ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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およそ二ヶ月ぶりでございます。

第六十六話を投稿いたします。


 第六十六話

 エルフの氏族共同体『ネフテス』が治める領域の西端に位置するアル・ハムラ城塞—

 

 およそ十季前に前線境界守護要塞群の外城の一つとして建設されたものの三季前の蛮族侵攻の際に駐留部隊間の不和が遠因となり、陥落。当時の評議会において厭戦派が多数を占めていたこともあり、前線境界の縮小が決定。以来、放棄されたアル・ハムラ城塞は『アーハンブラ城』と名を変え、奪取した蛮族が自らの領域の最東端を示すシンボルとなっていた。

 

 

 「……凄まじいものだな」

 

 

 眼下に広がる、浅いすり鉢状の荒野を見渡した壮年のエルフが感嘆の言葉を漏らす。彼はネフテス空軍に所属する偵察艇隊を率いる高位士官の一人である。数日前に評議会からの密命を受け、旗下の偵察用小型竜曳船三隻と共に前線境界を越え、強行偵察の任に就いたのだった。

 

 

 「アル・ハムラ城塞の周囲二ファルサフは完全な更地となっているようです。精霊流も全く感知できません」

 

 

 観測要員の士官が報告する。エルフ族の世界観において森羅万象に遍く存在するはずの精霊も死の荒野と化した城塞跡からは完全に姿を消していた。それは周囲の精霊と契約を結ぶ事で『精霊魔法』を操る『行使手』たるエルフ達にとっては、最も頼もしい武器を奪われる事に等しい。

 

 

 「第二世代型の結晶石兵器を無制限に開放したとしても、これほどの破壊をもたらすのは不可能だ」

 

 

 『結晶石兵器』は、エルフ族が保有する中で最大級の破壊力を誇る兵器である。蛮族域たるハルケギニアにおいては伝説の彼方にしか存在しない究極の精霊石『結晶石』。その莫大な魔力を連鎖反応させる事で途方もない破壊の力を引き出す。六千年前の『大災厄』との闘いにおいて実用化され、多大な戦果を挙げるもあまりにも凄まじい威力ゆえに世界そのものを滅ぼしかねない『自滅兵器』の烙印を押され、長らく封印されてきたもう一つの『禁忌』であった。

 

 

 (もし、この破壊を『悪魔』が成したというならば、党首の主張もあながち荒唐無稽とも言い切れぬか)

 

 

 彼は、空軍にあっては非常に数少ない対蛮族強硬派の集団『鉄血団結党』のシンパであった。その党首エスマーイルは『災厄撃滅艦隊』の再編成と合わせて『結晶石兵器』の封印解除を評議会に要請していた。当初は『自滅兵器』の使用などという暴挙に及ばんとするエスマーイルに非難が集中したが、蛮族域で頻発する悍ましいまでの精霊流の異常を文字通り、肌で感じ取った評議員達は急速に意見を翻しつつあった。

 

 

 (だが、伝説によれば『結晶石兵器』を以てしても『大災厄』を完全に打ち滅ぼす事は叶わなかったというが……)

 

 

 「汎精霊流監視装置に反応あり! げ、『激震』反応です!」

 

 

 思考に沈んでいた高位士官を部下の鬼気迫る報告が現実に引き戻した。

 

 

 「ま、まさか『悪魔』が現れたというのか!?」

 

 

 次の瞬間、ネフテス空軍の偵察用小型竜曳船三隻は巨大な閃光に飲み込まれ、消滅した。

 

 閃光を放った存在は、長身異形の姿をしていたがそれを目撃した者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「党首、空軍の偵察隊が『アル・ハムラ』を索敵中に壊滅したとの報告が」

 

 

 首都アディールの郊外に位置するガリポリス軍港。ネフテス水軍最大の根拠地の中枢を担う司令本部は、エスマーイルが上席評議員となってからは対蛮族強硬派の集団『鉄血団結党』の牙城と化していた。本来、上席評議員と言えども水軍の直接指揮権は付与される事はないが、『災厄撃滅艦隊』総司令を拝命したエスマーイルは事実上の軍最高司令官として軍部の人事権すらも思いのままにしていた。

 

 

 「そのようだな。連中ご自慢の監視装置とやらも何の役にも立たなかったという事だ」

 

 

 部下からの報告を受けたエスマーイルは、さも当然という風にせせら笑うのだった。

 

 

 「では?」

 

 

 「統領と上席評議会は私が直接説き伏せる。『第三世代型』の量産を急がせろ」

 

 

 「はっ!」

 

 

 エスマーイルは、『悪魔』の跳梁による精霊流の異常が最初に観測された段階で自身の部族に属する研究者に『結晶石兵器』の再研究を命じていた。単純な構造で構成された超高威力爆弾に過ぎない『第一世代』、さらに洗練された構造で破壊力を高め、安全性もある程度確保された『第二世代』。脆弱な蛮族どもを殲滅するだけならばお釣りが来るだろう。だが、城塞を一瞬で消滅させ、広範囲の精霊流をも引き裂く恐るべき『悪魔』が相手となれば十分とはいえない。究極の結晶石兵器たる『第三世代型』を投入しなければならない。

