ブラック・ブレット ――漆黒の民警――   作:てんびん座

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投稿している全作品を通しても久々の投稿。
この作品に至っては八ヶ月ぶりくらいという……。


神を目指した者たち
第一話


 この世で最も好きなものは何かと柘榴が問われれば、間髪入れずに“昼間に発見された隠密性の高いガストレア”と答えるだろう。

 

 

 彼らの何が素晴らしいか。まず挙げられる理由が、再度の発見が非常に遅れるのが通例であるということだ。つまりいつその“獲物”が現れるかわからないため、民警は会社側から非常時に備えた待機を命じられるのである。その間は臨戦態勢で会社に留まる、あるいは市街などを巡回している必要があるため、学校に通っている柘榴は堂々と欠席することができるのだ。

 そして学校をサボれるということは、即ちその時間の中ならばいくら仮眠を取っていても怒られない。仮眠室で日頃の疲れを癒していても、自分には待機という大義名分がある。これほど素晴らしい恩寵を与えてくれるのは、世界広しと言えど件のガストレアだけだ。

 そして現在、柘榴はその素晴らしいガストレアによって束の間の休日を与えられていた。

 

「……最悪です」

 

 人形のように造形の整ったその無表情から、幼さに似合わぬ低い声が漏れる。

 柘榴の所属する民間警備会社である千崎技研の民警部門。その名からわかる通り、柘榴の会社は技術研究を目的とした組織である。中でも柘榴が所属する民警部門は、開発部門が造り出した新兵器などの試運転、および実戦における運用のために設立された部門だ。

 この会社のイニシエーターは一人残らずここに身を置いており、兵器開発の合間を縫って通常の民警と同じような依頼を受けている。柘榴以外にも数人は在籍しているのだが、本日の柘榴にとっては幸運なことに他のメンバーはそれぞれの仕事で余所に出払っていた。もしも他のメンバーが残っていれば、柘榴は「人手は足りているから」と学校に送り出されていたかもしれない。

 どの道、学校に行っても同じく寝るだけなのだが。しかし学校と違い、ここには周囲の視線もない。リラックスする環境としては天と地ほどの差がある。

 あったのだが……どういうわけか柘榴は現在、仮眠室から引き摺りだされていた。貴重な休日だと思っていたら、社長からの命令によって出動命令が出されてしまったのだ。しかもその命令は件のガストレアの討伐が目的ではなく、あろうことか「防衛省に行って仕事を貰ってきて」というわけのわからない命令だった。

 

「わけがわかりません。なぜイニシエーターの私が仕事を取ってこなければならないのですか。そういう仕事はプロモーターの役目でしょう? 常識的に考えて。百歩譲って私が誰かに随伴するという形ならば理解できますけど、社長本人はやっぱり会社から出てきませんし誰も大人の人を寄越しませんし……馬鹿にしているんですか。むしろ馬鹿なんですか?」

 

 怒りのあまり、柘榴の額に皮の下から血管が浮き出る。乗車している会社のリムジンの揺れすら、今の柘榴にとっては不快だった。

 イニシエーターは、第一世代と呼ばれる最初期に生まれた少女でも10歳児でしかない。多少戦闘能力が高かろうと、所詮は少女でしかないのだ。それを営業として売り込みに行かせるなど、社会人として頭がおかしいとしか柘榴には思えなかった。

 そんな柘榴の正面に座る、これまた柘榴とそう年齢の変わらない少女が苦笑する。

 

「ご、ごめんね? 本当は英彦さんも付いて来ようとしていたんだけど、社長さんが“暇なら別の仕事があるよ、ロの人”って言ったらそっちに行っちゃった。ところでロの人って何?」

 

 コテンと首を傾げる少女に、柘榴はどう口を開くか迷った。主に彼女のプロモーターの名誉のために。そして素直に「小学生は最高だぜ!」という人だと伝えるのは容易いが、下手をすると幼気な少女に深い傷をつけてしまう可能性もある。

 そしてある程度熟考した柘榴は、「凄いフェミニストな人です」と一応答えておく。嘘は言っていない。

 

「っていうか暇じゃねぇですよ。必要な人材ですよ。こっちに寄越してくださいよ。ふざけないでくださいよ」

「柘榴ちゃん、そんなに怒らないで。きっと社長さんにも何か考えがあってのことだろうし……たぶん?」

 

