空白が多いです。しかしこの回だけは行間を潰すわけには行かん。
それでも良い方はどうぞ。
「さーて……。絶体絶命のような気もするが……」
まぁ実はそんな事も無いが、とりあえず口に出す。
「気もするんじゃなくてそうなんだってのwww」
「こいつ本気でアホだなぁ、おもしれぇー」
「さーて、冥土の土産は準備したかぁ~?」
これは、例えるなら詰め将棋のようなものだ。
俺自身、確実に『痛い思いはする』だろう。だが……
この戦力を用いて、負ける事は有り得ない。
脳内で幾度かシュミレーションし、それは確信に至った。
「ドレディアさん」
「ディァ」
「よく聞け、最初に───
・
・
「……ッ!?
・
・
…………」
・
・
・
────これだけは守ってくれ。そうじゃなきゃ負ける可能性もある」
「……ディ、ァ」
「ひゃっーはっはぁ!! 今更命乞いの相談かよっ!?」
「やっべえコイツ本当痛いわぁwwww」
なにやら向こうは大爆笑しているが知ったことではない。
ドレディアさんも、しっかりと了承したのを確認した。
「───頼んだぞ」
「ッ!」
今必要なものは、冷静な、冷徹な先見の目だけだ。
下手をすれば潰される。これは確かにそうではある。
だが、下手をしないのならば、こんな屑共に負ける確率など存在すら許されない。
ドレディアさんも俺の案については訝しげであり
疑問もあったようだが、先程の目を見ればわかる。
彼女は必ず、忠実に守ってくれる。
「───おい、屑共」
『…………ぁあ゛ッ!?』
「殺さないようにだけはしてやるよ。
───楽しい宴会を邪魔した対価は、今から全て徴収するぞ」
「──おい」
「───ああ」
「────問題ねえな」
『ぶち殺してやらぁ、こんクソ餓鬼がァッッ!!!』
寝言は寝てからほざいてもらいたいもんだ。
相手の3匹のポケモンも、持ち主の怒りを感じ取ったのか
臨戦態勢へと入ったのがわかった。
さぁーて……、と。
森に捨てられた産業廃棄物は、しっかりとお片付けしなければ、ね?
「さぁ、ゴミ掃除開始だ……。
行くぞ────────ドレディアッ!」
「ッレ、ッディアァァァーーーーッッ!!」
開幕、ドレディアさんの特性である「いかく」が発動する。
クレイジー故に付き纏う空気の重さに、3匹全員は少し怯えたような素振りを見せた。
そしてこれを皮切りに、一見不利な戦闘は開幕する。
俺は黒い奴らの3匹が動き出す前にとある行動を取った。
ズボッ
『…………???』
黒軍団はポケモンを含めて、全員俺の行動に謎を抱いた。
俺の取った行動は───
自分の胸元の襟首に、左腕を突っ込む事。
そして、準備は完了した。
ドレディアさんは持ち前の俊敏な動きを生かし、高速で───
俺を─────ズバットへと
『なぁッッッ!!!???』
「ギュギャーッ!?」
そして俺は勢い良くズバットへ吸い込まれていき
かなりの衝撃を自分で受けつつ、ズバットと一緒に地面へ転がる。
シュッ
ッゴガァン!!!
「グゲァーーーーーッッ!?」
「はぁっ?!」
「ちょ……ッ!!」
ゴミ全員が俺に注目するその間に、ドレディアさんはターゲットを一撃で吹き飛ばした。
場に残るのは、ドガース・デルビル。そして俺と一緒に地面へ一旦墜落したズバット。
開幕に場に出た3匹は全て健在である。
そういうことである。
俺は真っ先に『将』を討ち取りに行かせたのだ。
これは前世、今世共通の事だと自負しているが、人間という生き物は野生をやめてから
大体の人間が「野生の勘」という第六感が鈍っている。
───つまりは、だ。
俺も含めてではあるが、「予想外の事態」というものに大抵の人間は『弱い』。
見なくても良いものに過剰に反応してしまう、完全に反応しきれない、このどちらかだ。
予想が付いているなら、待ち構えて対処も出来るだろう。
───だが、開幕から自分の主人をぶっ飛ばして
投擲武器にするなどという暴挙を一体誰が予想出来るだろうか?
