似たようなドアが立ち並ぶ小綺麗な建物。
その内の一つ――セキュリティの厚いドアの向こう側は、キッチンと一体化のリビングを外すと部屋は実質二つしかないが、その内の一室は寝室として使われている生活感溢れる小さな部屋。
その部屋の容量を最大限に活用するように配置された、必要最低限の家具と大型の本棚。
傷まないようにはされているが、様々な分野の本がギッシリと詰め込まれており、入りきらない物が床に整理されて積み上げられている。
部屋の隅には箱が置かれ、その中には多種多様な機械が収められていた。
こじんまりしたベッドの側面の壁には棚が設けられており、とある同じ人型機動兵器をモデルとしたミニチュアがサイズごと、ポーズや武器を構えて置かれている。
そして、この家の主はそのベッドの上――伸ばして休める大きさの身体を丸めて、等身大のぬいぐるみに抱き付いて眠っていた。
スヤスヤと安眠を貪っている少女。
不意にその少女の両の眼が開かれ、むくりと起き上がる。
「急がないと……完成のために」
少女の眼は、この家のもう一つの部屋に通じるドアに向けられ――。
カタタタタタ……!
悶々と熱気を放つ部屋の中では、凄まじい勢いでキーが叩かれていた。
ほとんど止まることなく動き続ける指の下、キーボードの文字盤に書かれていたキーの名称はその大半が消え去っており、それでも作業には何の影響も出ていないようだ。
明かりとりと換気位にしか使えなさそうな窓が付いた小さな部屋。
その部屋の大半を占めている、U字形の机の上に置かれた三台の端末。
三台全てが起動し、その内の二台の前に斜めに向かい合うように座って、それぞれのキーボードに片手ずつでの入力作業が行われていた。
その紅い眼は最小限の動きで、高速で流れるログや表示されるデータ、二台で異なるそれら全てを捉えていた。
下着姿で入力している少女――エルミア・エインの全身には、びっしりと玉のような汗を浮かんでいた。
汗は重力に従って下に滴り落ちているが、この部屋に敷かれた毛長のカーペットに全て吸収されている。
部屋に取り付けられた冷却機には『10』の数値が表示されているにも関わらずのその状態に、しかしエルミアの顔には何の表情も浮かんでいない。
暑さを暑さとして認識していないほどに、彼女の意識は目の前の事項に集中していた。
片側では入力を続け、もう片方は記録して終了……そのまま別のデータを立ち上げる。
「誰にも邪魔はさせない。全ては……」
(――怖い怖い怖い怖い! もう嫌だ、寄るな来ないで!?)
(大丈夫だ! 俺が護ってやるから)
(怖がらなくて良いの。ここにはあなたに危害を加える人はいないわ)
(まだ間に合うな、ドクターが帰る前に捕まえてくる。ゼブはすまないがその子を。俺は……苦手だ)
綺麗よりは可愛いと言われる顔を僅かに歪める。
「く……誰にも……全ては……」
※ ※ ※
その作業を幾度か繰り返し……やがて、終わりの時を迎えた。
「っはぁ……はぁ……はぁ……」
作業を終え、動きを止めた震える両手は机に乗せられ、倒れそうなほどに生気を失い青ざめた肌の身体を支えている。
両手の震えは全身からのものだが、普通の汗から脂汗と変わりつつあっても、彼女はその状態で三台目の端末へと向き直る。
それは他の二台と違いキーボードの類は無く、大きなモニターだけの機器。
「入力、設計は完了。後は……実戦データを」
モニターに、『set up』と『loading』の文字が表示される。
「求められているのは、ライグに代わる……許せない、上級指揮官機。でも、ベースはあくまでもライグ」
淡々と書類を読み上げるように話すエルミア。
一部だけ感情が籠められていたが、それ以外は大きな変化は無い。
モニターには、彼女の所属する組織で使われている人型機動兵器――ライグ=ゲイオスが表示されており、そこからいくつか線が引かれていた。
そして、彼女の周囲に次々と四角いパネルみたいな“非実体のモニターが起ち上がる”。
それと同時に窓が塞がり、合わせて部屋の証明が落とされると各モニター以外の明かりが消え去った。
エルミアはパネルに手を向けると、素早く指を走らせる。
闇に閉ざされた世界で、目の前に共和連合と敵対している国家の艦隊が“現れる”。
旗艦と思しき巨大な花みたいな艦と、五隻の随行艦で構成されているそれらから、虫に酷似した多数の機動兵器を射出させてきた。
みるみる距離を詰めてくる強行偵察用機動兵器群を、オレンジ色の光が一直線に貫いた。
後方へと連鎖的に爆発の花が咲く。
「ライグの発展後継機、性能を単純に強化した機体〔オーグバリュー〕。威力を控え目に、収束時間を早めたライグのギガブラスターを腹部に搭載」
右に伸びた二本のラインの内、一本が点滅しそこから機体性能のデータが表示される。
白とオレンジで塗装されたその機体の両肩横には、ライグや他のゾヴォークの機体とは違う独特な形状のドライバーキャノンが装備されていた。
「実体剣を廃し携行率重視のロングレーザーソード、両脇腹には連装ミサイル」
