ハイスクール・イマジネーション   作:秋宮 のん

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間に、合っ、た~~~っっ!!
書いてすぐに投稿してるので、添削は愚か見直しもしてないよ!
絶対誤字脱字がてんこ盛りなので、不快だと思う人は【】の中に添削済みの単語が入るまで待ってね!
明日から一週間ほど、ネットの繋がらないところにいます!
またコメント返信できなくなるし、添削も遅くなっちゃうので、そこは謝っておきます!

それでも良いという方は、ゆっくりしていってね!
最近マキちゃん買いました~♪ ←(いらん情報)


                    【添削済み】


一学期 第十試験 【決勝トーナメント 準決勝戦】Ⅲ

ハイスクールイマジネーション15

 

第十試験 【決勝トーナメント 準決勝戦】Ⅲ

 

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「む? どうやら向こうも終わったようだな? 礼を言うぞ? まさかここまで粘ってくれるとは思いもしなかった」

 学生寮、玄関口ホールにて、シオン・アーティアは愉快そうな笑みを向けた。その笑みの先にいるのは……、半身を赤黒く染め、纏う物もなく、ただ布切れらしい物をひっかけているだけのいでたちで、両手をまとめて剣で貫かれ、壁に縫い付けられてしまっている迦具夜比売へと向けられていた。顔色は蒼白、美しかった髪もくしゃくしゃに汚れ、真珠のような肌には、今や(あと)が残ってもおかしくない生々しい傷跡がいくつもある。剣の切り傷だけではなく、打撲も見られ、片足は折られ、脇腹には穴が開き、意識も既に無くなっているようだった。身にまとっていた神格は既になく、元の人間、東雲カグヤに戻れていないのは、あくまでこの姿を保っていること自体が能力の代償行為だからなのだろう。

 痛々しいことに、両腕が高い位置で縫い留められ、意識がないので、全体重が腕の傷口にかかり、今も自身の体重がかかっている影響か、少しずつ広がっているようにも見える。完全に零れ落ちていないのは、刺された場所が手首であり、下半身は床に付いている状態だからなのだろう。だが、そんなことが慰みになどなるわけもなく、この余りの惨状に、抗議の声を上げる者はいない。あるのはすすり泣く一人の少女の嗚咽だけだ。

 地面にぺたりとおしりを付いて座り込み、両手で顔を隠した状態で泣いているのは東福寺(とうふくじ)美幸(みゆき)。そしてそのすぐそばでは、必死に戦ったのであろう形跡がみられる、全身ズタボロにされた夕凪(ゆうなぎ)凛音(りおん)だ。迦具夜比売に比べれば、充分軽傷と言え、意識も残っていたが、悔しげな唸り声が漏れるところを見るに、既に動くことは叶わない様子だ。

 そしてもう一人、明菜理恵が観葉植物の下敷きになっていた。おそらく、彼女も戦うことを選んだようだが、敗北してしまったようだ。観葉植物がいくつも倒れ、その中に埋まってしまっているため、表情は(うかが)えないが、動けないことには変わりないようだった。

 完全なる全滅。

 完全なる勝者として君臨したシオンは、やっと満足が行ったのか、己の力で作り出した惨状に目をやる。本来、学園の建物は学園のイマジンシステム≪神の見えざる手≫によって、絶対に破壊不可能な状況を作り出している。しかし、決闘のルールが発動している状況ではその効果は失われている。決闘フィールドが展開される前の状況を記録しているので、破損した場所も瞬時に元通りに戻せるからだ。

「ふむ……、興が乗ったとはいえ、少々遊びが過ぎたか? まあいい、そろそろ終いにするとしよう」

 そう言って、シオンは締めくくりとばかりに美幸の元へと歩む。

 気配に気づき、小動物のように怯える美幸。それでも、せめて凛音の事だけでも庇おうとしているのか、彼の上に覆いかぶさるように伏せ、ぎゅっと目を強く瞑った。それ以外に、彼女にできるのことなど、何一つなかった。

「……見窄(みすぼ)らしい。せめて立ち向かうだけの器量(きりょう)を見せるならまだしも、まるで民草の如くその身で庇うだけとは……。これが、(オレ)の世界でも恐れられた、強豪が集う地か? まだ後方支援に役立つというなら見逃しても構わなかったのだが、精々運が良くなるという程度とは……、たわけ。運とは、確定されていない現象に、比較的発生しやすくなるよう傾けるだけの力に過ぎん。ならば己が才をもって、全ての事象を確実のものとすれば、“幸運(不運)”など入り込む余地などありはせんわ」

 そう、シオンに断じられても、美幸には何も言い返すことができなかった。

 自分には直接戦う力などないし、どんなに運気を操作しようにも、シオンのような相手には効果がない。そもそもこの能力は他者に幸運を(もたら)す物であり、戦闘に向いている物とは言えない。無理矢理戦おうとしたところで、同じ立場だった理恵の二の舞になるだけだ。それが無駄だとは思えないが、この状況では“意味はない”。求めているのが結果である以上、この場合においては過程を重視する意味はない。

(どうして私には、何もできないの……!?)

 戦いたかったわけではない。戦う力が欲しいわけでもない。ただ、誰かを守りたいと思った時、それを実行できない自分に悲しくなってしまったのだ。

 涙を流しながら悔しさで唇をかむことしかできない美幸に、もう見る物はないと判断したのか、シオンは(おもむろ)に手をかざし―――、即座に発動した『直感再現』に従い飛び退く。すると、先程までシオンのいた場所目掛け、数十体の西洋騎士が剣を逆さに構えた鎧砕きの一撃を振り下ろしてきた。

 何事かと確認する暇もなく、上階から次々に飛び降りてきた新たな米軍兵が、銃剣を構え、見事な隊列を組んで突っ込んでくる。

「突撃~~~~~っっ!!」

 そんな掛け声とともに一糸乱れぬ行進で刃を突きつけられたシオンだが、強化再現で両腕の耐久を上げ、軽くいなすついでに兵士三体に打撃を見舞った。忽ち米軍兵は緑色の粒子となって霧散した。

「ふん、ずいぶん稚拙なイマジン体を……なにィッ?」

 思わず語尾が固くなるシオンの目の前に、次から次へと兵士が飛び降りてくる。国も時代もバラバラの兵士が、世界観を無視して召喚されたかの如く現れ、その全員が統率の取れた連携でシオンを包囲し、追い詰めていく。

 最初こそ、体術で相手をしていたシオンだが、重火器やら手榴弾やら持ち出されては、さすがに鬱陶しくなったのか、手を翳す。

「来いっ! フェンリル!」

 呼ばれた(フェンリル)が、迦具夜比売の束縛を解き、まっすぐ主の元へと舞い戻る。菫の能力のように空中で自由自在に操ると言うわけにはいかないが、己の手に引き寄せるくらいなら、彼の能力でも範囲内の応用だ。

 剣を受け取ったシオンは、猛攻を仕掛け、次から次へと湧いてくる敵をなぎ倒し、一騎当千の武芸を魅せる。

 だが、それでも切りがない。倒しても倒しても兵士は増え続け、統率の取れた連携でシオンの攻撃にも対応してくる。一体一体の力は歯牙(しが)にかけるほどでもないが、ともかく絶え間なく、ともかく多く、ともかく切りがない。おまけに間断なく攻めてくるので終わりが見えない。

 いい加減煩わしくなって、剣の神格を開放し、(フェンリル)の咢を一瞬だけ顕現させ、自分の周囲の敵を一掃する。一拍の間ができたが、次の瞬間には補充が行き届き、包囲網が完成していた。

「ええいっ!! なんと鬱陶しい! これだけ喰らわせても霞ほども潤せぬとあっては割に合わんではないかっ!」

 さすがに悪態を吐いたシオンは、溜息一つで怒りを鎮め、剣を腰の鞘に納めると、憮然(ぶぜん)とした表情で上階にいる者へと視線を向けた。

「もうよい。負ける相手ではないが、ここまで効果的な嫌がらせに付き合う気も失せた。(オレ)が許す。要件を述べて見よ」

「ずいぶん上からの物言いだぁ~~……」

 シオンの視線の先で、気だるげに答えたのは銀髪の少女だった。腰ほどまである髪はぼさぼさで、手入れを忘れられているのが丸分かり、胡乱な瞳が昼も過ぎたと言うのにまだまだ寝足りないと言っているかのように細められ、大量のイマジン体を従えていながら、パジャマ姿で、ろくに着替えもしていないのが一目瞭然。まったく威厳も何もない自堕落感全開のロシア人少女、オルガ・アンドリアノフが、睥睨―――っと言う言葉を使うのも躊躇われるほど、力の入っていない表情で見下ろしていた。

「別にアンタらに興味はないんだけどさ? こっちはついついいつもの調子で寝坊しちゃって、もしかしたらルームメイトが準決勝戦始めてるかもしれないと、焦って出てきたところなんだよね? なのに、玄関口でこんな騒ぎされてると正直邪魔。あと、何となく君のやり方が気に入らないと感じた。だから、ここらで面倒なことやめない? やめないなら、適当に嫌がらせします」

 そこまで忠告したオルガは人差し指をタクトのように振って、己の軍団に指示を出す。

 それに答えたのは、全身黒タイツになんちゃって骸骨ペイントが施された謎の部隊。全員が「イーーッ!!」と高い声を張り上げながら何一つ装備など持っていないのに突進を敢行(かんこう)する。

 シオンは無防備な相手に対しても容赦なく剣を振るい切り裂いていくが、なぜかこの黒タイツ部隊、斬っても切っても、火花が発生するだけで体の損傷が発生せず、イマジンを吸収することができない。他の部隊に比べれば、メチャクチャ弱いのだが、ともかく倒してもしばらくすると起き上がってくる上に、消滅しないのでやたらと時間ばかりがかかる。

「ええいっ! なんだこの鬱陶しい奴らはっ!? ほかの兵士に比べて圧倒的に弱いにもかかわらず、何故一向に死なんのだっ!?」

「異世界のお前にはわかるまい。ニート生活に夢見て、自宅警備員業に勤しむ中、暇つぶしに情報集積機(ネット)により閲覧された、日本文化において後世まで語り継がれし、悪の黒タイツ部隊! こいつらは、今も代を重ねて受け継がれる変身勇者(ヒーロー)を相手に戦い続け、今ではその勇者よりも濃い存在として多くの者に知られる軍団! その知名度は、軍団をもって英雄。英霊(サーヴァント)と言っても過言ではないのだ! この知名度、イマジンによって召喚されれば、まさに最強の嫌がらせ部隊! 決して勝てないくせに、ただ一度の文句も、不満も、躊躇もなく! 怪人の号令を受けては勝てるわけもない勇者に突貫しては、見せ場もなく敗れていった! そう、彼等こそ勝率ゼロパーセントの社畜(英雄)!!」

 何かおかしな方向に感化されてしまったらしいロシア人の戯言が、強烈な重みとなって放たれる。周囲のイマジン粒子が空気を読んだのか、なぜか背後に『ドドンッ!!』と言う効果音文字が出現し、本当に太鼓に似た音が聞こえてきた。

 もし迦具夜たちの意識があったなら、苦笑いするか、呆然とするか、ともかく反応に困った事だろうが、生憎ここには気を失っている者ばかり、美幸もオルガのセリフに反応する余裕はなく、今のうちに凛音を引きずって少しでも離れようとしていた。

 では、唯一五体満足のシオンはどうしたのかと言うと……、

「な、なんだと……っ!? この不出来な平和に彩られた国で、まさかこのような部隊を鍛え上げていたと言うのかっ……!?」

 日本文化のまともな知識もない異世界人の、素直な驚愕が披露されていた。

 ここにツッコミのできる日本人がいない事がとても悔やまれる。

「おのれ~~……ッ! ならば、まとめて一掃するだけのこと!」

 さすがに業を煮やしたらしいシオンは、(フェンリル)を連続で開放し、周囲一帯にある部隊を丸ごと食い潰すことで消し去る。さすがの黒タイツ部隊も丸ごと食べられたとあっては消滅するしかない。更に狼の咢は、周囲に包囲を展開していた部隊も根こそぎ食い荒らしていく。

「小癪な……っ! これだけ食い荒らしても霞を()むに値せぬとはっ!? いったいどれだけの低燃費で動いているのだっ!? 低燃費革命にもほどがあろうっ!」

 これでは攻撃するこちらの方が消費させられると呻きながら、一気に駆け出す。彼の能力『征伐』より抜き出されたスクルドの権能『スクルドの翼』を使用することで、空中を駆ける。“駆ける”と言う言葉が比喩ではなく、まるで空中に見えない地面があるかのように駆けているのだ。空中すら地上と違わず己の足場とする。それが『スクルドの翼』の効果。