 やはり自信はないようだった。

 彼女の名前は心音――柘榴と同じく千崎技研に所属するイニシエーターである。千崎技研のイニシエーターとしては一番の新人で、僅か一ヶ月前に入社してきた柘榴の後輩だ。以前は他の民間警備会社に所属していたそうだが、彼女のプロモーターの意向で転職してきたらしい。

 そんな彼女は、今日は別件で他の仕事に駆り出される予定だったのだが、急遽柘榴の付き人兼社会科見学として柘榴に同伴することとなっていた。

 

「心音、甘いです。社長は自分の外出を阻止するためならば社員すら犠牲にする腐れ外道な引きこもりですよ。あの人、Amazonさえあれば人生何とかなるって言っていましたし。会社を創設したのだって、社長室を私物化してそこに住み着くためです。仕事場が来い、と本気で考えたから社長なのです」

「いや……流石にそれは……」

「実際、あの人は私が入社してから一度も社の敷地の外に出ていません。生産工場くらいは余所に置こうと社員が反対したのに、土地が勿体ないと地下に建造したのもそのためです」

「えっ、でも地震とかが来たらどうするの!?」

「そのために我が社の耐震技術には、最新技術や社長を筆頭とした天才科学者たちが設計に携わっています。引きこもるためならば金も労力も惜しまない、まさに引きこもりの鑑ですね。死ねばいいのに」

 

 柘榴のプロモーターこと千崎の引きこもり具合は、社内では有名なものだ。レベルとしては会社の敷地内ならば動き回れる程度の軽度の引きこもりなのだが、社員とはその殆どの連絡事項をメールか電話で済ますほどに人付き合いが悪い。飲み会などの類は「プライベートくらい好きにさせろ」という理論で一切付き合わない。

 そのため社内での人間関係は悪い――ということは意外にもなく、技術畑の人間である開発部の人間にとってはもはや千崎は崇拝の対象らしい。衣食住、金、人望――引きこもりのくせに人生に必要なものを悉く持っている千崎は、間違いなく人生の成功者なのだろう。その糧として、柘榴を初めとした社員たちの生活を食い物にしているが。

 

「……さて、社長の件は置いておくとして。防衛省からの呼び出しとは一体何事ですか?」

 

 大きく溜め息をついた柘榴は、社長のことを頭から追いやり仕事モードに切り替えた。

 柘榴は行けと言われたからこうしてリムジンに乗り込んだというだけで、仕事の詳細は全く聞かされていない。いざ現地に行って「何も知らずにここに来ました」では本当に無駄足だ。仮眠の時間を削ってまで足を運ぶのだから、自分に出来得る最低限のことはしておかなければ割に合わない。

 

「細かいことはわからないみたい。ただ本当に“来い”と防衛省から連絡が来ただけらしいから。社長は、今東京エリアの民警が探し回っている感染源ガストレアの件ではないか、って言ってたけど……」

「……だからこの件で待機中の私を出したのですか。というか、だったら尚更社長が出てくるのが筋ではないのですか。あの腐れ引きこもりめ……」

「もう犠牲者も出ているみたいだしね」

 

 心音は手元にあったリュックサックに手を突っ込むと、中からクリップで纏められた数枚の書類を取り出した。

 

「岡島純明、男性、45歳。昨日ガストレアウィルスの注入によってガストレア化。変貌したガストレアのモデルは蜘蛛(スパイダー)――この資料によるとハエトリグモみたいだよ」

「ハエトリグモ……ということは、感染源も蜘蛛のガストレアですか。その岡島さんでしたか? その人を襲った上でここまで東京エリア内を逃げ回れるということは、何かの能力持ちという可能性もありますね」

「……進化の跳躍」

 

 『進化の跳躍』――ガストレアは時折、元となった生物としての特性に加えて固有の能力を発現させる場合がある。例えば魚類のガストレアが水中以外でも呼吸ができるようになったり、他にも身体の一部が変形していたりと、そのパターンは様々だ。ガストレアの数だけ進化の可能性はある。まさに生命の神秘と言えよう。

 

