ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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二か月ぶりでございます。

断章之拾参を投稿いたします。


 断章之拾参 CELL THE TIME DIVER 後編

 

 

 「俺、才人っていうんだ。平賀才人。よろしくな、セル!」

 

 

 「なん……だと?」

 

 

 「はぁ、全くこの犬!」

 

 

 パコンッ

 

 

 「いっってぇ!」

 

 

 「あんたねぇ、いい加減にしなさいよ! 仮にも皆に望まれて『救世主』になったんでしょ! だったら自分の名前ぐらいちゃんと覚えときなさいよ!」

 

 

 「救世主だと?」

 

 

 「いちちち、いや、まあ、成り行きみたいなもんでさ。なんつーか通り名というか異名というかそういうのをもらったんだよ。そんなもんで今の俺の名前は『ブリミル・ル・ルミル……る、る……」

 

 

 サーシャからの一撃を受けたサイトが頭をさすりながら再度の自己紹介をするが、すぐに言葉につまり、サーシャの方を気まずそうに見やる。

 

 

 「……はあ、『ブリミル・ル・ルミル・ニダベリール』! 旧エルフ語で『古きを破る新しき英雄』という意味よ」

 

 

 「サイトはこの地の人間ではない、というのか?」

 

 

 「よくわかったな。俺は地球からこのアルケイディアに召喚された、らしいんだ」

 

 

 「氏族最大の禁忌である『異界召喚』の結果がこんな犬コロだなんて……」

 

 

 「まあ『虚無』に目覚める事もできたんだから結果オーライだろう?」

 

 

 「簡単に言うんだから」

 

 

 「……」

 

 

 (平賀才人は私の姿を見ても特別な反応を示さなかった。私の居た地球とは異なる次元から召喚されたか、あるいは時間軸だけがずれているのか)

 

 

 セルも簡便ながら自己紹介をした。自分は『ハルケギニア』と呼ばれる大陸で『虚無の担い手』に召喚され『ガンダールヴ』となった存在である。だが、なぜ、この地に居るのかは判らない、と。

 

 

 「ハルケギニア……聞いたことないわね、そんな大陸」

 

 

 「んーてっきりセルも地球から召喚されたのかと思ったけどな」

 

 

 「……『チキュウ』? ふむ、聞いた事はないな」

 

 

 長身異形の亜人はしたり顔でのたまうのだった。

 

 

 「そうか? 何かセルとはどっかで会ったような気が……」

 

 

 「あんたも? 私もそんな気がするわね、直感だけど」

 

 

 (担い手、あるいは使い魔同士の共鳴か?)

 

 

 セルはサーシャが帯剣する大剣に視線を移す。

 

 

 (六千年前のデルフリンガーか。現状ではまだ自意識を獲得してはいないようだな)

 

 

 互いに自己紹介を終えたサイト達は、セルの為にアルケイディア大陸の現状をおさらいする。

 

 エルフ族に支配されていた『アルケイディア』大陸は、突如天空に出現した三番目の月『漆黒の弦月』から降下する鋼のゴーレム軍団『ヴァリヤーグ』によって蹂躙されていた。すでに複数のエルフ氏族共同体が滅ぼされており、サーシャが属していた氏族も居住地からの退避を余儀無くされていた。氏族の姫巫女でもあったサーシャは『禁忌』とされていた『異界召喚』の儀式を執り行い、地球からサイトを招き寄せた。結果的にサーシャに一目惚れしたサイトは、どういうわけかその場で『虚無』の魔法に覚醒。襲撃してきたヴァリヤーグを退け、サーシャを救う。

 最強の魔法『虚無』を操るサイトは救世主として祭り上げられ、英雄を意味する『ブリミル』の名を与えられた。ちなみにサイトの召喚後、さらなる『虚無の使い手』を増やす為、『異界召喚』が繰り返し行われたが全て失敗に終わっていた。

 その後、サーシャの氏族を中心にエルフやヒトの残存勢力が糾合し、『大同盟』を結成。ヴァリヤーグへの反抗を開始したという。

 

 

 「ほう、サイト、いやブリミルの『虚無』の魔法はそこまでの力を持っているのか」

 

 

 「まあ、最初は良かったんだけどね」

 

 

 「つい最近出てきたデカいヤツには今までの『虚無』がやたら効き辛いんだよな」

 

 

