ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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良い仕事場には入れた!
    ↓
「君、部署変更ね」
    ↓
「へ?」
    ↓
「あ、ごめん。予定してた部署に人員入ったからやっぱ無しね」
    ↓
「はい……」
    ↓
「でも異動は決まってるから……、クビ?」
    ↓
「アァン……ッ?」
    ↓
とりあえず、別部署に急遽変更。
仕事内容が苦手分野に、職場見学の意味とは一体……。




―――ってなことがマジでありました。
仕事中、頭の中が常に『カツカツ』している不思議感覚。
私、正気でしょうか? 最近自分の正気を疑う日々が続いております。
ついでに書くスピードが本気で落ちている事実に軽くショック。
書こうとして言葉が纏まらず、今回も必死に頭を回転させて言葉を選びましたが、説明文がちゃんとできているか自信がマジでないです。
更に言うと明らかに文字数落ちてます。もう少し書く予定だったはずなのに、書いてみると明らかに質量不足。
「あ、これはマジでヤバイ……」
っと言う呟きを漏らしつつ、“私は私の正気を保つために書き続けることにしよう”っと、半端ながらも投稿することに……。
無理はしていないし書きたいから書いているのですが、好きでやっていることができなくなっていきそうでマジで怖いです。

何はともあれ、せっかくの最新です! テンション上げていきましょう!
景気付け(?)にクトゥルフ神話TRPG動画見まくってます!
『シリゴミ卓』で本気笑いさせてもらってます。
『KPサンチェ卓』は私も参加したい! どうやって参加するのか知らないけどね!

などと脱線した前置きを無駄に長くして本編の薄さを誤魔化そうとしてしまいましたが、それもいい加減にしましょう。
添削まだです。

【  】


一学期 第十試験 【決勝トーナメント 準決勝戦】Ⅳ

ハイスクールイマジネーション16

 

一学期 第十試験 【決勝トーナメントⅣ】

 

 

 駆ける。

 駆ける。駆ける。駆け抜ける―――。

 廿楽弥生は己が活かせる俊足の全てを用い、大地を駆け抜けていく。

 止まる事は許されない。僅かでも速度を落しただけで、容赦なく凶刃が、この身を両断するのだから。

「行ってぇっ!」

 弥生の号令に従い、言霊で編まれた黄金の剣が飛ぶ。菫の操剣と違い、一本一本に巧みな行動を命令する事は出来ないが、その分数で押す事が出来る。おまけにこの剣に触れれば触れるほど、相手の権能を削ぎ落としていくのだ。如何(いか)に絶大な力を持つ権能であろうと、その神格を削ぎ落とされては使い物にならない。

 そんな摂理を真っ向から否定するかの如く、その凶刃は一振りをもって幾多の剣を薙ぎ払う。

 圧倒的な神格の薙ぎ。それを放つジーク東郷は不敵な笑みを向ける。

 “言霊の剣”は確かにグラムの神格を削ぎ落としている。かの剣に宿る権能を傷つけ、その切れ味を確実に落している。だがそれでも、ジークの一振りが山河を砕き、大地を割り、天をも貫く。その威力に一切の陰りを見せる事無く、絶大なまでの神の威光―――神威(しんい)を魅せつける。

「―――ッ! ヤアァー・・・・・・ッ!」

 短い呼気と共に振るわれるライトグリーンの剣戟。『特化強化再現』属性は耐久と連撃。剣の強度が増し、切り替えしが素早くできるように『再現』した一撃を、ジークがグラムで受け止める。

 

 シュパァァンッ!!

 

 およそ金属が発したとは思えない綺麗な音が過ぎ去り、弥生の剣が容易く切り落とされる。ジークは斬っていない。ただ刀身で受け止めようとしただけだ。ただそれだけのことで、耐久力に特化強化された弥生の剣が切り落とされた。

「く・・・・・・っ!」

 反撃が来る前に、跳ねる様にして距離を取る弥生。素早く新しい剣を取り出そうとして、諦める。耐久強化の上で切り落とされる以上、持っていても役には立たない。攻撃手段として劣化してしまった剣を持つくらいなら、無手の方が幾分動ける。防御不可能の攻撃に、攻撃と防御を諦め回避に専念する。今の弥生にできるのはそれだけだ。

 その手に残されたのは、言霊によって編まれた、黄金の剣が一本。まだ周囲に幾本が漂ってはいるものの、もはやそれらが単体で襲い掛かったところで、霞ほどの効果も見込めないだろう。

 弥生は一つ深呼吸する。そして意を決する。勝機が見えるまで、回避と観察に集中し、攻撃その他を諦める。漂っていた剣を更に外側に離し、使える手段を僅かにでも残しておく。そして始める。派生能力『ウルスラグナ』『戦士の権能』による、相手能力の看破。僅かな綻びも許す事無く読み解き、己の勝利に邁進する。

 切羽詰ってギリギリの窮地。絶体絶命の大ピンチ。吹けば飛びそうな風前の灯。

 ―――だと言うのに、弥生は自然と高揚感が湧き上がり、どうしても笑みを抑えることが出来ない。まるで、長年無敵を誇っていたゲーマーが、嘗て無い強敵に巡り会ったかのごとく、彼女は自分でもどうかと思うほど楽しんでいた(、、、、、、)

(ほんと、我ながらどうかしてるとは思うんだけどだ・・・・・・っ!)

 完全にかわしてもなお殺傷してくる神格の刃を、更にその先の剣圧を見切った上での紙一重で避けつつ、廿楽弥生は場違いなほど愛らしい無邪気な笑みを(たた)えた。

(無双してる時より、面白くて仕方ないんだもんっ! ジークがあんまりにも強くて強くて・・・・・・! 本当はもう手なんて一つもないんだけど! でも楽しすぎてやめられないよぅ~~っ!!)

 笑う、笑う、笑う。

 彼女は笑う。まるで神格と刃による殺し合いなどではなく、アスレチックで遊ぶ子供同士の遊戯事でもしているかのように、彼女は心底楽しそうに笑うのだ。

 そんな場違いな愛らしい笑みに、ジーク東郷が抱くものは愛しさだった。

 自分を傷つけることの出来る強敵に、自分の全力の守りを破った少女に、彼は心奪われ見惚れている。神格の刃と言う求婚を振るい、それをかわされた事にまで愛しさを感じて、彼もまた、笑みを浮かべる。

「そうだっ! そうだろうっ!? このくらいでは満足しないよなっ!? 俺を傷つけた愛しき人(ブリュンヒルデ)!! お前がこの状況を楽しみ、これ以上をまだ望むのなら! 俺も君に全力で応えようっ! 受け取れっ! これが俺の“愛”だっ!」

 正眼に構えられた剣。一瞬の間を経て増大する神格が、光の柱となって立ち上る。『魔剣グラム』の力を砲撃と言う形で収束した、神格の応用技。菫、正純の使った必殺技と言うには芸が無い代物ではあるが、ありえざる脅威となった刃を砲撃として放つのだ。単純な能力よりも性質が悪い。

「魔剣・グラム―――ッ!!!」

 剣の真名を敢えて口に出す、イマジン基礎技術。当たり前すぎて名前すら付けられていない、単純な技術であったが、これほどの神格が溢れ返っている状況では、それも馬鹿に出来なかった。

 名と共に放たれた神格の砲撃は、一瞬にして膨れ上がり、ジークの正面一切合財を飲み込んでいく。嘗て新入生が見せられた“混ぜたら危険コンビ”の砲撃など、これに比べれば水鉄砲に等しい。弥生の使った『ベルセルク』の“国落し”が一撃を持って国を崩壊させるものなら、ジークの放った砲撃は、一発で国を消し飛ばす規模の破壊であった。

 当然逃げ道など無い。広範囲に及ぶ破壊()の奔流に、必死に駆けながら弥生は目を凝らし続ける。

 刹那に跳ぶ。岩陰でも見つけたのか横合いに滑り込むように飛び退き―――そのまま弥生は光の中に飲み込まれて消えた。

 

 

 1

 

 

