ハイスクールD×Dの二次小説を考えていたのですが、プロットの段階で崩壊しました。
それをなんとか直そうと四苦八苦してましたが、どう考えてもバットエンドしか考え付かず、結局破棄することに決定しましたが。
ちくしょう、それもこれも全部シルヴァリオ・ヴェンデッタのヴァルゼライドが悪いんや。
奴の英雄補正と思想を曹操に与えた所、誰も勝てなくなりましたよ。
とまあ言い訳はこれくらいで。
Dies iraeのアニメ化企画が遂に来ましたね。
色々と困惑もありますが、喜びの方が大きい話題です。
出来る限り応援をしたいと思ってます。
転生を果たして様々なことに驚きを感じたが、何よりもまずはその街並みに驚いた。
あまりに進んだ街並みに、という事ではなく、その逆、21世紀初頭を思わせる街並みに驚いてだ。
本来ならばその街並みから400年は過ぎた筈なのに、前世で写真やテレビなどでしか見たことが無いその風景を見ている事実に、当初は驚愕と怪訝さを覚えた。
何でも、今先進国は世界的に21世紀ブームなのだとか。
機械で生産されていた料理は、約半分が人の手が通ったものになり、そしてそもそも本来なら自動生産されていた第一次産業、すなわち酪農関係全般も約半分が人の手によるものに変わった。
地に帰ると言うのだろうか、自分達の手で育み採取し、命の循環に役立っていると言う感覚が楽しいのだとか。
実に面白いものである。
そしてそれは電子機器にも言えることで、何故か不便な携帯電話やスマホなるものを皆持って歩いている。
PCなども不便な筈なのに昔に立ち返ったその姿に思わずうなってしまった。
初めてそれに触れた時、恐る恐る触れてどこのおばあちゃんだと笑われもした。
いやいや、初めて触れるものに慎重になってるだけだと反論したが、笑って流された苦い記憶が有る。
だが、その街並みに反して、技術レベルは21世紀とはかけ離れたものである。
そしてそれは、そのまま街中の監視網の高さも同様である。
つまりは、私たち魔法使いは、その遥かに高い現代技術の目を掻い潜って魔法を使わなければならないと言う事だ。
21世紀風の街並みの所為で多少は死角が出来るが、完成した監視網は、油断をすれば高位の魔法使いとて簡単に見つかってしまうだろう。
魔法使い達の住処でない場所で魔法を使う場合、自分で隠蔽魔法を使いながらでなければならないほどだ。
まあ、早々学園外で魔法を使う機会は無いけど。
ドイツの魔法学校の敷地内、及びその近辺ならばまだいい。
あそこは高い技量を持つ魔法使いたちが総結集して作られた結界がある。
さらには最近では電子機器に人工精霊を送り、操ると言った手法もあるくらいだ。
その所為で多少息苦しいが、そこは我慢だ。
それに、実の所政府との繋がりもあるのではと噂されているくらいに、不自然なまでにばれても何とかなったりするらしい。
まあ、だからと言って魔法バレは最悪、オコジョの刑なのだが。
そう、魔法がばれたら恐ろしいことに畜生に落とされ、数か月、長ければ数年はそのままなのである。
人間とは違う感覚を持つ畜生に落とされて生活など、それこそ精神的な拷問だ。
運が悪ければ身も心も畜生に落ち、人に戻ったとしても廃人とかすか、運が良くて保護されて人としての生活を保たれて、しかし人として戻った時に畜生としての後遺症が残るかである。
本当に、恐ろしい刑があったものだ。
故に魔法使いたちは魔法バレを恐れ隠蔽魔法に力を入れるのだが、そこに力を入れるよりも、少しずつでも世界に魔法を認知させることに力を入れる方が、長期的に見てより良い筈なのだが。
だって考えても見てほしい、最初は混乱があるだろうが、魔法を見られても大丈夫なのなら、より多くの人を救えるだろう。
諸々弊害は考えただけであるが、それを含めてもメリットの方が大きい。
その事を疑問に思った当時幼かった私は、久しぶりに帰ってきた父に聞いてみたことがあった。
背後から抱きかかえられながらという、凄まじく恥ずかしい状況でだったが。
「それは難しい問題だ。確かにルーネの言う通り、それが出来たら僕達魔法使いにとって最良なんだろうね」
父さんは私の言葉を肯定し、しかし同時にそれが一番難しいという言葉にムムムと眉を顰めて首を傾げる。
「ああぁもう、可愛いなあ、うちのルーネは!」
そう言って端正な顔を満面の笑みに変えて頬ずりしてくる父さんに、苦労しながらも続きを促す。
渋々離れる父さんに嘆息する。
まったく、子煩悩なのは良い事なのだけど、前世の記憶を持つ私には少々以上に恥ずかしい。
無愛想で世間に知られている私だが、親しいものが見れば照れているのが解るだろう。
だからまあ、父さんが良い子良い子と頭を撫でるのもばれている証なのだろう。