「最近は街中に監視カメラがありますし、下水道にすら監視の目を光らせています。つまりただ走って逃げる程度では絶対に人間の目を掻い潜ることはできません。では、ここで心音に質問です。ガストレアはどうやって民警から逃げ続けているのでしょうか? その方法を想像し、簡潔に述べなさい。防衛省に着くまでが制限時間です。最低でも2パターンは思い付けば合格ですね」

「ええっ!?」

 

 唐突な柘榴の質問に、心音は頭を悩ませる。

 柘榴が意地悪でこのような質問をしているわけではないということは、心音にも理解できた。民警は現場に出れば臨機応変さが求められる。ガストレアがどのような能力を持っているのかを瞬時に予想し、同時に判断する能力も必要とされているのだ。これは民警として序列の低い心音に対する、柘榴からの訓練の一環なのだろう。

 

「えーっと……へ、変身能力とか?」

「あり得ますね。正確には擬態能力でしょうか。建物などの風景に同化している可能性は充分にあります。あと一つ」

 

 チラリと柘榴が窓の外に視線を向ければ、既に防衛省の高層な庁舎が間近に迫っている。あと数分でこのリムジンも止まるだろう。

 

「他には……他には……」

 

 うんうんと頭を悩ませる心音を余所に、柘榴は庁舎に入っていく他の車両を視界に収めた。車窓から見えた内部には、柘榴たちと同じくイニシエーターと思われる少女の姿があった。他にも数台の車両が庁舎の敷地へと滑り込んでいく。

 どうやら依頼は千崎技研だけでなく、他の民警にも回っているものらしい。

 

(随分と大がかりな……嫌だなぁ……)

 

 表情にこそ出さないものの、見上げるほどの高さの庁舎を前に柘榴は帰りたいと感じ始めていた。

 実際、選択肢としては“断る”というものもある。こうして柘榴だけが交渉の場に送り込まれたのだから、柘榴の一存で仕事を蹴ることも可能だ。後で社長に文句を言われるかもしれないが、メールならば無視、電話ならば通話を切ってしまえばいい。引きこもりへの最高の対応策は構わないの一つに限る。

 しかし柘榴のイニシエーターとしての経験が、この件に対しての厄介事の臭いを感じさせていた。あくまで営業だと考えていた柘榴は、早くも“武装”を最低限しか持ってこなかったことを後悔する。

 

「この仕事、荒れるかもしれませんね」

 

 敷地へと車体を滑らせたリムジンに揺られながら、柘榴は大きく溜め息をついたのだった。ちなみに心音は結局質問に答えられなかった。

 

「民間警備会社……の方ですか?」

 

 庁舎へと赴いた柘榴と心音は、案の定受付で怪訝な表情をされた。

 民警のライセンスを片手に柘榴が説明をしても、会社の方に一度確認の連絡を入れられるという程度にはいらぬ手間がかかった。だから柘榴はイニシエーターだけで来たくなかったのだ。

 その後、第一会議室というプレートのかけられた部屋まで案内された柘榴は、自分の役目を果たし立ち去っていく職員の背中を見送りながら溜め息を一つ。溜め息をすると幸せが逃げるというが、そもそも幸せが残っているのならば溜め息などつかないと柘榴は心底思っていた。

 

「き、緊張するね」

 

 扉を前にした心音が、若干顔色を悪くしながら呟く。聞くところによると、心音は民警活動こそ経験があってもこのような国家権力の名の下に呼び出しを受けたことはないそうだ。そのため先程から緊張による震えが止まらず、ここに来るまでにもトイレに寄っている。

 背中のリュックサックに、リムジンから降りる際に持ち出した銀色のアタッシュケースを持った心音は、自分を落ち着かせようと何度も深呼吸を繰り返していた。

 

「落ち着きましたか? いい加減に行きますよ」

「う、うん……」

 

 深呼吸が終わるのを見計らった柘榴が、扉を開けて室内に足を踏み入れる。

 会議室の内部は、柘榴が扉のサイズから想像していたものよりもだいぶ広かった。楕円形の細長い卓を中央に設置したその部屋は、奥の壁に巨大なELパネルが備え付けられている。柘榴から見て左方には一面に窓硝子が嵌め込まれており、その日差しが室内を照らしていた。

 

「……ぅっ」

 