「数だけを頼りに消耗戦が望みなら、先に将の首を取らせてもらうぞっ!」

 そう言って飛び掛かるシオンに対し、オルガは素早く指を走らせ……ようかと思ったが、突然気だるくなってやめた。

「面倒くさい……、あとは“自分でどうにかして”」

 意味深な発言と、無防備な行動に対し、シオンが僅かに眉根を寄せた時、―――声が聞こえた。

(さち)(めぐ)る道(へだ)てる(いわお)(ほむら)(とどろ)き道開く」

幸魂(さきみたま)(はば)種々(くさぐさ)(さわ)り、焼き払い給え、幸給(さきはえたまえ)

 

「「『業炎爆砕(ごうえんばくさい)』!!!」」

 

 紅蓮の火柱が巻き起こる。

 咄嗟に空を蹴って躱したシオンだが、突然下方から襲来してきた炎が、立ち昇った次の瞬間には、広範囲に爆発するかの如く広がり、さすがのシオンも回避しきれない。

「おのれ……っ!」

 何とか剣でガードし、イマジンを分解する様にして吸収しようと試みる。

 だが、(フェンリルの牙)がイマジンを分解しようとした時、それに反応したかのように炎が爆発し、衝撃だけを残して消えてしまう。そのためシオンは剣だけでこれを防ぎきることができず、高熱の衝撃を全身に受け止めてしまう。

「ちぃ……ッ!!」

 炎がシオンを完全に呑み込む刹那、シオンの姿が消え、少し離れた場所に出現した。『スクルドの翼』のもう一つの効果で、移動したようだ。

「この(オレ)に“これ”を使わせるか……。やはり、“貴様”は()()()()()が戦えると見える」

 シオンが射竦(いすく)める先、業火の中心部に人影が現れる。業火は時と共に鎮火し、影の姿を次第に明瞭にしていく。

 夜を思わせる黒を肩の辺りで揃えられ、ハーフポニーにまとめ上げられた髪。(ぎょく)に一滴、墨を垂らしたような潤みのある黒い瞳。丸くて小さい顔立ちに、華奢な肩。羽織るは桜の刺繍に染められた千早だが、その下はとても一般的な黒いシャツにジーンズと、とても簡素だ。

 誰もがその人物を見れば何となく思い当たるであろう。先程の“迦具夜比売に似ている”と……。否だ。その人物が似ているのではない。迦具夜比売が、この人物に似ていたのだ。

 “迦具夜比売”の主、あるいは正体、あるいは本体、あるいはオリジナル、あるいは同一人物、東雲カグヤの復活である。

「ようやくお出ましか、“月の巫女”。ふんっ、神格を落としても見た目の美しさに変化はないらしいな?」

「やめて。もう本気でやめて。戻ったから! もう男子に戻ったから!」

「「「「………?」」」」

「おいこらっ! なんで意識のある奴全員で首を傾げてんだよっ!? 男子だから! 元々俺男子だからっ!?」

 必死に弁明するカグヤであったが、久々に見る男子バージョンカグヤは、誰にも男子として認識されていなかった。

 普段なら、この程度毎回の事だと達観できていたのだが、迦具夜比売となっている間の記憶は残っているため、自分が思いっきり女性として振舞っていたことを憶えている。なので、戻ったことで、男性としての尊厳も復活しているので、よもや男性扱いしてもらえないのとは、彼のプライド的に死活問題だった。何となく正気度が一つ分削られたような気がするほどに。

「はん、貴様が女のくせに男勝りになろうとする信念など知った事ではないがな?」

「王様? マジ勘弁して? もう泣いてるから!」

「王の眼力の前では、貴様の隠しきれぬ女のオーラが見えているわ!」

「この王様盲目だっ!?」

「「え?」」

 美幸とオルガにまで訝しげな声を上げられ、更に正気度が削られた。

 余談ではあるが、これからしばらく後、発言方向が意味不明な及川(おいかわ)凉女(すずめ)の言葉を見事に解釈したオジマンディアス二世なら、自分の事も男子として認識してくれるかもしれない……っと、儚い希望を抱いたりするのだが、それは特に掘り下げるような話でもない。

「まあいい。それにしても貴様、どうやって元の姿に戻った? まさか偶然そのタイミングが来たと言うこともあるまい?」

「そんな質問をするのは、お前が慢心している証拠だ。Fクラスと言うだけでよほど見えていないらしい?」

 そう言って東雲カグヤが顎で指した先には、いつの間にか亜麻色のセミロングヘアーをした、黒縁メガネの少女が、先程まで迦具夜比売が縫い留められていた場所に身を屈めていた。その懐には銀色の懐中時計が握られているところから、何らかの能力を発揮したのだろうことは予想できた。

「何をしたのかまでは知らんが、どうやら時間干渉の類でも行って、貴様をその姿に戻したか? 取るに足らん愚物ではあるが、物は使いようと言ったところか?」

 シオンがそんな言い方をしたのは、彼女のデータを生徒手帳で閲覧したが故のものだった。

 彼女の名前はルーシア・ルーベルン。愛称をルルで通しているFクラスの生徒だ。

 残念ながら能力までは名前までしか閲覧できなかったが『時の歯車(タイム・カウント)』と書かれていれば予想通りなのは明らかだろう。そしてクラスがFクラスだと解った時点で、彼女本人に対して大した興味はなくなった様子だった。

 尤も、その態度に対してこそ、カグヤは“慢心”と言い放った内容ではあったのだが。

「その慢心が俺の復活を許したんだよ。気付かなかったのか?」

 そう言いつつ、カグヤはさらに手の平を返すようにして指し示す。その先にいたのは、観葉植物に埋まってしまっていた理恵だ。彼女はいつの間にか観葉植物から抜け出しており、逆に椅子代わりに使いながら生徒手帳を見せびらかす様にひらひらとさせていた。どうやら彼女が生徒手帳で連絡を取り、ルーシアに助けを求めたようだ。

「小癪な真似を……」

 ドヤ顔を見せる理恵だったが、ダメージ自体は嘘ではないらしく、先程から脇腹の辺りを片手で押さえ、動き回る様子はない。ルーシアの方も、カグヤを助けた割に、それ以上の動きはなく、オルガも後のことは面倒になったからと欠伸を噛み殺しながら他人事を決め込んでいる。

 シオンもシオンで、悪態こそ吐いたものの、あまり悔しそうな印象はなく、どうでも良さげに視線を細めただけだ。むしろ興味はずっとカグヤに向けられている。だが、その興味を向けられているカグヤはと言えば……。

「……そろそろ帰っていい?」

 やる気なくしていた。

 さもありなん。そもそもこのいざこざ、迦具夜比売の性格が、東雲カグヤ以上に正義感があり、勝手に割り込んだからこそ巻き込まれたものの、騒ぎの中心はカグヤではなく凛音と美幸の二人の方だ。正直、元に戻ってテンションが落ちたカグヤからしてみれば、いい加減、切り上げたいと言うのが本音である。

 対するシオン。

 せっかく強敵となりえるであろう存在となったカグヤに多少の惜しみはあったようだが、これ以上押しても、今のカグヤは全力で逃げるだけだと悟ったのだろう。今更凛音たちに危害を加えるのも億劫になったのか、素直に剣を鞘に納めた。

「まあいい、今宵は中々に楽しませてもらった。その礼だ。ここは(オレ)が引いてやろう」

 そう言いながらシオンは降参するかのように軽く両手を上げて見せる。

「だから安心して剣を降ろせ、二人とも」

「へ?」

 その言葉の意味が解らず、そんな間の抜けた声を漏らしたのは、果たして誰であったのか。

 美幸や凛音、理恵やルーシアは、シオンのその言葉でようやっと気が付く。シオンの背後で、剣を突きつけ、暗に動くなと告げている二人組がいることに。

 片や、整った顔立ちに鍛えられた肉体を持つ長身の男性が、背丈ほどもある大剣を構えている。

 片や、黒く長い髪をうなじの辺りで纏めた素朴で可憐な少女が、二本の剣を携え、その片方をシオンの背に突き付けている。

 男の方はジーク東郷。少女の方は廿楽弥生。二人とも、決勝トーナメント出場を後に控えることになったB、Cクラスの筆頭生徒だ。

「事情はさっぱり分からんが、あまり行動が過ぎると手を出さぬわけにはいかんだろ?」

「僕の場合は、えっと……、とりあえず君の方が危なそうだと感じたので……」

 ジークは口の端に笑みを浮かべるが、目は笑っていない。

 弥生の方は、表情が消え、ただシオンの事を見据えている。

 シオンは二人の発言に対し、軽く肩を揺らして笑った。

「クククッ、(オレ)とて空気は読む。これ以上我が儘を通して、万が一、明日の出場選手にもしものことなど与えるわけにもいかんからな?」

 不敵な笑みでそう言うシオンに対して、これ以上の敵意はなくなっていると判断したのか、ジークも弥生も素直に剣を下げた。二人とも、シオンの挑発的な発言に対しては付き合うつもりはないようだった。

 シオンは二人の態度に何を満足したのか、上げていた手を下げるとクツクツと笑いながらどこか外へと出ていく。弥生とジークの間を悠々と立ち去る姿は最後まで強者の存在感を醸し出しているかのようだった。

 シオンが立ち去ってしばらく、未だ危機が去ったことを自覚できない凛音達は、すぐに動き出すことができなかった。剣を背中の鞘に納めたジークが彼等に駆け寄り、声をかけるまで、誰も動けないほどに。

 ただ一人、東雲カグヤはとてつもなく神妙な顔立ちで弥生へと歩み寄る。それに気づいた弥生も表情を浮かべないまま迎える。

「弥生、聞きたいことがある」

「なに? シオンのことで気づいたこと?」

「いや、もっと重要な事だ」

 カグヤに“重要”と言われ、弥生も表情を引き締めて待つ。果たしてカグヤは、断腸の思いで語るかのように尋ねる。

「お前ら二人がここにいるってことは……っ! 一回戦は菫の試合だったのかっ!?」

「うん! もう試合終わったよ!」

「しまったぁぁぁ~~~~~~~~っ!!? 見逃したぁ~~~~~~~~~っっっ!!!?」

 頭を抱えて膝をつくカグヤ。弥生はカグヤの質問を聞いた時点で「確かにそれは重要だ」と強く納得し、力強く教えた物だから、余計にカグヤにショックを与えていた。

「い、今重要なのはそっちっ!?」

 思わず、そうツッコミを入れてしまったルーシアに対し、勢いよく振り返ったカグヤの絶叫。

「当たり前だろっ!? どこぞの喧嘩で盛り上がった小競り合いよりも、ルームメイトの大事な試合を見逃したことの方が重要案件だろっ!? ……ちっくしょう~~……っ! これで菫が敗退してたら目も当てられねぇ~~っ!」

「あ、菫なら勝ったよ。めっちゃすごい試合だった!」

「首の皮一枚繋がったぁ~~~~っ!!」

 今度は万歳して喜ぶカグヤの姿に、もう誰も口をはさめない。っと言うか何となく関わり合いになりたくない空気が出始めていた。

「んおぅ……? ってことは、弥生の試合はこれから?」

 のそのそと、イマジン体の部隊に運ばれてきたオルガが、弥生に対して質問を追加する。なお、この時カグヤは、「あ、でもやっぱり試合は生で観たかった……。ちくしょうっ! なんで女になってた俺は、あんな試合の審判なんかやっちまったんだっ!?」っと再び嘆いたり地団太を踏んだりと忙しくしていたが、もはや誰もがスルーである。

 オルガの質問に答えつつ、弥生は懐から出した(くし)で、乱れっぱなしのオルガの髪を()いてやる。

「うん、これから休憩挟んでお昼から、僕とジークの試合だよ」

「そうかぁ~~、じゃあ、昼から頑張るから、もう一回寝ててもいいよね?」

「いつも通りのパジャマ姿で、ついさっきまで寝ていたのが丸分かりの格好で、よくもそんなセリフを吐けるよね?」

 ジト目を向けつつ、弥生はオルガの髪を三つ編みにして、このまま寝てしまっても髪が邪魔にならないようにしてやっている。オルガはそれを満足そうに受け入れながら言い訳を重ねる。

「今日は珍しく働いた」

「働いたのはオルガ自身じゃないよね? 最終的にはカグヤに全部任せてたし?」

「私の仕事は働かせることです!(キリッ!」

「新しいね、それ……」

 呆れつつも弥生は、甲斐甲斐しくオルガの身なりを整え、部屋に戻っていく彼女を特に引き留めるでもなく見送った。

 その間、カグヤが「御土産あるし、問題ないよね? でもやっぱり、菫ならそれだけで怒ってきそうな気が……っ!? でも人助けしたのは事実であり……、そんなことでアイツが譲歩したりするのかっ!?」っと、百面相を繰り返していたり、ジークがイケメンフェイスで美幸を助け起こし、甘い言葉を囁くことで、彼女の顔をとんでもなく真っ赤にさせていたり、その事に気づいた凛音が、なんだか気に入らなさそうな視線をジークに送っていたり、そんな彼らの様子に「おっ!? もしかしてここに新たなフラグっ!? 三角関係ネタ追加!?」っと、一人楽しんでいる理恵がいたり、呼び出された上に、何気にファインプレーをしたはずなのに、もはや完全に空気扱いになっていることに黄昏れているルーシアがいたりと、何気に周囲がうるさかったが、これはもう、既にいつもの光景と化している。

