今回はセルがハルケギニアという異世界の状態を把握しようという話になります。
原作の設定とは、かなり異なるかと思います。
「やはり、突破することは不可能か……」
セルは、空中で静止していた。彼の眼下には、彼をこの世界へと召喚したメイジの少女、ルイズが眠るトリステイン魔法学院が見える。建物自体は豆粒程度の大きさだ。セルは現在、高度数千メートルほどの上空にいた。
それは、ありえないことだった。彼はルイズの部屋を飛び出した後、上空に向かって飛翔した。第二宇宙速度を優に超える超速度で数分間、上昇していた。地球型の環境を持つ惑星なら、すでに熱圏を突破し、外気圏に到達していなければならない。だが、ある一定の高度に達した後は、いくら上昇しても高度が変化することはなかったのだ。
「空間自体が閉じた箱庭の世界か……やつらの気配を全く感じないのも、地球が存在する宇宙とは次元ごと隔離されているためか。恐らくは、あの二つの月も……」
スッ
「か……め……は……め……波ァー!!」
ズオォォォォー!!
セルが放ったかめはめ波は、圧倒的な破壊力をもって、ハルケギニアの上空に悠然と存在する赤と青の月に迫った。しかし、直撃すれば惑星をも破壊するエネルギーの奔流は、いつまでも経っても二つの月に到達することはなかった。
「この世界を何者が造りだしたのか。フフフ、なかなかに興味深いな。もし、私の肉体が『完全体を超えた完全体』であったなら、力押しでも次元を突破できたかもしれないが、今の肉体では不可能だな。やはり、この世界の情報をさらに収集する必要があるか……」
セルは眼下に見えるトリステイン魔法学院に目を向けた。貴族を教育する機関であるならば、この世界に関する情報もある程度は得ることができるだろう。だが、それだけでは不十分だ。幸い、この世界にはトリステイン以外にも、複数の国が存在し、さらには東方『ロバ・アル・カリイエ』という謎の土地もあるという。情報収集の場所には事欠かないだろう。だが、セルは一人しかいない。しかも、今はしがない使い魔の身だ。自由な時間も限られている。
「ならば、増えればいい。簡単なことだ。はああぁぁぁ……ぐううぅぅぅ……ぬぎぃぃぃぃ……」
セルは全身にあらん限りの力を込め、前傾姿勢を取る。すると背中の一部が複数盛り上がり、不気味に脈動する。
「……ぶるあぁぁぁぁ!!」
セルの叫び声とともに、その背中から三つの塊が飛び出した。塊は地上には落下せず、セルの周囲に浮遊していた。それは、三体のセルそのものだった。セルを創造する際に、細胞を採集された天津飯という戦士が得意としていた四身の拳だ。オリジナルは本人の力を四分の一に分けることで四人に分身するという技だ。セルは、採集元となった戦士たちの技を自在に使うことができた。この四身の拳も若干のアレンジを加えていた。力は四分の一のままだが、完全に独立した分身として行動が可能であり、相互に意識をリンクさせることもできる。
「さあ、セルたちよ。この箱庭の世界に散らばり、隠されたその謎の手がかりを探し出すのだ!」
セルの分身体たちは、それぞれの方向へ飛翔していく。
「さて、次は……」
分身体の姿が見えなくなると、セルは下降を開始した。トリステイン魔法学院から、さほど離れていない森に降り立った。彼はこの森の中から、かすかな気を感じ取っていたのだ。かつて、地球で戦った戦士達とは無論比べるべくもないが。
「ぐるるるる」
そこにいたのは、オーク鬼の群れであった。二メイルほどの身長と豚の顔と肥満した肉体を持つ亜人である。手だれの傭兵五人に匹敵する戦闘力を持ち、オークの名の通り人間を喰らう。群れの数は十数匹ほど、トライアングルメイジが複数でかかってもてこずる相手といえる。オーク鬼たちもセルに気付いたのか、手にした棍棒を振り回しながら殺到する。
ドシュッ! ドシュッ! ドシュッ!
先頭のオーク鬼が突然、停止したかと思うと後に続く二匹も同じようにその場に停止した。オーク鬼の腹部を緑色と黒い斑点模様を持つ長いものが貫いていた。セルの尾だ。
ズギュン! ズギュン! ズギュン!
一番後ろにいたオーク鬼には尾の先端が突き刺さっていた。何かを吸い出すような音とともにオーク鬼の全身が急速に萎んでいく。最後には、オーク鬼の肉体を構成する成分すべてが生体エキスとして吸収され、棍棒と粗末な腰みのを残して消え去ってしまう。腹部を貫かれた二匹ももがきながら絶命する。
「ふん、ルイズが言っていた亜人とはこいつらのことか。こんな醜い生物と私を同類に視るとはな。この世界の人間どもはいささか、美的感覚に乏しいようだ」
オーク鬼たちは、遅まきながら直感的に悟った。自分たちが相対しているのは、いつもの獣や人間どもとは根本的に違う、恐るべき捕食者であると。
「ぶぎぃぃぃぃ!!」
恐慌に駆られたオーク鬼たちは持っていた棍棒を放り投げ、我先に逃げ出すが、セルはそれを追おうとはせず、その場で両腕を前に突き出した。
「この私を前にして逃げられるとでも思っているのか? 愚かな下等生物どもめ」
ギュルゥ!!
セルの両腕が恐るべきスピードで伸びた。最初の二匹を貫き絶命させるとその死骸を他のオーク鬼に投げつけ、動きを封じる。そこから完全な虐殺がはじまった。十数匹のオーク鬼が一匹を残して全滅するまで、十秒とかからなかった。セルは最後に残ったオーク鬼、恐らく群れのボスだろう、二.五メイルはあろうかという巨体のオーク鬼の全身を伸ばした両腕で包み込んでいた。まるで蛇が捕らえた小動物を絞め殺すかのように、少しずつ膂力を強めながら。オーク鬼の全身の骨が軋みながら、砕かれていく。両腕から出ていたオーク鬼の顔面も、圧力によってさらに醜く歪み、毛穴という毛穴から血を噴出しはじめていた。セルはその凄惨な状況を見ながら、わずかに顔を傾げながら呟いた。
「……やはり、私には似ても似つかないな」
グシャッ!!
オーク鬼は全身を潰され、絶命した。十数匹のオーク鬼の死骸、セルはそれらをすべて生体エキスとして吸収した。
その後、セルは森の植生を調査し、地球のそれとは非常に近いがわずかながら、すべてに相違が視られることを発見した。植生調査に意外にも時間を取られてしまい、気付いた時には、空が白みはじめていた。
「わたしとしたことが、少し熱中してしまったか。そういえば、洗濯を命じられていたな。そろそろ、手のかかる我が主の下へ戻るとするか」
セルは森を離れ、魔法学院に向かって飛翔していった。
彼を召喚した少女は、いまだにベッドの中で安眠を貪っていた。
——時間を遡ること数時間
セルの分身体の一人が、帝政ゲルマニアの首都ヴィンドボナの町並みを眼下におさめていた。
もう一人の分身体は、ガリア王国の王都リュテイス郊外に位置するヴェルサルテイル宮殿の上空にいた。
最後の分身体は、高度三千メイルの浮遊大陸を治めるアルビオン王国の王都ロンディニウムに翻るアルビオン国旗を睥睨していた。
第三話をお送りしました。
このSSのセルは技などの設定はアニメ版Zを基本としています
次話では、シエスタやキュルケ、タバサといったルイズ以外の原作メインキャラとコンタクトします。
ギーシュ君の運命はどうしよう。
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