病院から去った俺達は巴先輩の家へ移動した。昨日も来ていた所だったが、何故だかすごく久しぶりに感じられた。あの命をかけた闘いを経たからなのだろうか。実際に下手したら俺達全員生きて帰ることはできなかったかもしれないのだから、大げさなどではないだろう。
「洲道君」
「なんでしょう?」
巴先輩が俺に話しかけてくる。その瞳はあの結界でまどかに見せた弱々しさがうかがえた。
「改めてお礼を言わせて。あなたがいなければ、私は間違いなく死んでいたわ……」
その言葉にまどか達がショックを受けていた。やはり、彼女達は今までの闘いが命がけのものであることを、きちんと理解していなかったようだ。それがどれだけ危険なことなのかをあらかじめ理解できないのは普通の女の子では仕方のないことなのかは俺には判断がし辛かった。
「あなたの言う通り、私は二人をずっと危険な目に合わせ続けていた。同じ魔法少女の仲間ができることを期待して、舞い上がってしまっていたのよ……」
彼女は己の罪を懺悔するかのように言葉を紡ぐ。マミさんはあの時自分は一人で闘う寂しさを抱えて生きていたと言っていた。欲していた仲間を得られる機会を前にして正常な判断を失っていたということなのだろう。
「そ、そんなことはないです、マミさん!」
「あたし達は危険な目に遭わされたなんて思ってません! だって、ずっと守ってくれていたじゃないですか……」
「違うのよ、二人とも……」
まどか達の言葉を巴先輩が遮る。その表情は二人への申し訳なさで一杯になっていた。
「私はあなたたちが憧れるような人間じゃないの。鹿目さんや洲道君にも言ったけど、私はひとりぼっちが嫌だったの」
「以前私はある子とコンビを組んでいたわ。けれど、その子はある日を境に変わってしまった。私とは共に戦えないと言って去ってしまった」
「私はそれまでは一人だった。普通の生活を送れなくて辛かったけど、それでもこの町のためと思って耐えてきた」
「でも、彼女が去ってしまって、また一人になったとき、今まで感じたことのない寂しさを知ってしまった……もう、あんな思いはしたくない……」
彼女はずっと『孤独』と闘ってきたのだろう。誰からも理解されず、今まで死と隣り合わせの闘いに身を投じていたのだ。そして、元から幸福がない絶望より、一度得た幸福を失う絶望の方がより、心を蝕む。そのコンビを組んでいた少女が去った恐怖のために、今までまどか達を戦場に連れてきてしまったのだろう。
「それと、洲道君にはまだ話していなかったわね。私が魔法少女になった理由」
話を聞くと巴先輩は家族と一緒に乗った車が交通事故に遭い、瀕死の状況でキュゥべえと出会って、自分の命と引き換えに魔法少女になったらしい。
「私はあのときお父さんとお母さんの命は考えなかった。自分が助かることしか考えてなかったのよ……」
巴先輩はそのことをずっと悔いていたのだろう。その苦しみは俺には想像もつかなかったが、そんな極限状態で自分の命を優先してしまうのは無理はないと思う。とは言え、今の俺には彼女にかけてやれる言葉は何も思いつかなかった。
「今日で魔女退治見学ツアーはおしまいにしましょう。これからは私一人で闘うわ」
巴先輩はそう締めくくる。
「ま、待って下さい、マミさん!!」
しかしそれを是としない者がいた。まどかだ。
「私、言いましたよね? もうマミさんはひとりぼっちじゃない。私も魔法少女になるって!」
身を乗り出すまどかにさやかが驚いている。さやかはあのときグリーフシードの所にいたため、まどか達の話を聞いていなかったので無理もないが。
「鹿目さん……」
「これからは私がいます! だから、そんなこと…」
「言ったはずだ、まどか」
俺はまどかの言葉を遮る。まどかにも巴先輩にも悪いが、今のままでまどかを魔法少女にさせるわけにはいかないんだ。
「俺は今の願いで魔法少女になるのは絶対に反対だってな」
「ど、どうして!?」
まどかは俺によって自分の願いを否定されたことで困惑している。どうやら話す時が来たようだ。
「お前の願いを聞かせてもらった。確かに、俺にとっても喜ばしいことだよ。魔女や使い魔に襲われている人を俺のように救ってくれるんだからな。巴先輩の負担だって減る。……けどな」
俺はまどかの目を見据える。その視線にまどかは一瞬たじろいだが、かまわず言葉を突きつけた。
「その救う人の中に『お前』はいるのか?」
「……え?」
質問が抽象的過ぎたために、まどかはよく分からなかったようだ。俺は話を続けることにした。
「人間の行動の動機には少なからず『自分のため』が含まれているものだよ。他人のためだけに生きる、なんて人間は普通はいないものだ。俺も誰かが救われればいいと思っているけど、自分が死んだら意味がないとも思っている」
