ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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大変、お待たせいたしました。

第四十八話をお送りいたします。


 第四十八話

 

 

 (いつまでも、こんな所にへたり込んでる場合じゃない。わかってる、そんなことはわかってる。あの子の、カトレアのそばに居てあげないといけないのに……)

 

 エレオノールは、カトレアの部屋の前に座り込みながら、自身の気概の無さに押し潰されていた。広大なヴァリエール本城の中でも、公爵家の人々の私的空間には、多くの敷地が割かれている。今、その周囲からは、家人以外は遠ざけられており、人の気配はない。

 

 (……怖い)

 

 ヴァリエール公爵家の第一子として、魔法アカデミーの主席研究員として、誇り高く理知的な性格だと周囲に思われているエレオノールだが、その実、ひどく臆病な面を隠し持っていたのだった。

 

 (わ、わたしは、ヴァリエール家の長姉として、当主代行として、あの子にどんな顔をして、なんて声をかければいいの?)

 

 エレオノールは、激しく首を左右に振った。涙とともに美しいブロンドの長髪が、振り乱される。

 

 (ちがう! そんなことはどうでもいいの! 姉なのよ、家族なのよ! わたしがカトレアを見守ってあげなきゃいけないのに。なんで!? ルイズにはできるのに……わたしには……わたし、最低だわ)

 

 両腕で頭を抱え込み、小刻みに震えながら、エレオノールは、存在しない何かに救いを求めた。

 

 (だれか、たすけて……)

 

 エレオノールの救済の願いに応える「神」あるいは「始祖」が、現れることはなかった。しかし、誰もいないはずのヴァリエール本城中枢廊下の暗がりから長身異形の存在が、ゆっくりとその姿を現した。悲嘆に暮れるエレオノールの目前に立った亜人セルは、しばらくの間、公爵家の長女を見下ろすと、いつも通りの声色で声をかけた。

 

 「ミス・エレオノール」

 

 「え……だれ?」

 

 声をかけられ、身体を震わせたエレオノールが、ぼんやりと視線をあげ、ずれた眼鏡を直すと、その視界に長身異形の存在が映った。

 次の瞬間。

 

 

 バッ

 

 

 「お、お、お、おまえ! な、な、なんでここに!? へ、部屋で待つように言いつけたのを聞かなかったの!?」

 

 羞恥に顔を染めたエレオノールは、その場で立ち上がり、セルを詰問したが、ハッと気付いて眼鏡を外し、涙をドレスの袖で乱暴に拭った。そして改めて仁王立ちになり、必死に公爵家長女としての体裁を保とうとするが、肝心のセルはそのような事柄には、一切頓着せず、言った。

 

 「時間がないので、単刀直入に言う。わたしが、ミス・カトレアの疾患を根治させる。その見返りとして、今回のルイズたちの行動の容認と、タバサの母親である旧オルレアン公夫人の保護をヴァリエール公爵家に頼みたい。無論、内密にだ」

 

 「……は?」

 

 セルの言葉に、一瞬呆けた表情を見せるエレオノール。良い声だが、平坦な調子で発せられた内容を吟味するに従って、彼女の心に怒りの念が湧き上がってきた。

 

 「おまえは、わたしが、わたしたち家族が、カトレアの病を癒す為に何もしてこなかったとでも言うの!?」

 

 ヴァリエール公爵家の次女カトレアは、生来の奇病に侵されていた。元より、子煩悩で知られるヴァリエール公爵は、愛する娘を救うため、あらゆる手を尽くしてきたのだった。トリステイン屈指の名門であるヴァリエール家の財力と人脈を惜しみなくつぎ込み、大陸全土から水魔法の使い手や城一つ買えるほどの秘薬などを掻き集めたが、そのすべてが徒労に終わっていた。エレオノール自身も、大貴族の令嬢でありながら魔法アカデミーに入局したのは、カトレアの治療について、わずかでも助けになれれば、との一念からであった。にもかかわらず、目の前の醜い亜人は、実にあっさりとカトレアの病を治してみせると言い出したのだ。

 

 「わたしたちとあの子が、カトレアが、これまでどんなに……」

 

 だが、セルは、そのようなことを斟酌しない。

 

 「結果が出なければ、その過程は無意味だ」

 

 「こ、この……」

 

 怒りの余り、言葉が出ないエレオノールを尻目にセルは、一度視線をカトレアの部屋の扉に向ける。そして、セルは突然エレオノールの前で、自身の右腕を左手の手刀で断ち落とした。

 

 

 ザンッ!  ドサッ 

 

 

 「きゃあ! な、何をしているの!?」

 

 亜人の突然の奇行に驚愕するエレオノール。さらにセルは、自身の尾の先端を、落とした右腕に突き刺す。

 

 

 ズンッ  ズギュン!ズギュン!

