ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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この作品始まってからの、祝一戦目と言う事もあって気合を入れました。
入れ過ぎて一戦だけで一話使っちまった………。
その分、楽しめる内容となっていると思いますので、どうぞ気合を入れて読んでください。
マジでしぶとく長い話です。
そしてこれがこの学園のデフォルトです。


一学期 第三試験 【決闘】

 05

 

 

 

 学生寮一階、(えんじゅ)の方角、学生食堂では、二階エントランスまで用意された実に広い空間だ。全校生徒五百人以上が一度に来ても良いようにと考えられているからとはいえ、その広さは入学試験時の屋内ホームにさえ匹敵する。寮は棟ごとに学年別で別れているため、滅多に上級生と交流する事はないが、この食堂は別だ。唯一上級生と下級生が共に使う場所と言える。

 が、上級生の殆どは、お金の問題から食堂を使わず、自炊する者が増えてきている。

 食堂のメニューは、一番安い食事でも百五十クレジットだが、これは小さい御椀の御飯に、味噌汁だけだ。他には沢庵(たくあん)も梅干一つも追加されない。こんなバトル推奨の学園で、育ち盛りの少年少女がそんな物で満足するはずが無く、必然的に高いメニューを選んでしまう。その額は約二百五十クレジット。これを毎日三食選ぶとなると、正直、節約したいと考える学生にとっては窮屈な値段となる。必然、夕飯時の食堂には一年生の貸し切り状態となっていた。

 そんな中、適当な定食を選んで空いている席に着いた明菜理恵は、箸を取ってから「しまった………」っと後悔していた。

 彼女の右隣りには、珍しく九曜を連れていない、紫の紺袴の東雲カグヤが、上品な手つきで親子丼を美味しそうに食べている。

 その逆、左隣ではゴスロリ衣装のツインテ少年、水面=N=彩夏が、トンカツ定食のトンカツに掛けるソースが四種類ある事に、悩まされている。

 正面には、青の混じった紺色の髪を短く整えられ、何処か学者然とした様な雰囲気を纏い、可愛いらしい顔をした黒瀬(くろせ)光希(みつき)が、定食の鮭の骨を慣れた手つきで綺麗に取り除いている。

 前方斜め右では、紫色の髪をポニーテールにまとめたクールビューティー風の小金井(こがねい)正純(まさずみ)が卵で溶いたネギ入り納豆をかき混ぜ、御飯にまぶし、健康第一と言うかのような真面目な顔でしゃくしゃく食べ始めている。

 前方斜め左では、白髪に金色のタレ目気味の眼をした少女、緋浪(ひなみ)陽頼(ひより)が白いシャツを着ているのにカレーうどんを選んでしまったミスに今更気付き、難しい顔で慎重に麺を啜っていた。

 この状況を再度確認した理恵は改めて思う。(しまった………)っと。

 何故彼女がそんな感想を浮かべるのか、その理由は周囲の人間性にある。とある事情で理恵はこの学園の生徒の事をいくらか先んだって知っていた。だから解ってしまう。今自分の周囲を囲っている奴等は全員―――。

(男ばっかじゃんっ!? ………一人微妙だけどっ!?)

 そう、カグヤと彩夏(さいか)は既に言うに及ばないだろうが、光希(みつき)正純(まさずみ)陽頼(ひより)もまた、女性ではない。約一名、完全に否定するのは躊躇う人物もいるが、とりあえず女性ではない。

「お? なんだこの席は? 女の子ばっかりとは豪勢だな? 美しいお嬢さん方? 同席よろしいでしょうか?」

 金髪碧眼の色男、ジーク東郷が現れ、そんな事を言い出すものだから理恵は「コイツバカかっ!?」っと叫びたくなった。その席の殆どから苛立ちに似た声が返っていく。

 

「「「「(私)(僕)俺は男だ」っ!!」」」

 

「紛らわしいよっ!? いや、女顔の男に言うのもなんだけど、これだけ集まってたら本気で紛らわしいだろうっ!? ってかなんでこんなにオカマばっか集まってんだよっ!?」

「これは家の正装だ」

 っと渋面のカグヤ。

「特に女装してるわけじゃないだろう!?」

 っと仏頂面の光希。

「俺の何処が女だよ?」

 っと困惑気に正純。

「趣味だ」

 っと、彩夏。

「「「「何か問題あるか?」」」」

 

 バンッ!!

 

「「明らかに一人問題あるだろう~~~~~っっ!!?」」

 つい、我慢できず理恵はジークと一緒にツッコミを入れてしまった。

 その様子に女顔四人が軽く驚く。カレーうどんと格闘していた陽頼は無表情に食事を続けるばかりだ。

 他の席を探すのも億劫になったのか、彩夏の隣に座るジークは、嫌そうな顔で面々を見る。

「しかし、これだけ美が揃っていて、美少年しかいないってはどうなんだ? これじゃあ口説く事も出来ん」

「まて、私は正真正銘の女だぞ! 口説かれたくないけど!」

 瞬時に否定する理恵に、ジークは「しまった口説き損ねたっ!?」っと言った感じにショックを受けた表情をする。

 そんなジークに向けて彩夏は両の手を広げた。

「私はいつでもウェルカムだ」

「だが男だっ!!」

 慌ててツッコミで回避するジークだったが、彩夏はかなり真面目な顔で瞬時に返す。

「だが、私は両刀だっ!!」

「「黙れよっ!!」」

 再びジークと理恵の同時ツッコミを受ける。

 めげずに彩夏は全員へと向き直り………。

「だからいつでも告白しに来てくれ」

「「「こっちを見るなっ!?」」」

 光希、正純、カグヤが身の危険を感じて瞬時に応対する。

「でも、私にも好みがあるから振る時は振るけど」

「「「「「なんでお前が上位存在風に威張ってんだよっ!?」」」」」

 ついに陽頼以外の全員から突っ込みを引き出した彩夏は、むしろそれこそ嬉しかったと言わんばかりに満足そうな表情をした。

 それを見ていた陽頼は、何故か彩夏の事を興味深そうに見つめる様になった。気になったカグヤが彩夏に尋ねる。

「なんでこの子お前のことじっと見てんだよ?」

「うむっ、私と同室になってな、受け答えが殆ど出来ん奴だったが、中々可愛い子だぞ」

「俺の返答にはなっていないが意味は解った。つまり同室で懐かれたのな?」

「ああ、いつの間にか女の子になっていたがな! まあ、些細な問題だ」

「全然些細じゃ―――っ!? ………いや待て? 『イマジン変色体』ってやつか? しかし男女その物が変化するってあるのか? 獣耳とか、翼とか、一時変身とかなら知ってるけど………?」

 カグヤと一緒に皆もツッコミを入れようとしたが、『イマジン変色体』っという聞き慣れない言葉に、口を閉ざしてしまう。カグヤはその後もぶつぶつと呟き、何やらイマジンに詳しそうな口ぶりで考察していたが、すぐにお手上げと言った表情になった。

「解らん………。性別変換なんて能力以外で可能とは思えんし、それを可能にする能力の意味も解らん。ただの変身じゃないっぽいしな………。このレベルになると義姉様辺りにでも聞かんと―――」

「呼んだかカグヤっ?」

 それは唐突。

 突然カグヤの頭上から現れた、千早を重ねた巫女装束の女性が現れ、カグヤを腕の中に抱き寄せた。小柄なカグヤは、それだけで腕の中に隠れてしまい、頭だけが女性の胸の間から飛び出している状態になった。

 カグヤは心底驚きながらも、馴染みある懐かしい感触に安堵し―――、

「ぐ~~………」

 ―――し過ぎてあっと言う間に睡魔の餌食となった。

「ん? お(ねむ)か? いいぞ。久しぶりに抱っこして寝かしてやろうか?」

 慈愛に満ちた優し過ぎる声に、カグヤは抗いようのない安心感に包まれ、完全に意識を手放した。

「ねんなよっ!?」

 カグヤの正面にいた正純は、我慢できず先にそっちを突っ込んだ。

 それで目が覚めたカグヤは、若干頬を主に染めながら、しかし大人しく女性に抱っこされたまま、彼女へと話しかける。

「義姉様、何処から飛んできたんです?」

「刹菜の部屋から。お前に呼ばれた気がしたからな♪」

「そうでしたか」

 嬉しそうに答える女性にカグヤは素直に頷いた。

 普通は、「そう言う意味じゃないだろう!」っ的なツッコミをしそうだが、カグヤの質問は、むしろ女性が答えた通りの意味だったので問題はない。

 カグヤは知っているのだ。この義姉が、時間や距離くらい超越するのに、大した問題はない。現れた事自体、既に不思議に思う程の事でもないのだ。

 だから安心しきっていたカグヤだが、周囲の生徒はそうもいかなかった。

 何故なら、カグヤが彼女を知っているように、他の者達も彼女を知っていたからだ。

 理恵が席を離れ、ゆっくりと距離を取る中、周囲の人間は眼を丸くして女性を見ていた。

「まさか………! 『東雲(しののめ)神威(かむい)』………っ!」

 思わず、光希が彼女の名前を口にした瞬間―――、あまりに鋭い視線が冷気となって彼を貫いた。それがただ睨まれただけだと気付く事が、光希は出来ないでいた。

 信じられなかったのだ。確かに自分は巫女装束の女性に睨まれている。だが、それがイマジンによる能力的な何かではなく、純粋な殺気を当てられたが故に本能が悲鳴を上げているなどと、理解したところで信じられず………、信じたいとも思えなかった。

 声が出ない。たった一人、自分にだけ向けられた殺気に、光希は訳の解らない恐怖を感じた。ただ黙って固まっているしかない光希に、女性はカグヤに向ける物とは全く違う、冷た過ぎるほどに冷たい声で―――、

 

「 誰が呼び捨てを許した?(身の程を知れ) 下級生(劣等種) 」

 

 その瞬間、声が二重になって聞こえる錯覚を得た。これは入学試験の時、カグヤが英語で話しかけられた時に起きた現象と同じ、『イマジネーター』の本能が、相手の言葉を理解しようとし、頭の中で自動的に言語変化を行った結果起きる現象だ。

 つまり、光希はこの瞬間、女性の『上級生』としての発言を、本能的に『上位存在』としての発言だと認めてしまったのだ(、、、、、、、、、)

「す、すみません………」

 光希は何も考える事が出来ず、ただ首を垂れるしかできない。その癖、周囲の人間はまったく殺気を受けていない所為で光希の態度を「恐縮し過ぎ」とさえ捉え、失笑を浮かべている者さえいた。

 だが、それも仕方ない。長い付き合い故に、光希の態度から察する事の出来たカグヤでさえ、女性が向けるさっきの恐ろしさをまったく知らないのだから。

「か、かかかかか………っ! 神威様っっ!?」

 だが、光希の緊張は、偶然にも近くにいた一人の生徒によって解かれる事となった。

 席を立ち、駆け寄ってきた少女は、東雲神威の大ファン、甘楽弥生だった。

「か、かかかかカグヤっ!? ほ、ほほほほホントにッ!? 神威様がおねねねねええ―――ッ!?」

「落ちつけ弥生、どもり過ぎだ………」

 カグヤに落ち付く様に言われても弥生の興奮は止まらない。なんせ、彼女が入学してきた目的の半分は、この神威に憧れたからでもあるのだから。

「なんだこいつ?」

 神威が弥生ではなく、カグヤに向けて質問する。

 視線を逸らしてもらった光希はやっと一息ついた。

「甘楽弥生。義姉様のファン」

「あああええっと………っ!? 甘楽弥生です! 勝手にファンなんかやらせてもらっちゃってます! よろしくお願いしますっ!!」

 ガツンッ!! っとお辞儀した拍子に額を机にぶつけたが、弥生はテンパリ過ぎて、そんな事さえ気にならない様子だ。

 しかし神威は全く興味が無い様子で一瞥だけしてカグヤへと向き直る。

「ところでお前、九曜はどうした? ちゃんと屈服させたんだろう?」

「いや、ちょっとやりすぎたんで………、今ベットの上でばててる」

「相も変わらず仲の良い奴らだ………。義姉は嫉妬しているぞ?」

 拗ねた顔で言いながら神威は義弟の首を軽く締める。それだけで窒息しそうになったカグヤは必死にタップ。神威はすぐに腕を緩めるが、頭の上に顎を置いてふてくされる。

 っふと、周囲を適当に見ていた神威は、何を思ったのか、悪戯を思い付いた子供の顔で笑った。

「おいカグヤ? お前ちょっと、ここにいる連中の誰かと戦ってみろ?」

 その発言に、カグヤ以外の者達も一斉にざわめいた。

「“此処(食堂)”でいきなり戦えって言うんですか?」

「問題無い。この学園の校則には、互いの生徒手帳を重ね合わせてから行う『決闘』っと言うシステムがある。ちゃんとした手順さえ踏んでしまえば、何処でなにをしようが全く問題ないのさ。………っと言うわけで誰かと戦ってみろ? 私が直々に検分(けんぶん)してやる」

