ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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第二十話をお送りします。
本編も早や、二十話を数えました。

ひとえに、読者の皆様のおかげです。ありがとうございました。




 第二十話

 

 

 「くだらん」

 

 セルの言葉に、ウェールズとルイズは絶句した。一瞬の後、ルイズが慌ててセルを叱りつけようとするが、ウェールズがこれを制する。そして、自身より四十サントは高いセルを正面から見上げながら、堅い口調で言った。

 

 「どういう意味だろうか、使い魔殿? 明日消える家名とはいえ、アルビオン王家の継承者として、今の言葉捨て置くわけにはいかない」

 

 一国の皇太子を前にしても、セルの調子はいささかも変わらない。

 

 「私の口から聞かねば、理解すらできないか、皇太子よ。貴族とは、王族とは、すなわち最期まで退かぬもの。だが、おまえたちはどうだ? 自身の悲劇的な境遇にただ酔いしれ、現実から逃避し、ありもしない名誉の死などという幻想にすがっている。トリステインのため? アンリエッタに迷惑をかけたくない? 笑わせるな。反王権を掲げている以上、「レコン・キスタ」は遅かれ早かれトリステインに侵攻するだろう。そしておまえを失えば、あの王女は復讐の炎に駆られ、自ら先頭に立ち、戦火に身を捧げるだろう……おまえの言葉はすべて、自身の不甲斐無さをごまかすためのまやかしだ。くだらんと言って何が悪い?」

 

 亜人の使い魔が放つ痛烈な言葉に、反論できないウェールズ。そして最後の言葉が容赦なく突き刺さる。

 

 「何よりもくだらないのは、皇太子。おまえがすべてを理解していながら、すべてを諦め、受け入れてしまっていることだ」

 

 ウェールズはセルの視線を避け、両手を握りしめることしかできなかった。すべて、この亜人の使い魔の言うとおりだった。

 

 「セル……」

 

 ルイズもまた、他国の皇太子に無礼極まりない口を聞いた自身の使い魔を叱ることができなかった。なぜなら、セルが言ったことは、ルイズが言いたいことでもあったからだ。

 

 「……まさか、他国から来た素性もわからぬ亜人に完膚なきまでに、言い負かされるとはな」

 

 しばらく黙っていたウェールズが自嘲気味に呟いた。そして、再度セルを見上げ、疲れた口調で問いかけた。

 

 「すべて、君の言うとおりだ。使い魔殿、だが、我々はどうすればいいのだ? 君に尋ねるなど、お門違いなのは承知している。それでも……」

 

 セルは、ウェールズの問いかけには答えず、部屋を横切り、バルコニーに出る。城の最上層に位置するバルコニーからは、「レコン・キスタ」軍が布陣している様子がよく見えた。時間は昼を多少過ぎていたが、陣中では昼食の煮炊きのための煙が幾筋も空に昇っていた。

 

 「この地に着いたときから、あの軍には妙な「気」を感じていた。二人とも見るがいい」

 

 セルの言葉に、顔を見合わせるルイズとウェールズだが、ルイズから頷き掛け、共にバルコニーに出る。しばらく、眺めていたルイズがセルに問う。

 

 「どこかおかしな所でもあるの?」

 

 「昼食のための煙が少なすぎるとは思わないか?」

 

 意外なセルの一言に、ウェールズも思案顔でうなずく。

 

 「確かに言われてみれば、五万の兵が布陣しているにしては、少ないが……敵の兵糧が尽きかけているということか?」

 

 「いいや、ちがう。あの軍には兵糧を必要としない兵たちがいるとしたら、どうだ?」

 

 「はあ? そんなわけないじゃない。ここから見ても、敵の兵士はゴーレムじゃなくて生身の人間だってわかるのよ?」 

 

 ルイズの言葉に、不気味な笑みを浮かべ答えるセル。

 

 「ふん、生身か……」

 

 「な、なによ?」

 

 セルは自身の尾から、デルフリンガーを取り出し、ルイズに渡す。そして、陣地の一番奥、おそらく司令部が置かれているだろう周辺を指差して言った。

 

 

 「ルイズ。あの辺りに向けて、デルフリンガーを構えろ。それから、水のルビーとデルフリンガーに意識を集中するのだ。二つを自身の肉体の延長として考えろ」

 

 「なんで、そこでデルフと水のルビーなのよ? ちゃんと後で説明しなさいよ! わかりやすくね!」

 

 しぶしぶといった様子でデルフリンガーを構えるルイズ。左手のデルフと右手の水のルビー、双方に意識を集中させる。

 

 

 キィィィン

 

 

