ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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一か月ぶりでございます。

第六十八話を投稿いたします。


 第六十八話

 

 ほんの数週間前に降って湧いたかのようにアルビオン王国王都ロンディニウムの立太子府とアルビオン大司教区の連名を以って、浮遊大陸はおろかハルケギニア大陸全土に布告されたのはアルビオン王国にて五十年に一度の『大降臨祭』が開催される事、さらにその主要祭祀をアルビオン北部ハイランド地方の聖地たる聖オーガスティン修道院にて執り行う事。そして、大陸の多くの人々が最大の驚きと喜びと共に受け止めたのは、浮遊大陸を治めるテューダー朝の後継者たる『プリンス・オブ・ウェールズ』ことウェールズ・テューダー立太子とトリステイン王国の次期女王アンリエッタ・ド・トリステイン王女の婚姻の儀の同時開催のお触れであった。

 

 アルビオン大陸の北の玄関口と称されるダータルネスは国内屈指の港湾都市であり、南部の都市ロサイスと並ぶ王立空軍の一大根拠地でもあった。王権守護戦争においては初期にレコンキスタ軍に攻略された事が奏功し、戦役終結までの間、大規模戦闘に巻き込まれることが無かった為、迅速な復興を果たしていた。

 

 ダータルネスが属するハイランド地方の人々は老若男女はおろか平民、貴族の別なく色めき立った。世界宗教とも言うべき『ブリミル』教の年中行事において、あらゆる信徒が一生に一度は参列する事を望むとされる『大降臨祭』が自分たちの土地で開催されるというのだ。その熱狂ぶりは察するに余りある。また、立太子の婚約自体はすでに発表されていたとはいえ久方ぶりのロイヤルウェディングの挙行も人々の歓喜を否応なしに増幅するのだった。どこの都市にでも居るであろう商魂たくましい者達はさっそくロイヤルウェディングや大降臨祭にあやかった様々な新商品や特売市、さらには熱狂を当て込んだだけの詐欺まがいの商売を始めていた。一部の聡い者達は大陸四王国の内、二国の後継者同士の婚姻が今後の大陸の行く末にどのような影響をもたらすかを夜を徹して熱心に語り合った。

 

 ダータルネスを領有するダータルネス伯ギャスリック旗下の家臣団はこの突然の朗報という奇禍に対応する為、てんてこ舞いのあり様となった。いかに他の都市と比較して素早い再興を成したとはいえ、戦役の影響によって人員や予算に余裕がない所に各国首脳陣の受け入れ準備や不埒な企みを考える輩への備えに騎士団や警備隊は忙殺され、文官団は降臨祭期間に無数に開かれるだろう晩餐会や祝宴などの手配に百の猫の手も借りたいと嘆くほどであった。

 為政者側にあって最も多忙を極めたのはブリミル教アルビオン教区の聖職者達であった。五十年に一度の大降臨祭の開催に加え、始祖の末裔たる四王家同士のロイヤルウェディング、とどめに教皇聖エイジス三十二世の就任三周年記念式典の挙行。戦役による様々な悪影響は言うに及ばず、元より総本山であるロマリア宗教庁や最大の信徒人口を抱えるガリア教区と比較しても微々たる影響力しか持たなかったアルビオン大司教区には余りにも荷が勝ち過ぎる役割だった。しかし、カーンタベリー大司教をはじめとする高位の者たちはこの逆境こそ最大の好機と捉え、文字通り死に物狂いで奔走した。

 

 無数の人々が、目が回るほどの忙しさに愚痴をこぼしつつも駆けずり回る自らの姿にどこか晴れがましさを感じているのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大降臨祭の三日前、アルビオン王国ハイランド地方最大の都市ダータルネスの港湾施設に各国の国賓を乗せたフネが続々と接岸していた。

 

 王権守護戦争を征し、実質的に浮遊大陸の護持を受け持つハルケギニアの新強国トリステイン王国からはマリアンヌ暫定女王を乗せた王室座乗艦『コンスタンティン』号。

 新女王が即位したばかりの大陸最大の国家ガリア王国からは、かの『王弟』シャルル・オルレアン号の姉妹艦であり、件の新女王の初外遊を彩る次席座乗艦『ラ・リシャール』号。

