ルイズとセルは、アルビオンへの道中で二隻のフネに遭遇します。
アルビオン大陸は地上三千mにあるそうですが、高山病とか大丈夫なんですかね。
朝靄がけぶる中、ルイズとセルはアルビオンへと出立しようとしていた。日の出から、さしたる時間は経っておらず、学院の使用人たちもほとんどが、まだ夢の中だった。
「あんたの飛行だと、アルビオンまでどのくらい掛かるんだったかしら?」
いつもの制服姿に厚手の外套を纏ったルイズが、背後のセルに尋ねる。
「以前、確認した地図に大きな相違がなければ、途中で数回の休憩を挟んでも、昼前には大陸に到達できるだろう」
「さすがね。私も昔、姉さま達とアルビオンに旅行したことあるけど、行きだけで一週間以上、掛かったわ」
セルの答えを聞いたルイズは、探るような視線をセルに向けて再度、尋ねる。
「え~と、セル? もしかして……怒ってる?」
「どういうことだ?」
「だって、あんたに無断でアルビオン行きを決めちゃったし。いくら姫さまのご依頼でも、内乱中のアルビオンに私たちだけで潜入するなんて、やっぱり無謀かなぁ、なんて……」
セルはやはり、普段と変わらない渋い声で答える。
「私はきみの使い魔だ。きみは言ったはずだ、使い魔の役目は命を賭けて主を守ることだと。だから、きみはただ私に命じればいい」
「……セル」
使い魔の言葉に、思わず涙腺がゆるみそうになるルイズ。すぐに袖で目元をこすると、あえて大きな声でセルに命令する。
「セル! 主として、命じるわ!! 可及的速やかにアルビオンに潜入。ウェールズ皇太子と接触して、姫殿下の手紙を回収後、私たちが安全にトリステインに帰還できるように力を尽くしなさい!!」
「承知した、我が主よ」
主に対して優雅に一礼してみせるセル。彼が頭を上げると同時に、二人は数百メートル上空に浮かび上がる。そして、「フライ」や高速飛行種の幻獣を遥かに超えるスピードで、アルビオンに向けて飛翔した。
出発する二人を学院長室の窓から眺めていたアンリエッタは、二人の旅の安全を祈るのも忘れて呆然としながら、オールド・オスマンに聞いた。
「……あ、あの、オールド・オスマン。か、彼は、ルイズの使い魔は、一体何者なのですか?」
オスマンは椅子に座り、自身の鼻毛と格闘しながら答えた。
「東方の一地方から召喚された亜人の一種……ミス・ヴァリエールがそのように口上を述べておったはずですがのう」
「た、たしかにルイズはそう言っていましたけど。品評会の時は、わたくし、ルイズの姿を久しぶりに見れたことに舞い上がってしまっていたのか、あまり深く考えませんでしたけど、冷静になってみると、あの石像を造った力といい、今の飛行といい、ただの亜人とは思えませんわ!」
(いや、最初から規格外だとお分かりになりそうなものじゃがな……)
やや、不敬な思いを抱くオスマンだったが、軽く咳払いをすると、笑顔でアンリエッタに言った。
「すでに杖は振られたのですぞ。残されたわしらに出来ることは、彼らを信じて待つことだけ。そして、このジジイはかの亜人の使い魔の力と彼を召喚したミス・ヴァリエールの才を信じておりますでな」
「そうなのですね。わたくしたちにできることは……」
アンリエッタは、遠くを見つめるような目になった。両手を組み、想いを込めて言った。
「ならば、祈りましょう。未知なる東方より吹く風に」
「見えたわ! アルビオン大陸よ!」
途中、三回の休憩を経て、ルイズとセルは午前中の早い段階でアルビオン大陸の雄大な姿を視界に収めていた。雲の切れ間から、黒々と大陸の岩盤が姿を見せていた。大陸は視界の限り延びており、地表には山脈がそびえ、川も流れ落ちている。
ちなみにセルはルイズの身体の周囲に極薄のバリヤーを常時展開し、三千メイルを超える高度を高速飛行することでもたらされる気圧低下や低温から主を保護していた。無論、そんなことには気付かないご主人さまは、はしゃいだ声でセルに言った。
「どうよ、セル? あれが浮遊大陸アルビオンよ! ああやって、常に高空に浮かんで、大洋上を彷徨っているの。でも、月に何度かハルケギニア大陸の上にもやってくるのよ。昔は浮遊島って呼ばれてたらしいんだけど、アルビオン王家が入植した時に、トリステインと同じくらいの広さだって判ってから、大陸と呼ばれるようになったの。何千年も前の話だけどね。」