 それはあまりにも圧倒的な攻撃だった。他に比較する対象として、正純の『十二宮の流星(コンステレイション・メテオール)』を上げてみたとして、それでは不十分と言えるほどの差がついてしまっている。この光の前では、シオンの()を以ってしても食い潰すこともできずに呑み込まれたことであろう。

 生存不可能―――。その言葉の重みを伝えるかのように、光が過ぎ去った後には僅かな砂塵が残るだけで、全てがごっそりと削れて無くなっていた。この破壊の後を目の当たりにすれば、再生能力を持つAクラス、緋浪(ひなみ)陽頼(ひより)でさえ「私、あれ一発で残機全損しちゃいますよっ!?」っと、言わせるには充分な物であった。

 光は神格であって熱量エネルギーではない。そのため、穿たれた大地が焼け爛れるということはなかったが、まるで掘削機で削り取ったような荒々しい傷跡が刻まれていた。神格による破壊とは、全てを呑み込み削り取る物。いかなる防御も回避も、蘇生と言う手段すらも微塵に削りきる。それほどに恐ろしい物なのだと示されていた。

 破壊の跡を目の当たりにした者は、一人の例外無く想像した。廿楽弥生は跡形も無く消し飛んだか、あるいは既にリタイヤシステムで飛ばされただろうと。

「ほう……、よくも体を残せたものだな?」

 試合を見下ろしていたシオンの呟きが示す通り、土煙が晴れた向こう側に、うつぶせに倒れる弥生の姿が現れる。

 にわかに騒がしくなる観客席に、司会も興奮気味の声を上げる。

 

『圧倒的な力! その砲撃! おいっ、それ何処の宝具だよっ!? っと言いたくなるような一撃を受け、さすがの廿楽選手もダウンッ! さすがにこれは決着がついたのでしょうか~~っ!?』

 

 皆がハラハラした面持ちで見守り、ジークは油断なく剣を構えて状況を待つ。

 っと、しばらくの間をもって、弥生の指がピクリと動く。気付いた者たちの胸がドキリッと鳴る。

 痙攣する様に手が動いた後、光を失いかけている黄金の剣を握り直し、緩慢な動きで体を起こす弥生。その姿にどよめきを起こす観客席。

「お見事」

 そうジークの口から素直な称賛が漏れた。

 

 

「え? え? なにをっ!? 今どうやって生還したんですかっ⁉」

 さすがに理解できず、カルラが混乱気味に周囲に問いかける。

 真っ先に向いたのは、実は説明好きなのではないかと言うほど解説役を買って出ていたカグヤにだったが、難しい顔で唸るばかりで答えは返ってこない。すぐにレイチェルに視線を向け直す。それに気づいたレイチェルがはっ、っとしていたが、説明したくても何も分からなかったらしく、口を歪ませるだけだ。半ば縋る思いで他へと視線を向けてみる。

「こ、根性……っ?」

「解りません……」

 悠里と環奈も微妙な表情をするばかりだ。解説者に解説してほしいと望んでしまうカルラは、本来は自分がそういう系の存在だったはずではと気づいて、ちょっと落ち込む。

「弥生、黄金の剣、で……、神格の弱いところ、斬ってた……」

 以外にも、答えが出てきたのは、今までずっと質問ばかりしていた菫からだった。腐っても決勝トーナメント出場者。ここにいるメンバーに見えなかったものも、しっかりと見えていたらしい。

 だが、菫の言うことが事実だとしても、ジークの放った神格を切り裂くことが可能かと言うと、絶対的に不可能に思えた。そのため、誰もが首を傾げたまま答えを見つけられずにいる。

「……『見鬼(けんき)』」

 環奈は僅かに感じた引っ掛かりを頼りに『見鬼』を発動。視覚以外で取り込んでいた情報全てを、分かり易い視覚情報として精査する。それによって、感じてはいたが、理屈として解っていなかったことが、明確に理解することができた。

「そうか……っ! ジークさんの神格は、まだ完全(、、)には解放されてないんですねっ!?」

「は? どういうことだよ? ジークは『神格完全開放』とか言うのを使ったんじゃねえのかよ?」

 悠里の至極当然の疑問に、カグヤとレイチェルが同時に答えに至る。

「そうか……っ! くそっ! なんで気付かなかった!? 『神格完全開放』が一年生のレベルでできるような技術じゃないのなら、どんな裏技を使っても、できる範囲には限界が存在する!」

「ジークの奴は、『リソース・ブースト』で『神格完全開放』を使用できるようになっただけ(、、)で、使いこなしているわけではないのだな!? 恐らく、時間をかけてゆっくりと完全開放状態へと近づく仕組みになっているのだろうっ!?」

 

 

 二人と同じ結論に至ったらしいサルナは、得心したように頷いた。

「今の砲撃は確かに脅威だったけど、それだけにムラも目立った。廿楽弥生はそれを見抜き、最も神格が脆くなっている個所を見つけ、そこに神格破りの剣で崩すことで即死を免れたという事ね」

「言うは易いが、実際は何度も切り付け、自分の入るだけのスペースを作り続ける必要があっただろう。それでもダメージを消し去れるわけでもなし、よくもまあ生き残って見せた物よ」

 オジマンディアスが素直に称賛を現す。皆が思わず関心を深める中、詠子だけが既に追いつけない状態で内心一杯一杯だったりした。

(へ、へぇ~~、そうなんだぁ~~~……)

 くらいの感想しか出てこなかったため、下手な事を云うとボロが出そうで、必死にそれらしい表情で不敵に笑むことしかできない。彼女にとって幸いだったのは、このメンバーは誰にも質問したり、意見を求めてこないところだろう。

「うああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 途端に上がった絶叫。

 大気を振るわせる咆哮が如き発声に、不覚にも、詠子は普通にびっくりして肩をはねた。

(やば……っ!?)

 と、思ったが、意外にも驚いたのは他の面々もだったらしく、サルナは身を固くし、シオンは珍しく目を丸くしている。オジマンディアスも後ずさりし、寝転んでいたプリメーラは飛び起き、眠っていた小動物が跳び起きたような俊敏な挙動を見せた。ある意味、彼女が一番みっともない反応だったので、詠子の不覚は目立たなかった。

 

 

 絶叫を迸らせたのは、もちろん廿楽弥生だ。

 彼女は全力の発声で自身の気を高め、獣の如く鋭い視線でジークを睨み据えた。

「“悪魔の心に獣の御姿を持ち、人の意志をもって我は祖国の敵を打ち破らん”」

 ―――聖句(せいく)

 詠唱と同じく、自身の能力イメージを単語にして示すことで、その力を使用する起動キー。

 弥生の能力『戦神狂ベルセルク』の神格が極端に上がる。以前はこれで返上していた獣の神格を取り戻し、半暴走状態となった。今回は純粋にベルセルクの出力を上げる事のみに集中する。

 体の中心、心の臓が力強い鼓動を脈打ち、全身に血と共に力が廻る。

 爆発―――。それと見劣りしない衝撃が迸り、弥生の全身をイマジン粒子の嵐が巻き起こる。鋼色に輝く粒子は、まるで獣の姿を象るかのように吹き荒れ、まるで咆哮を上げるかのように大気を揺らす。

「 ベルセルク―――!!!!! 」

 弥生が叫ぶ。

 刹那に走る閃光。

 それが弥生の踏み出しだと気づけた者は何人いたのか、少なくともジークはギリギリで対応できた。カウンターで合わせる様にグラムを振り下ろす。狙いは弥生の持つ黄金の剣。輝きを失いかけている剣には、もはや神格を受け止めるだけの余力もない。武器ごと弥生を両断せんと、ジークの強靭が迫る。