 大陸最強の軍事国家を標榜する北方の雄、帝政ゲルマニアからは進空式を終えたばかりの最新鋭艦にして新設された『皇帝艦隊カイゼル・フロッテ』の総旗艦たる皇帝御召艦『ヒルデ・ブラント』号。

 大降臨祭を主催するロマリア連合皇国からは、宗教庁の聖典の一つ『聖福音書』を記した『ブリミル教二十四門徒』の一人『聖マルコー』の名を冠した教皇御召艦『聖マルコー』号。

 王都ロンディニウムから駆け付けたのは、先の戦役において消息を絶ったロイヤル・ソブリン号に替わるアルビオン王立空軍の新旗艦『ヴェンジェンス』号。

 

 挙げればキリが無い各国秘蔵の最精鋭艦が勢揃いしていた。無論、単艦で航行して来るフネはおらず、隻数に差はあるもののそれぞれが護衛艦隊を率いており、さしも広大なダータルネスの港湾施設も国毎の意匠が凝らされたフネの展覧会の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

 ダータルネス市の西方に位置するトリステイン王国公使館に入ったルイズら一行だったが、国家元首であり、賓客でもあるはずのマリアンヌ暫定女王は早々に侍従武官アニエスを従え、市内にお忍びで出掛ける始末であった。マリアンヌにとってダータルネスは若かりし頃、後の良人となるアルビオン王弟ヘンリとの出逢いの街でもあったのだ。十数年振りに訪れた思い出の地の散策に夢中となってしまう女王。すでに特務官ルイズに対して全幅の信頼を寄せていたマリアンヌは、『聖オーガスティン修道院への出発までには戻るのでそれまでは体調不良で急場を凌ぎ、何かあれば特務官に全権を委任する』という置き手紙を残して貴賓室から消えた。ちなみに女王の手紙の横には、心底からの謝罪が切々と綴られた侍従武官の書状も置かれていた。

 無論、セルを通じて女王陛下のお転婆を把握していたルイズは溜息とともに長身異形の亜人に女王と侍従武官の護衛を命じるのだった。

 

 そんな主従の元にアルビオン王国立太子ウェールズ・テューダーからの内密の会談要請が届く。

 

 

 

 

 

 「内密という割にはセルの瞬間移動は使わないで欲しいってのがわからないわね」

 

 

 立太子直筆の書状を読み終えたルイズがその内容に首を傾げる。

 

 

 「恐らくだが要請を送ったのが我々だけではないのだろう。今、この都市には主だった国家の最重要人物が集結しているのだからな」

 

 

 「それなら陛下に要請されればいいのに」

 

 

 何気なくそう口にした主にセルはやや口調を低くして言った。

 

 

 「ルイズ、『最』重要人物と言ったはずだ」

 

 

 「……あんたねぇ、ちょっとは口を慎みなさいよ。聞く人間が聞いたら、私達不敬罪ものよ」

 

 

 「だが、事実だ」

 

 

 「事実でもよ」

 

 

 「えーと、どういうことでしょうか?」

 

 

 ルイズとセルのやり取りに付いていけないシエスタにサイドテーブル上のデルフリンガーが助け船を出す。

 

 

 「つまりだな、旦那は嬢ちゃんこそが女王陛下をも超えてトリステインを支配する存在だと、アルビオンの大将に考えられているって事を伝えたのさ」

 

 

 王国の立太子が実質的な宗主国の国家元首を飛び越して一介の特務官を指名して、内密の多国間会談に招聘する。露見すれば王家に対する大逆の意思ありと捉えられてもやむを得ないだろう。

 

 

 「えー! 大変じゃないですか! ミスが反逆者になっちゃいますよ!?」

 

 

 「落ち着きなさいよ、シエスタ。デルフ、あんたも妙な事、シエスタに吹き込まないの」

 

 

 「事実だろ?」

 

 

 「だ、か、ら! 事実でもよ!」

 

 

 ルイズの反応からその真意について思考するセル。

 

 

 (やはり、均整の取れた思考形態を持っているな、ルイズよ。強大な力にただ酔いしれ、取り込まれるだけの小物とは一線を画す存在だ。フフ、それだけに目障りに思う輩も多かろう)