 彼らは日常を取り戻した。

 

 

 その頃、立ち去ったはずのシオンは、寮の玄関口、その道すがらで足を止め、その木陰に隠れた人物へと言葉を投げかけていた。

「よもや貴様が出しゃばるとはな。いったい何のつもりだ? サルナ・コンチェルト?」

 木陰に隠れていた人物、サルナは、気に背を預けたまま、冷やかな視線をシオンへと向ける。

「別に出しゃばってなどいないわ。ただ、私が手を出さなければ(、、、、、、、、)、貴方も収まりがつかなかったでしょう? 調子に乗り過ぎて退くタイミングを逸しているみたいだったから、ちょっと手助けしてあげただけよ。不服だったからしら?」

「ふんっ、無論遺憾だとも。だが、業腹ながら、貴様の判断は正しかったと言わざるを得まい。あのままでは昼に一年の最優秀者を突然決めてしまうところだったからな」

「あの状況でも、貴方は勝てるつもりだったのね?」

「当然だ。あの二人はこの俺との相性が(すこぶ)る良い。万が一にも(おれ)が引き分ける事すら有り得ん」

「そうね、貴方の(フェンリルの牙)は、神格持ちにとっては天敵。おまけにイマジン粒子の全てを食い潰すとあっては、太刀打ちできるのは限られた者だけとなっていたかもね? なら、あのまま続けることがお望みだったかしら?」

「無論だとも。有り得るはずのない“万が一”、それを引き当てることができる者がいるとすれば、それこそ歓喜せざるを得まい! ……が、それも時と場合を弁えるものだ。俺とて空気は読む」

「空気は読めても、実行はできなかったみたいだけど?」

「男児が己の欲求を前にして、昂りを抑えてなんとする? 己の欲望に熱くなれぬようでは、高みなど登れるはずもない! 据えられた膳は、全て平らげてこそ男児であろう!」

 言い切って見せるシオンに、サルナは呆れて溜息を零す。

「だったら、やっぱり私が“割り込んだ”のは正解だったみたいね?」

「礼は言わぬぞ。男が自分の恥を礼で返すようでは愚物も同然。代わりの褒美を用意しておいてやる。その功績に見合った報酬をくれてやろう」

 最後にそれだけ伝えたシオンは、そのままどこかへと立ち去ってしまう。一人残されたサルナは、再び溜息を吐いた。

「いらないわよ。これに“見合った”褒美じゃ、碌な物が返ってこなそうだもの……」

 彼女の呆れかえった言葉を聞くものはない。

 結局二人は、ただの一度も視線を合わせることもなく、それぞれ別の方向へ姿を消したのだった。

 だが、後にサルナは、このシオンの貸しが、まさか自身の人生を左右するほどの物となって帰ってくるなどとは、この時は思いもしなかったのだった。

 これは、これよりもっと先の話に繋がる、運命の伏線なのかもしれない……。

 

 

 1

 

 

 当然のことではあるが、一年生のトーナメント以外にも、他の学年の決勝トーナメントが残っている。二年生、三年生の決勝トーナメントはテレビ非公開ではあるが、お祭りごとがイマスク関係以外に発生しないギガフロートでは、中々出会えない貴重なイベント。時間が空いている者は(こぞ)って集まってくる。

 会場でのイベントは休憩時間の後、二年生の決勝戦が公開されていた。

 二年生最初の交流戦、その決勝戦は、一年生の者とは違い、特殊なルールが設けられている。それは絶対に直接的な戦いをしないと言う方向性だ。この決勝戦までの間に、やたらと戦わせる割に、最終戦では直接戦うことが禁じられると言う訳の分からないものだが、これにもちゃんとした理由が存在する。―――が、それはまあ、特に説明する必要性はないので、気にしない方向で行くとしよう。

 二年生の決勝戦はAクラス美倉(みくら)謙也(けんや)とBクラス時川(ときかわ)真居(まい)が争う事となった。

 試合内容は毎度おなじみで、≪殲滅戦(アンリミテッドブレイク)≫と呼ばれる競技だ。これは広範囲に幾多存在するエネミーを破壊し、ポイントを獲得するというルールだ。エネミーは頑丈な物ほど獲得できるポイントが大きくなるが、中には得られるポイントが少ないのにやたらと攻撃性を持っていたり、中々の強敵が存在していたりもするのだが、ともかく頑丈で無いものはポイントが低いと言う設定だ。フィールドはかなりの高範囲で、一番弱いエネミーでもネズミ並みのすばしっこさで逃げ回るので、中々ポイントが獲得できない。おまけに、プレイヤー同士の直接戦闘は禁止されているため、妨害も難しい(難しいだけで可能)。そんな中でのポイント争奪戦は、中々白熱したものであり、子供が戦う姿を観るのを嫌がる方々にも、バラエティー感覚で楽しく見てもらっている。

 試合内容については割愛するが(今作はあくまで一年生を中心に書いているからです)、試合結果は789525対789510で、美倉謙也の15ポイント差の勝利で終わった。(※試合内容については、希望者が多ければ番外で書きます)

 ここまで試合時間にかなりの時間を要してしまったため、少々多めに時間を消費してしまった。そのため、決勝トーナメント二回戦は、御昼休憩後に、少し遅れ気味で開催されることになった。

 ………あと、試合運営に動かせる人員が圧倒的に少ないことも、遅れてしまった理由とも言える。

 

 

 そんなわけで午後三時過ぎ、廿楽弥生とジーク東郷の試合がようやっと始められようとしていた。

 

『長らくお待たせしました! これより、一年生準決勝戦最終試合、廿楽弥生VSジーク東郷の試合を始めたいと思います!』

 

 アリーナで、弥生とジークが向かい合っている。

 司会による試合開始の号令が、集まった観客達を湧かせる。

 

『では、バトルフィールドのルーレットを……オンッ!』

 

 空中に浮かぶ巨大スクリーンに表示されているフィールドが次々と入れ替わっていく。

 弥生とジークは、これから試合が始まると言うのに映画の順番待ちをするお客のようなリラックスしていた。

 ジークは大剣を肩に担ぐようにして、不敵に笑い、弥生は後ろ手に回した手に剣を一本ぶら下げていた。

 緊張感がない。っと言うこともできるが、これから戦いを始めようと言うのに、この冷静さは、既に心構えが出来上がっていると言う事だろう。

 今回、観客席側では、男に戻ったはずなのにいまだに女の子扱いの東雲カグヤ。その膝の上になぜか乗って、膨れた顔でカグヤの頬を両手で摘み上げている八束菫。その後ろで、二人のやり取りを呆れた表情で見ているレイチェル・ゲティングス。その隣で、同じく苦笑いを浮かべているカルラ・タケナカ。更にその後ろでは、身を乗り出して完全に弥生だけに見入っている新谷(アラタニ)悠里(ユウリ)と、偶然その隣に座ることになった御神楽(みかぐら)環奈(かんな)が所在無さげにしている。以上六人が、偶然集まっている。通常、同じ学園の同級生でも、特段知り合いでもない相手とは話が弾まないのが普通だが、ここはイマスク生、あまり物怖じすることなく、普通に会話を成立させ、普通に意見交換をしていた。この学園では普通の光景ではあるが、少し前まで地上で暮らし、地上の常識で生きてきた人間が、この短時間でバリアフリー思考に変更できるのは、やはりイマジンのなせる力なのだろう。人の思考にまで影響を与える粒子。考えれば恐ろしいもののようにも思えるが、だからと言ってそれでみんなが仲良くできるかどうかはまた別の話だ。

ふひれ()ほろほろほんひへひはい(そろそろ本気で痛い)……」

「知ら、ない……っ!」

 膨れる菫にずっと頬を(つね)られ、頬を真っ赤にしている。どうやら、せっかくルームメイトなのに、女版カグヤを観察できなかったことが、今でもかなり御立腹の様子だ。

 菫の体にはあっちこっち包帯やら、ガーゼやらが貼られていて、いかにも怪我人と言う様相だ。決勝トーナメント中は、試合で負った怪我は、保健の教師によって特別に治療してもらえる決まりがあるのだが、完全回復は試合当日だけで、それまでは地上の最先端医療技術に(とど)まる程度の治療しか受けられない。なので、試合が終わった後、試合開始直前まで気を失っていた菫の怪我は殆ど治っていない。正純などはまだベットの上で、絶対安静扱い。今頃は気を使ったルームメイトと一緒に備え付けのモニターで観戦している事だろう。

 それはそれとして、なぜ他人(ひと)の膝の上に座るのかと、カグヤは言いたかった。背の比較的低い菫だが、華奢なカグヤの膝の上に座れば、充分に彼の視界を頭部で遮ることができる。今は、頬を抓るのに苦しいと言う理由で、半ばズリ落ち気味ではあるが、それがカグヤにとって余計負担になっていた。無論、菫は分かっててやっている。

 そんな二人の仲睦まじい姿に、呆れ顔のレイチェルは、隣に座ることになったカルラへと話を振ってみる。

「この二人、なんか姉妹みたいに仲良くない?」

「しっかり者だけど隙の多い妹(カグヤ)と、天才だけど妹に構ってほしい、寂しがり矢の姉(菫)ですかね?」

「おいほら(こら)っ、ほれは(俺は)ほいふほ(こいつと)ふはへへほ(比べても)ひほふほほふへひはほはぁ(妹属性なのか)?」

 頬を抓られたままのカグヤが、聞き捨てならぬと言わんばかりに言葉を投げかける。レイチェルは悪戯っ子の笑みで見返し、カルラは額に汗を流しながら「何言ってるのか分かりませんよ?」っと苦笑いを浮かべる。

 悠里は完全に弥生に視線を集中させているので会話に参加する気はないらしい。

「この勝負、絶対弥生が勝つ! だよなっ!?」

 だが同意は求めたかったらしく、視線が隣の環奈へと向けられる。

 Fクラスの環奈からすると知らない相手に急に話しかけられたこともあって、ちょっと戸惑ってしまう。っとは言え、そこは本人の性格も相まって無視するつもりはなく、何とか会話を繋ごうとする。

「そ、そうですね……、廿楽さんも余程実力のあるかたですから、簡単に負けることはないでしょうけど、ジークさんの最強の防御を、いったいどうやって破るかが肝になるのでしょうね?」

「ああっ! 弥生は勝つぞっ!」

(あ……っ、会話しているようで成立していない……)

 硬い笑顔のまま固まってしまう環奈。

 悠里も、普段なら普通に会話しているはずなのだが、そこは盲目な恋する少年状態。目的の相手以外が全く見えていらっしゃらない御様子。

 そんな彼らの一つの集まりとして数えるのはどうなのか、良く解らないメンバーが会話している内に、試合フィールドが決められた。そしていよいよ、試合が本格的に始まるようだった。

 

 

 選ばれたフィールドは荒野。切り立った岩山が散発的に見える程度で、大きな崖も、サボテンのような植物もなく、地面の起伏も特にみられない。

 弥生は軽く地面を踏みつけてみる。地は硬く、かなりの踏ん張りが効く。近接重視の互いにとってはかなり有利な土地と言える。

(と言っても、今回僕らは同じスタイルの戦闘タイプだから、フィールドでの有利不利は発生しないんだけどね……?)

 そう思いつつ、今度は小さな丸みを帯びた石を踏みつけてみる。石は簡単に砕け、足のバランスを崩させる要因にはならない様子。見たところ小さな亀裂もないので、戦闘時で破壊された地面の様子にさえ注意を払っていれば、足を踏み外すと言うことはなさそうだ。

(まあ、こっちはもっと足場の悪いところでの戦闘を経験済みだから、この程度は問題にならないんだけどね?)