「うん、遥か過去、魔法使いは衆目を気にすることなく衆生の助けとなっていた。まあ、俗に言う森に住む魔女だね。対価は必要とするけど、薬学に優れ、不思議な魔法を使ってその近隣の人々を助ける存在だった。それが変わったのが中世での魔女狩りで本物の魔女や無辜の民が処刑され始めて、魔法使いたちの間で初めて自分達の存在を隠し始めた。それが始まりだね」
そう言う時代だったのだろう、神の名の元に、次々と無意味に人が死んでいった。
人の狂気が生み出した時代。
その時代を生きた魔法使いは、最早人と共に生きることが出来ないと悟った。
「まあ、魔女狩りが無くなった後も、魔法使い達は人を信じることが出来ずに隠れ潜んでいたんだ」
そしてそれがほぼ惰性となったのは19世紀になってからで、そしてその惰性の所為で悲劇が起きた。
第2次世界大戦におけるナチスドイツによる魔術の収集。
そして協力したとされる魔法使いの手による厳選された魔法集団の組織。
その名を、聖槍十三騎士団黒円卓という。
「ぶっ!?」
「どうしたんだい、ルーネ」
「い、いえ、なんでも」
「そうかい?」
流石に知っているとは言えない。
いやまあ、メンバーを知っているだけで、本人とは会った事は一度も無いのだけれど。
私の魂に刻まれた記憶の中で、獅子奮迅の雄姿を見せた勇者達、それこそが聖槍十三騎士団黒円卓。
軍服に身を包んだ彼等の渇望は醜美を問わず鮮烈で、その闘争は苛烈でありながら人を魅せるものを孕んでいた。
余程の素質ある者達だったのか、数多の戦場を蹂躙し、しかし局所的な勝利では意味が無く、そして数の暴力には勝てなかったのか、彼の国は敗北し、最後に首都にて自国の民を蹂躙してその行方を眩ませた。
そしてその首には表裏問わず莫大な懸賞金が掛けられた。
当然のように姿を現した黒円卓の人間に対して魔法使い達もその危険性から排除に動いたが、その悉くが返り討ちにされた。
そして時が経ち、2006年の日本、諏訪原という土地において、またも彼等は表れた。
その11年前に団員の一人が死亡したとされていたが、しかしそれでも彼等は強力であり、結果として討ち取られたが、都市が一つ壊滅したと言う。
因みに、黒円卓を討ち取った英雄は名乗り出なかったため不明とされているが、どんな高位の魔法使いだろうと返り討ちにしてきた【悪の魔法使い】を人々の為に退治し、名乗り出なかった謙虚さから、その者こそが真の【
「ふわぁぁ」
今、私は子供に立ち返ったように瞳を輝かせているだろう。
子供っぽい反応だと思うが、しょうがないのだ。
昔からの性分なのか、英雄とかそう言った類には目が無い。
まあ、だからこそ前世、先輩に惹かれたのだろう。
しかし、実物を知っているだけに、彼等を打倒し人々を救った人物がいると言う事が信じられなかったのだ。
もしかしてレン君だろうか。
彼ならば実際に会って、その不器用な優しさに触れた私としては、ある意味で納得する想いなのだけど。
まあ、違うのかもしれないけど。
それに、黒円卓の勇士達が徒に悪事をすると言うのはあまり考えられなかったが、何かやむにやまない事情があったのだろうか。
とまれ、結果として、【悪の魔法使い】が関わった事で、二つの都市が壊滅状態となってしまった。
一般人、とは言わないが、素質は合っても、魔法使いとしての思想無き者が魔法を使えばよくない事が起きることと、過去の魔女狩りの経験もあり、罰則をはっきり決め、不用意な魔法バレは厳禁という事が決まったのだった。
「と言う訳で、魔法が一般人にばれることは在ってはならないという法律が施行されたんだ」
その回訓を決して忘れてはならないと言う想いが込められたそれは、現在でも守られ続けている。
その後も会話は続いたが、今重要なのはそこではなく、私と姉さんは魔法学校最後の夏休みを利用して、留学先の日本の埼玉県にある麻帆良学園へと下見をしに行っているのだ。
実際問題、少なくとも3年間はそこで生活をするのだから、下見もせず行くと言うのはありえない選択だろう。
地理の問題もそうだが、土地柄の雰囲気を感じ取りたかったのだ。
前世、海外で自分の肌で感じた直感を信じなかった所為で、少し痛い目にあったから尚更だったりする。
だけどまあ、それも杞憂で終わりそうだ。
レンガ調の西洋風の街並みは日本では少し違和感があるが、街行く人たちの顔はどれも明るい。
時折ジロジロと見てくる人も居るが、外国人で、それも知らない顔があると言う事が珍しいのだろう。
「うん、いい場所だというのは解る。感じる雰囲気は柔らかいし、ここ、麻帆良女子中等部まで道案内してくれた人も優しかったし。多分、そう言う土地柄なんだろうね。けど…」
「うわ、すっご」
おおーなんて大口を開けて姉さんが指さすのは、世界に極僅かにしかないらしい世界樹【蟠桃】。
巨大すぎるそれは隠されもせず、堂々とした姿を晒している。
