歯車が回っている……
その動きと共にソイツも動く……
それだけなら、まだいい。
ソイツは絶えず笑っている。許容できないのはその笑い声だ。アハハ……ウフフ……と笑い続けている。その甲高い笑い声が耳障りだからどこかに行って欲しいと思う。それだけではなく、ソイツは破壊する。周囲の世界を。ただ、動く。それだけで世界は破壊されていく。好きになる要素はどこにもない。その青い衣装も、そのさかさまの姿も、人とは思えない姿を今では大嫌いだとさえ思ってしまっている。
だというのに、その存在を自分の世界から遠ざけたいと思っているのに、
なぜ俺は手を伸ばす?
なぜ今まで待ち焦がれていたかのように逢いたいと思ってしまう?
自分の意志ではないと思う。
自分の心臓の鼓動が自分のものではないような気がするからだ。
やめてくれ。俺の体は俺だけのものだ。お前らに勝手に使われてたまるか。
やめろ、やめろやめろやめろヤメロヤメロ…………
「また、この夢かよ……」
ようやく目が覚めた。もう、あの笑い声も聞こえない。手足も動く。自分の世界を取り戻した気がした。
ただ、心臓は別だ。今もその鼓動に違和感を感じてしまう。その鼓動にいちいち注意する人はいないと思うが、それでも違和感は感じてしまう。初めてのことではないからかもしれない。
「とりあえず、起きよう……」
悪夢のせいで少し早く起きてしまったが、また寝なおす気にはならない。いつものように朝食を準備する。トーストにハムエッグにレタスに牛乳。変わり映えはしないものだ。料理は一応できるが、食べて欲しい人もいないので、最近では簡単なものしか作らない。
一通り食べ終わったところで携帯が鳴った。この時間にかけてくるのは、あの男くらいだろう。
「はい、もしもーし?」
いつもの調子で出る。悪夢のせいでげんなりしていたが、いつもの調子で出れたのはありがたかった。
「いつも通りか」
「もっちろん、そっちもおかわりなくてなにより」
いつも通りのやり取り。俺とこの男はこんな感じ。
その男には、いろいろ世話になった。小さいころから初等教育をそいつに教えてもらい、さらには相手と闘う技術というものを教えてもらった。護身術といえば聞こえはいいが、そんな生易しいものじゃなかった。死にかけることなど普通にあった。最初は普通に覚えるべきことなのだろう、と思ったが、そんなことはなかったと知ったときはまじでしばき倒したろか、と思ったがやめておいた。勝てないし、勝ってもいいことはないからだ。
「あんたに言われた通り、見滝原中学校の一生徒として、毎日を楽しく生きてますよ?
食いぶちは自分で稼いでな?」
俺が中学生くらいになったとき、唐突にその男は学校へ行け、と言った。なんで、と思ったが、うなづいておいた。逆らってもいいことはないし、それに学校は勉強し、そして友人と楽しく過ごせる場だと知っていたからだ。
それからは早かった。その男はいくつか学校のパンフレットを見せて、好きなところを選べ、と言ってくれた。どこでもよかったが、自分の直感に任せて見滝原中学校にした。理由は特にない。直感さんがそういうのだから、間違いはないのだ。
そして学校の近くに部屋まで借りてくれた。携帯などの生活必需品もくれた。一人暮らしだ。素晴らしい。
そして幾ばくかの金と履歴書までくれた。やったね、これで就職もばっちりだ。
……what? なぜ履歴書? 中学生がなんで就職活動しないといけないんだよ? 見てみると、中学卒業になっていて、高校生になっている。
どういうことだ、と男を見ると、
「食費は自分で稼げ」
……さいですか。衣と住はあげるけど、食はあげないと。ご丁寧に履歴書には高校生となっている。
そっか、そうだね。中学生だとバイトできないかもしれないからね。いやー、うれしい心遣いだわー。こんなところで気遣ってくれるなんてなー。
僕はうれしいよ。うれしくって、ウレシクッテ……
「ざけんなぁぁぁぁーーーっべふぅ!!?」
飛びかかろうとした所で腹に一撃くらい、意識を失いました……
目を覚ましたときには誰もいませんでした。残っているのは学生服や家具類、そして件の金と履歴書と腹の痛みと……
やっぱり勝てませんでした。勢いでいってもいいことはないっていう教訓かね、これは。それからは気を取りなして近くのコンビニへ行き、飯とタウ●ワークを調達に向かった。そして高校生としていくつか夕勤と夜勤のバイトを取って、学校生活と両立した。なんとかばれずにやってこれたことは奇跡に近いと俺は思う。そして、最初はバイトづくしで、ほとんど一緒に遊べなかったのだ。バイトで忙しいんだよね、って言うのもマイナスを見せつけているみたいでいやだったし、ただ行けないとだけ言ってしまった。そのせいで、つきあいが悪いやつ、という烙印を押された。言葉を間違えたか、と後悔した。
それからしばらく働いて、ようやく普通の学生生活が送れるくらいの貯金はたまった。
そして現在に至る、というわけである。
「久々に見たよ、アイツの出てくる夢」
以前アイツが出てきた夢について話したことがある。そのときの答えは、
「そうか」
と、今のように返されただけだった。俺はこの男から本心らしいものは何も読みとることができなかった。
「ま、それ以外はいたって順調。薔薇色の学生生活を満喫していますよ。ずっと続けたいね、できるなら」
そうであってほしい、本当に。せめて卒業はしたい。いきなりの別れなんかは本当に勘弁してほしい。それでも、その男が言うなら、今の俺では従ってしまうのだろう。衝突は何度もあったけど、最後には従っていた。いつか、本当に反抗するときはくるのだろうか?分からないが、いつかその時は来る。俺はそんな気がしたのだ。
「いつも通り過ごせ」
そう言って電話は切れた。今の所は大丈夫のようだ。このまま平穏であれば、と切に願う。
「ったく、まんまスパイ映画のノリじゃないかよ」
そうひとりごちて支度をする。電話のせいでいつも通りの時間になってしまった。気分はあまりよろしくないので、皆に癒してもらおう。
「さあ、行きますか」
こうして俺、
――――無力な彼女は動き続ける。その歯車を廻し続ける。くるくる、クルクルと。彼女の作る舞台には、まだ役者はそろっていない……――――