「なるほど、浮遊大陸とは聞いていたが、これほどものだったとはな……」
「ふふん、そうでしょう? 私も生まれて初めて見たときは驚いたものよ」
ルイズはまるで、自身の手柄を誇るかのように上機嫌に話していた。セルを召喚してからというもの、ずっと驚かされてばかりだったのだ。ようやく、意趣返しができたと思っていた。実は、セルは自身の分身体の一体をアルビオンに派遣しており、それを通じて浮遊大陸については、ルイズ以上の豊富な知識を持っていたのだが、そんなことはおくびにも出さなかった。使い魔は、常に主を立てるものなのだ。
「まだ、昼までずいぶんあるし、上手くいけば、今日明日中には任務完了できるかも」
ルイズが楽観的な予想を口にするが、突如セルは空中で停止する。
「ちょっと、セル、どうしたのよ?」
「この先の空域で二隻のフネが隣り合って停船しているようだ」
遠くを見つめるセルにならい、ルイズも目を細めて前方の空を凝視するが彼女には、まったく見えない。
「ん~、あんた、目も良いのね。どういうフネか判る?」
「この地の船には詳しくないが、一隻は船体を黒く塗り、両舷に複数の砲門を備えている。旗印などは見当たらない。もう一隻は、軍用艦ではないようだ。天秤が描かれた旗を掲げている」
セルの報告に、わずかに眉をひそませてルイズは言った。
「天秤の旗は、中立輸送船を示す旗ね。黒のフネは……多分、空賊だわ。内乱中なら、通常の警備艦隊も軍務に駆り出されるでしょうから、空賊連中にとっては、色々やりやすいはずよ」
「どうする?この距離なら、迂回するのは容易だが」
「そうね……ねぇ、セル? 空賊船をそのぉ、なるべく穏便に制圧することってできる?」
「乗員を殺さずに、ということか? 特に問題はない。だが、アルビオンへの到着が遅れることになるが、かまわないのか?」
「それは、かまわないわ。あんたのおかげで、普通ならどんなに早くても四日はかかる行程が、たった数時間だもの。それに以前ね、歴史の授業で習ったことがあるの。ゲルマニアが統一される前の動乱時代に各都市国家が有力な海賊船に私掠免状を発行して、敵国のフネを襲わせたって……」
「なるほど、黒の船が貴族派の私掠船と読んだわけか」
セルの言葉に、我が意を得たりとばかりにルイズが声を上げる。
「そう! もしかしたら、相手の輸送船は王軍派かもしれないし、上手くすればウェールズ皇太子の居場所とか、貴族派の情報が得られるかもしれないわ!」
(ふむ、頭の切れも悪くない。やはり、私の主として不足はないな、ルイズよ)
ルイズの鋭い意見に満足げなセルだった。二人は再度上昇し、雲海に紛れながら二隻のフネに接近する。最接近後にセルのみが降下し、ルイズは雲海の中で待機する。だが、さすがの人造人間も学院きっての秀才も、眼下のフネに誰が乗っているかまでは予想できなかった。
「抵抗はするんじゃあねえぞ!! てめえらも命は大事だろうが!!」
輸送船の甲板で武装解除された船長以下の船員を前に、ひときわ派手な格好をした空賊が曲刀の背で肩を叩きながら、大声を張り上げていた。
「おれたちは、なにも積荷をタダでいただこうってンじゃあねえ!! てめえらの命と引き換えでかまわねえって言ってんだぁ!! 安いモンだろうが!!」
輸送船の船員たちは完全にあきらめているようだった。その時、輸送船の船内から一人の空賊が現れ、派手な空賊に耳打ちする。
「……船内の制圧、完了いたしました。抵抗は微弱で損害はありません。積荷は主に硫黄と武具一式。航法資料や風石の残量から、おそらくロサイスが目的地かと」
「そうか、ご苦労。貴族派の巡視艦隊がいつ、現れるかわからん。観測手に全周警戒を密にやらせるんだ」
「はっ!」
報告した空賊は、輸送船からタラップを渡って空賊船に戻っていった。派手な空賊が、輸送船の船員たちに再度、怒鳴り声をかけようとした瞬間、なにかが上空から輸送船の甲板に降り立った。それは、二メイルを超える長身を備えた異形の亜人だった。
「な、なんだ、あれは?」
「亜人か? だが、あんな亜人は見たことが……」
「ど、どこから、乗り込んできたんだ?」
突然の闖入者に混乱する空賊たち。亜人は自身の尾を極軽く一振りする。
ゴウッ!!
