ゼロの人造人間使い魔   作:筆名 弘

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第十五話をお送りします。

万年ロイヤルビ(ゲフンゲフン)アンリエッタ王女殿下のご登場です。




 第十五話

 

 

 ――トリステイン魔法学院内の洗濯場。

 

 獅子の口をいくつも生やした円柱の前で、黒髪のメイド、シエスタと亜人の使い魔セルが神妙な雰囲気で向かい合っていた。シエスタの手には、つい先ほどセルが洗濯したばかりのルイズのネグリジェが握られていた。検分を終えたシエスタが満面の笑みを浮かべて言った。

 

 「セルさん、すばらしいです! もう、完璧に洗濯をマスターされましたね!!」

 

 「すべて、シエスタのおかげだ」

 

 「セルさんの努力の結果ですよ。私なんて、大したことを教えたわけでもないですし……それに、セルさんには、私の方が助けられているんですから。こんな程度じゃ、お礼にもなりません」

 

 「きみは律儀だな。だが、私としても、きみには何かしらの礼をしたい」

 

 そう言って、セルは洗濯場の近くにある薪割り場から、一本の薪を念動力で手元に引き寄せる。そして、指先を薪に向け、素早く振る。

 

 

 ビッ!ビビビッ!ビビッ!

 

 

 瞬く間に薪が、切られ、削られ、現れたのは、精巧極まるシエスタの木像だった。大きさは二十サントほど、メイド服を翻し、輝かんばかりの笑顔を浮かべている。セルが、渡すそれを恐る恐る両手で受け取るシエスタ。

 

 「今の私は、しがない使い魔の身。きみに渡せるのは、この程度のモノだ」

 

 「そ、そんな、セルさん……こ、こんな素敵な物を私なんかに。ほ、ほんとにいいんですか?」

 

 感極まるシエスタに指を振り、笑みを浮かべて立ち去るセル。

 しばらくの間、シエスタは自身の木像を手にその場から動くことが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その日の夜。

 

 ルイズの部屋に戻ったセルは、ベッドに腰掛けた自分の主の機嫌が、あまりよろしくないことを悟った。

 目をつぶり、こめかみをひくつかせ、組んだ足を小刻みに動かすルイズ。腕組みも堂に入ったものだ。入ってきたセルも完全に無視している。セルはサイドテーブルに置かれたデルフリンガーに問いかける。

 

 「デルフリンガー、我が主はどうしたのだ?」

 

 「……はあ~旦那、あんたも意外に隅におけねぇなぁ。ま、おれっちから言うことは何もないぜ」

 

 その時、ルイズが動いた。ベッドに仁王立ちになると、威厳を込めた声でセルに命じる。

 

 「セル、そこに座りなさい!」

 

 「承知した」

 

 セルがベッドの前に胡坐をかいて座ろうとすると、さらにルイズの声が飛ぶ。

 

 「正座!!」

 

 「……承知した」

 

 生まれて初めての正座をする究極の人造人間セル。ルイズは、裁判官よろしくセルを詰問する。

 

 「シエスタとは、随分仲がいいみたいねぇ?わざわざ、お手製の木像までプレゼントするなんてねぇぇ」

 

 セルから自分の木像を贈られたシエスタは完全に舞い上がってしまい、自身の木像をメイド仲間やマルトーら厨房の人間達にも見せて回ってしまったのだ。例え、スクウェア・クラスの土メイジが「錬金」しても、到底再現不可能なほど、精緻に造り込まれたセル謹製の木像はたちまち評判となってしまった。

 それが、ルイズの耳に入るまで時間はかからなかった。

 

 「素直に自分も欲しいと言えないもんかねぇ……」

 

 先ほどまで、ルイズはデルフリンガー相手に散々愚痴っていたのだ。やれ主たる自分をないがしろにしている、やれまずは自分に贈るのが筋だろう、やれ亜人も胸は大きいほうがいいのかコンチクショーなどなど。

 

 「ふんっ!!」

 

 デルフリンガーの呟きを聞きつけたルイズは、目にも止まらぬ速度でデルフリンガーを部屋隅のゴミ箱に投げ入れる。

 

 ようやく、状況に得心したセルは、自身の尾をルイズに向けて漏斗状に拡げる。

 

