まあ、そこまで遅くならずに話の続きをお届けできたのではないでしょうか。
そんなことはありませんか。遅いですかそうですかそうですね。
前書きで特に語ることはありません(上で何か言ってるけど気にしない)。
では、どうぞ。
「ごめんね、今は全員出払ってるみたい」
「いえ、気にしないでください。そちらの方が、私にも都合がいいですから」
「そう言ってもらえると僕も助かるよ。はい、お茶」
「ありがとうございます」
光が淹れてきた緑茶をティナの前に置き、自分はティナの向かいに座る。
ティナは普通に一口飲もうとして、止まる。――――いけない、全く警戒していなかった。
光は謎な行動を取っているティナを不思議そうな顔で見つめ、ああ、と合点する。
「大丈夫、変なものは入れてないよ。何だったら、僕がそれを一口飲んでもいい」
「……いえ、大丈夫です。警戒するだけ、今更ですよね」
「まあ、そうだね」
二人とも喉を潤し、一息吐く。
そして、光が口火を切った。
「じゃあ、改めて。僕は立花光。今は聖天子様の臨時護衛。先日、ティナの対戦車ライフルの初弾を迎撃したのも僕。まあ、押し負けて吹っ飛ばされたけど」
「え、えっと……私はティナ・スプラウト。聖天子暗殺を命じられた暗殺者……。こんなこと言うの、変じゃありません?」
「そうだけど……まあ、言わなくても変わらないから大丈夫」
「何が大丈夫なのかわかりませんけど……」
二人して何だかおかしくなって、クスクス笑う。
一頻り笑った後。
「気を取り直して」
「はい」
「何であんなことを?」
光が白々しいことを訊く。
だが、ティナは光が知っていることなど知る由もない。
だから、ティナは正直に話した。蓮太郎を触れ合って、誰かに話を聞いてほしいという思いが強くなっていたのかもしれない。
「暗殺の邪魔になるからです」
……不思議な答えが返ってきた。
「……ん?」
「……え?」
二人して首を傾げる。何か繋がっていない。光は少し考え、理解した。
「ああ、そうじゃなくてね。木更さんを襲った理由はわかるよ。その前提を訊きたいんだ。――何で聖天子様の暗殺を?」
「それは………マスターの指示だからです」
光が改めて問うと、ティナは言いづらそうにしながらも答える。
「そのマスターっていうのは?」
「……言いたくありません」
「んー、そっか。わかった。なら訊かない」
エイン・ランドのことは、本人から口止めされているのだろう。話を聞いてもらいたいと思っていても、それは言おうとは思わないらしい。
それに、自分が機械化兵士ということを知られたくない、ということもあるかもしれない。
光はそこで話を打ち切り、元の話に戻す。
「じゃあまあ、聖天子様抹殺に関することだけど……自由にしていいよ」
「……は?……え、光君、自分が何を言っているかわかってるんですか……?」
ティナが目を剥いて訊き返す。臨時とはいえ聖天子を護衛する者が、何を言っているのか。
光はひらひらと手を振りながら、軽く言い放った。
「関係ないよ。ティナ、君はターゲット以外を極力殺さないようにしている。あの警官とかね。なら、僕が聖天子様を守り切れば死人は出ない。怪我人はともかくね。違う?」
光は、ティナに一定以上の信頼を寄せていた。
その瞳は、ティナのことを理解していると言わんばかりで――ティナはそれが何故か悔しくて、少々ムキになって言い返す。
「な、なら……光君は、護り切れるって言うんですか……!?この私から、聖天子の命を――!?」
「当然。……まあ恥ずかしながら、この前はちょっと押し負けちゃったけど……。でも、もう負けないよ。ティナ、君はもう、遠距離狙撃では聖天子様を殺すことはできない。何故なら、僕がいるからね」
光は、迷うことなく即答した。
その瞳は、自身に満ち溢れていて――ティナは一瞬、本当に勝てないかもしれないと思ってしまった。
そんな思考を働かせている自分に気づいたティナはハッとなり、頭を左右に振ってその考えを追い払う。
