ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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お久しぶりです。第四十話をお送りします。

本編四十話、断章・外伝含めて五十話に到達しました。

ひとえに読者のみなさまのおかげです。

本当にありがとうございました。




 第四十話

 

 

 「……う~ん、なにがどうなったのね?」

 

 ようやく、意識を取り戻したイルククゥはぼんやりしている頭を振り、周りを確認した。オルレアン公邸の奥に設えられていた公爵夫人の寝室は暴風と氷嵐の衝突によって原型留めぬほどに破壊されていた。

 

 見るも無残な寝室内には、公爵夫人も長髪羽帽子のメイジも大切なご主人さまの姿も見えない。

 

 「お、お姉さまを守れなかった……」

 

 自身の無力さを嘆くイルククゥだが即座に涙を振り払うとまだ痺れが残る羽を広げ、空に舞い上がった。

 

 「泣くのなんかいつでもできるのね! 今はお姉さまを助けなきゃ!」

 

 だが、タバサと公爵夫人は一体どこに連れ去られたのか? 首都、あるいは王弟派が知り得ない軍事施設か。たとえ、場所がわかったとしてもイルククゥだけでは二人の救出など夢のまた夢である。

 

 「……それなら!」

 

 本当は死ぬほど気が進まないがタバサの命には代えられない。イルククゥはトリステイン魔法学院を目指し、全速力で飛翔した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―ガリア王国首都リュティス郊外ヴェルサルテイル宮殿内国王私室。

 

 大陸最大の王国の頂点に君臨する王にふさわしい豪奢な居室の真ん中で部屋の主たるガリア王ジョゼフ一世は、お気に入りのガウンを纏い、これまたお気に入りのディヴァンに身を横たえていた。部屋内には彼一人だが、さきほどからジョゼフはその場には居ない誰かに語りかけていた。

 

 「シャルロットはおまえに似てきたなぁ……いや、口元は母親似かな。聞いた話ではスクウェアクラスになったそうだぞ。さすがはおまえの娘だな、シャルル」

 

 ジョゼフは立ち上がり、壁面に掛けられている特大の姿見の前に立った。至高の冠を頭に戴き、鮮やかな青髪と整った容貌、引き締まった体躯を備えた美丈夫が空虚な笑みを浮かべていた。

 

 「おまえは、すべてを持っていたな。俺が持ち得なかったもの、才能も美徳も、何もかも、だ。俺はおまえが羨ましくて妬ましくてたまらなかったよ。せめて、おまえが父や重臣たちのように俺のことを蔑んでくれたのなら、真っ直ぐにおまえだけを憎むことができたのに……」

 

 空虚な笑みを浮かべたまま、ジョゼフは両目から涙を流していた。

 

 「おまえは、いつも俺に言ってくれたな。『兄さんには他の誰にも無い力があるんだ、弟である僕にはわかるよ。兄さんは必ずその力に目覚めるから』……おまえのその優しさに触れる度に俺は自身の惨めさに打ち震えた。だが、俺は! おまえのことを他の誰よりも誇りに思っていたんだ! 俺の弟は、シャルルは、こんなにも素晴らしい男だ! 誰にも負けない最高の弟なんだ!……そう思っていた、あの日もそうだ」

 

 三年前、前王たる父の臨終の場にジョゼフとシャルルは呼び寄せられた。父王は弱々しい言葉で次王はジョゼフである、と告げた。

 

 その後の事をジョゼフは断片的にしか思い出せない。

 

 シャルルの祝辞の言葉。

 

 絶望する自分。

 

 毒矢を準備する兄。

 

 兄の誘いを何の疑いも抱かず受ける弟。

 

 そして。

 

 「俺はおまえを殺した。誰よりも愛しいはずの弟を俺は永遠に喪った。そして、俺は「虚無」に目覚めた。シャルル、おまえの言ったとおりに……」

 

 ジョゼフは涙を一息に拭うとガウンを振り払い、姿見に拳を叩き付けた。

 

 

 ガシャンッ!