 新たに会議室へと現れた柘榴たちに、先客である大勢の民警たちの視線が集まる。それと同時に、空気が一瞬で張り詰めていくのを心音は感じていた。

 彼らは心音たちにとっては同業者であり、同じくガストレアの討伐を目的とする同志だ。しかし同時に獲物を取り合う敵でもある。この場において彼らの心情がどちらであるかと考えれば、自然と自分たちに対する視線の色も察することができるというものだろう。

 それを知ってか知らずか、柘榴は彼らを一瞥だけすると足を動かし始める。柘榴はまるで意に介していないようだった。

 

「――相変わらずの仏頂面だな、オメェは」

 

 そんな柘榴たちにかけられる声が一つ。心音は驚きのあまり肩を震わせた。

 声の主は、飴色のサングラスが特徴的な男性だった。くすんだ金髪を揺らしながら柘榴に歩み寄った彼に対し、その大柄で筋肉質な体型に恐怖した心音が柘榴の後ろに隠れる。

 しかし柘榴は別段驚くこともなく、その男性を平然と見上げていた。

 

「久しぶりだな、嬢ちゃん。元気だったか?」

「お久しぶりです、片桐社長。ええ、おかげさまで」

 

 軽く会釈した柘榴に、片桐社長と呼ばれた男性は苦笑する。

 

「社長だなんて、よせって。ウチの会社にはオレっちと弓月しかいねぇんだ。それにオレっちとオメェは見知った仲じゃねぇか。いつも通りの呼び方でいいんだぜ?」

「……では、改めまして。お兄さん、お久しぶりです」

「おう」

 

 男性――片桐玉樹は、ニィっと口の端を吊り上げた。その顔にはどこか愛嬌があり、気の良い兄貴分のような雰囲気を醸し出している。

 それを見て、心音はようやく柘榴の後ろから出てきた。

 

「柘榴ちゃん、この人は知り合いの人?」

「はい。片桐玉樹さんといって、片桐民間警備会社の社長さんです。そしてこちらが――」

 

 柘榴が視線を向けたのは、先程の心音のように玉樹の後ろに張り付いている金髪の少女――弓月だった。若干人見知りの気がある弓月は、初めて会った心音に緊張しているようだ。

 

「片桐弓月。私の学校のクラスメイトです。お兄さんとは彼女の経由で懇意にさせていただいています。また、開発中のイニシエーター専用超長距離撃滅バラニウムバリスタの弦の製造に助力してくれている方でもありますから、会社としてもお付き合いのある方です。心音、挨拶しなさい」

「は、はいっ」

 

 チラチラと視線を向ける弓月に、心音も引き摺られて緊張し始めていた。

 それでも何とか勇気を奮い立たせ、心音は前に進み出る。

 

「こ、心音ですっ! 宜しくお願いしみゃっ!」

『……………………』

 

 噛んだ。

 片桐兄妹が、揃って顔を明後日の方向へと背ける。しかし弓月は殆ど堪えられておらず、クスクスと笑ってしまっていた。

 自身の失態に、心音は顔から火が出るかと思うほど真っ赤になる。

 しかし、それが良いキッカケとなったのだろう。弓月は笑いを堪えるために引き攣らせた表情で、心音の前に歩み出した。

 

「あたしは片桐弓月! よろしくね、心音!」

「はい……」

 

 片や笑顔で、片やシュンとした表情で。対照的な表情で邂逅を済ませた二人に、柘榴はやれやれと肩を竦めるのだった。

 

 

 ◆

 

 

 その少女が会議室に踏み入ってきた瞬間、ざわめいていた民警の一同は水を打ったように一瞬で静まり返った。彼らの五感が、仕事を取り合う新たな相手という認識をするよりも早く、ガストレアとの戦いによって培われた驚異的な生存能力が全力で警報を鳴らしたのだ。

 その圧倒的な威圧感に、プロモーターとイニシエーターの視線が扉へと吸い寄せられる。ここでその威圧感の元を確認しておかなければ、自身の命が危ないと囁く生存本能に従わされた結果だった。

 

 ――一体、“何”だ? 何がここに現れたッ!?