 その発言に今一度ざわめきが起こる。

 決闘にではない。この勝負を、あの学園最強の名を持つ東雲神威が立ち会う事に、自然と一年生たちは興奮していった。

「か、カグヤ! 俺とやろう! 俺が相手になる!」

「いや、僕とやってくれ!」

「私と相手してよ!」

 たまらず何人かの一年生が声を上げ始める。カグヤは苦笑いを浮かべつつ、瞬時に値踏みを始める。義姉に言われた以上、彼に断ると言う選択肢は存在していないのだ。

「カグヤっ! 僕とやろうよ!?」

「いやだ。弥生とだけは絶対やらねえ」

「なんでぇっ!?」

 絶対とまで言われ拒絶された弥生をしり目に、カグヤは若干冷や汗気味にそっぽを向く。

(弥生の能力『ベルセレク』は、戦闘状況に合わせ強化を施していくとんでもない能力だ。九曜を欠いた状態でコイツと戦うのは避けた方が良い)

 義姉が見ている以上、負けるわけにはいかない。この一戦は何が何でも勝たねばならない。確実に勝てる相手がいるわけではないが、それでも弥生と戦うのはあまりにリスキーと考えた。

(何より、アイツの能力で最も恐ろしいのは派生で得た『ウルスラグナ』の方だ。アイツが『ウルスラグナ』のスキル『戦士の権能』を見せたのは塾生時代たったの一回。その上、未だにスキルの空を一つ持っているとなると、不確定要素が大きすぎる。………俺だって、今は切り札を使う条件が揃ってないんだ。軻遇突智(カグヅチ)だけで弥生とやりあったら確実に死ぬって………)

 ともかく別の相手をと探すカグヤの目に、相原勇輝の姿が映った。

(勇輝いたのか………? って、なんで既に死に掛けてんだ? まあ、アイツもアウトだな。十五以下の世代が作りだすイマジンは思い込みの強さで強力になってる。軻遇突智一択の俺が戦うべき相手じゃない)

 次に目に入ったのは浅蔵(あさくら)星琉(せいる)だったが………。

(確認は取れてないが、奴が巫女だと言うなら確実にあの(、、)浅蔵家だろう。西洋が入った朝宮、分家続きですっかり廃れた東雲と違って、浅蔵はそれなりの家系だ。九曜のいない今の俺じゃ勝ち目はない)

 そうやってカグヤは消去法で考えていくが、それだと切りがないと気付く。

 イマジネーターの実力はほぼ均等。同級生で、それも入学したての時点では、圧倒的、もしくは確実な実力差が出来るわけもなく、選択する権利をいくらカグヤが持っていても、確実に勝利できる相手を選ぶ事など出来ないのだ。

(ならいっそ、イマジネーターの勘とやらに掛けてみるかな?)

 決めたカグヤは周囲の者を注意深く見据えながら、己が戦うべき相手を見定める。

 視線を巡らせ、カグヤの直感が導いた相手は………。

「………」

 視線が止まる。そこにはガタイの大きな男が、興味深気にこちらを見据えていた。男の頭頂部に、僅かに二つほどコブの様な膨らみが見えた。「あれはなんだ?」っとカグヤが首を傾げた瞬間。

「アイツか? よしお前、カグヤと戦え」

「義姉様せめて俺の意見を聞いて?」

 神威に反論したカグヤだが、当然受け入れられない事など解りきっているので、彼は仕方なしに大男に向き直る。

「東雲カグヤだ。相手頼めるか?」

「俺で良いのかい?」

 男は心底嬉しそうに口の端を釣り上げた。

 肩を竦めて答えるカグヤをYesと捉え、男は懐から生徒手帳を取り出す。

「俺ァ伊吹(いぶき)金剛(こんごう)だ。よろしく頼むぜェ」

 カグヤは生徒手帳を袖から取り出して応じる。

 互いに生徒手帳を重ね合わせると、一瞬だけ空間に何かが広がる気配が過ぎ去る。それが生徒手帳にあるイマジネート(システム)、『決闘』が学園側から正式に認可された証明である。

 それを唯一知る神威が手を上げ、二人に一定以上離れるよう促す。

 距離にして僅か八メートル。イマジネーターの身体能力を有すれば簡単に埋められる距離。金剛が拳を構え、カグヤは袖に忍ばせておいた戦扇を取り出す。それを確認した瞬間、神威は大きな声で告げる。

「これより、伊吹金剛と東雲カグヤのノーマルルールでの決闘を始める! 立会人は、私、東雲神威が務める! バトルカウント! (スリー)! (ツー)! (ワン)! ………開戦!!」

 瞬間、開始早々に動いたのは金剛。床を爆発させるほどの衝撃で踏み出し、一瞬でカグヤへと肉薄する。

「―――ッ!?」

 一瞬気づくのが遅れたカグヤだが、ギリギリ反射で拳を躱し、横合いへと飛び退く。

 

 バンッ!

 

 空気が破裂するような轟音が鳴り響き、金剛の拳の先が軽く吹き飛ぶ。拳の衝撃波がいかほどのものか証明する一撃に、周辺にいた者達は冷や汗をかいた。

「―――ってこら~~っ!? 何しやがんだぁ~~~っ!?」

 運悪く衝撃に巻き込まれた面々の中から、背中まで伸びた長い黒髪で冷たい印象を与える鋭い目付きをしている少女が文句を口にした。

「おおっとスマン? ええ~~っと………? カルラ•タケナカだったか?」

「そうだよ!! 入学試験の時協力してやったの忘れて何してくれるっ!?」

「いやはやホントすまんかったなぁ~~!」

 本当に悪いと思っているのか解らなくなりそうな笑いを上げる金剛に、なおも切れそうになるカルラだったが―――、

「決闘が認可された以上、そこでなにが起ころうと自己責任だ。巻き込まれた奴は巻き込まれるのが悪いんだよ」

 神威のどうでも良さ気な言葉に一蹴されてしまう。

 それを聞いた周囲の面々が、自分達もただでは済まないかもしれないと判断し、出来るだけ遠くに離れる。ある者は食堂の長机をひっくり返してバリケートに、ある者は二階エントランスまで避難、ある者は能力を使って防御している者もいた。それでも食堂から逃げ出さない辺り、野次馬根性だけは立派な一年生達だった。

 慌てて二階エントランスに上がれる階段の裏に飛び込んだ小金井(こがねい)正純(まさずみ)は、そこに既に明菜理恵と言う先客がいた事に驚く。

「お前………っ!? 誰よりも早くここに移動してやがったな!? こうなる事予想してたんだろ!」

「まあ、一応これ、入学試験後での最初のイベントだったしね………、なんか予定日時かなりずれたからびっくりしてるけど………」

「イベント? なんだよこれ、実は予定されてたのか?」

「いやあ、そうじゃなくて―――」

 理恵がどう答えたものかと四苦八苦していると、突然彼女の背後から半透明な女性が現れ―――、

「転生者の生徒さんはいきなりの予定外にビックリしたんやろ~~?」

 ―――などと言ってきたものだから理恵は飛び上がって驚いた。

「ゆかり先生っ!? いつからそこに―――って言うか転生者って………っ!?」

 驚く理恵がさぞかし面白いのか、それともデフォルトなのか、ゆかりはニコニコ顔を崩さず、指を指す。

「ほら、よそ見してはると良いとこ逃しはるよ?」

 二人が促されるままに視線を戻すと、そこには金剛が長机を武器にして振り回し、それをカグヤが必死に逃げ回っていると言う………とんでもない一方的な展開が飛び込んできた。

「「っつか、もう完全に化け物に襲われてる被害者にしか見えないっ!?」」

 

 

 

 カグヤは長机を振り回す怪物から必死になって逃げていた。身体能力、特に力では勝てないと思い、戦扇(武器)を持ち出したと言うのに、まさかその辺の長机を武器代わりにしてくるとは予想外だった。っと言うのも、彼のスタイルが完全に体術オンリーに見えたからだ。余計な武器など使わず、肉体一つで戦う。そんな気配を身体全体から発していた物だから、つい先入観にとらわれてしまったのだ。

(それでもまさか机を武器にするとは思わなかったがな………、敵のリーチが長過ぎてまったく近寄れねえよ………)

 長机を武器にされて一番厄介なのはその圧倒的なリーチの長さに加え、面積が広い事にある。あんな物を鬼が金棒を振るうように振り回されては、近づこうにも近づけない。

(まあでも、武器が机ならやり様は………っ!)

 カグヤは着地と同時に振り返り、自分に迫ってきた長机に対し手を翳し―――撫でる。

(………あるっ!)

 バンッ! と机が金剛の手から弾き飛ばされる。東雲に伝わる護身術、合気柔術『付撫(ふしなで)』と言われる技で、弾き飛ばしたのだ。見た目はただ撫でているだけの様に見えるが、実際は高度な力学誘導による“いなし”の技だ。カグヤ自身がこの技を使えた事はなかったが、イマジネーターになる事で、その高度技術を身体に反映させる事が出来る様になったのだ。

 それにちょっとだけ誇らしく思っていたカグヤは―――。

「どりゃあああぁぁぁっ!!」

 正面から突っ込んできた金剛の肩が、眼前に迫っている事に気付いた。

(おおおぉぉぉわあああぁぁぁぁ~~~~~~ッッ!?)

 慌てたカグヤは咄嗟に軻遇突智の炎を呼び出し、自分の正面を爆発させた。爆発の衝撃に吹き飛ばされ、金剛の体当たりの直撃を軽減したカグヤは―――そのまま二階エントランスに上がる階段を貫いて彼方へと消え去った。

 一瞬の静寂。

 周囲から無言の驚愕が木霊する中、誰もが思った。「カグヤ死んだんじゃね?」っと。体当たりの感触が弱い事に気付いた金剛でさえ「今のは大丈夫だったのか?」っと心配になるほどだ。

 実際の話、階段を突きぬけ、一階食堂の観葉植物の中に埋もれていたカグヤ自身、「俺死んだ? 死んでる?」っと、しばし生の実感を得られずにいたくらいだ。

 神威が何も言わないので、割合十分くらいの時間を掛け、やっと生の実感を持てたカグヤが起き上ってくるまで、誰も動けずにいた。

 だが、同時に彼等も実感する事が出来た。『イマジネーター』の耐久値は、ちゃんとした対処行動さえとっていれば、某スパーな宇宙人並みに派手な戦闘をしても生還出来るらしいと言う事を………。

「生きてたか」

「死んでなかったよ」

 金剛とカグヤが、何か妙な連帯感を得たように頷き合った後、戦闘が再開される。

 

 

 金剛は次々と拳を放つが、カグヤはそれらを上手くいなし、対応している。金剛は自分の能力を未だに一つも使っていないが、それはカグヤも一緒だ。体当たりをくらう直前に一瞬だけ使ったとは言え、必要最低限に抑えていた。

 だが、金剛はたったそれだけの情報から、僅かばかりカグヤの能力を見極め始めていた。

(体当たり直前で炎みたいなものが一瞬出たな? つまりそれがあいつの能力だろう? 炎系統の能力であるのは間違いないとしてどんなタイプの能力だ? 炎はどの程度まで操れるかな?)

 己に疑問を問いかけ、金剛は少しずつ解析していく。

(炎を出す時、呪文系も動作系も必要とせずに発動していた。無音無動作で出す技術があるのか、それとも元々必要としていない能力だったのか………? いや、イマジンの暴発を防ぐため、何よりイマジネーションを強固な物にするため、そう言った制約は必要不可欠なはず。だとすると前者か? ならば威力はどの程度だ? いくら技術があっても無音無動作では全力は出せまい)

 金剛はカグヤがノーモーションでは全力が出せないと判断し、超近接攻撃へと切り替える。ともかく距離を放さず拳や蹴りを叩き込む。イマジネーターになった事で自分でも驚愕する程に体力の余裕が見られる。持久戦で勝負がつく事はない。頑丈さには自信があるので能力でも使われない限りやられないと判断する。

(後は力付くに対応できるかどうか! 試させてもらうぜぇ~~~っ!!)