加えて全員が全員『これはポケモンバトルだ』と思っていたはずである。
その間違った認識をした結果が、黒いヤツ一人の一撃退場。
少なくとも俺は『バトル』ではなく『生死を賭けた戦い』と始めから認識している。
この認識の重さの違いが、開幕の策略効果の有り無しを左右したのだ。
もちろんこれの結果に関しては俺もそこそこに擦り傷を負う事は免れない。
しかしこれは俺にとっては予想の範囲内。加えてダメージを少しでも軽減するため
ドレディアさんが襟首から襟掴み投げをすると見越して、自分の襟首が首を絞めない様に。
そしてその後の動きの阻害にならない様に、防護策を練った結果が先程の襟首への手挿入である。
そして改めて言うが『予想外』なのだ。今回の場合は過剰反応である。
理解出来ないが故に、『全員が俺とズバットを見てしまった』のだ。
───ドレディアさんを除いて。
これで、残りの勢力は5つ。
開幕は成功である。
「……テメェッ!! 生きて帰れると思うんじゃねぇぞォッ」
「うるせぇんだよ屑共が。
ゴチャゴチャ抜かしてる元気があるなら俺等に一撃でも加えてみろや、このタンカスが!」
「───上等だぁクソガキィッッ!!!!!!
ズバットッ!! そのクソガキから全部血ぃ吸い取っちまえッッ!!!」
さぁて、引っかかってくれたか。
俺は立ち上がり、横で再び羽ばたき始めて浮いたズバットを見据える。
「ギィギャァァーーーーーッッ!!」
「─────ッディ……!!」
そのズバットの行動にドレディアさんは
俺を完全に放置し……ドガースを倒しに、飛び出した。
『はぁーッ!?!?』
そして、またしてもこの屑共は引っかかってくれる。
思わず笑いがこみ上げてきたが、必死に我慢する。
何故なら俺の目の前にはズバットが勢い良く口を開けて、俺から血を吸おうと迫っているからだ。
簡単な話である。
人間心理として、『普通なら』自己保身に走るモノだろう。
残った屑共は、ドレディアさんが俺を守りに走ると『予想』していた。
そして俺はそこの点を戦いが開幕する前から『読み切った』。
俺はそれを考え抜いた上で、最初にドレディアさんに
「俺に一切加勢せず、見捨てろ」と言っておいたのだ。
ネットゲームというのはご存知だろうか?
インターネットを介し、日本中、果ては世界中まで人間と繋がる事が出来るゲームである。
そしてその中には、対人戦、ギルドvs等の『戦い』も存在する。
俺はこのうちの対人戦に特化して、頑張っていた時期があるのだ。
最初はただ対戦出来る事が楽しかった。次には勝ちたいと願った。
そして最後には───勝つ事しか考えなくなった。
その結果失ったものは計り知れない。
時間は私生活を全て注ぎ込み、出歩かなくなり、友は去り。
ストレスで叫ぶ奇人の状態に陥った事すらあった。
しかし某漫画の如く「等価交換」は存在する。
戦いというくだらないモノに賭けた対価は、確かに得た。
それが『人心掌握』という名の先見予測である。
上下左右。
右以外が塞がれていたら、罠と気付かぬ奴は必ず右に逃げる。
戦闘の終盤。
追い詰められたら、せめて一矢報いようとがむしゃらになる。
戦闘の結末。
負けそうになれば、どうしてもあわてて普段の動きが出来なくなる。
つまりは、人の『当然』を用いて先を予測。
その予測を上回る行動を起こすために発想が追い付く「妄想」である。
だが「妄想」とは、情報が間違っていないのであれば───
完全予測に成り得る。
「ギギィ!?」
ズシュッ!!
