気付いたら、師走に突入していました。
年内に後、何回更新できるだろうか……
「ミス・ヴァリエール、一体何があったのか、説明してもらえないだろうか。」
「……それが、わたしにもよくわかりません。タバサに呼び出されて、ここで落ち合ったら、いきなり攻撃魔法を撃って来て、問いただしたら、命令でわたしを捕まえるって……」
「命令ですって!? タバサがそう言ったの!?」
学院近くに位置するエスト平原の一本杉のそばでルイズは、駆け付けてきたコルベールとキュルケに状況を説明しようとしていた。タバサの不可解な行動が、命令によるものだと聞いたキュルケは、顔色を変えてルイズに問いただした。
「たしかに言ったわ。でも、誰からの命令かは、教えてくれなかったわ」
「……そうでしょうね。言える訳がないわ」
キュルケは、自身の爪を噛みながら、言った。
「ミス・ツェルプストー、心当たりがあるのかね?」
「……はい。でも、まさか、こんなことを……」
「キュルケ、あんた何か知ってるの?」
ルイズたちに問われたキュルケは、二人から顔をそらし、しばらくの間、黙っていた。
ヴンッ!
「わたしにも聞かせてもらおう」
三人の背後から、おなじみの良い声が響いた。
「セル!!」
振り返ったルイズは、長身異形の亜人の使い魔が無事なことを確認すると、我知らず、抱き着いていた。
「無事だったのね! 襲われたりしなかった!?」
「襲撃はあったが、問題なく返り討ちにした。相手は逃がしてしまったがな」
全くいつもと変わらぬ声色で話すセル。自分にへばりつく、半泣きのご主人さまの頭に軽く手を乗せる。気恥ずかしくなったルイズは、頬を染めつつ、セルから離れて、照れ隠しにわめいた。
「ご、ご主人様の危機に何モタモタしてたのよ!? ぱぱっと片付けて、すぐに駆け付けるってのが、あんたの務めでしょ!?」
「我が主なら、例え腕利きのメイジが相手でも、そうやすやすと後れを取るはずがない、と判っていたからな」
「そ、それは、そうかもだけど……」
使い魔の返しに、もごもごと答えるルイズ。あまりに突然なセルの登場に面食らっていたコルベールが、気を取り直して質問した。
「せ、セルくん、きみも襲撃を受けたのかね?」
「そうだ。タバサの名こそ出さなかったが、ルイズの拉致をチラつかせていた事から考えて、双方が示し合わせて動いていたのは、間違いないだろう。こちらの襲撃者は、ガリア製だというガーゴイルの軍団を率いていた」
コルベールの質問に淀みなく、答えるセル。自分を襲ったのが、「神の頭脳」ミョズニトニルンであることは、現時点では、伏せるべきだとセルは判断した。キュルケは、セルの「ガリア製のガーゴイル」という言葉に反応する。
「ガリアのガーゴイル。じゃあ、やっぱり……」
「キュルケ、あんたが知っていることを教えて。タバサは、自分から望んで、やったわけじゃないわ……あの子、すごい辛そうだったもの」
「ルイズ……そうね、いつかはこんな日が来るとは、思っていたわ。あの子は、タバサはね……」
タバサの一番の親友であるキュルケは、少しずつ青髪の少女の境遇を語りだした。
ガリア王国の留学生タバサには、もう一つの、いや本当の名前があった。
シャルロット・エレーヌ・オルレアン。
ガリア王弟にして、オルレアン公たるシャルル王子の息女。一言で言えば、正真正銘のお姫様である。順当な扱いであれば、ガリア王位継承順位も、第三位から第五位に食い込んでいただろう。
彼女の父、シャルルはわずか十二歳でスクウェアクラスに達するほどの天才的な魔法の才を持ち、その人柄は万人を魅力し、あらゆる面で他者を凌ぐ能力を備えていたという。もし、シャルルがガリア王家の長子であったなら、様々な事柄が、収まるべき所に収まっただろう。
だが、シャルルには、兄がいた。すべてにおいて、シャルルより、大きく劣った能力しか持たぬ兄、ジョゼフである。有能な弟と出来損ないの兄。この兄弟評は、ジョゼフ自身も含めたガリア国民の総意だった。
それは、悲劇をもたらした。
