スーパーロボット大戦OG ~求める存在~   作:ショウマ

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求めるモノ

 

 

 ――……。

 

「今朝はな~つかしい頃の夢を見たと思~ったんだよなぁ」

 

 手で押されて奥へ少し引っ込んだ壁が、音を立てず横にスライドされていく。

 

 その様子をロフやセティと共に眺めていたゼブの脳裏に、今朝見た夢の懐かしいやりとりが余切る。

 

 見つけ出したテスタネットの研究施設は、あの日、エルミアが倒れていた壁の向こう側にあった。

 

 入り口は隠されたこの一ヶ所だけ。

 

 地下にはだだっ広いスペースがあり、DG=シュナイルを置いてあったと思しき痕跡も見つけた。

 

 五階建ての建物だが、二階より上の部分には何もなく、こちらは最初から使うつもりが全く無かったらしい。

 

 かといって、一階にある研究施設にしてもここ数年は使われた形跡は無く、所狭しと置かれた器具は多量の埃を被っていた。

 

 薬品なんかの類いも全てカラ、あるいは処分済みで残っているモノも無い。

 

 システム端末と繋がっている人一人が入りそうなカプセルも、おそらく望みのモノが得られない苛立ち紛れだろう、破壊され無惨な姿を晒していた。

 

 実験の詳細が事細かに書かれた概要書も、床に投げ捨てられていたものを発見した。それを読んでいたセティは吐き気でも覚えたかのように顔をしかめ、即座の処分を敢行する。

 

 そして、この日行われた数時間をかけての調査は、結局彼らの求めていた情報が得られずに終わってしまった。

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 ゾガル……いや、テイニクェット・ゼゼーナンによる地球進攻と、テスタネット・ゼゼーナンの野望が潰えてから、三日の時が経過していた。

 

 艦隊連続消失事件も含めれば、必要な報告書の類いはかなりの量だ。三日という時間も、大半はそれらの残務処理に費やしている。

 

 そして――

 

「ハイ」

 

「……ああ」

 

 開いた窓から、爽やかな風が入り込む。

 

 室内にあるベッドはシーツや布団が綺麗に畳まれており、枕元には人間大のヌイグルミが鎮座している。

 

 その脇にある小さな机の上には、サイズ以外は本物と見紛うほどに精巧な作りのライグ=ゲイオスの模型が置かれていた。

 

 それも二つ。通常のと紫の塗装が施されたモノだ。

 

 さっきまでここに誰か居たような雰囲気の、この数日で見慣れた部屋。

 

 そして、その人物だけが抜け落ちた光景。

 

「モベ、行こうぜ」

 

「了解だ」

 

 親友を促し、踵を返す。

 

 キチッと制服を着こなしているハイは最後に一度振り返ってから、部屋を後にした。

 

「ゼブリーズ隊長、予想通り病室から姉御が脱走しました!」

 

 駆け足で通信を入れながら。

 

 

 

 前身のゲイオス=グルードの設計思想を受け継ぎ、ライグ=ゲイオスもパイロットの生存を第一に考えられている。

 

 上級指揮官機ということもあって、グルードよりもその辺りはさらに高められていた。

 

 もちろん、元が同じゼフィリーアもそうだ。

 

 悪魔の全てが消滅する閃光と爆発が収まった跡に集まってきたゼブ達五人は、原形を留めていないゼフィリーアの残骸が漂っているのを発見する。

 

 残骸――脱出機能を備えたコクピット部分だけを残して。

 

 回収した後に、ゼブ達の率いていた地球からの帰還艦隊と合流。本国に戻ると同時に、エルミアは集中治療室に送られることになった。

 

 仕事の合間に、ゼフィリーアのブラックボックスを解析したセティ。

 

 それにより分かったことは、エルミアが『生きようとしたこと』だった。

 

 それは本当に無意識だったのだろう。

 

 被弾の直前になって、全エネルギーを扇状に展開したレーザーソードとバリアに回し、機体を盾にしてまでコクピットを護ることだけに集中させていたのだ。

 