 

 

 何かを吸い取るような音が響くと、切断された右腕はその全てが、セル自身の尾に吸収された。

 

 「! う、うそ……」

 

 すると、根元から切断されたはずのセルの右腕が、見る間に再生し、元の状態へと戻った。さきほどまでの怒りも忘れ、驚きに目を丸くするエレオノール。

 

 「わたしは、この尾を使って生体エキスと呼ばれる、命そのものの力を吸収あるいは注入することができる。それによって瀕死の人間を助けたことも一度ならず、ある。この力を用いて、ミス・カトレアを救って見せよう。無論、あなたの不安や疑念も理解できる、だが……」

 

 セルは、王に仕える騎士の如く、エレオノールの前に跪き、言った。

 

 「わたしの目的はただ一つ、わが主たるルイズの心の安寧を護ること。それだけは、わが左手に刻まれたルーンに懸けて誓おう。ミス・エレオノール。わたしを信用しろ、とは言わない。だが、わたしを召喚したあなたの妹ルイズを、どうか、信じて欲しい」

 

 そう言って、長身異形の亜人は、エレオノールに向かい、頭を垂れた。

 

 「お、おまえの力は……で、でも、あの子の病には……け、検証している時間はないけど……どうすれば……」

 

 末妹が召喚した亜人の未知の能力を目の前にしたエレオノールは、混乱していた。

 

 

 

 もしかしたら、カトレアを救うことができるかもしれない。

 

 でも、これまでも何度もそう思っては裏切られてきた。

 

 しかし、今はもう時間も手段もない。

 

 カトレアとルイズの姉である自分が決断しなければ。

 

 でも。

 

 

 逡巡するエレオノールの耳に、部屋内のルイズの切迫した声が聞こえてきた。

 

 「ねえさま! ちいねえさま!! いやっ! お願いっ! いかないで!! だれか、ねえさまを助けて!!」

 

 「カトレア、ルイズ……」

 

 末妹の叫びを聞いたエレオノールは、決断した。自分の前に跪く亜人に向かって、かろうじて公爵家長女として威厳を保ちながら、言った。

 

 「わ、わかりました。おまえの言葉を全面的に信用したわけではありませんが、わ、わたしたちには時間がないことも事実です。おまえが、カトレアに治療を施すことを特別に許可します。でも、もし、カトレアを助けられなかったときは……」

 

 「アカデミーの実験動物にでも、してもらってかまわん」

 

 さらりと言ってのけたセルは、ノックもなしにカトレアの部屋に立ち入った。慌ててエレオノールも後を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わたしにもやりたいことはあった。

 

 なりたいものもあった。

 でも、それが無理なことは、誰よりもわたし自身がわかっていた。

 

 誰のせいでもない。たまたまわたしがそういう星の下に生まれただけ。

 

 恨んだこと、呪ったことはない……訳ではないけど、わたしには、素晴らしい家族がいた。

 

 お父様、お母様、お姉様、小さなルイズ、トゥルーカスやたくさんのお友達たち、ダーシー先生やお城のみんな。

 

 わたしは、幸せ者だと思う。

 

 今もわたしの大好きな可愛い小さなルイズが、わたしの手を握ってくれている。

 

 ありがとう、ルイズ。そして、ごめんなさい。あなたが立派な貴婦人になるまでは、一緒にいたかったわ。

 

 エレオノール姉様にも、ふふ、姉様の花嫁姿が見たかったって……でも……もう……お別れなの。

 

 

 

 ……もっと……いきた……かった……な……

 

 

 

 ヴァリエール公爵家次女カトレアは、静かに臨終の時を迎えようとしていた。

 

 先ほどまでは、限りなく弱々しかったが、確かに自分の手を握り返してくれていた次姉の身体から、力が失われ、目蓋もゆっくりと閉じていく。その意味を悟ったルイズが叫ぶ。

 

 「ねえさま! ちいねえさま!! いやっ! お願いっ! いかないで!! だれか、ねえさまを助けて!!」

 

 ルイズが、カトレアの身体を強く揺するが、反応はなかった。助けを求めるために振り返ったルイズの視界に長身異形の亜人の姿が映る。

 

 「セル!!ねえさまが!ちいねえさまが死んじゃう!!」

 

 主の悲痛の叫びを受けた使い魔は、ベッド脇に高速移動すると、すぐさまカトレアの診察に入った。

 

 (ふむ、細胞由来の先天性疾患か。ステージは、すでに4に達しているな。中世レベルの医療技術で、よくもこの年齢まで保たせたものだ)

 

 セルに与えられた知識には、医療に関するものも含まれていた。しかし、元来兵器として生み出された究極の人造人間には、脆弱な人類が罹患する疾病の治療法など無用と判断され、表層的な知識だけに限られていた。 

 

 「……セル? ねえさまは、助かるの?」

 

 自身の使い魔の腕にすがりつこうとするルイズを、背後からエレオノールが押さえた。

 

 「ルイズ、邪魔をしてはダメよ」

 

 「エレオノール姉様……」

 

 自分の肩を押さえる長姉の手が、震えていることに気付いたルイズは、言葉を呑み込んだ。セルの診察は続く。

 (わたしの生体エキスは、生命体の肉体を元の状態、つまり限りなく誕生時の無垢な状態に回帰させる。カトレアの疾患が先天性である以上、単純なエキス注入では、症状を改善し、延命させることは出来ても、根治は不可能……だが)

 