ミドルレンジ――密集している辺りにミサイルをばらまき、そのほとんどが小破や中破止まりだが、当たり所が良い(悪い)モノはそのまま動きを停止する。
最接近する機体には右手から伸びたエネルギー剣が振るわれ、斬られた機体はその身をゆっくり分かたれ、火花を散らしながら両断されていく。
第一波を退けたオーグバリューの、両肩にあるドライバーキャノンが動く。
上側にあった砲口が開きながら90度展開し、左右一発ずつ、続けて形状の違うエネルギー弾が二発ずつ放たれる。
先に放たれた二発は、第二波の兵器群の後方……こちらに砲を向けていた二体の黄色い支援砲撃用の機体、そのフェイスを貫通してもぎ取っていく。
その衝撃のせいか、失った頭部の部分から光が迸りやがて自壊へと繋がっていく。
「優先する機能の関係で集束型でこそ無いものの、高い貫通及び破壊力を持つ取り外し可能な可能なツインドライバーキャノンと」
後の四発は均一の距離を保ちながら、兵器群の突入ルートを囲うように空間で静止する。
兵器群がそこに侵入すると、その四点を結んだ正四面体の内部に雷撃が生まれ、空間内の物体に容赦無く襲いかかる。
「空間指定型のMAPW――大量広域先制攻撃兵器――であるプラズマ・リーダー。そして……」
開いていた砲口を閉ざし、下側――現在は後方にある円錐になっている部位が上を向くように270度展開する。
射程距離内にいる敵には連装ミサイルを撃ち放つと背部のバーニアを噴射、敵機群の中へと突入していく。
ライグ=ゲイオスよりも大型の機体だが、それを感じさせない機動性。
無数の実弾やエネルギー弾の中を突っ切り、敵機の横をすれ違い様にレーザーソードで斬りつけていく。
いくつか避けきれずに出来た小さな傷は、自己修復機能で少しずつ塞がっていく。
目標地点――散開していた随行艦の一隻にほど近い場所。
主砲の射線外から、そして対空砲火の合間を縫って機体を静止させる。
「オーグバリューが切り札、ゲインシューター」
――こちら側からは見えないが、オーグバリューのツインアイが鋭く輝いていることだろう。
二本のドライバーキャノンが共鳴し、そこから重力波が発生――周囲へと拡がりながらフィールドを形成していく。
こちらに向かってきていた部隊が、ソレから逃れるためにルートを変更しようとするもあえなく、重力の結界へと捕らわれる。
やがて一定範囲まで拡がったフィールドは、内部の重力を一層強め……戦艦を機動兵器ごと圧し潰していく。
エルミアの指が動き、再びパネルを操作する。
モニターの右に伸びていたもう一本のラインが点滅し、次の機体が表示される。
「正確にはライグの発展後継機ではない本機。ライグと比較すれば攻撃性能は余り変わらず、防御性能を犠牲に機動性を高めた〔ビュードリファー〕」
赤を基調色とした脚部の無い、どこか女性に似た印象の半人型の機動兵器。
その特徴と共に眼を引くのは、両腕がそれ自体を武器としても使えるクローアームとなっていること。
「こちらは既にデータに上がっている通り、外装ではなく内蔵装備を使用する」
静止状態からの急加速。
重武装かつ重装甲のライグはもちろん、発展型のオーグバリューにも勝る機動性。
両手のクローアームの先端部から光が迸り、オーグバリューよりも幅広のレーザーソードが構成される。
離れていたことからゲインシューターに巻き込まれずにすんだ機動兵器部隊に、急接近したビュードリファーは回避行動を取ることすら許さずにレーザーソードを振るう。
足を止めて辺りを薙ぎ払い、まとめて爆散させたビュードリファーは急発進。
後からその場をエネルギー弾が数発通り過ぎた。
そちらを確認すれば、遠方に今のを放った砲撃用の機体が五体。
次々飛来する砲撃を無茶にも思える機動で全て回避し、逆にビュードリファーは背面部から無数のミサイルと、円盤状の物体を三つ射出する。
四方八方から襲うミサイルと、それ自体が高速回転しつつ三本のブレードで斬り裂くトライドライバーの変幻自在な動きで翻弄された所を、白い光の奔流が飲み込んでいく。
「高速機動をしても操者には負担をかけない緩和システム。ロングレーザーソード。MAPWとしても使用出来るマイクロミサイルに、大口径のビーム砲」
放ったばかりで、胴体の中央部から光の残滓を散らすビュードリファー。
しかし――。
「そし……て……う……ぐ……」
パネルにノイズが走り乱れていくと、それに合わせて部屋の中に広がっていたに消え去っていく。
消える直前に映っていたのは、相手の旗艦である花型の艦と正面から撃ち合う赤い機体。
「重……装甲砲撃戦機動兵器〔セイグラム〕。近遠距離……戦対艦巨大決戦用兵器〔バラン=シュナイル〕。対……用……器〔グラン=シュナイル〕」
膝から床に崩れ落ちるエルミアの手の中には、いつの間にか一枚のディスクがあった。
「ふ、ふふ……私は間違っていない……こん……のあたし……じゃない……運命なんか信じない。あたしはあたしの……鎖……」
うわごとのように呟きながら、完全に意識を失ったエルミア。
そして、この部屋のドアノブが回り、扉が開かれ――
魔改造って好きですか?