「あれだけ言って、覚悟を決めて無理矢理押し切ってやっちゃったってのに」

 

 あの時から変わったようには見えない高台からの景色を眺めながら、少女は肩を竦める。

 

 今の彼女は、病院を抜け出してきた時の寝間着姿だった。

 

 買ってはみたものの、結局暑くて一度も着たことがないバスローブタイプで、長めの裾が風に揺れる。

 

 手すりに両手をついて身を乗り出すようにしていた少女が、クルリと背を向けた。

 

 汚れることを気にせずに地面に座り込むと、たった今まで手を置いていた手すりに背中をもたれさせる。

 

「それで生き残っちゃったら、なんか気まずいし格好悪いじゃない」

 

 そのままの姿勢で、ボーッと空を見上げる。

 

 ここは彼女にとって、大切な場所の一つだった。

 

 あの日――自分が“あたし”として産声を上げた時から。

 

 最近はここに通う時間が取れなかったが、エルミアにとってここが出発点には違いない。

 

 任務も何もないとき、少女はここでボーッと過ごすことを好んでいた。

 

 隠れた人気スポットのため誰かがいることもいることもあるが、その時はこの高台内の別の場所で過ごし、居なくなってから改めて出直すほどに。

 

 モヤモヤした気持ちを洗い流し、リフレッシュする――ここは、少女にとってそういう場所なのだ。

 

「これから……どうしよっかな」

 

 それは意識して言ったわけではない。

 

 呼吸のように、ただ口を突いて出ただけ。

 

 体調は悪くない。

 

 あくまでも、今エルミアが感じている分には。

 

 日常を過ごしている時に巻き戻ったかのように。

 

 思い当たる節は一つ。

 

 ゼフィリーアに使用していたズフィルード・クリスタル。

 

 それの持つ四つの性質の一つにして、他は危険と判断して削った中で残した能力――自己再生能力。

 

 機体の自動修復だけに止まらないその再生能力は、搭乗するパイロットにも及ぶという。

 

 もしかしたら、その機能が自分にも作用したのかもしれないと仮説を立てていた。

 

 もちろんその効果を見たことはないが、その原理を理屈として知っている。それが、テスタネットが言っていた“こことは別の世界の知識”なのだろう。

 

 深層心理にも近いが、そちらに意識を傾ければズフィルード・クリスタル以外にも様々な知識や事柄が浮かび上がってくる。

 

 あちらとこちら。二つの世界にどれだけの共通点があり、それらの知識がどの程度活用出来るかも分からないが。

 

 しかし、肝心の“自分を生かすための知識”だけが抜け落ちていた。

 

『使役される人形には不必要』ということで、最初から与えられなかったのかもしれない。

 

「どうすれば良いかな」

 

 落ち着いている今はまだいいだろう。

 

 だが、自分に必要だという調整が出来ないのであれば、緩やかに訪れる死を待つしかないのだ。

 

 テスタネットがメモを残しているようなことも、おそらくない。

 

 あの男が書くのは仮説と経過だけであり、知識については自らの頭脳の中だけで完結している。

 

 定期検査と身体の状態が酷いときには麻酔をかけられていたため、彼がどのようにしていたのかを知らない。

 

 つまりは、エルミア自身で見つけるしかないのだ。

 

 研究するか……“知識のある場所”に出向いて得るかによって。

 

 そこは、バルマー本星。

 

 それも、中枢。

 

「無理」

 

 辿り着くまでもだが、何よりの問題として教えてもらえるはずもなく。

 

「自分で研究しながら、一か八かで医務室を探すしかないかな」

 

 手がかりなど無いとは思うが、他に手はなかった。

 

 戦闘を行わずに負担をかけないようにすれば、それなりに保つかもしれない。

 

 もしくは……、

 

「最初から諦めて出てくってのは無しだからな」

 

――自動修復されていればゼフィリーアで、機能が死んでいれば他の機体を借用して……誰にも見付からないどこかでヒッソリと。

 

 そんな考えを見越したかのような言葉が、少女のすぐ近くから聞こえてきた。

 

「ゼブ? ……みんなも」

 