 セルの右手から、光が発せられる。背後で見守るエレオノールには、その光は一瞬馴染み深いものに感じられた。同じく、ルイズにも。

 

 (まさか、水魔法?いえ、ダーシー先生とかが使う水系統の魔法よりも、もっと純粋な……)

 

 (あの光、確か二ューカッスル城の時に……)

 

 それは、かつて反王権貴族連盟「レコン・キスタ」首魁オリヴァー・クロムウェルが、自らを「虚無の担い手」と僭称する根拠となった秘宝、「アンドヴァリの指輪」の輝きであった。

 

 

 ズンッ

 

 

 右手を輝かせると同時に、セルは自らの尾の先端をカトレアの胸の中心に突き刺した。

 

 「な!? おまえ、なにを!?」

 

 「姉様! セルを信じて!!」

 

 つい先ほど、尾を使ってエキスを注入すると聞いていたはずのエレオノールだったが、実際に長身異形の亜人の一部が、妹の身体に突き刺さる場面を目の当たりにしては平静を保てない。今度は、ルイズがエレオノールを押し留める。

 

 

 ズギュン!ズギュン!ズギュン!

 

 

 生体エキスが、カトレアの肉体に注入されていく。それに呼応するかのようにセルの右手の光も輝きが増す。

 

 (「アンドヴァリの指輪」を解析して得た水系統の力を応用し、カトレアの細胞そのものを変換する。わたしの能力を以てすれば、この程度は造作もない。だが……)

 

 

 ズギュン!ズギュン!ズギュン!

 

 

 生体エキスの注入と「アンドヴァリの指輪」の魔力を応用した細胞変換。その効果は、劇的であった。

 

 「ん……はぁ……んふっ」

 

 哀しいまでに痩せ衰えていたカトレアの肉体は、瞬きする間にかつての美しさとふくよかさを取り戻し、乾きひび割れた唇は、紅をひいたかのような艶いろを発し、まるで老婆のようだった肌とくすんだ髪は、赤ん坊の張りと艶かしいほどの艶やかさを示した。

 

 「はぁ、んんん、ふぁ」

 

 さらには、その頬は紅潮し、なにやら誤解してしまいそうな吐息まで漏らし始めていた。

 

 (細胞置換率80.5パーセント……ふむ、よかろう)

 

 

 ズッ!

 

 

 「んはぁ!」

 

 セルが尾を引き抜くと、カトレアが一際大きな声をあげた。それを冷静極まりない目で観察した長身異形の亜人は、ベッド脇から遠ざかった。

 

 「あ、あの、セル? ちいねえさまは………」

 

 恐る恐る自身の使い魔に問いかけるルイズ。セルは、静かに、だが確かな動作で頷く。それを見たヴァリエール家の長女と三女は、すぐさま次女の枕元ににじり寄った。

 

 「カ、カトレアねえさま?」

 

 「カトレア?」

 

 姉妹同時の呼び掛けを受けたカトレアは、静かに目蓋を開くと、最愛の姉と妹にいつもの調子で話しかけ始めた。

 

 「あらあら、ルイズ? どうしたの? そんなに目を真っ赤にしてしまって、まあまあ、エレオノール姉様まで、どうなさったの?」

 

 「ち、ちいねえさまぁ!!」

 

 「カトレア!!」

 

 感極まったルイズとエレオノールが、さらに滂沱の涙を流しながら、カトレアに抱きつき、喜びと感動の声を挙げ続けた。それを受けてようやくカトレアも自身の身体に起こった劇的な変化に気付いた。

 

 「あらあら、まあまあ、二人ともどうしたの? わたしはここにいるわよ……あら? え、うそ? わたし……どうして? こんなに、こ、こんなに身体が軽いなんて、今までなかったのに……」

 

 「セルよ! セルがちいねえさまの病気を直しちゃったの!!」

 

 「カトレア! あなたはやっと、やっと解放されたのよ!! 良かった、本当に、よかった……」

 

 姉妹の言葉にかろうじて事態を把握したカトレアも、徐々に涙ぐみはじめた。それから、しばらくの間ヴァリエール家の三姉妹は、歓喜の涙と抱擁を続けた。

 

 その立役者である長身異形の亜人は、カトレアの意識が戻るのを確認すると、目視不可能な速度で、部屋を辞した。無論、気を利かせたわけではなかった。

 

 (「アンドヴァリの指輪」。ルイズの話では、景勝地ラグドリアン湖に住まう水の精霊が守っていたという。本来であれば、およそわたしには無用の力だが、いざ使ってみると、なかなかに興味深いな……)

 

 カトレアの部屋を後にしたセルは、ヴァリエール本城中枢廊下のバルコニーから上空に飛び上がると、百リーグ以上離れたラグドリアン湖に視線を飛ばし、その異形の口を笑みの形に歪ませるのだった。

 

 

 

 

 

 ――今より、百年後に出版されるマデライン総合書房刊ダンブリメ・マデライン著『厳選!ハルケギニア大陸観光名所百景』にトリステインが誇る名勝ラグドリアン湖の記述は、存在しない。

 

 

 




第四十八話をお送りしました。

なんとか今月中にもう一話……

ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いいたします。

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