 

 『崇高なる種族である我らエルフに害なす存在は全て滅ぼさなければ』

 その強迫観念は、エスマーイルから正常な判断力を奪いつつあった。

 

 

 「……『悪魔』を殲滅する為には、徹底した先制攻撃あるのみ」

 

 

 エスマーイルは知らない。『悪魔』だけがハルケギニアに存在するわけではない。エルフが『蛮族』と蔑む種族もまた、『悪魔』から授けられた途方もない力を有している事を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーハンブラ城から西方に数百リーグ。ガリア王国の西端の岬に小さな修道院が存在している。かつて、巨大な竜に飲み込まれながらも肌身離さず身に着けていた『始祖の十字架』の加護によって竜の体内から無事に生還した聖女『アンティオキナのマルガリタ』を奉じるセント・マルガリタ修道院である。建物の周囲は切り立った崖と海に囲まれており、フネや『竜籠』、竜種などの幻獣を用いねば往来すらままならない陸の孤島でもあった。この地は古くからガリア王家と密接な関係を持っており、様々な理由から表立って生活する事が難しい王族や高位の貴族の息女が身を隠す避難所として機能してきた。

 現在でも三十名ほどの女性が本来とは異なる名前で暮らしつつ、日夜始祖への祈りを捧げている。

 

 

 この修道院にも古ガリア様式に則り、小さいながらも前庭と使う必要のない馬寄せが設えられていた。その前庭を三つの影が駆け抜けていく。時間は夜半過ぎ。修道院で生活している修道女たちは皆夢の中である。

 

 

 「ハア、ハア、ハア」

 

 

 「残ったのはこれだけか?」

 

 

 「ああ、他の連中はもう……」

 

 

 影の正体、彼らはロマリア宗教庁が誇る大陸最大規模の諜報機関『教皇の手』に属する密偵だった。大陸の他の国家もご多分に漏れず複数の間諜をそれぞれの国に送り合っているが、『教皇の手』こそが最も有能な諜報機関である事は謀略の世界に関わった経験のある者であれば誰もがそれを認めている程であった。

 いかなる困難な任務をも磨き上げられた技能と決して揺らぐことのない信仰心によって果たしてきた彼らに、今回下った命令は至極単純であった。

 

 

 『ガリア西方のセント・マルガリタ修道院に秘匿されている始祖の秘宝を奪取せよ』

 

 

 始祖の秘宝。ブリミルの系譜に連なる四王国に建国の頃より受け継がれてきた至宝であり、伝説の魔法『虚無』の行使に必要不可欠な魔具でもあるという。この情報をもたらしたのはガリア王国に宮廷儀典長として派遣されていたバリベリニ助祭枢機卿であった。彼曰く、「ジョゼフ一世が『虚無』に覚醒後、新たな担い手の出現を恐れ、王家所縁の修道院に放出した」という。セント・マルガリタ修道院は由緒正しい歴史ある修道院ではあったが、警備隊や花壇騎士の常駐はなく奪取自体は容易に思われた。

 

 

 「なぜ『先住魔法』の使い手がこんな辺境の修道院に?」

 

 

 「秘宝の守り手だというのか?」

 

 

 「まさか! バリベリニ猊下の情報にはそのような……」

 

 

 シュン!

 

 

 「ぐはっ!」

 

 

 院内から脱出した一人に突如飛来した長剣が突き刺さる。残る二人は串刺しとなった同胞が倒れる前にその場から飛び退く。ほぼ同時にそれぞれが立っていた場所にも長剣が突き立つ。

 

 

 「くっ!」

 

 

 「追ってきたか!」

 

 

 二人の密偵が背後を振り返ると、天空の双月から降りそそぐ月光を浴びた修道院を背景に一つの人影と無数の長剣が宙に浮かんでいた。その光景の幻想さと人影の頭部から横に突き出た長い耳の影が密偵の反応を遅らせた。

 

 

 シュシュシュン!

 

 

 「ぐふっ!」

 

 

 「しまっ! がはっ!」

 

 

 点の如く高速で飛来する長剣群を前にしてはハルケギニア最高の諜報員たちも成す術がない。この日、セント・マルガリタ修道院に派遣された『教皇の手』実行班第六班はかろうじて急所を外していた一人を除き、全滅した。回収用の竜篭を伴った後方班に救出された瀕死の一人も、「耳長が……」という言葉を最後に事切れた。『耳長』の言葉が指し示す事実はたった一つ。

 

 狂暴なる異種族エルフの介入を確信した『教皇の手』本部は直ちにアルビオン大陸に行幸中の教皇ヴィットーリオに事の詳細を伝えるべく複数の伝令班を派遣した。だが、教皇への謁見を果たした者は誰もいなかった。また、諜報機関としての性質上、ガリア王国側への通告は行われなかった。セント・マルガリタ修道院に残された密偵達の遺体は何処の誰とも知れない野盗として処理されることだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アルビオン王国首都ロンディニウムの中枢ハヴィランド宮殿内教皇専用区画―