 

 

 「はあ、とにかく陛下からは全権委任状を戴いている以上、私の決断がトリステイン王国のそれになるんだから。姫様にお会いする前に無様を晒すわけにはいかないわ」

 

 

 「無論だ、我が主よ」

 

 

 「ところで、イザベラ女王の使い魔もダータルネスに来ていると思う、セル?」

 

 

 「……セルの『気』は感じられないが女王の『気』がすでに市内にある以上、使い魔たる彼奴も気配を消した上で女王の傍に付いているのだろう」

 

 

 「まあ、そうよね」

 

 

 「それとルイズ。女王とシエスタの護衛に分身体を使うとなると、その時点で私の存在がガリアのセル、あるいは『他のセル』にも筒抜けとなるが」

 

 

 「別に構わないわ。あんたが言った通りなら、私がダータルネスに到着した時にガリア側にもあんたの存在は漏れてるだろうし、さらに行方知れずの『二体のセル』も来るっていうなら望む所だわ」

 

 

 「今の私に言えるのは私をも含めた四体のセルは『現状』ではハルケギニアの崩壊を望んではいないという事だけだがな」

 

 

 使い魔の言葉に不敵な笑みを浮かべたルイズが問うた。

 

 

 「フフ、その言葉、どこまで信用できるのかしらね?」

 

 

 「我がルーンに懸けて」

 

 

 「あ、そう」

 

 

 

 

 

 シエスタとセルの分身体を公使館に残し、ルイズとセルは会談場所として指定されたダータルネス市の中心、ヴォスフォラム城に赴いた。ダータルネス伯ギャスリックの居城でもあるヴォスフォラム城は完成までに実に五十三年もの月日を費やしたという国内屈指の名城であった。

 謁見の間のさらに奥に位置する小広間に通されるとそこには四人の男女が主従を待ち構えていた。ルイズは四人の内、三人の男女の顔を見知っていた。一人は先日、『第一次王権会談』を共にしたガリア王国の新支配者にして自分と同じく長身異形の亜人の使い魔を従える虚無の担い手、イザベラ女王。だが、女王の背後に筋骨隆々の亜人の姿は見えなかった。一人は自国であるトリステイン王国の事実上の宰相にして現在はアンリエッタ王女の補佐を務めるマザリーニ司教枢機卿。もう一人は会談の主催者であり、アルビオン王国を摂政として統治するウェールズ立太子であった。

 そして最後の一人が。

 

 

 (あれが、帝政ゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世)

 

 

 新進気鋭の軍事国家として、トリステインをはじめとする四王国に様々な牽制を仕掛ける帝国を統べる大陸の梟雄を不思議な心持ちで観察するルイズ。

 

 

 (もし、私とセルが出会わなければ、あの男が姫様の良人となっていたかもしれない……)

 

 

 「これで全員揃ったようですな。さて、ウェールズ殿下、此度の会談の意義についてお聞かせ願いたいのですが?」

 

 

 マザリーニがこの会合の意図を主催者に尋ねる。瞑目していたウェールズは、「まずは皆様におかれましては遠路はるばるようこそ、我がアルビオンへ」と今回の行幸の礼を述べた。

 

 

 「ご成婚、誠におめでとうございます、殿下」

 

 

 「アンリエッタ王女殿下もさぞお喜びの事と存じますわ」

 

 

 簡便ながらも立太子に対し、祝意を伝えるルイズとイザベラ。

 

 

 「アルビオンとトリステイン、二つの王国が一つになれば正に盤石ですな」

 

 

 未だ二国の国体が定まっていない事をやんわりと揶揄するアルブレヒト。

 

 

 「恐れ入ります……本日は皆様を喜ばしき祝賀と厳粛なる祭祀の場にご招待しておきながら、このような恐れ多き疑義についてお話しなければならないのは、私としても慚愧の念に耐えません」

 

 

 「これはまた。婚姻をお控えになる殿下の心中にいかなる疑義がおありになると?」

 

 

 「……ロマリア連合皇国の真意について」

 

 

 大仰に両手を拡げながら問い質すアルブレヒトに対し、ウェールズは固い表情のまま言葉を発した。その瞬間、ウェールズとセルを除く全員の表情が変わった。

 

