ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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二ヶ月半のご無沙汰でした。

本当に、本当に長くお待たせしてしまいました。

第五十四話を投稿いたします。


 第五十四話

 

 

 「……は、ははは。そうか、そういうことか……」

 

 トゥールーズ市北部の平原に突如、出現した全長百メイルに及ぶ巨身異形の亜人。恐るべき巨身の降臨の衝撃から、最初に立ち戻ったのは、「無能王」ジョゼフ一世であった。

 ジョゼフは、まるで何かを堪えるかのように両手で、顔を覆った。全身が小刻みに震えている。

 

 「これか、これこそが、おれが待ち望んでいたモノか……」

 

 一呼吸置いた後、両手を下ろしたジョゼフの双眸は、未だかつて無い、異常な輝きを宿していた。

 

 「六千年前、始祖ブリミルの御世において、生けとし生ける者すべての天敵とされた異形の存在「ヴァリヤーグ」。伝説では、それは天を衝くほどの巨人であったとも、無数の魔法兵器の群れだったとも謂われるが……」

 

 座乗船アンリ・ファンドーム号の甲板から、北トゥールーズ平原を見下ろすジョゼフの視線の先では、彼の使い魔であるシェフィールドが操る超巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」が、二振りの大剣と二個の大盾を油断無く構えている。その意思無き三つ目が見据えるのは、「蒼光」のルイズの使い魔である巨身異形の亜人セルである。特に構えなどは取らず、長さにして二百メイルに及ぼうかという長大な尾を揺らめかせている。

 

 「我がミューズよ! 今だ! 正に今こそが、おれとおまえの最期にして最大の見せ場と心得よ!! あのうすらデカイ化け物をなます切りにしてくれようぞ!!!」

 

 「は、はい! ジョゼフ様!」

 

 ジョゼフは傍らに控えていたシェフィールドを強引に引き寄せて、抱きすくめる。この時、ジョゼフとシェフィールドの「虚無の担い手と使い魔」としての力は、極限まで高まっていた。

 そして、それは、二人の限界をも示していた。

 

 

 ズギャッンッ!!!

 

 

 ガリア製の特殊鋼に魔力強化を施し、「火」と「風」の結晶石を間接部に組み込むことで運動性を向上、さらには「ミョズニトニルン」の特殊能力による「能力限界突破」。極限まで引き出された「フレスヴェルグ」のポテンシャルは、その巨体からは想像もできないほど、俊敏かつ強力な連撃を可能とする。うなりを上げて巨身異形の亜人に迫る二振りの大剣。直撃すれば、大型戦艦や王都の主防壁すら、一瞬で瓦礫の山と化すだろう。

 

 

 ガンッ!!

 

 

 だが、そんなとてつもなく重いはずの一撃を巨身異形の亜人は、素手の防御で難なく受け止めていた。その上、相手の攻撃の切れ目を狙って、長大な尾を鞭の如くしならせ、反撃に出る。

 

 

 ギュルルッ!! バジンッ!!

 

 

 「騎士人形」も大盾を揃えて構えることで、空を切り裂き、迫り来る亜人の尾の一撃を受け止める。各々の一挙手一投足が、大地を砕き、大気を震わせ、平原を覆いつくすかのような影の乱舞を呼ぶ。

 

 それは、正に人智を超えた神話の具現とも言うべき、恐るべき激闘であった。

 

 

 

 

 

 そんな「巨人大戦」の最中、亜人セルは内心溜め息をついた。

 

 (丁寧に、丹念に……「やさしく」扱わねばならんのが、面倒ではあるな)

 

 セルが、その気になれば、彼の主たるルイズが一度まばたきする間に、「フレスヴェルグ」を百回破壊することも容易であった。それは、脆い「木偶人形」を相手にした人形遊びであった。

 

 (間もなく「彼女ら」も来る。できれば、その前にルイズの「仕上がり」を確認しておきたいところだが……)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もういやねせるったらあんなにおおきくなっちゃってあれじゃあがくいんのへやにもおうきゅうのへやにもはいらないじゃないさんさいじだからってせいちょうしすぎよ~」

 

 「嬢ちゃん、嬢ちゃん。声が、おまえさんの胸みたいに平坦になってるぜ。おまけに何言ってんのか、まるでわかんねえんだが……」

 

 「あ~らごめんあそばせおほほほほほ」

 

 「だめだこりゃあ」

 

 セルが見せた新たな「引き出し」に呆けてしまったルイズに対して、デルフリンガーが突っ込みを入れるが、反応は芳しくなかった。

 

 (まあ、嬢ちゃんの反応も無理はねえ。巨大ゴーレムと戦り合うために、てめえも巨大化するって、どんな神話やおとぎ話だよ。だが、これでトリステイン軍にも、おれたちが来たことがばれちまった筈だ。それも旦那の、セルの野郎の思惑通りなんだろうがな)

 

