第一章三話にて、ハルケギニア各地に散ったセルの分身体が何をしているのか……
……決して、第三章執筆に煮詰っているわけではありませんので。
あれ、なにやら既視感が……
「チクショウ、チクショウ、チクショウ……」
少女は自身の人生の中で何千回と繰り返した呪詛の言葉を、今また繰り返し呟いていた。
「あぐっ」
右肩が焼けつくように痛む。少女の華奢な肩から一本の細い棒が生えていた。その周囲は真っ赤に染まっている。忠実な護衛を装い、彼女を僅かな供回りとともに自慢の狩り場に連れ出した魔法騎士が放った矢だった。用心はしているつもりだった。誰よりも。信じられる奴なんかいない。みんながわたしを狙ってるんだ。なのに、最近入ってきた若い魔法騎士に少しだけ、気を許してしまった。その結果がこの有り様だ。
「護衛はすべて始末したな?後は、あの小娘を殺して終わりだ」
彼女が立てこもる馬車の外から、件の魔法騎士の声が聞こえる。本物の護衛は皆殺しにされたようだ。
「チクショウ、役立たずどもめ!!」
痛みに耐えながら毒づく少女。もう彼女を守ってくれるものはいない。このままなぶり殺しにされてしまうのか。少女は恐怖に飲まれそうになりながら、自身の杖を握りしめた。今まで試したことのない魔法がある。そもそも魔法の才に乏しい少女には必要ないとされた魔法だ。
「あ、あいつを、あいつらを八つ裂きにできるような、はぁ、はぁ、化け物を呼び出してやる!」
少女は詠唱する。傷の痛みと出血によって朦朧とした意識の中で。
「我が名はイザベラ・ド・ガリア、五つの力を司るペンタゴンよ、我の運命に従いし使い魔を召喚せよ……」
弱々しく杖を振り下ろすイザベラ。その瞬間、イザベラの馬車が大爆発を起こした。
ズドォォン!!
突然の爆発を身を伏せてやり過ごす四十名ほどの襲撃者たち。リーダー格である魔法騎士はガリア花壇警護騎士団にあって、若き逸材として将来を嘱望されていたが、上席の騎士団長補がガリア王ジョゼフ一世の不興を買い罷免された際に連座することで将来を失った。その後、反ジョゼフ派の貴族に拾われ、ジョゼフの娘であるガリア王女イザベラの暗殺計画に加担したのだった。
「ばかな、自爆したとでもいうのか? あの無能な小娘にそんな真似ができるとは……まあ、いい。おい、死体を確認しろ!」
身を起こした魔法騎士が、配下の襲撃者に命じる。数名の傭兵が、もうもうと立ち上る煙の中心部に近づく。その時、一陣の風が煙を吹き払う。そこにいたのは、二メイルを超える長身に筋骨隆々の、まるで虫のような外骨格と先端の尖った尾を持つ亜人だった。その足元にはイザベラが倒れていた。矢傷はそのままだが、爆発の影響は受けていないようだった。
「な、なんだ、あの亜人は?」
「王女の護衛か?」
「そんな話は聞いていないぞ!」
「たかが亜人一匹だ、王女ともども始末しちまえ!」
傭兵たちが、亜人とイザベラに殺到しようとするが、亜人が左の手のひらを彼らに向けると、その場にいた襲撃者たちがことごとく金縛りにあったかのように身動きが取れなくなってしまう。亜人の左手の甲には、ルーンは刻まれていなかった。
(まさか、分身体である私が召喚されるとは……その上、肉体が第二形態に変化しているだと?)
亜人、セルは困惑していた。彼は、トリステイン王国の魔法学院でルイズの使い魔をしている本体が生み出した三体の分身の一体であり、ガリア王国周辺の探索中に突如、出現した鏡のようなゲートに触れることでイザベラの元に召喚されたのだった。肉体は人造人間17号を吸収した際の第二形態に変化していたが、「気」の絶対量は変化していなかった。
「は、はは……なによ、亜人じゃない。はぁ、はぁ、もっとでかい幻獣とかが……よかったのに。まあ、いいわ。おい、おまえ、ご主人さまの命令よ……あいつらを皆殺しに……しなさ……」
イザベラは意識を失った。自身を召喚した青髪の少女を見つめるセル。出血がひどい、適切な処置を施さなければ命に係わるだろう。分身体であるはずの自分を召喚したメイジの少女だ。詳細を聞き出すまでは死んで貰うわけにはいかない。だが、すべてを破壊し得る究極の人造人間であり、自身の核さえあれば無限に再生できるセルも他人を癒す術は持たない。いや、今まではそうだったのだが。
(あれを試してみるか……丁度いい実験台どももいる)
セルは、念動力で身動きを封じていた襲撃者の一人、リーダー格の魔法騎士に近づく。
「くっ、醜い亜人め! 私に近寄るな!!」
ヒュンッ!!