「グッ、ぬッ……!」
「なっ……───」
「何を───!?」
俺は。
ズバットに。
自分の右手を、差し出した。
噛み付かれたその瞬間から、物凄い痛みが腕の中を駆け巡る。
噛み付いた直後から吸われ始めたのか、若干腕自体にも違和感が出た。
それはそうである。なんせこのズバットは見た限りでも70~90cmはある。
現実に居た蝙蝠とは訳が違う。巨大であるが故に牙もでかい。
それが、刺さっているのだから───痛くない訳が無い……!
「ッぐ……ガ───
─────ァァァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ーーーーーーッッッ!!!」
ゴッシャァッッ!!
「ギィァーーッ!!??」
「───バッ、馬鹿なっ……!!」
「なん、なんだ、ッあのガキっ……。狂ってる……!」
だが、その痛みですら『予測済み』なのだ。どんな痛みかは知らなかった。
俺の居た勝負の世界は、あくまでもネットゲームでしかないデジタルな世界なのだから。
しかしそれでも、この痛みを超える痛みを頭で予測していれば
───我慢出来ない事もない。
その痛みを堪えつつ、俺は渾身の力で─────
自分の右腕ごと、ズバットを近くに在った木に叩き付けた。
この小さい体で可能な限りの力を全て叩き付けた。
腕力、背筋力、そして─────遠心力。
今更過ぎるが俺の体は子供でも、頭の中身は30代のおっさんなのだ。
あらゆる『力』は、どう作用させれば最大威力を発揮するか位、認知している。
つまりはこんな小さな体でも戦力に成り得るのだ。
いくら子供でも……───
脚のつま先に全力を込めたトーキックを脛に喰らえば、大人でも痛いだろう。
完全な空手の正拳突きを股間に食らえば、大人でも悶絶するだろう。
倒れた所に全力で首を踏み抜かれれば、大人であろうと喉は潰れるだろう。
そしてあまりの予想外な威力に、俺に噛み付いたズバットは完全に崩れ落ちた。
「あ、有り得ねぇ……、なんなんだよコイツ……」
「ガキが……ただのガキが育成されたポケモンを倒すなんて聞いた事もねえ……」
ここも予想していた。やはりな、と流石にニヤついてしまう。
今のところはほぼ予想外もなく、全て思惑通りだ。
単純な話である。
こいつらの中ではこの場の勝負は『3対1』だったのだ。
俺の中ではこの場の勝負は最初から『6対2』だった。
使える手駒が1個か2個かで、取れる方策は全く変わってくる。
一人であれば全周囲が敵だが、2人なら背後をお互いに取れば
敵は正面左右からしか襲ってこないだろう。
2人なら一人が捨て身で突撃して相手を削り
もう一人が相手の将を奇襲で倒す事も可能だろう。
『6対2』と『4対2』
どちらが対処しやすいかなど、言うまでも無い。
俺の事をただのクソガキとナメたツケが、今見事に屑共に回ってきたわけだ。
そして、状況は……──
『【3】対2』になった。
ゴガンッ!!
