ブラック・ブレット[黒の槍]   作:gobrin

12 / 21
これで原作一巻の分が終わりです。
過去話みたいなもんですね。
では、どうぞ。


第十二話

式典の後。

立花家リビングに、この家に住む全員が集まっていた。

 

「さてと。滞りなく――かどうかは議論の余地があると思うが、これで今回の騒動は後処理含めて終わったわけだ。

が………俺たちは、お前たち三人に話しておきたいことがある」

 

そう言って、樹は華奈、和、夏世の三人に目を向けた。

光が引き継いで口を開く。

 

「えっと、それで………薄々感づいてると思うけど、厄介ごとなんだよね……。

だから、聞きたくなかったら別に聞かなくてもいいよ。僕たちの問題に巻き込んじゃうわけだし。

しっかり考えて決めてほしい」

 

光が真剣な表情で言うと、三人は一回頷いた。

………そしてそこから動かずに光を見つめ返す。

 

「……え、あれ?もう聞く準備できたの?というよりできてたの?早くない?」

 

「うん。うちとしては、いつ言ってくれるのかなって感じだったから」

 

「ふみゅ。和も同じ」

 

「私は、あの場所に一緒にいたから。社長や光君がとても取り乱していたのも見ていたし。

少なくとも、その件は光君たちにそれ程の衝撃を与えるものってことだよね?

それなら、私は聞いておきたい。こんなに優しそうな家族をあんなにピリピリさせるなんて許せないから」

 

三人は、しっかりと宣言した。

光は少しの間瞬きを繰り返した後、頷きを返した。

 

「わかった。なら話すね。んー、どこから話そう……」

 

「光、それは俺に任せてくれ。社員に説明するのは社長の役目、だろ?」

 

「ん、そだね、了解。よろしくね」

 

「おう、任せとけ。だが、本当にどこから話したもんかな」

 

息の合った親子のやり取りを繰り広げ、樹が説明役になった。

顎に添えていた手を戻し、樹は口を開いた。

 

「……うん、もう一から説明していこう。

三人とも、俺と縁が民警ライセンスを持ってるのは知ってるよな?」

 

三つの頷きが返ってくる。

 

「なら、それぞれの相方のことは何か知ってるか?」

 

夏世は知っているわけがないので、二人の先輩社員に目を向ける。

そして、そこから返った答えを見てギョッとした。

返された答えは――否定、だった。

 

「いえ、ありません」

 

「みゅ。和もない」

 

「ま、そうだろうな。写真とかは俺たち家族の部屋にしかないし、話題に出したことすらほとんどなかった」

 

「後半は前の決闘で決まったことだけどね」

 

「まあな。ともかく、俺たちの相棒の平端(ひらはた)(まどか)孔雀(くじゃく)羽美(はみ)は亡くなってるんだが――」

 

「しゃ、社長、ちょっと待ってください!」

 

「ん?なんだ?」

 

さらっと名前を言った樹を、華奈が慌てて遮った。

 

「平端瞬ってもしかして……『デス・ハリケーン』の平端瞬ですか?」

 

「お、その二つ名は知ってるのか。合ってるぞ」

 

「うわぁ、懐かしいね」

 

光が懐かしさに目を細める。

華奈にそんなことを気にする余裕はなく、質問を続けた。

 

「え、じゃあ、孔雀羽美は、あの『デリート・ダンサー』?」

 

「おう」

 

「超有名人じゃないですか!」

 

華奈が叫び声を上げたのに続き、夏世も声を出した。

 

「その名前なら私も聞いたことがあります。

『デス・ハリケーン』こと平端瞬、IP序列八百七十二位。武器はバトルアックス。大斧を振り回し相手に突っ込んでいく様子は、さながら台風が発生しているかのよう。

普通、ガストレアが捕食者で人間たちは必死に自衛しているという認識が一般的ですが、彼女の場合は逆だという考えが民警の間では根強いようですね。

序列にしては、他にも色々と情報が知られている人物です。根はとても優しい人だと聞いています。

そして『デリート・ダンサー』こと孔雀羽美、IP序列三千四百二十一位。平端瞬に比べると序列は低いですが、その実力は勝るとも劣らない程だそうです。

彼女が踊る様に動いた後にはガストレアの欠片も残らなかったんだとか。武器はバトルファン。

平端瞬と一緒に出動することが多く、平端瞬が行き過ぎるのを彼女が抑えていたという噂もあります。

こちらも序列の割に有名な人物で、事あるごとに名前が出ていた人物でもありますが………二人とも、どこの民間警備会社に所属し、また誰がプロモーターをやっているのかだけは知られていなかったんですが。