 カクンと正面に視線を戻せば、いつの間にか見知った五人――ゼブ、セティ、ロフ、部下二人――と見慣れぬ男女の二人組が居る。

 

 その二人の内、気っ風の良さそうな男の方は資料で見たことがあった。

 

“元”ウォルガのメキボス・ボルクェーデ。

 

 ゾガルよりも先に地球に侵攻した部隊に、他四人の指揮官クラスと共に参加。紆余曲折の末、彼以外の四人と共に部隊は壊滅、彼自身も重傷を負ってしまう。

 

 その作戦失敗の責任を取らされた結果ウォルガから追放、枢密院入りをしたというゼブ達の友人だ。

 

 エルミアは話したことはないが、ゼゼーナンの計画について調べている際、彼女の情報網に彼と彼に託された使命の情報も入ってきていた。

 

 もう一人の、黒髪に眼鏡の女性については覚えがない。ただメキボスの背後に控えるように立っているため、彼の関係者なのだろうと見当をつける。

 

 他の五人だけでなくその二人も複雑そうな顔をしているため、ある程度の事情は知っているようだ。

 

「よく分かったわね」

 

「“素の”エルちゃんが考えそうなことだからな」

 

 いつもの口調ではないのは、エルミアに対し含むところがあるからだろう。素というのを強調していることからも、現在の彼女の状態を完全に見破っているようだ。

 

 そんなゼブに、昔の自分を思い出したエルミアは苦笑いを浮かべる。

 

 そういえば自分を変え始めたのもあの日からかと、当時の記憶が甦ってきた。

 

「考えはしたけど、実行はしないわよ? そんなの、“今の”あたしの趣味じゃないしね」

 

 そして、少し幼い自分が目指した道標を。

 

 両頬から小気味よい音を響かせて、自らに渇と気合いを入れ直す。

 

 そう、自分はあの時に誓ったはずだ。

 

 明るく、元気に、生き抜くために。

 

「では、どうする?」

 

「決まってます。ギリギリまで、最期の最後まで足掻いてみせます!」

 

 だからこそ、ロフの問いに力強く答えることが出来た。

 

「エール~? さっきまでとは、随分顔付きが変わったじゃない? ドン底みたいだったのに」

 

「ふふーん! 見失ってた自分を取り戻しただけよ、セティ姉」

 

 からかうようなセティに対しても、エルミアは明るく返事を返す。

 

「さすがは姉御!」

 

「それでこそ、です」

 

「当然でしょ!」

 

 少女が意識不明の昏睡状態だった時には沈んでいたハイ達も、勝ち気な笑みを浮かべる上司の姿に心から安堵していた。

 

 目の前の状況を見ていたメキボスは「なるほどな。噂通り、賑やかな嬢ちゃんだ」と、明らかにコレを楽しんでいる。

 

「ガヤト」と、後ろに控えていた女性に何ごとかを囁く。頷き、端末らしき腕時計を弄るのに任せると、メキボスは深くタメ息を吐いているゼブにニヤニヤした顔を向けた。

 

「ゼブ。お前も大変そうだな。……いや、これからもっとか?」

 

「メキちゃん、楽~しそうだな」

 

「まあ、他人のを見てる分にはな。自分に降りかかってくるのは勘弁だが」

 

 ゼブも言い返そうと口を開きかけたのだが、メキボスと彼の背後に視線をやっただけで、そのまま取り止めてしまう。

 

 ただ、「その言葉、後悔しても俺は知~らないからな」と、口の中で呟く。

 

 メキボスをそのまま放置したゼブが、セティやハイ達に囲まれてやりとりをしている少女の方へ向かい始めた時だった。

 

 突如、風向きと強さが変わる。

 

 気持ちよく吹き抜けていたソレは、叩き付けるような逆風へと。一同は突風から顔を背けたり、咄嗟に腕で庇っていた。

 

 風はその一瞬だけですぐに吹き止んだが、

 

「ぶわっ!?」

 

 ハイが慌てたような声を上げる。

 

 顔を上げてそちらを見れば、ハイが顔に貼り付いたソレを不思議そうに手に取っていた。

 

