ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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第二十九話をお送りします。

セルの一撃で終わってしまう戦争編ですが、セルには、我慢してもらうことになります。

でも、戦争の描写って難しいんですよね。どうしよう……



 第二十九話

 

 

 ――神聖アルビオン共和国首都ロンディニウム南部ハヴィランド宮殿円卓議場

 

 予想よりも早いトリステイン軍の襲来に、混乱が頂点に達する共和国最高評議会。共和国軍全軍を指揮する統帥卿ジョージ・ホーキンス将軍は、閣僚たちの喧騒を、ただ聞くに任せていたが、やがて円卓に両手を叩き付けるようにして立ち上がる。

 

 

 バンッ!!

 

 

 議場内に響く轟音に、閣僚たちの喧騒が一瞬で静まる。ホーキンスは議場を見渡すと決然とした声で宣言した。

 

 「これより、私は旗下の部隊を率いてロンディニウム郊外の平原に布陣いたす。閣僚の方々におかれては、首都の防衛をお願いしたい」

 

 地の利を捨てて、数に勝る敵軍にとって有利な平原における会戦を選択した統帥卿に対して、閣僚らから次々に反対の声が上がる。

 

 「ホーキンス将軍! 貴公ほどの戦上手が、わざわざ敵に有利な地形での決戦を挑むとは、どういうことか!?」

 「左様! ロンディニウムにて篭城し、ガリアの援軍を待てば、敵軍を挟撃できるものを!」

 「あるいは、城壁内に敵を誘い寄せ、分断することで各個撃破もできましょうに!」

 「将軍!! あなたは、よもや利敵行為に走るつもりでは……」

 

 「首都を戦場として何とするかっ!!」

 

 歴戦の勇士たるホーキンスの一喝の前に閣僚たちは、気圧され沈黙する。

 

 「総議長閣下のご下命を得ずに、軍を動かす越権行為については、戦後、いかなる処罰も受ける所存」

 

 ホーキンスは空席となっている総議長の椅子に一瞥を与えると、自身の幕僚たちを引き連れ、円卓議場を後にする。議場には、呆然とした表情の共和国最高評議会の面々が残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ロンディニウム郊外の平原にホーキンスが指揮する神聖アルビオン共和国軍最後の精鋭部隊が布陣を完了していた。最盛期には、五万を超える地上兵力と総数六十隻に及ぶ戦列艦隊を擁した「レコン・キスタ」だったが、今、平原に展開している戦力は、地上兵力約七千人、それを援護する空中戦列艦は八隻。対するトリステイン遠征軍は三万の兵力と三十隻の戦列艦を擁している。また、数の優劣が最も重要な要素となる平原における会戦である。まともにぶつかれば勝敗の行方は誰の目にも明らかだった。

 神聖アルビオン共和国軍総旗艦であり、自身の乗艦でもある「ピューリタン」号の艦橋で、ホーキンスは自分が指揮する最後の部隊の編成状況の報告を地上部隊の連絡仕官から受けていた。

 

 「地上部隊は、閣下直属の近衛二個大隊に加え、首都防衛師団より二個大隊、ロンディニウム衛兵隊より二個中隊、ハヴィランド白竜騎士団より一個大隊が閣下の檄に答え、参陣いたしております。すでに再編成も完了しており、いつでも戦端を開く準備は整っております」

 

 「そうか、各隊の長には、私の名で感謝の意を伝えてくれ」

 

 「はっ!」

 

 地上部隊への信号を送るために艦橋を出て行く連絡士官を見送ったホーキンスは、横に控える副官に尋ねた。

 

 「戦列艦隊の状況はどうか?」

 

 「はっ、「ピューリタン」号及び、直掩艦二隻は万全の状態にありますが、残る十五隻に関しては、老朽化が著しいフネも多く、またロサイスの空軍工廠を放棄したため、全面的な改修が難しく、共食い整備によって何とか五隻が艦隊戦闘及び地上支援が可能な状態にあります」

 