 

 まるで大物のガストレアと正面から対峙したかのように彼らは感じていた。自分とは生物としての格が違うと、そう理解させるのに容易い圧迫感。それを小さな少女が放っているということを、彼らは認識するのに僅かにだが時間がかかった。

 

 その少女は、“黒”だった。

 

 漆黒のゴシックロリータが、まるで闇のように日差しの下で佇んでいる。全身には黒いフリルがあしらわれており、それに融け込むように長い髪が伸ばされている。ヘッドドレスまで黒というほど徹底して黒尽くめの少女は、東洋人としては珍しくない、しかし混じりけのない闇色の瞳を彼らに滑らせる。

 その視線に晒され、彼らは例外なく産毛が逆立つ感覚を覚えていた。背筋には冷たい何かが走り、心臓を鷲掴みにされたかのように錯覚してしまう。蛇に睨まれた蛙とは、まさに自分たちのことを示すのだろうということを理解した。

 表情もなく、白いのは露出した顔と“手”のみという西洋人形のような少女は、それを最後に彼らに対して興味を失ったようだった。

 圧迫感が和らぎ、ようやく彼らは落ち着くという権利を与えられる。圧倒的な強者の前では心の安寧すらも許されないのだということを、生まれて初めて理解した者さえいた。

 

「……夏世、あいつはナニモンだ?」

 

 自分の眼前を歩き去っていった少女を見送りながら、民警の一人――伊熊将監は髑髏の口元が描かれたバンダナの下からくぐもった声で己のイニシエーターに問いかける。逆立てた髪と鋭い双眸、そして背中に黒い刀身のバラニウム製バスタードソードを背負った男性だ。険しい表情で問いかけるその顔には、未知なる存在への警戒と恐怖が渦巻いていた。

 決して、将監は己の恐怖を口には出さない。周囲から頭が足りないと揶揄される将監だが、だからこそ気組みを絶やしてはならないと理解しているからだ。

 それを長い付き合いで察したイニシエーターの少女――千寿夏世は、己の記憶の中からあの黒い少女の情報を引っ張り出す。イルカをモデルとした『呪われた子供たち』である夏世は、その知能指数の高さや記憶力の良さから、将監の参謀兼支援として前線に出ている。つまり頭脳労働は彼女の仕事だ。己の役割を正確に理解している彼女は、将監の質問の解を口にする。

 

「彼女は……恐らく千崎技研の金峰柘榴です。一緒にいる少女はわかりませんが、同じく千崎技研のイニシエーターだと思います」

「“オマケ”の方はいらねぇよ。で? そのガキは強ぇのか? 序列は? っつーかプロモーターがいねぇのはどういうわけだ?」

 

 自身の雇い主である三ヶ島よりも上座へと歩き去っていく柘榴に、将監は気に入らなさそうな声を漏らす。当然、思うだけで口にはしない。自分“たち”と彼女の上下関係では、それが当たり前だということを理解させられている。

 序列――それは民警のペアに与えられる位階だ。そのペアの能力と達成した任務の難易度に応じて、この序列は上下動することとなる。当然ながら弱小のペアや新規のペアは序列が低くなり、逆に序列が上がれば上がるほどその戦闘能力は高くなる。つまり序列とは、彼我の戦力差をわかりやすく数値化するシステムなのだ。

 

「彼女の所属する千崎技研は、プロモーターが活動をしないことで有名な会社です。ガストレアとの戦闘になる際も、あの会社はイニシエーターを派遣するばかりでプロモーターが出てくることは滅多にないと聞きます」

「……あぁん? どういうことだ? んじゃあ、あのガキは一人でここに来たってのか?」

「恐らくは」

 

 耳を疑うような話だ。同時に、ふざけているとも将監は思った。

 つまり千崎技研のプロモーターは、我が身可愛さにイニシエーターだけを戦いに駆り出しているということか。将監自身も碌な人間ではないという自覚はあるが、戦いに関しては一家言ある人間である。そんな彼からすれば、千崎技研の方針は面白いものではない。

 

「それと序列ですが……すみません、正確な序列までは聞いていません」

「……あぁ? チッ、使えねぇ奴だな」

「ですが……」

 

 夏世の解答に舌打ちまで漏らした将監だったが、夏世は構わず自分の知り得る情報を伝えた。

 その情報に、将監は戦慄することとなる。

 

「彼女は……“二つ名”持ちです」

「なにッ!?」

 

 それは将監ですらも予想し得ない回答だった。

 高位序列者の中でも一際上位に君臨する最強クラスの民警ペア――俗に超高位序列者と揶揄されるペアの中でも一握りとされるペアには、尊敬と畏怖を込めて二つ名が命名される。

