ブラック・ブレット[黒の槍]   作:gobrin

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お久しぶりです。
色々忙しくて、更新が遅れました。すみません。

では、どうぞ。




第十六話

 

「うん、まあこうなるよねえ……」

 

「リムジンだねー」

 

「ま、だよな」

 

「おお、大きいのだ!」

 

聖居に集まっていた光・舞ペアと蓮太郎・延珠ペアの前には、大きなリムジンが止まっていた。

これから、非公式の会談場に向かうのだ。

 

「では、行きましょう」

 

「はい」

 

「はーい」

 

「おう」

 

「わかったのだ!」

 

聖天子に促され、四人も車に乗り込むことにする。

 

「里見先輩、先にお願いします」

 

「おう」

 

「聖天子様、どうぞ」

 

「はい」

 

「じゃあ僕がこっちに座るから、舞と延珠ちゃんは向かいね」

 

「わかった。行こ、延珠」

 

「うむ!」

 

光と蓮太郎で聖天子を挟むように座り、その向かいに舞と延珠が座る形になった。

 

 

 

 

 

 

 

「そう言えば父から聞きましたが、警察車両が襲われた事件がありましたよね?どうなったんでしょう?」

 

車に揺られている途中、光が気になっていたことを話題にした。樹からそういう事件のことを聞いていたのだ。

ちなみに光の口調が丁寧なのは、仕事モードに切り替わっているからだ。

 

「ああ、それなら直に見たぜ。車はグシャグシャで見るも無惨な状態だった」

 

「犯人は、まだ捕まっていません。警官は意識不明の重体のままです」

 

「そうですか……」

 

蓮太郎と聖天子から返答があった。

そう。この事件、呪われた子供たちによる犯行だと推測されているが、被害者は殺されていない。これは珍しいことだ。

 

と、そこで光は蓮太郎が不安気な目で延珠を見ていることに気づいた。

舞と話していた延珠もその視線に気づき、首を傾げた後、合点がいったような顔をした。

 

「蓮太郎、心配せずとも妾は大丈夫だぞ?」

 

「お、おう。そうか。ならいいんだ」

 

そのやり取りで、光は大体の事情を察した。恐らく、延珠が一度気に病んだのだろう。

その後は、舞と延珠の談笑だけが車内に響いていた。

 

 

 

 

 

そして、車に揺られること二時間。

五人を乗せたリムジンは、会談の場所に到着した。

 

光が先に降りて、周囲の安全――正確には、狙撃の心配がないかを確認する。

 

「……大丈夫ですね。聖天子様、お手を」

 

「ありがとうございます」

 

光が聖天子の手を取り、車の中から引っ張りだす。

聖天子は地に足を下ろすと、蓮太郎が降りてくるのを待った。

 

「では、里見さん、光さんはついて来てください」

 

「蓮太郎、お仕事頑張ってくるのだ」

 

「光、いってらっしゃい」

 

蓮太郎が延珠に手を振り返している横で、光は聖天子に尋ねていた。

 

「あの、なんで僕は同行を認められたんでしょうか?普通、こういう真面目な場に子供を連れていくことはないのでは?」

 

「あなたの精神年齢の高さを知っていてそれでも子供呼ばわりできる人はいないと思います」

 

「………………」

 

それを言われてしまうと、自覚がある光としては何も言えない。

 

「では行きましょう」

 

それだけ言って、聖天子は先に歩き出した。

置いていかれるわけにもいかない光と蓮太郎もついていく。

 

 

 

 

 

 

 

エレベーターに乗り込んだ三人は、最上階へと運ばれる。その途中で、会談の相手の話題になった。

 

「……なあアンタ、本当に斉武が非公式会談を組んだ理由がわからねえのかよ?」

 

「ええ、さっぱりです。というより、私は斉武大統領と一度もお会いしたことがありません」

 

それを聞いて、光は当然だろうなと思った。

この聖天子は三代目で、政治家としては一年生のはずだ。

 

「里見さん、あなたは斉武大統領と面識があるのですよね?」

 