そう、まどかの話で俺は、自分をあまりにもないがしろにしている気がしていたのだ。この言葉を杏子が聞いたら、きっと彼女は真っ向から反対するだろう。自分も大事にすると言った俺の言葉に対しても受け入れようとしなかったのだから、まどかの願いに対しては想像に難くない。
「お前は魔法少女の全てを知った上でなると言っているのか? 他の人のために今すぐ死ねと言われたら、お前はできるか?」
「!? ……そ、それは……」
「ごめん、今のは言いすぎだった。でもな、魔法少女になって魔女と闘うっていうのは、命がけのものなんだ。今回で俺はそれを改めて実感したよ。そしてお前は、今この瞬間までそれを理解できていなかった」
あの魔女との闘いも、少し間違えば俺は死んでいた。下手すれば全滅もありえたのだ。少なくともそれだけは今すぐ理解してほしかった。
「今のままでお前が魔女との闘いに身を投じれば、そう遠くない内に命を落とすと思う。たとえ、巴先輩が隣にいても、お前にどんなに魔法少女としての素質があっても、な」
そんなことが認められるはずがない。
「だからさ、魔法少女になるなら、それらを自覚して、自分の願いをきちんと考えないと駄目だよ。そうじゃないと、絶対後悔すると思う」
「……で、でもさ」
まどかはそれでも反論しようとする。最も、すでにかなり戸惑っている状態だったが。
「私の願いについては、駄目なの? 洲道君も他の人も救われればいいと思ってくれているんだよね?」
「……お前は、さ」
俺はこれから、かなり酷な話をまどかにしようとしている。嫌われることを覚悟して口を開いた。
「ただ、『魔法少女』っていう自分が自慢できるものがほしいだけなんじゃないか?」
「―――――――っ!?」
この瞬間、まどかは今まで見たことのないような驚愕した表情を見せた。この質問は彼女の触れられたくないことに踏み込んでいるのだから、無理はないと思う。だけどそれでも俺は言葉を重ねた。
「お前は言ってたよな? 自分には自慢できるものがなくて、そんな自分が嫌だったってさ」
「そんな時に誰かのために闘う巴先輩に出会って、お前はその姿に憧れた」
「さらに自分にもその資格があり、しかも素質は十分にあるとも言われた」
「だから、魔法少女っていう存在にだけ目を向けているんじゃないのか?」
それなら、まだ納得できる。その考えなら、理由の中に『自分』が含まれるのだから。
「俺はそういう考えを否定しないよ。偉そうに言ったけど、お前にとっては、すごく大事なことなのかもしれないからな。それで命もかけられるのなら、もう俺は何も言わない。自分が本当に望んでいるのはなんなのか、そしてそれが本当に命をかけられるものなのか、もう一度よく考えてみてくれないか? 後悔しないためにもさ」
「…………」
まどかは反論しようとしなかった。今までの言葉に思い当たる節があったのかもしれない。
このことについては妥協したくはなかった。自分の本当の想いに気付かずに決めてしまうと後悔し続ける。そんなことにはなってほしくなかった。
「さやかもだぜ」
「っ……」
さやかも押し黙ってしまった。自分の言葉がどれだけ役に立つかは分からないが、とりあえず伝えたいことは伝えられたと思う。
「……その通りね」
「巴先輩……」
若干心の余裕を取り戻していた巴先輩が真っ直ぐに俺たちを見据えていた。
「鹿目さん、美樹さん。あなた達ももう一度よく考えてみて。魔法少女の闘いはもう十分見てきたはずよ。さっきも言ったけど、私はあなた達が憧れるような人間じゃないの。それでも、自分の願いが見つかったのなら、その願いに自分の命もかけられると思ったら……」
その瞳が二人をとらえる。
「私と、一緒に闘ってくれる?」
その姿に俺は圧倒された。彼女の一人の人間としての強さがそこにあった。俺が知る、巴マミの姿だった。
「は、はい!」
「もちろんです!」
まどかとさやかも、その言葉に答える。この先後悔する道を選ばないことを俺は願うしかなかった。
まどか達が魔法少女になるかどうかは保留となったが、話はまだ終わっていなかった。むしろ、俺としてはここからが本題だった。
「あのさ、キュゥべえ」
『なんだい、裕一?』
「お前は今まで俺のような人間は見たことがあったか?」
『いいや。僕の知る限りでは、ない』
「……そう、なのか」
キュゥべえの言葉に俺は少なからず失望する。
「洲道君、それは……」
巴先輩も気付いているようだ。まあ、彼女なら真っ先に気付くだろう。
「え、どういうこと?」
さやかは急な話の展開のせいか、よく分かっていないようだ。
「彼があの魔女を倒した力を見ていたでしょう? あの力はまぎれもなく……」
巴先輩はゆっくりと、その事実を口にする。
「私の、魔法だったわ」
次回、裕一の能力についての考察です。