 

 

 

 

 アルビオン王国立太子ウェールズ・テューダーより各国の主要人物に提示されたのは、大陸宗教を束ねしハルケギニアの精神的支柱、ロマリア連合皇国に対する疑義であった。

 

 ウェールズ曰く、トリステイン王国の『虚無の担い手』ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の使い魔である長身異形の亜人セルは、始祖の伝説に伝わる『大災厄』を引き起こした『月の悪魔』である明確な証を宗教庁は把握している。教皇聖下におかれては、大陸の全ての人々の安寧を守る為に『月の悪魔』の聖伐を望んでいる。ついてはアルビオン王国にその協力を要請する、と。

 

 一瞬だが驚愕の表情を浮かべるマザリーニ。 ロマリアは、ヴィットーリオは、アルビオン王国には長身異形の亜人の脅威とその聖伐を伝えながら、マザリーニとトリステインにはそれを伝えなかったのだ。

 

 

 (エルフの脅威は伝えておきながら、特務官の使い魔については立太子殿下にだけ吹き込むとは……我が国とアルビオンの関係に溝を造るのが目的か? ヴィック……)

 

 

 (この情勢でその情報を我らに漏らすとはな……アルビオンは、ロマリアと我らを天秤に掛けるつもりか?)

 

 

 マザリーニは教皇ヴィットーリオの真意を図りかね、アルブレヒトはウェールズの真意を図りかねていた。そして、ウェールズはルイズを真っ直ぐに見つめ、問うた。

 

 

 「ミス・ヴァリエール。貴女に問おう。貴女の使い魔は、『月の悪魔』なのか?」

 

 

 かつて、ルイズの背後に佇む長身異形の亜人に行ったのと全く同じ質問をウェールズは亜人の主たる少女に尋ねた。

 

 

 (デコ女王は無視して私にだけ質問されるという事は殿下は多分、『四体のセル』についてはご存じないようね)

 

 

 (そのようだな)

 

 

 この質問でルイズとイザベラはウェールズと、彼に情報を齎したロマリアはセルが複数居る事を知らないと確信する。

 

 

 「イザベラ陛下、いかがいたしましょう?」

 

 

 「ヴァリエール特務官の判断を尊重します」

 

 

 「光栄です。されば、恐れながら陛下もご一緒に」

 

 

 「はい。セル、ここに」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「承知した、我が主よ」

 

 

 「「「!?」」」

 

 

 イザベラ女王の背後に長身異形の亜人が突如出現した。ウェールズ、マザリーニ、アルブレヒトの表情が一変する。ヴァリエール特務官の背後にセルが佇んでいる事には何の問題もない。だが、即位したばかりの大陸最大の王国の女王の背後に『別の個体のセル』が出現したとなれば話が違う。大陸各国の中枢において暗躍する異形の存在。あまりにも荒唐無稽なその所業と神出鬼没な移動範囲。国家を指導する立場にある彼らにしてみれば、質の悪い手妻に掛けられたかのようであった。そのような亜人が突如『二体』も出現したのだ。その驚きは察するに余りある。

 驚愕する三人の中にあって、最も早く己を取り戻したのは帝政ゲルマニアの皇帝アルブレヒト三世であった。

 

 

 「そういうことだったのか……おい、聞こえているのだろう? お前も姿を見せたらどうだ?」

 

 

 その場にはいない何者かに語り掛けるアルブレヒト。

 

 

 「閣下?」

 

 

 ヴンッ!

 

 

 「お望みとあれば」

 

 

 「なっ!?」

 

 

 「と、特務官の使い魔がもう一体!?」

 

 

 アルブレヒトの背後にも長身異形の亜人が出現する。その姿はヴァリエール特務官の使い魔と瓜二つであった。再度の驚愕に晒されるウェールズとマザリーニ。それとは対照的に特務官と女王は涼しい顔で新たな亜人に視線を向ける。

 

 

 「三体目のセル、ね」

 

 

 「ゲルマニアに潜伏していたのですね」

 

 