 周囲にあった机を、椅子を、その剛腕で蹴散らしていきながらカグヤへと迫っていく。防戦一方のカグヤはただ避ける事にのみ集中するしかない。

「どうしたっ!? なにもせん内に降参かぁ~~~っ!?」

「くそっ! 周囲への被害を考えない、なんて傍迷惑な奴だっ!?」

「お前の姉さんが言っとったろう? 『巻き込まれる方が悪い』となっ!!」

「なるほど。お前は正しい。もっと大げさに暴れろ!」

 周囲から、「納得すんなぁ~~~っ!!!」っと言うツッコミは来ない。突っ込んでる内に飛んできた椅子やら机やらに衝突して惨事(さんじ)になるからだ。

 

 

 机でバリケートを作っていた者達は、バリケート越しなら安心して戦いを観戦できると思っていたのだが、その目論見は大きく外れていた。次から次へと椅子と机がバリケートに衝突して来るので、危なくて顔が出せないのだ。

 バリケートを背にして、身を低くして飛んできた飛来物から身を守っていた叉多比(またたび)和樹(かずき)は、隣の黒髪天然パーマの少年弥高(やたか)満郎(みつろう)と共に、間隙(かんげき)の合間を縫って戦闘を観察していた。

「………なんだ? 妙だな?」

「な、なな、なにがだよ………!? いや、震えてねえよ! 全然変じゃねえよ!? 震えてなんてねえよっ!?」

 和樹の呟きに過剰な反応を示す満朗。その脚は、いっそ「わざとか?」っと問いかけたくなるほどブルっていた。目は完全に涙目で、肩も震えまくっている。貴重なイマジネーター同士の戦闘を観察していると言うより、完全に逃げるタイミングを逸してしまった一般人だ。

 誰であっても思わず一言突っ込みたくなるような姿に、和樹は内心苦笑するだけで抑え、良心的にスルーした。

「………気の所為かもしれないが、さっきから椅子や机の飛んでくる数がやたらと多く感じる。………それに、飛んできた椅子と机、………なぜか違和感がある」

「お、おう~~っ! そうだな………っ!! 俺も、そんな気がしていたっ!」

 明らかに調子が良い事を言っているようにしか見えないが、やはり和樹は良心的に話を合わせる。

「………そうか、さすがだな。………しかし、椅子や机に問題は無い。イマジンの反応も特になさそうだ? ………なら、なんだ………? この妙な違和感は………?」

「な、なんだよ~~? お前解らねえのか~~? まあ~~仕方ないっ! コイツは巧妙に仕組まれた罠だからなぁ~~~っ!!」

 突然、知ったかぶった態度を取る満朗に、純粋に受け取った和樹が意外そうな顔をする。

「………何か気付いたのか?」

「と、当然さ~~~っ! 俺にかかればこんな策、策とも言えないお遊びだね!」

「ほほう………? 一体何が仕組まれている………?」

「そ、それは………―――っ!? ま、まあ~~~っ! 慌てるな? まだ慌てる様な時間じゃない! ゆっくり観察して自分で考えてみると良い! 慌てなくてももう少ししたらすぐに答えが出る!」

 純粋に問いかけた和樹だったが、満朗の「必死にポーカ―フェイスしてますよ?」な慌てぶりにさすがに気付き、………結局良心的に対応した。

「………そうか、………まあ、そうだな」

 確かに言う通りではあるのだ。

 誰かに答えを聞かずとも、この違和感が意図して作られた物ならば、答えは待っていても向こうからやってくる。今は、それを安全圏からじっくり観察できる貴重な機会だ。大事に使わせてもらうとしよう。

「おいこらぁっ!? 本気で逃げてるだけかっ!?」

 突然の怒号。

 見れば金剛が痺れを切らしたように床を一踏みし、大きな亀裂を作っていた。衝撃により周囲に軽い風が撒き起こるが、金剛とカグヤが戦う範囲には、既に吹き飛ばせそうな物は無い。金剛一人で綺麗に掃除されてしまっていた。唯一残った椅子が一つだけ存在するが、そこには神威が背凭れの上に座って、脚を組み頬杖などをついて見守っていた。何故椅子がひっくり返らないのか、それ以前に戦いのど真ん中に居て何故無事なのか、(はなは)だ疑問だが、今は置いておく。

「いい加減、やる気があるなら戦わんかい! 無いならさっさと降伏しろやっ!? まさか本気で手も足も出んと抜かすわけじゃなかろうなぁ?」

 多少喋り方の変わった金剛の表情は、ヤクザ者の頭並みにドスが効いていた。

 そんなおっかない顔を前に、肩を竦めるだけの軽いリアクションを取るカグヤは、平然としていた。まるで「お前以上に怖い物を良く知ってる」と言わんばかりに。

 だが同時に、そのリアクションが呆れから来るものではないと知れる。

 カグヤが構えた。

 戦扇を開き、やや前傾姿勢で………。

 戦況が動く。誰もがそれを理解した。

 

 

 

 06

 

 

 

 カグヤの放った初手は、とてつもなく稚拙な不意打ちだった。

 自分が持っていた戦扇を、唯一の武器を、構えた状態のまま手首のスナップだけで飛ばす、成功しない奇襲。しかも手首だけの力だったため、攻撃はやや下方気味、腹部目がけて飛来してくる。

 カグヤが武器としていた戦扇と言うのは、鉄の板を紐で繋げ扇状にした暗器の一種で、先が鋭く尖らされている。当然、上手く投げれば人の肉を切り裂く事はできる。また刺す事も可能だろう。だが、致命傷にするのは無理だ。戦扇の利点は携帯の便利さと、広い面積を使った防御のし易さと言ったところだ。投げる武器としても使われない事もないが、はっきり言って、先を尖らせた竹手裏剣の方がまだ殺傷性が高い。目を狙って飛ばしたのならともかく雑な狙いの、意表を突くためだけの失敗奇襲は悪手でしかない。

 故に金剛はむしろ別の所に警戒した。これは囮で何かがあるのではないか?

 飛んできた戦扇を何もせず受けても扇の方が跳ね返るだけだが、金剛は煩わしげに剛腕一振り、真上へと払いのける。払いのけると言うたったそれだけの動作で、弾かれた戦扇は二階エントランス付きの食堂で通常の部屋より倍も高い天井に真直ぐ突き刺さった。

 その動作で出来た僅かな死角、金剛の払う腕の方向に合わせ、右斜め下方に飛び込んでいたカグヤ。右手に炎の迸りを纏わせ、拳を握る―――が、稚拙すぎる連続の奇襲に、金剛が惑わされる筈もなく、当然の様に体勢を入れ替えた金剛は、左の掌打(しょうだ)で打ち払う。

 カグヤの身体は撃ち抜かれたビリヤードの球の様に、空中を真直ぐ飛ばされ、和樹と満朗の隠れるバリケートまで飛んできた。

「ひょえっ!?」

 慌てて頭を引っ込めた満朗だが、その頭が何者かに、むんずっ、と掴まれ無理矢理引っ張り出される。

 

 ビタンッ!!

 

「ぎょえっ!?」

「わるい」

 壁とカグヤに挟まれた満朗が潰されたカエルの様な声を上げ、適当に謝ったカグヤは、そのままバリケートを背に、一時避難の体勢に入っている。

 その動作を観察した和樹は納得する。

 どうやら自分が此処に吹き飛ばされる事も想定済みだったようだ。一度バリケートに身を隠す為に移動したかったカグヤは、金剛の力を利用し後方へと飛ぶ。近くで観察していた観戦者を適当に捕まえ、壁に叩きつけられるダメージの緩衝材代わりに利用。そして、観戦者が作ったバリケートに避難、敵の様子を窺うと、そう言った流れだったらしい。

 不運にも“緩衝材”に使われた満朗には冥福を祈るばかりだ。

「し、死んでねえ………」

 

 

 バリケート越しにカグヤは金剛の気配を探る。九曜を屈服させるために戦った半年のおかげでイマジンの気配を第六感で感じ取る事が出来る。これだけがカグヤが他の新入生に対して持つアドバンテージだ。有効活用しない手は無い。

 こちらが吹き飛ばされる前に後ろに飛んだのは金剛にもしっかり伝わっていたはずだ。アレだけのパワータイプだと、吹き飛ばした者の感触などろくに感じ取れそうにも見えないが、攻撃が通じたかどうかくらいは意識していたはずだ。ましてやこちらが何か仕掛けようとしているのではないかと警戒している相手なばば当然とも言える。

 予想通り、金剛はバリケートに隠れるこちらに向かって突っ込んできている。待つと言う戦闘スタイルは彼には無いらしい。

(まったく、予想通りだな)

 だからカグヤはほくそ笑み、パチンッ、と指を鳴らす。

 

 

 攻撃を緩和したカグヤに追撃を掛けようとしていた金剛は見た。自分の頭の傍を、小さな火の粉がゆっくりと落ちてくるのを。

 それは人魂程度の小さな炎で、大した火力がある様には見えなかった。なんとなくではあるが、イマジンも大して含まれていないように思える。だから金剛は無視して突っ込もうとして―――、パチンッ、と指を鳴らす音が聞こえた。

 瞬間、素通りしようとしていた火の玉が突然爆発、発光。突然目を焼かれた金剛は思わず急ブレーキ、顔を庇うように両手を交差させる。ダメージは無い。ダメージを与えるほどの火力はやはりなかった。ただ火が弾けただけだ。そう悟るまでの数秒間、カグヤはそこを逃さない。

 

 

「かかったっ!!」

 金剛がブレーキを掛けた瞬間、立ち上がったカグヤは手の平に呼び出した炎を爆発させ、バリケートを金剛に向けて吹き飛ばした。

 

 ガツンッ!!

 

「んぐおっ!?」

 見事、バリケートに使われていた机が金剛の頭部にヒット。しかし、よろけるだけで大したダメージがあるようには見えない。

 そんな事は百も二百も承知だ。金剛がアクションを起こすより早く、カグヤは駆け出す。金剛の周囲を囲む様に出来上がっているバリケートを外側から走り、順番に爆発させて吹き飛ばしていく。

 

 

 金剛が一撃目の机の衝撃から復活すると同時に見たのは、己に向かって殺到してくる机や椅子の群れであった。まるで自分が散々吹き飛ばした椅子達が反撃に戻ってきたかのように四方からドンドン己へと殺到してくる。

(ん? “俺が吹き飛ばした”………!?)

 己の思考に引っかかりを覚えた金剛は、ハッとして気付く。

 何故カグヤは最初に逃げの一手を選び続けていたのか? アレは避ける事しかできなかったのではなく、そう思わせて既に一手を打っていた………?

(アイツめ………、ただアイツを追いかけて攻撃していた俺を上手く誘導し、周囲のバリケートに机や椅子をぶつけて集め、この攻撃に利用するための準備をしていたと言う事か………、こ癪だなっ!!!)

 

 ―――ドクンッ!

 

 金剛の心臓が強く脈打つ。急激に注がれた血が右腕に集まり、変質、肥大化を始める。

 鋼色に染まる巨躯の剛腕が、金剛の右腕に宿る。

剛腕鬼手(ごうわんきしゅ)!!」

 金剛は肥大化した右腕を振り回し、殺到してくる椅子や机を粉砕していく。

「それも織り込んでる―――っ!!」

 カグヤは金剛の対応を無視し爆発作業を続ける。安全圏に逃げていたつもりだった観戦者達は、カグヤによるバリケート破壊工作に真っ青になって逃げていく。

「おおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっっっ!!!!」

 咆哮を上げる金剛は、その剛腕で更に殺到してくる飛来物を粉砕していく。右腕一本だけとは言え、その攻撃力は尋常ではない。飛ばす物が無くなるまで全てを破壊しつくしてやると言わんばかりに次々と粉砕活動を続ける。だが―――、

 

 ガンッ!

 

「ぐむっ!?」

 椅子が肩にぶつかる。

 

 ボムンッ!

 

「むおっ!?」

 障害物に紛れ、左足に火の玉が命中、脚が僅かに崩れ、体勢が崩れる。

 

 ガンッ! ゴンッ! ガンッ!

 

 続けざまに幾つかの飛来物が命中する。

 数が多過ぎてさばききれなくなっていく。おまけに火の玉を感知し損ねている。

「埋まってろっ!!」

 三百六十度、金剛の周囲を回りきったカグヤは、最後のバリケートを吹き飛ばし―――、金剛は椅子と机の群れに埋まった。

 だが、僅かな静寂も待たずして、振動が椅子と机の山を揺るがし、火山の噴火の如く一気に爆発した。

「おおおおおおおおおぉぉぉぉーーーーっっっ!!! この程度で俺を倒せるとでも―――っ!?」

「思ってねえよっ!!」

 山に埋まっていた金剛が火山噴火を再現している所に、カグヤは右腕を突き出し、“召ぶ”。

「来いっ!! 『軻遇突智(カグヅチ)』」

 刹那に右腕から炎が弾け飛ぶ。その炎は金剛の周囲を掛け巡り、バリケートや飛来物に使われまくった椅子と机を燃やし、炭化させていく。

「炎!? 外したのか? ………いや」

 一瞬、金剛はカグヤの放つ炎を放出系の何かだと思った。カグヤの能力を炎を操る物だと認識していたため、そう勘違いしていた。だが、その認識が過ちだと悟る。

 炎は巨大な大蛇の姿となってカグヤを中心に蜷局(とぐろ)を巻き始め、次第に物質的な物へと変化する。

 それは蛇だ。炎を撒き散らし噴き出す巨大な蛇だ。六角柱の柱を幾つも繋げた多節根の様な身体に角を持つ大蛇だ。

 この時になってやっと金剛は悟った事だろう。カグヤの炎は“放出系”の能力ではない。“召喚系”の能力にて、力の一部を使用していたにすぎなかったのだと。

「焼き払えっ!!」

 命じるカグヤ。

 剛腕鬼手の右腕で対応しようと拳を握る金剛。

「ゴアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーッッッ!!!」

 雄叫びを上げ、カグヤの命に従い突貫してくる軻遇突智。

 六角柱の身体をガラガラと回し、関節部から炎を噴き出し、十メートルを超えるその巨体で金剛へと(あぎと)を向ける。

 金剛の剛腕鬼手が軻遇突智の角を掴む。(つるぎ)の様に鋭い角を片手で必死に掴むが、その抵抗など無い物とするかのように、軻遇突智の進軍を止める事が出来ない。軻遇突智は前進を続け、必死に角に捕まる金剛を追ってのた打ち回る。軻遇突智に触れた周囲が紅蓮の炎に焼かれ、食堂は一転、炎の世界へと変わっていく。

 片腕では不利と判断した金剛が左腕も肥大化させ、必死に軻遇突智へと対抗しようとするが、角を掴む腕もドンドン焼け焦がされていく。

(なんだこの炎はっ―――!? 先程受けた火の玉や爆発とは比べ物に―――!?)