初めて見るそれは圧巻の一言だったが、あそこまで堂々としていては呆れを通り越して感心すらする。
大方違和感を抱かないよう結界を張っているのだろうけど、良くもバレないものだ。
この巨大な学園都市を覆い尽くすほどの結界を張り、かつ陰鬱な雰囲気にならないとは恐れ入る。
或いは、あの世界樹があるからこその雰囲気なのかもしれないが。
良い土地には良い人が集まる事が多いが、ここ麻帆良学園都市もそうなのかもしれない。
しかし、何故ここを学園都市にしたのだろうか。
不思議だ。
この麻帆良学園都市は関西呪術協会との仲の悪さゆえからか、稀に襲撃を受けると言う。
魔に対する備えは万全であるから大事にはなっていないし、一般人に目撃されることを恐れているため襲撃も夜限定だというが、それでも危険は僅かながらもあるだろう。
もしかして此処に学園都市を作ったのもなにかしら理由があるのだろうか。
創設者が元々教師でとか。
しかしまあ、そう言った話は置いといて、宿も予約済みで、後は麻帆良内を見て回るだけなのだが、それよりも前に、ここの長でもある学園長へと挨拶へと伺わなければならない。
知らない魔法使いがうろうろしている状況というのも、一応許可は取ってあるが、向こうからしたら気が気ではないだろう。
無用な争いを防ぐため、許可証をくれると言うので貰いに行くのだ。
しかし、何故女子中等部に学園長室があるのだろうか。
学園長の趣味、という事ではないだろう。
此処までの大きな学園を切り盛りしていて、悪い噂は聞かない、むしろ、友人であると言うおじい様からの評価も悪くない、むしろ良いというのだから、変な性癖ではないだろう。
或いは全学校に執務室を用意してあり、私達に合わせて女子中等部の執務室にしてくれたのだろうか。
いや、執務室が全校にあるとか、無駄に過ぎるから、男子と女子に一室ずつあって、て言う方が納得できるかな。
「さ、姉さん。世界樹広場前に案内してくれる人が居るみたいだから、待たせるのもなんだし、行こうか」
「そうだね」
手を振ってくる女生徒達へと笑顔で手を振りながら返答してくる姉さん。
相変わらず人と仲良くなるのが上手いようだ。
それに少しだけ羨ましくなるが、私は私だと気を取り直す。
道すがら、周囲を観察しながら歩く。
けれどやっぱりチラチラと見られるので、気になってしまう。
何か変な場所でもあっただろうか。
「う、ん」
今日は姉さんと色違いでお揃いのレースワンピを着ているのだが、やはり不自然だろうか。
まあ、一応嫌な雰囲気は感じないから、悪い事ではないのだろうが。
しかし今日は麻帆良学園の学園長に挨拶に来たのに、こんな格好で大丈夫だろうか。
いやまあ、どんな格好が最適解かは解らないが。
なにせ魔法学校の制服で来るわけにもいかないし。
中学生以上なら制服でいいんだろうし、成人ならスーツ姿でOKだろう。
わざわざ実家からドレスを持ってくるわけにもいかないし、何より悪目立ちすぎる。
まあ、だからと言ってこういった格好が良いかと言われれば、どうだっただろうか?
前世も昔過ぎて忘れたし、今世では大丈夫と念を押したのが身内であるため、安心が出来ないのである。
まあ、私のような無骨者が着ても、こんな可愛い恰好はあまり似合わないとは思うけど。
「ね」
なんて、誰に聞かせるでもなく呟いたとき、少しだけ強めの風が吹き、
『そんなこと、ないよ?』
彼女の声が、聞こえた気がした。
「え?」
慌てて周りを見渡すが、彼女の姿は微塵も無く、姉さんが少し先を行っているのが見えるだけ。
気の所為かと首を傾げる。
「ルーネ―?置いてくよー」
「姉さん待って」
首を傾げながらも姉さんへと追いつくために走り寄る。
『クスクス』
彼女の笑い声が風に乗って聞こえてきた気がして、そして彼女の浜辺を幻視して思わず顔を綻ばせる。
空耳だとしても、また彼女の声を聞けて良かったと、そう心の底から思った。
◆◆◆◆◆
その後、合流した案内人に連れられ、学園長室前まで来た。
ほななー、じゃあねと手を振って去っていく案内人に姉さんと一緒に手を振り返し、扉の前に向き直る。
「良い人達だったね。もしも同じクラスになれたら上手くやっていけそうだ」
特に、京都弁を喋っていた何処か天然気味な黒髪の娘、近衛木乃香さんとは姉さんと相性が良いように見えた。
こう言っては少し嫌な印象を受けるが、彼女は学園長のお孫さんらしいので、仲良くなった方が学園長からの覚えは良いだろう。
まあ、彼女自身も凄く良い子であるため、一緒のクラスでなくても仲良くしたいが。
逆に髪を両サイドで鈴の付いた髪留めで縛っている左右の瞳が色違いの娘、神楽坂明日菜さんとは、最初が難しいように見える。
けどまあ、情は深そうに見えたので、仲良くなればきっと後はあっという間だろう。
姉さんならばすぐに仲良くなれるだろう。
私?