―――そうですか。社長と副社長がプロモーターだったんですね。それに、亡くなられたんですか。

よく民警の話題に出てくるお二人なので一度お話してみたかったんですが、残念です」

 

夏世は、二人について知っている情報を余さず出した。

樹が意外そうに頷く。

 

「へえ、そんなに知ってんなら話が早い。その二人は、一応殉職扱いになっている。

これはあんま知られてねえが」

 

「はい、うちも亡くなったことは知りませんでした……一応?」

 

「おう、一応だ。書類上はそうなってるし、見方によっては間違いじゃねえ」

 

そこで、樹の顔が険しくなる。

 

「だが、あれは断じて自然現象じゃねえ。瞬と羽美は、事故に見せかけて―――殺されたんだ」

 

三人が一様に息を呑む。

 

そして、樹は語り始める。

あの事件のことを―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある晴れた夏の日。

その日は、茹だるような暑さだった。

 

 

「うぇ〜、暑い〜。樹〜、ど〜にかしろ〜」

 

「無茶言うなよ、瞬」

 

「だってよ〜」

 

 

男っぽい口調でぶつくさブーたれるのは、『デス・ハリケーン』の名前で恐れられて………いるかどうかはともかく、呼ばれてはいる平端瞬だ。

短く切り揃えられた黒髪は、とても活発な印象を与える。着ている服もTシャツにショートパンツと、その印象を強くしていた。

瞬は樹のイニシエーターである。

 

 

「そんなに暑いなら羽美に扇いでもらえばいいだろうに」

 

「んなこと言っても、羽美は……」

 

 

そう言いつつ瞬が目を向けた先には、縁に抱き上げられ、自身と縁を纏めてバトルファンで扇ぐ浴衣を着た少女の姿があった。

彼女こそが、今樹と瞬の会話に出てきた『デリート・ダンサー』の二つ名を持つ、孔雀羽美である。

浴衣と着物のどちらかをその日の気分によって着る羽美は、今日は浴衣を選択していた。

この暑さを鑑みると、正しい選択だったと言えるだろう。

流れる黒髪を連れて戦う姿はさながら演舞のようで、見る者を魅了する。そこから付いた二つ名である。

言うまでもないが、羽美は縁のパートナーだ。

 

 

「うぅ……風が生温いですわ……」

 

「なあ、羽美〜。オレにも風くんね〜?」

 

「お断りですわ……。ワタクシは今、自分と縁を扇ぐので忙しいのです。お引き取りくださいませ」

 

ぐったりという形容が相応しい状態で、羽美は力のない声を返す。

 

「頼むよ〜一生のお願いだよ〜」

 

「通算二万四千五百十六回目の一生のお願いですわね。ワタクシは、もうすでに一回聞いていますわ」

 

「あらあら、羽美?そんなこと言わずに聞いてあげればいいじゃない」

 

律儀に回数を数えていた羽美に、抱いている縁が声をかけた。

美しい顔に微笑みを湛えながら二人を見守る様は、まるで女神のようだ。

………ちなみにこのようなやり取りを経て、結局羽美は半分程の一生のお願いを聞いている。

 

「でも、ワタクシは今、縁も扇いでますわ。縁に暑い思いをさせたくありませんわ」

 

「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。でも私は大丈夫だから、瞬を扇いであげなさいな」

 

「………わかりましたわ」

 

「おっ、ラッキー!縁、サンキューな!」

 

「ふん、瞬は縁にもっと感謝すべきですわ!」

 

「してるって!これ以上ないくらいにさ!」

 

「そうは見えないのですわ!」

 

「感謝なんてどう見せろってーんだ!」

 

「言葉ではなく行動で示せばいいのですわ!」

 

「どーやってさ!?」

 

「瞬が自分で考えなさい、ですわ!」

 

口喧嘩にも満たない微笑ましい言い合いをしていた二人は、その矛先を先ほどから会話に参加していない二人に向けた。

 

「光!光からも瞬に何か言ってやってくださいな!」

 