「……ああ。天童の屋敷に引き取られていた頃、あの菊之丞(クソジジイ)は俺を政治家にしようと目論んでやがったからな」

 

「あなたから見た斉武大統領はどんな人なのですか?」

 

「アドルフ・ヒトラー」

 

「は?」

 

「ん?」

 

聖天子が素っ頓狂な声を出し、光は自分の耳を疑った。

 

「あれ、僕聞き間違えたかな?」

 

「すみません里見さん、もう一度言っていただけませんか?」

 

「だから、アドルフ・ヒトラーだって」

 

「嘘ぉ……」

 

「冗談ですよね?」

 

「大マジだよ。ここ以外のトップは、全員ガストレア大戦後の荒廃期から一代でエリアを立て直した連中だぞ。

「自分が日本の代表だ」とかイカれたこと真顔で言うような奴らだからな。中でも斉武は一番ヤバい。気をつけろ」

 

蓮太郎が嘘を言っているようには見えない。つまり、斉武は本当にそういう人間なのだろう。

 

「ご、ご忠告、ありがたく受け取っておきます」

 

聖天子は若干気圧されながらも頷いた。

 

 

 

 

 

 

聖天子が蓮太郎に自制するようにと注意したところで、エレベーターが最上階に辿り着いた。

扉が開くと、そこは部屋に繋がっていた。半円のドーム状に張り巡らされたガラスは、そのまま青空を眺められるようになっている。

 

エレベーターの横に立って一礼した筋骨隆々とした男は、恐らく斉武の護衛だろう。

光はその人物を一目見て、興味をなくした。

 

(……この人には、負けることはないかな。そして、あの人が……)

 

光は中央にあるソファーに腰掛けている白髪の男に目をやった。後ろ姿しか見えないが、あの男が斉武だろう。

その男が立ち上がり、振り返り口を開いた。

 

「初めまして、聖天子様」

 

と、そこで蓮太郎を見たと思ったら、急に声のトーンが落ちる。

 

「……隣にいるのは天童のもらわれっ子か」

 

「テメェこそまだ生きてたのか。いい加減誰かに殺されろよジジイ」

 

「口を慎まんか民警風情が!!ここをどこだと心得ている!」

 

気迫のこもった一喝に、聖天子がびくりと震える。

 

髪と顎髭が繋がっている風貌は獅子を連想させる。

この高身長にスーツを纏った気迫溢れる老人こそが、数多の政敵を闇に葬ってきた斉武宗玄だ。

 

今、その斉武と蓮太郎が激しく言い争っているように見えるが……アレは恐らく試しているのだろう。光はそう考えた。

しかし、光の横に立つ聖天子はそうは受け取れなかったようで、プルプル震えている。

光は聖天子に一歩近づき、軽く足を叩いて自分の考えを知らせた。

 

(……腕試し、ですか?)

 

(はい。多分、もうすぐ終わると思いますよ……ほら)

 

怒鳴り散らしていた斉武が、ふと口元を緩めた。蓮太郎は合格したということだろう。

そしてその鋭い視線が、今度は光に向いた。

 

「それで、その小僧は……いけませんなあ、聖天子様。このような場所にそんな子供を――」

 

「お言葉ですが、斉武大統領。人は見かけで判断しない方がよろしいかと思いますよ?」

 

不敵な笑みを湛えて、光は斉武の言葉を遮った。

斉武は驚きに目を見開いているものの、不快な感情を出してはいない。

 

「ほう……?中々肝が据わっているな、小僧。名は何と言う?」

 

「立花光と申します。里見先輩と同じ、民警です」

 

「ふん、面白い奴もいるようだな」

 

そう言って、斉武はソファーに座り直した。

そして、聖天子に対面のソファーを勧める。聖天子は勧められた場所に腰を下ろし、光と蓮太郎はその後ろについた。

 

「ところで蓮太郎。貴様、ステージⅤのガストレアを倒す際にレールガンモジュールを使い物にならなくしたそうだな?」

 

「だったらどうした」

 

蓮太郎は、怪訝な表情になって斉武を睨んだ。いきなり何の話だ、とでも言いたげだ。

斉武は、蓮太郎を鼻で笑った。

 