 金剛は気付く。イマジンは想像の力であり、その想像は自分と他者の相互認識によって完成度を高めていく。故にイマジネーターの能力は名前が付けられ、時には能力発動の条件とされる。認識する事でより力を高める事が出来るのがイマジンなのだから。

 カグヤはこの能力を何と呼んだ? たしか『カグヅチ』だ。

 『カグヅチ』

 『軻遇突智』

 それは確か、日本で有名な火の神の名前ではなかったか?

 母である伊弉弥(イザナミ)を焼き殺し生まれ、父である伊弉諾(イザナギ)に殺されたとされる火の神。

 (なるほど………)っと、金剛は頷く。

(道理で強いわけだ………。曲りなりにも神を相手に、この程度の御遊びが通じるはずがなかったという事か………。相手が神では………仕方が無い)

 金剛は薄く笑い、………炎に呑まれた。

 

 

 床に叩きつけられ、軻遇突智の(あぎと)に捕らえられた金剛は、軻遇突智が噴き出す炎の中へと埋没した。

 誰の目にも金剛の敗北は明らかであり、呆然とその炎の偉大さに呆然とするしかない。

 和樹はその光景を眺めながら、イマジンの力の異常さを痛感していた。自分の得た能力もデタラメな物ではあったが、自分の能力はとある事情により前もって決定されていた物だ。それ故にイマジンで得た能力として実感していなかったのだが………。

(このレベルが当たり前だとしたら、俺の能力は“妥当”と言うレベルなのだろうな………)

 そんな苦笑を浮かべつつ、隣で腰を抜かしている満朗へと笑い掛ける。

「お前の言った通り、カグヤはわざと金剛に障害物を吹き飛ばさせ、攻撃の準備をさせていたんだな」

「えっ!? ええっ!? おっ、おおっ!! おお~~~っ! そ、その通りさ~~~! はっはっはっはっ!!」

 明らかに嘘から出た真状態だったのだが、和樹は温かい眼差しでスルーしていた。

 何はともあれ、これで決着。勝負内容は実に勉強になった。

 誰もが今後の対策の参考にしようと終了ムードを漂わせる。

「案外あっさりとした決着でしたわね~~? 京鹿子(きょうがのこ)の花の様な戦いでしたわ~~」

 試合内容に不満を持った(くすのき)(かえで)が退屈気味に『無益』と言う意味の花言葉を口にして立ち去ろうとしていると、それを呼び止める者がいた。

「そう思ってるのに途中で観戦止めて良いの?」

「え?」

 楓が呼び止めた相手へと視線を向けると、そこに金髪に赤目、120~130センチ位の小学生のような身長に、ズタズタに刻まれた学ラン。その下にはこれまたズタズタのカッターシャツを着込んだ少年が楽しそうに燃え上がる炎を見つめていた。

「アナタは?」

「初めまして。黒玄(くろぐろ)畔哉(くろや)、です!」

 ニカッ、と笑って見せた少年は、すぐに曲者じみた視線で楓を見上げながら、重要な事を伝える。

「まだ立会人の人が、試合終了してないのに、“終わりなの”?」

「!?」

 楓が気付き、目を見開いた瞬間、爆発が轟いた。

 

 

 

 07

 

 

 

 炎が吹き飛ばされた。それは予想していた。イマジネーターの実力は同学年であれば互角。いくら神の名でブーストしていても、相手が同じイマジネーターである以上必ず対抗手段を持っているはずだ。だから炎を弾き飛ばした事自体は意外ではなかった。

 それがまさか()()()()()()()()()()()()()()とは、さすがに予想外だった。

(軻遇突智は倒せないわけじゃない。イマジン体をイマジネーターが倒すなんてそんな珍しい事なんかじゃない。だけど、仮にも神格を有した相手を一発で消し飛ばしただと!? そんな事、『権能』のレベルじゃないと―――っ!?)

 フル回転で思考していたカグヤは驚愕に目を見開いた。

 爆発の勢いで消し飛んだ軻遇突智。彼が残した炎は周囲を業火で焼き尽くし、炎のフィールドが完成している。そのフィールドの中心を、まるで自分こそがこの世界の主であると言うかのように、ズンッ! と床を踏み抜く足並みで、()は一歩を踏み出す。

「まったく仕方ない(、、、、)………。神様を相手に本気を出さないなんて土台無理な話だよなァ?」

 ズンッ! とまた一歩。

 二階エントランスに至るまで、食堂全てを埋め尽くす業火を背に、金剛は歩み寄る。

 二倍に膨れ上がった鋼色の肉体、爛々と輝く赤の瞳、隆起した全身の筋肉は、腰回りのズボンを残し、全て破けて残っていない。頭部から伸びる二つの突起が、彼が何者であるかを如実に語っている。

 「はは………っ!」っと、カグヤの口から乾いた笑いが漏れた。

「単純な形態変化による肉体強化じゃないとは思っていたが………、なるほど、理解したよ………」

 刹那にカグヤの表情に笑みが消える。真剣その物の表情で金剛を睨みつけ、全神経を持って警戒態勢に入る。

 

「さぁいくぜェ!! 鬼の力みせてやるよォ!!」

 

 完全な鬼となった金剛が、地を踏み砕きながらカグヤへと迫る!

 振るわれる剛腕! それを横飛びに回避したカグヤは―――そのまま剛腕が放った風圧に殴られ、床に叩き付けられた。

 瞬時回転、片手を付いた状態で立ち上がる。強烈な立ちくらみとぼやける視界をポーカーフェイスと精神力で無理矢理ねじ伏せ、既にガクガクの足を内心で叱咤する。

(攻撃力が違い過ぎるだろうっ!? ろくに回避もできないとかどんだけだよっ!? 今の完全にイマジン関係無しの、ただの拳圧じゃねえかっ!?)

 歯噛みしながら金剛を睨む。金剛は待った無しで突進してくる。

 突如カグヤの視界がスローモーションに切り替わる。イマジネーターの脳は、迫りくる脅威に反応し、脳内伝達速度を急加速させ、高速思考が出来るようになる。連続的な使用は精神的な疲労が(かさ)み、多大な負荷となるのだが、今のカグヤにとっては気にしていられない。

(どうすればいいっ!? 情報が少な過ぎて対応策が―――!?)

 疑問の一言に、脳内が一つの方法を素早く検出するが、カグヤにはその方法が解らない。

(落ちつけ。“解らない”なんて事は無い。答えを出せる以上、俺は知っている。九曜と戦い半年、イマジン塾で訓練した半年………、答えは全てそこにある)

 カグヤは冷静に思考し、必要な情報を脳内で計算する。

 カグヤのステータス『術式演算能力300』が作用し、カグヤの思考速度を更に加速させる。

(思い出せ………、九曜から感じ取ったイマジンの存在を………。映し出せ………、偽りであろうとも構わない、俺が感じ取っている世界を、全て―――!)

 一度、目を閉じ集中、第六感を含める視覚以外の五感情報を脳内に保存、整理、最適化させ―――、

(―――視覚へ!!)

 目を見開き、全ての情報を視覚へと閲覧させる。

 金剛に対するカグヤが感じ取った全ての情報が視覚情報となって反映された。

 金剛の周りを覆う鋼色のオーラ、それに螺旋を描く様に纏う金色オーラが見えた。

 間違いない。今、カグヤの目に、金剛の鋼色のイマジンと、神格を有する黄金色の権能のオーラが視覚情報として閲覧されている。

 “見鬼(けんき)”。その名はまだカグヤも知らないが、イマジネーターが最初の授業で受ける事になる、最もポピュラーな初歩技術である。六感の全てを使い感じ取った情報を、全て視覚情報として脳内処理する事で、見えなかった物が見える様になったと誤認させているのだ。その情報量は、簡易的な未来予知まで可能にする者もいると言う。

「―――っ!!」

 『見鬼』で金剛の力を見極めたカグヤは、最小限の力でステップ。拳を躱し、続いて迫ってくる拳圧を両手で押さえる様にして受け止めながら、身体を背後へと逸らす。結果的に吹き飛ばされたカグヤだが、金剛が放とうとしていた二撃目から回避する事に成功する。

(ってか、あの図体とパワーで連撃出せるのかよっ!? マジもんの巨人とやり合ってるみたいじゃねえかっ!?)

 内心悪態を吐きながら、迫りくる金剛の攻撃を躱して行く。

 躱し方をミスれば一撃死する緊張の中、カグヤはなんとか拳を避け、一瞬遅れてやってくる風圧の衝撃波をいなす様にして躱す。

 だが、いくら『見鬼』を会得できたとは言え、それを未来予知にまで進化させられるのは極々一部の者だけだ。そして、残念ながらカグヤはその少数派ではない。金剛の繰り出す嵐の様な猛攻に追い詰められ、掠った一撃に薙がれ、吹き飛ばされてしまう。ただ掠っただけの一撃が、カグヤの身体を独楽の様に回転させ何度も床を叩き付けられて転がる。

 瞬時膝を付いて起き上ったカグヤは、それが出来た事に驚愕し、同時に身体全体に流れる痺れに苦悶する。

「さて? それが限界か? 案外あっけなかったのぅ?」

 カグヤの事を警戒してか、ゆっくりとした足取りで迫る鬼神。軻遇突智が作った炎を背に、強者として威風を見せて歩み寄る。

「………っ! ここまで徹底したパワータイプとはな? 正直驚いてるよ。ステータス化はしていないが、どうやらお前も神格を所持している様だな?」

 隠しきれない脂汗を額から流し、それでもカグヤは毅然(きぜん)とした表情で金剛の能力について語る。動かぬ身体の代わりに、言葉で戦おうとするかのように。

「鬼の属性に神格、その二つを両立させているのは『鬼神』と言われる属性だ。だが、お前は俺の軻遇突智を破る時、身体の一部を鬼化させた鬼化した腕(剛腕鬼手)ではなく、全身を鬼化させる物を選んでいた。それはつまり、今の状態でなければ神格を有する事が出来ないって事だな?」

「………だとしたら?」

 歩みを止めず、金剛が問い返す。カグヤは口の端を三日月の様に吊りあげて笑う。

「つまり、お前の能力は『鬼神』ではなく『鬼』としての属性が主流、“神格”はあくまで“疑似神格”。ならば、その能力には避けようのないリスクが存在するはずだ。そうでないのなら、神格のステータスを持たないお前が、神格同士の戦いで『軻遇突智()』を打ち破る事はできないんだからな」

 一瞬、金剛の歩みが止まる。しかしすぐに歩み直し金剛はもう一度問いかける。

「おうともよっ! 慧眼見事だ! だが、それが解ったところでなんだと言うのだ?」

「それが解れば充分だ。本物の神格でないのなら、発揮できる力には限界があり、また制限時間も決まっている」

 「ならば………」っとカグヤは続け、右の人差し指を立てて、金剛へと告げる。

「ステータスに上書き出来るタイプの変身能力じゃないなら、そいつは相当に堪えるだろうよ?」

 言ってカグヤは金剛の真上へと視線を動かす。

「?」

 その視線に誘導され、金剛が見上げた瞬間、べちゃりっ、と、粘液質の何かが顔へとかかり―――、

 

「ゴガアアアアアァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ!!!??」

 

 金剛の咆哮ともとれる悲鳴が食堂を震撼させた。

 

 

 

 08

 

 

 

 比喩ではない。空気の振動だけで一階食堂エリア全体が揺れているのだ。

 それほどの力を有していた存在が、悲鳴を上げている。一体何事かと観戦者達が目を凝らす。

 二階エントランスから見降ろしていた遊間(あすま)零時(れいじ)は、自分の観戦位置のおかげでそれを知る事が出来た。

「あいつ………! 天井に刺した戦扇を溶かしやがった………っ!?」

 驚愕に目を見開く零時の言葉を受け継ぐように、階段の影に隠れていたゆかりが楽しそうに笑う。

「そう、ここまで全てが東雲くんの計算した状況………。彼が勝つための道筋です」

「? 先生? それってどう言う事だ? カグヤは一体何をした?」

 小金井(こがねい)正純(まさずみ)は、ゆかりの言ってる事が解らず、問い返してしまう。それに答えたのは、階段の影から及び腰で戦況を見守っていた明菜理恵だった。

「始まった最初からカグヤは全部を計算して動いていたって事。金剛に暴れさせてバリケートって言う名の武器を用意しつつ、唯一の武器の戦扇を投げつけ、それを弾かせて天井に突き刺したのも攻撃の布石。軻遇突智を使って、炎によって天井に突き刺さってる戦扇を丸ごと溶かし、焼き鉄を金剛の顔に落としてやったんだよ」

「………はあっ!?」

 

 