「光!お前もなんか言ってくれよ!」

 

話を向けられた光は、日傘を差していた。

日傘で自分と舞を守りつつその逆の手を舞と繋ぎ、舞はその逆の手で団扇を扇いでいる。

 

光が差している日傘は、傘であって傘ではない。

実は、光の持っている長槍に笠を取り付けたものなのだ。

司馬重工の特注である笠は、これまた司馬重工特注の長槍にぴったりフィット(当たり前だが)して、光に快適さを齎した。

笠を畳めば一応そのまま戦闘にも使える優れものである。

 

「うーん、じゃあ………瞬は家に帰ったら、掃除洗濯、ご飯作り、食器洗いの手伝いだね」

 

「え…………多くね?」

 

「感謝を表すんでしょ?多いなんてそんな文句言わないよね?ならこう言おうか?家事手伝い。

すごいね、これ一つやるだけで感謝を表せるんだから。やるしかないよね……?」

 

「ナイスですわ、光!」

 

「………頼る相手、間違えた〜!?ま、舞!お前は、お前はどう思う!?」

 

「諦めるんですわ、瞬。もう、手遅れですわ」

 

往生際の悪い瞬の肩を、慰めるような手つきで叩く羽美。

そう言う理由は簡単。何故なら―――

 

「んー、光のでいいんじゃない?」

 

――こうなるからだ。

 

「……光が意見を言った時点で、こうなることは明白ですわ」

 

「……デスヨネー」

 

ガックリ項垂れる瞬を見て、柔らかい笑い声があがった。

 

 

 

 

 

六人は今日、三ペアで合同依頼を受けていた。

 

なんでもガストレアが大量にモノリス外に発生したらしく、念のため様子を見に行ってほしい、可能なら駆除もお願いしたいというものだった。……政府からの直接依頼だった。

コネも実力もある樹は、この類の依頼が舞い込むことも多かった。だから、この時も特に気にはしなかった。

 

 

今はその帰りだ。

確かに数は多かったが最高でもステージⅢと思われる個体しかいなかったため、瞬と羽美が突撃し、その二つ名に恥じない活躍で殲滅した。

 

 

 

そんな楽しく穏やかな時をぶち壊したのは―――一つの音だった。

 

シャカシャカ――大量の蟲が蠢いているかの様な不快な音。

近くの建物から聞こえてくるそれに、六人の警戒が一気に高まった。

六人が来ることを待っていたかの様な、突然のことだった。

 

樹は連結長槍二本を握りしめ、縁は短槍を瞬時に連結長槍に変えて構える。

瞬はバトルアックスを肩に担ぎ、羽美はバトルファンを一旦閉じてから小気味いい音を響かせながら開いて気合いを入れる。

光は日傘モードから長槍モードに戻した。言ってもただ畳んだだけだが。舞も光と手を離し、短槍を構える。

 

その音は徐々に大きくなり――ついにその音源が姿を現した。

それは、ガストレアの群れだった。蟲ベースのものが一番多いが、それ以外のものもそれなりにいる。どの個体も、毒を持っていそうな見た目だった。依頼で仕留めたガストレアたちが少なく感じられるほどだ。

ステージⅡまでしかいないようだが……その恐ろしさは上回っている気がした。

どこから湧いて出た、とツッコミたくなるような数だ。

 

 

「うわ、気持ち悪い。さっさと倒そう。羽美、行こうぜ」

 

「はいですわ。殲滅しますわよ」

 

瞬と羽美が突っ込み―――ガストレアの異常性には、誰もがすぐに気がついた。

 

「なんだこいつら!?再生阻害が効いてない!?」

 

「効きにくいだけの個体もいるようですが、全く効かないものもいるようですわね。厄介ですわ……」

 

――そう、このガストレアにはバラニウムの再生阻害が効きづらかった。

バラニウム?そんなものあったか?と言わんばかりの再生を見せるガストレア。

その異常さに、樹が積極的に指示を出す。

 

「チッ、これはマズイ!瞬、羽美!全力で粉微塵にしろ!それが一番手っ取り早い!」

 

「おうともさ!」

 

「了解ですわ!」

 

「三人とも、聞こえたな!?」

 

「ええ、わかってるわ!」

 

「うん、頑張るよ!」

 

「舞、無理はしないで!これ相手に無理したらヤバい!」

 