「ふん、貴様、あれがどれだけ大事なものかわかっておるのか?」

 

「なんだって?」

 

「相当大事なものでしょうね。特に、あなたのようにガストレア討伐以外の使用方法まで目論んでいる人にとっては」

 

二人のやり取りに光が口を挟んだ。

斉武は光を一瞬睨んだが、すぐにニヤリと笑う。

蓮太郎も理解したようでハッとしていた。

 

「そっちの小僧の方がよくわかっているじゃあないか」

 

「光さん、どういうことですか?」

 

未だに理解していない聖天子が光に尋ねる。

光は正解を述べた。

 

「斉武大統領は、あのレールガンモジュールをどこかに……恐らく月面にでも設置して、諸国に脅しをかけるつもりだったんだと思います。ですよね?」

 

光の問いかけに、斉武は笑みを答えとした。

 

「暴力で他国を脅そうと言うのですかっ?」

 

斉武は大仰に手を広げて言った。

 

「聖天子様、あなたにはビジョンがない。我々は、ガストレアを駆逐した後の世界のことまで考えねばならんのだよ。十年前、世界の列強はガストレアに悉くを奪われ、破壊された。そして十年後の今、あの未曾有の災害からいち早く復興した国こそが次世代の世界のリーダーとして君臨できる。そして、日本はそれを目指すべきなのだ。これこそが大局を見据えたグランド・デザインというものなのだよ!」

 

光は表情には一切出さずに呆れ返っていた。

 

(この人、アッタマ悪いなあ……ガストレアを駆逐できる確率なんて絶望的なのを知っているだろうに……人殺しを考えてるなんてどれだけ暇人なんだ……)

 

「ところで貴様、立花光と言ったか」

 

「はい、何でしょう?」

 

笑顔を貼り付け、光は斉武に尋ね返す。

 

「俺と手を組め。滅び行く東京エリアなどは見捨てて、俺の下に来るのだ。俺と貴様、そして蓮太郎の三人で天下を取ろうではないか」

 

自信満々に伸ばされた手を、光は冷たい視線で見下ろした。口角は上がったままのため、とても恐ろしいことになっている。

 

「お話はありがたいですが……断固としてお断りです」

 

ニッコリ。そんな音が聞こえてきそうな冷たい笑顔が斉武に向けられる。

 

「……なんだとッ?」

 

「頭のネジが欠落している耄碌ジジイの頭の悪い思想に、欠片も共感できませんので。僕の大事な人が不幸になりそうな話には乗る気はありませんよ」

 

「き、貴様ァ……!」

 

「そうだな。てめぇは(エリア)に帰れよッ!」

 

「俺は諦めぬぞ!力のある者は必ず俺の下に参画させるッ」

 

と、そこで聖天子が背筋を伸ばして口を開いた。

 

「斉武大統領、そろそろ本題の方に入ってよろしいでしょうか?」

 

斉武も毒気を抜かれたようで、舌打ち一つすると手を振って了解の意を示した。

 

 

 

 

 

 

二時間後、会談が終わった。

お互いが不倶戴天の敵だと認識するという、素晴らしい収穫だけがあった。

 

 

 

 

 

 

会談を終えて戻ると、舞と延珠が談笑を続けていた。

二人は戻ってきたパートナーに気づき、嬉しそうに破顔する。

 

「お帰りなのだ、蓮太郎!」

 

「光、お疲れ。長かったねー」

 

舞の言う通り、すでに辺りは暗くなっていた。

 

「ああ、ただいま、延珠」

 

「そうだね。待たせちゃったけど、退屈じゃなかった?」

 

「大丈夫だよ。延珠と話してるの楽しかったから」

 

ねーっ、と顔を見合わせて笑顔になる二人。

 

「それはよかった。さ、里見先輩。先にお願いします」

 

「あいよ」

 

「聖天子様、どうぞ」

 

「はい」

 

来るときと同一のやり取りをして、車に乗り込む。

あとは聖居に無事に戻れば、今日の仕事は終わりだ。

 