 「言うまでもない事ではありますが、余は、この亜人とは契約なぞしておりませんぞ。この化け物めは『虚無』を持たぬ我がゲルマニアをせいぜい駒程度にしか考えておらんでしょうからな」

 

 

 「ですが、得るモノも当然おありになったのでしょう?」

 

 

 イザベラの問いにそしらぬ顔で答える帝政ゲルマニアの領袖。

 

 

 「陛下のご想像のままに」

 

 

 「……イザベラ女王陛下、ヴァリエール特務官。どうか不明なる我らに『長身異形の亜人』についてご教示願わしく」

 

 

 「猊下に倣い、私にも是非とも」

 

 

 「無論、余だけ除け者にされてはかないませぬぞ」

 

 

 「承知いたしました。特務官、よろしいでしょうか?」

 

 

 「陛下の御心のままに」

 

 

 (特務官とイザベラ女王。件のクルデンホルフにおける秘密会談が初顔合わせのはずだが、妙に馬が合っているとでも言えばよいのか)

 

 

 ルイズとイザベラの初めての邂逅がアーハンブラ城で行われた事は、同行した学院組とヴァリエール家以外には知らされていなかった。マザリーニは自国の近衛特務官と他国の女王との間の意思の疎通があまりに円滑な事に違和感を感じるのだった。

 

 

 (まるで、長年の同志でもあるかのようだ)

 

 

 イザベラ女王は明朗な声色を以って、『四体の長身異形の亜人による相互抑止』の詳細について立太子と司教枢機卿と皇帝に語って聞かせるのだった。

 

 

 「「「……」」」

 

 

 拝聴した女王陛下の言葉よりも長い沈黙でもって三人は応えた。

 

 

 (まあ、そういう反応だよな)

 

 

 (無理もないわね)

 

 

 イザベラとルイズは事前に打ち合わせをしたわけではなかったが、『セル相互抑止』を知った各国の指導者の反応に対してほぼ同じ予想を立てていた。

 

 

 (マザリーニ卿とウェールズ殿下には後でマリアンヌ陛下からもお話があるだろうし、姫様との婚姻が控えている事も考えれば大きな波風が立つような事はないはず)

 

 

 (あるいはウェールズの傍にはすでにセルがついているかと思ったがな)

 

 

 (この場に姿を見せない以上、それはないでしょ)

 

 

 ルイズとの念話において、しれっとのたまう長身異形の亜人。もう一方の主従もまた。

 

 

 (ゲルマニアか、ちょっと意外だな。十中八九、アルビオンだと踏んでたのに)

 

 

 (始祖の系譜を持たないゲルマニアはブリミル教の権威に勝る力を求めていた。セルにとっては恰好の手駒だったのだろう)

 

 

 (皇帝閣下も駒扱いは承知の上みたいだけどな)

 

 

 イザベラの考えを知る由もないアルブレヒトであったが、またしても男性陣三人の中で最も早く自らを取り戻し、ブリミル教の司教枢機卿に問いかけた。

 

 

 「マザリーニ猊下、『月の悪魔』とは具体的にはどのような存在なのですかな?」

 

 

 「……宗教庁の高位聖職者でもなければまず耳にする事はありますまい」

 

 

 マザリーニは皆に語った。始祖の偉功を記した『正伝』に曰く、其は天より来訪せし破滅の権化。遍く全てに滅びを齎す者。在り得べからざる今一つの月を統べる存在。この地に終焉を呼び寄せし『大災厄』。すなわち、『月の悪魔』なり。

 

 

 「宗教庁は、いや教皇聖下はそれが四体の長身異形の亜人共だと?」

 

 

 「少なくとも、聖下の右腕と謂われる助祭枢機卿はそのように仰いました」

 

 

  (あの若造、ジュリオ・チェーザレか)

 

 

 「また、ロマリアは東方よりの脅威についても合わせて我が国に協力を要請してまいりました」

 

 

 「エルフ族ですな。まあ、長身異形の亜人に比すれば問題にもなりませんな」

 

 

 「それは些か油断が過ぎるというもの。これまで専守防衛を貫いてきたエルフが全面攻勢に出るとなれば大陸にとって危急存亡の時となりましょう」

 

 

 今度はマザリーニがルイズに向き直り、厳しい表情のまま問いを発した。

 