 軽く手の中で剣を一回転。片手に強く握り直し、剣を自分の背にするようにして半身に構える。正面ジークとの距離は十メートル。ベルセルクのギアは思ったより上がっていないが、一息に詰められる距離。剣のリーチを体で隠し、距離感を掴むために空手の左を突き出し距離感を把握。腰を落とし、隠すことのない突進の構え。開幕速攻を仕掛けるのが、既に見え見えの挑発。

 対するジークは大剣を両手に握り正眼(せいがん)の構え。真っ向から受けて立つと、挑発を受け入れる様に口の端に笑みを刻む。

 受けて弥生も笑う。

 

『それでは、決勝トーナメント、準決勝戦、第二試合……っ!! 開始~~~~っっ!!!』

 

 司会の合図と共に、地が爆散。宣言通りとも言うべき弥生の特攻は、予定通りと言うかのようにジークに受け止められ、衝撃に耐えきれない地面が盛大に土煙を柱の如く巻き上げる。

 ジークの『魔剣グラム』と、弥生の剣が激突し、鍔迫り合いで火花が散る。互いに、剣に込めた力がかなり大きいことがそれだけで見て取れる。

 ジークが僅かに剣を寝かせる様にして剣を逸らす。力をいなされた弥生がジークの後方へとつんのめる様に押し出される。剣を振り上げ、ジークが弥生めがけて斬りかかる。弥生は瞬時に振り返り、返す刃で弾き返す。続いて、弥生が剣を突きにかかるが、ジークは僅かに体を逸らすだけで容易く躱す。

 二度、三度、四度と素早く突きを繰り出すが、ジークは下がりながらも突きを躱していく。四度目の突きを躱したところで下がっていた足を止め、僅かな挙動で踏ん張り大剣を切り上げる。弥生の剣を掬う様にして打ち上げ、弥生の体勢を崩させる。

「ハアァ……ッ!!」

 裂帛の呼気と共に振り下ろされる刃は、一撃で地面を粉砕する驚異的な破壊力。その一撃を、弥生は軽いステップでサイドに交わし、体を回転させながら横薙ぎに斬りかかる。ジークの首筋を狙われた一撃は、軽く顎を上げるような動作で完全に見切られ、お返しとばかりに飛んできた蹴りが、弥生の腹部にキレイに直撃した。

「……ッ!」

 僅かに表情を曇らせた弥生だが、蹴りの威力からはありえない距離を吹き飛び、綺麗に地面に着地して見せる。どうやら自分から飛んで威力を殺したらしいと悟り、ジークは思わず笑みが漏れる。

 地面が爆ぜる。弥生が跳び、片手に持った剣を大上段に掲げ落下の威力と体重を乗せ、強襲をかける

「やあぁぁっ!!」

 声を張り上げ、叩き落された刃は、難なく躱され、(くう)を切る。

 すかさず体を捻って横薙ぎの一撃。しかし、これも予測されていたのか半歩下がるだけで躱されてしまう。―――っと、そこで弥生の体が跳ねる。横薙ぎの一撃が躱されると同時に、軸足を蹴り、体を回転させながらジークに向けて飛び掛かる。遠心力の乗った刃が鋭く閃く。

 だが、これもジークは再度ステップで難なく躱し、さらに続く怒涛の剣激を全て躱し、あるいは剣の柄で弾き、対処していく。

 その余裕は、観客席の菫達に感嘆の溜息を洩らさせるほど無駄がない。

 弥生の剣が軽い一撃になったところを見逃さず、距離を詰め、体当たりをするように刃を受け、弥生の体勢を力づくで崩させる。思わずたたらを踏む弥生は完全にバランスを崩されている。平均的な女性と同じ程度にしか体重の無い弥生は、大剣を扱うジークとは重量差が極端に違う。決定的な隙を作ったところに『魔剣グラム』の刃が迫る。

「……ッ!」

 刃が眼前に迫る中、体の中心から強い脈動が鼓動を打つ。瞬間、全身の機動力を上げた弥生が、ジークの刃をあっさり躱し、返す刃で足を狙った下段切りを放つ。グラムで受けたジークに、弥生は胸ポケットに納めた生徒手帳をタップ。新しい剣を取り出し、それをフリーにしていた左手で受け取り、上段から振り下ろす。

 閃く刃の軌跡が弧を描く。ジークは地面を転がる様にしてローリングで回避している。素早く起き上がると同時にほくそ笑む。

「ようやく十八番(おはこ)の二刀流か? 能力の段階が上がらないと使いこなせないと言うカルラの見解は正しかったらしいな」

 ジークの言葉に、斬りかかった体勢からゆっくりと向き合い、弥生は左右の剣を軽く振るい、調子を確認する。彼女の能力『ベルセルク』のギアが、充分に上がっている感覚を感じ取り、ここからが本番だと言うように、ジークに向けて構えをとる。その顔には、やはり笑みが浮かんでいる。

「そろそろエンジン掛けていくよぅ~~?」

 宣言した弥生。僅かな間を置いてから、一気に駆ける。今度は直球で突っ込むことはせず地面を数度蹴り、左右にフェイントをかけながら斬りかかる。

 右の剣を躱すジークに、左の剣が迫る。グラムで受ければ右の剣が追いつき再び迫る。躱して左の剣に一瞬意識が向かってしまったところに、右の剣が連続で繰り出される。

 右、左、右、右、左、右、左、右、右右左右左左左左右左右左右右左左―――。

 変幻自在の刃が左右から絶え間なく繰り出され、ジークも反撃のチャンスが極端に減っていく。さすがの猛攻振りに舌を巻く。

「映像で見た以上だなっ! 直接受ければこれほどのラッシュかっ!? これは俺も気合を入れんとなっ!」

 ジークが足を使う。僅かに下がったり、軸をずらす程度だったのが、今度はしっかり動き、弥生の側面に入り込み、剣を振り下ろす。

 素早く躱した弥生が左右の剣激を放つ。

 ジークはグラムを振り翳して剣を弾く。更に踏み、刃を切り上げるが、これは素早くバックステップされて躱される。

 弥生が素早く右の剣でグラムを抑え込みつつ、左の剣で突きを放ち、ジークの顔面を狙う。

 首の動きだけで躱して見せるジークは、そのまま更に距離を詰め、剣ではなく、腕を使って、弥生の体を持ち上げるようして吹き飛ばす。攻撃と言うよりも、担いで投げたと言う方が近い。放り投げられた弥生は二メートルぐらいの距離で着地し、剣を交差して構える。

 構わずジークは踏み込みと合わせた一撃を叩き込む。しっかり受け止めた弥生の剣との間に激しい火花が散る。

「うおおおおおおぉぉぉっっっ!!!!」

 相手の防御を無視したジークの猛攻。上段から連続で叩き下ろされる大剣の連撃。一撃一撃が猛威。それを弥生は二本の剣を上手く使って何とかいなすが、完全に力負けしている。まともに受け止めれば防御ごとまとめて斬りつけられてしまうだろう。

「う、おおおおおぉぉぉぉっ!!」

 負けずに弥生も叫び声を上げ、左右の剣を合わせて切りつけ対抗する。次第に猛攻は弥生の方が圧倒的手数となり、力負けを圧倒して押し返す猛攻へと変化していく。

 猛威を振るうジークの剣。

 猛攻で攻め返す弥生の剣。

 二人の剣は絶えず火花を散らし合い、鉄を打つ音が鈍く響き渡る。

 正面からの打ち合いではない。時に弥生は全身を乗せた一撃を放ち、左右にステップしては、狙いを広く、手数を多く繰り出し続ける。

 ジークもそれにすべて対応して見せる。猛攻一つ一つの威力を正確に見切り、こちらの一撃でいくつ叩き落せるかを正しく分析し、大剣を振り回す姿からは想像もできない繊細且つ丁寧なパリィを披露する。もちろん、僅かでも隙があれば弥生に攻撃を叩きこむことをも忘れない。

 近接型剣士同士でしか発生しないインファイトが、二人の間で展開される。

 不意にジークの剣が弥生の猛攻の間隙を捉える。

 斬りかかった弥生がパリィの一撃に身体ごと弾き飛ばされ、後方に飛ぶ。空中で後転するように下がり、威力を殺して着地。そこに向かってグラムの刃が迫る。

 顔を上げた瞬間、眼前に迫った切っ先に、弥生は無理矢理仰け反り、前髪を数本持っていかれながらも回避。すぐさま、腹筋の力で上体を起こし、反撃に打って出ようとする。

「……ッ!?」

 そこに、既に振り被った体制にいるジークが、大剣の重さを感じさせない鋭い速度で振り下ろされる。

「ハアァッ!!」

 裂帛の気合と共に振り下ろされた刃が、弥生に迫る。左右の剣で受けるタイミングを逸した弥生は、何とか身体を逸らそうとするが、次の瞬間には右半身がバッサリと斬られる未来を幻視してしまう。

 歯を噛み締め、刃を鋭く睨みつけながら強張った表情になりつつ、弥生は必死に生存を求める。

 高鳴る鼓動。強い一打ちが全身に血を巡らせ、さらなる力が満たされていく。

 ジークの刃が地面に激突し爆発を上げる。土煙に煙る中、ジークは側面から危機を察し、素早く剣を構える。同時に打ち付けられるは弥生の刃。土煙の合間に見えたその姿は、まったくの無傷。完全に攻撃を回避されていたのが読み取れる。

「またギアを上げたかっ!」

 切り返す物の、その時には既に弥生は土煙の向こうに消え去る。

「逃がすかっ!」

 横薙ぎ一閃。それだけで巻き起こる強烈な剣圧が、容易に土煙を払い除ける。

 瞬時に迫る後方の気配。反転し剣で受けると、一瞬見えた弥生の姿が加速、また姿をくらます。再び後方に出現する気配に合わせ剣を振るうが弥生と剣がかち合っただけで、彼女を捉えた手応えはない。

 瞬時に消え、再び側面から気配―――かと思えば、逆側面から―――っと、思った時には正面に、後方に、斜め方向に―――、絶え間なく動く弥生が、緩急をつけた加速でその姿を加速によりくらませ、残像の分身すら作り、ジークの四方を囲む。

 

 

 

『おお~~~っ! これはすごいですっ!? 廿楽選手、物凄い勢いで移動し、漫画でしか見られないような分身の術を披露していらっしゃまいす! これに東郷選手は対応できるのか~~~っ!?』

 

 湧き上がる観客に合わせ、司会が場を盛り上げる実況をする。

 能力によるド派手な砲撃や、奇跡の乱舞はなく、ただ愚直に剣による戦いを披露している姿は、このギガフロートにおいては物足りないと言えるかもしれない。しかし、どうやら観客達にはそんなことはなかったらしく、大いに盛り上がり、皆が腕を振り上げ思い思いの応援をしている。

「さすがに速いですね……。弥生さんの速度は、ジークさんを凌駕するものになりつつあります」

 カルラがそう評価を下すと、それが聞こえたらしいカグヤが、赤くなっている両頬をさすりながら、同意の声を漏らす。

「弥生の『ベルセルク』は戦闘状況と時間経過によって段階的に無限に強化を繰り返す。塾生時代もアイツに敵う奴はいなかったよ。『当たれば死ぬ』なんて言う、無茶苦茶な能力使ってる奴相手に、まったく攻撃を受けることなく一方的に切り刻んでいたりとか……、ともかくアイツ足を使って動き回るスタイルだから、ああいう風に走られると、俺でも足が止まっちまうんだよな……」

「じゃあ、私があの状況で動けたらお前を超えたことになるな?」

 割り込んできたレイチェルの言葉に、カグヤが「ああんっ?」っと据わった視線を向けるが、レイチェルは不敵に笑みを返すばかりだ。

 バチバチと火花を散らす中、喧嘩に発展する前にカルラは話題を戻す。

「弥生さんの足は特に速いですよね? 力はまだジークさんが上のようですが、いずれ、それも『ベルセルク』の効果で超えられてしまいそうですね? この試合、皆さんは誰が勝つと思います?」

 敢えて話題を振ることでこちらに注目を集めたカルラに、真っ先に答えたのは悠里であった。

「弥生が勝つさ! 俺はあいつの訓練に付き合ってたから一番分かってるっ! あいつがギアを上げれば、ジークの“鋼の権能”だろうが何だろうが突破できるはずさ!」

「確かに……、ジークさんの『龍の血を受けた肉体(どらごんぼでぃ)』は、自分より強いイマジネートで攻撃されると破られるらしいですしね……。いつかは弥生さんの『べるせるく』が追いつくときは来るかもしれません。“いつかは”……」

 悠里に半分同意、半分否定の言葉を続ける環奈。それに対し、レイチェルは腕組をして僅かに思案気な唸り声を漏らしてから自分の意見を告げる。

「ん~~~? 私はジークが勝つように思えるかな? あくまで“現状では”、だが、ジークの『ドラゴンボディ』を打ち破れる力が付く前に、ジークが弥生を倒す方が早い気がする。ジークの防御力が一体どの程度なのか次第で、判断が変わるかな?」