「最初にバリケートで攻撃したのは、お前が物理攻撃に対してどれだけの耐久力を持っているか確かめるため。その頑丈さから打撃斬激では不利と判断し、軻遇突智を使って属性ダメージの耐久力を計った。だけど金剛? 生身で障害物の大群に押し潰されても、お前は平気な顔をしていたな? なのに軻遇突智の炎を受けた時は違った。お前の体はしっかりダメージを受けていた。だから属性ダメージに対する耐久値は無いと解り、軻遇突智の炎の一部を天井に突き刺さった戦扇に纏わせ待機させた。んで、お前が俺を警戒してゆっくり近づいて来てくれるタイミングを上手く利用し、その真下まで誘導した。戦扇に纏っていた炎の火力を一気に上げ、一瞬で溶かし、その顔面に焼き鉄を流し込んでやったのさ!」

「ぐ、ぐおおおぉぉぉ~~~~………っ!」

 カグヤの説明を聞いているのかいないのか、金剛は顔に手を当て、必死に焼けた鉄の液体を払おうとしている。だが、鉄は既に個体に固まっており、肉や皮に焼きついてしまっている。眼球にも流れ込んだのか、視界を見失った様によろよろとよろける。

 だが、それでも金剛は倒れない。膝一つ付く事無く、しっかりと二本の足で床を踏みしめ、なおも戦意を漲らせた瞳、焼けついた眼光で睨みあげる。

「これで………っ! これだけで勝ったつもりかっ!?」

「………鬼の属性には、当然鬼としての回復力も存在する。焼き鉄を顔面に掛けたくらいで倒せるなんて思ってねえよ。そいつは最初(はな)っから、時間稼ぎのための一手だ」

 そう漏らしたカグヤは、完全にダメージから回復した表情で立ち上がり、右手を翳した。

「もう一度来いっ! 『軻遇突智』!!」

 カグヤの右手から放たれた炎が食堂内を蹂躙し、幾つもの柱を、壁を粉砕し、六角柱の柱を繋げた巨大な角を持つ蛇となる。軻遇突智口から炎を噴き出し観戦者すら巻き込みかねない紅蓮の業火を撒き散らす。酸素量すら欠乏しそうな火の海の中、さすがに堪らなくなった生徒が数人逃げ出す。だが、逃げ出さずに未だ根性で観戦していた生徒達は疑問を抱いた。(カグヤの軻遇突智、なんで金剛を直接狙わないんだ?)っと。

 

 

「なんだ? どうしてこの絶好のチャンスに攻撃を仕掛けず無駄弾を撃っている? 満朗? お前何か―――」

 同じ疑問を抱いた和樹は隣にいたはずの満朗に声を掛けようとして、そこに誰もいない事に気付く。視線を食堂の外側、寮の外庭が見えるガラス張りの方へと移すと、この戦闘で全て破壊されたガラスを抜け、一目散に外へと走っている満朗の姿があった。

「おい? 満朗!?」

「うおおおおぉぉぉぉぉ~~~~っ!! 何してんだお前っ!? お前も早く逃げろ! そんなところいたらマジ命がいくつあっても足りねえぞ~~~~~っ!!?」

 強がりの鍍金(メッキ)も此処に来て崩れたか………。そう苦笑する和樹は、自分だけ観戦に戻る。

「まあ、俺も能力が違ったら、さすがに逃げてたかな?」

 そう呟きながら、彼は同時に驚嘆していた。

 あんな戦火の真っただ中で、未だに椅子の背凭れに座って余裕の表情でいる最上級生、東雲神威は、一体どれだけの実力を有していると言うのだろう? っと………、

 

 

「なんだ? なんでこのチャンスを活かさない?」

 同じく、疑問を抱いた正純は、ゆかりに回答を求めようと視線を送り―――同時に背を向けて一目散にげ出す理恵の姿を捉えた。

「ってええええぇぇぇぇ~~~~っ!? お前ここに来て逃亡かよ!?」

「アホっ! お前こそ早く外に逃げろ! マジでとんでもない事になるぞっ!!」

「はあ!?」

 意味が解らない正純は疑問の声を上げるしかない。

 これから何が始まるのか、それを理解しているらしいゆかりは―――、

「あらまあぁ? 東雲くん、手加減とか周囲への被害とか、そんなん全く気にしはらへんのやねぇ~? 困った事してくれたわぁ~~」

 ―――まったく困って無いニコニコ顔で呟いていた。

「でも、東雲さん(、、)も、被害とかまったく無関心やろうしなぁ? 新入生にはちょっと先生から手助けしたあげんとなぁ~~………」

 そう呟いたゆかりは、口元で人差し指を立てながら、内緒話をする様に呟く。

「空間B、範囲一年生寮全体。対象、新入生全員」

 ゆかりが呟いている途中、突然振動が伝わってきた。正純は、ゆかりが何かしたのかと思ったが、彼女はまだ何事か呟いているだけだ。それに揺れているのはどうやら建物全体らしい。だが何故建物が揺れている? 金剛がまた叫んだ訳でもあるまいし………。

 そこまで考えてやっと彼は気付いた。気付いて頭から血の気は引いて行く思いがした。

「おい、まさか………!?」

 そのまさかを肯定する様に、カグヤの声が飛んで聞こえる。

 

「よおォ、金剛? いくらお前が頑丈っつっても、徹底的に焼かれた熱を帯びたコンクリートに、しかも四十階相当する建物に踏み潰されても、お前の体は原形を保っていられのかい?」

 

 それは、つまり………、一階を支える建物の柱を、軻遇突智によって全て破壊し、この学生寮を壊して金剛を生き埋めにすると言い出したと言う事。

「なに―――っ!? 考えてんだっ!? アイツッ!?」

 そんな事をしてしまったら、非常識な能力を持つ上級生はともかく、何も知らない新入生は間違いなく大勢犠牲になる。そんなの思いついてもできるわけがない。そんな事を実行するなんて正気の沙汰じゃない。

「………くそっ!」

 今更になって理恵が一目散に逃げ出した理由を悟った正純は、慌ててカグヤを止めようとした。沢山の人を巻き込むこんな戦い方、許されていいはずが無い。

 だが、彼が一歩踏み出すより早く、その致命的な音は聞こえてきた。

 全ての柱が崩れ、寮全体が軋み、崩れ始めた例えようのない嫌な音を―――。

「当該対象全員を寮の外へと移動。さあ、『世界を動かしましょう』」

 ゆかりの声を最後に、正純の視界は暗転した。

 

 

 

 09

 

 

 

 カグヤが立てたこの作戦には、たった一つだけ穴がある。それは、軻遇突智を使用できる範囲がおよそ五十メートル以内だと言う事だ。九曜のように完全に自立した自我を与えられていない軻遇突智は、カグヤの意思から外れると、好き勝手に暴れてしまう場合があるのだ。そのため、カグヤはこの作戦で柱を壊す為には、自分も危険な室内に残らなければならなかった。当然、カグヤも生き埋めになる。

「さて………、逃げるのは今更無理だし………、どう生還するか?」

 とりあえず軻遇突智を使って無理矢理抜け出すしかないと理解しつつも、それが出来るのかどうか多少なり不安が過ぎっていた。

 まあ、やるしかない。そう心を改め、軻遇突智を操作しようとした時、何の命令も送っていないと言うのに、軻遇突智がカグヤを中心に蜷局を巻いた。まるで主を守る様にした動作に驚いていると、頭上から軻遇突智が頭を突き出してきた。

 

『じっとしててね』

 

「………へ?」

 突然聞こえた声に戸惑っている内に、カグヤは軻遇突智にぱくりと………食べられた。

 そして崩れた瓦礫が彼等を纏めて呑み込んだ。

 

 

 後に残ったのは瓦礫の山である。四十階を誇る巨大建造物であった学生寮は、見るも無残な瓦礫へと変質していた。

 これからこの学生寮を仮の住まいとし、同居人と共に学生生活を送る筈だった寮が、よもや入学日当日に粉砕されるなどと、一体誰が想像できたと言うのだろうか?

 何処か学者然とした雰囲気を纏う、可愛いらしい顔をした黒瀬(くろせ)光希(みつき)は、この惨状に思わずこぼさずにはいられなかった。

「こんな戦い方………、許して良いのか………?」

 イマジネーションスクールが戦闘を推奨する学園だとは知っていた。だが、それでも、破壊と戦闘は違う。これはただの破壊と一体何が違うと言うのだろうか? そんな疑問が、彼の胸中に怒りとさえなって浮かび上がっていた。

 多くの者はただこの状況に呆然としているしか無く、何が起こったのか理解できていない様子でさえあった。中には、何故自分がこんな所にいるのか解っていないらしい者もちらほらといた。

 

 ドガンッ!!

 

 そんな爆発にも似た音が響いたのは突然だった。

 瓦礫の中から炎を纏った角を持つ大蛇が現れ、地面に頭を近づけると口を開く。中から出てきたのは汗びっしょりの姿で転がり出てきたカグヤだった。

「あ、熱い………っ! お前の中熱過ぎ………! ってか本気で食われたのかと思ったぞ………!」

 カグヤの創り出した軻遇突智は、カグヤのイメージに補正され角を持つ大蛇の姿を模っている。それはつまり、蛇としての特性を持っている事と同義だ。故に軻遇突智は口の中に主を庇い、自分は一度土の中に潜る事で降ってくる瓦礫の衝撃から逃れ、収まったところで再び地上に出てくる事で、難を逃れたのだ。

(でも、俺命令してないんだけど? なんでこいつそんな事が出来るって自分で知ってたんだ? これじゃあ、まるで九曜と同じく自我を持ってるみたいじゃないか?)

 そんな設定はしていなかったはずだと首を傾げながら、カグヤは改めて自分の起こした惨状を確認する。

「………」

 それに対する感想は、無言だった。特に述べる感想は無い。全て予想通りの光景だと言わんばかりの不遜な姿に、誰もが嫌悪の視線を向ける。コイツの所為で学生寮を、これから住む筈だった家を破壊された。その怒りが新入生達の胸に灯り始める。

 嫌悪の眼差しを一身に受けながら、しかしカグヤは無視して周囲へと視線を散らす。そこにお目当ての義姉の姿を見つけ、彼はしばらく彼女を見つめる。最初に決闘開始を宣言した時と同じ、椅子の背凭れに座って脚を組んでいる義姉に驚愕する事もなく、彼はしばらく何かを確認する様に視線を向け続ける。

「………っ! カグヤ! お前………っ!?」

 ついに我慢できなくなった和樹が叫び、カグヤに掴みかかろうと一歩を踏み出した瞬間―――鋭すぎる殺気が彼を射抜き、一瞬で怒りを蒸発させられた。心臓に冷たい氷の槍を突き刺されたのではないかと言う、“恐怖を通り越した感情に”、彼は釘付けになって動けなくなってしまう。辛うじて視線だけを動かし、殺気を放つ物の正体を確認する。それが東雲神威だと知った瞬間、和樹の胸中に悔しささえ湧き上がってきた。

 “最強”を盾にされて脚が竦んでいる。それが悔しい。だが、もっと悔しいのは、その“最強”を盾にしているカグヤが好き放題していると言う事が許せない。許せないのに何もできない自分が、とてつもなく悔しかった。

 歯噛みし、僅かに涙さえ浮かべそうになった時、誰かに肩を優しく抱かれた。

「ダメやよ~~? 決闘中に外野が乱入するんわぁ~~?」

 半透明な大正時代の格好をした女教師、吉備津ゆかりが、和樹の事を優しく窘める。

「決闘………()………?」

 聞き逃せない一文字に気付き、彼は思わず訊き返し―――再び爆発が起こった。

 

 

 

「………正直に言うぞ? 化け物かよ?」

「鬼が化け物で無かったらなんだと言うのだ?」

 瓦礫を粉砕し、鋼の巨躯を持つ双角(そうかく)の鬼が、その身体にいくつもの火傷を作りながらも、四十階相当の建造物に押しつぶされた被害から生還して見せたのだ。骨の一つも折る事無く。

 既に身体に残ったやけども治癒し始めている事実を確認しつつ、カグヤは溜息を吐いて後ろ頭を掻いた。

「生還する可能性を考慮してなかったわけじゃねえけど………、火傷以外は完全無傷かよ? 物理効果を無効化する様な能力でも持ってんじゃねえのか?」

「いや、さすがの俺の耐久力でも無傷とはいかんかったさ………。正直もう走り回ったりはできそうにない………がな?」

 金剛はニタリと笑い、仁王立ちの構え(、、)を取った。

「此処まで来てやめるなどと言うなよ? 俺にもお前の能力がだいぶ見えてきた。お前はその炎蛇をいくらでも呼べるようだが、一度に呼べるのは一体のみで、再度呼び出すのに三分以上のインターバルが必要なのだろう? そうでなければもっとそいつを呼び出し複数で攻めた方が有効だ。俺が焼き鉄を顔に被ってる時も、蛇を呼べば良かったのに自分の回復をわざわざ待っていた。つまり、俺がそいつを消し去れば、お前は文字通り無防備になるって事だ? なら俺にもまだ逆転の可能性が残っているよなぁ?」

 言われカグヤは押し黙る。否定してやるのは簡単だったし、はぐらかしても良かったのだが、そんな事が無駄だと納得出来た。金剛もまた、単調な攻撃を仕掛けているだけの様に見えて、しっかりと観察していた。決してイノシシなどではなくだ。