 「……できれば、もう少し出来のいいものを贈りたかったのだが。」

 

 「い、いまさら何を……え、こ、これって?」

 

 セルがルイズの前に出したのは、三体の木像だった。すべて、ルイズの姿を模している。一つは、魔法学院の制服と外套を着込み、杖を掲げ凛々しい表情のルイズ。一つは、枕を抱えネグリジェに身を包んだ眠そうな表情のルイズ、最後の一つは、「フリッグの舞踏会」でセルと踊った際のパーティドレスを纏い、満面の笑みを浮かべたルイズ。いずれも、数々の美術品、芸術品に幼い頃から慣れ親しんだルイズですら、ため息をつくほどに美しい木像だった。

 

 「……え、え~と、セル? これは、そのぉ、やっぱり、わたしのために?……」

 

 「きみ以外に、これらを受け取る資格を持つ者は存在しない。どうか、受け取って欲しい。」

 

 「……うん。ありがと」

 

 木像を受け取り、すっかり機嫌を直すルイズ。シエスタが貰ったのは一個だけ、私はセルから三個も貰ったもの。そう考え、三種の自分の木像を並べて鑑賞し、いたくご満足なご様子のルイズ。

 セル自身も、木像の出来に満足していた。シエスタの指導の元、手洗いの極意を習得し、さらに精妙な「気」のコントロールを可能にしたセル。それを彼が欲した理由は、かつての地球での出来事にあった。完全体に進化した後、自らの力の確認と自身の楽しみのために開催した武道大会「セルゲーム」、セル自身が会場の設営から、開催告知まで行った一大イベントだった。だが、メインゲストと期待していた孫悟空に、自作のリングについて言われた「せこいリングだ」という言葉。セルはその一言をずっと気にしていたのだった。

 

 「ふ~ん、ふふ~ん、セルがくれた私の像~一つ~二つ~三つ」

 

 ベッドのヘッドボードに木像を並べ、妙な鼻歌を歌いながら、飽きもせず眺め続けるルイズ。単純に美術品として見ても、相当な価値があるだろう。なにしろ、モデルは自分だし。造り込みなんて、まるで本人を魔法で縮めたかのようだ。これは、ぜひともキュルケやタバサにも見せびらかさなきゃ。

 そこまで、考えたルイズにあるひらめきが浮かぶ。

 

 「そうだわ!! セル、品評会に使えるわよ、これ!!」

 

 これは、いける。ルイズには確信があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――使い魔品評会当日、王都トリスタニアから魔法学院へ続く街道上。

 

 煌びやかな貴金属の装飾を施した四頭立て馬車が、四方を幻獣に跨った精悍なメイジ達に守られながら、進んでいた。馬車に設えられたレリーフには一角獣ユニコーンと水晶の杖が組み合わさった意匠が刻まれており、馬車の主がトリステイン王国唯一の王女であることを示していた。

 四方を守護しているのは、王室直属の近衛隊、魔法衛士隊が誇る精鋭たちだった。

 

 「ふぅ~……」

 

 馬車の中で深いため息をつく、紫がかった美しい髪と薄いブルーの瞳を持つ美少女、トリステイン王国第一王女アンリエッタ・ド・トリステイン。

 その端整な横顔には、深い苦悩の影が見て取れた。王女の向かいの席に座る灰色のローブに身を包んだ男は、自身の口ひげをその骨ばった手でさすりながら、憂い深き王女に話しかけた。

 

 「本日十五回目のため息ですぞ、殿下」

 

 トリステイン王国の実質的な宰相として、政務を取り仕切るマザリーニ枢機卿はたしなめるように言った。

 

 「……これは、失礼いたしましたわ、枢機卿猊下。このトリステインを差配し、多忙極まるあなたに私なんかのため息の数を数えさせてしまうなんて」

 

 「また、そのような物言いを。王族たるもの自身の言動には責任を持っていただきませんと……」

 

 「私は、あなたの言うとおりにゲルマニアに嫁ぐのです。皮肉の一つぐらい、いいじゃありませんか」

 

 アンリエッタはマザリーニから顔をそむけて、言い放った。

 

 「いたしかたありませぬ。軍事大国たるゲルマニアとの同盟は、我が国の国防にとって必要なのですから」

 

