ってるさ。お前に会わなかった二日間の後に風見野に行ったけど、お前はいなかったもんな」
「ああ、その時にはここに来ていたからね。風見野は魔女がしけていてね。新しい狩り場を求めてここに来たってわけさ」
「なんともタイミングが悪いな」
「全くだ」
俺達は互いに苦笑し合う。
「でも、もうそのことであたしは怒っていないから安心しな。それから、マミに伝えて欲しいことがある」
「マミさんに?」
「次に会ったときでもまだ甘いことを言うようだったら、容赦しないって伝えてくれ」
「……マミさんや俺達と和解することはできないのかよ?」
「言ったはずだ。あたしはお前達のことは認めないってな。あたし達は、とっくにその段階を超えてしまっているんだよ」
「…………」
「じゃあ、あたしはそろそろこの場を去らせてもらうよ。……またな、裕」
そう言って杏子は壁を交互に蹴って登っていき、あっという間に見えなくなってしまった。
「杏子……」
俺は杏子が去って行った先をずっと見ていた。あいつが去った後、俺の心は寂しさに包まれた。あいつはどこまで行っても俺達のことを認めず、あくまで敵でしかないと言った。俺はそんなのは嫌だった。なぜならあいつはそんなことはきっと望んでいないと、あのとき思うことができたからだ。あいつは以前マミさんと共にいたようだが、ひょっとしたらマミさんがコンビを組んでいたという魔法少女があいつだったんだろうか?だけど最後には別れてしまい、絆は壊れてしまった。それはとても悲しいことだと思う。
杏子のことはこの後でマミさんと話し合わないといけない。そう決めた俺は、なぜここに来たかを思い出した。
「っと、そうだ。まどか、さやか、大丈夫だったか?」
「あ、す、洲道、君……」
「ゆ、裕一……」
杏子との闘いを終えた俺はまどかとさやかに安否を確かめる。だが、なんだか顔が引きつっているような気がする。どうしたというんだろう?
「あのね、洲道君!」
突如まどかは意を決したように話し出した。急な言葉に俺は思わず身構えてしまった。
「す、洲道君は男の子だからね、女の子に興味があるのは当然だと思うの! でもね、女の子はデリケートだから、あまりおおっぴらにエッチなことをするのはいけないことだと私は思うの!!」
「…………」
なに言っちゃってるの、こいつ。
「裕一……助けてくれたから、マミさんには言わないであげるからさ、もう少し自重しなって……あっ! も、もしかしてあのリボンの時って、そういう気持ちの表れってこと!?」
「さやかちゃん、リボンって何!?」
「…………」
なんでこんなことになってるのだろうか。今のふたりじゃ当てにならないと思った俺はキュゥべえに聞いてみた。
「キュゥべえ。なんだこの状況?」
『僕にも分からないんだ。君が異性に性欲を抱くのは至極当たり前のことなのに、まどか達はそれが受け入れられないみたいなんだ。全く、わけが分からないよ』
「…………」
まあ、原因は俺が杏子にした挑発のことだろうな。あれは嘘だって言ったのに、こいつらときたら……
(せっかく助けたっていうのに、この扱いだなんて……)
――――全く、わけが分からないよ。
なんとも締まらない決着ですみません!!いつのまにかこうなってたorz