 激震。ジークの剣が地を砕き、弥生がジークを素通りする。

「―――ッ!?」

 ジークは慄く。彼のグラムが言霊の剣を両断せんと迫る中、接触する前に弥生は剣を手放し、ジークの剣を共に素通りして見せた。

 ジークの背後に踏み込んだ弥生は、生徒手帳から新しい剣を取り出し、右の手に納めていた。

 振り返り様の剣激。肩越しにジークが確認するが、虚を突いた弥生の方が速い。

 アクアブルーに輝く一閃が振り抜かれる。ジークの背に薄い切り傷が奔った。

「ぐっ、あああああああああぁぁぁぁぁーーーーーっっ!!!」

 ギリギリで背を逸らしたジークは、そのまま片腕で大剣を横薙ぎ。その威力だけで空間を真一文字に切り裂く。

 それを弥生は跳んで躱すと同時に体を捻り、その勢いのまま剣で斬りつける。丁度ジークを飛び越えるついでに回転しながら斬るような行為に、ジークの頬が僅かに切り裂かれる。

 地に降り立つ弥生。

 剣を両手に持ち直したジーク。

 目にも止まらぬ三連撃。グラムの圧倒的な火力が弥生を襲う。

 消える。もはやそうとしか表現しようがない神速。軌跡を追うことも許さぬ瞬間加速で移動する弥生。

 追いすがるグラムの刃は、全て残像を切り裂くだけに終わる。

「こっち―――ッ!!」

 側面に入り込んでいた弥生がクリムゾンレットに輝く剣の突きを放つ。

「ぐぅ……っ!?」

 上体を逸らすことでギリギリ躱すが、弥生を至近距離に置くことになってしまう。大剣のジークでは近すぎて斬りにくい懐付近に。

「第二章、『追撃』!!」

 いつの間にか、左手に新たな黄金の剣を携え、ジークが迎撃できない距離による、逃げ場を塞ぐかのような計算された連撃。攻撃を避けなければダメージを負う。しかし、この剣を避けていては大きく距離をとることができず、反撃もできない。結果的に回避に専念しなければならず、どんどん弥生の望む場所へと追い込まれていく。

「ハアッ!!」

 そんな苦虫を噛みたくなる局面を、ジークはグラムを地に突き、近距離で爆発させるという方法で容易く覆した。

 爆発で、自分も多少なりダメージを受けたが、必要負傷(コラテリアルダメージ)と割り切って剣激を放つ。剣圧のみで刃が飛ぶグラムの斬撃は、もはや距離感を無視して切り付ける剣だ。距離が離れた弥生にも易々届く。

 だが当たらない。

 切り付けた時に弥生は残像となって消え、別の場所に出現する。

 ジークが追って斬り付けても、やはり弥生は残像となって消え去る。

 ジークは速度を上げ、意地でも斬り付けようとする。弥生もそれに合わせて更に速度を上げ、時に隙を突いて攻撃を仕掛ける。

 させまいとジークが素早く迎撃した時には、逸早く気付いた弥生が残像となって消え去った後―――などと言う物を確認するより速く、逃げた弥生を追って刃を飛ばす。斬り付けたのは再び残像。確認するよりも速く切り裂く。また残像。

 ならば当たるまで撃つまでと、ジークの速度が更に上がる。合わせて弥生も上がる。

「な、に……っ!?」

 それを何度か繰り返した時、ジークは気付く。周囲を弥生に囲まれている。

 見ていた観客はもはや訳が分からなくなっていただろう。

 実際、弥生とジークの速度は既に常軌を逸していた。

 カグヤは驚嘆する。

(もう、イマジネーターの目でも追えなくなってる……っ!?)

 悠里や環奈は目で追うのを断念し、ただ呆然とするしかなく、菫は余裕のない真剣な表情で見ることに徹している。

 サルナは思わず身を乗り出し、零す。

「もう、見えない……っ!?」

 オジマンディアスも呆れた様な笑みを浮かべ、見極めを断念し、シオンも丸くした目が全体を眺めるだけに留まっている。

 そう、もう誰にも追えなくなっている。弥生の速度は、イマジネーターの眼すら置き去りにする、神速の域に達し、加速による残像がジーク東郷を囲むように出現していた。

 それはまるで、獣の群れに囲まれたかのようで、ジークは人としての本能が、小さな恐怖心を抱かせた。

 

(【群獣狩猟(ベルセオス・ポッラ・テレシウス)】……!)

 

 弥生達が咆哮を上げ襲い掛かる中、彼女は心の中でそう叫んだ。

 これは菫や正純の使用した『必殺技』の類ではない。『戦神狂ベルセルク』(能力)が極限まで研ぎ澄まされた状態で行われる、スキルの延長線上にある派生技。

 弥生流に言うなら『ベルセルク第一章極限―――大群をもって大軍に向かう【群獣狩猟(ベルセオス・ポッラ・テレシウス)】』と言ったところか。

 群れとなった弥生達は、ただの残像に過ぎない。だが、それらは全て加速により残された虚像。それ等に斬り付けられれば傷は負う。文字通りの群れに襲われることとなるジーク。

 次々と迫る弥生達に斬り付けても、それらは残像として消えてしまい、かと言って本体が一人である以上、影の数が減るなどと言うこともなく、まるで複数の弥生に挑むかのような状況に、次第にジークの体にも傷が増え始めた。

 

 

「な、なんだ……っ!? なんでこんな状況になってんだ? いや、解らんけど、ともかくなんか弥生が優勢なんだよなっ!?」

 訳が分からなくなった悠里の声に、誰も答えられずに呆然とする。それも仕方がない。彼らは全員、菫と正純の時の再現になると思っていた。弥生は菫同様、優勢に立つジークの攻撃を凌ぎ続け、どこかで逆転の一手を打つために耐え忍ぶことになるだろうと。だが、実際にはそうはならなかった。むしろ弥生は、一撃でも受ければ即死が確実の(グラム)に対し、あろうことか超ハイスピードによる近接戦を敢行した。これには誰もが正気を疑った。

 もはや何をしているのか、誰にも分らない。観客はハイペース過ぎる内容に、もはや気分だけで盛り上がっている気配がある。イマジネーターの生徒達は、誰もが口を閉ざし、見入ることしかできない。

 こんな中でやっと答えらしい答えを見つけられたカルラは、その意外過ぎる、しかし最高に有効的な方法に、思わず感嘆の域を漏らす。

「そうか……! これなら―――いえ、これしか弥生さんに勝つ方法なんてないんだ……っ!」

「「「説明!」」」

 菫、レイチェル、環奈から、端的に求められる。ちなみにカグヤは説明のお株を奪われるのが癪だったのか、ギリギリで思い止まってしまい、苦い顔をしていた。

「ジークさんの剣は大きく長い。神格を完全開放したことで、神格の刃が剣全体を覆って、まるで斬馬刀のような大きさになってしまっています。いくら重量変化は起きないとは言え、あれでは近い相手を斬り付けるのには向いていません。そこで弥生さんは超接近戦を行うことで、ジークさんの剣を半ば封じる方法をとっているんです」

「普通はその前に死ぬ」

 カグヤが苦言を呈する様に質問を重ねる。

「接近戦に持ち込んでも、パリィされるだけで打ち負ける。接近戦は愚策以外の何物でもなかったはずだ」

「はい、確かにそれだけでは愚策です。だから弥生さんは更に危地(きち)へと踏み込んだんです」

 カルラはそれに答え、説明を続ける。

「彼女は更に一歩踏み込み、速度と反射をがむしゃらに挙げ、ジークさんを翻弄しているんです。さすがのジークさんも、全てが必殺の一撃となれば、対処しないわけにはいきませんから。なんせ、今のジークさんには『不死身の肉体』の効果が失われているのですから」

 そう、ジークの『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』は、デフォルトで対竜最強、不死身、圧倒的身体能力を取得できる。この能力から使用されるスキル『不死身の肉体』は、ジークフリートをモチーフにした権能。それ故の圧倒的な頑丈さを持っている。だが、それ故に、この力には二つのデメリットを有していた。

 一つは、竜の属性を持つが故に、龍殺しの剣である『魔剣グラム』の『神格完全開放』の妨げになっていた事。もう一つは一度破られると、しばらくは権能を取り戻すことができないということだ。