「……ース」
「……ディア」
「……ッ!? しまっ──!!」
「あ……あ……」
あまりの事に呆然とする屑共。
俺がズバットに対して大立ち回りをしている間に
ドレディアさんがドガースに向かったのを見ていたのに
すっかり指示を忘れてしまい、結果ドレディアさんはうまのりパンチで全殺し。
確か毒は格闘タイプの技が通りにくかったというイメージがある。
しかし───トレーナーから指示が来ないポケモンなんぞ、ただの木偶だ。
通りにくかろうがなんだろうが関係ない。ずっと攻撃が続けばそのまま倒れる。
まるで阿修羅のようにドレディアさんはユラァリと立ち上がる。
今の彼女を言い表すなら、まさに鬼神。
出された全部が全部、彼女の苦手タイプが混ざっていたはずである。
しかしそれを全く苦にせず、イカれた相棒はキッチリとカタを付けてくれる。
まだ戦ってないデルビルは炎属性。
俺が倒したズバットは、飛行属性、ついでに毒。
そして今ドレディアさんが倒したドガースも、これまた毒。
さすがにゲームルールを完全に逸脱してしまっている感じがある
『トレーナーがポケモンを倒す』という暴挙こそ混ざってはいるが
実際のところ並のポケモンでは全部の属性が合ってでもいない限り
ここまでの戦果はまず、無理だと判断している。
それもこれも、ドレディアさんが全てにおいて規格外だから生み出された結果だ。
俺に噛み付いたズバットだって開幕のいかくの効果で若干の攻撃力低下はあったはず。
しかしそれを置いてもドレディアさんはとにかく素早い。
素早い上に破壊力がとんでもない、完全なアタッカー。
ドレディアさんは将棋で言うなら『飛車+角行+桂馬』である。
こんな反則的な手駒があった上で、三下に負ける等……王将が3個居ても有り得ない。
「おいで、ドレディアさん、次の策だ」
「───ディッ!!」
まるで残像を残すかの様なスピードで、俺の傍らへとスタンバイした。
そして俺はドレディアさんを屑共の視線から庇う様な立ち位置へ動く。
「ディァ……」
「ん……あぁ、腕は大丈夫だよ。気にしなくていい。
終わってから包帯代わりに布でも巻けばどうにでもなるさ」
心配そうに俺の右腕に手を置いてくれるドレディアさん。
ごめんね、さっきから無茶な事ばっかりする主で───
「てっ……てめぇらぁ……!! 恥ずかしくねえのかよっ!!」
「そうだそうだぁっ!!」
…………? 何が、だろうか。
俺は特に自分を恥じるような事はしていないはずだが……。
「さ……さっきからよぉッ!! 正々堂々と戦う様な事もしねえでよぉッ!!」
「挙句の果てになんでトレーナーがポケモン倒すなんただの反則だろーがぁ!!
ふざけた事やらかしてんじゃねぇぞボケナスがぁっ!!!」
ああ、そういうことね。
「─────言いたい事は大体わかった。
つまりはお前らは俺が正々堂々と戦えない卑怯な奴って言いたいんだな?」
自分達はルールに則って戦っているのに
貴様のその常識を逸脱した行動はなんなのだ、と。
「ったりめぇだぁ!! プライド無ェのかクソガキがっ!!
ポケモンバトルにトレーナーがしゃしゃり出るなんて奇襲紛いの─────」
「……クッ、クク……くふふふ、ハハハハッ!
アーーッハッハッハッハッハッハッハッハッッ!!!」
「……ッ!?」
急に笑い出した俺を、黒い奴等は俺に驚愕と奇異の目を向ける。
「ハッハッハッハッ……! おっもしれぇ。
お前等、現状認識すら出来ねえのかよ……! フ、フフ、ハッハッハッ!」
「な……んッ、テメェ、なんで笑ってやがるッ!?」
やれやれ、どうしてわからんのかなぁ。
「─── 最 高 じゃないか」 シュゥゥゥン
『───ハァっ!?』
屑共は俺の言葉が理解出来ないのか、二人揃って奇声を上げる。
「卑怯だと?
──上等じゃないか。
奇襲だと?
───最高じゃないか。
プライドだと?
────ゴミ程度の価値しか無いじゃないか。
上二つの言葉が、要因が、合わされば。
人数差すら物ともしない最強の戦略になる。
そこにプライドなんてもんが合わされば。
全ての策を塵に化す無謀が生まれてしまう。
聞かせてくれよ……。
何故、まともに正面からぶつかり合わなければならないんだ?
どこに、アホの如く正直に、正面から正々堂々散り急ぐ必要があるんだ?