「同意……、たぶん、ジークが勝つ……」

 菫も同意の声を上げる。いかに速度と猛攻をかけても、絶対的な防御力を誇るジークの肉体を打ち破れないのなら勝敗は決していると考えているのだろう。

「首を絞めて、窒息させる、ような隙……、ジークが見せる、とも思えない……。水辺もないから、フィールド、も、利用できない。圧倒的、弥生不利……」

「私もジークさんが勝つと思います。同じBクラスですから、私の希望も入っていることは認めますが、それでも、ジークさんの強さは、あの防御力だけではないと知っている以上、弥生さんが勝てるとは思えません」

 菫に続いてカルラが結論付けると、菫がカグヤに意見を求める様に視線を上げる。

 超至近から菫に見つめられ、ちょっと戸惑いながら、カグヤは自分の意見を言い切った。

「弥生が勝つ」

「だよなっ!?」

「ず、ずいぶん言い切りましたね……?」

 悠里の素早い反応にビックリしつつ、環奈が純粋な疑問をカグヤに向ける。

「あいつの三つ目のスキル、何か知ってるか?」

 カグヤの質問に、皆が首を振るか傾げる。それを視線だけで確認してから、カグヤははっきりと告げる。

「あいつがアレ(、、)を使えば、たとえ相手が正純だろうがジークだろうが……たぶん、俺を含めた誰もが勝てない。それだけ最強の力なんだよ」

「そこまで言い切るほどの力を隠し持っているんですか?」

 菫の探るような視線に、カグヤは呆れた表情で否定した。

「隠してんじゃなくて使わねえんだよ、アイツ……。なんでかって聞いたら、『だってこれ、直接攻撃が当てられない人対策に考えた物だもん。剣で斬れるなら剣で斬るよ!』って、自信満々にこだわり優先だと言い切りやがった……」

 その理由に、全員が苦笑いを浮かべるか、呆れるかして言葉を失ってしまう。

「ですが、そんな信念があるのなら、この試合でも使わないのではないですか?」

 環奈の疑問には、カルラが素早く推測し、答えを提示する。

「いいえ、ジークさんの権能はそう簡単には破れない。斬っても斬れないと解れば使ってくるでしょうね」

「でも、それ……、弥生の『ベルセルク』で、ジークを切れた、ら……、使わないよね?」

「「「「「あ………」」」」」

 菫の決定的な一言に、全員が声を漏らし固まる。この勝負、一体どう転ぶのか何だか分からなくなってきた様子だ。

 

 

 神速、剣激、ヒット&アウェイ……。

 ジークの周囲を常に止まらず縦横無尽に駆け巡りながら無数の斬撃。

 どう見てもジークが追い詰められているようにしか見えない中、舌を巻いていたのは弥生の方であった。

「もうこの速度に追いつけるんだ。すごいねジーク」

「なに、速度だけならもっと速い奴と戦ったことがあってな。反応すらできないアイツの速度に比べれば、見える分だけ、……どうってことないっ!!」

 ジークは、自分で言ったことを証明するかのように、剣を振り下ろす。

 驚異的な一撃はしっかりと弥生を捉え、彼女に回避行動をとらせる。

 瞬時に弥生も交差する瞬間に数度の斬撃を放つが、ジークはそれら全てにもしっかり対応し、剣で攻撃を受けきって見せる。

 ステップを踏むようにして距離を取り、ジークを見据える弥生。自分の速度に対応してくる相手に、頃合いを見計(みはか)らうように目を細める。

 僅かな呼気。息を整え……気を高める様に気合を入れ、地面をしっかりと踏みしめる。鼓動が強く打ち、全身に送られる血流が、そのまま力となって駆け巡る。ギアが上がったことを確認した弥生は、一気に勝負に出ることを決意する。

 奔る!

 地を蹴り、足のバネを全力で活かし、再びジークの周囲を駆け周る。だが、先程と違って範囲が広い。時にはかなり遠巻きに移動し、無駄とも言える広範囲分身を披露している。

 なぜこんな無駄に広く展開しているのかと、ジークが訝しんだ瞬間、弥生が動く。

「ベルセルク第一章……」

 遠くで地が爆ぜた―――っと思った時には正面から弥生の二本の剣がジークの大剣に激突していた。

「『強襲(きょうしゅう)』―――ッッ!!!」

「ぐうぅ……っ!?」

 俊足と攻撃が完全に一体となった一撃は、まるで獣が獲物に対して飛び掛かるが如く。襲われたジークは偶然剣に攻撃を当てられただけで、反応などできていなかった。咄嗟に足を踏ん張るが、押し返すことができず、何とか倒れずに堪えるのが精一杯。

 何とかジークが堪えたタイミングを見計らい、弥生が剣を弾き、ジークの後方へとくるりと前転して着地する。

 ジークが振り向きざまに剣を振るうが、既に弥生は攻撃体勢に入っていた。

「『縦横無尽』―――ッ!!」

 駆ける一撃。馬上の一突きと見紛う一撃がジークを弾き飛ばす。一瞬、宙を浮くジークの足が着地すると同時に、別方向から再び弥生の突進が迫る。何とか剣で受けるがやはり弾き飛ばされてしまう。そしてまた別方向から突進……。フィールド上を文字通り縦横無尽に駆け巡り、その特攻をこそ攻撃だと言わんばかりにジークを中心に駆け回っている。

「ぐぅ……っ!?」

 防御に精一杯になった瞬間、弥生が更に加速。ジークの正面に出現し、右の剣を一杯に引いて渾身の力を籠める。イマジン粒子が刃に集い、真っ赤に輝く。

 赤い閃光が、放たれる。

「『一気呵成(いっきかせい)』―――ッッ!!」

 

 バッッッゴオオオオオォォォォーーーーーーーーンッッッ!!!!

 

 戦闘機が音速の壁を越えたのではないかと言う轟音が鳴り響き、人体から放たれたとは思えない衝撃が刃から放たれる。まともに受けたジークは防御越しだとかそんなの関係なく吹き飛び、漫画みたいに宙を舞った。いや、“舞った”などと言う生易しい表現ではない。文字通り“吹き飛んだ”。強力なスプリングが、限界一杯まで潰され、それが解放されたかのようなでたらめの勢いで、ジークの体が宙に投げ出される。

「ぐ、ぐおぉ……っ!?」

 ありえない加速を自身の体で体験しながら、かなりの長距離を勢いだけで飛行し、勢いが収まるより早く、地面が迫る。上手く体勢を整え、地面に足を向けるが、地面に足が接触するだけで、体が弾かれてしまいそうな衝撃を味わう。まるで通過中の電車に触れてしまったかのような衝撃に、せっかく整えたバランスを崩し、転倒してしまいそうになる。だが、ここでもジークの『不死身の肉体』が(こう)を成し、弾かれそうになる足が、何とか衝撃に耐えてくれた。渾身の力を籠め、『龍の血を受けた肉体(ドラゴンボディ)』が(もたら)す加護を振り絞って踏ん張る。

 地面に接触した足が、容赦なく地面を削っていく。バキバキと冗談のように砕け散る地面に、勢いを殺しながら、何とか減速していくジーク。っと、それに集中する暇もなく、再び正面から危険を察知する。

 迫るのは当然のこと弥生であり、気付いた時には既に遅い。真正面に迫っていた弥生が、左右の剣を振り被り、突進の勢いのまま、回転切りを放ってくる。

「ベルセルク第二章……!」

 勢いを乗せた回転切り。返す二本の剣で斜めに切り上げ。上段から左右に開くように切り開く。

「『制覇』―――ッッ!」

 三連撃の強攻撃。剣で受けたジークだったが、ついに地面を転がされてしまう。代わりに勢いこそ収まり、何とか立ち上がる。

 弥生の猛攻はそれで終わっていない。背後に立たれていることに気づいたジークが振り返るが、もはや間に合うはずもない。

 フゥバババババッ!! 五つの赤い閃光がジークの胸を袈裟懸けに切り裂く。

 「『打倒』!」

 一度に五激も叩き込まれた衝撃が一度に訪れ、仰け反るジーク。その隙に飛び上がった弥生が、両の剣を逆手に構え、串刺しにするが如くジークへと突き立てる。

「『討伐』―――!!」

 ライトイエローの閃光が迸り、叩き潰されそうになるジーク。かろうじてグラムを盾代わりにして切っ先を受け止めるが、さすがに力負けして地面に膝をついてしまう。

 これに倒れなかった事に、瞳を驚愕に見開きながら、しかし弥生は、ジークの背後に着地してすぐ、ぐるりと体を一回転させる。まるで独楽のように。

「第三章……っ!」

 さすがにこれはやばいと思ったジークは振り返ると同時に剣を地面に突き立て、防御の姿勢に出る。放たれる衝撃は、予想以上であった。

「『破城槌(はじょうつい)』―――ッッ!!!」

 お寺の鐘が砕かれたのではないかと言うすさまじい轟音が鳴り響く。地面に突き立てたグラムごと、地面を削り後方へと吹き飛ばされるジーク。先程の爆発に比べれば思ったほど飛びはしなかったが、その分、全身にムラなく轟いた衝撃に痺れ、完全に動きが止まってしまう。

 気付けば弥生は、既に自分の頭上でさらなる回転を加えて迫っていた。

「『破城鉄槌(はじょうてっつい)』―――ッッ!!!」

 先ほどとは加えられた回転数が違う、遠心力増し増しの一撃。鐘どころか、文字通り城門を城壁ごと粉砕したかのような一撃が叩き落され、地面が爆発することなく陥没した。咄嗟にガードする暇もなく一撃を叩きこまれたジーク。地面と共に陥没し、その身が完全に埋まってしまう。

 地に着地した弥生は、そのまま軽くステップを踏み距離をとると、先程の手応えを確認する様に自分の手に視線を向ける。

(手応えだけは……いっぱいあったんだけど……)

 僅かな間、弥生が瞑目し、視線をジークに戻すタイミング。まるでそれを見計らったかのように、ジークが立ち上がる。その姿は土に汚れ、衣服が多少傷んでこそいた物の、その身に付いた傷は一切ない。まったくの無傷であった。

(やっぱり効かないのか……)

 

 

 ジークが無傷で立ち上がったことに、どよめき立つ観客席。菫の質問から会話が始まる。

「さっきの、弥生の剣、光ったの……、あれ、なに?」

 菫の質問相手はカグヤと決められているのか、当然の様に視線がカグヤに向けられる。カグヤもカグヤで、結構解説とか説明とか好きな方らしく、当然のように質問に答える。

「『特化強化再現』だな、たしか……。普段俺たちが普通に使っている『強化再現』を限定的で特化型の強化に集中させた奴だ。近接タイプのやつにとっては結構メジャーな技能―――になると思うぞ。まだ俺達の間じゃあ、メジャーもマイナーもねえんだけど……」

「強化再現とのメリット、デメリットは……?」

「能力を使わずに能力を破ったりとかできる。でも限定的な範囲に集中するから、攻撃中は防御が薄くなるな。全身に巡らせている力を、一カ所に集めただけだから。能力と併用するととんでもない効果を発揮する時があるから、覚えとくとかなり有効。でも、放出系の攻撃にはのせても効果ないので、基本俺達には特に使う機会無いかな? 効果限定すると汎用性も失われるし。俺なんか防御に回す分、削ったら、紙切れ装甲だから、マジ使えん」

「それって……、威力、どのくらい、アップ……?」

「個人差がかなり大幅に出る。ちなみに俺は『特化系』は才能無し。『条件指定』とかなら得意なんだが……。弥生が使えば……、ジークの権能を打ち破れるかもしれないレベル―――だったんだがな……」

 菫にそう漏らすカグヤの表情は、とても硬いものになっていた。

「当然です。ジークさんの権能は、彼の最強の守りを誇る神格、ジークフリートの物から引き出されています。神話においても、ただの一度も砕かれたことのない鋼の権能は、同じ神格持ちであろうと敗れる者はいません」

 まるで自分の事のように誇らしく語るカルラ。同じBクラスで、協力していたこともあり、彼が勝っていることが嬉しいのだろう。

「カグヤさんは弥生さんが勝つとおっしゃいましたが、ベルセルクの権能でも、ジークフリートは破ることはできませんよ? それでも同じ意見でいられますか?」

「変わらねえよ」

 カグヤは即答したが、カルラも表情は変えない。まだこの時点では意見を覆せるとは思っていなかったのだろう。これはただの挑発だ。カグヤもそれが解っているので即答で挑発し返していた。

 カグヤが背後のカルラに向けて細めた視線を、カルラが楽し気な視線を送り合って火花を散らし合っていた。場外でなぜか発生する戦いに、レイチェル辺りを呆れさせていた。

 ちなみにイマジン効果により、幻覚の火花が本当に発生しているので、アニメと同じ描写がリアルに展開されている。

 

 

 起き上がったジークは、体に付いた埃を叩いて払うと、剣を構え直しながら挑発的な笑みを浮かべる。

「さて、この程度では俺は倒せないぞ? まだまだ奥の手があるんだろ? やってみたらどうだ?」

 余裕―――っと言うよりは期待を込めた言葉に、弥生は応えず、静かにジークを見つめ返している。

 僅かな沈黙を経てやがて、弥生は徐に身を低く構え、右の剣を大きく振りかぶって見せた。

 瞬間、それは起こった。一瞬にして弥生がジークの視線から消え去った………っと思った時には既に眼前にてクリムゾンレットに輝く剣を振り下ろしている姿が映っていた。

 それは確かに速度による移動ではあった。それだけであったなら、ジークも見失うことはなかった。だが、今の弥生はベルセルクの力で身体能力のみではなく、必要な技能・知性・直感が全て備わっている。必要とあれば一軍を率いて一国を滅ぼす聡明な武将ともなることができる。それがベルセルクの能力の奥深さだ。

 地面を踏みしめ、全体重を乗せた攻撃特化のイマジンに輝く一刀が振り下ろされる。

「でええええぇぇぇぇぇぇいッッ!!!」

 掛け声を合わせ、防御しようとするジークの間隙を突き、袈裟斬りに深く、刃が喰い込む。

 肩深くに喰い込む攻撃力特化(クリムゾンレット)の刃。剣圧だけで衝撃波が吹き荒れ、二人を中心に風が荒れ狂う。直接攻撃を受けたジークは身動きができず、しかし足を踏ん張り、攻撃に耐える。それを圧し潰そうと渾身の力を籠める弥生。剣の輝きがさらに増し、爆発的な衝撃波を生み出す。

 

 ガシャアアーーーーーンッッ!!