 「さっきセルが尻尾で吹っ飛ばした大型機兵よ。まだまだ数は少ないんだけど、アレが主戦力になったらかなり不味いわ」

 

 

 「そうなる前に最終作戦を成功させればいいさ!」

 

 

 「最終作戦?」

 

 

 「……ええ、大元を一気に片づける算段をつけたの」

 

 

 その作戦は単純だった。大同盟の軍勢がヴァリヤーグ本隊を誘因し、結晶石兵器を用いた焦土戦術によってこれを拘引。その間隙を縫ってサイトとサーシャが敵本拠である漆黒の弦月にゲートの連続使用で肉薄。虚無の奥義である『大世界扉』によって弦月そのものを異界に放逐するという内容であった。エルフ族の観測によってヴァリヤーグの軍団は弦月から動力を供給されていることが判明していた。弦月さえ消えれば、無数のヴァリヤーグもただの鉄塊と化すはずだった。

 

 

 「事前観測に間違いが無ければ、次のゲートで最接近できるはず」

 

 

 「……なのに誰かさんは呑気に水浴びしてましたけどね」

 

 

 サイトがボソッと呟く。忽ち柳眉を逆立てたサーシャの渾身の一撃がサイトを襲う。

 

 

 ボコッ!

 

 

 「いぎゃ!」

 

 

 「な・に・か・言ったかしら?」

 

 

 「……やり過ぎだな。『虚無』の行使に支障が出るかもしれんぞ」

 

 

 「うっ」

 

 

 悶絶するサイトを前にさすがにバツの悪い表情を浮かべるサーシャ。セルは生体エキスの注入による治療を行う為、自身の尾をくねらせる。

 

 

 「え、セル?」

 

 

 「動くなよ、サイト」

 

 

 ズン!

 

 

 セルの尾の先端が蹲るサイトの脳天に突き刺さる。

 

 

 「ちょっと!」

 

 

 「心配は無用だ」

 

 

 ズギュン! ズギュン! ズギュン!

 

 

 慌てるサーシャを尻目にセルの尾から生体エキスがサイトに注入される。その効果は劇的だった。

 

 

 「うおおぉぉぉぉ! 力が漲るぜぃあぁぁ!」

 

 

 「だ、大丈夫なの?」

 

 

 「問題ない。私の生体エキスを以ってすれば、例え致命傷でも瞬時に回復させることができる。その上で基礎能力の増強も可能だ」

 

 

 「そ、そんなことが」

 

 

 「注入量の加減がやや難しいがな……!」

 

 

 その時、セルの脳裏に閃くものがあった。生体エキスの注入。それはセルの持つ『気』そのものを他の存在に分け与える事を意味する。

 

 

 (そうか、そういうことだったか……)

 

 

 異世界ハルケギニアに存在する『虚無の担い手』。トリステイン王国における当代の『担い手』ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールが、なぜ究極の人造人間セルをも進化させる特殊エネルギーをその身に宿していたのか。

 

 

 (六千年という悠久の年月を経る事で、始祖ブリミルの系譜は私の生体エキスを練り上げ、この私、セルをも進化させる領域まで昇華させた、という事か)

 

 

 あるいは、この時間軸の始祖『ブリミル』とセルがやってきた時間軸の『ブリミル』は同一人物ではないのかもしれない。だが、セルは直感的に目の前に居るサイトこそがハルケギニア大陸の基礎を築いた偉大なる始祖であると判断した。

 

 

 「よし! もうすぐ最後のゲート地点だ! さあいくぜ、皆の衆!」

 

 

 「何が皆の衆よ。この犬、変なテンションになっているけど本当に大丈夫なの?」

 

 

 「最終作戦とやらを前に意気消沈していては元も子もなかろう」

 

 

 「そ、それはそうだけど……」

 

 

 その後はヴァリヤーグの哨戒隊に発見される事もなく、二人と一体は最後のゲート発動地点に到着した。鬱蒼とした森の中にあって若干開けた、その場所からは天空に浮かぶ漆黒の弦月がよく視えた。

 

 

 「漆黒の弦月があんなに近くに……」

 

 

 「手を伸ばせば届きそうだな……」

 

 

 天空の双月に並ぶ漆黒の弦月の高度は低い。地表からおよそ数リーグに滞空していたのだ。セルはその超視力によって漆黒の弦月の状態を確認する。

 

 