……これ以上の意見なんて、有りもしないし必要ですら無い。
実に合理的で、素晴らしい根源じゃないか。」
俺はその小さい体の両腕を、左右に目一杯広げ、語り尽くす。
全てが自分の思うままに、全てが自分の手の内に。
何一つ恥じる所など見当たらない、勝利への持論を。
『─────────。』
ハハハ、最早言葉すら尽きたか。ならあえて口にしようか。
「なぁ、反則と言ったかな?
なら聞きたい、あんたらは最初何対何だと思っていたんだ?」
「ぬっ……!!」
「ッグ……!!」
「反則、と言ったかな?
なら問おう、あんたらは俺に対してどうすると発言した?」
「……───」
「ッ……───」
「反則、と言ったよな?
殴られる覚悟すら無いのに危害を加えられた途端にてのひら返して
ピーチクパーチク騒ぎ立てる恥知らずは、確かに反則ではないんだよなぁ」
そう、別にこれに関しては何も卑怯な事などない。
タダ単に、ゴミ、塵と同じく平等に価値がないだけで。
「けどな……
───そんな恥知らず共に用いるべきルールなんて、存在すると思っているのか?」
「……ッ!! るっせぇ!!」
「こっちにゃ……まだデルビルが残ってんだッッ!!
噛み付いて喰い千切れやデルビルッッ!!」
「───ッグルァ!!」
そうか、それでもまだ正面から突撃させるのか。
……トレーナー失格だな。
とても凶暴なデルビルの口が俺に迫る。
だが俺は落ち着いて────
デルビルの口の中に、ずっと右手で握っていた土を投げ入れた。
「ッギュェ!? ゲフェッゲゥッ……!!」
口の中に異物を放り込まれたデルビルは完全に俺への突撃を止め
なんとか体内から出そうと、咳き込みながら悲鳴を上げている。
「お、おま……この期に及んでッ……」
「一体いつから握ってやがった……」
「馬鹿のひとつ覚えみてぇにデルビルを俺へ向かわせたお前らに対して
なんでいちいち説明してやらなきゃならないんだ?
説明して何になる? お前等が聞いた所で、それがどんな事に活きる?
正面から向かわせて、『今』どうなった? 少しは自分で考えろ、屑。
お前らを信頼して、素直に命令を聞いたデルビルに謝りながらな……」
まあ、わかる人にはわかるものだ。
俺が地面に手を付いたシーンなんて『一度しかない』。
その時に決まっているだろう。屑は脳みそも屑だったようだ。
「───くっそ!!
なんとか俺らだけでもあの草の野郎止めんぞ!!」
「……おう、って……
あいつ一体どこに消え───」
ッゴシャァッ!!
「あげぁーーーーっ!?」
「っなぁッ?! 後ろだとぉーーー!?」
俺の後ろに居たはずであるドレディアさんは
後ろから屑共の一人をぶん殴ってぶっ飛ばす。
「言ったろ? 奇襲ってぇのはな……─── 最 高 なんだよ」
「ッディ!!」
先程の、自分でも真っ青な位の厨二病全開の発言の最中に
俺は密かにドレディアさんをボールに仕舞い。
視線がデルビルに行った隙を突いて、そのボールを手首の動きだけで
屑共の後ろの方へ投げ込んでいたのだ。
いくら多方面に警戒をしたところで、真後ろからの攻撃なんざ
『予測が付いていなければ』回避なんぞ絶対に出来ないものである。
さて……
「───ようやっと、2対2になったなぁ? 屑」
「グ……ガ……ッ、てめぇぇぇぇ……」
ここまで差を詰められても、つまらない『プライド』を前面に押し出し
怒りを露にする屑。もはや同情の余地も無い。
───完全に潰してやる。
「ドレディアさん、頼む」
「ッディア!!」
今までの戦果からか、完全に俺の奇妙な行動を信用してくれたらしい。
屑の片割れを殴り倒した位置から俺の傍らへすぐさま来て、最後の策略を促した。