 ホーキンスは自他ともに認める戦上手である。軍事に疎い閣僚らに指摘されるまでもなく、平原の会戦では勝機がないことは、百も承知だった。だが、事ここに至っては、祖国のため背水の陣を引くほかはなかった。このまま、首都さえも無血開城で明け渡してしまえば、戦後のアルビオンは完全なトリステインの属国、あるいは遠くない未来にトリステイン王国アルビオン領となってしまう。この会戦で、ある程度トリステイン軍に打撃を加えることができれば、アルビオンの底力侮り難し、という印象とともに、トリステイン軍にも戦果を上げた実感を与えることができる。そうすれば、後は残存勢力をウェールズ皇太子の下に集結させれば、対等は無理にしても、アルビオンの独立を保つことができるだろう。そのための犠牲が彼らだった。

 

 「……皆には、すまないと思っている」

 

 本来、最高司令官が口にしてはいけない言葉だったが、ホーキンスは苦悩の表情とともに、搾り出すように言った。

 

 「この場にいる者は一兵卒にいたるまで、閣下の志を信じております……でなきゃ、こんな負け戦になんて付き合いませんとも!」

 

 あえて、最後は明るく言い放った副官の言葉に、艦橋の他の兵たちも同調するように笑みを浮かべた。苦悩を振り払うとホーキンスは威厳に満ちた声で言った。

 

 「くだらんことを言った、許せ」

 

 その時、観測手が大声で報告した。

 

 「トリステイン軍を目視にて確認!! 距離十リーグ!!」

 

 「来たか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 トリステイン軍地上兵力三万と戦列艦三十隻は、アルビオン共和国軍と互いの射程距離ギリギリの位置で対峙した。三万対七千、三十隻対八隻、戦力差は歴然だった。だが、共和国軍は首都における篭城戦を選択すると考えていたトリステイン軍首脳部は、敵の意図を測りかねていた。旗艦「ヴュセンタール」号の艦橋でド・ポワチエ大将は、副司令官であるマザリーニ枢機卿に問いかけた。

 

 「猊下は、どのようにお考えですか? 叛徒どもの布陣を」

 

 「私は貴官とは違って、軍事は専門外だが、ロマリアでは長く告解師をつとめていた。その経験から来る勘のようなものだが、今の「レコン・キスタ」には、我が軍を陥れようとする意思が感じられない。むしろ、神の裁きを神妙に待つ敬虔な信徒のように感じる」

 

 マザリーニの言葉を聞いたド・ポワチエはそれを一笑に付す。

 

 「いかに此度の戦が始祖「ブリミル」の御心に叶うものとはいえ、それはありえますまい。敬虔な信徒が、完全武装で布陣しているはずがありません」

 

 「では、将軍はいかにお考えか?」

 

 「そ、それはもちろん、何かしらの策略を弄しているものと……」

 

 「ほう、してその策略とは? それが見抜けなければ、四倍近い兵力差がありながら我が軍は敗れるということではないか?」

 

 「い、いえ、そのようなことは……」

 

 マザリーニの詰問にしどろもどろとなるド・ポワチエ大将。マザリーニは密かに嘆息した。これが、我が国でも屈指の名将とは。今回の戦役後には、軍部の大幅な刷新が必要となるかもしれない。あるいは、死ぬほど気は進まないが、ラ・ヴァリエール公爵に軍務への復職を打診してみるか。

 

 「枢機卿のお考えが正鵠を射ているかもしれません」

 

 そう言って、艦橋への階段を登って来たのは、遠征軍の最高司令官アンリエッタ王女であった。背後にウェールズ皇太子と特務官ルイズ、そして亜人セルを従えていた。マザリーニが王女の発言について尋ねると、ウェールズが代わりに答える。

 

 「敵艦隊の旗艦は「ピューリタン」号。ジョージ・ホーキンスの乗艦です」

 

 「ホーキンス将軍と言えば、アルビオンでも名うての戦上手として我が国でも知られた存在。やはり、何かしらの策を……」

 

 ポワチエの言葉をウェールズが頭を振りながら否定する。

 