 

 ハルケギニア大陸において全ての王族の上位に立つロマリア宗教庁の頂点、教皇。各国の王城には教皇行幸の為だけに使用される特別な区画が整備されていた。『白の国』アルビオンらしく白亜に統一された豪奢な居室の一つでロマリアを差配する二人の人物が余人を交えず話し合っていた。

 

 

 「やはり、聖オーガスティン修道院が最も適していると言えますね」

 

 

 一人は、大陸全土のブリミル教を束ねる宗教庁の最高権威者たる教皇にして、『ロマリアの虚無の担い手』でもあるヴィットーリオ・セレヴァレ。

 

 

 「御意。大陸最古の寺院となれば小うるさい儀典室もアルビオン教区の長老連も納得せざるを得ないでしょう」

 

 

 もう一人は、宗教庁の密偵団『教皇の手』を束ねる助祭枢機卿にして、『ロマリアの虚無の使い魔・神の右手ヴィンダールヴ』でもある若きジュリオ・チェーザレ。

 

 

 「さて、予定通りならば今頃ガリア所縁の始祖の秘宝奪取が完了しているはずですね」

 

 

 「よほどの緊急事態がなければ『手の者』がこちらに来ることはありませんけど」

 

 

 「ジュリオはあまり乗り気ではありませんでしたね、今回の奪取に関して」

 

 

 「いえ、そんな……ただ、何の守護もない辺境の修道院に最精鋭の第六班を投入する必要があったのかと」

 

 

 「情報の確度は高いとはいえ、秘宝奪取は失敗の許されぬ案件。出来ればあなた自身に指揮を取らせたかったのですが……」

 

 

 「お心遣いありがとうございます。でも、僕の最大の使命は聖下の身命をお守りする事です。それは、全てに優先します」 

 

 

 ジュリオは、ヴィットーリオの使い魔となる前は孤児院で生まれ育った。ガリアの始祖の秘宝が秘匿されているという修道院も実質的には孤児院に等しく、ジュリオにとって縁浅からぬ地でもあった。そこで出会った呪われし双子の片割れの少女との交流は、使命の為の仮初めものに過ぎないと理解していながらもジュリオの心中で小さくない位置を占めていた。今回派遣された実行班第六班はジュリオが手ずから鍛え上げた精鋭である。奪取に際して修道院の人間を可能なかぎり傷付けてはならない、とは厳命していたが万が一が起きないとも限らない。

 

 その事を理解しているヴィットーリオも沈痛な表情で自身の使い魔に語り掛ける。

 

 

 「ジュリオ……あなたの想いに応える為にも『大降臨祭』は成功させなければなりませんね。私たちの真の目的の為にも」

 

 

 「僕の全てを懸けて、必ずや」

 

 

 「頼りにしています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『意志剣』と呼ばれる『先住魔法』がある。空中に浮遊する剣が自ら敵に高速で襲い掛かる恐るべき魔法である。同時複数の運用も可能な為、実体を持たない無数の剣士と戦うも同じであり、全ての剣を粉々にでもしない限り逃れる術はない。前線に立つエルフ族が好んで使用する魔法でもある。

 

 『耳長』とは、ヒト族によるエルフ族への蔑称である。その特徴的な耳の形状は影の状態でも相手の素性を容易く判別できる。あるいは容易く誤認させてしまう。

 

 『バリベリニ助祭枢機卿』は、ロマリア宗教庁の間者としてガリア王国に派遣されていた人物である。『リュティス騒乱』においてグラン・トロワ襲撃事件に巻き込まれ、一時期消息不明となるが程無く宗教庁との秘密の連絡は再開された。

 

 

 

 

 

 「フフフ、教皇聖下におかれては些末な事象に心囚われる事なく、『大降臨祭』をつつがなく挙行していただかなければ、な」

 

 

 長身異形の亜人セルは、『リュティス騒乱』に乗じてロマリア宗教庁がガリアに派遣した間者である『バリベリニ助祭枢機卿』を拷問後に自らに吸収。聞き出した宗教庁との秘密の連絡法を利用し、玉石混交の情報を宗教庁に流した。その誤情報に踊らされた『教皇の手』の実行班は、エルフと思しき刺客の襲撃を受け、大幅な弱体化を余儀無くされる。それすらも物質出現術と念動力を応用した『人形エルフの狂言』であった。

 

 

 「エルフは『悪魔』の脅威に怯え、ロマリアは『エルフ』の脅威に怯える。そして、『四の担い手』が一同に会する『大いなる降臨を祝う大祭』が終焉を迎える時……全てが、始まるのだ」

 

 

 長身異形の亜人の目論みを識る者は、『この世界』には誰も居なかった。

 




第六十六話を投稿いたしました。

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