AM11:00頃。
「…………あ、ふぁ~~~~ぁぁああああ」
彼は、ついに目を覚ました。まあ深夜に一度目覚めてはいたのだが。
気だるそうに両手を挙げ、ノビをしながらあくびをする。
傍から見ればただの健康優良児でしかなかった。
これが2ヶ月も昏々と眠り続けていたなど、なんの冗談であろうか。
「んー……、ん? ……あーそういえばどこだかわからんがなんか寝てたんだっけ」
目覚めた時点で状況確認を一切していなかったので明るくなった今、改めて周りを確認してみた。
ちんまりとした部屋に、簡素な枠組みの、そして全体的に白いベッド。
横には花のバスケットも添えられている。
「病院……っぽい、かな? しかし、なんで病院なんかに……
病院、びょう……─────ッ!」
うわ言のように病院と繰り返していた所で
彼はようやく、ここに居るであろう原因に気付く。
胸を切り裂かれ、体を激痛に支配され……立ち止まらずむしろ大立ち回り。
そして途中で突然途切れた記憶……おそらくそこで完全に意識を失ったのだろう。
「ッ! ……っふーぅ、傷は無いか……あれ、無い?」
あれだけの傷が綺麗サッパリ消えている、縫合跡も見られない……一体何故だ。
あれはただの夢だったのかと考えた方がよほど合理的であるぐらい、綺麗に消えていた。
むしろあれらを決定付ける証拠が彼の周りからは一切合財取り除かれていた。
あえて述べるなら、とても線の薄い可能性ではあるが……この病院? にいる事のみ。
「んん……なんともわからんなこれは。
多分あいつらにさらわれたってわけでもないだろうし……
夢にしちゃ現実感もありすぎるしなぁ。しかもボールはなし、と……」
周りを確認し終えたが、自分の手荷物は一切無し。
ならばもう、やる事は一つのみである。
「とりあえず部屋から出てみっか……」
幸いな事に周りからは人が居るような若干の話し声や喧騒が聞こえる。
外に出て色々確認した方がいいだろうと思い、彼は2ヶ月振りにこの部屋を出る。
しかし病院内に居る人からすれば、医者と職員以外はこの部屋の事情に疎く
2ヶ月もずっと眠っていた人間が居る等とは知る由も無い。
彼が出てきたところで普通に何も思わず素通りするだけ。
「一応回りに何か聞いて……、ぅ、おっ」
ぶるり。
彼の体を突然寒気が襲った。
ただの尿意である。
(……よし、まずはトイレだ。おしっこせんと一日が始まらんな)
そうして上に吊るされた案内掲示板を頼りに、彼は歩き出し───
トスンッ
歩いている所で誰かに、すれ違いざまに軽くぶつかってしまったようだ。
「っととと……すみません」
「ァィ」
互いに謝罪と同意を軽く済ませ、顔も確認する事もなかった。
タツヤはその後無事トイレへ辿り付き、小便専用器へ到達する。
◇
「ぁぁぁ~~~~……この脱力感が溜まらんねぇ~……」
既に3分以上、用を足していた。
2ヶ月ずっと溜まりに溜まった体の影響なのだろうか、まだ止む気配が無い。
(ションベン長ぇっ……!)
(ションベン長ぇっ……。)
新しく入ってきた人たちが2人ほど来ており
その2人が思わず突っ込んでしまうほどに、どぼどぼと垂れ流していた。
ちょちょちょちょ……─────
そうしてようやく、彼の
このままストライキしなければよいのだが。
「や~れやれ……なんかやたら一杯出たなぁ……どんだけ溜まってたんだ」
圧倒的水量に若干驚きつつも、きちんと手を洗い
トイレから出ようとしたところで彼の目の前を高速で何かが横切った。
「あん……? なんだ今の」
どうやら誰かが走って行ったようである。
背丈は大体子供ほどのようであった、入院患者の子供だろうか?
病院で走っては行けないと誰かから教えられていないのだろうか。
そして目で追おうとしたところでT字路の見えない角度に入り込まれてしまい
その正体を最後まで確認出来ず終いで終わった。
「ったく、安静にしてなきゃ行けない人も居るんだから病院で騒いだら駄目だろ……
一応俺の手持ちにも一度教えておかないとな」
と、一人ごちてタツヤは一旦病室へ戻るのだった。
◇
AM11:15頃。
病室に戻ったはいいものの、タツヤは何も無いこの空間が暇に映った。
なんかジュースでも買いに行くかと思い、部屋を軽く探すも
彼の財布らしきものも一切見当たらず、このままではジュース1本買えやしない。
加えて暇すぎるのも間違いなく、彼をここに留められるわけもないのだった。
「あー、ここ病院なら売店ぐらいあるよな……立ち読みしてくっか~……」
そんなわけで、タツヤは売店を探すために再度部屋を出た。
エレベーターホールを探し出し、ボタンをぽちっと押したのだが
押しても全然上がってくる気配が無い。というか1階毎に止まってしまっている。
「……階段使うか」
十数秒を待つのが耐えられず、近場にある階段を利用し1Fまでタツヤは降りて行くのだった。
階段を降り始めた際に、エレベーターホールでバタバタと足音が聞こえたが
そんな事は微塵も気にせず、彼はトットットッと階段を下りていった。
そして売店に辿り付き、いつも読んでいた週刊漫画雑誌を発見。
小さな小さな売店で、すぐ目の前の店員の目も気にせず普通に立ち読みを開始する。
どれだけ意識を失っていようが、彼は彼のままであった。気にしろよ。
「ん、あれ?漫画展開が飛んでる……?」
前に見た内容と、今回の内容が繋がらない。
表紙が前に見た雑誌と違い新しかったため、翌週のが出ていると思い読んでみたのだが
タツヤの思い描いていた予測と違い、翌週どころではない感じである。
見ている漫画のうちの一つはなにやら新章突入っぽい。
(……俺、もしかして寝てたのって2、3日どころじゃないのか?)