私は終止黙ってたから解らない。
というか、うん、姉さんが楽しそうだったから、それが嬉しくてそれを眺めてた。
近衛さんは、お姉ちゃんが好きなんやねぇなんて言っていたが、事実なので頷いておいた。
何故か神楽坂さんに、クールなのねとか言われたが、割とそうでもないので無言で首を横に振ったが、何故か感心された。
姉さんはそれが面白かったらしく、悪戯っ子の表情で見ていた。
「そうだね。ルーネもあの娘達の事気に入ったみたいだし、一緒のクラスになれると良いね」
微笑ましそうに見られながら言われるが、それはむしろこちらの台詞だ。
姉さんも姉さんで真っ直ぐな性格をし過ぎているせいで、他者と親友と呼べるまでの関係に発展したことは無い。
何故なら、魔法使いは何処か一般人を下に見る傾向がある。
それは子供の内はより顕著で、下手をすれば自身が選ばれた特権を持っていると勘違いしている子も少なからずいる。
魔法なんて、所詮科学で代用できる程度の事しか出来ないのにだ。
姉さんはその無邪気とも言える悪意を見逃さない。
だから、姉さんのより内側に踏み込める者は、魔法使いの中では家族を除いて居ないと言えるだろう。
そう、だからこの麻帆良学園都市では期待しているのだ。
さっきの娘達なんて御眼鏡にかなったようで、随分と楽しそうに話し込んでいた。
だから、凄く嬉しかった。
まあ、それも此処に受かればの話だけど。
推薦枠は貰っているものの、確定という話ではない。
姉さんは余裕だろうが、いつだってこういう試験などは緊張するものだ。
それはともかく、あまり待たせてはなんだし、そろそろ入ろうか。
ドアを二度コンコンと叩くと、入室の許可が出た。
失礼しますと言って礼をしながら入ると、中には豊かな髭がある、特徴的な後頭部をした、恐らくは学園長らしき老人と、恐らく20代中盤くらいの背の高いスーツを着た男性と、豊かな胸が特徴的なスーツ姿の女性が居た。
「初めまして、私はベアトリス・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼンと申します」
「私はジークルーネ・ヴァルトルート・フォン・キルヒアイゼンといいます」
自己紹介の後、ちょっと優雅にお辞儀をする。
「ふぉっふぉっふぉ、遠路はるばるよく来たのぉ。儂は近衛近衛門じゃ。この麻帆良學園で学園長をしておる。お主たちの事はウルリヒから聞いておるよ」
「本日はお招きいただきありがとうございます。至らぬ身ですが、よろしくお願いします」
因みにウルリヒとは私達のお爺ちゃんだ。
おじい様と呼ばないと拗ねる茶目っ気たっぷりの人で、私達にとても優しくしてくれる。
日本好きで、だからか、小さな頃から日本の土産話や日本語を教えてくれたりもした。
今は絶滅しているサムライやニンジャと会ったことがあるとか眉唾物の話もあったが。
「初めまして。僕は高畑・T・タカミチ、君のお父さんと同じ団体、悠久の風に所属している魔法使いだ。君達のお父さんからは色々と話は聞いてるよ」
「父からお噂はかねがね伺っております。父が日ごろお世話になっているようで、ありがとうございます」
どんな事を言っているか凄く気になるが、どうせいつものべた褒めだろう事は推測に難くない。
それよりもこの高畑という人物、色々な場所を飛び回り活躍している方で、なんでもAA判定の上位の魔法使いなんだとか。
父さんも仕事で何度か一緒になり、色々と助けてもらった事があるというらしい。
確かに見た限りではあるが、強い。
たとえ不意を突いたとしても、10回の内9回は負けるだろう。
不意を突いてそれなのだから、正面からやったとしたら結果は考えるまでもない。
「初めまして。私、源しずなって言います。魔法使いではないけど、裏の事情もある程度は知っているから、何か問題があったら気兼ねなく言ってね」
そう優しく微笑みかけてきた女性は知らないが、確かに頼りになる雰囲気を持っていた。
なんれ頼りにさせてもらうことがあるだろう。
「その時はよろしくお願いします」
礼を言って頭を下げる。
あらあらなんて言って顔を綻ばせる彼女。
「ふぉっふぉっ、そう畏まらんでいいよ。長旅で疲れとるのに、肩肘張ったやり取りは疲れるじゃろう」
「えっ、そうですか?ありがとうございます!いやぁ、実はこういう堅苦しいのって苦手なんですよね」
「姉さん」
「ふぉっふぉっふぉ、よいよ」
速攻で手のひらを返したように態度を崩す姉さんを窘めるが、学園長は笑って許してくれた。
流石関東の魔法使いを束ね、この広大な学園都市を取り仕切れるだけあって器が広い。
「ほらほら、学園長も許してくれたんだし、いいじゃない」
「姉さんが自由すぎなだけ」
はぁとため息を吐いて窘めるのを諦める。
高畑さんはそのやり取りを苦笑して見て、源さんは元気がいいのねと呑気なものだった。
「うむ、元気が良いのは良い事じゃよ」
「あまり煽てないでください。姉さんは只でさえ調子に乗りやすい性格なんですから」
「ひっどーい」
ぷんぷんと怒る姉さんだが、割と事実である。
調子に乗って母さんに怒られたのは一度や二度ではないだろうに。
「うむうむ、仲良きこともまた良しじゃ」
微笑ましそうに笑い、その後で腕章を渡される。
「これには識別の魔法が掛けられておっての。魔法使いが見ればお主達が見学者だと解る筈じゃ。無くさんようにの」
「あっははー、もちろんですよ~」
「姉さん」