 デルフリンガーの自意識が考えに耽る中、ルイズもどうにか自分を取り戻し始めていた。気合を入れるために、デルフを腋に挟みながら、両手で頬を打ち、裂帛の声をあげる。

 

 「しっかりしろっ!! わたし!!」

 

 「お目覚めかい? 嬢ちゃん」

 

 「ふん、もちろんよ! わたしを誰だと思ってんのよ!? 「蒼光」のルイズことルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールなんだから!」

 

 そう啖呵を切ったものの、ルイズの内心はやはり平静ではなかった。

 

 (あいつの規格外にも慣れてきたって、何度も思ったけど、その度に斜め上の「引き出し」に度肝を抜かれてる気がするわ。でも、あいつに、セルに「背中を任せる」って言われたのは初めてだった……)

 

 セルは、ルイズの使い魔になった当初から、彼女には秘められた力があると、事あるごとに言い聞かせてきた。実際、ルイズは伝説の魔法「虚無」に目覚めて、大きな戦役を終結に導くほどの力を発揮してきた。

 

 (でも、それらは全部、セルに言われて、セルの力に頼りっぱなしの結果に過ぎなかったわ)

 

 ルイズは、使い魔であるセルに、ただ守られ、導かれるだけの存在から脱却したいと考えていた。

 

 (セルには、セルの考えというか企みがある、と思う。召喚者として、ご主人さまとして、使い魔の勝手にはさせないわ! わたしは……わたしは、セルと同じ場所に立ちたい!同じ世界が視たい!)

 

 デルフリンガーを両手で構えるルイズの視線の先では、巨大ゴーレムと巨大亜人が、人智を超えた激闘を繰り広げていた。決意を固めたルイズは、臆すことなく、巨人たちの死闘を見据え集中を高めていく。その魔力の高まりは、デルフリンガーの全身にも余すことなく伝達されていった。

 

 (意外に切り替えが速いのも嬢ちゃんの長所だな。さて、どうなる?)

 

 ルイズの全身が、青白い魔力の奔流に包まれていく。これまでに何度も経験したように彼女の脳裏に「虚無」のスペルが浮かび上がる。それは、今までのスペルよりも、強力に、鮮明に、ルイズには感じられた。

 

 「ズン・ゾグ・ザイム・ユヴォン・ワール・アークリン・ヴェイスン・ヴェド・トガート・スタルン・サヴィク・ルル・ルヴァル・クエスエゴル・ニド・ニヴァーリン・ナサラール・ナークリン・モロケイ!!」

 

 その「虚無」、あるいは「虚無」以外の「ナニカ」の効果は、使い魔の能力を限界を超えて強化させる。

 

 それは「進化」とさえ呼べるものだった。

 

 「エヴォリューション!!」

 

 「!!……おいおい、ルイズとセル、おまえさんたちはこの先、一体、「ナニ」になっちまうんだ?」

 

 デルフリンガーの呟きは、誰の耳にも届かぬまま、消えた。

 

 ルイズの全身から放たれた閃光は、巨大化したセルの背に吸収された。

 その瞬間。

 

 「これは……そうか、これがルイズ、きみの……」

 

 セルの全身に「超巨身術」をも遥かに超える劇的な変化が生じた。巨大化は強制的に解除され、セルの全身が「超巨身術」に匹敵するほどの大きさの青白い閃光の中に包まれる。その中で、セルはかつて経験した肉体の「進化」が、再度自身の身に起きている事を自覚した。

 

 そして、閃光が収まった。

 

 

 セルは、自身の両手を改めて確認した。指の数は、10本になっていた。逆に足の指は、まるで軍靴の如き形状に変化していた。必要の無くなった尾は、退化し、先端部のみが背中に残されていた。

 そして、二メイルを大きく超えていた長身も、やや縮んでいた。なによりも、セルの容貌に大きな変化が起きていた。人のそれとは一線を画す異相ではあったが、十分に端整な顔立ちと言って差し支えなかった。

 

 セルは、「完全体」に変化していたのだ。

 

 

 シュシュシュ

 

 

 肉体の動きを確認するように両腕で軽くジャブを放つセル。状況を把握した、その顔に笑みが浮かぶ。

 

 「しゃあっ!」

 

 眼前の「フレスヴェルグ」に向かい、右腕を振るうセル。五本の指から、光の線が奔る。かつて、「フリーザ」という異星人が使った「デスウェイブ」。指から放たれる光の軌跡は、一切の誇張無く、惑星そのものを切り裂く恐るべき威力を持つ。ハルケギニア史において、他に類を見ない巨大ゴーレム「フレスヴェルグ」に施された特殊装甲であろうとも、紙にも等しい。

 

 

 ガラガラガラッ!!