ドサッ
セルが自身の尾を一振りすると、魔法騎士の左腕が根元から切断され、地面に落ちる。切断面から鮮血が噴き出すと同時に絶叫する魔法騎士。
「ぎぃやぁぁぁ!! わ、私の腕がぁぁぁぁ!!」
「これは、失礼した。すぐに直してやろう」
そう言ってセルは、今度は尾の先端を魔法騎士の胸に突き刺す。
ズンッ! ズギュンッ! ズギュンッ! ズギュンッ!
何かが尾を通して、魔法騎士の体内に注入されていく。すると、なんと切断されたはずの彼の左腕が見る間に再生していく。苦悶の表情を浮かべていた魔法騎士が一転、恍惚の表情を見せる。
「ういああああぁぁぁ!! ギモヂイイィィィィ!!!」
ズギュンッ! ズギュンッ! ズギュンッ!
さらに注入が続くと、今度は、魔法騎士の体が数倍に膨張していく。
「ギモヂイイイィィィィ……ゲバラッ!!」
ボンッ!!
水をいれすぎた水風船のように魔法騎士の体が破裂した。周囲に大量の血や肉片がばら撒かれる。その凄惨な光景を冷静に観察するセル。
「ふむ、生体エキスの注入……やはり、生命体の治癒に高い効果を発揮するようだ。その分、加減は難しいな」
自分たちの中で最も手錬れだったはずの魔法騎士の無残な死に様に、今更ながら恐怖にとりつかれる襲撃者たち。必死に命乞いをしようとするが、セルの念動力によって口を開くことさえ許されない。彼らにゆっくりと近づくセル。
「実験台の数は多いとはいえ、時間は限られている。手早く加減を習得するとしよう」
四十名弱のイザベラ王女襲撃犯たちは一人残らず、狩り場の森を豊かにする養分となった。
「……う~ん、あ、あれ、わたし、どうなって……き、傷がない?」
イザベラが目を覚ますと、彼女の肩から生えていた矢は無くなっていた。それどころか、傷そのものも、自身の血で染まったドレスすらも元通りになっていた。彼女が周囲を見渡すと、あの魔法騎士も、何十人といったはずの襲撃者たちも姿が見えない。彼女のそばには、二メイルを超える筋骨隆々の亜人セルだけが立っていた。優雅な所作でイザベラに手を差し伸べるセル。外見から想像できない良い声で言った。
「お手をどうぞ、召喚者どの」
人語を話す亜人にぎょっとするイザベラだが、すぐに気を持ち直すとセルの手を払いのけ、自分で立ち上がる。
「ふん、不細工な亜人風情が、このわたしに向かって聞いた風な口を叩くんじゃないよ!……で、あの不届き者どもはどうしたの?」
「皆殺しとの仰せだったので……」
イザベラが、襲撃者たちがいたはずの方をみると、そこは一面の血の海だった。所々に見える小さな塊は肉片だろう。思わず、口を押さえ顔をそむけるイザベラ。
「うっ……す、少しはやるみたいじゃない。もしかして、わたしの傷もおまえが直したのかい?」
「……」
無言で頭を下げるセル。襲撃者たちは、あの魔法騎士を筆頭に複数のメイジが参加していた。それを涼しい顔で鏖殺し、深手の矢傷さえ治癒させてしまう亜人。
(こいつは当たりなのかしら。もし、使い魔の契約さえ交わせば、こいつはわたしを裏切らないでいてくれるのかなぁ……)
イザベラは頭を振って今の考えを打ち消す。
(なに弱気になっているのよ、イザベラ。こういうのは最初が肝心なのよ。わたしがご主人さまだってわからせてやらなきゃ)
そこでイザベラは、はたと気づく。馬も馬車もない。自身の宮殿であるプチ・トロワにどうやって戻ろう。
「ちっ、おい、おまえ、馬か幻獣を探してきなさい!」
「不要だ」
そう言ったセルが手のひらをイザベラに向けると、二人は一気に数百メイル上空に浮かび上がった。イザベラは高いところが苦手だった。
