ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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一か月ぶりでございます。

本編も六十話に到達いたしました。

これも読者の皆様のおかげでございます。

ありがとうございます。


 第六十話

 

 

 アンリエッタ王女は幸福の只中に居た。最愛の男性であるテューダー朝立太子ウェールズを支える充実した日々。一時は永遠の別れさえも覚悟したが、親友たるルイズの活躍のおかげでアルビオン王国と故国トリステインは救われ、自分はウェールズの傍でその力になることが出来る。

 そして、今夜さらなる幸福の源泉が彼女に齎される。

 

 「まさか『大降臨祭』の最中に婚姻の儀を挙げることが出来るなんて! なんという幸運かしら!」 

 

 ほんの小一時間前、教皇聖エイジス二十三世ことヴィットーリオがアンリエッタらに提案した『特例』に彼女は有頂天になっていた。

 そもそも、ブリミル教の年中行事において『降臨祭』とは、ハルケギニアの暦で元旦に当たるヤラの月フレイヤの週虚無の曜日から十日間、始祖ブリミルの降臨を祝し、その信仰を確かめる神聖な式典を指す。この期間は戦争すらも古式に則り休戦とすることが不文律となっている。さらに五十年に一度開催される『大降臨祭』ではヤラの月のすべてが聖なる祭りの期間に充てられる。

 

 

 「おお! 至高なる始祖ブリミルよ! どうしてわたくしだけが無数の人々の中から選ばれて、このような幸福に値することを許されたのでしょうか? なぜ全ての人々もわたくしのように幸せになれないのでしょうか!?」

 

 

 恐らくルイズ以外の誰かがアンリエッタのこの喜びと幸福の言葉を聞けば、等しく同じ思いに囚われたことだろう。

 

 いや知らんがな、と。

 

 だが、今のアンリエッタは無敵だった。

 

 

 「ああ! ルイズ! わたくしのお友達! 今すぐあなたにこの素晴らしい知らせを届けてあげたい! わたくしにもあなたのような亜人の使い魔がいればいいのに! そうすればあなただけではなく、ハルケギニアのすべての人々にこの喜びを伝えることができるのに!!」

 

 

 マザリーニ当たりが聞けば卒倒するような事をとかく喚き散らす未来のトリステイン女王。今の彼女の想像の中では、アルビオンの中でも最も長い歴史を持ち、最も高い格式を誇る大聖堂で、純白のウェディングドレスを身に纏った自分の腕を同じく白に染め抜かれた巫女服姿のルイズが支えつつ、最愛の男性が待つ祭壇の最上段へと導く情景が鮮明に再生されていた。

 

 

 「そうだわ! 今すぐウェールズ様の元へ行かなければ! 相談しなければいけないことはいくらでもあるのだから!」

 

 

 思い立ったが吉日。すでに時刻は夜半を過ぎていたが、アンリエッタは大急ぎで自室からさして離れていない立太子執務室に駆け込んだ。

 

 

 人知れず大陸全土を席巻する巨大宗教への反逆を決意した『プリンス・オブ・ウェールズ』は、ギラギラと目を輝かせながら自分たちの婚姻の儀で招待客に饗する晩餐についての相談を持ち込んできた最愛の女性に対して、困惑の表情を浮かべることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 恋人たちの熱狂と当惑を余所に、サウスゴータ領総督代行の自室兼臨時執務室では二人の男性が久方ぶりに旧交を温めようとしていた。

 

 

 「こうして二人だけでお会いするのはいつ以来でしょうね、リュクサンブール候」

 

 

 「聖下が儀典秘跡省直轄の協働司教に任命された叙階式以来となりますので四年ぶりかと」

 

 

 部屋を訪れたのは、年の頃二十代前半の美青年。全身を法服に包まれ、その色彩は最高位を示す紫で統一されていた。ブリミル教の頂点に立つ教皇ヴィットーリオ・セレヴァレその人である。室内で彼を迎えたのは、見た目年の頃六十代後半、実年齢五十路前の苦労人。トリステイン貴族の一般的な夜服を纏ったサウスゴータ領総督代行マザリーニ・リュクサンブールその人である。

 

 

 「フフ、その場には他にも大勢の人々がいたではありませんか。今のこれは、私とあなた、二人だけの語らいですよ?」

 

 