 微かな共鳴音と共に、デルフリンガーと水のルビーが光を放つ。デルフリンガーの意識が開放される。

 

 「やれやれ、旦那の尻尾暮らしたぁついてねえぜ。今度、嬢ちゃんには、住宅改善要求ってやつを出さなきゃな……あれ、また?」

 

 「……なにこれ? 光の糸?」

 

 意識を集中するルイズの視覚にそれまでは見えていなかったものが視えるようになっていた。それは、司令部本陣らしき巨大な天幕から、陣地全体に伸びる青白く光る細い糸の束だった。量はかなり多く、陣地全体を覆っているように視えた。それまで、黙っていたウェールズがルイズに近づく。

 

 「なにが見えるのだ? ミス・ヴァリエール……こ、これは?」

 

 ウェールズは自身の右手にはめていた風のルビーが、ルイズの水のルビー同様、光を放っていることに気づいた。そして、指輪から視線をあげると、ウェールズの視界にも光る糸が視えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「……説明しなさい、セル。これは、命令よ」

 

 デルフリンガーを下ろすと、光る糸はルイズとウェールズの視界から消えた。ルイズは自身の使い魔に説明を命じた。

 

 「承知した。だが、その前に皇太子に、三つ質問させてもらいたい」

 

 「わかった。可能な限り、答えよう」

 

 この使い魔は自分の知らないことを知っている。そう確信したウェールズは、やや力を取り戻して言った。

 

 「反乱軍の首魁は何者だ?」

 

 「名をオリヴァー・クロムウェルという。元は地方教区の司教で、平民出身だ。だが、始祖「ブリミル」より授けられた「虚無」の使い手だと称して「レコン・キスタ」を立ち上げた。様々な奇跡をあやつるそうだ」

 

 思わず、ルイズが口をはさむ。

 

 「まさか! 平民が、伝説の「虚無」の魔法を使えるなんて、何らかの手妻を使ったペテン師としか思えませんわ」

 

 「我々もそう思っていたよ、ミス・ヴァリエール。だが、実際に奴はその奇跡を用いたカリスマで「レコン・キスタ」を纏め上げているんだ」

 

 「次の質問だ。今回の内乱の経緯を簡潔に知りたい」

 

 若干、言いにくそうな様子を見せたウェールズだが、質問のとおり、簡潔に答える。

 

 「よくある話だよ。先に言ったクロムウェルが担当していた地方領で最初の反乱が起きた。その理由もごくささいなモノだったはずだ。ところが、派遣した討伐軍が次々と反乱軍に寝返った。気づけば、地方領の大半が「レコン・キスタ」に加わっていたんだ。その後は、我々は王都を追われ、ごらんの有様だよ」

 

 「そうか、では最後の質問だ。ハルケギニアの地には、様々な効力を持ったマジックアイテムが存在しているはずだ。その中に人の意識を操る、あるいは死者を蘇生させ、傀儡とする。そんな効力を持つマジックアイテムに心当たりはないか?」

 

 「ふふ、そんな便利なアイテムが実在しているなら、どんな犠牲を払っても手に入れたいところだが……」

 

 自嘲気味に笑いながら話すウェールズだったが、ルイズにはひらめくものがあった。

 

 「……そうだわ。ラグドリアン湖に伝わるという伝説の指輪よ! 昔、ラグドリアン湖に旅行した時に姉さまから聞いたことがあるの。湖に住まう水の精霊が自身の分身として守っているって」

 

 「アンドバリの指輪か……」

 

 ウェールズも、かつてラグドリアン湖を訪れたことがある。たしかに、「アンドバリ」の指輪には水の力が凝縮した強大な魔力が宿るというが。考えこむウェールズにセルがヒントを与えるように言った。

 

 「今の三つの質問。その答えがすべて、真実だとする。では、その真実の答え、三つを組み合わせた先に導き出される事実とは、なんだ?」

 

 セルの四つ目の質問を思案するウェールズ。クロムウェルは「虚無」を実際に操り、奇跡を起こす。反乱はありえないほどの早さで拡がり、王軍や貴族たちから多数の造反者を出した。「アンドバリ」の指輪は実在し、伝説に語られるような人心支配や死者蘇生の力を持つ。それらを組み合わせれば。

 

 「!! ま、まさか……そんなことが……」

 

 自身が導き出した答えに驚愕を隠せないウェールズ。確証など、何一つない。亜人の戯言だと切り捨てるのは、簡単だ。だが、すべてに筋が通ってしまう。

 「アンドバリ」の指輪を手に入れたクロムウェル、その魔力を「虚無」と称して民衆を扇動。討伐軍の司令官や有力な貴族を指輪の魔力で支配、あるいは暗殺してから傀儡と化して支配下に置く。何より、さきほど自分の目で視た「レコン・キスタ」陣地を覆う青白い光の糸。