「うわあ、うわあ!! お、おまえがや、やったのか!?」
「如何にも。さて、どこに向かう?」
セルの逞しい腕にすがりつきながら、上擦った声で命令するイザベラ。
「ええと、ええと、ガリア王城のぐ、グラン・トロワの中にある、ぷ、ぷ、プチ・トロワまでだ!」
「承知した」
気が動転していたイザベラは、ついさっき召喚したばかりの亜人がなぜガリア王城の位置を知っているのかを疑問に思うことはなかった。
時速百リーグで飛行するセルとイザベラ。最初こそ目をつぶっていたイザベラも次第に慣れ始め、生まれて初めて経験する空中飛行に夢中になっていた。後少しでグラン・トロワを擁するハルケギニア最大の都市リュテイスが見えてくるというところでイザベラがセルに命じる。
「おい、止まれ!!」
二人の眼下には、なかなか壮麗な佇まいの城があった。
「あれは、アルハレンドラ公爵の居城、ヴァンフォーレ城だ。わたしを襲わせた黒幕だ!」
先の襲撃を指揮した魔法騎士が言っていた。アルハレンドラ公爵のご意志の元、国を私する無能王の血族を粛清する!と。公爵は先代の王の治世下から宮廷の調整役として影響力を持っていた。だが、どちらかと言えば現在の宮廷では、中道派であり、政争とは距離を置いていたはずだった。
「この間の舞踏会でも、何食わぬ顔で、わたしの手に接吻したくせに……あの糞ジジイ。いつか、思い知らせてやる」
年相応からは、程遠い怨嗟を口にするイザベラ。それを聞いていたセルが事も無げに言った。
「敵の居場所がわかっているのなら、即座に消してしまえばいい」
「はあ? そんなことができるなら、とっくにやってるに決まってるだろう!! それとも、おまえなら、あのジジイを今すぐあの世に送れるとでもいうのか!?」
「お望みとあれば……」
セルはイザベラを背後にかばいながら、右手をヴァンフォーレ城に向ける。
ボッ!!
ウオッ!!!
ズゴゴオオォォォ
セルが放った光弾は、ヴァンフォーレ城に吸い込まれ、次の瞬間、直径数リーグの光球がすべてを飲み込んだ。後には、巨大なクレーターが出現した。アルハレンドラ公爵は、自身と一族、そして数百人の家来とともに消滅した。目の前の光景にしばし、呆然とするイザベラ。
「……は、はは、はははははは!! すごい、すごいすごいすごいすごいすごいすごいよ!! おまえ!! なんてすごい亜人なんだ!! なんてすごい使い魔なんだ!!」
状況を把握すると、イザベラは喜びの感情を爆発させる。
「そう、使い魔!! おまえはわたしが召喚した使い魔なんだ!! わたしが召喚した、わたしだけの使い魔!! そうだろう!?」
「その通りだ。まだ、契約を交わしてはいないがな」
言われて気付いたイザベラは、慌てて自分の杖をかざして「コントランクト・サーヴァント」を詠唱する。
「我が名はイザベラ・ド・ガリア、五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
詠唱とともにセルの唇に接吻するイザベラ。セルは額に熱を感じる。彼の額の黒い部分にルーンが浮かび上がる。
「これで、おまえはわたしの使い魔よ! わたしの名前はイザベラ・ド・ガリア!このガリア王国唯一の王女よ! おまえの名は何と言うの!?」
「……私の名はセル。人造人間だ」
ハルケギニアにおいて、二体目の人造人間使い魔が誕生した。
だが、イザベラもセル自身も、彼の額に刻まれたルーンが不完全なものだったことに気付くことはなかった。
断章之弐をお送りしました。
正直に白状します。
作者はイザベラ様がツボです。どストライクです。ルイズとさえ争うほどです。