「は~い」
反省したように返事をするが、絶対に反省してない。
お陰で終止微笑ましく見られてしまった。
その後、少し談笑をして、そろそろ解散という運びになりそうになった時、学園長から変な質問をされた。
「うむ、良い話が聞けて楽しかったわい。ところで、最後に一つだけ質問させてもらってもよいかの」
こくり頷くと頷くと、学園長は微笑んだ。
「お主らは
そんな変な質問をされた。
「ああ、そんなに考えることは無いよ。そうじゃの、お主らにとっての目指す姿、というものでよいよ」
首を傾げる私達に学園長はもしくは憧れている人でもいいと答えてくれた。
「それなら簡単ですね。私はみんなの光になれる人だと思います」
「ほうほう」
姉さんが自慢げに語ると、学園長は微笑んで頷いた。
「人間、迷う事なんてざらじゃないですか?だから私はいつかそんな人たちの光になってあげられたらいいなって、そう思います」
「うむ、いいことじゃの」
学園長の言葉に同意するように2度ほど頷くと、高畑さんと源さんにクスリと笑われた。
う、ちょっと恥ずかしい。
しかし、自分にっての目指す人、か。
脳裏をよぎるのは私の胸を焦がす2人の姿。
一人は言わずもがなな私の先輩と、閃光のような彼女。
だがやはり口に出すとしたら、ずっとずっと前から目指していたあの人で、それに姉さんと同じような事を言うとやはり気恥ずかしいものがある。
「…私は、私にとっての英雄は、決して諦めない人です」
「ふむ?」
「例えどんな苦難でも、どれほど辛くても諦めない人です。人に後ろ指を指されても、自らの正義を進める人を知っています。人のよっては馬鹿だと言う人も居るでしょう。気が狂っているとも言われるかもしれません。けど、私は知っています。その人がどれだけ頑張ってきたのか。才能もなかったし、私よりも不器用だったから苦労の連続だったことも。けど、あの人はそれでも負けませんでした。そして多くの人を救ってきました。だから私にとってその人は誰よりも、それこそ物語の中の英雄よりも凄い人だって思ってます」
語った後、少し恥ずかしくなったが、それでもあの人の事を誇りに思うからこそ前を向く。
私も、あの人の背中にそれを学んだから。
「…君にとっての英雄は、例えば、その手が血に塗れていても、英雄だと言えるだろうか」
ぼそりと高畑さんが深刻そうな顔をして呟く。
そして呟いた後、自分が失言をしたように後悔の色に顔を染める。
その顔を見て、彼も迷っているのだと解ったからには黙ってなどいられない。
「―――はい。私にとっても、救われた人にとってもそうだと信じています」
それでも、私は迷いなく答える。
尊いあの人は、きっと悩みながらも手を血に染めるだろう。
それは決して褒められたことではないが、それでもその苦悩には意味がある。
その苦悩は
「だから誇りに思っても良いんですよ。貴方が救ってきた人達も、それを望んでいると思います」
「…けど、届かなかった人達も居た」
「誰もかれもを助けられるなんて、物語の中でしかありません。そもそも、あの人だって何もかもが出来た訳じゃありません。むしろ多くの人を救えませんでした。でも、それでも手を伸ばしたことに意味はあると思います。救われなかった人たちにとっても」
例えそうであってほしいと言う願望でしかなくっても、それで道を諦める事だけは在ってはならないだろう、失ったモノの為に。
「だけど、僕は…」
後悔するようにその手を握り締める高畑さん。
「それでも貴方が救いたかったと、目指したい背中があるのなら、諦めず目指してください」
「僕に出来るだろうか。まだ間に合うだろうか」
「はい、諦めなければ、譲らなければ出来ます。いつだって間に合うんです。目指したその背中に」
私も、あの背中を未だ目指している最中なのだから。
高畑さんが目指すその背中がどんななのかは知らない。
偉大過ぎて背中も見えないのかも知れない、美化しすぎてるのかもしれない。
もしかしたら歩んだその先で道を違えるかもしれない、道を間違えるかもしれない。
それでも、前を見て歩んだその過程は、きっと間違いではないだろうから。
だからせめて、胸を張って歩んでほしいと、今とは別の、届かなかった前世の私は思うのだ。
そしてこうも思う、どうか彼自身が思うような
◆◆◆◆◆
その後、変な空気になったが、学園長がなんとかそらしてくれたお陰で元の空気に戻った。
にしても、珍しく熱く語ってしまって、少し気恥ずかしい。
「それでは失礼します」
「では、失礼しまーす」
「姉さん?」
「は~い」
閉めた扉の奥から苦笑の気配があったが、気にしてたら負けだ。
そして学園長室からの帰り道、廊下で凄い綺麗な少女と出会った。
麻帆良女子中の制服を着た、腰まであるストレートの金の髪を揺らしながら歩く少女に見惚れる。
まるで完成度の高い人形のような整った顔つき。
まだ小学生に見える彼女だったが、それが余計に少女の美しさを際立たせている。
あれで何もかもが気に食わないと言った表情がなければ、何処の人形師が造った美しい人形だと思ったに違いない。
だから、その何もかもが気に入らないと言う表情と何かを諦めきったような碧眼が少しだけ――
見惚れていると私の視線に気づいたのか、一瞬だけ私に視線を向け、取るに足らんと視線を背けて擦れ違い、そのまま通り過ぎて―――
「おいお前」
少女に呼び止められた。
というか、私で良いんだよね?