「な、なんだ……って、うちの制服?」

 

「一般隊員……それも女性用のが二着だな」

 

 相棒が両手に摘まみ上げているのを見て、モベがそれの正体を答える。

 

 確かにそれは、この場に居る者にはとても見覚えがあるものだった。

 

 いつもの調子の彼に、ハイは憮然とした表情で口を開く。

 

「モベ、それくらいは俺だって見りゃ分かる。そうじゃなくて、なんでそんなもんが――」

 

「いないはずだね?」

 

「いないはずだよ」

 

 そんなハイを、頭上からの声が遮る。

 

 手すりより数メートル向こう、何もない空中に立つ二人の人物。

 

「なっ!?」

 

「う、浮いてる?」

 

 腿辺りから前開きな純白のロングコート。

 

 風になびく銀の髪に、顔を覆い隠す銀の仮面。

 

 ゆったりとしたコートで分かりにくいが、丸みを帯びた身体つきから女性だということが分かる。

 

 二人は鏡写しのようにソックリではあったが、片方の人物は右腰に手を当てた状態で、イライラとつま先を上下に動かしていた。

 

 仮面越しの視線は、ただ一人の人物へ。

 

「違うわ。機体がある、見えないだけ」

 

 先程の風で乱れた着衣を整えながら、立ち上がったエルミアがスッと目を細める。

 

 真っ向からぶつかり合った視線が火花を散らす。

 

「この距離で、駆動も姿も悟らせないなんて」

 

「おそらくさっきの風もワザとかと。機体反応は全くありません」

 

 セティとガヤトも、それぞれの知識によって相手の性能を測っていた。

 

 同時に歯噛みもする。もし相手が自分達を害するつもりなら、とっくに出来ていたであろうことに。

 

 ゼブとロフ、それにメキボスが動こうとしたのを、エルミアが止める。

 

「あたしに任せて」と伝えると、仮面の女性二人に向かって不敵な笑みを浮かべた。

 

「初めまして、ね? あの状態から脱出してたんだ」

 

「初めまして。準備はしてあったよ?」

 

「初めまして。捕まってる時はこの子を呼べなかっただけ」

 

 この子というのが、今そこにある機体なのだろう。

 

 イライラした方が先に喋り、後からの方は挨拶しながら軽く会釈している。

 

 見た目と声はそっくりだが、性格といった内面で違いがあるようだ。

 

「それで、わざわざこんな所まで来て、何か用なのかしら?」

 

「そうだよ?」

 

「借りを返しに」

 

 その言葉に、エルミアは思わず眉をひそめる。

 

「助けた借りは、テスタネットを倒す前に送ってきたやつじゃないの?」

 

 問うと、二人は同時に首を左右に振った。

 

「違うよ?」

 

「あれは敵を倒すのに必要なこと」

 

「あいつは私達にとっても敵だから」

 

「ただ、この子があってもあの時の私達には、もう戦う力が残っていなかった。帰還するのがやっと」

 

「で、あたしに代わりに倒させたと」

 

 それで納得したわと、頷くエルミア。

 

「でも、それって随分勝手な話じゃないかしら? 自分達はさっさと退き上げて、エルにだけやらせるなんて」

 

 憤然とした様子のセティに、二人はチラリとだけ視線を向けた。

 

「だから、そこの二人が逃げられるようにしてあげたよ?」

 

「自分達だけなら、出口まで待たずにこじ開けてこの子を入れてた」

 

 あくまでも五分の取り引きだと、そう主張する。

 

「セティ姉。納得はいかないだろうけど、この二人には言っても無駄よ。価値観が全く違うんだから」

 

 収まりがつかないという姉を落ち着き払った声で宥めているエルミアだけが、一行の中で平静を保っていた。

 

 他のメンバーはそれぞれに警戒や不信感を露にしており、艦隊消失事件を知るハイに至っては敵愾心を全開である。

 

 テスタネットを確実に倒すためとはいえ、命を賭けさせる行為にセティが怒るのも無理はない。

 