「そんなに落ち込むなよ」

 

窓の外を鬱っぽい表情で眺めていた聖天子を、蓮太郎がぶっきらぼうに慰める。

延珠は楽しい会話で疲れたのか、舞によりかかって眠りこけていた。

 

「別に落ち込んでなど――いえ、そうですね。少し……。誠意を持って接すれば、どんな人でもわかってくれると漠然と信じていたから、より強くそう思うのかもしれません」

 

「別に、アンタが悪いわけじゃねぇよ。斉武は菊之丞でも手を焼くような奴だ。アンタはよくやったよ」

 

「里見先輩、慰めるのが下手すぎるでしょう……」

 

「…………うるせぇよ」

 

光が呆れて言うと、蓮太郎は少々バツが悪そうな顔で言った。

 

「それにしても、里見さんはすごいです。斉武さんを相手に一歩も引きませんでしたから。

里見さんのああいうところが、私はきっと気に入っているのだと思います」

 

「「気に入ってる?」」

 

「ええ、私が接する人は敬語で接してくる人ばかりでしたから。里見さんみたいな物をはっきり言う人はとても新鮮に映ります」

 

「なるほど、里見先輩は全く歯に衣着せませんからね。たまに抑えてほしいと思うこともありますが」

 

光がボソリと呟くと、蓮太郎が光をジト目で睨んできた。

 

「……お前も人のこと言えねぇだろ。さっき斉武の申し出を辛辣な物言いで断ったのはどこの誰だよ」

 

「さて何のことやら。僕にはわかりかねますね」

 

「……お前なぁ……」

 

「光さんのそういうところ、とてもいいと思います」

 

聖天子が口を挟んできた。気に入っているという話の続きだろう。

 

「……すみません、どの辺りですか?」

 

「ユーモアがあるところです。大事な時に自分の信念も貫ける強さもとても素晴らしい長所だと思います」

 

「ありがとうございます」

 

光が頭を下げて礼を言ったところで、聖天子が車内の冷蔵庫から桃果汁のジュースを取り出した。

グラスに注いだそれを、聖天子は光と蓮太郎、舞に勧めた。

 

全員が一口飲んだ後、聖天子が神妙な顔をして話を切り出した。

 

「光さん、里見さん。斉武大統領は外国との関係が噂されています」

 

「こちらが出すのはバラニウムでしょうね……向こうからは武器ですか?」

 

バラニウムは火山列島、とりわけ日本に偏って存在していると言われているのだ。

光が予想を口にすると、聖天子が頷いた。

 

「はい。付け加えると、資金面の援助も受けているようです」

 

「なるほど……完全に戦争する気ですね」

 

「てことは、斉武が外国の力を借りてもやりたいことってのは……」

 

「武力による日本の五つのエリアの統一でしょう。その見返りは外国にバラニウムを安定して供与すること」

 

「斉武は、大国に操られているのか?」

 

蓮太郎が疑問を呟いたが、蓮太郎自身それを信じていないように見える。

 

「僕は、あの人がただの傀儡になるような器だとは思えませんが……」

 

「俺も同感だ。あいつが、素直に誰かの言いなりになるような奴とは思えない」

 

「私もそう思います」

 

「えぇ……その斉武って人、そんな風に断言できるような人なの……」

 

話を聞いていた舞が、心底嫌そうな顔をして言った。

確かに、話だけ聞いていると酷い。実際も酷かったが。

 

「これからの時代は、国力をいち早く回復した国が次世代の世界のリーダーとなるでしょう。そういう意味では、斉武さんの考えは間違っていません。バラニウムを制する者が世界を制するのです。

光さん、里見さん、これからは世界中の国がバラニウムほしさに日本の各エリアに様々なコンタクトを取ってくるでしょう。そして次世代の戦争は、裏で強力な民警を送り込んでの暗殺や破壊工作が主になります。

そして、今の東京エリアには有能な人材を遊ばせておく余裕はありません。あなたがたにはこれからも継続的に働いてもらいます。私のために、国家のために」

 

「勝手な話だな。アンタは何でも自分の都合で決める」

 

