俺の手持ちによる初バトルは、俺の負けで終わってしまった。
まあ俺の初バトルなのに俺が試合に一切干渉していないんだが。
あれだけイカれた性能のドレディアさんは、普通のバタフリーに討ち取られた。
無理なものは無理という事なのだろう。
いくらチート気味とはいえ、ドレディアさんはたった一人のドレディアだったのだ。
「っふー……」
「シン兄ちゃん、お疲れ様」
シン兄ちゃんは深い溜息をついていた。まあ、そりゃぁそうだろう。
「正直最後のあれは、さすがに負けを覚悟したよ……
攻撃が入る前にもう、やられたらやばいのが丸分かりな気迫だったからね」
「うん、俺もあそこまで無茶苦茶な動きするとは思ってなかった」
いくらドレディアさんが素早いと言っても
あれは一般的なポケモンの『素早い』って概念を越えてないか?
「しびれごなで麻痺もしていたはずなんだから……
従来の素早さから数字が半減しているはずなのに……さすがは突然変異、だね」
まさに瞬間加速装置と例えられる速度だった。
「それに、あの黒いオーラが出てからはプレッシャーがとんでもなかったからね。
絶対負けたくなかったから、こっちも必死だったよ」
「そう考えるとバタフリーは本当によく頑張ったんだなぁ」
「ああ、本当に……よくやってくれたよ。ありがとう、バタフリー」
「フリィ♪」
ぼろべろなのになんという健気な事か。
シン兄ちゃんが頭を撫でたら可愛い声を一鳴き。
っと、和んでないで俺もドレディアさんを運ばないと。
博士からドレディアさんのボールもらうの忘れたから、手でベッドまで運ばないとならない。
「じゃ、俺はドレディアさん運ぶよ」
「わかった、バタフリーもおいで」
シン兄ちゃんはバタフリーに赤い光線を当て、ボールに戻す。
「しっかし最後の攻撃、バタフリー良く耐え切ったもんだね。
防御方面に育ててた子なの?」
俺はドレディアさんをお姫様抱っこしながら聞いた。
あ、ちょ、重い。ドレディアさんマジ16㌔。
子供の腕力にはきついっす。ヌゴァー
「いや、この子はそこまで思案して育てはしなかったんだけどね。
実際勝負全体を考え直しても、運が重なり続けてようやく勝てたってだけさ」
あれ、そうなんだ。
俺が感じた限りだと、どこで運が重なったのか全然わからない。
「開幕のしびれごなだって完全に運だしね。
あれは掛かってくれないと勝負が成立しなかった可能性もあったと思う」
ああ、そう言われれば確かにそこは運だな。
やはり一度リーグを制覇した人だ、客観的な視点を持ち合わせているのだろう。
俺はうんうんとうなずいた。
「その後のしびれた影響での動きの遅延もだし
一歩間違えれば、こっちが負けていたのは間違いないと思うよ。
それに決定的だった要因が二つあるから、そこも重要だね」
「二つも……?」
一体どこの事だろう?
俺は前世でやったポケモンでも、パワーファイトでゲームクリアした一般ユーザーだから
攻略やら戦略やら、少しややこしくなると話がさっぱりなのだ。
「一つ目は、おそらくだけど最後のうまのりパンチがかくとうタイプだった事だと思う。
バタフリーはかくとうタイプの攻撃は、タイプ的にとにかく通らないようになってるんだ」
「あーだから耐え切ったのか、でも8発も攻撃してたしな。
かなりやばかったんだろうね」
「あぁ……。ずっと続くと思っちゃったから、そこだけは本気でやばかった。
指示が遅れてたら、って考えるとゾっとするよ……」
それにシン兄ちゃんの場合、客観的に見てた俺と違って
あの禍々しいオーラを背負った状態のドレディアさんだったわけだしな。