 

 「先程伺った『セル相互抑止』を達成できれば、確かに急場を凌ぐ事はできましょう。しかしながら始祖の系譜に連なる四王国の中枢に『大災厄』を引き起こしたともいわれる存在が堂々と居座るなど国家の舵取りを預かる者の一人としてそう易々と容認する訳には参りませぬ。特務官、貴公の背後に立つ長身異形の亜人が、その力を我らに向けぬという確かな証がおありか?」

 

 

 (マザリーニ卿、どこか焦っておられるように見えるわね)

 

 

 (これは想像だが、マザリーニは宗教庁の司教枢機卿であり、ロマリアの分王家リュクサンブール侯爵家の当主でもある。トリステインに長く仕える身とはいえ、ここで故国が窮地に陥るのは避けたいと考えているのかもしれん)

 

 

 自国の宰相でもあったマザリーニの詰問の真意を探るルイズとセル。さらにもう一組の主従も。

 

 

 (あるいは、現教皇聖エイジス三十二世について個人的に思う所があるのかもしれん)

 

 

 (ヴィットーリオ聖下にか? 確かにマザリーニ猊下がトリステインに残ったからこそ聖下が教皇位に就けた、なんて与太話は聞いた事があるけど)

 

 

 マザリーニに問われたルイズは一度イザベラに視線を移した後、凛とした声色で答えた。

 

 

 「猊下のご懸念は理解できます。ですが、私もこの場にて明確な根拠をお伝えする事はできません……確かな事はただ一つです。長身異形の亜人は一体だけであろうとも、この『ハルケギニア』という世界を一瞬にして消し去る力を持っているという事です」

 

 

 「ヴァリエール特務官の言葉に偽りはありません。我らはもはや『四体の長身異形の亜人』を御しつつ、この世界を存続させねばならぬのです」

 

 

 「……」

 

 

 「恐れながら、我が帝政ゲルマニアはトリステイン・ガリアとの共同歩調を取らせていただく。ゲルマニアの国土は広い。そして、エルフ共が巣くう東方に最も多くの領域が隣接しているのです。使えるモノはなんでも使って故国を守らねばなりませんからな」

 

 

 「……無論、我がアルビオンもアルブレヒト閣下の御言葉に追従させていただきます。今我が国は事実上、トリステインの保護国に過ぎませぬが」

 

 

 二人の首脳の言葉を聞いたルイズが、マザリーニを強い意志を込めた瞳で見つめて言った。

 

 

 「マザリーニ猊下、恐れながら教皇聖下への謁見をお取り計らいいただきたく存じます」

 

 

 「……教皇聖下の真意を探る、という事かね?」

 

 

 「はい。聖下がエルフとセル、双方を脅威として認識しておられるならば、それをアルビオンのみに伝えた事。そこに聖下の真意が隠されていると小官は愚考いたします」

 

 

 「承知した。出来得るだけ余人を交えず、となると聖オーガスティン修道院における祭祀が終了した直後が望ましかろう」

 

 

 「恐れ入ります」

 

 

 「事の成果については、後の祝宴の際にでもお聞かせ願いたいものですな」

 

 

 「承知いたしました、アルブレヒト閣下」

 

 

 「行くぞ、セル」

 

 

 「承知した」

 

 

 帝政ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世は長身異形の亜人を背後に引き連れ、威風堂々とした様子で小広間を辞した。

 

 

 「ゲルマニアのセル。いずれはロマリアかアルビオンに接近するのでしょうね」

 

 

 「『虚無』を求めるならば、必ず。ウェールズ殿下の元にも長身異形の亜人が訪れるやもしれません。どうかご留意を」

 

 

 「勿論だ、ミス・ヴァリエール」

 

 

 すでに『長身異形の亜人』はウェールズの元を訪れているのだが、双方共におくびにも出さなかった。

 

 

 「……それでは皆様、後程、聖オーガスティン修道院にて」

 

 

 ウェールズの言葉で幕を閉じた、この非公式の会合は『第二次王権会談』と称され、ハルケギニア大陸の歴史にとって非常に重要な意味を持つことになる。

 

 

 

 

 

 

 




第六十八話を投稿いたしました。

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