「本当にその通りですね……働くのにいなやはありませんが。それは聖天子様のためでも、とりわけ国のためでもないことだけは覚えておいてください。僕の信念を知っている聖天子様なら、わかっていただけると思いますが」

 

こればかりは光も言い返す。蓮太郎は苛立ちをはっきり滲ませていた。

 

「勝手は承知しています」

 

聖天子は表情を沈痛な物にすると、下腹部の辺りに両手を当てた。

 

「私もいつ騒動の渦中で倒れるかわかりません。私はもう子供を産める身体です。世継ぎを残すように聖室の側近に散々言われています。ですが、私は有能な遺伝子を残すために機械的に産んだ子供より、愛によって産まれた子供が欲しいのです」

 

蓮太郎は怒りに顔を歪め、腰を浮かせた。

 

「戦えよ、お前ッ!なんで死ぬことばかり考えるんだ!斉武が危険な奴だとわかってんなら、いくらでも対処法があるだろ!」

 

それを聞いた聖天子は、かつてないほどに悲しそうな顔をした。

 

「あなたまで、そんなことを言うんですね……」

 

「何ッ?」

 

「里見先輩、それは視野がちょっと狭いですよ。暗殺や謀殺、それに復讐などそれに類する行為は血で血を洗う行為です。今から少しずつガストレアから領土を取り戻して行き、いつか日本の全てのエリアが繋がった時、国民は思い出す。十年前は日本は一つの国であり、同じ空を見上げていた同胞だったことをね。そして、一つのエリアという狭い枠に囚われていた己を恥じることになるはずです。――と、言うことであっていますか?聖天子様」

 

 

――ま、復讐の炎に身を焦がしている僕が言っても説得力がありませんがね――誰にも聞こえない音量で、光が続けて呟いた。

 

 

「はい、光さんの言う通りです。里見さん、あなたもご存知でしょう。戦争で最初の犠牲者になるのは目も開かない子供や老人です。戦後の混乱期、病気になり身動きすらできなくなった子供たちが、それでも私が微笑みかけると懸命に微笑み返してくれるのです。しかし、彼らは翌日には冷たくなっている。あんな恐ろしいこと、もう二度とあってはなりません。私は行動によって平和を体現しなければなりません。私はこれ以上この世界に悲しみの種が撒かれることに耐えられない……ッ」

 

蓮太郎は聖天子から視線を逸らし、吐き捨てるように言った。

 

「……早死にするタイプの理想主義者だ。嫌いじゃねぇけど」

 

「あ、ありがとうございます」

 

聖天子が頬を染めるのを横目に見ていた光だったが、不意に窓の外を見た。

舞も何かに気づいたのか、光と同じ方向を見ている。寝ていた延珠も起き上がり、同様に外を睨みつけていた。

 

(これは……敵意か?いや―――()()か)

 

光の中で緊張感が高まる。視線の先にはビル群がある。()()には打ってつけの環境だ。

万一に備えて、光は警戒することにした。

 

「聖天子様、何者かの敵意を感じます。念のため、迎撃の用意をしたいのですが……よろしいですか?」

 

「構いませんが、具体的には何を?」

 

「聖天子様、まずはこちらのドアから離れてください。ドアをぶち破ります」

 

「え……?」

 

「このままでは、ただ攻撃されるだけです。後手に回るのは仕方がないですが、後手なりの対応をしないと……」

 

「……わかりました」

 

聖天子が光たちが見ていたドアから離れるように座る位置をずらす。

それを確認して、光は舞に指示する。

 

「……舞、よろしく。ドアを蹴破ります!」

 

光は声を大きくして運転手に伝える。

 

ドガァン!という大きな音を立ててドアが吹っ飛んだ。

車は交差点に差し掛かり、赤信号のために減速する。

 

光は短槍に手を掛け、警戒を最大にする。車が止まった時が向こうにしてみれば最高のチャンスだ。

 

(……来ない?いや――)

 

青信号になり、車が発進した。後ろで蓮太郎がホッと息を吐いた気配がしたが、光はまだ警戒を解いてはいなかった。

 

(…………殺気が膨れ上がった!来る!!)