 

 

 バラバラに切り裂かれた「フレスヴェルグ」だったモノが、轟音を立てながら崩れ落ちる。「デスウェイブ」の閃光は、さらに千リーグ以上離れた、大陸最大の山脈にして「ガリアの背骨」と称される火竜山脈の頂上周辺数リーグを削ぎ飛ばし、あまつさえ浮遊大陸アルビオンの下部岩塊を百五十リーグもの長さに渡って、切り落としてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ルイズ。まさか、ここまで仕上がっていたとは、な。フフフ、きみはいつも、わたしを驚かせてくれる)

 

 自身の主が、予想以上に成長していることを、文字通り、肌で確認することができたセルは考える。

 

 (だが、それでもルイズ一人では、このわたしを「完全体を超えた完全体」に進化させることは難しいようだな)

 

 セルは、ルイズの「虚無」を受けることで、「第一成体」から一足飛びで「完全体」へと変化していたが、それが一時的なものである事を悟っていた。

 

 (わたしが、真に「完全」となる為には、やはりルイズだけでは足りない。すべての「担い手」、そして……「使い魔としてのセル」が必要か)

 

 瓦礫の山と化した「フレスヴェルグ」の後方に浮遊していたフネの甲板では、ジョゼフ達が呆然としていた。それを観察したセルは、分身体の接近をも察知していた。ルイズの元に戻るべく身を翻すセル。

 

 (さて、後は「もう一人の主」に任せるとしよう)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セルがその場を去った事を感知したジョゼフは、「フレスヴェルグ」が一瞬で残骸の山と化してしまった呆然の呈から抜け出し、抱き寄せていたシェフィールドを放り出すと悲痛とも言える声をあげた。

 

 「まてっ! どこへ行く!? おれはここにいるのだぞっ!! おまえが断罪すべき、狂った王がここにぃ!!」

 

 「ジ、ジョゼフ様……」

 

 困惑するシェフィールドを尻目に、まるで救いを懇願するようなジョゼフの言葉が、「アンリ・ファンドーム」号の甲板に響いた。無論、セルがその願いにも等しい声に応えることは無かった。

 しかし。

 

 「お父様!!」

 

 下部甲板から、様々な感情が込められた少女の声が、ジョゼフとシェフィールドの耳に届いた。

 

 反射的に振り向いたジョゼフの視線の先には、一人の少女と一体の亜人がいた。

 

 ガリア王家に伝わる正統女王衣を纏い、略王冠を戴いたジョゼフの一人娘、イザベラ。

 そして、二.五メイルに及ぶ長身と筋骨隆々の体躯を誇る異形の亜人、セル。

 

 「……イザベラ?」

 

 父たる無能王と娘たる無能姫の、最期の邂逅であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トゥールーズ平原での戦いにおいて、意図せずしてセルが、一時的に「完全体」へと変化したことで、彼の戦闘力は九桁を突破していた。その数値は、ハルケギニアで半年を過ごしたセルにとっても、初めてのことだった。究極の人造人間たるセルにとっては、本来の実力の一パーセントにすら遠く及ばない「力」。

 

 だが、ハルケギニアと呼ばれるこの異世界において、その「力」の出現は、文字通り、世界の存亡を左右する「存在」を呼び覚ますことになる。遥かな忘却の彼方から。

 

 そして、異種族ながら、セルの「気」を探知することができるエルフ族にとっても、「完全体セル」の出現は、彼らの危機感を極限まで刺激することになる。停滞していた「災厄撃滅艦隊」の編成と「精霊救済戦争」の事前準備が、これを機にエルフ族全体の総力を挙げて推進されることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ル、ルクシャナ!! 右舷の魔法機関が火を噴いているぞ!!」

 

 「そんなことはわかってるわよ、アリィー!! さっさと補助機関を起動させなさい!!」

 

 「わ、わかった! ああ、「大いなる意志」よ! 我々に救いを!!」

 

 「祈るよりも、まず!! 自分で全力を尽くしなさい!! あなたは誇り高き「ファーリス」でしょっ!?」

 

 「そ、そ、そんな事言われても!!」

 

 二人が搭乗していたエルフ族最新鋭の長距離偵察艇「アヌビス」号は、目的地である浮遊大陸アルビオンを目指して順調な航海を続けていた。しかし、浮遊大陸の威容を目視で確認した直後、まるで世界全てを覆いつくすかのような「波動」が彼らを襲い、さらに秒を置かず、アヌビス号のすぐ横を光の線が奔った。その閃光は、アルビオン大陸の岩塊部分を大胆に切り裂くと虚空に消えた。煽りを受けたアヌビス号は複数の魔法機関が不調に陥り、墜落の危機に直面していた。

 

 「こ、こなくそー!! こんなことでわたしの好奇心は負けないわよ!!」

 

 必死に舵を取るルクシャナは、どうにかアヌビス号をアルビオン大陸に到達させようと奮戦していた。その甲斐あって、半壊状態の偵察艇は、大陸内に侵入できたものの、限界を迎えようとしていた。

 

 そこは、アルビオン王国サウスゴータ地方の、「とある森」の上空であった。

 

 

 

 

 

 




第五十四話を投稿いたしました。

次話からは、もう少し更新速度を上げていきたいと思っています。

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

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