 (間違いなく『人工天体』だな。空間転移で出現したという割には最外部装甲の貧弱さが気になる。あの大型機兵の頑強さとも釣り合わん)

 

 

 「予定通りなら、『大同盟』の戦端が二時間後には開かれるはずよ。それに合わせて、最終作戦を決行するわ」

 

 

 「ああ、いよいよだな……」

 

 

 サイトはセルに向き直り、言った。

 

 

 「セル、こんな所まで付き合ってもらってサンキューな」

 

 

 「私からもお礼を言わせてほしい。ありがとう、セル」

 

 

 二人の言葉にやや黙考してから、長身異形の亜人は問うた。

 

 

 「……お前達は、すでに『性行為』は済ませているか?」

 

 

 まるで時間が停止したかのように二人の動きが止まった。

 

 

 「「……」」

 

 

 やがて。

 

 

 「なっ! なっ! 何言ってるのよ! こ、この犬とそ、そんな事するわけ!」

 

 

 「ちょっ! セル! そ、そんなプ、プライベートかつデリケートな事を平然とぉ!」

 

 

 瞬間的に沸騰した二人を前にセルは冷静極まりない言葉を重ねる。

 

 

 「その様子ではまだ、か」

 

 

 (虚無の奥義『大世界扉』。直径数十リーグに及ぶ人工天体を次元転移させる魔法だ。そのために必要な魔力は膨大な量になるはず。場合によっては担い手の命と引き換えになるだろう)

 

 

 もし、サイトことブリミルが自らの『種』を残す事なく『大世界扉』発動と共に死んでしまえば、場合によってはその後の始祖の系譜は絶たれ、ルイズの存在さえ危うくなるやもしれなかった。

 

 

 「自らの死と引き換えに世界を守る、とでも言うつもりか、サイト? いや、ブリミルよ」

 

 

 「な、なんで、それを?」

 

 

 「えっ? さ、サイト、あんた知っていたの?」

 

 

 二人は互いの顔を見合わせ、赤面した顔面を驚愕の表情に変える。

 

 虚無の奥義『大世界扉』。『移動』を司る虚無の中でも最上位に位置し、島そのものすらも異界に放逐してしまう究極の転移魔法であった。サーシャの氏族に伝わる伝説によれば、かつて『大世界扉』を発動した担い手は全ての魔力を消費し尽し、その場で朽ち果てたという。

 サイトもまた、『虚無』に覚醒した際に自身が扱える魔法の詳細を把握しており、『大世界扉』の発動は自身の命と引き換えである事を知っていたのだ。

 

 

 「……ああ、そうさ! 俺は死んでもこの世界を守ってみせる! でも本当は世界なんてどうでいいんだ! 俺は、俺が一目惚れした女の子の為にこの命を懸けるんだ! 『思春期なめんなファンタジー』!、だぜ!」

 

 

 「さ、サイト、あなた……」

 

 

 「つーわけで最後の精神統一をしてくるんで! ついてくるなよ!」

 

 

 サイトは森のさらに奥へと駆けていった。セルが残されたサーシャに声をかける。

 

 

 「サーシャ、お前はどう考えているのだ?」

 

 

 セルの問いに俯いていたサーシャは顔を上げるとさばさばとした口調で言った。

 

 

 「始めから決まっていた事よ。『異界召喚』で引き寄せたのは人身御供。このアルケイディア大陸を救う為の、生贄でしかないわ」

 

 

 「……そうか」

 

 

 「ふふ、私たちを軽蔑する、セル?」

 

 

 「さあな」

 

 

 セルはサイトが走り去った方向とは逆方向に歩み去っていった。一人残されたサーシャはその場に蹲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (さて、どうしたものか)

 

 

 一人になった長身異形の亜人は思考する。

 

 

 (漆黒の弦月を消し去るのは容易い。だが、それだけでは不十分だ)

 

 

 六千年後も英々と伝えられる偉大なる始祖『ブリミル』の偉功。それと同じものを今のサイトに求めるのは難しい。サーシャにしてもサイトの想いを受け入れる気が皆無では意味がない。

 

 

 (最もサーシャについては疑問もある。サイトとサーシャの間の子孫がトリステインの祖王だとすれば、ルイズもエルフ族の血脈を受け継いでいる事になる。だが、ルイズの『気』にはエルフ族特有の形質が感じられない。六千年遡れば、単純計算でも数百世代を経る事になる。エルフの遺伝的形質が薄まる事も十分に考えられるが)