 

 

 拳から滴り落ちる自身の血には頓着せず、ジョゼフは凶笑ともいうべき凄惨な表情を浮かべ、言った。

 

 「待っていろ、シャルル。すぐだ。すぐにおまえの愛した女も、娘も、家臣も、国民も、この国も、いや! このハルケギニアそのものを! おまえがいる冥府に届けてやる! もちろん、この俺もだ! また、兄弟仲良くチェスを指そうじゃないか、なあ? シャルル」

 

 砕かれた姿見からの、答えはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……タバサがいなくなってから、もう五日ね」

 

 粗末なイスに座り組んだ足を小刻みに揺らしながら丸窓から外を眺めていたルイズが呟いた。

 

 「さすがにそろそろ何かのつなぎがあってもおかしくないのに……」

 

 ルイズの向かいを行ったり来たりしていたキュルケが自身の形の良い爪を噛みながら、言った。

 

 「二人とも、落ち着きなさい。今、我々にできる事はミス・タバサを信じて待つ事だけだ」

 

 小屋の主であるコルベールが工作机に座ったまま、二人の生徒をたしなめた。そう言う彼の手元も解体したはずの「しらせるくんグレート」が数時間の間、そのままの状態で置かれていた。

 

 「それにしても、タバサにそんな事情があったなんてね……」

 

 「正直、ぼくたちの想像を遥かに超えているよ」

 

 ルイズたちは、今、学院の火の塔の横に建っているコルベールの研究室で待機していた。ルイズの後ろにはセルが控えている。タバサ襲撃には居合わせなかったモンモランシーとギーシュもキュルケから事情を聞いており、神妙な様子で室内のイスに腰掛けていた。

 

 「待ってるだけなのがこんなにももどかしいなんて……」

 

 主であるルイズの言葉に応えるように、長身異形の亜人セルが言った。

 

 「どうやら、次の展開が来たようだな」

 

 「え?」

 

 

 ガボォン!

 

 

 粗末な天井板を抜いて、何かが小屋の中に落ちてきた。正確には、小屋の床面に叩き付けられる寸前にセルの念動力によって支えられていた。突然の闖入者に呆然とする一同。

 

 落ちてきたのは、一人の女性だった。青く長い髪が特徴的な美女だが、どういうわけか真っ裸であった。滑らかな絹を思わせる白い肌を晒しながらも、それには頓着せず、よろけながら立ち上がった女性は周りを見回すとルイズを見つけ、おもむろに飛びついてきた。

 

 「いたのね! ももいろかみ! きゅいきゅいきゅい!」

 

 「ちょ、ちょっと、何すんのよ、あんた!? わたしにそのケはって、ちょ、あん、やめ……」

 

 突然の抱擁に驚くルイズには、おかまいなく青髪の女性は、ルイズを抱きしめたまま、飛び跳ねた。

 

 「……」

 

 「きゃん!?」

 

 主の窮状を見かねたのか、セルが念動力によって女性をルイズから引き剥がす。

 

 「はあ、はあ、な、何なのよ、あんた?」

 

 「大変なのね! とっても大変なのね! どうあっても大変なのね!」

 

 「ちょっと! ギーシュ、何にやけ顔で見てるのよ!」

 

 「わっ! い、いや、誤解だよ、モンモランシー!」

 

 一向に肌を隠そうとしない女性を前に、健全な男子学生であるギーシュの視線は否応なく吸い寄せられてしまう。その様子を見て取ったモンモランシーは柳眉を逆立て、ギーシュの両目を塞ごうとした。

 

 「とりあえず、これを着てちょうだい」

 

 見かねたキュルケが、自身のマントを謎の女性に貸し与えた。

 

 「お姉さまを助けて欲しいのね!」

 

 マントを纏った女性は、同じことを何度も喚いた。

 

 「まずは、落ち着いてくれたまえ。わたしはこの学院の教師コルベールだ。話は、ちゃんと聞かせてもらうから……ミス、え~と?」

 

 なだめるように声をかけたコルベールが女性の名前を尋ねる。青髪の女性が答える前にセルが割り込む。

 

 「シルフィード、そうだな?」

 

 「え?」

 

 「うそ?」

 

 セルの言葉に全員の視線が改めて青髪の女性に集中する。

 

 「う、そ、そのとおりなのね! イルククゥは、シルフィードなのね!」

 