 少女にタイムリミットが迫り、彼女が特攻するつもりだったことに気付いていたとしても。

 

 もしかしたら他に方法があったかもしれないのに、あの二人が特攻を後押ししたようなものだ。

 

 それに、エルミアとしても表には出していないというだけで、二人を許した訳ではない。あれだけ好き放題されたのだ、彼女達との関係は敵だとハッキリ断言できる。

 

 結果的に助けることになってしまっただけで、もともとは意趣返しだったのだから。

 

 もちろんそれは、相手も十二分に理解しているのだろう。特にイライラしている方は無邪気そうな喋りとは裏腹に、エルミアを睨んでいるのが仮面越しにも分かる。

 

 ――場は緊張感に満ちていた。

 

「それじゃ、聞きましょうか? 消耗しきって完全に回復していないあんた達の、返す借りってのを」

 

 上下に動いていた足の動きが止まった。

 

 腰に当てていた手を後ろに引き――

 

「グボァッ!?」

 

 ボーリング玉を床に落としたかのような音が響いたのと、ハイが呻き声を上げるのは同時。

 

「あ……れ?」

 

 目にも止まらぬ早さで腕を振り上げた女性も、茫然と自分の手を見つめて固まっていた。

 

「サメフ!」

 

 ハイが大きく仰け反ったまま後方に倒れると、もう一人の仮面女性が横の仲間に向かって激しい剣幕で叫ぶ。

 

 誰よりも早かったそれは聞いていた者が思わず息を飲むほどの迫力があり、サメフと呼ばれた女性もかなり慌てた様子で、

 

「ちょ……ちょっと手が滑っただけだよ! 確かにアレにもムカついてたけど、今のは違う!」

 

「そうだとしても、こちらの落ち度となる。私達がミスを犯すということは、すなわち父様のお顔に泥を」

 

「分かった……分かってるよ、ヌン」

 

 相手――ヌンというのがそうらしい――の小言を遮ると、サメフは今の行為でより刺々しい視線に変わったエルミア達の方に向き直り、

 

「エルミア・エイン」

 

 静かに宣言する。

 

 真っ直ぐエルミアを指差すと、

 

「命の借りは命で返す」

 

 ツイと指先を動かし、倒れたハイを――彼の顔面に乗っている数百ページはありそうな厚めのファイルの所で止める。

 

「それはあなたと同じ、指揮官型ハイブリッド・ヒューマンに関しての、資料の一部。私達の権限で手に入れた、今のあなたに必要な箇所」

 

 本人を含む、事情を知る者達の顔が一斉に変わった。

 

 ハイを抱き起こしていたモベが、そのファイルを手に取る。

 

 手にズシッとした重みが伝わるが、それとは別の理由で片眉を跳ね上げた。

 

 そこに書かれている文字が読めないのだ。

 

「私達の国の文字。エルミア、あなたならば読めるはず」

 

 言われて、モベの持つソレに視線を落とす。彼女の言葉通り、読めることだけを確認するとすぐに視線を戻す。

 

「そしてそれは、父様から許可を得ていない……私達の独断でもある」

 

 何故か自信満々に言うサメフ。何も反応しないところを見ると、これはヌンも承知の上のようだ。

 

 そして二人は、いつものように交互に喋り始めた。

 

「私達は負けた」

 

「私達は成果を示すことが出来なかった」

 

「だから、勝たねばならない」

 

「あなたと、あなたの機体に」

 

「あなたに死なれては困るんだよ?」

 

「父様のために……私達のためにも」

 

 二人は告げる。

 

 あなたを倒すのは、この私達だと。

 

 現れた時と同じく、風が吹き始め砂埃を巻き上げていく。

 

 どうやら引き上げるつもりのようだ。

 

「逃げる気か!?」

 

「舐めたマネをしてくれた礼を、まだ受け取ってもらってないぜ!」

 

 二人が帰るということを察したロフとメキボスが、眼を庇いながら声を張り上げる。

 

 しかし、強く吹き付ける風が動きを牽制し、阻害していた。サメフはその姿を見ながら肩を竦める。

 