「つまり、ジークさんは最強の矛を使用する変わりに、最堅(さいけん)の盾を失うことになった。それは弥生さんがジークさんを倒すことができるチャンスでもあった。それをジークさんに思い知らせ、一種の恐怖の種として植え付ける様にしたら、どうしてもジークさんは守りに入ると思いませんか?」

 ここまで言われ、カグヤ、菫、レイチェルは思い至ったように得心した。

 まだ分かっていない二名のために、カルラは頷きながらも答えを口にする。

「そう、弥生さんは敢えて台風の目に入り込んで、プレッシャーをかけ、ジークさんの攻撃を抑制すると同時に、自分が攻撃を当てられるチャンスを増やしているんです。環奈さんが言ってた通り、ジークさんは時間と共に神格が完全に開放されてしまう。だから弥生さんは、ここで全てを使い切ってでも攻めに転じることを選んだんです」

 攻撃は最大の防御。言うは易いが、実際にそれを実践するには絶え間ない攻撃の連打と、一撃一撃が脅威となるだけの威力が必要になる。それは同時に大量の体力を消費するという事でもあり、それは大きな負担となって弥生に襲い掛かっている。

 弥生の『ベルセルク』は確かにギアが上がる毎に体力も強化される。だが、それは体力を回復しているわけではない。分かり易くゲーム的な数値で表現すると―――通常時がSP(スタミナ)10の状態で行動し、5を消費するとしよう。残りが5になった時点でギアが上がる。すると全体SPが倍加され、20となる。だが、既に弥生は半分のSPを消費しているため、底上げ分しか体力は増加せず、残り体力は10と言うことになる。消費した分の体力が回復しているのではなく、全体的な数値が強化されている状態なのだ。

 ならば、消費量を抑えれば永遠に戦えるのかと言うと、そんなこともあるはずがない。戦闘状況が容易い物になればベルセルクのギアは上がらなくなるし、厳しい戦闘であれば、ギアが上がるより早く体力を消費する状況に追い込まれることだろう。

 現在弥生がその状況にある。体力の消費を無視してガンガン消耗し、ギアを無理矢理上げるために能力を使えるだけ使っている。

 

 

「だが、それもいつまで()つかな?」

 加速し続ける戦況を眺めていたシオンは、カルラ達と同じ意見に達した後、そんなことを呟く。

「いくらイマジンの供給が無限とは言え、それほど能力を際限なく使用していると、すぐに使い切るぞ(、、、、、)?」

 

 

 「使い切る」その言葉の意味が解らず、しかし、質問することもできない詠子が歯がゆい思いをしている時、同じような言葉を吐いたカグヤに、菫が疑問をぶつける。

「使い切る?」

「俺やお前のような、イマジンを外側に向けて使うタイプには縁遠い話だが、弥生のような身体能力をとことん強化するタイプには、割と身近な現象でな。能力を使い切るんだ(、、、、、、、、、)

 やっぱり意味が解らず首を傾げる菫達に、今度はレイチェルが説明を引き継いだ。

「能力者を車に例えれば分かり易い。車が術者、燃料をイマジンとするなら、能力はエンジンと言ったところか? この学園ではイマジン(燃料)は無尽蔵に供給されるから、いくらでも術者()は走れる。でも、走り続ければ人体(車体)に負担がかかるし、アクセルを踏めば、能力(エンジン)にも負荷がかかる。無尽蔵の燃料任せにアクセルを踏み込み続ければ、やがて能力(エンジン)は、自らが発するエネルギーに耐え切れず崩壊するでしょうね」

 崩壊と言う言葉にぞっとしたのか、菫、悠里、環奈が顔を青ざめる(菫の表情は他者には判り難いのは相変わらずだ)。

 これに気づいたカルラが慌てて訂正する。

「実際は“能力を形成しているイマジン”が消費されて、使用できなくなるというだけですよ? こうなると能力の再構築に時間がかかるので、しばらく能力が使えなくはなりますが、能力を失うわけではありません。あくまで使い切った状態となるんです」

「俺たち放出型は、能力を継続使用するより、放出したイマジンを操作する方に重点が置かれているから、滅多なことではこんな現象起きないけどな」

 カグヤがそう締めくくると、皆が安心したような、やっぱり弥生が心配になったような複雑な表情を浮かべた。

「ちなみ、この能力を使い切る現象を『Ability consumption(アビリティ・ケンサムション)』能力消費状態と言うそうです」

「「それは知らなかった……」」

 カルラのついでの一言に、なぜか負けた気分になったカグヤとレイチェルの言葉が重なり、カルラは苦笑いを浮かべた。

 何気に影でこぶしを握って小さくガッツポーズを取っていたりしたが、幸い誰にも見咎められることはなかった。

 

 

 攻撃は最大の防御。それはつまり、後先考えずに力を出し尽くすという事だった。弥生は自分の中のベルセルク()が、どんどん消耗しているのを感じながら、それ以上に叱責するが如く更にギアを回転させる。

 脈動が激しく胸を打つ。もはや動悸などと言う言葉では生易しいほどに、バクバクバクッ!! と、心臓が全身に血を送り続ける。

(もっと……っ! もっと速くっ! もっと強くっ! もっと激しくッ!! これでもまだジークに追いつかれるっ!)

 無数の弥生達が次々にジークに襲い掛かり、何とか隙を突こうとするが、徐々にジークが追い付きつつある。弥生が斬り付ける前に斬り返す場面が増えつつある。無論、観客にはもはや何が何だかなので、そんな細かい状況など解らない。ただ見守るばかりで司会も説明することができずにいた。

 だが、弥生の中のギアが先にもう一段階上がる。

(ここで決める……っ!!)

「“我らは戦場における敵の一切合切を食い散らかす”―――『ベルセルク』!!!」

 聖句を唱え、更に能力を削り、数と力と速度を一段階引き上げ、ジークが対応しきれないギリギリの領域に襲い掛かる。ジークの目には、数が倍に増えた分身弥生達に、一斉に襲われようとしているように見えるだろう。

「ふ……っ」

 不意にジークの表情に笑みが浮かぶ。それに弥生が気付くと同時、ジークがグラムを握り直し、腰だめに振り被る。

 ジークの持つ剣は派生能力『魔剣グラム』その物だ。その剣は『龍殺し』スキルを有していて、竜の属性を持つ相手に、通常よりも大きなダメージを与えることができる。この戦いに関していえば、全く役に立たない能力に思われるが、それは大きな勘違いだ。龍殺しの魔剣を、スキル効果ではなく、能力その物として具現している。これは、それだけで『龍を滅するだけの力を有した剣』として成立させられる。それは、剣だけで竜と言う存在を打倒できるだけの力があるということだ。

 この情報を弥生は『ウルスラグナ』の『戦士の権能』によって習得し、その危険性を咄嗟に把握する。

 刹那に放たれる閃光。力いっぱい引き絞られた剣が、ジークを中心に無数の円を描くように数回転する。全てが必殺の刃。否、全てが一筆書きの如き一閃。まるで白刃のリボンがひらめくが如く、それは確実に全ての弥生を捉えた。

 残像全てが消え、弥生は一人に戻って表れる。その腹部は大きく裂け、左足まで真っ赤に血で染まっていた。ここに来てついに、決定的な負傷を負ってしまったのだ。

 加速による分身。それは確かに相手をかく乱するものではあったが、逆に言ってしまえば分身のある場所に必ず本体が移動しているということになる。ならば、そこにタイミングを合わせて撃ち込めれば、分身の数だけ負傷するのと同義だ。ジークはあの一瞬で確実に弥生の速度に合わせ、最速最短の攻撃を仕掛けた。弥生の負傷が脇腹の一つであったのはむしろ行幸と言えるだろう。

「【黄金竜殺しの牙(スコトノ・ゲネイオン・ファーフナー)】」

 ジークは静かにそう名付けた。

 必殺技、っとまではいかないが、弥生同様、グラムの神格が高まった状態で使いこなされた妙技と言ったところだろう。グラムが斬ったとされる竜、ファーブニルの名を加えられた技は、戦場の獣を捉え、致命傷を与えた。