 「もう何度も、同じご高説を伺っていますわ」

 

 顔をそむけたままで、アンリエッタはここ最近、耳にタコができるほど聞かされた話をそらんじる。

 

 「「白の国」アルビオンで勃興した革命の炎はほどなく、アルビオン王家を焼き尽くし、反王権を掲げる貴族どもが、次に牙を剥くのは、我がトリステイン。これに対抗するには、ゲルマニアとの軍事同盟を締結させなければならない。そのために皇帝アルブレヒト三世に私、アンリエッタが嫁がなければならない」

 

 「おっしゃるとおりで……」

 

 マザリーニの言葉に、さらにため息をつくアンリエッタ。憂いを含んだその横顔は、息を呑むほど美しいものだったが、マザリーニはさしたる感慨を抱かず、別の事に考えをめぐらしていた。

 実質的な宰相として国を取り仕切る彼は、他国の首脳がそうであるように、各国に多くの間諜を派遣していた。特に件のアルビオン王国に関しては、内乱の状況等を確認するため、様々なルートを使って情報を収集していた。そして、数日前に複数の間諜から、同じ報告がもたらされる。

 

 『反乱軍の主力艦隊失踪』

 

 この報告を受けたマザリーニは、直ちに情報の再確認を行わせた。二度に渡る確認の末、情報に間違いはないとの報告が届けられる。にわかには信じられなかった。反乱軍とはいえ、すでにアルビオンの大半を掌握した貴族派の中核戦力である主力艦隊は、かつての王立空軍総旗艦「ロイヤル・ソヴリン」を擁する四十隻からなる。それが、壊滅や全滅ですらなく、失踪などとは。

 

 (……まだ、王軍にいまさらの鞍替えをしたとか、独自の軍閥を宣言したなどであれば、信じることも出来ようが)

 

 だが、マザリーニ本人としては、この情報は考えようによっては、朗報とすることもできた。

 

 (主力艦隊を失ったとはいえ、反乱軍と王軍の戦力差は歴然だ。多少、内乱が長引いたとしても、王家の崩壊は免れない。だが……)

 

 反王権を掲げる貴族派が、アルビオンを平らげれば、次に目を向けるのは隣国たるトリステインである。しかし、浮遊大陸を国土とするアルビオンが他国へ侵攻するためには相当数の遠征艦隊と大規模な降下部隊の編成が不可欠だ。四十隻もの軍用艦を失った以上、アルビオンの外征能力は大きく減じたことになる。それらを再建するためには莫大な費用と膨大な時間がかかる。

 

 (おそらく、内乱後の新政府が外征に出るためには、最低でも半年、あるいは一年はかかるだろう。その間に我が国の備えを整えれば、いや、むしろゲルマニアをたきつけて、こちらから……)

 

 「……マザリーニ? どうしたのですか?」

 

 自身の考えに沈みこんでいたマザリーニは、王女の声にはっとする。

 

 「これは、わたしとしたことが、殿下を前にしてほうけるとは、面目次第もございません」

 

 「どうか、ご自愛くださいね。今、あなたに何かあれば、我がトリステインはにっちもさっちもいかなくなってしまいますわ」

 

 「これは、したり。殿下を補佐すべき私が殿下のご心痛の種になってしまうとは」

 

 マザリーニは心根から、アンリエッタに頭を垂れた。そして、思い出したように頭を上げながら、アンリエッタに問う。

 

 「ところで、殿下。昨今、宮廷の一部貴族に不穏な動きがございます」

 

 アンリエッタの身体がわずかに揺れた。

 

 「めでたき殿下のご婚約に水を差さんとする不埒なアルビオン貴族の暗躍があるとか……よもや、そのような者共に付け入れられる隙など、ございますまいな?」

 

 マザリーニの確認の問いに、再度顔を背けながら答えるアンリエッタ。

 

 「……ありませんわ。わたくしの名に賭けて」

 

 「そのお言葉、確かに頂戴いたしましたぞ」

 

 

 悩み多き美しい王女と国の行く末を真に案ずる宰相を乗せた馬車は、魔法学院の正門が見える丘を越えようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




第十五話をお送りしました。

次話で品評会とルイズ、アンリエッタの再会までいくかと。

ご感想、ご批評、よろしくお願いいたします。

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