瞬と羽美もこれに突っ込みすぎるのは下策と考えたのか、下がってきて六人で背中合わせに戦っている。

 

 

 

「くそが!何匹いやがるんだこいつら!」

 

殺しても殺しても湧いてくるガストレアに、樹が怒りを言葉にして吐き出す。

 

「あなた、痺れを切らしてはダメよ!一撃ずつ集中して確実に倒さないと……!」

 

「わかってる!だが、このままじゃ……!」

 

樹の言う通り、このままでは物量に押し切られる。

今は耐えているが、集中なんて糞食らえのガストレア軍団と、集中が切れたら即終了の光たちでは圧倒的に光たちの分が悪い。

 

 

 

皆が、持てる力の全てで戦っていた。

 

しかし、六人の奮闘虚しく――――その時は、訪れた。

 

「あッ!?」

 

―――舞が、崩れた。

ガストレアの猛攻を前についに集中が途切れ、体勢を崩してしまう。

 

「舞ッ!」

 

舞を護るため光が舞の前に躍り出て、正面のガストレアを一撃で殺す。

その行為は舞を救ったが――陣形が崩れてしまう。

 

さらに、周りの人間より前に出た光にガストレアが狙いを定める。

 

「「光ッ!!」」

 

瞬と羽美の悲鳴が重なる。

一挙に多数のガストレアに攻められて、光の体勢までもが崩れる。

そして、光を庇って、瞬が喰われた。

 

「ぐあぁッ!?」

 

「瞬ぁッ!?」

 

瞬が呻き声をあげ、光が自身の失態が招いた悲劇を見て驚愕して叫ぶ。

しかし、全ては遅すぎた。

瞬は腕と脚を喰い千切られ、にも関わらず再生が始まった。

どう見ても過剰な再生力だ。体内浸食率が五十%を超えている。

 

「あ、あはは……やられちゃったか。これもうダメだ。

皆、オレが防御を考えない特攻を仕掛ける。絶対に退路を切り開くから、逃げてくれ。

体勢を立て直せれば、樹たちならこれくらい対処できるだろ?」

 

瞬が、努めて明るく言う。

その瞬に、同じくらい明るい声をかける者がいた。羽美だ。

 

「ワタクシもお付き合いしますわ、瞬」

 

「え、どーして?」

 

「ワタクシも、今の隙を突かれましたわ。

せっかくの浴衣が台無しですわ、全く」

 

「ホントだ、ひでーや」

 

羽美が言うように、浴衣はズタズタだった。可愛い浴衣は見る影もない。明らかに致死の攻撃を受けている。

それを見た瞬がからから笑い、羽美も微笑む。

他の四人は、二人を助けられないことを嫌と言うほど理解し、唇から血が出るほどに噛み締め悔しさに顔を歪めている。

光が一番酷い。唇からは止めどなく血が流れ、手に持つ長槍が悲鳴を上げている。

しかしそれでも、助けてくれた瞬と羽美に決して無様な姿は見せるまいと、感情を必死に制御し涙は流さない。

 

取りあえず体勢を立て直しただけだった光と舞も完全に体勢を立て直したのを確認し、瞬が切り出した。

 

「よし、もういいな。んじゃ、殺ってくるわ」

 

「殺れるだけ殺ってまいりますわ」

 

「……ああ、行ってこい」

 

「……気を付けてね」

 

声を震わせながらも、樹と縁は気丈に振る舞う。

自分の相方に、最後に情けない姿を見せるわけにはいかない。

 

「瞬……羽美……うぇぇ……」

 

舞は、泣いてしまっていた。泣くのが普通だろう。まだ八歳なのだから。

 

光は、言葉を紡げない。今口を開けば、みっともない姿を見せてしまいそうだった。

そんな光を見て、瞬は一瞬表情を曇らせたが、すぐに気を取り直しこのメンバーでの最後の作戦を告げた。

 

「さて、オレが退路を切り開く。羽美は、殿を頼む」

 

「はいですわ」

 

「―――よし、行くぜッ!」

 

瞬の、本当に一切防御を考えない特攻。

脇腹を齧られようが太腿を抉られようが、構わず突き進む。

瞬が殺し損ねたガストレアを、樹と縁が全力で殺しにいく。

 