 再び弥生は劣勢に立たされる。致命傷を受けた身では、今までと同じような戦法は使えず、体力気力、そして能力、そのどれもが枯渇しつつある。対してジークは手傷こそ負っている物の、更に神格が高まりつつある。もはや、勝負はついてしまった。

 

「でええええええぇぇぇぇいっ!!!」

 

 誰もがそうとしか考えられない中、裂帛の気合と共に、アクアブルーに輝く弥生の剣がジークへと迫った。

「なんだ―――っ!?」

 最後の“と”の言葉を言い切る暇もなく、ジークは上体を逸らして刃を避ける。鼻先を掠める青い閃光が通り過ぎ、それがライトグリーンに輝きを変えて跳ね返ってくる。

「―――ああッ!!」

 瞬時にジークも切り返し、閃光ごと剣を叩き折る。

 折れた剣が宙を舞う向こう側で、弥生が新しい剣を生徒手帳から取り出しているのが見える。

「『グラム』ッッッ!!!!」

 切り上げると同時に名を叫び、その力を砲撃として開放する。近距離で躱すことのできなかった弥生に直撃。すぐ正面で神格の波動が受け止められ、破壊の嵐が扇状に広がる。

 弥生の正面に、残された黄金の剣が全て集い、その身を代償に主を守った。

「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァーーーーーーーッッッ!!!!!!」

 更にイマジンを込め、神格を上げる。波動が更に強化され、弥生を呑み込んでいく。

「“我が名にかけて告ぐ。魔剣グラムよ。” “我を恐れ退くがいい、グラム。” “我はあらゆる障害を打ち破る者なれば、力ある者も不義なる者も、我を討つに(あた)わず”」

 弥生も負けじと“聖句”を紡ぎ、黄金の剣に神格を補給する。薄れつつある輝きを立て直し、刃こぼれしていく刀身が寸前のところで堪える。

「“我を恐れよグラム!” “我と我が名を恐れよ! 我が名はウルスラグナ! 光明と聖域の守護者なり!”」

 『勝者のウルスラグナ』その物の神格を呼び起こす“聖句”を重ね、なおも力を得るが、ジークの規格外の力に、持ち直しかけた剣はすぐさま崩れ去っていく。故に弥生も出し惜しみなく神格を注ぐ。

「“言葉は光なり。言霊は光なり。故に光よ言霊よ、我が剣、我が刃たれ!”」

 重ねに重ねた神格。しかし、唱えられる“聖句”には限度がある。語れるだけの“句”も使い切ればそれ以上の強化はできない。いわば“聖句”とは“詠唱”と同じ、唱えられる内容がなくなれば、そこまでなのだ。

 ただ幸いなことに今回はギリギリ全ての剣を失う代わり、軽い衝撃に吹き飛ばされるだけに(とど)めた。

 受けた衝撃で宙に飛ばされながらも、弥生はくるりと宙返りし着地する。

「“我は最強にして全ての勝利を掴む者。人と悪魔、全ての敵を挫く者なり”」

 同時に『ウルスラグナ』その物の“聖句”を唱える事で、その神格を取り出し、自分の力を上昇させていく。

 

 

 爆発的に上昇する弥生の神格。ジークの完全開放に比べれば、まだまだ勢いが足らなくも感じるが、引き離されることなく食らいつく。

「アイツ、『ウルスラグナ』も使い切るつもりかよ……」

 その様子にカグヤは唸るような声を漏らす。

 

 

「は……っ!」

 シオンは弥生の行動に感嘆の声を漏らすに止める。

 

 

 地を爆発させ、大気を穿ち、刃を色とりどりの閃光に変え、信じられない速度と力で襲い掛かる。

 だが、今度はそれにジークも合わせる。ジークがパリィできない角度とタイミングで振るわれる剣を全て回避し、時に片手で大剣を振り回し、地平線ごと弥生を両断しようと神格の波動を撃ち出す。

 弥生が軽く距離をとるだけで100メートル近い距離が一気に開く。その距離を一瞬で詰め直すことが、今のジークには可能だった。

 斬りかかってくるジークの刃をバック宙で躱し、間も置かずに二刀で斬り付ける。

 それを一歩下がって躱し、返す刃でジークが斬り付けるが、瞬間移動の如く長距離回避を行う弥生。そしてそれにあっさり追いつくジーク。

 ただでさえ目で追えないスピード勝負は、更にフィールドを広範囲、縦横無尽に駆け周り始め、まるでフィールドが勝手に崩壊していくような情景が繰り広げられていく。

「うおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!」

「やあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーっっっっ!!!!!!!」

 二人の雄叫びが崩壊していく荒野の中で響き、それ以上に轟く大地の悲鳴。

 ジークの一撃が大地を吹き飛ばし、大きな岩が空中にいくつも舞い、それを足場にして弥生が空中を跳び回ると、ジークもそれを追って空を跳び回る。

 ジークの剣が弥生を追っていくつもの斬撃を放つ。文字通り神格の波動が斬撃となって放たれるため、飛び道具を持っているのと同じようなものだ。しかも空中では足場となるのはジークが爆発で吹き飛ばした岩。先回りで破壊していけば、弥生の逃げ場はない。

 もはや崩壊しているのは大地だけではない。天高く舞う砂塵。それをあっさり両断する弥生の閃光。それすらモノともせず、天を覆う群雲(むらくも)を一切残さず吹き飛ばすグラムの砲撃。

 天地開闢。それを実現しようとするかのような二人の戦いは、まるで神々の戦争とも称されるラグナロクを再現しているかのようでもあった。

 ここまでくると観客はもう演出効果だけに興奮して叫んでいた。

 イマジネーターは、決定的な瞬間を見逃すまいと、固唾を呑んで見守っている。

 激しい攻防が天地で演じられる。

 次第に上空へと追いやられていく弥生。足場を破壊しながら確実に弥生を追い詰めていくジーク。

「うっ、あああっ!!」

「させないっ!!」

 無理矢理地面に向かって直下しようとした弥生を先に制するように、彼女の真下に飛び込む。

 構わず弥生が岩を蹴って直下する。

「うらあっ!!」

 咄嗟に自ら飛び出したジークの拳が弥生に炸裂する。

 近すぎる距離に剣で迎撃できなかった弥生は、左の肘で受け止め、逆に拳にダメージを与えようとした。だが、無意味だ。今のジークの拳は、弥生の肘より硬い。

 ゴギンッ! っと言う鈍い音が鳴り、弥生が吹き飛ばされる。彼女の手から離れた剣が零れ、砂塵舞う地へと落ちていく。

「ベルセルクは地を駆ける獣! グラムは天の支配者たる竜を屠った剣っ!! 果たして(ここ)で、力を尽くせるかっ!?」

 ジークは叫び、更に肉薄する。刹那の間で距離を無視する二人の戦いに、単なる吹き飛ばしも最大の隙だ。更にジークの言葉の通り、空での戦いは『戦神狂ベルセルク』の方が圧倒的に不利であった。神格すら当たり前に再現してしまうイマジンにおいて、“領域を支配する”ことは、とても重要な意味を持つ。正純が菫に対して圧倒したのと同じく、ジークは、この荒廃の大地で、自分の有利な領域を支配して見せた。これが弥生が押し負けてしまった最大の原因だ。

「……ッ!!」

 歯を食いしばり、体を捻り態勢を整え直す弥生だが、生憎彼女は完全に空中。しかも、勢いもなくなり、誰の目にも見つけられるほど減速してしまっている。そこに突っ込んでくるジークは、両手でグラムを握りしめ、特大の一撃を直接叩き込みに来ている。

 既に言霊の剣は使い切った。空中ではベルセルクも対応する術はない。仮に空気を蹴って見せたとしても、今のジークなら誤差にも入らず決めてくる。残る手立ては相打ち覚悟の一撃を放ち、全てを天の采配に委ねる事だけだ。

 迎撃の態勢を取ろうとした弥生だが、左腕が動かない。殴られた肘が砕け、神経すら麻痺させている。詳しく意識する暇などなかったが、もしかしたら筋繊維もズダボロになっているかもしれない。