その最後の策略は。
「ッッ!! デルビル、気をつけろぉ!!」
「ッゲゥ!!」
まだ口に入った土が取れていないのか、妙な鳴き声を上げながらも
なんとか迎撃体勢にスタンバイするデルビル。まあそれも仕方ない。
ドレディアさんは、俺を抱え上げているのだから。
最初にズバットに対して投げたあの奇襲を警戒しているのだろう。
そしてあちらの警戒にも構わず、ドレディアさんは俺をぶん投げる───
─────相手の近くの木の上へ。
「っはぁ……?」
「グゥ……?」
なんてことはない、これは俺がトキワに行くために提案していた
あの土手ショートカットの応用版だ。実際日記かなんかにも書いていたはず。
俺は太い枝に乗り、腕の痛みを堪えつつ幹に手を当てバランスを取りきった。
屑とデルビルは揃って俺を見上げてきた。
そして俺はその先にあるこいつ等の考えを、こう予想する。
「俺が罠で、ドレディアさんが本命」と思い込み───
「ッ!? デルビルッ!! 草野郎だァ!! アイツから目を離すなぁッ!!」
「ッゲゥッ!!」
───ほらね。
そしてドレディアさんは、俺の作戦のために。
「…………。」
俺を幹の上に投げた状態から、一切動かない。
「…………あぁん?」
「……?…………???」
奇襲ってのは、『予想外』だから奇襲なのだ。
一度見られた奇襲になど意味はない、警戒されて当たり前……そして、それをこいつらはした。
その警戒をさらに高めるべく、あちらにとっては
本気で意味がわからない行動である「動かない」を実践してもらう。
そしてそんな予想外が起こってしまったら……
とある事項は頭の中からすっぽ抜けてしまうものだ。
そして俺はそのとある事項を思い出してもらうべく……
トンッ
ッズダァン!!!
「ゲグッッ!?」
「2対2、だろ? 俺を忘れんなよ」
木の上から屑を狙って飛び降り、うまい具合に踏み潰す。
見上げるような高さの位置から、子供と言えど遠慮なく人の上に降りればどうなるか?
物理的に潰れるに決まっている。当たり所が悪ければ死すら有り得る。
高くて怖くて飛び出しづらくて、ついでに衝撃で腕もさらに痛くなってしまうが
もう戦いも終わるのだからここは我慢である。
俺はゆらりと立ち上がり、ドレディアさんもデルビルを俺と挟む様に歩いてくる。
「ッグゥ……グルルルル……」
「……デルビル。もう終わりだ」
「ッ!?」
突然俺が話しかけた事で少なからず動揺している。
この戦いは、『既に終わった』のだ。
「お前の相棒達も、トレーナーも全員片付けた。
一人でこのドレディアさんと俺のコンビに張り合えるのか?」
「ディァ。」
「…………。」
「俺らはあくまで、……まぁ、お前の飼い主を貶めて悪いが───
こいつらが許せなかったから今回立ち向かっただけだからね……
お前が憎いわけじゃないんだ」
「グゥ……。」
「もちろんお前は飼い主を倒した俺が憎いだろうさ……。
でもそれでお前も掛かってくるなら、俺達はお前を容赦なく叩き潰さなきゃならない。
負けは負けなんだ。認めてくれればこれ以上俺らが戦う意味は既に無いんだ。
だから、頼む、この通りだ───
───……降参、してくれ」
今述べたように、俺はこのデルビルまで片付けようとは思っていない。
黒い奴等はすぐさま私刑で処刑にしてもいいが、こいつにまで罪があるわけではない。
屑共を全て片付けた時点で、この戦いの詰み将棋な既に完成したのだ。
「……。キュン、キュゥーン……」
デルビルは、俺とドレディアさんから離れ
こいつの飼い主と思われる屑の所へ行き、心配そうに傍らに座った。
戦いは、終わった。