 「いえ、あの男ホーキンスは戦上手であると同時に愛国者なのです。祖国を守るため、あえて不利な地形での決戦に臨んだのでしょう」

 

 「そ、それは一体どういう……」

 

 皇太子の言葉に困惑するポワチエをよそにマザリーニは顔をしかめた。

 

 (我が軍の戦力を疲弊させると同時に、戦果をも与えることで、戦後のテューダー王家とアルビオン軍の影響力を確保する腹積もりか……)

 

 今回の戦争は、テューダー王家の要請を受ける形で始まったが、主導するのはトリステインである。当然、首尾よく「レコン・キスタ」討伐と国土奪還が成されたとしても、トリステインとしては、お行儀よく帰るわけにはいかない。具体的な話は出ていないが、領土割譲や交易における優遇措置、戦費調達を名目にした反乱貴族の財産接収などが考えられる。あるいは、ウェールズ皇太子のトリステイン王家への婿入りという名の人質。ホーキンスはそれらをどうにか軽減するため決死の覚悟で寡兵による戦いを選択したのだ。

 

 「とすれば、例え皇太子殿下自らが降伏勧告をされても、色よい返答は得られんでしょうな」

 

 「そう、思います。ホーキンスは、得難い男です。これからのアルビオンのためにも生き延びて欲しいのですが……」

 

 マザリーニの言葉に苦悩を露にするウェールズ。それを見ていたアンリエッタは、愛する男性の苦しみを和らげたい一心で、背後に控えていたルイズに問いかけた。

 

 「ルイズ……ウェールズ様の苦しみを助け、無用な流血を回避する術はないものかしら? わたくしは、とんでもない無い物ねだりをしているのかしら?」

 

 「姫さま……そのお気持ち、お察しいたします。私とセルに出来ることがあるかもしれません。願わくば、戦端を開く前に、私どもに機会をお与えくださるようお願い申し上げます」

 

 恭しく頭を下げるルイズに、感極まったように抱き着くアンリエッタ。セルはその様子を冷静極まりない目で観察していた。

 

 (ルイズの虚無の力によって、戦力を消耗することなく戦争の趨勢を決するつもりか。今回の遠征には、各国の観戦武官も従軍しているはず。その目前で虚無の力を見せ付けることで列強への牽制も同時に行うとはな。やはり、この女、侮れんな)

 

 どうにも、アンリエッタを過大評価してしまうセルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「ヴュセンタール」号の船首に佇むルイズとセル。数リーグほど離れた空中には、八隻の敵戦列艦が一列横隊で左舷の砲門をこちらに向けている。ルイズは、ため息をつきながら、セルに言った。

 

 「姫さまには、大見得切っちゃったけど、どうしよう……なにか良い知恵はない、セル?」

 

 「敵に降伏の意思がない以上、戦う力を奪う必要があるだろう」

 

 「戦う以外の方法で戦う力を奪うって、どんなとんちよ」

 

 ルイズは、前方の敵艦隊を見ながら、再度セルに問いかけた。

 

 

 「セル、あんたはどう思う? 私や姫さまはやっぱり、甘いのかしら。軍隊同士が睨み合っていて、今にも戦いが始まろうとしている時に、無血で戦いを収めようだなんて」

 

 「戦争とは、巨大な浪費にすぎん。人、金、物資、あらゆるものを消費した上で勝利しても、得られるものは、大抵、浪費の対価に見合うことはない。避けられるならば、それに越したことはない」

 

 セルの言葉に、ルイズは振り返り、自身の使い魔を不思議そうに見つめる。

 

 「……あんた、元いたチキューじゃ最強の存在だったとか、召喚される瞬間に戦いの最中で消滅の危機だったとか、殺伐としているわりには、なんていうか、けっこう理想主義者なのね」

 

 「そう言われたのは、生まれて初めてだ」

 

 自分を見上げるご主人様に答えるセル。それを聞いたルイズは思わず、吹き出す。

 

 「ぷっ! 三歳児の言うことじゃないわよ、それ」

 