 仕方なく右腕だけで剣を構えつつ、悪あがきに空気を蹴ってジークへと自ら突っ込む。

「それが最後のあがきかっ!? ならば見せて見ろっ! 我が愛しきブリュンヒルデッ!!」

 空中と言う、ベルセルクの苦手なフィールドで、天滑る竜をも落とす(グラム)が、主に応えるかのように更なる神格の輝きを放つ。

 大剣故リーチの長いジークが僅かに先に剣を振り下ろす。弥生にはどうすることもできない。迎撃しても己の剣ごと叩き伏せられ、回避する手段もベルセルクには存在しない。空中()と言う領域では、獣では戦えない。

 

 ―――だがそれは、弥生(、、)にとって不利な領域ではなかった。

 

「“我は最強にして最多の勝利を掴む者、人と悪魔の敵意を挫く者なり”!!!」

 “聖句”を唱える。

 『勝者のウルスラグナ』の第一の化身『強風の加護』弥生の持つ最後のスキル。

 その効果は、風を纏い、移動速度を助けたり、空中での移動を可能にする物。攻撃としては、相手を軽く押しのける程度の役にも立たず、完全に移動手段の補助であり、風の膜を纏った薄い緩和剤のようなものだ。

 つまるところそれは、空中と言う領域を支配している権能(、、、、、、、、、、、、、、、、)でもある。

 弥生の体がありえない軌道で捻られ、紙一重で神格の刃を避ける。それでも追いすがったジークであったが、グラムの切っ先は、弥生の髪をまとめた髪紐を切るも、その身には届かない。

 懐に入り込む弥生。

 ならばと咄嗟に片手を放したジーク。左の拳が鉄槌の如く振り下ろされる。

 構わず弥生は剣を振り抜き―――鉄槌が弥生の頭部に直撃する。ほどけた髪が広がり、彼女の頭が首を垂れるように(かし)ぐ。

 だが斬った。弥生は狙い違わずそれを切り落とした。

 ジークがグラムを掴む、その右腕を、見事に両断して見せた。

「う、あああああああぁぁぁぁーーーーっ!!!」

 苦しそうな雄叫びを上げながら、弥生はクリムゾンレッドに輝く剣を突きにかかる。

(あなど)るな……っ!!」

 それに対し、あろうことか、ジークは左の拳をぶつけてきた。

 左腕に縦に裂けた鮮血が刻まれる。だが、それでなお、ジークの(けん)は弥生の剣を砕いて見せた。

 生徒手帳から新たな武器を取り出すのに最速でも3秒はかかる。その前にとジークが更に肩を突き出しタックルを仕掛ける。

 弥生の手が伸びる。折れた剣を捨て、その右腕が確かに()を握る。

 『魔剣グラム』ジークの剣を奪い取り、右腕一本でジークに斬りかかる。

 刹那、多数のことが同時に起こる。

 主の手を離れたグラムが突然ギミックを解き、元の武骨な剣の形に戻る。それに伴い、ジークに溢れていた神格があっさりと消失、普通のイマジネーターのレベルに収まってしまう。

 しかし弥生の方も既に限界を使い果たしていた。

 常にフル回転し続けた『戦神狂ベルセルク』をついに使い切り、『言霊の剣』で既に力の大半を消費していた『勝者のウルスラグナ』も全てを出し尽くしてしまっていた。もちろん弥生が高めていた神格もあっさり消滅する。

 それでも二人は刹那の間でできる最大限のイマジン強化を行い―――交差!

 ジークの体に斜めの線が引かれ、盛大に鮮血が奔る。

「―――おおっ!!」

 間髪入れず、ジークの蹴りが弥生の腹部に炸裂。地面に吹き飛ばされた弥生はあっさりグラムを手放してしまう。それを傷ついた左腕で器用に掴み取ったジークは、そのまま覚束無(おぼつかな)い態勢で地面に落下した。

 激戦に次ぐ激戦。その決着が今着いた。

 誰もが今度こそとそれを疑わず見守る。

 土煙が晴れるのに、そう大した時間は要さなかった。あれだけの惨状であったが、最後に二人の神格が消失するときの余波で、殆どの砂塵が吹き飛んでいたのだ。

 果たしてそこに立っていたの―――片腕を失い、左腕に大きな裂傷を作り、その身に今までには考えられないほどの傷を負ったジーク東郷と、左腕を砕かれ、脇腹を深く斬られ、腹部への蹴りで内臓を潰されたのか、大量に吐血している重傷のみを負った廿楽弥生。

 満身創痍の二人が、崖っぷちで最後の力を振り絞り、耐えていた。

 

((((((((((まだ決着つかないのかよ………っ!?))))))))))

 

 ここに来て多くの観客の心が一つになる。

 

『立っているっ!? 立っていますっ!? ここに来て全力全開―――いえ、既にフィールドが全力全壊状態に至るまでやり合い、全てを出し尽くし満身創痍に至ってもなお……っ! この二人は立ち上がってきます! って言うかアンタら、まだ決着付けない気かぁっ!?』

 

「おいコラ司会、みんなの気持ちを代弁すな……」

 カグヤの乾いたツッコミに、遠くのエリートメンバーも含め、苦笑いを漏らして同意した。

 

 

 ジーク東郷、廿楽弥生。当人達も本気で精一杯であった。

 二人は息をするのも辛そうに、ゆっくりと、気を遣う様に呼吸をする。

 ジークは片手で剣を構える。

「さすがに……、お互い限界だろう? 俺も後一撃放つのが限界だ……。これで決着にしないか?」

 弥生は前髪の隙間から目で頷き、静かに右腕を腰だめに構える。どうやらもう、予備の剣も残っていない様子だ。

 ジークはそれに笑みを口に浮かべ、剣を握り直すと、唱える。

「『神格・完全開放』」

 剣のギミックが展開される。緑色のイマジン粒子が吹き上がり、神格の刃を作り出す。まるで炎のように激しく揺らめく輝きは、最後の一撃を放つ瞬間を今か今かと待ち望んでいるようであった。

「アイツ……ッ!? まだ展開できるのかよ……っ!?」

 観客席で悠里が騒ぎ立てるが、無理もない。どう見ても力を出し尽くしたようにしか思えないジークに、まだまだ余力があるなど、信じられない事実である。

 反則的な力を使う生徒ばかりのイマスクだが、ここにあってなお、ジークの存在はチートと疑いたくなるものだ。

 事実弥生は目を見開き、驚愕を露わにしている。

「……、そっか……。一度神格を収めると、リセット、されるんだ……」

 菫の呟きはジークの神格完全開放が、最初の第階まで弱体化していることに気づいての物だ。しかし、それが解ったところでどうしたというのか。弱り切った上でなお、ジーク東郷が圧倒的な力を引き出せることに変わりはないのだ。

 弥生は拳を固めたまま固まる。一度目を細め、()れそうになる声で必死に“聖句”を唱える。

「“獣の身姿に悪魔の心、人の意志をもって、我は祖国の敵を打ち破らん”」

 しかし、『ベルセルク』の神格は聖句に応えず、沈黙を保つ。

「“我は最強にして全ての敵を打ち破る者なり。”“邪悪なるもの、我を討つに能わず”」

 続いて『ウルスラグナ』の聖句も唱えるが、やはり神格は応えない。応えるだけの力を残していない。『勝者のウルスラグナ』には微かにイマジンの残留を感じる物の、能力として引き出せる容量はとてもなさそうだ。

 それを見咎めたジークは剣の神格を激しく瞬かせながら訪ねる。

「さすがに限界か? ここまでと言うなら、剣を収めるが……どうする?」

 もはや抗うだけの力など存在しない。菫の時のように覚醒復活できるなどと言う奇跡も起きない。ならば、これが正真正銘の限界。撃ち合う事すら意味を見出せない上限一杯。ここで戦うことを続けるなど、ただ玉砕することを望むことと何の変りもない。それ故にジークは降伏を促す。