亜人を中心に、まるでトライアングルクラスの風メイジが放った「ウィンド・ブレイク」のような突風が巻き起こる。
「うわあっ!!」
「こ、こいつ、敵か!?」
「貴族派の暗殺者か!?」
突風にあおられた空賊たちが、さらなる混乱状態に陥りそうになるのを派手な空賊が一喝する。
「落ち着けっ!! 各員、対大型亜人戦闘用意!! 船内の部隊も呼び戻すんだ!! まともな相手ではないぞ!! 気を引き締めてかかれ!!」
「は、ははっ!!」
「対大型亜人用硬弾、装填!!」
「隊列を整えろ!! 銃隊は詠唱の時間を稼げ!!」
一喝を受けた空賊たちは、たちまち平静を取り戻し、戦闘部隊として機能する。亜人を包囲し、銃隊が硬弾を一斉射で浴びせると、背後の空賊たちは懐から杖を取り出し、攻撃魔法の詠唱を行う。船体を必要以上に傷つけないように風魔法の一つ「エア・カッター」を複数の空賊が放つ。
「「「デル・ウィンデ……エア・カッター!!」」」
ダダダダダンッ!!
ゴオォォォォ!!
だが、空賊たちの総攻撃を受けたはずの亜人は全くの無傷だった。トロール鬼の固い皮膚を貫く硬弾の一斉射も、一撃で複数のコボルトの首を飛ばす「エア・カッター」の複合攻撃も、虫のような外骨格を持つ異形の亜人の身体を小揺るぎもさせはしなかった。
(ふむ、統制がとれているな。いや、ただの空賊にしてはとれすぎているか。銃はともかく、複数のメイジを効果的に運用できる空賊など考えられん……これは、大当たりを引いたかもしれんな)
亜人、セルが両手を自身の顔の横に構える。
「太陽拳!!」
カッ!!
輸送船の甲板上にもう一つの太陽が出現する。その強烈な光線を受けた空賊たち、輸送船の船員たちは例外なく、視力を一時的に失う。
「ぐっ!!」
「目、目がぁぁ!! 目がぁぁぁ!!」
「て、敵はどこだぁぁぁ!!」
「で、殿下!! ご無事ですかっ!? 殿下ぁぁ!!」
シュルン!!
「ぐあっ!!」
視力が少しずつ回復してきた空賊たちが、苦しげな声に振り向くと、彼らの最後尾で指揮をとっていたはずの派手な空賊の首に黒い斑点が浮かぶ長いものが巻きついていた。その背後に、亜人セルが立っていた。
「おまえたちの領袖の命は私が握っている。全員、ただちに武装解除してもらおう。余計な事は考えるな……大切な殿下の首がなくなるぞ」
空賊たちには、否応もなかった。全員が銃と杖を捨てる。さらにセルは輸送船や空賊船に残っていた空賊にも武装解除を強要した。それを確認すると、セルは空賊の首領に巻きつけていた尾を緩める。首領は苦しげにセルをにらむと言った。
「き、貴様……貴族派の手のものか?私の命を奪うか」
「名を」
セルは短く言った。思わず首領が聞き返す。
「な、何?……」
「あなたの真の名をお聞かせ願おう。私の名はセル。トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン殿下より勅命を授かりし、ヴァリエール公爵家が第三息女ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール特使の使い魔」
「な、あ、アンリエッタだと? それにヴァリエール公爵家の息女、その使い魔……」
セルは、首領の首から尾を放し地上に下ろす。それを見た空賊たちが一斉に動こうとするが、首領が鋭く手で制す。そして、首領は自身のボサボサの黒髪を掴み取り、だらしなく生えていた無精ヒゲも剥ぎ取る。現れたのは凛々しい金髪の美青年だった。
「……そちらが名乗った以上、こちらも名乗らなければな。私はアルビオン王国空軍大将、王国艦隊総司令長官、テューダー王朝皇太子ウェールズ・テューダーだ」
第十八話をお送りしました。
次話はルイズのジャンピング土下座から始まります。
……多分、うそです。