 再びカグヤは、肯定の意味を込めて盛大に大きな溜息を吐いた。

「まったくよう~~? こっちは九曜無しの縛りプレイでやってんだぞ? だからこそ思い付いた手段の中で最も攻撃力のありそうな手段を選んだのによぅ? ………はぁ」

 また小さく溜息を吐き、刹那に真剣な眼差しを金剛に向ける。

「金剛。お前が勝てると思ったのは、俺の軻遇突智をもう一度消し飛ばせれば俺が無防備になるから………そう言う事だったよな?」

「何か違うか?」

「さあ? 自分で判断しろよ」

 鋭く告げたカグヤは、右手を翳し、隣に立つ軻遇突智の頭を軽く触れて―――変えた。

神実(かんざね)―――『軻遇突智』」

 軻遇突智が激しく燃え上がり弾け飛ぶ。炎はカグヤの手に吸い込まれるように集束し、長い一つの棒となる。否、それはただの棒ではない。先端に軻遇突智の身体の一つとなっていた六角柱の柱が小さくなって横向きに接続されている。その形は誰が見ても一瞬で形容できるしかし槍のように持ち手の長い“(つち)”だった。

「神格武装―――神を武器化する。これが俺の奥の手だ」

 そう、それは武器だ。カグヤが自ら振るう武器だ。攻撃を当て易かった巨大な炎蛇ではなく、カグヤが振るう武器となった軻遇突智は、金剛の唯一の勝機、無防備になったカグヤに襲い掛かると言う選択肢を排除した。

 もしあの炎の槌が、軻遇突智の攻撃力と同じだと言うのなら、属性攻撃に弱い金剛には圧倒的に不利な状況だ。だが、それを理解した瞬間、むしろ金剛は盛大に笑い声を放った。

「アーーッハッハッハッハッハッハッハッ!!! 喜悦(きえつ)ッ!! これほど痛快な事があろうかよぉっ!? この俺と殴り合いをするつもりかっ!?」

「言っただろう? “考慮してなかったわけじゃねえ”って………。ちゃんと考えていたさ。お前がこれでも這い上がってくるようなら、その時は―――トコトン相手してやるしかないってなぁッッ!!」

 宣言し、カグヤ自ら飛び出し、先制の一撃を、炎の槌の一撃を、金剛の側頭部へと叩きつける。同時に上がる爆発と高熱に焼かれ、金剛の身体がぐらりと(かし)ぐ。だがそれだけだ。すぐに傾いだ頭を戻し、金剛は一歩前へと踏み出す。カグヤは金剛の一撃を注意しつつ何度も槌を振るい爆炎を浴びせていく。

 猛攻を仕掛けるカグヤと、それに耐える金剛。まるで、最初の二人の戦いが入れ替わったかのような光景に、一同は呆気にとられるしかない。

 金剛は歩みを止めない。たった一撃、必殺の一撃を放つチャンスを探り、止める事の無い歩みを続ける。カグヤは猛攻を止めない。一撃を放たせる事無く、金剛が膝を付くまで我武者羅に槌を振るい続ける。

 止まらない。止まらない。猛攻も歩みも、どちらも止まる気配を見せない。

 だが、観戦していた者達は驚愕せざる終えなかった。

 金剛は見た目よりもダメージが大きい。カグヤの攻撃も金剛の残りの体力奪うに申し分のない威力だ。だと言うのに、金剛は歩みを止めない。金剛が歩み続ける故に、カグヤは猛攻をしかけながらも退がるしかない。攻撃を仕掛けるカグヤより、攻撃に耐えている金剛の方がカグヤを追い詰めている。誰の目にもそう映った。だからこそ、誰もが問いかけずにはいられなかった。「あれが、鬼なのか………?」っと。

 いくら攻撃を受けようと、金剛は歩みを止めない。それを正面から迫り来られれば、要塞がそのまま迫ってきているかのようで、さすがのカグヤも焦燥を感じずにはいられなかった。

 そして重なる疲労。元々体力に自信の無いカグヤは、それでも金剛を倒す為に近接戦を演じ続けるしかない。それ故に重なった疲労が、ついに足に来た。

 

 ガクッ!

 

「………ッ!?」

 瓦礫の欠片に足を取られ、カグヤの身体が大きく傾ぐ。

「オオ………ッ!!」

 その隙を逃さず体当たりしてきた金剛を―――、

「なめるなっ!!」

 不安定な状況で無理矢理振り抜いた槌で、足を払う。膝裏を爆発で突かれ、さすがに膝を付いた金剛。

 素早く片手を地面に付いて瞬転、金剛の背後に回り込み、彼の後頭部を六角柱の柱の無い方、棒の先端で突き込み、金剛を気絶させようとする。

 だが、金剛も耐える。爆発が無い分、打撃のダメージを堪える事が出来た。

 カグヤが飛ぶ。大きく上段に振るいあげた槌に、彼はありったけの力を流し込む。

 カグヤのステータス『霊力85』が神格武装の槌へと流しこまれ、槌を巨大化させた。

 流された霊力に比例しドンドン巨大化していく槌は、軻遇突智の頭を大きく超える巨大さへと変貌した。

「ぶっ倒れろぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーっっっ!!!」

 振り降ろされた大槌が強力な爆発と共に、巨大な火柱を轟かせ―――、

 

 ガシリッ!!

 

 ―――っと、カグヤの足が掴まれ逆さ吊りにされた。

「っ!?」

 見れば未だ強烈な高熱の火柱が上がる中、金剛が身体中を焼きつけられながら、それでも執念で伸ばした(かいな)が、ついにカグヤを捕らえていたのだ。

「取った………っ! ぞ………っ!?」

 執念に燃える目がカグヤを突き刺す。

 もう一度槌を振るおうとしたカグヤだが、その槌を、金剛はあろう事に噛みついて止めたのだ。鬼属性により、確かに彼には鋭い牙も、強靭な顎も存在している。だが、炎を纏った槌に噛みつけば顔も口内も忽ち焼かれてしまうと言うのに、それでも金剛は噛み付き、そして噛み砕いて見せた。

 己の持つ疑似神格で、カグヤの神格武装を噛み砕いたのだ。

 

「オオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 勝利への雄叫びを上げ、業火を振り払い、金剛は拳を振るう。無防備になったカグヤ目がけ、反撃の隙を与える事無く最後の一撃を見舞う!!

 

 

 

 10

 

 

 

(認めるしかない………っ!)

 迫る拳を前に、カグヤは痛感した。

(諦めるしかない………っ!)

 イマジネーターとしての才能の全てを総動員して、その結論に至る。

(コイツは本当に強かった………っ!)

 現実を前に、それでも悔しさからカグヤは奥歯を強く噛み締めた。

(いつか………! いつか必ずこの借りは返すっ!!)

 屈辱に涙さえ出そうなのを我慢し、それでもカグヤは全てを受け入れ、認めたくない事実を受け止める。

「認めてやるよ………、金剛………ッ!」

 拳が迫る。

 最早、回避も、防御も、軽減も、反撃も、撃てる手は一切に無い。

 だからカグヤは………諦めて目を瞑る。

 

「オオオオオオオオオォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 金剛の拳が、振り抜かれた。

 

 シャアァァンッ!!

 

 果たして、それを音として認識できたものは何人いただろうか? そう疑問を浮かべたくなるほどに澄んだ音が通り過ぎ―――鬼の(かいな)が切り落とされた。

 巨大建造物に押し潰されても傷一つ付かなかった頑丈な鬼の腕が、バッサリと、一刀両断に切り裂かれ、拳は空を切り、カグヤは消え去った。

 拳による衝撃波が瓦礫を吹き飛ばし、地面を抉ったような道を百メートルも作った券圧。もしもカグヤがまともに受けていたなら、肉片すら残っていたか疑問に思える様な惨劇が広がる。

 それを起こした金剛は、渾身の一撃を外したにも拘らず、ショックを受けた顔も見せず、落ちた己の左腕を拾い、傷口同士をひっつける。

「鬼の逸話の中には、侍に落とされた腕を取り戻し、再び己にくっ付けたと言うのがある。俺も、ステータスに『鬼200』を持っているおかげで、身体が切り落とされても、斬り落とされた片割れが残っていればくっつける事が出来る。この生命力と回復能力が鬼の奥の手と言ったところだろうな」

 言って左腕をくっ付けた金剛は、開いたり閉じたりを繰り返し、調子を確かめてから振り返る。

「それで? お前は一体どんな物を持っていたら俺を斬る事が出来るって言うんだ?」

 怒り、っと言うよりはむしろ喜悦に満ちた表情で、金剛はご満悦の笑みを向けて、その()()()()()()()に向けて言い放つ。

 主の肩を支える様に抱き、地面に片膝を付いた黒い少女、カグヤの僕、九曜は片手に構えた赤黒い剣を構え、金剛を強く睨み据える。

 何も語らぬ九曜に変わり、苦渋に満ちた表情のカグヤが絞り出す様に言う。

「認めてやるよ、金剛。お前は俺が想像していた以上に強い。負ける訳に行かない以上、俺も全てを晒してでも………勝つっ!!」

 立ち上がったカグヤは左手を翳し、己が最も信頼する僕に対し命令する。

「やれっ! 九曜!」

「我が君の仰せのままにっ!!」

 駿足、

 カグヤの命が告げられた瞬間には、既に九曜は金剛の眼前へと迫り、刃を振り被っていた。

 咄嗟に金剛が腕を交差して攻撃を受け止めようとするが、圧倒的に遅い。金剛が手を交差した時には、既に七つの閃光が金剛の身体を切り裂き、更に防御した上から九つの斬激が縦横無尽に叩き込まれる、合計十八の斬激、その全てが、あの物理耐久値を高く誇る金剛の身体を悉く切り裂いて行く。

「お………っ! おお………っ! おおおおおおぉぉぉぉぉ………っ!!!」

 守りきれないと悟り、反撃に出ようとした金剛の剛腕鬼手を素早く躱し、間隙を縫って閃く斬閃(ざんせん)。持ち前の回復能力で瞬時に癒えていく鬼の身体に、無数の痛々しい傷が残り始める。回復が追い付かぬほどに増えていく傷痕に、金剛のスタミナは容赦なく削り取られていく。

(この速度に俺の身を削れるだけの攻撃力………! おまけに今の俺の体力では………!)

 勝てない。そう悟るしかない。

 軻遇突智とは違い、この九曜は桁違いの戦闘能力を有している。全快の状態だったならともかく、軻遇突智の神格武装で痛みつけられた後の今の体では対抗しようがない。

 それでも! それでも………っ! っと、金剛は口の端を吊り上げ笑む。

 これほどの戦いを前にして、ただ諦めるなどと言う選択肢などあっていいはずがない。ここまで来たのなら、この戦いを余すことなく全て食い尽くさねば勿体無いと言う物だ。

「これほどの戦いを前に………っ!!! 途中で終われるものかよ~~~~~っっっ!!!」

 叫んだ金剛が拳を放つ。余裕で躱した九曜は左の刃を金剛の右肩に突き刺し、刃を残したまま、今度は右の刃で金剛の右肩を前から突き刺す。右肩を前後から突き刺されながらも右腕で振り払おうとするが、軽くしゃがんで躱した九曜は腰に差していた黒い板を両手に一本ずつ引き抜くと、そこから赤黒い刃を呼び出し、交差する様に金剛の腰を切り裂く。

「ぐ、ぐお、お、お………っ!!」

 それでも一歩も退く事無く、左の腕を振り降ろす。

 九曜は手に持つ二本の刃を消失させ、残った柄を空中に軽く投げながら、金剛の左腕を躱し、そのついでに金剛の右肩に刺さっている剣を引き抜き、その刃で左腕を斬りつける。

 奔る激痛を無視して右腕で九曜を捕らえようとするが、逆に、金剛の右腕を踏み台にして彼の頭上をくるりっ、と回転しながら飛び越えた九曜は、残った刃を金剛から引き抜きつつ、二本の刃で彼の背中を斬り付け、ついに膝を付かせた。

 刃を仕舞い、柄を腰に収めた九曜は、落ちてきた柄を寮の手にキャッチし、再び二刀を構え金剛を見下ろす。

 

 圧倒―――。

 

 その二文字が金剛に圧し掛かる。だが、彼の顔に浮かぶのは喜悦。この上ない喜び。戦いその物を貪る様に、彼は笑い、笑い、笑い………、そして笑う。

 最早動かぬ敗北。その敗北に挑む愉悦に、彼は高鳴る興奮を抑えられない。圧倒的な敵へと挑む喜びが、身体中の血を沸騰させていく。

 故に彼は傷だらけの身体から血を噴き出しながらも、己を見下ろす強敵へと手を伸ばす。

「オガアアアアァァァァァッ!!」

 本物の鬼が如く伸ばされた(かいな)。それを斬り落とそうと九曜が一刀を振るい―――、軌道を変えた金剛の腕が、赤黒い刃を無理矢理掴み取った。

「―――ッ!?」

 素早く刃を引いた九曜。切り裂かれた金剛の手から鮮血が迸る。

 危機感を感じ取った九曜が飛び退き、主の元まで退く。

 斬られた手を見つめた金剛は、心底うれしそうな笑みで、暴く(、、)

「水か………」

「「―――っ!?」」

 同時に表情を強張らせる主従に向け、金剛は確信的表情で続ける。

「光りの様に見えた刃の正体は、“水”だな? 赤黒く変色した水を音速にも等しい速度でチェーンソーの様に流動させつつ、刃の形状に完全に固定する事で、この驚異的な切れ味の刃を創り出したと言う事か………。なるほど。属性攻撃()が相手では、この身体の物理耐久も意味をなさないな。………だが、そうなると、そいつの正体は水を完全に近い形で操れる存在でなければならない筈? カグヤは先程使った軻遇突智から考えるに、完全なオリジナルから精製している物ではないな。既存の存在をモチーフにされているのだとすれば………、なるほどそいつの正体は水を司る日本の神だな」

 

((バレた………っ!))