 やっぱり、この使い魔は怖い。イルククゥは内心、セルを恐れつつ答えた。主であるタバサも異形の使い魔を警戒していたが、イルククゥはその比ではなかった。初めてセルを見た時、イルククゥはかつて一族の長老たる韻竜王に聞かされた古代の伝説に出てくる、「大いなる意思」と世界を滅ぼしかけた災厄「月の悪魔」を連想した。できれば、関わりたくないがご主人さまの命を助けるために恐怖は押さえ込まなければ。

 

 「ちょっと、セル! これのどこがシルフィードなのよ? どう見ても、ただの露出狂じゃないの!」

 

 「図書室で見たがハルケギニアには人間以上の知能を持ち、先住魔法を駆使する「韻竜」と呼ばれる高等幻獣が存在するという」

 

 ルイズの突っ込みに冷静に返すセル。その言葉にハッとするルイズたち。さらにセルが駄目押しの根拠を口にする。

 

 「この女の「気」は、シルフィードのそれと全く同一だ」

 

 「う~む、セルくんがそこまで言うのなら間違いないのだろう。それにしても、ミス・タバサの使い魔が伝説の「韻竜」だったとは……」

 

 定説では、数百年前に絶滅したと考えられている幻の高等幻獣を前に興味をそそられたのか、思わず前のめりになるコルベール。

 

 「ジャ~ン、今は、それは、お・い・と・い・て!」

 

 「はおつっ!?」

 

 キュルケの容赦ないつねりがコルベールを襲った。

 

 「と、とにかく、話を聞きましょう。え~と、シルフィードでいいのかしら?」

 

 「きゅいきゅいきゅい!」

 

 ルイズに促されたイルククゥはたどたどしいながらも、懸命に説明を始めた。

 

 任務に失敗したタバサはガリア政府によって、シュヴァリエの地位身分を剥奪されたあげく、母親の身柄を拘束されたこと。救出に向かったタバサが王国の刺客に敗れ、連れ去られた事。

 

 「タバサ……」

 

 「すぐに助けに行きましょう!」

 

 悲痛な表情を浮かべるキュルケとイスから立ち上がり、友の救出を宣言するルイズ。しかし、コルベールが二人に自制を促す。

 

 「待ちたまえ。確かにミス・タバサの境遇には同情を禁じえない。しかし、ガリアから彼女を救出するという案には諸手をあげて賛同はできない」

 

 「そんな、ミスタ・コルベール! タバサを見捨てるんですか!?」

 

 「ジャン! あなたがそんなことを言うなんて……」

 

 コルベールに食って掛かる二人にモンモランシーが押さえるように言った。

 

 「ミスタ・コルベールの言っていることは間違っていないわ。ガリア側からすれば、自国で廃した王族の始末をつけるだけ。他国の干渉は受け付けないというスタンスを取るはずよ」

 

 「た、確かに。下手に国境侵犯して、タバサを奪還すればそれを口実にしてガリアがトリステインに攻め込んでくるかも……」

 

 ギーシュもやや及び腰ながらも、客観的な意見を述べる。

 

 「でも!……」

 

 ルイズがさらに言い募ろうとしたが、セルがいつもの良い声を若干低くして一同に言った。

 

 「バレなければ、何の問題もない」

 

 「え?」

 

 「コルベール、地図を」

 

 「あ、ああ、わかった」

 

 呆気にとられるルイズたち。セルはそのままの声色でコルベールが本棚から引っ張り出した古地図を指差しながら、言った。

 

 「……ここから、タバサの「気」を感じる」

 

 セルの人差し指は、ガリア王国領の東端を指し示していた。

 

 「……そこは、アーハンブラ城か。昔エルフが作った小砦で、現在はガリア領だがほとんど廃城同然だとか」

 

 思案顔で口にするコルベール。ルイズが自身の使い魔に念を押すように確認する。

 

 「そこで間違いないのね、セル?」

 

 「間違いは、ない。ただ、いつまでそこに留め置くかはわたしにはわからん」

 

 「で、でも、バレなければってどうするつもりだい?」

 

 「魔法学院からアーハンブラ城までの距離だ」

 