あれは本当に気圧される。敵として遭ってたらトレーナー戦でも逃げ出しそうだ。
「そして2つ目だ、これが彼女には致命的だった。彼女は──『ひとりだった』から」
なるほど、そこか。
確かに良く考えればそのとおりだ。
あそこで指示する人間、つまり俺が戦いに参加してたら
結果も色々と違ったものになっていたかもしれない。
一応の準備としてきずぐすりも1個あったし。
試合に参加してないって感じが強くて使うのを忘れていたが……
「どうやらその顔を見る限り、【if】の可能性でこそあるれけど
他の可能性についてはしっかり考えているみたいだね」
「うん、例えば俺がドレディアさんにいばるを指示したら
これも確率なんだろうけど……その時点で勝負が付いていた可能性もあったんだろうね」
「そのとおりさ。世の中──ひとりじゃ限界があるんだから」
そっか。まあ、そうだよな。
一人より二人のほうが、出来る事の幅は広がる。
「ともあれ肩の荷も少し下りたよ。
これでドレディアも傍若無人な振る舞いが少しは収まると思う」
「あれ、そんなところにまでこの敗北の効果って生きるんだ」
「ああ、彼女はいつもひとりだったんだろう。
今までもそれで生きてきた、生きてこれたんだと思う。
だからこそタツヤの指示なんていらないと思ったんじゃないか?」
「なるほどねぇ……」
ひとり……か。
俺も似たようなもんだから少しわかる……かな。
転生だか憑依なんて綺麗な言葉、うらやましい言葉と聞こえるかもだが……
実際はそんな事は無い。これは断言させてもらおう。
産まれ落ちた世界とは常識自体が違う世界。
そこの世界の常識は持ち込めず、なおかつ年齢通りの子供のように振る舞わなければ
すぐさまに気味悪がられ、世間と周りから放逐される。最悪、ゴミのように駆除される。
以前の生活での『当たり前』が『異質』になり
今まで培った『知識』が『迫害の原因』になる。
戻りたくても戻れないむなしさ。
同類も居ない絶望。
探す事すら出来ない鬱憤。
今考えると、良く気が狂わなかったものだと思う。
「ドレディアは、その一人である事が完全にアイデンティティーになってたろ?
ああいう天狗状態は、一度その鼻っツラを根元からぶち折らないと
絶対に直らないもんだと僕は思ってる。
僕自身も経験してるからね……挫折は二度三度じゃきかないよ」
テッペン取った兄ちゃんですら、か。
あ……もしかしてあれかな? バトルフロンティアとか言うところか?
「意外だなぁ、俺から見たらシン兄ちゃん完璧超人なのに……
バトルフロンティアって施設にでも行ってたの?」
「いや、行ったけどあれは挫折には入らないと思う。
……一度目は、あれだよ。……母さん。」
「…………さいですか。
もう語らなくていいよ、細部がわからなくても大体理解した」
傷口を自分から広げてもらう事もなかろう。……ん、傷口?
「それじゃあ、ドレディアさんも同じような状態かもしれないって事か」
「うん、まあ僕は挫折から自分で立ち上がるのに
周りに人も沢山いたからすぐに立ち直れたけど……
彼女は人が居ないのが当たり前な環境だっただろうし。
ちゃんと相棒としてケアしてあげなきゃ、ね?」
そしてシン兄ちゃんは家に入るために俺と擦れ違う際に
ポン、と肩を叩いてくれた。
頼り甲斐のある兄ちゃんである。ありがとうございます。
◇
「ぬ、ぐぐ、ォォォォ」
きっつい、きっつかった。
お姫様抱っこ状態で階段上がるのは本当きつかった。
そこで目を覚まされたらぶん殴られかねないし。
既に腕が限界超えてます。筋トレちゃうねんで!