 

 カグヤと九曜の表情が更に険しくなる。

 カグヤにしてみれば痛恨事だ。自分が最も頼りにしている主戦力の正体を看破されようとしているのだ。さすがに九曜のその全てを暴かれる心配はないはずだが、それでも『水神』である所をこんなにも早く、ましてや多くの観戦者が居る中で暴かれたのは計算外だ。

「………いや」

 (かぶり)を振るカグヤ。

 計算外?

 これくらいは予想しておくべきだった。

 イマスクのレベルは、義姉から聞き及び、それなりに知っているつもりだった。その認識の甘さが、この失態だ。

(実際に自分で体験してもいないような内容を“知っている”と思い込んだ己のミス。むしろこんなにも早い段階で悟れたて幸いだったと思うべきだ)

 カグヤは一度義姉を見る。この決闘を誘発させた義姉。きっと彼女はこれを自分に解らせるために自分を誘導したのだ。そう判断して小さく、そして優しい笑みを浮かべ―――その表情が一変する。

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「九曜」

「はい」

 カグヤに呼ばれた九曜が、構えを解いて彼の傍らに(はべ)る。

「金剛、お前は本当にすごいな? アアすごいよ。お前が強敵だって事をこの上なく認めてやる。九曜の正体を『水神』と見抜いた辺りなんか、もう手放しで絶賛するしかないほどだ………。けどな………」

 愚者が笑う。

 強敵たる鬼を前に、己より優れたる種と認めた相手に、己を愚者と認めた上で―――心底見下した視線を向けて笑う。

「だからお前はここで負ける」

 九曜とカグヤが互いに手を取り合う。

「九曜を『水神』と見抜いた御褒美だ。教えてやるよ。………コイツの神名(かみな)を―――」

 そして彼は、告げる。

神実(かんざね)―――『闇御津羽(クラミツハ)』!!」

 

 バンッ!

 

 九曜の背中が弾け、四対の黒い影の様な翼が出現する。それは流動し、九曜自身を包み込むと、忽ちその身体を変質させ、カグヤの手に一振りの日本刀となって再び姿を晒す。黒い刃に深紅の線を引かれた青い柄紐に包まれた一振りの日本刀。それが九曜―――否、闇御津羽の神格武装となった姿だった。

「刀………だと?」

 金剛は困惑する。

 何故、闇御津羽が刀だ? 闇御津羽は日本神話における水の神であると言うのは金剛の知識にもある。姿が女性であるところから女神と推測すれば罔象女神(みつはのめのかみ)のベースを交えているのかもしれない、くらいの予想は付いた。だが、どうして彼女の神格武装が刀なのだろうか?

 軻遇突智の神格武装は火の槌だった。アレは軻遇突智を火倶槌(かぐづち)と言い表わした時のイメージを利用したのではないかと推測できた。ならば、闇御津羽にも同様のイメージに引っ張られる何らかの由来がある筈だ。それは、九曜の正体に直結していると言っても良いはずだ。

 ならばなぜ刀だ? 彼女の姿が刀である理由とはなんだ?

 金剛の疑問はカグヤが剣を構えた事で中断され―――、斬られた。

「―――?」

 驚愕を通り越し疑問だけが脳裏をよぎる。自分は今、何故斬られた? 切った相手はカグヤだ。それは解る。だが、カグヤはそこまで速く動く事は出来なかったはずだ。神格武装を持つ事で速度が強化されたのか? ならばなぜ軻遇突智を使っていた時は速度が強化されなかった? いや待て―――、この速度には見覚えが………!

 っと、そこまで考えた末に思い出す。この速度は先程まで自分を切り刻んでいた九曜の速度ではないかと。

(神格武装は、イマジン体を武器にするだけでなく、その力の一部を恩恵として手に入れられると言う事か? ………っと、これ以上はさすがにまずいか………)

 体が傾ぎ膝を付く。全身に残った傷跡が回復しなくなり、見るも無残な姿を晒す。もう一撃受け止められるか解らない。これ以上は戦う力が残っていない。

「ならぁっ!! 残りの一撃に全ての力を尽くすのみだぁっ!!」

 瞬時に立ち上がり、自分の後ろに抜けていたカグヤに向かい、金剛は一気に肉薄する。鬼神としての全ての力を使い、彼は神速に迫る勢いを得る。

 刀を下段に構えるカグヤ。その瞳は、金剛の一切を見逃す事無く捉え、カウンターの一撃を叩き込む。

「ゴアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーッッッ!!!!」

「あああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッッッ!!!」

 二人の雄叫びが重なり、金剛の剛腕鬼手とカグヤの神格武装が交差する。

 闇御津羽の刃は、鬼神の腕と衝突し、互いの神格を削り合う事で己の損害を回避しようとする。しかし、カグヤには『神格70』のステータスが存在し、闇御津羽もまた神としての存在を持っている。金剛の『鬼神化』はあくまで能力による疑似神格。『鬼200』のステータスを有していても、それは決して神ではない。故に神格のぶつかり合いとなれば、金剛の疑似神格は打ち破られてしまう。

 拮抗を崩され、闇御津羽の刃が金剛の剛腕鬼手を真一文字に切り裂いて行く。肉も骨も疑似神格すらも切り裂いて、金剛の腕を両断していく。

 そのまま金剛を切り裂こうと刃を進めたカグヤは―――しかし、突然の手応えに刃の前進が阻まれる。

「―――ッ!?」

 カグヤは眼を見開き驚愕する。金剛の腕を切り裂いていた刃が、肘の辺りで完全に動きを止められていた。その理由を彼の動体視力と観察眼が瞬時に見極め、『驚愕』の感情を引き出していたのだ。

 金剛は、刃が肘のあたりまで進んだ時、筋肉を膨張させ、その圧迫で刃を挟み込みつつ、関節部の骨の隙間に入ったタイミングで腕を無理矢理捩じり、刃を骨の間で挟み込んだのだ。

 例え鬼化しているとは言え、その激痛は尋常ならざる物であるはずだ。そんな方法、思い付いても普通はできない。試みようとしても、途中で痛みに挫折する。イマジネーターである事など関係無い。そんな方法は“できない筈だ”。

 だが、金剛はやった。やって見せた。そして、圧倒的な敗北状況に於いて、彼は勝機を掴んだ。

 金剛の右腕がカグヤの肩を掴む。その腕一本で小柄なカグヤの全身を掴めてしまいそうな巨大な腕が、しっかりとカグヤを捕まえる。

「くそ………っ!!」

 慌ててカグヤは刃を返し、刃を振り上げて金剛の右腕を切り落とす。だが、その頃には既にカグヤの全身を金剛の腕が捕まえていた。

 カグヤは金剛の首を狙い剣を振るおうとするが、それが実行されるより早く、金剛はカグヤの首目がけ(あぎと)を開く。

 

 ガブリッ!!

 

 金剛の牙がカグヤの肩口から首元目がけ突きたてられる。必死に首を振って躱そうとしたカグヤだが、捕獲された状態では完全に躱す事はできなかった。何とか喉元は避けたが、それでも金剛の牙は、鬼化した鋭い牙は、しっかりと彼の頸動脈を突き破っていた。

 もしこれが『吸血鬼』の類であったなら、まだカグヤには抗い様があった。『吸血鬼』の牙は確かに鋭いが、血を飲む事が優先される彼等の顎は、それほど強靭では無いからだ。しかし、金剛は紛れもなく鬼。人の血肉を食い荒らし、骨すら噛み砕ける強靭な顎を持つ種族。おまけに肥大化し、一トン近い体重になった金剛はカグヤに覆いかぶさる様にして地面に叩きつけ、脱出、抵抗、それらの全てを奪い尽くす。

 地面に叩き付けられた衝撃で、剣をとばなしてしまったカグヤ。闇御津羽の剣が宙を舞い、カグヤの手から遠く頭上に離れていく。

 カグヤの目が見開かれ、強過ぎる激痛に声にできない叫びが喉に詰まる。自由な右手で金剛の角を掴むが、それすら本能的な行動でしかなく、痛みから硬直し、ただ強く握っただけだ。

 金剛はついに掴んだ最後の勝機を逃す事無く、一気にカグヤの肩部分の肉と骨を―――噛み千切った。

 

 ブチィッ!!

 

 残酷な光景に静かに響く生々しい音。一気に噴出される鮮血。

 

「あ………、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッ!!!!!!!!!!????」

 

 それは叫びではない。完全な悲鳴。その痛みだけでショック死してしまうのではないかと言う致死の激痛。カグヤの頭は完全にショート状態にあり、スパークする真っ白な思考で埋め尽くされる。

 堪える事すらできない涙と、口の端から漏れ出る唾液を、みっともなく上げながら、彼は淀んで行く思考の中で、暗がりに意識を落としていく。

 ぼやけ行く視界の中で、金剛が血みどろの口を悦に歪めながら、宣言する。

「俺の勝ちだ―――」

 

 ズドンッ!!

 

「ばバァ―――ッ、………?」

 金剛が口から大量の血を吐く。噛みついた時に口に溜まったカグヤの血ではない。完全に己の血だ。

 一体どう言う事だ? そんな疑問を頭の中を一杯にしながら―――金剛は見た。

 文字通り瀕死の状態で、血と涙と唾液に汚れながら、それでも少女めいた儚さを崩す事の無い少年が、愚者として、絶対的強者の敗北を目の当たりにしたように、笑っているのを。

『ざまあみろ』

 まるでそんな声が聞こえてきそうな顔に、金剛は何が起こったのかをようやっと理解した。

「戻る時は主の命はいらないのか………?」

「元々、片方が望めば姿を変えられる仕組みです」

 金剛の背中、六本(、、)の刃を全て急所に突き立てた九曜が、疑問に答え、回し蹴りで金剛を主からひき剥がす。

 すぐさま主に駆け寄った九曜は、傷口を手で押さえ、血を操作し、身体から漏れ出さないようにする。傷口の血は、まるで見えない血管を通る様に傷口から漏れ出す事無く流れる。

「我が君………! お気を確かに………ッ!」

 叫ぶ事は無く、それでも僅かな焦りを表情に滲ませながら、九曜が呼びかける。それに気付いたカグヤが、手放しかけた意識を掴み直し、最優先とされる思考に頭を働かせる。

(イマジン使用。肉体の回復プロセスへ。能力による治癒術式(イマジネート)無し。肉体強化による回復力を最優先、全力を持って起動。………。回復時間、低。最速化に『霊力85』を燃料として使用。………。………。………。最低限状態回復まで最速340秒と推測………)

 思考がそこまで行き着いたところで、カグヤはやっと呼吸を思い出し、慌てて肺一杯に酸素を送り込む。

 意識がある状態で何秒か死んでいたという事実に今更気付いて、恐怖心から身体中の毛穴から一気に汗が噴出された。

 荒い息を必死に整えながら、強過ぎる激痛をイマジンでカットし、心配げな表情を滲ませる九曜に、苦しげながらも笑みを返し安心させる。それから探す。目当ての相手はすぐ見つかった。

「………、化け物とは言ったが………、本物の化け物はケタが違うな………」

「………ふっ」

 カグヤの台詞に、金剛は自嘲気味な笑みを返した。

 彼の正面に、仁王立ちする鬼の姿があった。背中から六の刃で急所を貫かれ、左腕を完全に斬り落とされ、全身を血に染め抜いた満身創痍の鬼は、それでもカグヤの正面に仁王立ちしていた。

 九曜が立ち上がり刃を構える。しかし、構えるのは一本。主の治療のために力がセーブされているらしく、先程の気迫は感じられない。

 それでも主のために向かおうとした九曜に、カグヤは名を読んで制止した。

「良い九曜。コイツはもう戦えない」

「………御意」

 主の言葉に従い、治療に専念する僕。

 ズドンッ! っと言う軽い地響きを起こす音をたて、金剛が胡坐をかいて座る。

「カグヤ………、お前、よくもまあ、ここまで付き合ってくれた物だな? 正直、途中で投げ出したいと思わなかったのか?」

「いや、義姉様の手前、絶対負けられないからな。『投げ出したい』とは思わなかったよ。『いい加減倒れてくれ』とは、さすがに何度も願ったがね………」

「はっは………っ。………何処までだ? 何処までがお前の戦略だ?」

「軻遇突智の神実までだ。九曜を使わされたのは完全に予定外。でもま、今はそんなの当然として想定しておくべきだったと、後悔しているがね」

「そうか………。俺のような単細胞でも、ここまでお前を追い詰める事が出来たのだな………。あと一歩、何か踏み込める手段さえあれば、もしかすると勝てていたかもしれないほどに………」