 

 「ちょっと、待ちなさいよ! もし、本当に「アンドバリ」の指輪を「レコン・キスタ」が持ってたとしたら、殿下や王軍が戦死したとしても……」

 

 「!!」

 

 そうだ。ウェールズをはじめとする王軍派にとって最後の拠り所ともいうべき、「レコン・キスタ」との決戦。討ち死にの覚悟はできているが、「アンドバリ」の指輪が実在していれば、それすらもかなわない。最期まで勇敢に戦い、死ぬことができたとしても、指輪の魔力によって敵の傀儡とされてしまう。死すらも許されないのだ。

 

 「な、なんということだ……」

 

 すべての希望を打ち砕かれたかのようにウェールズは、その場に崩れ落ちた。その様子を見たルイズがセルに詰め寄る。

 

 「セル! あんた、この城にはじめて来た時から気づいてた風なこと言っていたけど、なんですぐに言わないのよ!」

 

 「私は妙な「気」の流れを感じただけだ。それに他の人間に今の段階で聞かれるのは、得策ではないと思うが」

 

 「そ、それはそうかもしれないけど……」

 

 「対抗する術は、ある」

 

 セルの言葉に、即座に食いつくルイズ。

 

 「ど、どうすればいいのよ!? 早く教えなさい!!」

 

 セルは跪き、ルイズと目線を合わせて言った。

 

 「あの舞踏会の夜、きみが言っていた、きみ自身の中に目覚めた力を使うのだ」

 

 「で、でも、伝説のマジックアイテムを相手にするなんて、どうすればいいのよ?」

 

 「皇太子、ルイズに風のルビーを渡せ」

 

 「……わかった」

 

 すでに打ちひしがれた様子のウェールズは、自身の右手から風のルビーを引き抜き、ルイズに渡す。

 

 「二つのルビーを持って再度、集中するのだ、ルイズ」

 

 「これ以上、集中しろって言われても……」

 

 ルイズの言葉を受けたセルは、彼女の背後にまわり、自分より遥かに小柄なルイズを抱きすくめるようにした。自分の両手でルイズの両手を包み込むように支える。

 

 「んなっ!?」

 

 ボンッ、と音を立てるかのようにルイズの顔が沸騰する。

 

 「ば、ば、バカでしょ、あんた!? う、ウェールズ殿下が見てるのに何してんのよ!! こ、こ、こういうのは、時と場所を選びなさいよぉぉ!!」

 

 「……そういう問題かよ」

 

 デルフリンガーのツッコミが入る中、セルはルイズの耳元で、毎度お馴染みの良い声で言った。

 

 「集中を切らすな、ルイズ」

 

 「そ、そ、そんなこと言われてもぉぉぉ!!」

 

 さらにテンパるルイズ。その時、彼女の感情の昂ぶりが最高潮に達した。

 

 

 キィィィィィィン

 

 

 甲高い共鳴音とともに、デルフリンガー、水のルビー、風のルビー、そしてセルの左手のルーンが極大の光を放つ。驚きの叫びをあげるデルフリンガー。

 

 「おいおいおいおい!! どんな裏技だよっ!? こんなのありかよぉぉぉぉ!!」

 

 ふいにルイズの脳裏に見たことのないスペルがはっきりと浮かび上がる。そう、これまでに見たことのないスペル、だが。

 

 「……よ、読めるわ」

 

 ルイズは、朗々と自身の頭に浮かんだ謎のスペルを詠唱する。そばで見ていたウェールズも、未だかつて聞いたことがないスペルだった。

 

 「ウル・スリサーズ・アンスール・ケン・ギョーフー・ニィド・ナウシズ・エイワズ・ヤラ・ユル・エオー・イース!」

 

 通常の魔法に比べ、格段に長い詠唱を終えようとしたその時、自身が唱えた魔法の効力をルイズは理解した。あらゆる魔力を強制的に解除する魔法。

 

 「ディスペル!!」

 

 セルとルイズから眩い光の波動が放射状に放たれた。それは、ニューカッスルの周囲、数リーグに拡がり、「レコン・キスタ」軍陣地を覆っていた光の糸を瞬く間に消し去った。

 

 

 「アンドバリ」の指輪の魔力が打ち破られたのだ。

 

 

 

 




第二十話をお送りしました。

ゼロ魔世界のチート、アンドバリの指輪はここでお役御免となります。

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