「お前以外に誰が居る」
「はいはーい、私も居ますよー」
「黙ってろ」
姉さんと少女が漫才のようなやり取りをしている最中でも、向かい合った少女は一度も視線を外すことなく私を見ていた。
まるで何かを見極めるように。
そして視線はそのままに、無視されて陳情を申している姉さんを無視して私のすぐ近くまで歩いて来て、ぐいっと私の胸ぐらを掴んでその端麗な顔が耳元まで近づき、
「お前からは嫌な匂いがする。そう言った匂いをさせてきた人間は大抵碌な人生を送っていない。精々気を付けろ」
「え?」
そんな忠告をされた。
脳裏によぎるのは、いつかの夢。
かの水銀の王との邂逅の一幕。
「ふん、心当たりはあるようだな。お前なぞどうでもいいが、アレの好きにされるのは心底我慢ならん」
「それって」
どう言う事かと聞く前に、少女は私の胸元から手を放し、興味を失ったように背を向け歩き出した。
「精々足掻け」
それだけを残して学園長室へと去って行った。
「まさか」
「大丈夫?」
まさか彼女も被害者なのではと考えていたら、姉さんが心配そうに私の様子を見てきた。
「ルーネはああいった人に関わったら駄目よ?」
「姉さんは、あの人がどんな人か知ってるの?」
「ええ、あの娘は間違いなく――――中二病よ」
学園長室に入ろうとしていた少女がずっこける。
凄く耳が良いみたいだ。
「姉さん、中二病って?」
「それはね」
姉さんが中二病と言うものについて説明しようとすると、少女が肩を怒らせて私達の方へと歩いてきた。
「待て、誰が中二病か!」
「思春期を変な方向へと拗らせてしまった…」
「ええい、貴様説明を続けようとするな!」
「ええー、なんですか急にぃ。物知りなルーネに対して、姉らしく振る舞える数少ないチャンスなんですから邪魔しないでくださいよぉ」
「姉さん、顔が笑ってる」
完全にいじめっ子モードである。
どうやら、反応の良さが気に入ったご様子。
それにさっき無視された事への意趣返しもあるようで、どうにも止まりそうにない。
「くそっ、私を舐めるとどういう目に合うか、解らせてやろうか」
「ほら、やっぱり中二病じゃないですか」
「ぐぎぎぎぎ、ならば聞くがいい!お前達も魔法使いの端くれなら聞いたことがあるだろう。私こそは『真祖の吸血鬼』『悪の魔法使い』『闇の福音』等の数々の異名を持つエヴァンジェリン・A・K・マクダウェル様だ!」
「へぇ~、そうですかぁ。そんな偉大な魔法使い様がぁ、どうしてこんなところで女子生徒何てやってるんですかねぇ。聞かせてくれませんかぁ?」
「うっ、そ、それは…」
姉さんは、やっぱりそう言う設定なんですねとでも言いたげな視線でもって返事をした。
エヴァンジェリン(仮)さんにもそれが解ったのか、悔しそうに地団駄を踏んでいる。
まあ、確かにもしも本物であっても、今ここで魔法を使って見せる訳にもいかないから、証明のしようがないだろう。
ましてや暴れることなんてもっての他であるし。
というか死亡説が流れているのに、ここで本人登場とか流石に無いから、やっぱり本人を騙っている可能性はある。
けどそんなことをする必要性は無いし、そこに姉さんが言ってた中二病というものが関係しているのだろうか。
病と言っているし、身体的、或いは心因的なモノの一種だろうか。
「貴様も、身内なら笑ってないで止めろ!」
「いえ、姉さんが楽しそうならいいかなって」
「シスコンか!」
事実であったので頷いておいた。
そしたら何故か頭を抱えられた。
「というか、やっぱり魔法関係者なんですね」
「貴様、もしかして知っててからかってきたのか?」
「どうですかね」
ふふーんと笑って受け流す姉さんに、舌打ちをして忌々しげに姉さんを見るエヴァンジェリン(仮)さん。
「………ん?」
魔法、関係者?
むむむっと顔をしかめて今迄の会話を思い出す。
「おい、もしかして貴様の妹」
「ええ、どうやら気付いてなかったみたいですね」
「貴様ら、顔はそっくりなのに、どうして此処まで似てないのだ?」
「そこが良いんじゃないですか。まあ、もっと小さい頃は性格すら瓜二つで、両親ですら見分けられなかったほどでしたけどね」
「…そのまま成長することがなくて良かったよ」
「……はっ!?」
確かに、魔法使いの端くれって言ってる!
というか私も普通に受け答えしてた!
「貴様の妹、少しどうにかしたほうがいいんじゃないか?」
「分かってないですね、そこが可愛いんじゃないですか」
「……付き合ってられん」
何かを諦めた様に肩を落として去っていくエヴァンジェリン(仮)さん。
その背中には何故か哀愁が漂っていた。
「あ、それじゃあさよならです。…えっと、エヴァンジェリン、さん?」
あ、ずっこけた。
「き、貴様はーーーー!」
私の一言でエヴァンジェリン(仮)さんは激怒し、姉さんは笑い転げて呼吸困難になっていた。
その後一悶着あり、学園長室から高畑さんが出てくるほどの騒ぎになり、名前を教え合って私達は別れたのだった。
まさか本当におとぎ話の人物だったとは。
なんでこの学園に居るのだろうか?
「サインを頼めばよかったかな」
有名人のサインなんて、前世含めて貰ったことないから、ちょっと惜しかった気がする。
いや冗談だけど。
「ルーネはある意味大物だよね」
「そうでもないよ」
彼女の悪名は知ってるし、彼女自身、自身の罪は充分知っているだろう。
そしてその上できっと色々な事を受け入れているに違いない。
だけど、気に入らないのだ。
擦れ違う前、彼女は酷くつまらなそうな顔をしていた。
それが表情に染み付くほどの人生を送ってきたのだろう。
けどこの黄昏の世で、そんな顔は見たくない。
様々な事情もあるだろう、背負うべきものもあるだろう。
だけど、それでも幸せになってほしいと願われて私達は生きているんだ。