 金剛はそう呟き視線を空に向ける。そこには一切の雲が存在しない、とてつもなく多くの光に満ちた星空が一望で来ていた。まるで大宇宙のど真ん中にいるのではないかと言う光景に、金剛は心が広く透き通るような錯覚を得て、そして笑った。

「まったく!! イマジンとは愉快な物だっ!!」

 叫んだ金剛は、そのまま完全に動かなくなり、ゆっくりと鬼化が解けて普通の人の姿に戻っていった。完全に意識を失った瞳で、それでも金剛は満面の笑みを浮かべていた。

「ゲームセット。勝者、東雲カグヤ」

 誇らしげに微笑んだ神威(審判)が、ようやっと決闘終了を告げ、ようやく嵐の一時は収まった事を、観衆は知った。

 

 

 

 11

 

 

 

 だが、決闘の代償はあまりにも大きすぎる。

 和樹を筆頭に多くの新入生が崩壊した学生寮を見て、そう思った。

 確かに決闘は凄まじい物で、カグヤも冗談ではすまされないダメージを負った。ある意味償いとも言えるダメージかもしれない。それでも、失った物が返ってくる訳ではない。

 その怒りから、ついに我慢できなくなった和樹が、一歩を踏み出し―――、

「はいはい~~~! それでは決闘終了により、破損したバトルフィールドを決闘前の状態に戻しはるね~~~!」

 パンッ! っと言うゆかりの拍手(かしわで)一つで、学生寮が元に戻った。

 気付いてみれば、和樹は食堂に立っていて、まるでさっきの決闘が夢だったかのように。思わず周囲を見回すと、カグヤと金剛の姿が消えていた。その他は最初に自分が見た食堂の光景と変わらない。唯一夢でなかったという証拠の様に、他の新入生達も、不思議そうに周囲を確認している。

 不意に彼の背後で会話が聞こえる。

「これ、一体何がどうなってるヨっ!?」

(よう)(りん)さん、知らなかったんですか?」

「なにがネ? カルちん?」

「カルラ・タケナカです! 生徒手帳の≪決闘ルール≫の中に書いてあったでしょう? 『生徒手帳を合わせ決闘が行われた時、決闘前の状況(生徒手帳を合わせた時)をバトルフィールドを記録し、決闘終了後に上書きされる』って? その変わり、生徒手帳を合わせない決闘は、周囲を記憶できていないので絶対決闘してはならないってルールも追加されてますけど?」

「そ、そうだったのカッ!?」

(そうだったのかっ!?)

 こっそり驚愕する和樹。それと同じ説明をゆかりが周囲の新入生に説明し場はなんとか収まった。イマジネーションスクール。何とも規格外の世界である。

(でも、カグヤは本当にこれを知っていたのか? もし知らずにやっていたのだとしたら………)

 そう、和樹がカグヤに対して何かを思っている時、事件は起きた。

 

 ズガシャンッ!!

 

 突然の騒音に誰もが目を向けると、そこには先程まで余裕の表情で椅子に座っていた最強の存在神威が、何者かによって踏み潰されていると言うとんでもない光景だった。

 その何者か、長い髪を逆立て、凶悪なオーラを噴き出す巫女装束の女性は、踏みつけた神威に向かって据わった視線を送っていた。

「なぁ~~にを、してるんですかぁ~? 神威? 直接私の部屋に来るんじゃなかったんですかぁ~~~?」

「せ、刹菜………。悪かった………。義弟の方から呼ばれた物だから………」

「ほっほうぅ~~~っ? それで食堂まで転移した挙句、新入生に決闘騒ぎを持ちかけたと? そう言う事ですかぁ~~~?」

「せ、刹菜………。顔怖い………!」

「怒ってるんですから当然ですよねぇ~~~? 怒ってないとでもぉ!?」

「ごめんなさい………っ!?」

「私の部屋でアナタの相部屋の子が物凄く淋しそうに泣いてるんですけどぉ!? ウチの後輩ちゃんが、今必死に慰めてくれてるんですけどォっ!? 立場解ってますか神威ッ!!?」

「スマンすぐ戻る!! 許してくれっ!?」

「………ダメ♪(ニコッ)」

「せ、せめて油揚げは勘弁してくれ~~~~~~っ!?」

「(ニコッ)♪」

「何か言ってほしいっ!?」

 神威を踏みつけた巫女は、彼女の首に文字通り鉄の首輪を撒き付け(『神威専用』と書いてあった)、ずるずると引きずりながら食堂を出ていく。

「新入生の皆様、ウチの子が本当に申し訳ありませんでした! どうぞお食事を続けてください」

 それだけ言い残し、朝宮刹菜(最強の片翼)は、東雲神威(最強の片割れ)を連れて去って行った。

 入学早々、とんでもない事件の続く学園だった。

 

 

 

 12

 

 

 

 決闘を終えたカグヤと金剛は、ゆかりの計らいで保健室へと転移させられ、そこで待ち構えていた木嶋(きじま)(すばる)っと言う最上級生に治療を受け、完全回復して部屋へと戻った。

 残念ながら金剛は、腕もしっかりくっつけてもらったが、意識まではすぐに戻ってこなかった。

 カグヤが部屋に戻って最初に待っていたのは、同室の菫から御小言だった。

 何でも彼女、初日は混むだろうと判断し、食堂へは行かず、持ってきた携帯食で済ませていたのだが、カグヤの起こした決闘騒ぎで一度、ゆかりの能力で外に追いやられたのだと言う。カグヤの所為で寛ぎの時間を邪魔されたと怒ったのである。

「ところ、で………。聞きたい、事、ある………」

「え? なに? 正直もう少し御小言続くと身構えていたんですが?」

「寮、元に戻った後………、部屋にいた。誰………?」

 菫に指差され、部屋の奥、ガグヤのベットへと視線を向けると、そこには赤い髪の幼女が、天女の様な和服を纏ってこちらを紅玉の様な瞳で面白そうに眺めていた。

「お帰りなさい、お兄ちゃん♪」

 カグヤを見るなりそんな事を言ってくる。菫の視線がとても冷めた物へと変わる。

 カグヤ、必死に記憶を辿るが、自分に義妹が居た記憶はない。もちろん『お兄ちゃん』などと素敵ネームで呼んでもらった経験はないはずだ………。

 そこまで考え、ふと思い出す。

 そういえば、突然神威が現れた時、自分に抱きついている間に、軻遇突智のイマジネートに干渉して来ていた気がした。本来なら簡単に妨げる事が可能であり、また元の状態に戻すのも容易かったのだが、相手が義姉だっただけに、受け入れていた。

 

『じっとしててね』

 

 思い出したのは軻遇突智が自分の命令無しに動いた時のあの声。

 まさか………、っと思うも、すぐに自分のイマジネーションを確認し、確信してしまう。

 それでもカグヤはつい聞かずにはいられなかった。

「おまえ………、軻遇突智か?」

「そうよ! やっと解ったわけ? これからよろしくね? お兄ちゃん♪」

 可愛くウインクする幼女神妹キャラ。

 更に頬を染めて付け足す。

「九曜以上に可愛がってくれないと………拗ねちゃうから?」

「妹属性開拓開始~~~~っ!!」

 幼女に飛びつこうとするカグヤに―――、

「18禁ッ!!」

 

 ズドムッ!!

 

 容赦無く菫の剣が無数に突き刺さる。

 ギガフロート最後の夜は、激戦を潜り抜けた少年の断末魔の悲鳴で幕を閉じるのだった。

 




☆カグヤの新しいイマジン体☆

保護責任者:のん
名前:カグラ   本名:軻遇突智(かぐづち)
年齢:12(の容姿)     性別:♀      カグヤの式神
性格:普段はデレデレ、でもいざとなるとツンツンな『デレツン』妹キャラ。

喋り方:ツンデレ
自己紹介  「軻遇突智のカグラ! よろしくしなさいよね!」
デレ    「お兄ちゃん、だ~~い好き! 九曜と同じくらい愛情注ぎなさいよね♡」
ツン    「べ、べべ、別に―――っ! 膝の上に座ってるくらいで喜んでないわよ!/////」
現神化   「ゴアアアアアアァァァァァァァーーーーーーーッッ!!!」
下僕状態  「はい。兄様の仰せのままに」
ボケ1   「い、いいい、い、イケメン出た~~~~っっ!!?」(恐怖)
ボケ2   「胸に脂肪が集まればエラいんかぁ~~~~っっ!!?」(怒泣)

戦闘スタイル:自在に炎の全てを操る。中距離支援タイプ。広囲殲滅型。

身体能力3     イマジネーション3
物理攻撃力3    属性攻撃力3
物理耐久力3    属性耐久力3

能力:『火女神(ほのめがみ)の式神』

技能
各能力概要

・『炎法(えんほう)
≪炎のあらゆる全てを自在に操れる。高威力砲撃、中距離支援、小規模爆破、炎熱断絶、炎の全てを支配する≫

・『現神化(あらかみか)
≪角を持つ炎の大蛇の姿になって、広範囲殲滅に特化する能力。主のイマジネーションと属性攻撃力の影響を受け、威力が変化する。この姿は神格としての力は強く、『権能』以上の力でなければ破られる事が無い。ちょっと性格が化け物よりになり、女の子らしさが見受けられなくなる。角を持つ蛇の由来から、竜としての属性も持っている≫

・『神実(かんざね)
≪軻遇突智を火倶槌として変化させ、己の姿を神格武装に変える能力。炎を纏った槌となる。軻遇突智の由来から、神殺しの炎を持っていて、特に女神に対し絶大な効果を持つ―――筈なのだが、多少強力な神格殺しを持っているだけに止まっている。時に主を自分の意思で動かす事もできるが、接近戦は苦手なので、その機会は皆無に等しい≫
(余剰数値:0)

人物概要:【炎の様な真っ赤な髪に、両端から牛の様な角を生やしている、紅玉の瞳を持つ幼女。天女の様な羽衣衣装を纏っていて、女の子用の下駄を履いている。元は炎を纏う大蛇の姿で、広囲殲滅型の式神として生まれたのだが、神威のお茶目で『現人神(あらひとかみ)』“人化”の特性を得てしまった。幼女姿は神威の設定。カグヤの事を兄と慕い、物凄く懐いたデレデレ妹キャラなのだが、いざカグヤに迫られると何故か強がってツンツンした態度を取ってしまうデレツン娘。炎の神なので重量が無く、自由に空中を飛び回れる。その反面、火の力で常に淡い上昇気流が自身の周囲で起こっているため、感情の起伏で火力を強くし過ぎ、気流で自分の服を捲ってしまいそうになる。ドジな所もある。何故かイケメンを恐れている。本人は伊弉諾がイケメンのイメージだったからだと語っているが、真相は不明。身体が成長しないので、胸の大きな女に泣き怒りする事が多い】
備考【炎の神、軻遇突智として生まれた彼女だが、何故か女神の特性を強く持ち、陰属性の炎を有する支離滅裂な存在。神威に姿形を弄られはしたが、それ以外はカグヤの能力で再現された存在。そのため、日本神話に忠実に則った存在のはずなのだが、何故か女神であり、本来陽の力であるはずの火を、陰の属性で操っている。しかもこれで存在が確定されているため、矛盾を(よう)していない存在として確立している。摩訶不思議であるが、神話の史実は大量に存在する。その中からカグヤはカグラの存在を確定できる何かを見つけたのかもしれない。現在、火の神として、神殺しの力を有する、カグヤの攻撃力での切り札となっている】








カグヤ「―――っとまあ、そんな感じで軻遇突智がカグラになった」

菫「他人、から、イマジネートに干渉………、とか、出来るの?」

カグヤ「出来る。ただ、主導権は常に本人にあるから、イマジンその物を封じたりとかはできないけどな? 俺だって、いつでも神楽の設定を消して、元の軻遇突智に戻す事が出来るぞ」

カグラ「お、お兄ちゃん!? まさかこんなに可愛妹キャラを無かった事にするつもり!? いくら私の声が『こんなに可愛いわけがないっ!』と言われる妹キャラボイスだからって―――酷いよっ!」

カグヤ「そんな事するわけないだろっ! ………正直、妹属性なんて俺には無かったが、こんなに可愛い女の子が目の前で『お兄ちゃん』と呼んでんだぞ? 属性開拓しなくてどうするっ! ………ってわけでベットに行こう」

菫「ロリコン死すべしっ!!」

 ドグサッ!!

カグヤ「がはっ!? ………く、九曜、助けて………!」

九曜「………。………我が君の仰せのままに………」

カグヤ「あれ? なんで少し不服そうなの? 何か不満があるの? 俺は一体お前の何を傷つけた?」

カグラ「べ、別にベットに行くのが怖いとかじゃないんだからね!? でもちょっと踏む段階が早くないかなぁ? って思っただけなんだからね!」

カグヤ「カグラは今ここでデレツンすんなよ!」

カグラ「だから………! また誘いなさいよね………?」

カグヤ「よし今すぐ誘う! 仕切り直してもう一度ダイブ―――!!」

菫「18禁、オメガ死す………ッ!!」

 ズドドドドドンッ!!

カグヤ「ぎゃあああああぁぁぁぁぁ~~~っ!?」

九曜「………、カグヤ様の性格上、また女の子の僕が増えるんでしょうね………。はあ………っ」

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