ここでようやくタツヤは時間の入れ違いに気付き始める。
あの襲われた日、何月何日だった?
思い返し、目の前に店員が居るので尋ねてみる事にした。
「すみません、今日って何月何日ですかね」
「ん、今日は●月●日だよー」
どうやら店員はタツヤが立ち読みし始めた事も
風景の一部分と捉えているようで、言葉に剣呑さは一切感じられない。
だがそんな事よりタツヤは言われた日付に驚きを隠せない。
「●月……●日ッ!?」
「ど、どうかしたかい?」
思わず呟いてしまい、近くにあった今日の新聞を取り日付を確認する。
確かに店員が言った日付で間違いはなかった。
あれから2ヶ月近くも過ぎている……!
(てことは……それだけ寝てたって事か……!?)
この日付の差異は一体どうすれば良いのか。
病室で寝ていれば誰かしら来るだろうか? その時に元気な姿を見せればいいか?
「うむぅ……どうすりゃいいんだ? あっちの方でもこんな事例聞いたことねぇぞ」
実際の所、意識も無く担ぎ込まれてきたので、タツヤ自体はこの病院の人達に一切面識が無い。
故に、その人達=職員さん達に頼ればいいという発想が生まれず
読みたかった雑誌を置き、ひとまず病室に戻る事にしたのだった。
AM11:30頃。
タツヤは売店からエレベーターホールへ行き
部屋に戻るために上に待機しているエレベーターを呼び出す。
今回は各階ストップも無く、4Fから1Fへとスムーズへ来る。
「とりあえずは誰かが来るまで待ちだなぁ……やる事もないし、また寝るしかないかな」
個室であるというのもあり、何気にタツヤの部屋から見るタマムシシティは
絶景とまでは行かないものの百景程度になら混ざる位置取りであり
病室から街を見るのも結構オツなものがあるのだが
残念ながらタツヤはそんな感性は欠片もなかった。
エレベーターに乗り込み、上に行こうとしたところで
向こうからエレベーターに乗りたい感じの動きをしているばーちゃんが走って来た。
ひとまずすぐに扉を閉めず、一旦【開】ボタンをずっと押し続けておく。
「ありがとうねぇ、ボク」
「いえー、何階ですか?」
到着したばーちゃんに社交辞令で言葉を交わし、聴いたボタンを押した上で【閉】ボタンを押した。
そして徐々に扉が閉まって行く中、一瞬だけ緑の姿が横切ったのは気のせいだろう。
特に何事も無く指定された階に到着し、タツヤは自分が居た部屋へと戻って行く。
道中も特に呼び止められるでも気付かれるでもなく
彼にしては、至って平凡に病室へ辿り付いた。
「はぁ~、2ヶ月ねぇ……もうこのタマムシに来てから4ヶ月って計算になるのか。
そういや俺が居ない間に弾頭ってどうなったんだ? まさか潰れてないよな……」
情報が一切入ってこない分、予想すら困難な状況である。
加えて室内には一切暇つぶしが無い。こうなれば……
「寝るか。」
寝る事しかない。
「……、Zzz……」
寝る子は良く育つようです。
寝付きも早いし、彼の未来は明るい。
◇
AM11:45頃
「じゃ、そっちは任せたわね……行きましょ、ドレディアちゃん」
「ディァ」
職員はドレディアを引き連れ、病院から出て行く。
まずドレディアが向かうのは弾頭の地下施設。
下手をすればそちらに行っている可能性もあるからだ。
まず起きて、周りに何も無い状況であり、寝るまで懇意にしていた団体。
意識が覚醒してから、自然とこちらに足を運んでいるかもしれなかったからである。
「……、Zzz……おっし……テトリス棒、あ、ちょ……」
まあ、そいつは自分の病室でぐっすり寝ているのだが。
◇
そんなこんなで、ドレディアからの報で弾頭社内が盛り上がり
加えて行方不明という続報にヒートアップしてしまい
捜索時間なんと5時間という凄まじい捜索網を広げられたのだが
結局外では見つからずじまい。後に自室でぐっすり寝ているのをダグⅢが発見。
当然ながら社員を除いた手持ち、サカキ、
あまりにもぐっすりと寝ていたがために
「……ふぁ……? あぁ~……みんなおはようー……
やっと来てくれたか~、持ち物何もないもんだから暇で暇で───」
「──ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ーーーーーッッ!!!」
「え、な、なん……っぶぉはぁー!?」
散々(飯の)心配をして探し続けた果てに、結果が病室での熟睡という内容。
この2ヶ月近く、抑えに抑え込んでいたドレディアの感情が爆発してしまい
再び3日ほど、タツヤが意識不明になったのは言うまでも無い。
WM、ダグトリオ、ムウマージ、果てはサカキまでも
殴っている最中にタツヤが危ういと思い、全員で体を張って
ドレディアの腕、脚、背中と各部分を固め、止めようとしたのだが
あまりの怒りの
全員が引っ付いたまま攻撃を再開し、全員を唖然とさせた事を抜粋しておこう。
こうして、全く持って彼らしい復活を果たしたのであった。
内容も、相変わらずの彼である。
余談として……タツヤが再び意識を失ったがために
ドレディア本人が楽しみにしていた飯がさらに3日後に延び
割とガチ泣きしながらタツヤの体を揺すっていた事を追記しておこう。
処刑用BGM:凛として咲く花の如く