 

 攻撃力にのみ特化された剣が、その強化に耐え切れず、ついに砕け散ってしまった。

 『強化再現』は、剣の威力以外にも、耐久力を上げることで、イマジネーターのでたらめな使用にも耐えられるようにされている割と重要な技術だ。これがなければただの鉄の剣で能力者はびこるこの学園で戦うことなど不可能だ。弥生の『特化強化再現』は、一つの分野に特筆した強化を与えるが、その代償として武器の耐久値の強化も失われる。つまり砕けやすくなるのだ。

 砕けた剣が僅かに衝撃波を破裂させる。軽い衝撃に僅かに硬直したジークだったが、攻撃を凌いだことで得意げな笑みを浮かべ、弥生を―――、

「―――ああああああああぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 ―――ハニーゴールドに輝く左の剣。それが切っ先をジークに狙いを付けたまま、一杯に引き絞られていた。

 来るっ! そう思った時には、閃光は軌跡を結んだ。雷すら貫くであろう電光石火の光の柱。それは既に剣による突きではなく、光の槍と見紛う一閃。貫通特化の『特化強化再現』を施された左の剣が、ジークの腹部に深く突き刺さる。

「が、ぐ……っ!?」

 腹部を圧迫され、ジークが呻き声を漏らす。

 密着状態でさらに一歩。弥生は(ゼロ)の向こう側へと踏み込む。腕を更に押し込み、ジークの向こう側を貫く勢いで突き刺す。

「やあぁぁ―――っ!!」

 最後の気合と共に撃ち抜かれた刃は、閃光を残して砕け散った。残光となった一閃だけがジークを押し込んでいく。

「ぐぅ……っ!」

 僅かに呻くジークだったが、残光が消え去ったあとの腹部には、まったく傷は見受けられなかった。

 

 

「なんとっ!? あれでも貫けぬかっ!?」

 思わず声を漏らしたのは珍しくシオン・アーティア。今の弥生の一撃を貫通系と見切ったが故に、切っ先程度ならあるいは、っと、考えていただけに、面白い誤算だと笑いを漏らす。

 これにはオジマンディアス2世も感嘆の声を漏らしそうになるのをこらえるほどだ。

 サルナとプリメーラはまだ動きが止まっていない弥生の動向を真剣に見つめている。

 実は目で追えなくなっている詠子は、コメントできなくなって黙るしかなくなっていたのだが、真剣な表情を作って必死に誤魔化していた。

 

 

 弥生は跳ぶ。僅かな硬直状態にあるジークの頭上に飛び上がり、生徒手帳をタップ。今まで使ってこなかった巨大な戦斧を取り出し、空中で掴み取る。それはあまりにも巨大で、弥生の体の倍はあろうと言う大きさ。重量を重く、取り出されてすぐに落下を始める。

 分厚い刃に大きすぎる形状。それは明らかに、対人戦を目的とされていない、行き過ぎた様相。

 クリムゾンレットの輝きが迸る。どういう原理なのかも想像できない力で弥生を中心に戦斧が回る。

「ベルセルク、第四章―――」

 回転が臨界に達した刹那、無表情に呟きを漏らす弥生。遠心力、重量、馬力、イマジン、現在弥生がベルセルクで引き出せる全てを乗せて、振り下ろす。

 

「国落とし……『崩落』!!」

 

 深紅に輝く隕石が如く、叩きつけられた一撃。ジークは受け止め損ね、それを体で受けてしまう。僅かな拮抗すら持たせることなく、体は地面に接触、埋まり、地面諸共(もろとも)陥没、更に亀裂が広がり、広範囲が悲鳴を上げる。そして、閃光が迸る。

 クリムゾンレットの輝きは文字通りの爆発を起こし、周囲120フィートを(ことごと)く崩壊させていく。もしも国の中心でこの一撃を放てば、一国を崩壊させてもおかしく無い大規模破壊。それが個人の一撃で放たれたなど、一体誰が信じられると言うのか。

 

 

「ま、マジで……?」

「おお……っ!?」

 さすがに驚きを隠せない菫とレイチェルが唸り声を漏らす。

 環奈と悠里に至っては、物理攻撃で作り出す異様な破壊力に、完全に呆気にとられていた。開いた口が塞がらないとは、このことだ。

「や、弥生さんって……、人型戦艦爆弾か何かですか……?」

「俺、これからも絶対弥生とは戦わねえ……」

 聡明なカルラと、ある程度彼女の危険性を知っていたはずのカグヤでさえこの反応。もはや弥生は化け物扱いである。

 

 

「化け物か……?」

「化け物ね」

「化け物だ」

「化け物だな」

「化け物でいいだろ?」

 素で漏らしてしまった詠子の言葉にも、サルナ、オジマンディアス、シオン、プリメーラが同意の言葉を漏らす。それ以上の言葉が出てこないほど、彼らの心が一つになっていた。

 

 

 破壊の限りで作り出された土煙は周囲一帯を広く包み込んでいた。その量は火山の噴煙が如く、太陽を覆ってしまうほどだ。そんな煙の中から飛び出してきた弥生は、爆発時の衝撃を利用してきたのか、煙を突き抜ける様に飛び出て、後ろ向きのまま地面をすべるように着地した。その手に、新しい剣を一本取り出し、右手に納める。油断なく構えた姿勢で煙の先を見つめ、その奥にいるはずの存在を探る。

(手応えは、あり過ぎるほどあった……。正直、あの体を切っても、鉄を斬ったという感触じゃなくて、強靭なゴムを殴ったような感触で、どれだけの効果を与えられたのか、今一把握しづらいんだけど……)

 睨みつける土煙の向こう、奥深く、今も飛び上がった石ころが落ちてくる音が聞こえてくる中、明らかにそれとは違う音を、鋭敏になった彼女の耳が捉える。

 音は次第に近づき、影を連れてやってくる。

 観客が気付きざわめく。

 司会が声を上げて、注意を促す中、弥生は口元が勝手に引き攣り、笑みの形を象る。それはもはや、達観に等しい呆れたような笑みだった。

 はっきりと聞こえるようになった音―――足音は、ついにはっきりと聞こえてくる。影も土煙を超え、その男は誰もが予想だにしない姿で現れた。

 ジーク東郷、完全無欠の無傷で現れた。

 さすがに衣服の端々(はしばし)が破けてはいるものの、その体には血の一滴すら付着していない。青痣になっているところもなく、打撲すら負っていない。

「残念だが、君の力でも俺の権能は砕けない。まあ、さすがに今のは驚いたぞ? この体を手に入れてから初めて、打撃と言うものを受けた気がするよ」

 ジークの言葉に、弥生は「打撃って……?」と、思わず言葉を漏らしながら、剣を構えて、果敢にも攻めを続行する。

 

 

「いや、さすがに有り得ねぇ……。どんな手品……?」

 呆然自失する悠里に代わり、菫がカグヤを見上げながら尋ねる。

 しかしカグヤも、さすがにあれほどの攻撃を無傷でやり過ごしたジークの手腕が解らない様子で、難しい顔をしていた。

「いや、ジークの使用する『不死身の肉体』は、ジークのイマジネーションを超える攻撃を与えれば、破ることはできるはずだ。確かに弥生のイマジネーションは110、ジークの200に比べれば倍近い差がある。だが、あれだけベルセルクの向上した一撃を受けて、なんともないなんてことはないはずなんだが……?」

 訝しむカグヤに対し、ライバル意識があるレイチェルが素早く思考を駆け巡らせるが、答えが出せず、ちょっと悔しそうな表情をする。

 そんな二人に対し、多少得意げになりながら、カルラが解説して見せる。

「ジークさんの三つ目のスキルは、デメリットを強制する物らしいですよ」

「「あ……っ」」

 カグヤとレイチェルが同時に声を上げた。

「『ペナルティ・スキル』……っ!」「『リソース・ブースト』ってやつか……っ!?」

「「「なにそれ……?」」」

 レイチェルとカグヤが別々の単語を出して納得したのを見て、逆に疑問が増えた菫、悠里、環奈が質問を投げかける。これにはまず、レイチェルが説明を始める。

「『ペナルティ・スキル』って言うのは、普通なら能力を向上させたり、攻撃方法を増やしたり、メリットを得るために使用される『技を固定する空白(スキル・スロット)』に、デメリットしか与えないスキルを習得させるものの事で……」

 そこで言葉を一度切り、続きをカグヤが引き継ぐ。

「そうやって自分にとって不利な条件を付ける代わり、既に覚えている能力を設定以上に上乗せして強化できるようになる。この方法を『リソース・ブースト』って言うんだよ」

 通常、イマジネーターが与えられているスキルの強さは数値的に10とすると、それを三つに割り振ることで、スキルの強さを決定している。スキルはそれぞれ3以上の数値を与えられて初めて設定通りの力、つまりは最低限の力を発揮できるものとされる。全ての能力を十全以上に発揮するには、そこにさらなる余剰数値を入れたいところだが、この計算だと、上乗せ出来る数値は1しか余っていない。これでは数値を追加しても目立った強化はできない。

 そこで使われるのが『ペナルティ・スキル』だ。これはスキルにマイナスの数値を割り振ることができる。例えば二つのスキルにそれぞれ3を消費して、6の数値を消費したとしよう。残りの数値(リソース)は3となる。そこに、ペナルティ・スキルによってマイナス3が加わる。数値は常に一定であるため、計算上、マイナスになった分のプラスの数値が浮いてくる。つまり、残ったリソース3にプラス3を追加し、6ポイントを余らせ、他の能力に更なる追加ができると言うことだ。

 

〇通常               〇リソース・ブースト

リソース(10)           リソース(10)

   ↓                 ↓

スキル1(4)           スキル1(4)

スキル2(3)           スキル2(3)

スキル3(3)           スキル3(-3) → リソース(3+3=6)

                                 ↓

                             スキル1(4+6=10)

 

 これにより、克服しようもない弱点を背負う代わり、圧倒的な長所を手に入れることができる。こういったスキルのバランス調整行う裏技的方法(メソッド)を、『リソース・ブースト』と呼ばれている。

「頑丈なわけだ……。単純計算で倍以上の効果を発揮する『リソース・ブースト』を相手に、純粋な火力で攻めたところで突破するのは難しすぎる。防御力と言う面において、ジークはまさに最強だろうよ」

 呆れ半分に語るカグヤに、カルラは自分のクラスの代表が褒められた事が嬉しいのか、思わず笑みを作ってしまう。

 それでも……っと、カグヤは気持ちを改める。

「それでも、最後に勝つのは弥生だ」

 再びジークに剣激を叩き込み、やはり無傷で終わる弥生を見つめ、カグヤは改めて断言する。

 

 

 アクアブルーに輝く刀身で四連撃の剣技を決めて見せた弥生は、地面を滑りながらジークと距離をとる。見事に斬られたはずのジークはやはり無傷で、ゆっくりとした動作で魔剣を構える。

「さらに速度が上がるか。今のは完全に出し抜かれたぞ。……だが、それだけだ。どんなに速度を上げようと、その程度の攻撃力では俺には傷一つ付けられない。他に手がないのなら、これ以上は無駄なあがきだが……?」