殿を務める羽美は圧巻の一言だった。

敵が近づけない。近づいた瞬間にガストレアパウダーが生成されていく。

光と舞は、稀に飛んでくる肉片を塵に変える簡単なお仕事だった。

 

 

 

 

そして、ついにガストレアの包囲網を突き抜けた。

そこで、瞬と羽美が別れを告げる。

 

「ほい、ここでお別れだ。皆、元気でやれよ」

 

「さようならですわ」

 

近くにいたガストレアは殲滅したため、少しの間会話する余裕ができていた。

 

樹と縁は、未練を無理矢理引きちぎるかのように瞬と羽美から視線を離し、さよなら、ありがとうと言い残して舞を連れてガストレアを迎え撃ち易い場所の確保に向かう。

 

 

光は、その場に留まっていた。

 

「どうしたんだよ、光。早く行かないと、巻き込まれて死んじゃうぞ」

 

「ですわ。早く行きなさいな」

 

「………瞬、羽美、ごめん。

ボクがもう少し強ければ……あの状態からでも迎撃できるほど強ければ、こんなことには……!」

 

瞬と羽美の優しさに耐えきれず、光は謝ってしまった。

 

「謝らないでくれよ。光を助けたことが悪かったことみたいに思えちまう」

 

「そうですわ。光を助けたのは絶対に間違いなんかじゃないですわ。謝ってはいけません」

 

「……そう、だね。ありがとう」

 

本心からは納得できていない。しかし、これ以上迷惑はかけたくない一心で光はぎこちない笑みを浮かべる。

そんな光を見て、瞬と羽美は微笑んだ。

 

「光、強くなってくれ。二度とこんなことを起こさないようにさ」

 

「ワタクシたちのような者を、これ以上出さないでくださいな」

 

「……うん、ボクは絶対強くなる。二度と、自分の目の前で命を取りこぼすことの無いように」

 

「おう、任せたぜ。……さてと、そろそろ本当に時間切れだ。

オレらは、人として死にたいからさ。ちょっくら行ってくるわ」

 

「バイバイ、ですわね」

 

「うん、そうだね………」

 

ここで、堪えきれずに光が涙を流してしまった。

 

「泣くなよ。行きづらくなるだろ?」

 

「泣き虫さんは、縁に慰めてもらいなさいな」

 

この状況でも、光のことを想って笑みを絶やさない。なんて優しい人たちだろうか。

 

「……ボクが二人の前で泣いたのは、今日が初めてだ。それは泣き虫とは言わない。そもそもボクは今日久々に泣いたし。

……二人とも、本当にありがとう。ボクはこれから、二人に恥じないように生きていくよ。

………瞬、羽美、愛してる」

 

「……オレも愛してるよ。もちろん、家族としてだけどな!」

 

「ワタクシも光を愛してますわ。当然、家族として」

 

「はは、それはボクもだよ。

―――それじゃあ……またね」

 

「ああ、またな」

 

「また、ですわ」

 

 

――最後は、三人とも声が震えていた。

光は、瞬と羽美の泣き顔をしっかりと網膜に焼き付け、振り返って走って行った。

 

 

「………行ったな」

 

「………行きましたわ」

 

光が走り去っていった方向に目をやりながら、二人は感慨を込めて呟いた。

 

「形象崩壊、キッツイなぁ……」

 

「ですわね。身体がぐちゃぐちゃに掻き回されてる感じですわ。すごく気持ち悪いですわ」

 

「……そんじゃ、最後の仕事だ」

 

「はいですわ。乙女は可憐に華やかに、ですわ」

 

「ならオレは、乙女は剛毅に艶やかに、だ!」

 

「……その二つの両立は難しそうですわ」

 

「細けーことは気にすんなって!それより、行くぞ!」

 

「はいですわ!」

 

二人は、目の前のガストレアの群れを睨みつけて駆け出した。

 

 

 

 

 

その直後、樹たちの下まで走り抜いた光の耳に、女の子の可愛らしい雄叫びが二つ、聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「……………」」

 

話が終わり、場は沈黙に包まれていた。

 

「……ま、そんなわけで、俺たちはパートナーを失ったわけだ。

それで、あんなふざけたことしてくれた元凶を必ず見つけ出して無惨に殺すために、今まで色々やってたんだよ」

 

樹が再び口を開いた。

華奈や和、夏世はなんと言えばいいのかわからずに、沈黙を保っている。

 