 その一握りとされる者たちの条件は、序列の“百番越え”。そしてこの序列は、世界規模の民警ペアで設定されている。

 つまりあの柘榴という少女は、少なくとも世界で百番目に強いペアの片割れなのだ。

 将監自身も、1584位という高位序列者に位置付けられた猛者の一人だ。だからこそわかる。千番越えは人外に半歩踏み出した人間たち、百番越えに至っては想像すらできない。一体どれほどの強さを持っていれば、そのような領域に至れるというのか。

 

「チッ、そんな野郎が東京エリアにいんのか。……で?」

「で、とは?」

「馬鹿が、鈍い野郎だな。あのガキの二つ名は何なのかって聞いてんだよ」

 

 苛々した様子で睨んでくる将監に、夏世はこっそりと溜め息を漏らした。短気な上に言葉の足りない将監に、夏世は呆れてしまう。将監は気付いていないようだったが、背中越しにこちらを見ている三ヶ島は早くも蟀谷を押さえていた。彼のこういった言動に頭を悩ませているのは、夏世だけではない。

 

「……おい、まさかそれまで知らねぇってんじゃねぇだろうな?」

 

 さっさと答えない夏世に、将監は人を殺せそうなほどの鋭い視線を向けた。どうやら相当に機嫌が悪くなっているらしい。

 ここは手早く答えてやり過ごそうと、そう夏世が考えた矢先、再び会議室の扉が開かれる。

 

 

 ◆

 

 

 『千崎技研様』というネームプレートの置かれた席に、柘榴は堂々と腰掛ける。壮年の男性たちが殆どであるこの場において、若干十歳という柘榴の姿は非常に浮いていた。本来ならば社長クラスの人間がこの椅子には座るべきものなのだろうが、柘榴は自分が会社の代表であると示す意味も含めて腰を下ろしている。

 その後ろでは、心音が初めての場にいるためか落ち着かない様子で佇んでいた。顔には不安の色がありありと浮かんでいる。

 今回の心音の役目は、主に荷物運びと付き添いだ。本来ならば居ても居なくても柘榴には変わらないのだが、これも心音の社会勉強のためであると柘榴は納得している。

 

「ざ、柘榴ちゃん。私、どこか変じゃない? 寝癖立ってたり」

「シャンとしなさい。私たちは会社の代表なのですよ? 別にあのクソヒッキーの名声など全く興味はありませんが、私たちは他の社員の評価を背負っているのです」

 

 柘榴の言葉に、心音はハッとしたように表情を改める。柘榴の言う通りだった。自分たちは今この時に限り、千崎技研の“顔”でもあるのだ。嘗められたのでは会社に迷惑がかかってしまう。

 事実、柘榴が入室と同時に周囲を“軽く”一睨みしたのもこのためだった。子供が二人というのでは、会社が嘗められてしまう。だからこそ柘榴は、先手必勝とばかりに他の民警たちを牽制したのだ。それに加え、柘榴は千崎技研の最高序列者でもある。最低でも、この自分だけは低く見られることを避けなければならなかった。

 その時、再び扉が開かれる。

 新たに姿を現したのは、柘榴たちと同じほどに場違いな格好の二人組だった。周囲が仕立ての良いスーツや、荒々しい民警特有の雰囲気を醸し出す服装をしている中、あろうことかその二人は学生服で入室してきたのだ。

 その服装からもわかる通り、二人は学生と思われる少年と少女だった。しかも少年の方は明らかにこの場の雰囲気に飲まれかけており、若干気後れしていることが手に取るようにわかる。

 その様子を見て取ると、会議室の民警たちが一斉に彼らを“格下”と見下す視線を送る。中には殺気混じりに彼らを睥睨している者すらいる。既に民警たちの中では、新たな参入者への格付けは済んでしまったのだ。

 そして……

 

「おいおい、最近の民警の質はどうなってんだよ? ガキまで民警ごっこってかァ? 社会科見学なら余所に行きやがれってんだ」

 

 このように馬鹿にされてしまう。

 古臭い考え方ではあるが、民警の業界は文字通り“嘗められたら終わり”なのだ。強さがものを言うこの世界は、弱そうと侮られた途端に仕事が回されにくくなる。誰だって、民警に頼むならば強そうな方に依頼するだろう。

