気がつけば、はや十話まで参りました。
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虚無の曜日後編となります。
「……」
「……」
「……」
裏路地の武器屋の店内に微妙な沈黙が漂っていた。
「……え、え~と、インテリジェンスソードって、握ると砕け散るんだったかしら?」
「……い、いや~、そ、そんな訳はねえんですが」
セルは柄だけとなってしまったデルフリンガーを見つめながら、密かに感嘆していた。
(このインテリジェンスソードとやらは、私の気を感じ取るだけでなく、気をその身に宿そうとしたのか……直前のルイズたちの反応を見れば、剣本来の機能ではないのだろうが、私の気が許容量を大きく上回っていたため、耐え切れず破損したか……)
セルは、柄を握る左手の紋様に視線を移した。デルフリンガーを握った瞬間、紋様は確かに光を放ったが、今はなんの変化も示さない。
だが、握った瞬間、セル自身にも変化が起こっていた。気の絶対値が上昇したのだ。上昇量自体は、かつて人造人間17号を吸収し、第二形態に進化したときとは比べるべくも無いが、感覚は吸収による進化に近いものだった。
(あの感覚は、形態進化に限りなく近いものだった。ルーンか、ルイズとの「コントラクト・サーヴァント」により刻まれた紋様、コルベールという教師は珍しいものだといっていたな。そして、このインテリジェンスソードの意識は失われたわけではない。おそらく、このルーンに……)
セルはデルフリンガーの成れの果てを握りながら、ルイズに振り返ると静かに言った。
「ルイズ、きみの杖を貸してくれ」
「私の杖? え、いいけど、どうするのよ?」
ルイズから、指揮棒のような木製の杖を右手で受け取ったセルは、左手の柄と握り合わせるように持つと、意識を集中する。わずかだが、左手のルーンが反応を示し、淡い光を放つ。
「……ぶるあッ!!」
セルが気合を発すると、セルの両手がまばゆい光を放つ。
「これでいい。ルイズ、受け取ってくれ」
「……なに、これ?」
セルが右手でルイズに渡したのは、彼女が愛用していた杖とは、若干違っていた。セルに渡すときは、確かに木製だった握り手の部分に、なんとデルフリンガーの柄の一部が融合されていたのだ。
「ちょ、ちょっと、セル! あんた、今度は何したのよ!? 私の杖とあの口の悪いインテリジェンスソードがくっついちゃってるじゃない!! いくらスクウェアクラスの土メイジが「錬金」したって、木製のものと金属製のものをこんなに滑らかに合成するなんて不可能よ!!」
「物質出現術の応用だ」
「ぶ、物質出現術って……それも「キ」の力なわけ? もう、なんでもありじゃない。だいたい、なんで私の杖とあんな不良品の剣を合成しちゃうのよ?」
「その新しい杖は、必ずやきみの力となるだろう。この私が保証する」
「それじゃ、答えになってない……」
「う~ん」
その時、ルイズの手にある杖が気だるそうな声を発した。
「……あれ、俺、どうしたんだっけ?……久しぶりにガンダールヴに会って、それで……あれ、俺……杖?……な、な、な、なんじゃあ、こりゃぁぁぁぁぁぁ!? なんで? どうして!? どんなわけでこうなったぁぁ!! お、俺さまが、この六千年の間、剣として「ガンダ-ルヴの左腕」とまで呼ばれたこのデルフリンガー様がよりによって杖!?……うっうっうっ、あ、あ、あ、あんまりだぁぁぁぁぁぁ!! あひぃぃぃぃ!! おれがつえぇぇぇぇぇ!! あ~んまりだぁぁぁぁぁぁぁ!!」
低く、野太い声で泣き叫ぶ新生デルフリンガー。それを手にするルイズは心底、嫌そうな顔でセルに告げる。
「……すっごいウザイんだけど、これ」
「心配はいらない。柄の部分を強く握れば、自意識は外界から遮断される。再度、握れば元に戻る」
「あ、そう」
直ちにデルフリンガーを遮断するルイズ。どっと疲れたルイズは、やや投げやりな言葉をセルにかける。
「それで、あんたの武器はどうするのよ? 元々、あんたの武器をさがすために来たのよ」
「そうだったな。では、店主、投擲用のナイフを数本見繕ってもらおう」
「へ、へぇ、わかりやした……」
展開についていけない店主は、いまさらながら亜人であるセルが流暢な人語を話しているのに気付き、さらに肝をつぶしてしまう。いわれるままに投げナイフ五本をセルに渡し、代金を受け取る。そして、連れ立って店を出ていく奇妙な二人を見送り、ほっと息をつき粗末な椅子に座り込む。
そして、あることに気付く。
「いやあ~、妙な客だったぜ……あっ!デル公の代金!! わすれてたぁぁぁ!!」
武器屋を出たセルとルイズはブルドンネ街に戻るため、裏路地を歩いていた。