「それと、ついでだから言っておくね。僕を排除したければ、ウチを襲撃でも狙撃でも何でもすればいい。でも、断言するよ。そんなことで、ウチにダメージは与えられない。一切ね」
そんなティナに、光は追い打ちのように言葉を浴びせかける。
ティナは、完全に光に圧倒されてしまっていた。
「もし、今僕を殺したいのなら自由にするといい……。――――やれるものなら」
ちょっぴり本気で、光が殺気を放つ。
その瞬間ティナが身体を強張らせ、後ろに下がろうとしてソファの背もたれにピッタリ張り付く。
――今のは、無意識の行動だった。本能的に、私は彼を恐怖した――客観的に、ティナはそう悟る。
別にやり合うつもりもなかったのか、光はすぐに殺気を引っ込める。そして、表情を和らげて話を再開した。
「――とまあ、物騒な話はこれくらいにして。そろそろ普通の話……って言っていいのかはわかんないけど。ティナの話をしようよ」
「……私の……?」
「うん。さっき、里見先輩に話しかけようとしていたよね?それ、ぶちまけちゃった方が楽になるんじゃない?」
「…………」
ティナは沈黙するも……やがて、コクリ、と。
頷いた。
「私は、蓮太郎さんが護衛だとは全く知らなかったんです。光君も同様に」
「うん、わかってる。里見先輩も勉強の方はともかく、馬鹿ではないからね。それには気づいてると思う」
「だから、心を許せる相手になりそうに――――いえ、もうなっていました」
「……やっぱり、そうだったんだ……」
(……あんのロリコンめぇ……!)
神妙な顔をしてティナの言葉に頷きながら内心こんなことを考えている光は、人として終わっているのかもしれない。
「はい。だから、戦いたくはなかった……。――でも」
「…………」
光は黙って、言葉の続きを待つ。
「――――蓮太郎さんには、手を跳ね除けられました。なので、もう敵同士です。今度会ってしまったら、戦わないわけにはいきません。……それは光君、あなたもです」
「……うん」
「今はこうして会話していますが、今日が終わればもう、あなたを私の敵として見なします」
「そうだね」
「だから、お願いです……!光君、もう出てこないでください……!蓮太郎さんと一緒に、じっと待っていてください……!私は、あなた方を殺したくないんです……!」
「それなら、心配には及ばないよ」
瞳を潤ませてティナが懇願する。蓮太郎たちを殺したくないという、強い想いが感じられた。
しかし光はまたしても、自身満々な顔で断言する。
ティナは首を傾げ、その真意を訊く。
「何故……?何故そう言い切れるんですか……?」
「僕が、君に人殺しなんてさせやしない」
「――――ッ」
光が堂々と言い切り、それを聞いてティナが言葉を詰まらせる。
今の言葉だとシンプルすぎてよくわからないので、光は補足することにする。
「ティナ、君は恐らくこう考えている。――聖天子と、そのすぐ近くにいる者以外は極力殺したくない――ってね。それがティナのマスターとも同じ考えなのかはわからないけど……。聖天子様の護衛と暗殺者っていう立場上、僕たちは戦うことになると思う。でも、安心して。僕は、呪われた子供たちを守ることを最優先にしているからね。ティナは誰にも殺させやしないし、ティナが誰かを殺すこともさせない。ティナは里見先輩にご執心みたいだから、今回はあの人も死なないように配慮するよ。あの人も思いの外強いから、早々死ぬことはないと思うけど。そして、君のマスターとやらが君を見限るまで待つよ」
自分の考えだけを一方的に述べる。ティナがどうしようとそれは関係なく、ただ光は今言ったことを実行するのみ。それは酷く自己中心的でありながら、とても優しい、歪な在り方だった。
『君は死なないし、誰かを殺すこともない。君がマスターに見限られるまでやるから、僕たちと争い続ける理由もない』と、光はそう言ったのだ。なんて自己中心的だろうか。