 「……ブリミル教の『新教徒教皇』とトリステインを私せんとする『鳥の骨』の密会。ロマリア司教枢機卿団とトリステイン諸侯会議が血眼になって粗探しに奔走するでしょうな」

 

 

 ヴィットーリオは宗教庁の改革を掲げ、様々な既得権益に切り込み、多くの成果を上げていた。対立する一部の高位聖職者たちからは『新教徒教皇』と揶揄されていた。そして、マザリーニは教皇候補の筆頭に挙げられながら王の逝去後、混迷を深めつつあったトリステインに残ることを決断し、教皇位ではなく僭王位を望んだ『鳥の骨』と蔑まれていた。

 

 

 「その物言い、お変わりありませんね」

 

 

 「昔話をするためにわざわざ人払いをしたわけではありますまい。お互いに忙しい身でもあります。教皇聖下におかれてはいかなるご用向きでありましょうか?」

 

 

 「それでは単刀直入に申しましょう。今、このハルケギニアに迫りつつある脅威に対抗するためにトリステインの力をこの私にお貸しいただきたいのです」

 

 

 ヴィットーリオとマザリーニ。この二人は、ブリミル教の開祖『墓守フォルサテ』の血脈を受け継ぐ分王家セレヴァレ家とリュクサンブール家の出身であり、マザリーニはヴィットーリオが幼少のみぎり、その後見人的な立場として、この聡明な少年に大いに目をかけていたのだった。

 

 

 「……恐れながら、聖下に三つ、お尋ねしたい儀がございます」

 

 

 「何なりと」

 

 

 「一つ、『迫りつつある脅威』とは何か? 一つ、『我が国の力』とは具体的にどの程度か? 一つ、『この私に』とは、ロマリアではなく聖下個人に力添えをせよ、とのことでありましょうか?」

 

 

 マザリーニの問いに目を細めるヴィットーリオ。表面上はそれ以上の変化を見せずにすらすらと答える。

 

 

 「さすがは『鬼謀』のマザリーニですね。では一つずつお答えしましょう。『脅威』とは、すなわちエルフ族の蠢動。かの邪悪なる種族は我らのハルケギニアにその穢れた牙を突き立てんと目論んでいるのです」

 

 

 「……」

 

 

 「そして、『トリステインの力』とはすなわち『蒼光の戦乙女』。先の戦役の英雄であり、虚無の担い手たるミス・ルイズを指します。勿論、強国たるトリステイン軍の力も必要不可欠といえるでしょう」

 

 

 浪々と語る、かつて自身の庇護下にあった青年教皇の言葉にじっと耳を傾けるマザリーニ。

 

 

 「最後に『この私に』と述べたのは、お察しの通り、ロマリア宗教庁ではなく、教皇聖エイジス二十三世でもなく、私ヴィットーリオ・セレヴァレにその力をお貸し願いたいのです」

 

 

 「その理由は?」

 

 

 「おや、質問は三つだったのでは?」

 

 

 「……」

 

 

 「フフフ、あなたには今更説明するまでもないでしょうが、私の忍耐ももう限界なのです。現状のブリミル教の理想と現実の落差には」

 

 

 ブリミル教の総本山を擁するロマリア連合皇国は『光の国』とも呼ばれる。だが、心ある者が見れば、それは度し難い欺瞞と虚飾に満ちた偽りの理想郷であった。贅を凝らした荘厳な大聖堂の周囲には、諸国から流れ込んだ難民たちがひしめき合い、豪奢に着飾った神官たちが望むままに欲望を謳歌している横では、今日一日のパンにすら事欠く平民が身を寄せ合うようにして空腹に喘いでいるのだ。

 

 

 「私は恐れているのです。もし、始祖ブリミルが、あるいは開祖フォルサテが今のロマリアをご覧になったらどれほど失望されることかと。そして、ロマリア宗教庁には、力がありません。大陸全土に恐るべき災厄を齎すエルフ族に対抗するための力も、すべての国家に団結を促す権威すらも」

 

 

 ヴィットーリオの言葉を拝聴しつつ、『鬼謀』のマザリーニは考えを巡らす。

 

 

 (やはりロマリアは、いやヴィットーリオはヴァリエール特務官が虚無の担い手であることを把握していたか。そして、エルフの脅威か……やや唐突に感じるが筋は通らなくもない。問題は)

 

 