 対して弥生は、その言葉を聞いた瞬間、強張っていた表情を―――和らげる。

「―――……ッ!」

 それは、イマジンのカメラによって観客全員に映し出された。ほどけた黒髪が風に揺れ、満身創痍の少女の表情を露わにする。そこにあったのは、まるで恋をしているかのような、あどけない少女の微笑み。愛おしいほどに愛らしい、見る者全てを虜にする、無邪気な微笑み。

「どうして?」

 その一言は、まるでデート中の彼氏に「つまんなくないか?」と尋ねられたことに、愛おし気な疑問を漏らすかのように、楽しいことが当然だと疑っていない、無垢なる女神の一言が詰まっていた。

「はぁ……っ! はっはっはっはっ!!」

 思わず声を上げて笑うジーク。剣を構え直して、満面の笑みで応える。

「なんと愛らしい……っ! お前は本物の女神(ブリュンヒルデ)だっ!! ならば俺も今持てる全力で応えようっ!! そして今一度求婚しよう! 俺のブリュンヒルデよ! 愛しき君よっ! もしもこれに俺が勝てば、俺と婚約してくれるか?」

「………//////////」

 改めての告白に、ベルセルクの興奮が治まっている弥生は、今度は素で受け取ってしまい、頬を赤らめる。さすがに告白されたことに動揺が走るが、今は最後の一撃に感極まっている最中、辛うじて戦いの場に意識を結び付け、慌てふためくことは抑える。そして考える。これについてどう応えるべきか、しっかりと考えねばならない。そして答えはすぐに出さねばならない。何しろ今まさに攻撃()を放たれる瞬間なのだから。

(どうしてこうなった……?)

 決勝トーナメントが始まった最初も同じような感想を抱いたようなデジャブを憶え、不思議と弥生は安らかな気持ちで答えを決めた。

「だぁ~メェ♪」

 人差し指を口の前に持ってきた弥生は、女の子らしいお茶目を魅せ、笑顔で応える。

「だって、僕が勝つもん!」

 静かに、しかし力強く答えた弥生に、惚れた男はいっそ愉快と言わんばかりに笑った。

「その言葉っ! 了承と受け取ったっ!!!」

 剣を掲げ、ジークが最後の一撃を構える。

 弥生はジークの曲解など気にも留めず、遊びの大詰めと言わんばかりに楽しそうに身構える。

 しかし、対抗する手段はない。あの光が振り下ろされれば、自分は何の対処もできず滅び去るしかできない。これは本当に覚悟を決めるべきところだ。

(でも、やめられないでしょっ!? こんなに楽しいんだよっ! 最後の最後でお預けなんてずるいよっ!!)

 不意に、弥生の視界にグラムが映る。

 それは唐突に気付く。

(あ……、そっか……)

 自分は言霊の剣を作り出すとき、ジークフリードとシグルドの逸話から言霊を紡いだ。だが、ジークの能力の根源、その正体は派生能力『魔剣グラム』にある。あの剣こそが、ジークに絶大な力を与えているものの正体。

 ならば、まだ語ることのできる逸話は存在した。そう、魔剣グラムに集中した逸話ならば、まだ僅かに語れる言霊が残っている。

「グラムの起源は、大地が一つであった神話の時代まで遡る。嘗て最古にして最初の王の財宝の一つとして数えられていた」

 弥生の口から魔剣グラムに関する逸話が語られていく。すると、弥生の周囲に黄金の輝きが瞬き、それは次第に剣の形を象っていく。

「かつてのグラムは、神話の時代に作られし、最古の武器であり、それに名はなく、ただの剣でしかなかった。だが、神話の時代で人が武器として通用するそれは、確かに強力な神聖を持つ武器であり、また竜殺しの剣でもあった」

 弥生の言霊に合わせ溢れる黄金の粒子。それはいくつもの剣となり弥生の右手に収まる。

「それはただの剣であり、しかし龍殺しの異業をなしたことで名を与えられし剣。それはシグルズの義父、レギンが帯刀していた(つるぎ)

 弥生の『勝者のウルスラグナ』は、既に使い切られている。本来ならその能力は使用することができない。だが、弥生の『戦士の化身』だけは、少々事情が違っていた。

「その剣の名は『リジル』! 『ヴォルスンガ・サガ』に記されし、竜の心臓を抉り取った剣」

 その能力は、イマジンエネルギーを黄金の剣として変換するが、それは能力によって変換するものではなく、弥生自身の“言霊”によって紡がれるもの。弥生が語る逸話と言う“燃料”があり、周囲にイマジン粒子の“材料”がある限り、例えウルスラグナを使い切っていても、剣の生成は可能なのだ。そしてこの学園、ギガフロートでは、生徒へのイマジン供給は学園側から無尽蔵に行われ、周囲の空間には大量のイマジン粒子が満たされている。この空間限定において、廿楽弥生は能力を使い切った状態でも、紡ぐ逸話がある限り剣を生成できる。限定的公式チート能力と言うわけだ。

 もちろん出力は落ち、作れる剣の数は激減する。それでもこの土壇場において、弥生は一筋の光明を手に入れたことになる。

「その剣は主であるレギンより、シグルズの手に渡る時、鍛冶の神に打ち直された。それこそがグラム。そう、グラムは主と共に世代交代を繰り返した剣でもある!」

 弥生の元に集った黄金の剣は全部で十八本。それら全てが一つへと束ねられ、武骨な剣へと形を変える。ジークは直感する。あの黄金が自分の権能を切った時、バルムンクの形を模したように、今度はリジルの形を象ったのだと。

「本当に君は……! 最後まで魅せてくれるっ!」

 ジークは剣を大上段に掲げ、神格の柱を立ち昇らせる。高まった神格の輝きを、今持てる全てに込めて、撃ち放つ。

「『竜の心臓を穿ちし、怒りの剣閃(ハート・イレイズ・ファフニール)』―――ッッ!!!!」

 ジークもまた、この土壇場でそれに至った。それはまごう事無き、『必殺技』。魔剣グラムの神格完全開放状態でのみ放つことの許された、必ず相手を殺す技。

 反射で飛び込んでいた弥生は光の奔流を前に悟る。

 

 これは避けられない―――。

 これは打ち勝てない―――。

 これは必ず自分を屠りきる―――。

 

 ならば、黄金の剣が尽きるその前に、相手の懐に飛び込むまでっっ!!!

 

 尋常ならざる判断を、弥生は容易く決断する。

 むしろ嬉々として、精一杯楽しむように、神格の放火を前に、迷うことなく身を投じた。

 それはまるで、炎を恐れず飛び込んだ恐れを知らぬ者(シグルズ)であるかのように。

 黄金色に輝く剣の刺突。ジークのように都合良く必殺技を思いつくこともなく、できることはそれだけである。

 故に迷わず、渾身の力を持って突き穿つ。言霊の剣は相手の神格を削り、猛烈な勢いで輝きを失っていく。その輝きが消え去る前にと、弥生はただ前だけを見て突き進む。

 ジークの放った必殺技は、グラムがファーブニルの心臓を穿ったという逸話を再現した一撃であり、その威力は神格の波動を竜の心臓大に穿つ閃光として収束されたものだ。およそ、これに対抗する力はこれまで語られた力の中では、吉祥果ゆかりの結界くらいの物だろう。あるいは上級生であれば容易に対応もできた。だが、この一撃を前にして、一年生が対応できる手段などは、存在していないのだ。仮にシオンがこの一撃を前に真っ向から立ち向かったところで、イマジンを喰いつくす前に(フェンリル)が折られていたことだろう。

 それほどの技を、土壇場で生み出したジークは、きつく奥歯を噛み締めていた。

(予想以上だ……っ! まさか神格の波動を束ねるのがこれほどに困難な物とは……っ!? 片腕で放ったのは失敗だったか!? 反動で剣が手から剥がれ落ちそうだ……っ!!)

