ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

75 / 91
新年明けましておめでとうございます。

なんとか、パソコンが復旧しました。

今後は、月一更新を目指して努力する所存であります。


第六章 大降臨祭
 第五十八話


 -アルビオン大陸ハイランド地方聖オーガスティン修道院

 

 伝承によれば、この聖堂寺院の建つ場所こそ、始祖『ブリミル』がアルビオン大陸に降り立った最初の地であるという。アルビオン大陸における始まりの王朝であるノルマン朝によって築かれた最古の寺院は、時代の節目毎に大陸の運命を揺るがす事象の舞台となってきた。

 

 三千二百年前、この寺院でノルマン朝の瓦解と、その後の『無王時代』の引き金となった皇太子ウィリアムの暗殺事件が起こった。

 

 千八百二十年前、この寺院で祖を同じくするガティネ王家とアーンジュー王家が合流を決断し、その後、一千年に渡って隆盛を誇るプランタジネット朝『アーンジュー帝国』が誕生した。

 

 七百十年前、この寺院で後に『亜人大乱』と呼ばれる亜人種の一斉蜂起を鎮圧したプランタジネット朝皇太子ジャンとガリア王国ヴァロワ王家王女ジャンヌは、運命の出会いを果たした。

 

 三年前、この寺院で大陸辺境カーディフ地方を担当していた一司教が、反王権貴族連盟『レコン・キスタ』を旗揚げした。

 

 

 

 そして、ほんの数時間前、この寺院で後テューダー朝の開祖となる『破門王』ウェールズ・テューダーとトリステイン王国中興の祖と呼ばれる『聖女王』アンリエッタ・ド・トリステインの、婚姻の儀が執り行われた。

 

 

 だが、今、アルビオン大陸最古のブリミル教寺院聖オーガスティン修道院は、跡形も無く消滅していた。長い長い歴史の中で数百回を超える修繕・改築を経て尚、古ブリミル式と呼ばれる壮麗な建築様式とブリミル教の聖地としての神秘的な佇まいを、訪れるすべての人々に魅せていた修道院は、円形のクレーターに姿を変えていた。その中心に一人の男が跪いていた。

 

 

 「……始祖よ、わたしは間違っていたのですか?」

 

 

 男の年齢は、二十代前半。長い金髪と端整な顔立ちが目を引く。その装いは、『宗教庁』における最高位を示す紫色に統一され、またその僧帽は、五十年に一度開催される『大降臨祭』に際してのみ着用が許される三重の教皇冠であった。

 

 

 「……始祖よ、わたしの信仰は、御心に届かなかったのですか?」

 

 

 ブリミル教の最高権威者であるはずの教皇聖エイジス三十二世、本名ヴィットーリオ・セレヴァレは、アルビオン大陸最古の修道院の跡地に跪き、神たる始祖『ブリミル』に、心底から、問い掛けていた。

 

 

 「……始祖よ、あなたは何故、わたしに『虚無』をお授けになられたのですか?」

 

 

 ヴィットーリオには、解っていた。始祖からの応えなど『あの時』と同じく、ありはしないことを。だが、彼の両の腕に抱かれている存在が、その重さが、彼の心を千々にみだしていた。

 

 

 「……始祖よ、あなたは、本当に、本当に……」

 

 

 最後の声は、言葉にならなかった。跪いたまま、両腕の存在に顔を寄せ、しばし微動だにしない。

 

 

 「……わたしは、ここで折れるわけにはいかない。決して。」

 

 

 ゆっくりと立ち上がったヴィットーリオは、瞑目し、精神を集中した。

 

 

 「そうですよね、ジュリオ……」

 

 

 まるで、我が子に語り掛けるように優しく、静かに、自身の使い魔『であった』少年に言葉を発した教皇は。

 

 

 「……我が名はヴィットーリオ・セレヴァレ……」

 

 

 自らの人生で、二度目となるスペルを詠唱した。

 

 

 「……五つの力を司るペンタゴンよ……」

 

 

 彼ら以外、聞く者とていないはずの修道院跡地。

 

 

 「……我の運命に従いし使い魔を召喚せよ……」

 

 

 だが、長身異形の亜人は、確かに、

 

 

 

 嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --ブリミル暦六千二百四十三年、ヤラの月、へイムダルの週、虚無の曜日。

 

 この日、アルビオン大陸の北方ハイランド地方に位置する、大陸最古のブリミル教の聖地、聖オーガスティン修道院は、消滅した。

 

 この日、聖オーガスティン修道院では、三つの式典が執り行われた。一つは、五十年に一度開催される『始祖の大降臨祭』、一つは、教皇聖エイジス三十二世の教皇就任三周年の記念式典、一つは、アルビオン王国のウェールズ立太子と、トリステイン王国のアンリエッタ王女の婚姻の儀である。すべての式典は、大きな問題も無く、つつがなく進行した。参列した多くの人々は、始祖に対して畏敬の念を懐き、清廉なる教皇の説教に真摯に耳を傾け、この善き日に結ばれる若人たちの前途を大いに祝福した。

 

 だが、三つの式典が終了してより、四時間後。修道院は、消えた。

 

 その時、修道院に居たのは、教皇聖エイジス三十二世、ジュリオ・チェザーレ助祭枢機卿、ジュリオ配下の竜種幻獣四十体。それに相対するのは、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール近衛特務官。そして、『二体』の長身異形の亜人であった。

 

 

 聖オーガスティン修道院が、いかにして大陸から消滅したのか。

 

 

 時間を遡り、三式典の準備段階から、その詳細を記す事とする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 --式典開催の三週間前、トリステイン王国王都トリスタニア王宮

 

 

 (……なぜ、わたしはここにいるのだろうか?)

 

 

 トリステイン魔法学院教務主任を務める『炎蛇』ことジャン・コルベール男爵は、途方に暮れていた。彼は、今、トリスタニア王宮の中枢、護国卿執務室に居た。冷や汗を滲ませるコルベールの眼前には、重厚な机に座り、両手を顔の前で汲んだ部屋の主が、居た。現在のトリステインを実質差配する護国卿にして、王国最高位の貴族ヴァリエール家当主、そしてコルベールの生徒である『蒼光』のルイズの実父たる、ピエール・リオン・ド・ラ・ヴァリエール公爵その人である。

 

 

 (や、やはり、ミス・ヴァリエール関連の事だとは思うが……)

 

 

 当然、コルベールもヴァリエール公爵の事は知っていたが、直接の面識は無かった。様々な紆余曲折を経て、数日間滞在したヴァリエール領本城で、公爵の家族から伝え聞いた所では、かなり過剰な家族愛に溢れる人物だという。コルベールは、また一滴冷や汗が自身の頬を伝わるのを感じた。

 

 タバサことガリア王家の廃された王女シャルロット救出作戦から、ヴァリエール城への瞬間移動を経て、ヴァリエール家次女カトレア快癒の宴への参加。結果として、コルベールは一週間に渡る学院無断欠勤をしでかしてしまった。幸い、学院長たるオールド・オスマンの計らいによって、事無きを得たが、ホッとしたのも束の間。王宮からの急使が到着し、ルイズとコルベールに至急参内するようにとの護国卿命令を伝達した。あまりにもタイミングが良過ぎた。

 

 

 (セルくんの話では、アーハンブラ城での一件はガリアでさえ把握していないという事だったが、まさか……)

 

 

 「……コルベール卿」

 

 

 「は、はっ!」

 

 

 思わず、上擦った声で応えてしまうコルベール。だが、ヴァリエール護国卿は、世間話のような気軽さでコルベールに言った。

 

 

 「卿は、ガリアへ旅行した事はあるかね?」

 

 

 「が、ガリアでありますか? お、お恥ずかしながら、未だかの国の土を踏んだ事はございません……」

 

 

 「ふむ、そうかね。ガリアは大陸屈指の魔法先進国だ。常日頃から『研究の虫』と呼ばれる卿ならば、強い興味を持っているものと踏んだのだが」

 

 

 「お、恐れ入ります」

 

 

 王国を差配する護国卿が、今は一教師に過ぎない自分の言動を把握している事に戦慄するコルベール。気にする風も無く、言葉を続ける護国卿。

 

 

 「さて、教師としての職務に忙殺されているであろう卿をわざわざ呼び出した理由についてなのだが」

 