ティナも正しくその真意を理解し、僅かな期待を覗かせるも、すぐに表情を沈鬱な物に変える。
「それは……無理です。そんなことにはなりません」
ティナが首を左右に振ってそう言うも、
「いいや、無理じゃない。僕がそれを実現してみせるよ」
光がばっさり切り捨てる。
このことに関してお互いに言い合っても、ずっと平行線を辿るだけ。二人はそれを理解し、このことに関しての話題を終わらせる。
そしてそうすると、今この場で二人が話すことはもう何もない。
「……じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「……そうですね。今のは話していても埒が明かなさそうですし」
二人はソファから立ち上がり、光の先導で外に出る。
ティナは先ほど言われたように光を攻撃しようかと思ったのだが、自分が光を倒せるビジョンが一切浮かばなかった。光は、プロモーターだ。つまり、自分達イニシエーターとの力の差は歴然であり、しかも子供の光を倒すことなどさらに容易いはずなのに――。
外に出ると光はティナに向き直り、言葉を掛ける。もうすでに、夜の帳が降りてきていた。
「今日は、ティナと話せて楽しかったよ。君の意思を知ることができたし、僕の意思も伝えることができた。後は、意思と意思をぶつけ合うだけだ。どちらがより、自分の意思を実現するための力を持っているのか、それを確かめるために」
「……そうですね。次に会う時は、あなたとも敵同士……」
「僕からしてみれば、ティナは敵でも何でもないんだけどね……」
光がボソッと呟く。フクロウの因子を持つティナには当然聞こえたが、彼女は特に反応を示さなかった。
「……お茶、ありがとうございました。……それでは」
律儀に礼を言い残し、ティナが去っていく。
光はその姿が見えなくなるまで見送ってから、自分も家に向かって歩き始めた。
時は移って、第二回非公式会談の日。
蓮太郎が、聖天子に暗殺者の襲撃があったことを話していた。
ティナの名前は出していない。蓮太郎は、自分と光が暗殺者と面識があることを知らせるつもりはないようだった。光にもない。
蓮太郎は、ティナが暗殺者であることを光が知っているということは知らないだろうから、光にも気を使っているのだろう。
「そんなことがあったのですか……」
聖天子が車の中で上品に、手を重ねて膝の上に置く。
「すみません、良かれと思ってあなたに依頼したのですが……こんなことになってしまうとは」
「お主、そんなに気にすることはないぞ!依頼が来た時、木更はカンテンの雨が降ってきたみたいですごく嬉しかったと言っていたしな」
延珠がすかさずフォローした。中々に上手い。まあ、『カンテンの雨』ではなく『干天の慈雨』だが。
蓮太郎も続けて発言する。
「延珠の言う通りだ。ウチとしてはキチンとリスク込みで金をもらってるんだからアンタが気にすることじゃねえ。建物は保険がおりそうだしな……。それはそうと、光の方は大丈夫だったのか?」
「はい。こちらに襲撃はありませんでした。里見先輩の方は、大変だったみたいですね。お疲れ様です」
ティナと話し合いをしたあの日から今日まで、光の家にティナの襲撃はなかった。その気配――要するに殺気――もなく、平穏そのものだった。
光も、一応樹には報告していたので、拍子抜けしたものだ。
今日の会談は前回と趣向を変えて料亭で行われ、午後八時から深夜までのスケジュールになっている。今は七時半。もうしばらく車に揺られれば、会談会場に着くはずだ。
「なあ蓮太郎、上手くいくかな」
今延珠が言ったのは、出発の直前に蓮太郎が提案した策だ。信用できそうな聖天子の側近の前でいきなり言い放った時は、さすがに光も驚いた。表情には出さないように努めたが。つまり、光に相談することもなかったのだ。
前方を走っているのは、
しかし、光にはティナがこの程度で標的を見失うとは思えなかった。