 「距離? 確かに学院からガリアの東端まで行くとなると、あなたの飛行でも休憩なしで十時間はかかるんじゃないかしら?」

 

 キュルケの言葉に頷くセル。

 

 「では、通常の移動方法ならば?」

 

 「通常って、シルフィードでも休憩入れて、二~三日ってところかしら?馬車とかなら一週間以上かかるでしょうね」

 

 ルイズの言葉にニヤリと笑うセル。

 

 「では、わたしの瞬間移動ならば、どうだ?」

 「あっ!」

 

 「瞬間移動をもって、タバサと母親を救出。そして、瞬間移動で帰還……所要時間は、せいぜい五分だ。後日、ガリア側が追及しようにも距離と時間を考えれば、我々は学院から動いていない。トリステインへの言い掛かりとして退けるのは難しくあるまい。まして、ガリアは王命でトリステインの英雄たるルイズを拉致しようとしたのだ。非はあちら側にある。」

 

 「し、瞬間移動って……セルくんはそんな力まで持っているのか」

 

 「大丈夫です、ミスタ・コルベール! セルの瞬間移動なら、絶対です! 実際アルビオンから学院まで一瞬で移動できたんですから!」

 

 確かに見えた光明に、顔を輝かせるルイズ。セルとともに瞬間移動で、タバサの元へ。その先に誰が待ち構えていても、タバサとその母親を引っ掴んで、瞬間移動で戻ってくればいい。何の問題もないじゃない。

 

 「いけるわ! 「タバサこっそり救出大作戦」よ!」

 

 「い、いや、しかし、国際的に、だが、ああ~……」

 

 尚も渋るコルベールを、キュルケが一喝する。

 

 「ジャン! あなたは、下らない国際政治と自分の教え子! どっちを取るのよ!?」

 

 「! そ、そのとおりだ。わたしは、トリステイン魔法学院の教師コルベール。なにより優先すべきは、生徒の安全のはず……ありがとう、キュルケ」

 

 コルベールの感謝に、ウィンクで応えるキュルケ。

 

 「はあ、国際政治を下らないって……わたしも、行くわ。タバサには、香水合成の助言をいくつももらってるもの。それに、万が一に備えて水メイジがいたほうがいいでしょう?」

 

 「も、もちろん、ぼくも行くよ! タバサには、ロサイスで命を助けてもらったんだ!貴族として、男として、捨て置くわけにはいかない!」

 

 盛り上がるルイズたちに、溜め息をつきながらもモンモランシーが同意する。やや、腰が引けているもののギーシュも追従する。

 

 「きゅいきゅいきゅい!」

 

 ルイズたちの勢いを見たイルククゥは、喜びの余り、滲んだ涙をマントで拭った。

 

 (お姉さま! やっぱり、みんなもお姉さまのことが大好きなのね! ぜったい、ぜったい、助けるのね!)

 

 

 

 

 

 「善は急げよ! みんな、セルの身体に触れて! そうすれば、瞬間移動できるから!」

 

 「わかったわ!」

 

 「きゅいきゅいきゅい!」

 

 ルイズ、キュルケ、コルベール、ギーシュ、モンモランシー、そしてイルククゥが、セルの身体、主に尾の部分に触れる。イルククゥやモンモランシーなどは、やはり気後れするのか、セルの尾の先端にわずかに触れる程度だった。

 

 「あ~セルくん、一応、聞いておきたいのだが、そのぉ、瞬間移動の最中に、セルくんの身体から、離れてしまうと、どうなるのかな?」

 

 ふと、コルベールがセルに聞いた。長身異形の亜人は、わずかに顔をそらし、珍しくやや小さい声で言った。

 

 「……空間と空間のひずみに巻き込まれ、直径三サント以下に超圧縮されてしまうだろう」

 

 

 「……」

 「……」

 「……」

 

 

 それは、セル流の冗談だったのだが、ルイズをはじめ、全員がセルの身体に、全力でしがみついた。

 

 

ヴンッ!

 

 

 そして、瞬間移動は発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第四十話をお送りしました。

年内に、後二~三話を投稿できれば、と考えています。

次話は、本編の途中ですが、断章を投稿する予定です。

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。

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