 

 机から立ち上がった公爵が、執務室の大窓に歩み寄りながら、背後のコルベールに言った。

 

 

 「トゥールーズの件は、聞いているかね?」

 

 

 「はっ、市井の噂程度ですが、正体不明の軍勢によって大きな被害を受けたとか」

 

 

 「それだけかね?」

 

 

 「ふ、不明なもので……」

 

 

 トリステイン王国南方の城砦都市トゥールーズは、ガリア領より侵入した超巨大ゴーレムによって壊滅した。護国卿は、トゥールーズ奪還のため、二万の兵を率い出陣。結果として、一兵を失う事も無く、ゴーレムは撃破され、トゥールーズの奪還は果たされた。後に『ゴーレム事変』と呼ばれた一連の事象の詳細は、王国上層部において、最重要機密事項に指定され、トゥールーズ市民や奪還軍の兵にも徹底した緘口令が敷かれた。だが、完全な情報統制は困難であると判断した護国卿によって、トゥールーズ壊滅の情報だけが、市井に故意に流されていた。その事を考えれば、コルベールの返答に不審な点はない。最も本人は心中穏やかではなかった。

 

 

 (トゥールーズを壊滅させた超巨大ゴーレム。ミス・ヴァリエールの話では、ガリアの『虚無の担い手』とその使い魔の仕業だというが……)

 

 

 セルの進言を受け、超巨大ゴーレム『フレスヴェルグ』を撃破したルイズは、ヴァリエール城帰還後、その詳細をコルベールら学院組に伝えていた。

 

 

 (トゥールーズ平原での決戦では、護国卿自ら指揮を執っていたらしい。当然、ミス・ヴァリエールとセルくんが参戦などすれば、すぐに公爵の知る所になるのは理解できる。しかし、なぜわたしが……)

 

 

 「……十日後、ガリアとの国境緩衝地帯にて、ガリア側との秘密会談が設けられる」

 

 

 「が、ガリアとの会談!」

 

 

 「トゥールーズ壊滅の真相が明らかになる……らしい」

 

 

 「ど、どうしてガリアが、いえ、それ以前にわたしのような一介の教師に何故そのような国家の重大事を……」

 

 

 「先方からの御指名なのだよ。『会談には、トリステイン魔法学院教務主任ジャン・コルベール男爵を帯同されたし』とね。それも、ダエリー大使ではなく、イザベラ・ド・ガリア副女王陛下御自らのご希望なのだ」

 

 

 「!! い、イザベラ殿下自ら!?」

 

 

 「コルベール卿、きみは先程こう言ったな。『ガリアを訪れた事はない』と。実に残念だが、イザベラ陛下が我がトリステインにお越しになられた事は、これまでには無い。さて、きみは一体、いつ、どこでイザベラ陛下の知遇を得る栄誉に浴したのかね?」

 

 

 もはや、コルベールは全身に脂汗を滲ませていた。自身の言葉だが、一介の教師風情が、大陸最大の王国の王位継承権者に謁見できる機会など、有り得る訳が無い。まして、他国との秘密会談に名指しで帯同を要求するなど、荒唐無稽にも程がある。しかし、コルベールには心当たりがあった。

 

 

 (アーハンブラ城でのやりとりか! た、確かにこれ以上無いほどに、正式な名乗りをしてしまっていた……)

 

 

 

 

 コルベールが、護国卿執務室にて、針のムシロを存分に体験していた頃、さほど離れていない衛士隊総隊長執務室では、救国の英雄にして近衛特務官こと『蒼光』のルイズが、真っ青な顔でガタガタと震えていた。彼女は、今日この時ほど、長身異形の亜人が自身の背後に居ないことを後悔した日はなかった。そして、使い魔に特務官居室で待つように命令してしまった自身を幾千回も呪った。正面には、顔半分を鉄仮面で覆った細身の衛士が、静かに立っていた。

 

 

 「ルイズ、あなたのした事を母さまに報告なさい」

 

 

 「は、はひぃ!」

 

 

 ルイズの恐怖は、始まったばかりであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第五十八話を投稿いたしました。

ついに原作最終巻の予約が開始されたとの事。

発売までには、本作にも目途をつけたいところでありますが……


ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。