 打って変わって、笑みを消したジークは、この流れを危ぶんでいる様子だ。自身の敗北に対してではない。どんなに攻撃を受けてもダメージを負わない自分と、速度が上昇し、まったく攻撃を受けなくなった弥生。この状況が勝負のつかない千日手状態になってきている事に、審判から引き分け扱いされるのではないかと言う危機感から、危ぶんでいる。

 故に彼は自分の有利性を宣言し、弥生に降伏を進めている。もちろん、彼女に他の手があると言うのなら続行するのは大歓迎だ。ジークにとって拒絶したいのは、決着がつかないから審判判断で引き分けにされることなのだ。

 長髪の意味も込められたジークの発言に、果たして弥生は剣を下げると、(おもむろ)に破顔した。

「ダメだ」

 第一声に、ジークはぽかんとしてしまった。弥生の人となりに詳しいわけではないが、それでも彼女の口から諦めととれる言葉が出てきたことが意外だった。それに構わず弥生は、本当に諦めたように肩を竦めた。

「今までで最高の力を引っ張り出して、第四章の国落としまで行ったのに全然傷一つ付けられないんだもん。悔しいけど解っちゃった。どんなに頑張っても『ベルセルク』では、ジークの『不死身の肉体』は破れないって……」

 完全な諦めの言葉。そして苦笑い気味の表情には、悔しさが滲んでもいる。

 ジークは悟る。どうやら弥生は本当に諦めてしまったらしい。諦めた上で、いや、諦めることしかできなかったことに、本気で悔しい思いをしているのだと。

(君でも俺を傷つけられなかったか……)

 弥生の抱く感情と、同じ物であろう哀愁を抱くジーク。続く降伏であろう言葉を予感して、彼は目を伏せる。

 

「だから、僕も“黄金の剣”を使わせてもらうね?」

 

 真剣味の帯びた声に、ジークは伏せていた視線を上げる。

 弥生が右の剣を後ろに下げ、隙手(すきて)になっていた左手を掲げる。

 観客席でカグヤがほくそ笑む。

 弥生は『ベルセルク』ではない能力に意識を切り替え、言霊(ことば)を紡ぐ。

 

「≪我は言霊(ことだま)の技をもって世に義を表す!≫」

 

 弥生が聖句を唱えた瞬間、周囲に黄金の輝きが満ちる。弥生の足元には黄金の光を纏った古代の絵画のようなものが出現する。剣を持って戦う戦士の絵が刻まれた石碑のような光から、黄金に輝く大振りの剣が現れ、弥生の手に収まる。

「≪これらの呪言は、雄弁にして強力なり! 強力にして勝利を齎し、強力にして神魔討滅の神刀と成さん!≫」

 聖句を紡ぎ終えた弥生は右の剣を後ろに下げたまま、左の剣一本を構える。それはまるで、それ一本で戦うかのような構えだ。

 ジークは困惑する。ここで出してきた黄金に輝く剣。明らかに弥生の切り札であろうそれに、しかし、ジークは何の脅威も感じていなかった。むしろ彼は悟っていた。あれは確かに強力な剣だが、注意するほどの脅威ではないと。だが、同時に心の奥の奥、本能とも言える領域で、微かな危機感も感じている。あれは危険だと、そう告げる本能が微かに感じる。それは動物的本能でも、生存本能でもない。人としての本能でもない。自分が有する能力、その深淵にある権能が、神格が、危機感を感じているのだ。

 ジークの困惑に答えが出るのを待たず、弥生はさらに言葉を紡ぎ始める。

「あなたが有しているその能力(チカラ)、『ドラゴンボディ』は、ドイツで語られる“ニーベルンゲンの歌”の英雄、ジークフリートが元となっているものだ」

 不思議と空気に響くその声は、荘厳な音となって世界に木霊する。

「幾多の冒険を重ね、龍殺しの剣、姿を消す外套を手に入れ、邪竜を屠り、ついには不死身となった中世叙事詩(じょじし)の大英雄。それがジークフリート。不滅の肉体と、竜殺しの剣を持つ者」

 言葉が紡がれるにつれ、周囲に満ちた黄金の輝きが集まり、空中に新たな黄金の剣が生成される。それは弥生の言霊(ことば)によって編まれるが如く、いくつもいくつも編まれていく。

 刃が宙をひとりでに飛び、ジークに向かって切っ先を向ける。慌てることなく、ジークはグラムを振るい、難なく迎撃。剣は易々と砕け、黄金の粒子となって散っていった。

(黄金の剣と言う割には、一本一本は大した力を有してはいないのか? 見た目から勝手にエクスカリバー並みの力があるかもしれないと予想していたのだが……?)

 疑問に思いつつ、微かな本能が告げる危機感は逆に肥大していくのを感じる。弥生自身に意識を集中してみれば、その危機感は更に大きくなっていくのを感じた。

(なんだ……? これはなんだ……?)

 正体不明の不安が、ジークの中で(わだかま)っていく。

「だが、アイスランドの民は、もう一人同じ英雄を知っている。その名は“シグルズ”。北欧の神話において、邪竜を撃ち滅ぼし、古ノルド語で≪怒り≫を意味し、嘗ては北欧の“支配を与える木”にオーディンの手によって刺された剣。それを父、シグムンドより与えられ、邪竜を滅ぼし、神の規律を破り、永遠の眠りについた戦乙女、ヴァルキリーを目覚めさせた『恐れを知らない者』。それが“シグルズ”」

「む……っ!?」

 弥生の言葉が紡がれ更に多くの黄金の剣が編み出される。その数は弥生の言霊に合わせ、既に空を覆いつくさんばかりの数に膨れ上がっている。その剣達が次から次へとジークに向けて襲い掛かってくる。菫の剣群など比ではない。数と言う意味においては、圧倒的な剣の軍勢。それを迎撃していたジークは、次第に剣の切れ味が鈍り始めていることに気づき、この黄金の剣の権能がいかなるものであるかを悟る。

 だが、今ジークが唸り声を漏らしたのは、弥生の放つ言葉の内容そのものだ。それは、ジークが自分の能力を設定する時に思考した、神話の内容。しかし、ジークが知りえる限りでは、微妙に違う、複数の神話。

「あなたが振るう剣の名は≪グラム≫! それは嘗て、シグルズの父神、シグムントがオーディンの持つグングニルの一撃によって砕かれた剣であり、その砕かれた破片を集め、打ち直した剣こそが、ドイツの英雄、ジークフリートが持つ聖剣≪バルムンク≫! ジークフリートが携えていたのは、二振り目の剣だった!」

 弥生の言霊(ことば)が剣の由来に触れた瞬間、黄金の剣達は、ジークの持つ魔剣グラムに対し、強い耐性を持ち始め、グラムの切れ味を物凄い勢いで劣化させていく。それは明らかに剣が持つ神格が切り裂かれているのだと解った。

「いかんッ!?」

 ジークは剣の迎撃をやめ、飛び退く。体勢を立て直し、剣を構え直すと神格を籠める。

「神格開放!」

 刃が中心から左右に割れ、斬り込みが入る。その切込みは切っ先で斜めに二本、左右に分かれ、Yの字型の切込みを作る。その切込みに緑色のイマジン粒子が流れ込み、それが神格へと変換されていく。魔剣グラムの特性。剣の神格を発揮するためのギミックである。

 神格を発揮した剣は、黄金の剣を次から次へと切り裂き、迎撃を容易にした。数が増えたのは厄介であったが、神格を補充できる体制をとった以上、そう易々と抜かれる心配はないだろう。

「それにしても不快だ! いったい何を語っているっ!?」

 弥生の言葉が、自分の宿す神格に嫌厭(けんねん)されていることを悟り、ジークが代弁するように叫ぶ。

 それに応えたのか、それとも無視しているのか、弥生は次の言葉を紡ぎ、黄金の剣を編み上げる。

「そしてシグルズもまた、ジークフリートと名を変えている。妻に娶ったヴァルキリー、ブリュンヒルデは、神に定められた運命に逆らったことで、夫であるシグルズと別れる事となる。そしてシグルズは、魔法の薬を飲まされ、記憶を失い、義理の兄であるグンテルのために、一人の美しき女性を妻として差し出した。自らの姿を魔法により義兄(あに)に化けて、二人の仲を取り持ってしまった! それが嘗て、己の妻であったことも忘れてっ!!」

 弥生の言霊に応え、黄金の剣が世界を埋め尽くす。地に空に、幾多と広がる(権能)が、ついに世界を侵食し、黄金の世界へと塗り替えた。見渡す限りの荒野なのは同じだが、その全てが黄金の剣のためだけに存在する世界。ここに来て明白である。これは黄金の剣にして、言霊によって編まれた、権能破りの剣、『言霊の剣』なのだと言うことが。

 権能を切り裂く権能。それに気づいた時にはもう遅い。ジークはここに来てやっと自分自身でも感じ取れる危機感を得る。この剣に斬られてはいけない。この剣には殺傷能力など微塵もない。これらの剣は、現実の剣と同じく消耗品だ。数を揃えて立ち向かうからこそ意味のある剣だ。この剣の黄金は言霊だ。神格と言う炉に、神格の由来を言霊として()べる。そうして()溶かした剣が神格破りの剣『言霊の剣』と言う事なのだろう。

 これの弱点は容易に判断できる。消耗品であるが故に、全ての剣は使い捨てであると言う事。言霊が原料である以上、紡げる由来と言う数に限りがあると言う事。一本、一本の対処はさして難しくないと言うことだ。

 だが、これは今のジークには何の意味もなさない。ジークは既にBクラス主席の恩恵として、新たなスキルを獲得しているが、現状、このスキルを使う意味は全く存在しない。故に使えない。それと同じように、弱点が解っていても、そこに付け込める手段がなければ、弱点とはならない。

「ならば……っ! その不快な言霊諸共、切り裂くまでだっ!!」

 ジークは全ての権能を打ち砕かれる前に、弥生を倒すことを決める。

 『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』の恩恵をで強化された身体能力を活かし、突貫を開始する。剣に神格を補充しながら迎撃し、物凄い勢いで剣の切れ味を落とされる中、弥生へと肉薄する。

 それに対し弥生は、ジークを睨みつけるように見据え、最後の言霊を紡ぐ。

「あなたは≪恐れを知らぬ者(シグルズ)≫ではないっ! それは嘗て、ヴリュンヒルデを愛し、短くも幸福な営みを紡いだ英雄の名! 嘗て愛した妻を裏切り! ≪勇気無き者(グンナル)≫と呼ばれた義兄に差し出してしまった、ドイツの英雄! ジークフリートだ!」

 黄金の剣が集う。世界に満ちた剣が、弥生の持つ剣に収束され、弥生の言霊に合わせ、その形を変えていく。その剣は大剣。形状はジークの持つグラムに酷似するが別の物。不思議とそれは誰の目にも理解できてしまった。その象った形状こそが、支配を与えし木に刺さった剣の二振り目、聖剣バルムンクなのだと。

「あなたの『鋼の権能』は、嘗て愛したヴリュンヒルデを眠りから覚ますため、炎の檻を超えた時に、龍の血が焼かれ、固まったもの! そして嘗ての妻を裏切った呪いこそが、菩提樹(ぼだいじゅ)の葉! この剣は今は……っ! あなたの菩提樹の葉だっ!!」

 言霊の全てを出し尽くした弥生が踏み切る。

 いくつかの剣に身体を切り付けられ、『不死身の肉体』が弱まっていることに気づきながら、弥生に向けて全力の一刀を振るいぬくジーク。

 両者の剣が交わるかに見えた刹那―――弥生の体が宙に浮いて回転する。ジークが振り下ろす剣を避ける様に、まるで回転するミサイルにでもなったかのように空中で体を捻る。

 左の(バルムンク)が、隙間を縫うようにしてジークの腹部へと迫る。

(構う物かっ!!)

 ジークは己が権能を破られることを覚悟し、振り下ろした剣の二撃目に全ての意識を集中した。

 黄金の剣が、ジークの右わき腹から左肩に目掛け、逆袈裟懸けに斬り上げられる。地面に背中を向けるような体勢になった弥生は、己の剣が、確かにジークの『不死身の肉体』を、『鋼の権能』を打ち破ったことを確認した。

「だあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっっ!!!!!!!!」

 裂帛の気合。

 振り下ろされたグラムが、ジークの渾身の力全てを呑み込み、斬り上げられる。ご丁寧にしっかりと体勢を整えられ、地面にしっかりと足の着いた、重く鋭い一撃が跳ね上がる。

「―――――――――――――っっっっ!!!!!」

 歯を食いしばり、音無き咆哮を上げ、弥生も精一杯体を捻る。体の内に眠るもう一つのスキルを発動させる。

 弥生の派生能力。勝者の神『ウルスラグナ』その第十の化身『戦士』が“言霊の剣”。そしてもう一つ。『ウルスラグナ』第一の化身『強風』を発動する。“アワタール”と言う十の姿に変身する権能があったと云われ、その第一の化身『強風』は、己が名を呼ぶことで、窮地の民を風となって救いに来ると言う物だったらしい。そのため、発動の瞬間は微風であり、それが徐々に強風へと変わり、最後には颶風(ぐふう)となり風と共に現れる。

 弥生のそれは、風を纏い速く動けるようになるだけのものに抑えられている。『ベルセルク』同様、時間経過で纏う風が強くなる特性があるのだが、本人があまり重要視していないため、使われたことは一度もない。今回はそれが使われた。

 微風が吹く。体の捻りを助け、落下速度を緩和し、斬り上げてくるジークの大剣、その僅かな隙間に身体を滑り込ませる。まるで空中の木の葉を切ろうとして、木の葉が風にとってひらりと躱す様に、紙一重で避けた弥生は、回転の勢いを殺すことなく、右の剣を振るい抜く。

 黄金の剣が斬った軌跡を辿る様に、クリムゾンレットに輝く刀身が、ジークの体を切り裂いた!