  

 

 そこまで思考を進めた長身異形の亜人の聴覚にサイトの声が届いた。それは先ほどまでの威勢の良さを全く感じさせない弱々しいものだった。

 

 

 「こわい、こわいよぉ。死にたくない、死にたくないよぉ……なんで俺がこんな目に合うんだよぉ、ちくしょう。だれか、助けてよぉ……」

 

 

 一般人の、それも高校生の子供に過ぎない平賀才人は、確かに異界に召喚された際に最初に出会ったエルフの姫巫女たるサーシャに一目惚れした。彼女を守る為に自分に出来る事はなんでもやる。その想いに嘘はない。だが、差し迫った死の恐怖の前では無力な子供でしかなかったのだ。人知れず弱さを吐露するサイト。それを知った長身異形の亜人は、密かにほくそ笑んだ。

 

 

 (フフ、それでいい。サイト、いやブリミルよ、おまえには子供じみた英雄願望の果ての死など許されないのだ)

 

 

 そして、サーシャもまた。

 

 

 「勝手に召喚して、勝手に英雄に祭り上げて、挙句の果てに世界を守る為の生贄になれ、ですって? アハッ! アハハハ!……どこまで、どこまで恥知らずなのよ! 何が、世界の行く末を見守る崇高な種族よ! こんな連中、滅んで当然じゃない!」

 

 

 自身に溜め込んでいた想いを吐露するサーシャ。

 

 

 「……私もそうだ。サイトは私の為に命を懸けてくれるのに、私は、私なんかが彼の愛を受ける資格なんかないのに!……なんで私、姫巫女なんかに生まれたんだろう」

 

 

 (愛する者を死へと追い遣った一族と自身に対する罪悪感に身を焦がす、か。フフフ、いいぞ。実にいい)

 

 

 二人の若者の真意を知ったセルは荒療治を実行に移す。

 

 

 シュンッ!

 

 

 高速移動によってサーシャの前に姿を見せたセルは有無を言わせず、サーシャの腕を取りサイトの元へと移動する。

 

 

 「きゃ!」

 

 

 「え? さ、サーシャ?」

 

 

 蹲るサイトに向かってサーシャを投げつけるセル。困惑する二人に長身異形の亜人は言葉を叩きつける。

 

 

 「お前達は何一つ間違ってはいない。タダの子供に過ぎないサイトに世界を救え、だと? 恥知らずにも程がある。姫巫女が氏族の罪過、その全てを負う、だと? 思い上がりにも程がある。年若いお前達が犠牲になって救われる、そんな世界に如何ほどの価値があるというのだ」

 

 

 セルの言葉は、二人が求めていた言葉だった。だが、サイトが震えながら立ち上がり言った。

 

 

 「で、でも、そうしなければ全部が終わっちゃうんだ……」

 

 

 「……」

 

 

 セルは自身の右手に視線を落とす。一瞬、手のひらが透けて視えた。もう時間がない。

 

 

 「はあっ!」

 

 

 次の瞬間、振り向きざまにセルは気功波を上空に放った。その一撃は、漆黒の弦月の下部に直撃し、積層構造体の実に五分の一を損壊せしめた。

 

 

 ゴゴゴゴゴ!

 

 

 ズゴォォォォン!

 

 

 本体から脱落した構造体が轟音と共に地表へと落下する。

 

 

 「う、うそ……」

 

 

 「ま、マジかよ……」

 

 

 余りの事態に呆然とする二人に空中へと浮かび上がった長身異形の亜人が淡々と告げる。

 

 

 「漆黒の弦月? ヴァリヤーグ? そんなものは、今日消えて無くなる。だが、それによって全てが終わりを告げるわけではない。エルフによる大陸支配は崩壊した。残存勢力を糾合した『大同盟』も脅威の源が去れば直ちに瓦解するだろう。その先に待つのは群雄割拠による戦国時代だ。あるいはヴァリヤーグとの闘いよりも多くの血が流れるやもしれん……さて、お前達はどうする?」

 

 

 長身異形の亜人は試すように二人に問いかける。

 

 

 「自身の境遇をただ嘆き、救いを求めるだけか?」

 

 

 震えを隠さずにサイトは声を張り上げた。そんなサイトに寄り添う様に立ち上がったサーシャも言葉を重ねる。

 