車ごと料亭に突っ込むならまだしも、料亭の前にバンを停めてしまえば、聖天子は料亭の入り口まで自分の足で歩くことになる。
仮にその間、盾を持った護衛たちが道を作ったとしても、僅かな隙間を全て潰すことはできない。
そしてその隙間があれば。ティナ・スプラウトなら。人外非道な手術をエイン・ランドに受けさせられ機械化兵士にされてしまったあの暗殺者なら。確実に仕留めるだろう。致死の一発が、聖天子の命を奪うに違いない。
――だが、ここには光がいる。光が、そんなことをさせない。聖天子は死なせないし、ティナがこれ以上誰かの命を奪うことを許すつもりもない。護り切る。
舞は、光が考えていることをおぼろげながら感じ取っているのか、じっと黙って真剣な表情で座っている。
光は外の街並みに目をやり、聖天子の到着を待っているだろう
(さあ、ティナ……。お互いのことを認識してる状況での初対戦だ……)
光が考え事をしていると、光の身体が無意識に動いた。
何故そうなったか、原因に意識を向けると、すぐに理由はわかった。
蓮太郎が、聖天子の胸ぐらを摑み上げようとしていたのだ。
蓮太郎は怒りを覚えていて、半ば以上本気だ。それで光の身体が反応したのだろう。
光は意識的に動き、蓮太郎の身体をそっと押し止める。
蓮太郎は光を睨みつけた。光はその鋭い視線を受けてなお、ゆっくりと首を左右に振る。そして、しっかりと蓮太郎を見つめ返した。
光は話を聞いていなかったので前後のやり取りはよくわからないが……それは、ダメだ。
蓮太郎はわなわなと拳を震わせながらも、それを下ろす。
そして息を深く吐き出し、はっきりと宣言する。
「俺は守るぞ。アンタをみすみす殺させるために護衛を引き受けたわけじゃない」
それで光は事情を大まかに察する。きっと、聖天子が蓮太郎の癪に障るようなことを言ったのだろう。「私は天命に従います」とか何とか。
聖天子は蓮太郎の言葉を噛み締めるような間の後、小さく呟いた。
「……ありがとう、里見さん」
しばらくして、バンが料亭前に到着した。
光が先に降りて、周囲の状況を確認する。
(……外塀は高いけど、ボクの視界でも遠くにビル群の屋上が見える。――――ということは、ティナなら確実に吹っ飛ばせるだろうね。頭でも身体でも自由に)
しかし現状、問題は何もない。ならば、聖天子を外に出さないわけにもいかない。
光が車内の蓮太郎に頷きかけると、蓮太郎からも頷きが返ってくる。
蓮太郎は車を降りて、聖天子に手を伸ばす。聖天子が蓮太郎の手を取り降りてきた。
蓮太郎が料亭の入り口に視線を向け、盛大に顔を顰めた。光も何事かと思って同じところを見やり、同様に顔を顰める。
そこに立っていたのは、憤怒の形相をしている保脇だった。
「里見蓮太郎、立花光!!これはどういうことだ!何故聖天子様をこんな粗末な車に乗せている!」
「これは俺の案だ、光は関係ねえ。車を替えた。リムジンでは危険だと判断した」
「何故私に報告しなかった!」
ギリギリと歯軋りしている保脇を視界の隅に入れながら、光がボソッと呟く。
「あんたみたいな変態、使い物にならないからだよ……」
その言葉は、使えない男筆頭の保脇の耳には届かない。
「貴様ァ……貴様のような勘違いしたスタンドプレイヤーがチームを崩壊させるのだ……貴様のようなクズが……」
怒り余った保脇が、腰の拳銃に手を伸ばしかける。それに応じるように蓮太郎もXDに手をかけた。舞と延珠が瞳を赤熱させ、地面を靴裏でにじる。光も、あんたにだけはクズ呼ばわりされたくないな……などと考えながら縁に叩き込まれた体術の構えを取る。対人用の受け流しに集中・特化した物で、天童式戦闘術をある程度修めた縁が独自にアレンジしたものだ。こういう所でも、つくづく縁は天才である。
何故体術を用いようとしているかと言うと、保脇が歩いてきた店の入り口まで繋がる路面の両脇は他の護衛が固めているため、槍を振り回すのには向いていないからだ。