先王崩御の直後、次期国王となったジョゼフは、実の弟シャルルを暗殺した。さらにタバサの母であるオルレアン公夫人は、タバサをかばう形で毒をあおり、心を喪ってしまう。残されたタバサは、表向き、即位した伯父王の温情により、助命され、トリステイン魔法学院への留学を許された。実際には、潜在的な王弟派を抑える保険として、生かされたのだった。
「……類稀な傑物として、諸国に知られたオルレアン公が、急死した時は、様々な憶測が流れたものだが、よもや、そのような……」
キュルケの話を聞いたコルベールが、苦い顔で呟く。親友の境遇を語ったキュルケは、さらに怒りの表情を浮かべ、言った。
「それだけじゃないわ。ガリアの連中は、国内で厄介事が起こると、あの子をわざわざトリステインから呼び寄せて、解決させようとするのよ。しかも、解決できればよし、たとえ万が一のことがあっても、任務中の事故なら、国内も納得する、なんて言って……」
「そ、そんなのひどすぎるわ!!」
想像を超える友人の境遇に、怒りを露にするルイズ。目には僅かに涙が滲んでいた。
「しかし、ガリアはなぜ、ミス・ヴァリエールを……ここ、最近のガリアは、我がトリステインとアルビオンにとって、最大の支援国だったのは間違いない。「王権守護戦争」で、大陸中が反「レコンキスタ」の動きで一致したのは、ガリアの支持が最大の要因だったというのに……」
思案顔で呟くコルベール。
「ロンディニウム平原の戦いで、ルイズが見せた力に恐れを為したか」
それまで、黙っていたセルが、いつもと同じ落ち着き払った声で言った。
「うーむ、やはり、その可能性が高いだろうね。わたしも、直接は見ていないが、観戦武官の報告から、彼女の力を過剰に意識した所為かも……」
「そんなことより、タバサよ! あの子、敵だらけのガリアに戻ったら、どんな目に遭わせられるか!」
「大丈夫よ、あの子は抜け目ないもの。しばらく、どこかに身を隠してから、わたしたちに連絡をくれると思う。待ちましょう、ルイズ」
「キュルケ……」
自分より、付き合いの長いキュルケが、タバサを心配しないわけがない。それでも、親友を信じようとするキュルケを前にして、ルイズは俯いた。
――ガリア王国地方都市アランス。
トリステインとの国境沿いに位置する宿場町にタバサは、潜伏していた。宿場の中では、比較的上等な宿の一室でタバサは、杖を握ったまま、部屋の床に座っていた。壁の一点を見つめたまま、すでに数時間が経過している。
「……お姉さま」
タバサは、一人ではなかった。部屋内には、もう一人の女性がいた。年の頃は二十歳ほど、美しい青髪を長く伸ばしており、腰まで届いている。「姉」と呼んだが、タバサの妹ではない。彼女の名は、イルククゥ。またの名をシルフィード。タバサの使い魔であった。
表向きは、風竜とされていたシルフィードだが、実際には、「風韻竜」と呼ばれる古代竜の末裔であった。韻竜は風竜よりも、遥かに知能が高く、人語を解し、姿を変化させる先住魔法をも操る高等幻獣だった。しかし、人間の間では、数百年前に絶滅したと考えられており、余計な騒動を嫌ったタバサの指示で、ただの風竜として、普段は振舞っていたのだ。
タバサの境遇を把握しているイルククゥは、敬愛する主の立場が非常に危険な状態であることも理解していた。イルククゥが、再度、声をかけようとした時、開いたままの窓から、一羽のカラスが迷い込んできた。本物ではなく、ガーゴイルだった。
「……」
伝令用のガーゴイルの中に収められていた書状を読むタバサ。書状には、ガリア王家の印が押されていた。
「お姉さま、なんて?」
「……シャルロット・エレーヌ・シュヴァリエ・ド・パルテル。右の者、王命に背きし罪により、シュヴァリエ称号及び身分を剥奪する。追って書き。上記の者の生母、旧オルレアン公爵夫人の身柄を王権により拘束する。保釈金交渉の権利を認める由、上記の者は、一週間以内に旧オルレアン公邸に出頭せよ」
「お、お姉さまのお母さまを!?」
罠だ、そう伝える前に、主は、イルククゥに飛翔を命じた。強い意志を込めた蒼い瞳に、イルククゥは、否と言えなかった。