「瞬と羽美、すごい数のガストレア排除してくれたよね。

びっくりするくらい来なかったじゃない」

 

「ああ、そうだったな。想定してた数の三分の一ちょいしか来なくて拍子抜けしたもんだ。

形象崩壊しかけてたのに、ホントにあいつらはすげえよ」

 

「火葬できて、よかったよね」

 

「ああ。ちゃんとお別れも言えたしな」

 

光と樹が当時を思い出して話していると、華奈が言葉を発した。

 

「あの……さっき、政府からの依頼だったって言ってましたけど……その元は調べたんですか?」

 

「ああ。俺たちに依頼を出すことになった直接の要因を作った奴を探し出して聞き出したところ、情報だけ与えられてたみたいだな。

方法は不明だが、一切の痕跡を残さずに本物のガストレアの発生情報を流した奴がいる。

俺たちが襲われたあのタイミングは余りにも的確すぎた。そいつらが瞬たちを殺した原因の黒幕と言っていい」

 

「じゃあ、その人は関係なかったんですね?」

 

「ああ。つっても、その報告のおかげでいい思いをしてたの見て、こいつが間接的な原因なのにてめえだけいい思いしやがって、と考えたらカッとなって殺しちまったけどな」

 

「え………?」

 

なんてことないと言うように衝撃的な事実を告げた樹に、華奈が絶句する。

 

「俺、夏世ちゃんに俺は人のこと言えないってこぼしただろ?あれはそのままの意味だ。

俺には人のこととやかく言う資格なんてないんだよ。殺しに一切の躊躇いや恐怖を抱かなかったからな」

 

樹は少し物悲しそうに言った後、明るい口調で続けた。

 

「ま、あれからコネとIP序列によるアクセスキーを存分に使ってもほとんど何も情報を入手できてないんだけどな」

 

「アクセスキー、ですか?うちは二千七位なんでよく知らないんですけど、八百七十二位ってそんな権限あるんですか?社長のコネに匹敵するくらいに?」

 

「……あ、そうか。三人は知らないんだもんな。忘れてたわ」

 

「何がですか?」

 

夏世が疑問を呈した。華奈と和も同じ気持ちなのか、頷いている。

 

「あの序列、実は嘘なんだよ」

 

「………はい?」

 

「さっき夏世ちゃんが言った序列は、あいつらが殺されてから意図的に流してもらったものだ。

俺たちには大したアクセスキーがないと思わせるためにな。

このことを知ってる奴は限られるから、偽情報に騙されないならそれが情報になるわけだ」

 

「え、じゃあ……社長と副社長の本当の序列は……?」

 

華奈が唖然として当然の疑問を口にした。

樹と縁も躊躇うことなくさらっと答える。

 

「俺と瞬は元二十五位だ。()()()(いつ)()ってな」

 

「私と羽美は元三十四位。()()りってことで、Uはアルファベットの二十一番目だからとこじつけたの」

 

「え、高………!強いとは思ってたけどそんなにだったんですか……。

……あれ?ちょっと待ってください。もしかして、光君も……?」

 

「あ、やっぱり気づいちゃった?」

 

光が舌をペロリと出しながら軽く笑う。

 

「う、うん……。社長と副社長のこじつけ方を考えると、()()()()()るだろうから……九十二位!?」

 

珍しく華奈の推理が冴え渡る。

 

「正解。改めて名乗ると、IP序列九十二番の立花光と」

 

「立花舞です」

 

「「これからもよろしく」」

 

「あ、よろしくお願いします……」

 

瞬と羽美の壮絶な最後を聞いて受けていたショックは、衝撃の情報に吹き飛ばされた。

和と夏世も呆然としている。

樹が咳払いをして三人の意識を呼び戻しつつ、締めくくる。

 

「まあ、一応関係ありそうなとこの情報は集めてるが、まだ確定じゃない。それに少し違和感があるから、今は動くことはできない。

向こうはこっちの事情なんて知ったこっちゃないから、これからは気を付けておいてくれ」

 

「「「はい」」」

 

こうして、立花民間警備会社の面々は、認識を新たにした。

 

 

 

 

 

 

 

―――その日の夜。

 

光が付けていたイヤホンに、着信があった。

そろそろ外そうと思っていた側からこれだ。

 