 

 「そ、そんなわけないだろう! 俺はサーシャを守りたい、一緒に生きたい! その為なら何だってやってやるさ! 『思春期なめんなファンタジー』! だぜ!」

 

 

 「はあ、こいつを、この犬をこの世界に召喚してしまったのは、この私なのよ。い、一応、飼い主として最後まで責任は持たないとね!」

 

 

 「フフフ、それでいい」

 

 

 「……セル、おまえは一体何者なんだ? ひょっとして、『神様』だったりするのか?」

 

 

 「私が何者なのかなど、どうでもいい事だ。私も間もなくこの世界から消えて無くなる。もう二度と会う事はあるまい……いや、偉大なる始祖『ブリミル』の物語に『漆黒の弦月』を支配していた醜い亜人、『月の悪魔』を登場させるのもまた一興か」

 

 

 「え、セル?」

 

 

 「仔細は任せる。お前達にとって都合が良い様にすればいい」

 

 

 「セル!」

 

 

 「では、さらばだ」

 

 

 一方的に宣言した長身異形の亜人は一気に上昇すると爆発的に気を高めた。

 

 

 「偉大なる始祖『ブリミル』よ! 我が先達、初代『ガンダールヴ』よ! これがお前達への私からの手向けだ! 受け取るがいい!」

 

 

 閃光に包まれたセルが両手を合わせ、独特の構えを取る。

 

 

 「か……め……は……め……波ぁぁぁぁ!!」

 

 

 全てを破壊する強大無比な力の奔流が漆黒の弦月に迫る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「警告! 警告! 超々高エネルギー弾、急速接近! 転移フィールド緊急展開! 全防御スクリーン全力開放!」

 

 

 堪ったものではないのが漆黒の弦月と呼ばれる人工天体『デミ・ゲテスター』のメイン・コアであった。 侵攻計画は順調に推移していた。原生生物の大半は原始的な熱核兵器以外に視るべき所を持たない下級生命体に過ぎなかった。ごく一部に特異な力を持つ個体もあったが、機甲兵団の機能更新で十分に対応可能のはずだったのだ。

 ところが、つい先ほど突如としてエネルギーレーダーにとてつもない反応が現れたのだ。かつて『ビッグ・ゲテスター』と呼ばれた強大な移動人工天体を破壊し尽くした金色の異種生命体の如き超高エネルギー生命体。初撃をほぼ無防備で受けてしまったメイン・コアは機能保全を最優先し、直ちに空間転移による逃亡を図る。だが、全ては遅すぎた。

 

 

 ポーヒー!

 

 

 カッ!

 

 

 (空間転移による回避か。選択としては悪くなかったがな)

 

 

 『漆黒の弦月』は緊急展開した転移フィールドに『かめはめ波』による時空間崩壊級の物理干渉を受けた為、フィールドが異常反転を引き起こしてしまう。直撃による自体破壊こそ免れたものの、予期せぬ次元の狭間へと墜ちていった。

 

 

 (二度と通常空間には復帰できまい。そして、時間か)

 

 

 セルは意識が明晰なまま白い閃光に包まれた。

 

 次の瞬間、セルは魔法学院の中庭にあるコルベールの研究小屋の横に佇んでいた。すぐそばにはタイムマシンが鎮座している。

 

 

 「時空間の収斂……世界そのものの恒常性とでもいうべきか」

 

 

 全ての辻褄が合ったわけではなかった。だが、セルがこのハルケギニアという世界に召喚されて以来、残されていた謎のいくつかが解消された。

 

 

 「最も、私の目的も方法も大きく変わる事はないがな」

 

 

 明日には『大降臨祭』が挙行される浮遊大陸に出発しなければならない。長身異形の亜人は、主たる桃色髪の少女が眠る魔法学院の寄宿棟へ歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長身異形の亜人は、全知全能の存在ではない。

 

 次元の狭間に墜ちたはずの『粗悪な人工天体』が完全には稼働停止してはいない事。亜人の最初の一撃で本体から脱落した下部構造体が六千年もの間、『聖地』にて稼働し続けていた事。それらはセルさえも知らない事実であった。

 

 そして、来る『大降臨祭』が終焉を迎える時、さらなる驚愕の事象が長身異形の亜人に降りかかる事となる。 

 

   




断章之拾参を投稿いたしました。

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