ハルケギニア屈指の景勝地であるラグドリアン湖のほとりに建つ古ぼけた屋敷。タバサが幼少時を過ごし、今も心を喪った母が、静養という名の軟禁の憂き目に遭い続けている因縁の地。屋敷の門の上部には、ガリア王家の紋章が設えられていたが、そこには大きくバツ印が刻まれていた。王家としての身分も名誉も奪われた証たる不名誉印である。
タバサは、決然とした表情で、屋敷内に足を踏み入れた。待っているように命じたはずの使い魔が、主の後をついてくる。
「すぐに済むから、待ってて」
振り返り、六メイルの青い竜に言い聞かせるタバサ。
「きゅいきゅい!」
だが、イルククゥは首を横に振る。屋敷内に待っているのは、王国の用意した強力な刺客だ。誰よりも優しく、強い心を持ち、世界で一番大切なご主人さまをたった一人で死地に行かせるわけにはいかない。だが、タバサはそっとイルククゥの鼻を撫でながら、言った。
「あなたがいれば、わたしにも、まだ帰れる場所がある。だから、待ってて」
自分に触れる小さな手の感触に、涙がこぼれるのを我慢できない。イルククゥは、大きく頷くと上空に向かって羽ばたいた。
「……ありがとう」
小さく呟いたタバサは、表情を改めると、屋敷に向かって歩みはじめた。
屋敷内は、無人だった。本来なら、執事であるペルスランや幾人かの使用人が、出迎えてくれるはずだが、その気配もない。自身の身長より長い無骨な杖を携えながら、母の居室を目指すタバサの魔力は、怒りによって増大していた。その魔力は、すでにトライアングルクラスではない。迸る魔力がタバサの周囲の空気すら、冷却していた。
ギィィ
公爵夫人の居室の扉が、開く。だが、部屋内のベッドにタバサの母の姿はなかった。その代わりに。
「来たか、それも一人で……北花壇騎士タバサ」
部屋で待ち構えていたのは、一人のメイジだった。羽帽子を被った長身の貴族で、長髪と整った口髭が特徴的な男だった。
「母をどこへやった?」
タバサの問いに男は、落ち着いた口調で答えた。
「きみのご母堂は、今朝方アーハンブラ城に移送された」
ギリッ
タバサは、歯噛みした。アーハンブラ城は、ガリア東端の要塞であり、元々はエルフが建設したものだが、人間領とエルフ領の境界線上に位置していたため、歴史上幾度と無く激戦の地となった。数百年前の戦いで、人間側が奪取して以来、ガリア領となっていたが、城砦としての規模は小さいため、現在は廃城も同然の状態だったはず。
廃された王族の終着の地としてふさわしいとでも、思ったのか。タバサは、伯父王に対する怒りをさらに増大させた。
「そして、わたしの役目は、きみを捕らえ、同じくアーハンブラ城へ連れ去ることだ」
そう言って、羽帽子のメイジは、レイピアの形状をした戦闘用の杖を抜き放った。
「わたしは……そう、わたしは、ただのワルドだ」
男の自己紹介には、応えず、タバサは、ウィンディ・アイシクルを放つ。
「エア・シールド!」
攻撃を予期していたワルドは、防御魔法を発動させ、危なげも無く、タバサの放った氷の矢を防ぐ。間髪入れず、ワルドも攻撃魔法を詠唱する。
「デル・ウィンデ! エア・カッター!」
ワルドの杖から、迸った不可視の風の刃が、タバサに迫る。
「アイス・ウォール!」
タバサの前に出現した氷の壁が、自身と引き換えに風の刃から、タバサを守って消滅する。
強い。タバサは、相対した男が、スクウェアクラスの凄腕メイジであることを肌で感じ取った。だが、彼女の闘志は衰えるどころか、さらに燃え滾った。伯父王の手から、母を奪還する。そのためには、この程度の障害に躓いているわけにはいかない。
強い感情は、強い気力を生み、強い魔力の源泉となる。タバサの精神の深奥から、湧き上がる魔力は、彼女のランクを引き上げていた。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース……」
ほんの数日前、ルイズに放った「アイス・ストーム」とは比較にならない、文字通りの「氷嵐」が、タバサの前に出現する。
「これは……」
ワルドも、対抗するかのように、風のトライアングルスペル「エア・ストーム」を詠唱する。
ズグオォォォォォ!!