「投げナイフなんかでよかったの? もっと強そうな大剣とか、戦斧とかあったのに……」
「とりあえず、これで十分だ。あまり巨大な武器は、きみを守護するためにはかえって邪魔になる。なんにせよ、礼は云わせてもらおう。感謝する、我が主よ」
「ま、まあ、ご主人さまとして当然のことよ! こ、これからもしっかり、私を守りなさい!」
セルの感謝の言葉に、あからさまな照れ隠しとともに歩速を速めるルイズ。ふと、気付いたようにセルを振り返る。
「そういえば、投げナイフってどのくらいしたの? たしか,五本くらい買っていたわよね?」
「ルイズから預かった皮袋の中身とほぼ同額だった」
「え、うそ? し、新金貨で百枚? そんなに武器って高いの?」
貴族の令嬢であるルイズは、当然だがこれまでの人生で武器など買った経験はない。武器の価格相場など、知りようがなかった。
ヴァリエール家の三女であるルイズは実家から、毎月相当な額の仕送りを受けていたが、失敗魔法の爆発で発生した学院施設の修理費用や爆発に巻き込まれた生徒や教師の治療費などで、その懐事情は非常にきびしかった。そこにきて、なけなしの新金貨百枚の散財。
(ら、来月の仕送りまで、どうしよう……)
路地裏の壁に手をつき、絶望的な気分に浸るルイズ。それを見かねたのか、セルがルイズに問いかける。
「ルイズ、聞きたいことがあるのだが、これらはどのように処理すればいいだろうか?」
ジャラジャラジャラ!
セルは路地に放置されている朽ちかけたテーブルの上で、尾を漏斗状に拡げ、大量の金貨を吐き出す。ざっと、見渡してもエキュー金貨や新金貨が数百枚から千枚はくだらない。
「せ、セル! あんた、まさか……」
「勘違いしないでほしいのだが、これらは明らかにスリだと思われる者数人から奪ったものだ。私もこう見えて、尾癖が悪くてね」
「お、尾癖って、あんた……」
「これらをどうするかは、ルイズ次第だ」
「わたし次第って、それはもちろん……」
もちろん、王都の警備隊に申し出るべきだが、財布もない大量の貨幣を突然、亜人が尻尾から出せば、警備隊が疑いの目を向けるのは間違いなく、自分たちだ。そもそも、尾癖の悪い使い魔がスリだけから数千枚の貨幣を奪いました、などと誰が信じるだろうか。ルイズの脳内を天秤が揺れる。片方の秤には誇りある貴族として、たとえ疑われても、警備隊に申し出るべきだというルイズ。もう片方には、申し出たところで誰のものかもわからない貨幣を提出すれば、最近、汚職や収賄のうわさも多い警備隊が自分のふところに入れるだけだというルイズ。悩むルイズにセルは悪魔の言葉を語りかける。
「ルイズ。自分に仕える者の行った所業を清濁合わせて飲み込むことも、ひとの上に立つ貴族にとって必要なことだぞ」
「……そ、そうよね! し、仕方ないわね、セル!! あんたの尾癖が悪いんだものね!! 主である私だけは、あんたの味方でいてあげなくちゃね!!……せ、セル、主として命ずるわ! そのお金はあんたが、そう、保管していなさい。ひ、必要なときは私が命じるから!!」
「承知した。我が主よ」
ご主人さまと使い魔は一心同体なのだ!使い魔の罪は主が受け止めなければいけないのだ。ルイズはそう、納得した。
セルの所持金額:エキュー金貨、七百七十枚
新金貨、九百五枚
スゥ銀貨、二千四十五枚
ドニエ銅貨、八千九百三十二枚 也
――セルとルイズが別の意味で主従の結束を深めていた時から、時間を遡ること、十数時間前。
赤と青の月から降り注ぐ月光がその表面を淡く照らす魔法学院本塔の外周壁面、そこに垂直にたつ人影があった。
黒いローブを翻し、超然と佇む人物。いま、巷を騒がす怪盗「土くれのフーケ」その人だった。
「たしかに、魔法がかかっている以外はただの壁なのだろうけど……その魔法が厄介だね」
フーケは足元から感じられる壁面の感触から、さきほどのコルベールの話を思い出していた。
「あのエロジジイの盟友だなんていうから、どうせ大したこと無い木っ端メイジだろうと踏んでいたけど、これほどとは、ね」
壁にかかっていた「固定化」の魔法は土系統のメイジであるフーケをして、驚愕するほど強力なものだった。しかも、「固定化」以外にも詳細のわからない複数の魔法がかけられているようだった。
「これじゃあ、たとえあたしが造れる最大のゴーレムでも壊せそうにないね。どうしたもんだか」
フーケはため息をつきながらも、さらなる熟考を重ねる。
「……いまさら、「破壊の篭手」をあきらめるわけにはいかないしね」
第十話をお送りしました。
新生したデル公の活躍にご期待ください。
……なお、セルの尾は擬似四次元ポケットです、多分。