だからと言う訳でもないけど、ただ一度でいいから、そのつまらなそうな顔が本当の笑顔で彩られる様を見たいと、そう思ったんだ。
だから、なんでもいいから切欠が欲しかったのが本音だったりする。
「だから、それが大物だって言ってるの」
そう言って、姉さんは嬉しそうに笑ったのだった。
けれど不思議なのは、前世でもそう言った人を見かけたことは在るのに、何故今になってそんな欲張りのような考えを持つようになったのか、それだけは解らなかった。
「ふぅむ」
そう唸って、麻帆良学園の学園長であり、関東魔法協会の長である近衛近衛門は、少女たちが出て行ったドアを見つめる。
そして、隣でしきりにうずうずした様子の高畑・T・タカミチを見ると、再度唸る。
結果として、彼女達には好感を覚えるほどに好印象だった。
だが、終わりにした質問で新たな問題が出てきた。
それは、
「あの娘達にネギ君を任せて良いのかのう」
ずばりその問題だった。
確かに、二人の仲は良く、接して解ったが、人柄も問題ない。
評判通りならば実力も問題なく、あれならば十分
どちらかを、或いは両者をネギ・スプリングフィールドの従者にと、つい先ほどまではそう思っていた。
いや、正確に言えば、姉のベアトリスは問題なかった。
問題は妹のジークルーネだ。
性格自体は問題ない。
だが、今のこの高畑の様子を見れば解る通り、たかだか十代半ばの少女の言葉一つで浮足立ってしまっている。
少女の言葉が真摯だったからだろうか、彼の共感を
まるで赤き翼の面々が揃っていた若き頃の彼に戻ってしまったかのようだ。
あの様では、デスメガネと呼ばれるほどの非情さは期待出来まい。
だが、誰が予想できようか
「高畑君や、落ち着きなさい」
学園長が落ち着いた声で呼びかけると、高畑はようやく我に返ったように居住まいを正す。
「して、二人はどう思ったかのう」
「はい、可愛らしい二人でしたね」
「いやしずな君、そうじゃなくての」
「ほほほ、冗談です。随分と大人びた娘達だと感じました。特にジークルーネちゃんは、その、なんていいますか、話していて違和感というか、大人と子供の両面性があると言いますか」
大人っぽいと言う言葉では片付けられない気味の悪さ、ちぐはぐさを感じた。
なるほどと源しずなの言葉に頷く。
確かに、思い返してみれば、そんな気がしないでもない。
姉の性格が鮮烈だったので印象は薄かったが。
「ふむ、高畑君はどうじゃったかの」
「え、ああ、そうですね。僕は2人とも印象は良かったです。ただ…」
高畑は少しだけ言葉を濁すと、意を決したように話し出す。
「勘なんですが、ネギ君を偉大な魔法使いとして育てるのなら、姉の方、ベアトリス君とネギ君は、一緒にしないほうが良いかもしれません」
「ふぉっ?」
自身とはまるで正反対の意見に、近衛近衛門は驚いた。
まさか、まだ先程のを引きずっているのかと怪訝な視線を向ける。
「ネギ君は、ナギさんとは違い、比較的大人しい部類です。自分で決めたことに関して頑固な気質は親譲りですが、それでもまだ子供で、良くも悪くも他人に左右されます。そしてベアトリス君は恐らく、見た通り、鮮烈な人間なんでしょう。そう言った人間は経験上、周りの人間を良い方向へとぐいぐい引っ張って行きます。ナギさんのように」
「それの何が悪いんじゃ?」
「考えてもみてください。もしも彼女がネギ君にとって
ネギ・スプリングフィールドはある事件で精神的疾患を患っている状態だ。
療養させようにも、本人がそれを望まないし、環境的にもそれが出来ない。
故にこそ、麻帆良でゆっくりとと思っているのだが。
そして高畑は、個人的にはそれでも良いと言う感想は言わなかったが、その目が何を思っているのかは近衛近衛門に伝わった。
もとより、高畑にしてみれば恩人の息子だ、その幸せを願わないと言う事はあり得ない。
ただ、父親の後を継いでも欲しいとも願っているだけ。
その天秤は今は拮抗している。
故にある意味ではどちらでもいいのだろう、ネギ・スプリングフィールドが心から望んだ方向へと進めるのなら。
「ふぅむ、どちらを取っても一長一短と言った所かの」
むしろ、もしかしたら当初の予定通り、自身の孫ともう一人に任せる方がいいのかもしれない。
「じゃが――」
そう言って高畑を見る近衛近衛門。
ベアトリスがネギを英雄から遠ざけるのなら、逆説的に言えば、ジークルーネは、英雄を導く存在ということになる。
高畑も、境遇から言えば英雄へと手が届く存在だが、彼には才能と、そして何より不幸なことに英雄に足る戦場がなかったこと。
それさえあったのなら、もしかしたら彼は赤き翼に次ぐ英雄へとなれたかもしれない器を持っている。
そして彼は今もなお、心の底では彼等に届きたいと、そう願っている。
それを見抜いたのか、本能なのか、彼の願いを直に刺激するような発言で彼を惑わせている。
「難しいものじゃの」
だからこそ、ネギ・スプリングフィールドを英雄としたいものからしてみれば、彼女は得難い存在なのかもしれない。
だが、英雄とは得てして悲劇の象徴でもある。
いや、悲劇があるから英雄が生まれるのかもしれない。
悲劇を生み出す、或いは無くす存在として。
そう言った意味で言えば、彼の少年は最高の英雄となるだろう。
魔法使いとしての近衛門は英雄を望むが、教育者としての近衛門は少年に明るく健やかな道に進んでほしいと願っている。
ならば関東魔法協会の長として、また麻帆良学園の学園長の近衛近衛門が選ぶ道は―――
そこまで考えた時、外が矢鱈と騒がしいことに気付いた。
「ふぅむ、あれは――」
「エヴァの声ですね。僕が見てきます」
「うむ、頼んだ」
そう言って高畑を見送ったのだが、連れてきたのはやはりエヴァンジェリンなのだが、怒り心頭と言った様子でソファに座り、ぶちぶちと文句を言っている。