光はため息を吐き、厄介なことになったなあ、と呑気なことを考える。そして、ハッとなった。
さっき自分で思い至ったように――――ここでは、ティナの狙撃を迎撃できない。
聖天子に急いで移動してもらおうと動き始めた光の耳に、
――――――ブウウン――――――。
光の身体に一瞬にして緊張が走った。
同じ音を気にしているらしい蓮太郎に向けて、目一杯叫ぶ。
「先 輩 、 聖 天 子 様 を 庇 っ て !!」
名前を付ける時間も惜しい。
光の言葉に反応した蓮太郎が数瞬遅れて聖天子の上体を倒すのを横目に見ながら、光も慌てて舞と延珠を押し倒し、強引に伏せさせる。
――その行動の最中に、光の視界の端が光った。
「ぐっ……!」
蓮太郎の呻き声。恐らく、対戦車弾が掠ったのだろう。
地面に着弾。路面が弾け飛び、場が狂乱の渦に包まれる。
光と蓮太郎の意図を理解した護衛のうち数人が固まって盾になる。
蓮太郎が聖天子を、光が舞と延珠をバンに押し込んだ。蓮太郎が運転席を叩いて、出せ、と合図する。
前に陣取っていたリムジンとバンが同時に猛発進。
タイヤが唸り、一気に加速する。だが、まだ油断はできない。
光は素早く蓮太郎の様子を伺う。脇腹を少々持っていかれたようだ。
だが、対戦車弾を相手にその程度で済んだのなら僥倖。
延珠が蓮太郎を心配しているが、蓮太郎がそれを制す。光はそれを意に介することなく、ティナがいるビルを見つめていた。
蓮太郎が延珠に指示して、後ろ――――つまり、ティナがいる方向を見張らせる。
ビルの屋上が光る。
「来ます!!」「光った!」
光と延珠が同時に叫ぶ。
それとほぼ同時に前を走っているリムジンの天井に穴が開き、蛇行を始める。
バンに乗っている全員がそれが狙撃によるものだと理解したときには、リムジンはすでに横転していた。スピンしてガラス片を撒き散らしながら、どんどんバンに迫る。
バンの運転手は固まって動けない。
「ハンドルを!」
光がそう叫ぶのと、蓮太郎がハンドルを蹴り上げたのは同時だった。
間一髪でリムジンを回避し、運転手が我に返る。
「そこのビルの駐車場に入れ、早く!!」
蓮太郎が身を乗り出して叫んだ。運転手は大層慌てながらハンドルを左に切る。
慣性力で吹き飛ばされかけた光の下に、舞が吹っ飛んで来る。延珠も完全に振り回されているが、悪いが光にはフォローする余裕がない。
光は吹き飛ばされそうになりながらも、舞の勢いを抑えることに全神経を集中する。
両手が最初に舞の身体に触れ、そこから一気に衝撃を吸収する。
そのおかげで舞の勢いは収まったが、代わりに光が窓ガラスへと吸い寄せられる。
光は、蓮太郎が窓ガラスに身体を打ち付けるのを横目に見ながら、頭を打って気絶した。
「光!?……光ッ!?」
舞が光に呼びかけている間に車はビルの地下駐車場に入り、停車とともに蓮太郎と延珠が車外に飛び出した。
「光、お願い……!目を覚まして、光……ッ!!」
舞はそれに構わず、光に声をかけ続ける。
光は、自分のことを顧みずに舞を助けた。だからこそ、舞は光を放置することはできなかった。できるはずもなかった。
「光、光ぅ……」
こういう時に対処法は、樹に習ったはずだ。
確か、樹はこう言っていた。
『いいか、舞。身体を打って――まあ頭を打つ場合が多いんだが――気絶している奴がいた時は、決して身体を揺すっちゃダメだ。脳震盪を起こしている奴は、安静にするのが一番なんだ。肩を叩いて、呼びかけろ……』
舞は樹から教えられたことを懸命に思い出しながら、肩を叩いて呼びかけ続ける。
しばらくそうしていると、光が呻きながら目を開けた。
「ん、んぅ……」
「あ、光!気が付いた!?痛いところとかない!?」
「……え、舞?ここは……そうか、頭を打って気絶しちゃったのか……。状況は、どうなってる……?」
「え、えっと……」
ずっと光の看病をしていた舞にわかるはずもない。それに、先ほどまでの舞には、そんな余裕はなかった。
そこへ、聖天子が戻ってきた。