 

光はリムジンの床を蹴り、ジャンプしながら車外に飛び出した。

光が飛び出したのと同時に、ビルの屋上で光が瞬いた。銃口炎(マズルフラッシュ)だ!

 

「立花流槍術二ノ型三番『十字創――――」

 

(いや、ただの十字創じゃ受けきれない!!)

 

「――――極』ッ!!」

 

自身の本能が鳴らす警鐘に従って、短槍に仕込まれている火薬を激発させる。

今回は加速のためではなく、以前縁にかました時のように攻撃の威力を上げるために炸薬を利用した。

短槍を交差させた瞬間にボタンを押し込み、二倍にした炸薬で狙撃を迎え撃つ。

 

「――グハッ!?」

 

しかし、それでも攻撃の衝撃を相殺し切れず、光は後方に吹っ飛ばされた。炸薬のおかげで後方に推進力が働いていなければ、光も無事では済まなかったかもしれない。

弾は爆発したらしく、破片が刺さったのかリムジンのタイヤがパンクしたようだ。

 

「聖天子様!!」

 

光が大声で呼びかけるのと同時に、もう片方のドアが蹴り破られ蓮太郎が聖天子を連れて中から転がり出てきた。

ドライバーは舞と延珠が協力して運び出している。

 

そのとき、再びビルの屋上が光った。

二発目の弾は燃料タンクを撃ち抜き、車を爆発炎上させた。

路上では一般人がパニックを起こして逃げ惑う。

 

光は再び殺気が膨れ上がるのを感じた。

 

「――舞!!また来るッ!!」

 

「わかった!!」

 

また光った。三射目の光。

二本の短槍を握った舞が回転しながら跳躍し、ボタンを押し込んで爆発的な回転力を得る。

 

「立花流槍術二ノ型二番『大車輪・極』!!」

 

瞳を赤く輝かせた舞が、真っ向から弾を―――対戦車狙撃弾を叩き落とした。

その隙に蓮太郎が聖天子を助け起こそうとしているが、腰が抜けているのか立ち上がれない。

 

「ッ!!また来ます!!」

 

四発目。完全に聖天子を射殺できる軌道だ。

 

「ハアアアアァァッ!!」

 

しかしそれは延珠が蹴り上げて弾き返した。

ここでやっと、いままでどこにいたのか保脇たち聖天子付き護衛官が聖天子の周りを囲みながら後退していった。

 

(……行ったか)

 

光は敵が撤退したことを悟り、警戒を解く。

不意に、虫の羽音のような音が光の耳朶を打った。

 

(……なんだ?)

 

光が周囲を見渡すも、特に異常はない。

しかし、その違和感は強く印象に残った。

見れば、蓮太郎も光と同じようにして周囲を見渡している。

 

「…………やっぱり、君なの?ティナ……」

 

光はビルの屋上を見上げて、小さく、小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

「すみません、マスター。失敗です。護衛に手練れの民警がいました。『シェンフィールド』回収後、速やかに撤退します」

 

『民警だと?情報にはない。あのマヌケな聖天子付き護衛官だけではなかったのかッ?クソッ』

 

ティナがマスターと呼ぶ男は、苛立ちを無線機越しに漏らす。

 

『おい、民警の姿を見たか?』

 

「はい、しかし遠すぎて顔立ちまでは見えませんでした」

 

ティナの見間違いでなければ、一、三、四発目を防いだのは全員似たような体格の人物だったように思えた。

位置的に、それぞれ別人であったことは確認している。

 

(……民警のペアは、二組しかいなかった。つまり、どれか一発はプロモーターが防いだということ。それも、イニシエーターと体格差のない――――え、あれ……そんな……まさか……?)

 

撤退の準備を終えたティナは、眼下を睨み、呟いた。

 

「私を邪魔したあなたは…………誰」

 

その声音は、毅然としながらもどこか恐れを含んでいるように聞こえた。

 

 





いかがでしたか?

感想などいただけると嬉しいです。

では、また次回。

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