 

 ギャンッ!!

 

 地面にしゃがみ込むような体勢で着地すると同時に、剣が振り切られる。剣が放った音は、明らかに空を切ったものではない、鋭い音が鳴る。

 

 ズバアアァァァァーーーーッッ!!!

 

 一拍の間を経て、ジークの体が切り裂かれた。

 返り血を嫌ったのか、反撃を恐れたのか、本能的に飛び退く弥生。

 放心した表情で後ずさるジーク。

 観客が、司会が、呆気にとられ、一瞬の静寂を作る。

 次第に状況は理解され、身震いが奔る。ワァッ! と、会場が一斉に湧いた。

 思わず悠里が席を立ってガッツポーズ。

 カルラがありえない物を目の当たりにしたように口を開けて驚愕を露わにする。

 カグヤは冷静に、しかし額からわずかに汗を流しながら、こんな奴と菫が戦うことになるのかと、苦い思いを抱く。

 菫は目を丸くしていた。だが、その眼は驚愕ばかりでなく、しっかりとその姿を見逃さず捉えたと、挑発的な物も物語っていた。

 詠子はさすがに「おお……?」っと、訳の分からない言葉を漏らしてしまっていたが、サルナの「へぇ……」シオンの「ほぅ……?」プリメーラの「はぁ……?」などの感嘆の声に紛れ、事なきを得た。表情だけはかなり崩れてしまっていたが、そこは一番前にいたので見られずに済んでいた。

 湧き上がる会場、司会も興奮気味に弥生の奮闘を称え、最強と思われたジークの権能を打ち砕いたことを語りまくっていた。

 ジークは……、しばし放心した様子で自分の傷を撫で、手に付いた血を眺める。

 この肉体になってから、見ることの敵わなかった己の血を―――。

 次第に、感情が昂る。

 全身に満ちていた権能が、『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』が完全に失われていることを悟る。元々、この能力は一度破られると、しばらくは使用不可能になる物なのだが、それに相まって、弥生の『戦士の権能』が、神格破りだっただけに、能力ごと完全に断たれてしまったようだ。これでは数日間は力が戻ってこないかもしれない。

 理解する。自分は間違いなく切り伏せられた。

 自分は斬られた。

 自分の権能が敗れた。

 そう、己が長年忌避していた不死身性を打ち破る女性に、ついに巡り会ったのだ!

「ふふ……っ! はは……ッ! ははははははははははははははははははははっ!!!!」

 込み上げる笑いは、明らかなる歓喜。

 長い年月、待ち侘びた光景への圧倒的歓喜!

「やっと、やっと会えたぞ! おおっ、我が愛しのブリュンヒルデ!!」

 そう、彼はこの時のために、この瞬間を迎えるために、この学園にやって来た。まさかそれが一か月足らずで叶うことになるとは思いもしなかったが、こんな幸福に笑い声を上げずにいられるだろうか?

 決勝トーナメントの会場で、敗北の一手を打たれたというのに、ジーク東郷は、この会場にいる誰よりも喜びに満ちていた。

「弥生ちゃん! おれは君に求婚するっっ!!」

「………?」

 突然の告白。湧いていた会場がまたしても一瞬静まり返る。一拍の静寂を破ったのは、悠里の絶叫であった。

「ふ、ふざけんじゃねええぇぇぇ~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっ!!!??」

 会場が一気にどよめく中、告白された当の本人は、無表情でジークを見つめていた。ベルセルクのギアがかなり上がっているため、平時なら赤面して大慌てになるところを、「とりあえず今は隅に置いておこう」っと言う謎の達観で受け流していた。

「この試合が終わってからなら相手するよ?」

 っと言うドライな反応が今の弥生ができる最大の反応だ。内心、慌てていないわけではないのだが、どこか冷静な自分が、他人事のように受け止め、「後にしろ」っと、戦闘行為の続行を優先して急かしていた。

「ならばこうしよう? この試合、俺が勝ったらそのまま婚姻してくれ。負けた場合は友達から始めようじゃないか?」

「そう言うの、約束しなきゃダメ?」

 平時なら「いやいや! ちょっと待って!? そんな大事な事、勝負ごとで決めるのとかなしだからーーっ!?」っと言うところが、ベルセルクのギアで、こう言う発言へと変わった。

「約束してくれれば、俺の本当の全力を披露しよう」

「うん、じゃあいいよ。受ける」

 平時なら「そういう問題じゃないよねっ!? お、お、お、お嫁さんになることと趣味をまぜこぜにしちゃダメェ~~~~っっ!!」っと叫んでいたところだが、ベルセルクのギアで、こうなってしまった。

 観客席で「おいっ! 良いのかよっ!?(笑」っとなっているカグヤと「俺が先約~~~~っっ!?」っとムンクの叫び状態になっている悠里がいたりしたが、戦場の二人には届かない。

 ジークは笑みを強くして言う。

「約束したぞ」

 ジークは、己に残された最後の力、派生能力『魔剣グラム』その物たる、大剣を中段に構えた。

 そして一言、彼は、一年生ではありえない一言を、口にした―――。

 

「神格―――完全開放―――」

 

 剣が、割れる。刀身の中心から入っていた切れ目が、更に蛇腹状にいくつも生み出され、中心の切り目に沿って流れるイマジンが、刀身の刃全体へと広がる。

 大剣が、生まれた。

 流れ込んだイマジン粒子が神格へと変換され、神格その物が刀身全てを包み込み、神格の刃を生み出した。もはやこれは神格その物で作り出した一振りの剣であった。

 そこに込められた神格が、意図してもいないのに、威圧として伝わり、弥生の全身に冷や汗が噴き出る。

 

 

「―――そんな馬鹿なっ!?」

 威圧は観客席にまで伝わり、それが本物だと悟ったカグヤが思わず席を立った。勢いで菫が跳ね除けられ、前の席で座っていたらしい、Dクラスの佐々木(ささき)勇人(はやと)に縺れ合う様に巻き込んで転がってしまい、その拍子に、勇人が菫の胸を掴んでしまうというラッキースケベ的な展開が繰り広げられていたが、そんなことを気にする余裕はない。カグヤの表情は緊迫したものとなり、ありえない物に遭遇したことへの信じられない思いでいっぱいに強張っていた。

 菫が勇人に見事なアッパー(蹴りだった)で顎を撃ち抜いてから、非難めいた視線でカグヤへと尋ねる。

「どうした、の……?」

 咄嗟にカグヤは答えられない。声はちゃんと聞こえていたが、驚愕し過ぎた精神が、喉を緊張させてうまく言葉が紡げなかった。

 代わりに言葉を漏らしたのはレイチェルだったが、カグヤ同様に強張った表情で、説明する余裕はない様子だった。

「神格の……完全(、、)開放? そ、んなこと……、できるわけないでしょっ!? 私だって、悪魔の姿を―――神正(しんしょう)を作り出すので精一杯なのよ……っ!?」

「な、なんだよ……っ!? いったい何がどうなってんだよっ!? 誰か説明っ!?」

 菫同様、訳が分からない悠里が自分でもみっともないと思うほどに取り乱して尋ねるが、それも仕方がない。先程まで結構ドライな反応で戦況を語っていた面々が、ありえないほど取り乱して驚愕しているのだ。その原因が解らない所為で、こちらまで混乱してしまう。

 これについて説明したのは、半ば放心状態の環奈であった。

「本来、神格持ちが使用する『神格』と言うのは、実際に神が使っている権能ではなく、それをモチーフにした、“人間が扱える程度に抑えられた物”なんです。そうでないと、強すぎる神格に自身が呑まれ、消滅してしまいますから……」

 弥生のベルセルクの獣の権能が良い例だ。本来神格と言うは神が振るうことが前提の力。とてもではないが、人間が扱えるはずのない代物。それを無理に発動しようとすれば、神格その物に呑み込まれ、自分と言う存在は消滅してしまう。実際弥生は、危うく呑まれ掛け、自身の体に一時的に獣の耳が生えるなどと言うことが起きた。あれが過ぎれば、弥生は完全な獣へと姿を変え、嘗て人であったことなど“無かったことになり”、ベルセルクの獣として暴走していただろう。

 それほどに神格とは、本来イマジンを持っていても、触れることが危険な力なのだ。

 それを、ジークはやってのけている。完全神格を、神が振るうことが前提とされる力を、彼は開放しているのだ。

 

 

 ジークが剣を掲げる。

「一撃目は躱せよ? 最初で最後のサービスだ」

 際限なく高まっていく神格の剣を、ジークは徐に掲げ―――弥生は跳んだ! 『直感再現』がそうしろと全力で挙げた警告に従い、己の内に宿す獣の権能が悲鳴の如く「逃げろっ!」と叫んだ言葉に逆らうことなく、残っている黄金の剣を足場に、際限なく天に向かって突っ込み―――、

 

 剣が横薙ぎに振るわれた。

 

 世界が崩壊した。

 

 神格を切り裂く黄金の剣が一掃された。

 

 足場を失い、宙に投げ出される形となった弥生は、黄金の世界が一瞬で消滅される衝撃を感じ取り、元の青空が広がる荒野を呆然と見つめた。

 圧倒的な距離と、ジークフリートの由来で紡がれた言霊の剣の群れが、黄金の世界が、まるで幻であったかのように、一瞬で消滅した。

「『魔剣グラム』は『龍殺し』の剣。この能力は、(ドラゴン)の属性に圧倒的な力を示す。普通ならただのスキルだが、俺には龍の属性を持つ肉体があってね? つまりこれも俺にとっては『ペナルティ・スキル』なんだよ?」

 個人にとってデメリットを与えるスキル。それは全て『ペナルティ・スキル』として扱われる。ジークは『フェミニスト』と呼ばれる女性に対して本能のレベルで手加減してしまうという『ペナルティ・スキル』があった。それが『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』をありえない性能に強化した。そして『魔剣グラム』には『龍殺し』の特性が与えられていた。これは、自身が纏う『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』とは相性が悪い。結果的に、自身の権能を損なわせないように、このグラムの力は抑えられることになる。これも『ペナルティ・スキル』だ。

 それはつまり、『魔剣グラム』には、『竜の血を受けた肉体(ドラゴボディ)』で抑え込まれていた力があるという“事実(設定)”が作られるということだ。

 それが、この、ありえざる力、神格を完全に開放するという、馬鹿げた現象であった。

 

「さあ行くぞ、我が愛しのヴリュンヒルデ」

 ジークは愛情に満ちた言葉を、殺意と見紛うオーラと共に放つ。

 およそ一年生が有することのできる領域をはるかに超える力を前に、廿楽弥生は緊張の笑みを浮かべる。




≪あとがき≫

▼能力解説

●『ウルスラグナ』『戦士の権能』
神話や伝承、由来などを紐解き、それを言葉によって詳らかにすることで、黄金の剣を作り出し、権能を切り裂く。黄金の剣は、言霊によって数を増やし、切れ味を上げる。言霊を紡ぐことが、錬鉄の作業となる。黄金の剣が一定数増えると、剣が覆う空間そのものが神格の支配する固有結界となる。固有結界『黄金の世界』は、特別な効果はないが、黄金の剣が無数に存在する荒野へと強制的に変わるので、地形を壁にしたり、逃走を図ることができなくなる。
全ての剣が尽きたとしても、由来から培った知識が、相手の行動などからあらゆる行動先を読み取らせてくれる。ベルセルクとの汎用することで、知らないはずの知識まで読み取れる。
ちなみに、ジークフリートとシグルズの由来を読み取ったのは、弥生の『能力看破』の変色ステータスの効果である。
なお、弥生が語っていたジークフリートとシグルズの関係は諸説ある内容や元になって伝記等を弥生の都合のいい様に読み替えた物です。こうすることによって黄金の剣を効果的な武器にしているのです。
実際はどうかなのか知りたい人は、自分で調べてみてね?

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