「ぐっ、ったぁー」
それでもなんとか、ちっぽけな男のプライドを使い切り
衝撃があまり来ないようにドレディアさんを自分のベッドに下ろす。
「ふー……」
とりあえずの任務は完了。
デコに出た汗をぬぐいつつ、俺も勉強机の椅子を引っ張り出して着席する。
そしてベッドに卸したドレディアさんを改めて見下ろしてみる。
「……こうやって寝てりゃ可愛いもんなんだけどなぁ」
新作のポケモンやってない俺でも彼女の存在は知っていた。
対になる形のエルフーンも凄い可愛かったしね、うん。
寝てる姿からは今日見たダーティーな動きをするドレディアさんは
欠片も想像する事が出来ないわけで──
「──ん?目、覚めたかい」
どうやらようやっと意識を取り戻したらしい。
ドレディアさんが、ゆっくりと目を開いていく。
「…………ディ?」
横に寝かされたベッドの上から、顔だけこちらに向け
【私はどうしたんだ?】といった感じにこちらを見てくる。
「体は大丈夫? 外傷こそ殆ど無いけど……」
「ディァ~……」
やはりかなりきつそうである。まあゲーム概念的にゃHP0なのは間違いないしなぁ。
それに、やはりしっかりと結果も伝えなければならんよな。
俺は、彼女のトレーナーになったのだから。
「ドレディアさん」
「……?」
「……君は、負けたよ」
「ッッ!?」
ドレディアさんは俺の言葉を聴いた瞬間に寝ている体をガバッと起こし
こちらに詰め寄ろうとして───バランスを崩し、ベッドからよろめく。
俺は即座に椅子から尻を浮かせ、ドレディアさんの体を捕まえて支えた。
「っとぉ。駄目だよドレディアさん。
完全に気絶するほど攻撃食らってるんだから」
「デ……ィ……」
認めたくないのに体が思うように動かないほどダメージがある。
だからこそそれが事実なのは、本人も理解しているのだろう。
「ほら、ゆっくりベッドに座って。今はゆっくり休まないと、ね」
「…………」
それでもこれに関しては現実から目を背けてもらうわけには行かない。
やはりトレーナーとして、相棒として言わなければいけないようだ。
「─────なんで、負けたと思う?」
「ッ……。」
「なんで、勝てなかったと思う?」
「ディ……ァ……」
ドレディアさんは、少し俯いてしまう。
俺に問われた事で多分、生を受けて初の敗北と
向き合わなければならなくなったのが辛いからだろうか?
なら、俺はこう伝えよう─────
「──別に、負けてもいいんだよ」
「──……ディ?」
そうさ、負けたって良いんだよ。
「負ける事は別に悪い事じゃない、
悔しいかも知れないけど、それ以上に伸びる可能性だってあるんだ。
一番駄目なのは負けた事を負けたままにする事だ」
「…………。」
ドレディアさんがここで負けた事を認めず、今日の勝負を無かった事にしたら
それはずっと勝負に負けたままと同意なのだ。
相棒として、ここで彼女を立ち止まらせる訳には行かない。
「確かにドレディアさんは強いんだろうさ。
シン兄ちゃんも肝を潰してたし、俺だって凄い驚いた。
けど、それでも負ける時は負けるんだ。
ドレディアさん、君はそれについて認めないといけない」
「ッ…………」
認めてもらえないと、俺と彼女はこれから先───ずっと、進む事が出来ないだろうから。
「負ける事は、嫌かい?」
「……ディ(コクン)」
「ドレディアさんは、強いよね」
「…………。」
「──ずっと、一人のまま戦いたいか?」
「ッ!!(フルフル)」
彼女は、ついに泣き出した。
瞳から涙がどんどん溢れてくる。
もしかしたらトラウマに触れているのかもしれない。
しかしこのまま済ませては、何も得る物が無い。
「いくら強くても一人じゃ、限界があるんだよ。
一人が悪い、とは俺も言えない……でもさ、
───このまま一人で居続けたら、君はいつまでも負け続けると思う」
「ァ……ア……ァァァ……」
ドレディアさんは、今日見た振る舞いからして
頑ななプライドを持っている事が容易に想像出来る。
そしてそれは、譲れない戦いを行ったシン兄ちゃんに完璧にへし折られたらしい。
俺の最後の一言を聞いて、彼女は顔を手で伏せ声も殺さず泣き続けている。
……やれやれ。こういうしみったれたのは苦手なんだが。
「一人じゃ、さ」
「…………ディ?」
ドレディアさんは顔に伏せていた手をどけて、その泣き顔を俺に向ける。
涙も、まだ止まらないらしい。
俺もドレディアさんを真正面から見据える。
「一人じゃさ、無理な事が沢山ある。
でも二人なら、無理な事も減ってくるんだ」
「─────」
「ドレディアさんは、負けたくないんだよね」
「─────ディ(コクン)」
「俺は、今日、君のトレーナーになったばっかりだ。
右も左もわからない初心者だけど……それでも、君のトレーナーだ。
きっと、君が負ける事を少しでも減らす事が出来ると思う。
ドレディアさん、君はもう───『ひとり』じゃない」
「───……ッッ。」
まだ日の光が涙に反射しているが、ドレディアさんは新たな涙は流れなくなったようだ。
なら、改めて伝えよう─────
「ドレディアさん、俺は、君の、相棒だからさ───
───『ふたり』で一緒に、歩いて行こうよ」
青臭いですかね?