中二病とか言っているが、本当に何があったのか。
「何があったんじゃ?」
「えっとですね、例の姉妹と言い争い?ではなくて、じゃれ合い、痛っ、エヴァ、痛いから無言で蹴らないでくれよ!」
「ふんっ」
「ふぉっふぉっふぉ、さっそく仲良くなってくれたのなら嬉しいのう」
「アホか。誰があんな小娘どもと。ただ妹の方から嫌な気配を感じて忠告しただけだ」
「ふむ」
「あのガキ自体は問題ないだろうよ。人間故の大なり小なり歪みは在ろうが、アレは天性のお人好しだ。だが、あいつの魂に忌々しい匂いがあった。大方、一方的に目を付けられたのだろうが、あの小娘もついていないな」
本当に忌々しそうにエヴァンジェリンは顔を顰め、苛立ったように吐き捨てた。
「エヴァ、それは」
「ああ、お前らは気にするな。お前らではどうすることも出来ん。出来るとすれば、神にでも祈る事だろうよ」
「そう言われてものう」
仮にも友人の孫に対して気にするなと言われても、そうはいかないのが人情だろう。
「これは手元に置いておいた方がよさそうかの」
手元に置いておいた方が、いざというとき助けられる、そう判断したが故だ。
色々と思惑はあるものの、今回は善意のほうが勝った。
「あぁ?」
「良かったじゃないかエヴァ。これで来年からは退屈せずに済みそうだ」
エヴァンジェリンの疑問の声に、高畑は遠回しに来年からは一緒のクラスだと告げた。
それに気付いたのか顔を顰め、盛大なため息を吐いた。
「そうじゃ、彼女等も魔法使いじゃが、危害は加えんようにの」
「はぁ、そんなことを言う為に呼び出したのか?」
「重要な事じゃよ」
もしもエヴァンジェリンが気に入り、眷属に加えようとするのなら、例え封印状態だったとしてもそれを止められるのはこの学園で2人しかいない。
しかもその一人である高畑も、出張が多く、居ない事が多い故に、実質的に学園長しかいないだろう。
そして軽々しく動ける立場にないのが彼の立場であり、そうなったら即座に止められる者はおらず、憐れその毒牙に掛かってしまってしまうのだ。
「来年は有望な者が多いからのう」
「ふん、私の主義を知っていながらその言葉を吐くとはな。私が信用されてないのか、それとも耄碌したのか。あちらから手を出さん限り、女子供には手は出さんさ」
少しだけ、3人の空気が弛緩したのを狙ってエヴァンジェリンは爆弾を投じた。
「もちろんネギ・スプリングフィールドにもな」
「「「!?」」」
驚愕は、この場のエヴァンジェリン以外の全員が等しく感じた。
「ハッ、何を驚いている?隠して居た筈のナギの息子の存在を知って居た事か?それとも、その子供がこの学園に来ることを知って居た事か?」
むしろその両方だ。
「私にだってまともとは言い難いが独自の情報網はある。あの
彼女自身の種族的な問題もあり、まともな関係を築く事は不可能だったが、逆に言えばまともでない関係ならば容易だと言う事だ。
たとえば、彼女を崇拝する者達も陰に入るし、金を払えば何でもする輩は多い。
さらに、気まぐれで助けたものや、彼女のような人外のコミュニティ等もあったりする。
まあ、前者2つは例えどんなことがあろうとも頼ることは無いだろうが。
崇拝は過ぎれば鬱陶しくて危険だし、金を払えば何でもする輩はだからこそより多くの利益をもたらす側に付く。
とまれ、驚きはしたがなと彼女は言うが、実際問題、真実を知った時の彼女は酷く取り乱しただろう。
だってそうだろう、惚れた男に子供がいるなんて言う事実、どう受け取ればいいと言うのだ。
しかも子供がいると言う事は結婚もしていると言う事。
妻の方は隠されていて誰かは分からなかったが、要は隠されるだけの人物と言う事だ。
きっと、自分なんかとは違う、まともな女なのだろうと自虐もしただろうに。
だが落ち着けば、また置き去りにされたのかと落胆もした。
「ああそうだ、宣言しておくがな。次で最後だ」
「エヴァ、それは…」
「そのままの意味だ。貴重な体験だったが、それも次の三年間で最後だ。最後にナギの息子がどういう奴か判断して、
場に沈黙が訪れる。
それは荒唐無稽だからと言う訳では無く、彼女が本気になればできてしまうが故の沈黙だった。
それを、エヴァンジェリンも今までの皮肉気な笑みを辞め、真剣な表情で告げた。
「そうかの。いや、そうじゃな、お主がそう決めたのならしょうがあるまい」
「ま、平穏すぎて性に合わなかったが、悪くはなかったさ」
エヴァンジェリンはそう言って、いつの間にか出されていたお茶を一気に飲み下し、諦めがこびりついたような皮肉気な顔をして、じゃあなとだけ言って去って行った。
それを、今迄利用する事しかできなかった彼等は見送るしかなかった。
「…あの娘達がいい刺激になればいいんじゃがの」
近衛近衛門はそう言った直後、自らが最早あの憐れな少女の事を諦めてしまっているのだと悟った。
そして自分がそれだけ老いてしまったのかも。
深い嘆きの溜息を吐き、エヴァンジェリンの事を考える。
千年を生きるには繊細過ぎた少女は、あらゆるものを諦めて生きてきたのだろう。
そして今の捨て去ったが故の強さしか持たない、化け物の皮をかぶった少女が出来上がってしまった。
そんな彼女をこそ救ってこその正義の魔法使いであるのに。
「正義とは、誰かを助ける代わりに、誰かを助けない事、じゃったか。今になってこの言葉の意味が解るようになるとは、耄碌したものじゃ」
「誰かいい跡継ぎは居らんかのう。うちのこのかなんて将来有望なんじゃがのう」
チラリと高畑を見ると、全力で視線を逸らされた。
ふぉっふぉっふぉとわざと明るく振る舞い場の空気を誤魔化すと、やれやれと残っている仕事に取り掛かることにした。
最早自分にできることは、後続の若き者達が迷いなく自らが望む道を進めるようにすることしかないのだと理解して。