「氷の嵐」と「風の嵐」が、公爵夫人の居室内で激しく衝突した。内装だけでなく、部屋の構造そのものを破壊するような暴風が荒れ狂う。
「くっ、こ、この威力は!」
本来、トライアングルスペルである「アイス・ストーム」と「エア・ストーム」の威力には、大きな差は存在しない。だが、スクウェアクラスとなったタバサは、「アイス・ストーム」にさらなる系統を足していたのだ。スクウェアの威力を備えたトライアングルスペル。
ほどなく均衡は崩れ、ワルドは、「氷嵐」に飲み込まれた。
「……」
「エア・ストーム」との干渉によって、若干威力は減退したものの、スクウェアクラスのスペルが直撃したのだから、息があったとしても、戦闘不能だろう。実際、「アイス・ストーム」が晴れた後には、全身ボロボロになったワルドが、倒れ伏していた。
ところが。
フッ
「!!」
うつ伏せに倒れていたワルドの身体が、まるで空気に溶けたかのようにその場から消滅した。
「ラナ・デル・ウィンデ!」
「がっ!?」
タバサの背後から、不可視の風の槌、「エア・ハンマー」が直撃する。衝撃によって、部屋の奥に吹き飛ばされたタバサは、遠ざかりつつある意識の片隅で、部屋の入り口に立つ無傷のワルドの姿を見て、僅かに唇を動かした。
「へ……ん……ざい……」
床に倒れたタバサに近寄ったワルドは、首筋に指を当て、息を確認する。
「見事だった、「雪風」のタバサ。トライアングルと聞いていたが、すでにスクウェアに達していたとはな……今一度、立ち会えば、どうなるか」
静かに溜め息をつくワルド。
「いや、次の機会など、ありえぬか……」
タバサを抱き上げようとしたワルドは、窓の外に一匹の竜が滞空しているのに気付いた。
「話に聞いていた使い魔の竜か。ミス・シェフィールドから借り受けたコレが役に立つな」
怒りに燃えたイルククゥが、主の敵に飛びかかろうとしたが、ワルドが懐から取り出した薄緑の糸巻きが光を放つ。
シュルルルルル
糸巻きから、ひとりでに拡がった薄緑色に輝く糸の束は、イルククゥの全身に絡みつき、動きを完全に抑え込んでしまう。シェフィールドから渡された糸巻きは、「竜網」と呼ばれる竜捕獲専用のマジックアイテムであった。
「きゅいきゅい!!……きゅい、きゅ……い……」
糸の束から、流れ込んでくる特異な魔力によって、イルククゥの意識は、闇に沈んだ。竜が、意識を失ったことを確認したワルドは、タバサの小さな身体を慎重に抱き上げた。そのあどけない顔を見つめるワルド。若い。もう、十年以上会っていない仮初の婚約者よりも、さらに年若いだろう。
「父を殺され、母の心は壊され、追放された異国で得た友を裏切ることをも強要された。それでも、もはや自分の顔すら判らぬ母を救うために、死力を尽くす、か……」
ワルドは、僅かに形を残していたベッドにタバサを横たえると、自身の首にかけていたペンダントを開く。中には、美しい女性の肖像が秘されていた。それは、ワルドの母親の肖像だった。
「わたしは……なにをやっているんだ……なんのために……」
「閃光」の二つ名を持つ凄腕のスクウェアメイジ、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドは、弱々しい声で呟いた。
第三十九話をお送りしました。
ワルド……ワルドねぇ……いや、まあ嫌いじゃないんですが、どうしたものか……
ご感想、ご批評のほど、よろしくお願いします。