いつの間にか駐車場の入り口の方へと行っていたようだ。舞は全く気付かなかった。
「あ、聖天子様……状況は……?」
「延珠さんが、狙撃兵の追跡に向かったようです。私はティナ・スプラウトという名前に聞き覚えがあって、確認のために――」
「何だってッ!?」
光が、聖天子の言葉を遮った。礼儀を弁えている光にあるまじき行為だ。その意外さに、聖天子も手を止めて光を見つめた。
光はそんな視線に一切反応することなく、慌てて起き上がろうとした。
「急いで行かなき、ぐっ……!?」
「あ、ひ、光、無茶しちゃダメだよ!」
舞が起き上がろうとした光の肩を押さえて体勢を元に戻そうとする。
だが光は体勢を戻さずに焦燥を露わにしたまま、舞に話しかけた。
「舞、急いで延珠ちゃんを追って」
「え……?」
「ごめん、説明してる暇がない。一刻も早く追うんだ。でも、これだけは守って」
「う、うん」
舞は訳がわからないままに頷く。光も頷いて、続きを話す。
「延珠ちゃんと狙撃手がいなかったら、絶対に深追いしないでここに戻ってきて。絶対に。これはお願いじゃなくて命令。もし指示に従わなかったら、舞とは家族の縁を切るから。わかった?わかったなら返事して」
「う、うん……わかったよ、お――――光」
光が厳しい口調で舞に言いつける。脅しの言葉は、心配し過ぎるがあまりの言葉だ。
舞は言い間違いを直すかのような微妙な間の後、車から飛び出して走っていく。
それを限界まで見届けてから、光は座席に身体を落とした。
「光さん、どうしてそんなに慌てて……それよりも、ティナ・スプラウトの情報を確認しないと……」
この場に残った聖天子が、困惑したように呟き……自分の目的を思い出し、それを実行しようとする。
――――だが、それは必要なくなった。
「――――ティナ・スプラウト。IP序列九十八位のフクロウの因子を持つイニシエーター。『NEXT』の強化兵士でもある。今聖天子様が求めている情報は、こんなところでしょう」
光が、ティナの情報を諳んじたからである。
聖天子は顔を蒼白にして、外へ駆けて行った。恐らく、蓮太郎に今の情報を伝えに行くのだろう。
(参ったなあ……まだ身体は動かせそうにないや)
光は目を閉じて、思考だけを働かせる。
腕を上げるなどのことなら可能だろうが、上体を起こしたり、立ち上がって何かをするというのはまだ難しそうだった。
(今のボクにできることは、ティナが延珠ちゃんを殺さないことを祈ることだけ――。ボクがどれくらいの時間気絶していたのかはわからないけど、いくら舞でも同じスピード特化のイニシエーターである延珠ちゃんに追いつけるとは思えない……いや、追いつければいいと思ってるけど)
光の思考は、リムジンの狙撃に向く。
(アレは、やろうと思えばガソリンタンクを打ち抜くことも、運転手の身体を吹っ飛ばすこともできただろうに、そうしなかった……つまり、ティナはやっぱり必要以上に殺そうとは考えてないんだ。なら、ティナが延珠ちゃんも殺さないと祈るしかない――――)
光は、視線だけをティナがいたであろう方向に向ける。そして、小さく呟いた。
「お願い。信じてるよ――――ティナ。僕は、君の信念を信じてる――――」
……バンの運転手が、居心地悪そうに身動ぎしていた。
いかがでしたでしょうか。
というわけで、第二回非公式会談でした(会談始まってないけど……)。
ティナとの話し合い。ティナはあんなことを思ってたんじゃないかなと、そう考えて書きました。
光は、頭を打って気絶してしまいました。意識があれば、延珠を行かせることはなかったんでしょうけど……まあ、言っても仕方がありません。後の祭りです。
次回は、クライマックスに向けての導入回みたいな感じになると思います。
なるべく早く書き上げたいと思っていますが、リアルで結構エグイ課題があるので難しいかもです。頑張ってはみます。
感想など、お待ちしております。
では、また次回。