 ジークの腕は負傷している。互いに隻腕、だがジークの力は圧倒的に強力で、その力の波動は自分にも返ってきている。それでもジークは力を緩めることなく振り絞る。今ある全ての力を出し尽くさなければ、眼前の少女は止まらないと解っているから。

 雄叫びを上げる。暴れ馬の愛剣を震える腕で御し、神格の槍を放ち続ける。

 雄叫びが轟く。光に呑まれた獣は、黄金の輝きが色褪せても、なおも前進をやめない。

 砕けていく……、零れていく……、重要な何かが欠落していく。

 それでも止めない。全力を注ぎ続ける。あらん限りの闘志と執念を籠め、二人は最後の一撃に全霊を()す。

 刹那、光に赤黒い亀裂が走り、一人の少女が抜け出してくる。

 神格の槍を突き抜けた廿楽弥生の姿だった。だが、その右腕は完全に消し飛び、体の半分が焼けただれていた。

 黄金の剣を以ってしても、神格の槍を相殺することは叶わなかったのだ。それでもなお、弥生は止まることなく突き進み続け、片腕を失う代わりに神格の槍を突破して見せたのだ。

 驚愕に顔を歪めるジーク。しかし、その腕が失われていることに気付き、すぐさま思考を巡らせる。

(落ち着け! まだ踏み込んできただけだ……っ! 左腕は既に砕けている! 右腕も失った! 踏み込んだ直後では蹴りも放てないっ!)

 神格を収め、ジークは体を飛び退かせるために上体を逸らしつつ、反撃の手を考える。

(もはや体が上手く動かんが、何としてでももう一撃―――っ!!)

 

 ガツンッ!!

 

 ジークの思考が切断される。

 視界に火花が散ったような幻覚を感じながら、彼は数歩後ずさる。

 額が熱く、僅かな痺れを感じる。

 薄れゆく意識の中、彼が目にしたのは―――額を真っ赤にして涙目になっている愛しい少女の姿……。

(ここに来て……、最後の一撃が頭突きか……っ)

 その事実に気づいたジークは、いっそ可笑し過ぎて、笑ってしまうのであった。

 それがジーク東郷が意識を失う直前の、最後の行動だった。

 

 

 体が傾ぐ、チカチカする視界に、状況が上手く呑み込めないでいる弥生は、それでも最後の最後で、手足が使えないことを悟り、咄嗟に額を叩きつけたのを憶えている。

 結果はどうなった? すごく額が痛い。手で押さえたいけど、押さえる手がない。右腕消し飛んだのも見ていた。痛みはない。痛むべき腕がないのだから当然だ。代わりに肩が痛い。痛いがどう痛いのかもう良く解らない。表現する言葉が見つからないので『痛い』としか言えない。正直、体中痛くて、イマジネーターじゃなかったら泣き叫んで蹲っていたくらいだ。それでも必死に踏ん張り、状況を把握しようとする。

 ―――と、不意に肩に柔らかい感触が当たる。反射的に振り返ると、青い瞳を持った金髪の女性が微笑みかけていた。

 彼女、人形(ヒトカタ)舞台(ブタイ) 、教師である。彼女は右手で弥生の体を支えつつ、左手を上げて声高に告げる。

 

「勝者、廿楽弥生っ!!」

 

 教師の宣言により、観客席が一斉に湧いた。

 ようやく状況を理解した弥生は、一瞬呆けた後、全身から力が抜けて気を失う。

「あらあら……?」

 舞台教師は倒れそうになった弥生を支える。

 その時、長い髪の隙間から表情が垣間見えた。

「まあ……♪」

 その顔は、遊び疲れた子供のように、満足げな表情をしていた。

 

 

 2

 

 

 本日全てのプログラムが終了して、観客の皆が一斉に帰路につく中、カグヤと共に帰っていた菫は、げんなりした表情になって呟いた。

「あれに勝てと……?」

「神社は死者の埋葬とかしないんだ」

 カグヤの受け答えに菫は更にどんよりしていた。

「なあに、あれほどの相手でも勝たせてやるのが、アタシ等の本領さ」

 声に視線を向けると、そこには火元(ヒノモト)(ツカサ)が腕を組んで待っていた。

「……ダレ?」

「俺が依頼したお前の助っ人」

 カグヤがそう紹介すると司は背負っていた竹刀袋を差し出す。

「他クラスの目があるからな、確認するならそこの物陰にしなよ?」

 司に促された菫は、首を傾げながらも木陰に隠れ、中身を改める。そこにあったのは一振りの剣。ガラスのように透明な刀身を持った美しい剣。

「これ……、なに……?」

 その剣の異様な気配を感じ取った菫は、ぼんやりとした声でそう尋ねた。

「まあ待て、その剣は実はまだ未完成でな? 最後の仕上げを東雲にしてもらおうと思ったんだ」

「俺……?」

 司の突然の指名に困惑するカグヤに、司は得意げな表情をして見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 




・今回使用する場面の無かった二人の新スキル


ジーク東郷
・『ニーベルングの指輪』
《ジークフリートが登場する物語であるニーベルングの指輪から着想を得たスキル。
竜の属性と不死身の属性を一時的に返上しこの指輪の力を使う。その指輪はあらゆるものを支配するとされるラインの黄金から作られたもの。
相手の能力をランダムで一つ減衰させ、自分のステータスを強化する》

▼使わなかった理由
【使う前に弥生に不死身の神格を絶たれたのが原因です。弥生の言霊の剣は、神格その物を断ってしまうので、指輪発動の条件である返上する神格が存在しなくなっていた。だからジークはこのスキルを使用できなかった。また、仮に消される前に使用していたとしても、弥生の言霊の剣が『ジークフリート』の逸話に対して向けられたものであったため、どっちにしろ同じ逸話で作られた指輪のスキルも神格を断たれてしまっていたので、黄金の剣の効果を知った時点で、ジークは使うことを諦めていました。相手が弥生じゃなければ使う機会もあったかな?】




廿楽弥生
・『ヘラクレスの棍棒』
≪『大英雄ヘラクレス』のスキル。獣の属性に対し強力な効果を齎せる。獣の属性が相手なら、攻撃にも防御にも効果を働かせる。弥生はベルセルクの獣の神格を暴走させない効果として使用している。しかし、あくまで抑え込む事にしか使えないので、制御している訳ではない。とりあえず暴走の心配と、イマジン侵食の恐れが無くなった。なお、鈍器や打撃などの攻撃には+補正効果が働く≫

▼使わなかった理由
【ってか使えない。弥生は元々ベルセルクの能力のみで戦うことを望んでいるので、基本的に追加するスキルはベルセルクの補助程度。そのため、今回も優勝するための力より、将来欲しいスキルを優先的に習得することにした。結果、将来取るつもりでいる派生能力『大英雄ヘラクレス』のスキルを、派生能力をとる前に先取り習得している始末。結果的に本選で新しく使用できるスキルを一つも追加されていない。弥生は何も困っていない】




・技紹介


群獣狩猟(ベルセオス・ポッラ・テレシウス)
≪『戦神狂ベルセルク』の力を十章分に分割した第一章を神格開放状態で使用した技で、大群を持って獲物を狩る獣の属性を露わにした技。必殺技の類ではなく、弥生が名前を付けただけで、実際は加速による分身で相手に襲い掛かるというだけの物。実際やられると半端ないのは本編で実証済み≫


黄金竜殺しの牙(スコトノ・ゲネイオン・ファーフナー)
≪『魔剣グラム』の『神格完全開放』状態で使用できる剣技。これも必殺技ではないが、名前を付けるに値するだけの技だとジークが感じたため、技名がつけられた。実際は神格の刃を滑らかに振るい、全包囲を速やかに鋭く切り裂いているだけの技だが、その刃の鋭さは竜の牙の如く鋭利≫



竜の心臓を穿ちし、怒りの剣閃(ハート・イレイズ・ファフニール)
≪『魔剣グラム』の『神格完全開放』状態でのみ使用可能な必殺技。『ニーベルンゲンの歌』において、ファーブニルの心臓を穿ったとされる神話の技を再現したもので、必殺技の質としては菫や正純以上。両腕が健在であれば、万全の状態の弥生でも完封されていたであろう神秘の領域に最も近づいた『再現(イマジネート)』だ≫

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