 マザリーニは、教皇の意図を図りかねていた。ブリミル教の最高権威者が、トリステインを実質差配していた宰相格の大貴族に胸襟を開いて話している。もし、端から見ればそうも捉えられようが、マザリーニの中には一つの疑念が渦巻いていた。

 

 

 (なぜ、あの『亜人の使い魔』について言及しないのだ。特務官の虚無について知っているなら彼女の使い魔の力を知らないはずはあるまい)

 

 

 「……今の私はトリステイン王国サウスゴータ領総督代行に過ぎません。例え教皇聖下の御言葉とはいえ、大陸全土の存亡に関わる事象となれば、この場で易々と首を縦に振るわけにも参りません。まずは、エルフの脅威、その根拠をご提示いただきたい。そして、近衛特務官たるミス・ルイズに下知できるのはアンリエッタ王女殿下とマリアンヌ暫定女王陛下のみ。『虚無』の担い手を動かしたいのであれば、アンリエッタ殿下にお話を通していただきたい」

 

 

 「勿論ですよ、マザリーニ殿。近く、アンリエッタ殿下とウェールズ殿下も交え、恐るべきエルフの企みについて詳細をお話いたしましょう。出来る事ならミス・ルイズにもご同席願いたいのですが、難しいかもしれませんね」

 

 

 そう言って、ヴィットーリオは席を立った。

 

 

 「さて、そろそろお暇いたしましょうか。激務に追われる宰相閣下のお時間をこれ以上頂戴するのはあまりに心苦しいですからね」

 

 

 心底を見せない教皇に一抹の寂寥を感じたマザリーニは、二十年近く封印していた少年の愛称を口にした。

 

 

 「私は宰相ではありません……だが、ヴィックのためならばいつでも時間を作ろう」

 

 

 「……懐かしいですね。私をそう呼ぶのは母とあなただけでしたね」

 

 

 「ヴィットーリア殿の消息は未だに分らぬのか?」

 

 

 「はい。まあ、私が恐れ多くも教皇冠を戴くことが大陸全土に発表された時も何の音沙汰もなかったのです。すでに鬼籍に入っているものと考えています」

 

 

 「……まだ、恨んでいるのか、ヴィック?」

 

 

 「さて、私ももう子供ではありませんからね。それに彼女はただ弱すぎたのです、あらゆるモノに対して」

 

 

 「……」

 

 

 教皇聖エイジス二十三世は、臨時執務室を辞した。

 ヴィットーリオ・セレヴァレの実母、ヴィットーリアはヴィック少年が七歳の時に息子を残し、失踪した。その理由をマザリーニは、異国トリステインで人伝に聞いた。特異な魔法に覚醒した息子を恐れる余り、新教徒に改宗したという。多感な時期に母親から疎まれ、捨てられる。どれほどの絶望をあの聡明な少年は抱え込んだのだろう。だが、マザリーニは彼に救いの手を差し伸べることは出来なかった。第二の故国と定めたトリステインの危機を振り払うことを選んだのだ。

 かつて、自身の息子のように想い、見守ったはずの存在をマザリーニは見捨てたのだ。その後悔は『鳥の骨』の心の最も深い場所に突き刺さっていた。

 そして、今。

 

 

 「私はもう一度、子らを天秤に掛けねばならぬのか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ガリア王国首都リュティス、ヴェルサルテイル宮殿内グラン・トロワ副女王執務室。

 

 

 父王を自らの手でこの世界から消し去ってしまったガリア王女イザベラ。だが、彼女に父王殺しの悲嘆に暮れる時間はなかった。ガリア王国副女王としての責務が否応無くイザベラを待ち受けていた。ジョゼフによる御前会議の壊滅とそれに呼応するかのように勃発した首都騒乱。国家の中枢を担っていた大貴族の大半が瓦礫の下敷きとなり、御前会議を急襲した王弟派と反ジョゼフ派の実行部隊も同じく壊滅状態。決起した首都周辺の反乱部隊は全てセルによって制圧され、上空から首都全域に響き渡った長身異形の亜人による恫喝の成果なのか、リュティスは表向き、平穏を取り戻した。

 自らは出奔した挙句、友好国であるトリステインへの侵攻を企てた『狂王』ジョゼフは娘たるイザベラによって討たれた。だが、現状で事を公にすれば国内外に大きな混乱を及ぼすと判断したセルとイザベラによって情報管制が敷かれ、ジョゼフ王は御前会議中に正体不明の勢力による襲撃を受けた結果、重症を負い、明日をも知れぬ身である、という一報が市井には流されていた。しかし、ジョセフ出奔の奇禍はそれだけには留まらなかった。