舞はすでに寝入っている。

今日の式典で気を張って、疲れてしまったのだろう。

 

光はめちゃくちゃ訝しみながら応答する。

樹ではない。樹は今家にいるのだ。話があるなら直接部屋に来ればいい。

―――ということは、相手は部外者の何者かだ。

 

 

「――もしもし?」

 

『ヒヒ。元気かね、光君?』

 

「――影胤さんですか。すごいですね、どうやってこの番号を?」

 

『それは言えないなぁ。クライアントに関わることなのでね』

 

光は、目を細めて今の発言に言及した。

 

「それは今回の件のですか?」

 

『――何のことかな?』

 

「とぼけないでくださいよ。まあ今回の場合はクライアントというよりは共犯者だと思いますが。

天童菊之丞さんが関わってらっしゃいますよね?」

 

『……クク、君は本当に私を楽しませてくれる』

 

そんなことを言う影胤に対して、光はため息を吐きながら言った。

 

「僕にはそんなつもりはありませんよ……。情報源はお父さんですので」

 

『だが、君だって自分で考えたんだろう?その上で、矛盾がないからこうして断定しているわけだ』

 

光はこめかみを抑えると、疲れた表情で吐き捨てた。

 

「……えーえー、そうですよ。全く、ホントに貴方はやりづらい人ですね」

 

その光の言葉に、影胤はケタケタ笑いながら返してきた。

 

『ククク、それは心外だな。君を相手にすることに比べれば私なんて可愛いものだよ』

 

「どこがですか。………この話は平行線を辿りそうですね」

 

『そうだな。これはお互い様ということだろう』

 

「それで?本当は何のご用だったんですか?」

 

『いやなに、私が生きていることを伝えておこうと思ってね』

 

……その発言に、光の中で何かが切れかけた。

 

「………つまりは嫌がらせですかそうですかそうなんですね?

僕のことをある程度理解している貴方なら、僕が貴方の生存を確信しているのも予想できたでしょうが。

それをわっざわざこの回線まで使って………暇人ですか貴方は!」

 

『ヒヒ、そう怒るな光君。早死にするぞ?』

 

「余計なお世話ですよ!」

 

『ヒヒヒッ、君と話していると楽しみが尽きることはないね』

 

「……そんなものはさっさと尽きてしまえ。というかあんたはさっさとくたばれ」

 

『お、ついに口調が崩れたね?私は絶対に口調を変えさせてみせると意気込んでいたんだよ』

 

影胤が仮面の下でニヤニヤしているのが見て取れる様な声音だった。

光の中で、何かが完全に切れた。

 

「知らないよそんなの!もう影胤さんに敬語は使わないからな!

ついでに言っとくと、ここまで僕の言葉が汚くなるのあんたくらいだぞ!己を恥じろ!」

 

『ヒヒ、それは私が特別ということじゃないか。光栄だね』

 

「あ、ダメだ。この人、人の話聞いてない。

―――はぁ。もういいでしょ、本当に何がしたかったの?」

 

『ふむ。なら真面目に答えるか。

光君、君は気にならないのかね?何故、天童菊之丞が今回の一件を引き起こしたのか』

 

「いや別に」

 

光は即答した。

 

『……ん?今、何と?』

 

「いやだから別に何も。菊之丞さんが何を考えてようが関係ないよ。

僕は守れる限りの守りたい人を守るだけだ」

 

『………なら、その覚悟を是非とも持ち続けてくれたまえ。我々はいつかまた会うことになるだろう。

その時までその意思を貫き通せているのか――――見せてもらおう』

 

「言われなくてもそうするつもりだよ。では、いずれまた」

 

『ああ。またいずれ』

 

そう言い残し、影胤は通話を切った。

 

 

 

 

「………誰に言われなくても僕はこの誓いを守り続けるよ。それがあの二人との約束だ。

復讐するまでも、復讐した後も、ずっと持ち続ける。だから、見守っててね、瞬、羽美。おやすみ」

 

窓から月を眺めながら(そら)にいる二人に向かって告げる。

その後に、光は眠りについた。

 

 

 




この話を書いてて、軽く泣きそうになりました。
悲しい設定は無駄に思いつくんですよねぇ……。

次回は、小話を挟もうと思います。
長槍とかへし折れましたから。
その辺の色々とかも含めた日常描写です。

では、感想等ありましたらお願いします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。