いつもの道を歩いていく。俺の周りには同じように登校している学生達でいっぱいだった。これが本来の学生が過ごす日常の光景の一つだ。
以前の俺はそんな当たり前のことも知らなかった。小学校には行っていなかったため、この学校に来る前はあの男以外にまともな話し相手もいなかった。それゆえ最初はこの光景ですら異質に感じられ、恐怖しかけたこともあるのだ。
(ほんとによく対人恐怖症にならなかったよなぁ……)
自分でもこの環境に対する適応力には驚いていた。人間は慣れる生き物であると何かに書かれていたが、何故だか俺は以前にもこんな光景を知っていたような気がするのだ。俺が今まで見てきた世界の中にはそんなものはなく、ありえないはずなのに、俺はそのおかげでなんとか今まで過ごすことができていた。
その時、見知った後ろ姿を見付けたので声をかけることにした。
「おーっす、中沢!」
俺が元気よく声をかけると、中沢は振り向いて、
「よう、洲道。おはよう」
と、いつもの笑みを浮かべた。こいつは中沢である。俺がよく話す友達の一人だ。他にもよく話す友達はいるが、やはり同じ男ということでこいつと話すことが多い。大抵朝は中沢と会うことから俺の学校での日常が始まるのだ。
おっと、あと三人いないな。
「まどか達は?」
「今日はまだ見てないな。まあ、少し待とうぜ」
「そうだな」
そう言って俺たちは通学路の脇で友達を待つことにする。後はいつもの女子三人組を待つだけである。しかし本来はそれだけではないのだ。
もう一人、欠かすことのできない人間がいるのだ。
「早く恭介が退院すれば、いつもの六人組になるのになー」
そう俺がぼやく。
「それも待つしかないだろ。俺たちがあいつを治すなんてことはできないし、できることといえば、見舞いに行ってあいつを退屈させないことくらいだろ」
「そりゃ、そうだけどさ……」
しかし、実際にできることはそれくらいだろう。できることならなんとかしてやりたいが、俺達は医者でもなんでもない。
だから俺達には奇跡も何も起こせない。それが当たり前のことであるが、今はそれがなんとも歯がゆかった。
上条恭介は最初に俺と友達になったやつである。一年の頃、バイトで忙しかったため、少し浮いていたが、恭介が俺を自分の班に入れてくれたため、そこから交友関係が広がった。同じ班であった中沢と、鹿目まどか、美樹さやか、志筑仁美から始まり、そこから新たな友達もできた。
二年になってからも同じクラスだったため、六人の関係は続いた。しかし、今は五人しかいない。恭介が交通事故にあったのだ。そのせいで指や足をけがして今は入院しているのだ。恭介は将来有望されていたバイオリニストでもあった。その指を怪我してしまうとは、どれほどの苦痛かは俺には想像もつかない。
「また今度いっぱいネタを持って行ってやらないとな」
「それが一番だな」
奇跡を起こせない俺達にできることは、退院するまでにあいつを退屈させずに寂しい思いをさせず、ずっと帰りを待っていることである。それこそがあいつにしてやれる俺達にしかできないことだと思っていた。
俺たちはいつでも待ってるからな、恭介。
「けど、美樹と二人きりになる時間も作ってやらないとな」
「わーかってるって」
美樹さやかは恭介の幼なじみのノリのいい女の子だ。本人は隠しているつもりなのだが、皆にはバレバレである。もちろん俺もまどか達に聞いて分かっている。
聞かなきゃ気付かなかった、なんてことは断じてない。うん、当然だ。
しかし、中沢は俺達の中では一番そういう気遣いが上手い。人の機微に関しては一番敏感なのだ。こいつもまた、得難い友達の一人だ。
「ところで、洲道」
「ん?」
しかし、やはり人間に弱点の一つや二つはあるのだろう。
「俺たちは友達だよな?」
「何言ってんだよ。当たり前だろ。こんな往来で恥ずかしいこと言わすなよ。」
「なら、なんでお前は上条や鹿目達を名前で呼んで、俺は名字なんだよ!?」
そう言って中沢は壊れた。もう乗り越えたと思っていたのに、お前はまだそのことを引きずっていたのかよ、中沢。やれやれである。
そう、こいつは中沢と名字では呼ばれるが、名前で呼ばれたことは一度もない。恭介達にもである。何故そうなったのかは俺にも分からない。俺もそれに乗っかっただけだからだ。
名前自体覚えてないような気もするのは言わない方がいいだろう。
「いや、まあ…大宇宙の意志なんじゃね?」
「なんで俺の名前を言わないのにそんな壮大な意志が働いてんだよ!?」
「すごいな、中沢。宇宙を相手にできる人が友達だなんて、俺も鼻が高いぜ」
「うるせぇよ!」
そう言って中沢は肩で息をしていた。そんなことは俺に聞かれても困るのだよ、中沢。なぜお前に名前がないのか、それはきっと誰にも分からないと思うから。
彼は中沢である。名前はまだ、ない。
「名前はあるわぁぁぁぁ!!!」
「うぉあ!?」
ついに中沢がキレて俺に襲いかかってきた。俺は脱兎のごとく逃げ出し、通学路を逆走しだした。
「待てぇぇぇ!!!」
「ぎゃあああ!!お助けぇぇ!!」
道行く人たちは俺たちを見て、あーあ、またか、という視線を送ってきた。……こらそこ、これは見世物じゃないですよ。
中沢君の名前は自分で設定した方がよかったでしょうか?書いてて、すごく不憫に感じました(笑)ここでは裕一は上条、中沢と共にまどか達と接点があることにします。そっちの方がからませやすいんで。