 

 

 「……サン・マロンは完全に壊滅、両用艦隊は所属艦艇の九割以上を喪失、軍人や市民の犠牲者は数万人以上、か」

 

 

 執務室で書類の束と格闘していたイザベラは、国内最大の港湾都市にして大陸最強を誇った両用艦隊の根拠地であり、父王ジョゼフの手によって業火に包まれたサン・マロンの被害報告書にざっと目を通し嘆息した。その周囲には、長身異形の亜人セルの念動力によって無数の書類が浮かんでいた。

 

 

 「サン・マロンにおける生存者は郊外に居住していた少数の市民と巨大ゴーレム起動時に基地を離れていた哨戒艦隊と数個の教導隊のみだ。現状では港湾施設や軍事基地の再建を後回しにして都市部の被害状況の把握及び生存者への援助を最優先にするべきだろう。周辺の諸都市から酒保商人と警備隊を派遣させよう。必要であれば私の分身体を送り込んでもいい」

 

 

 「ああ、セル、そうしてくれ」

 

 

 長身異形の使い魔の助言に疲れた様子で同意するイザベラ。首都騒乱を鎮めるための緊急措置として自ら副女王となることを宣言したイザベラであったが、治世の経験などは当然皆無だった。副女王の即位宣言をその場で聞いた者たちは年若い王女の決意に感銘を受けもしたが、リュティスに住まう大多数の人々にとって、彼女は『無能王から生まれた無能姫』でしかなかった。そんな副女王陛下を長身異形の亜人は文字通り八面六臂の活躍で支えた。

 

 

 「ところでイザベラ、二週間後のトリステインとの秘密会談についてだが、先方に『どこまで』伝えるつもりなのだ?」

 

 

 「……決まってるだろ、全部だよ、全部。一から十まで、何もかも、余すことなく、ぶちまける」

 

 

 「その結果、ガリア王国がどういう立場に追い込まれるか、解っているのかな?」

 

 

 「馬鹿にするなよ、セル。いくらあたしでもそのぐらいの事は想像できるさ」

 

 

 ガリア王ジョゼフ一世の所業。イザベラが把握しているだけでも、彼は自らの王城を半壊させ、自国の大都市サン・マロンを焼き尽くし、挙句の果てに友好国であるトリステインに宣戦布告も無しで侵攻し、国境砦、複数の集落、城塞都市を壊滅させた。そして、その理由が自身の肥大化した罪悪感に耐えかねての自滅的衝動による暴走という事実。これを知った際の最大の被害者であるトリステインの憤激たるや察するに余りある。無論、大陸の諸国も一斉にガリアを非難するであろうことは疑いようがない。

 だが、イザベラの決心は揺るがない。

 

 

 「でも、あたしはもう決めたんだ。すべてを伝える。シャルロットとジャンヌおば様にもすべてを。そして……二人の判断に委ねる」

 

 

 タバサことシャルロットの父、オレルアン公シャルル。多くの行き違いがあったとはいえ実の兄であるジョゼフの手で、その命脈が絶たれた事は厳然たる事実であった。そしてオレルアン公夫人ジャンヌは娘であるシャルロットを守るためエルフの毒薬を自ら呷り、心を喪った。

 父王だけではない。イザベラ自身も劣等感から従妹であるシャルロットに種々の無理難題を押し付け、時には命の危機に追いやったこともある。

 贖罪を願うのはジョゼフだけではなかった。

 

 

 「二人が望むなら、あたしは、自分の命を差し出すつもりだ」

 

 

 「そうか」

 

 

 悲壮な決意を語る主人に対して、いつも通りの冷静極まる声色で相槌を返す亜人の使い魔。思わず、背後を振り返ったイザベラが呆れ気味に言う。

 

 

 「おまえ、ご主人様が命を差し出すとまで言っているんだぞ。他に言いようってものがあるだろう?」

 

 

 「君の決意は固いと見た。それとも、私が泣いて縋れば君は自分の意思を翻すのかな?」

 

 

 長身異形にして筋骨隆々の亜人が、号泣しながら自分に取り縋る様を想像してしまったイザベラは苦虫を嚙み潰したように顔を歪めた。

 