 実際の強さを発揮する前に、その場を奪われてしまう。だからこそ、民警は普段から威圧的な態度を周囲に振り撒くのだ。

 

「心音、わかりましたか? あなたの弱々しい態度は、あの人たちのような言葉を向けられる的にしかなりません。多少は強がってでも自分を強く見せなさい」

「は、はい」

 

 頷く心音に、柘榴は無表情ながらも満足そうに頷いた。

 そんな柘榴たちを余所に、罵声を浴びせた男と少年が睨み合いとなる。と、その時、男が唐突に少年へと強烈な頭突きを叩き込んだ。体格差のある少年は、堪らず吹き飛ばされる。

 

「うわ、痛そう……」

「あんなの挨拶程度ですよ。前に見た人だと、因縁があったらしく出会い頭に散弾銃が出ましたから」

「うわぁ……」

 

 引き気味の心音を尻目に、柘榴は事の推移を見守る。別にあの二人がどこでドンパチしようと構わないが、流れ弾を食らうのだけは勘弁したかった。実際、少年の方は腰の拳銃に手が伸びかけている。男が背中に背負った巨大な剣(バスタードソード)を抜けば、少年も銃を抜くだろう。

 そして二人がいくつか言葉を交わすと、空気が殺気立ったものへと変わっていく。そしてそれが臨界点に達した――そう柘榴が思った瞬間だった。

 

「やめろ、将監!」

 

 椅子に腰かける一人の男性が、バスタードソードの男に怒鳴る。出鼻を挫くタイミングとしては上出来だろう。「三ヶ島さん、そりゃねーぜ」と文句をぼやいてこそいるが、既に将監と呼ばれた男は闘争の空気を霧散させている。それを感じ、少年も銃から手を放した。

 

「柘榴ちゃん、あの将監って人……」

 

 小さく耳打ちする心音に、柘榴は静かに頷いた。

 

「たぶん、『三ヶ島ロイヤルガーダー』の伊熊将監ですね。序列は確か1500位くらいです。武器が特徴的なのでよく覚えています」

「やっぱり。前の会社でも聞いたことがある。腕利きの剣士だって、長政様が」

 

 心音の言う通り、伊熊将監は三ヶ島ロイヤルガーダーの中でも有名な民警だ。その武器である剣が特徴的である他、イニシエーターを後衛に、プロモーターを前衛に配置する珍しいペアでもある。まさに柘榴とは真逆の戦闘スタイルと言えるだろう。

 千崎にもせめて将監の一万分の一くらいは現場に出てほしいものである。

 しかし、柘榴の興味はすぐに別のものへと移った。その対象は先程の少年を伴って入室してきた少女だ。彼女が腰かけたのは、『天童民間警備会社様』というプレートが置かれた席だ。この東京エリアにおいて、天童という家の名は特別な意味を持つ。

 ただの同姓、あるいは少女が社長本人ではないということならば話は簡単だが、もしも“あの”天童だというのならば面倒な話だ。しかも柘榴の目には、武道家特有の重心が安定した動きがハッキリと映っていた。

 

“あの天童の家には、天童式と呼ばれる固有の武術が伝わっていたはず。ということは彼女も?”

 

 天童式という名で知られる武術には、槍術や抜刀術など様々な分野があると聞く。一族の殆どの者はその武術を修めていると柘榴は聞いたことがあった。

 これらを総合した結果、柘榴の頭にはなるべく関わり合いになりたくない人間としてあの天童民間警備会社の少女の顔が印象付けられていた。

 

「……頼みますから、荒れないでくださいよ」

 

 防衛省の職員と思われる禿頭の男性の入室を目にした柘榴は、誰にともなく呟いたのだった。

 

 

 

 




 原作では出てくるなり一言の台詞すらなくプレヤデスに瞬殺された心音ちゃん。
 今作の心音ちゃんは、プロモーターの英彦さんが「心音とは別れたくない、でも絵描きもしたい!」と一念発起して実家の父ちゃんから逃げ出したことでこちらに移籍しています。ちなみにタウンワークで見つけました。
 そんな心音ちゃんに、束の間の幸せがあってもいいじゃないですか! ……まぁ、別に原作で死んだキャラはいつ死んでも物語に不都合はないんですけどね(ゲス顔)

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