 ひとしきり笑ったルイズは、懐からデルフリンガーを取り出し、前方に構える。その両手には水と風のルビーが常に変わらない輝きを見せている。

 

 「それじゃあ、やるわよ、セル!」

 

 「承知した」

 

 セルはルイズを背後から抱きすくめ、主の小さな両手を自身の手で支えるようにする。セルの存在を確かに感じ取ったルイズは、静かに集中を深めていく。杖の柄が強く握られ、自意識を開放されたデルフリンガーが、独り言のようにつぶやく。

 

 「さぁて、今回は嬢ちゃんと旦那は、どんな裏技を見せてくれるんかねぇ」

 

 

 キィィィィィン

 

 

 やがて、甲高い共鳴音とともに、デルフリンガーと水と風のルビー、そしてセルのルーンが眩い輝きを放つ。それと同時にルイズの脳裏にニューカッスル城の時とは、別のスペルが浮かび上がる。前回と同じ様に、これまで見たことのないスペルだが、ルイズにはそれがすらすらと読める。

 

 「ラーン・ミルター・ラル・ヤハー・ニル・フェイム・ジーグ・ローン・ハーン・ケル・ゾール・ローク・バコル・ズンハ・ビール!」

 

 「えっ、ちょっとまて、そんな詠唱聞いたことない……」

 

 デルフの呟きは無視され、詠唱は完了する。ルイズは、同時にその魔法の効果を理解する。敵陣のあらゆる魔力を自身に吸収する魔法。

 

 「アブソーブ!!」

 

 

 ズオォォォォォォ!!!

 

 

 平原に布陣する神聖アルビオン共和国軍の全てのメイジの身体から青白い光の帯が放たれ、空中に昇っていく。メイジたちは、魔力を吸収されているのだ。魔力とは、自身の精神力を指す。メイジたちは自力では立てないほどの消耗を強いられていた。そして、吸収されているのは、個人の魔力だけではなかった。

 

 「な、なにが起こっているのだ!?」

 

 ホーキンスは自身の艦長席につかまりながら、重い疲労感を感じていた。自分の身体から浮かび上がった青白い光が前方に伸びていく。その時、「ピューリタン」号の船体が大きく揺れると、降下し始めた。

 

 「閣下! 風石が急激に消耗しております! このままでは、高度を維持できません!!」

 

 「ま、まさか、魔力そのものを吸収しているとでも言うのか!?」

 

 疲労感から倒れそうになるのを必死に耐えながら、驚愕の声を上げるホーキンス。戦列艦隊八隻すべてから、青白い光が複数伸び上がり、トリステイン軍艦隊の中心に吸い込まれていく。

 

 

 

 

 

 「こ、こんな魔法、あるはずが……」

 

 トリステイン艦隊の準旗艦「レドウタブール」号に乗船していたガリア王国観戦武官バッソ・カステルモールは、眼前の光景に呆然としながら、呟いた。総旗艦「ヴュセンタール」号の船首に、地上の敵陣と敵艦隊から無数の青白い光が吸い寄せられている。ガリア東薔薇騎士団に属する花壇騎士であり、二十代前半の若さで風系統のスクウェアメイジたるカステルモールは、青白い光が膨大な量の魔力であると看破していた。彼と同じように各国から派遣された観戦武官たちは、目の前の光景に魅入られていた。

ただ一人を除いて。

 

 「これは、間違いなく虚無の魔法。ようやく、古ぼけたこの小国に担い手が現れてくれたみたいだね」

 

 そう言って、微笑んだのは一見、女性と見紛うほどの美貌を備えた少年だった。金髪に隠された両目の色が異なっている。それは、一般に月目と呼ばれている。

彼の名はジュリオ・チェザーレ。ロマリア宗教庁の助祭枢機卿であり、今回の戦争に際し、教皇自らが派遣した観戦武官であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第二十九話をお送りしました。

ついにオリジナルの虚無を出してしまいました。吸収で力を増したセルですから、アリかなと思いましたがいかがでしょうか?

ご感想、ご批評をよろしくお願いします。

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