 

 「嫌なモノを想像させるな!」

 

 

 「それは失礼した。だが、我が主よ。これだけは言っておくぞ」

 

 

 慇懃無礼な一礼を主に贈った亜人の使い魔は、不意に雰囲気を一変させるとイザベラに迫るかのように言葉を発した。

 

 

 「私は、君に害を及ぼすあらゆるモノから君を守る。だが、その中には君自身も含まれていることを覚えておくがいい」

 

 

 「ど、どういうことだ?」

 

 

 「簡単なことだ。君の命は、君のモノではない。この私のモノだ。決して何人たりとも傷付けることは許さん」

 

 

 「お、おまっ! それじゃまるで、ま、まるで……あー! な、な、何言わせるつもりだぁ!? こ、こ、この失敗面の亜人め!!」

 

 

 長身異形の亜人の突然の宣言に何やら極めてこっぱずかしい勘違いをかました副女王陛下は、顔を真っ赤にして自身の使い魔に罵詈雑言をぶつけた。

 

 

 「はあ、はあ、はあ、く、くそ! セル! お、おまえが変なことを言うから調子が狂っちまったじゃないか!」

 

 

 しばらくの間、騒ぎ立てたイザベラだったが、セルとのやり取りの前まで、その表情を覆っていた陰りは鳴りを潜め、わずかばかりの明るさを見て取ることが出来た。それに助けられたのか、イザベラは政務に忙殺されて以来、忘れていた懸念を思い出した。

 

 

 「そ、そういえば! おまえに聞かなきゃいけないことがあったんだ! セル! おまえは何であたしを虚無の担い手にしたんだ!? おまえの目的は一体何なんだ!?」

 

 

 「私の目的は、ただ一つ。『真のセル』となることだ」

 

 

 「し、『真のセル』だって?」

 

 

 「そうだ。アーハンブラ城で出会った、もう一体のセルを覚えているな?」

 

 

 「あの貧相な体付きの桃色髪が連れていた、おまえの出来損ないみたいな亜人のことだろ。確か、この大陸にはセルってやつがおまえを含めて四体いるんだっけか」

 

 

 「その通りだ。そして、私たちセルは皆、不完全な状態で誕生する存在なのだ。君たち人間のようにな」

 

 

 「不完全な存在……」

 

 

 「君たち人間を含め、多くの生物は時を経ることでより完全体へと近づいていく。だが、私たちセルは違う。我々が完全体へと近づく唯一の方法、それは」

 

 

 「そ、それは?」

 

 

 「他のセルを全て、この身に吸収する事なのだ」

 

 

 セルの言葉に偽りは無かった。しかし、真実を全て語ることも、また無かった。

 

 

 「ほ、他のセルを吸収……で、でも! それとあたしを虚無の担い手にする事に何の関係があるんだ!?」

 

 

 「私を含むセル四体の力は完全に拮抗している。目的を考えれば、セル同士が結託することもありえない。そこで、重要となるのが『虚無』の存在なのだよ。『虚無』そのものは、ハルケギニアにあっては絶大なる力を齎す源泉だが、私たちセルにとっては取るに足らない脆弱な力でしかない。だが、『使い魔の契約』を介することで私たちセルの力に『虚無』の力を上乗せすることが出来るのだ。完全に拮抗した力を持つ私たちにとっては、そのわずかな差こそが勝機たり得るのだ。だから、イザベラよ」

 

 

 セルは自身の主に歩み寄り、その逞しい右手でイザベラの頬を優しく撫でる様に触れた。そしていつも通りの良い声で囁いた。

 

 

 「さらなる力を身に着けるのだ、この私、セルの為に」

 

 

 「……うん、あたし、がんばる……はっ!?」

 

 

 セルの右手の温もりの心地よさと誰もが聞き惚れる美声のコンボをまともに食らったイザベラは頬を染めつつ、無意識に頷こうとしてしまう。だが、すんでのところで正気を取り戻し、一足飛びにセルの懐から逃げ出す。未だかつて無いほどに顔面を朱に染め抜いたイザベラは、力の限りに叫んだ。

 

 

 「こ、こ、こ、この破廉恥亜人めぇ!!」

 

 

 年若い副女王陛下の怒声が、グラン・トロワの一角に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第六十話を投稿いたしました。

会話回ばかりが続き申し訳ございません。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

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