「あなた達――共和連合の誇る勇士達と戦うのは、私達の役目ではないんだよ?」

 

「命令が下されればその限りではないけど。私達は、あなた達を相手にするつもりはない」

 

「なに!?」

 

――そう、命令に無い行動をするのは今回限り。

 

 仮面を通しての射抜くような二人の視線は他の者達には目もくれず、自分達の中でただ一人の好敵手と定めた相手へと。

 

「エルミア・エイン。私達は……私はあなたに負けたわけじゃない。“もう一人のあなた”が偶然勝ちを拾っただけ! 次は絶対に、あなた達には負けない!」

 

「予告する。きっと、あなたは父様の計画に必要となることを。ならば、いずれ私達はまたあなたと戦うことになる。しかし、命令以上に万全のあなたと、あなたの機体を倒すことに意味がある。それまで、負けることは許さない。あなたを倒すのは私達と、この“トロメア”なのだから」

 

 心の奥底に秘めていた激情を解き放ち一方的に言葉を吐き出した二人の姿は、現れた時と同じく唐突に消え去った。

 

 辺りを見渡しても、もはや影も形もない。

 

 試しにメキボスが、そこらの石を拾っては投げを繰り返し、本当にいないかを確認している。

 

「なんなの、アレは? 好き勝手なことを」

 

「セティ姉、考えても無駄だって。あの二人、出会った時からあんな感じだし。しかも、ゲーム感覚で自分達の都合だけを押し付けまくる。それだって、常人には理解不能の代物だし」

 

 呆れ顔のセティにため息一つ交えて答えると、エルミアはモベから手渡されたファイルをパラパラと捲り始めた。

 

 命を助けられたからと敵の命を助けにくる。

 

 こちらの指揮官をまとめて倒せるチャンスだったいうのに、興味は無いとばかりにそんな気配もまるで見せず。

 

 何よりも理解出来ないのは、あの二人も実は瀕死だったということだ。あの言動でそんな素振りも全く見せなかったが、エルミアにはそれが何故か分かってしまった。

 

 そんな状態でこのファイルを持って来たのだ。最後のあれは本音だろうが、それと合わせて『やられた意趣返し』に来たのならば、やはりその自尊心は途方もなく高いらしい。

 

「バルマーの奴らか。クソ面倒なヤツラだな」

 

「(ヌンとサメフ……そういえば、地球の言葉を調べている時にそんな単語があったような。どこの言葉だったっけ? 後で調べないと、何かの手がかりが得られるかもしれない)」

 

 セティと同じく疲れた様子のメキボスと、そんな主人の横で黙考するガヤト。

 

 その一方で、ゼブとロフは渋い顔をしていた。

 

「侵入から撤退まで、こちらのレーダー網にはかすりもしなかったか」

 

「なーかなか面倒な相手だぁね。こりゃ早急に対策を練らねぇと」

 

 兵士が駆けつけるどころか、警報の一つも鳴らなかったというのは非常にまずい事態である。

 

 今回は何もせずに帰っていったが、同じ性能の機体が大挙して押し寄せて来たら、それによってもたらされる損害は甚大なものになるだろう。

 

「そうね。あたしもちょっと考えてみるわ。……ところで、エル。それは使えるの?」

 

 難しい顔をしている妹分に声をかけてみると、彼女はファイルを捲る手を止めて「ん~……」と唸り始めた。

 

 少女の答えを待って一同が注目する中、

 

「使える……とは思う」

 

 エルミアはやや自信なさげに言う。

 

 その答えに一同は「おおっ!」と思ったが、すぐにそれならその曖昧な表現と態度は何だと疑問を浮かべる。

 

「どういうこと?」

 

「だって、言葉は分かってもあたしはソッチに興味とか無かったから」

 

「専門用語でズラズラっと書かれてもサッパリ」と、エルミアは愚痴を溢す。

 

 自分の生い立ちや成り方について、今さら疑う余地もアレコレ言うつもりはない。その過程で自分は様々な知識を得ており、そのおかげで助かってる部分もあったのだから。

 

 そして、その中にはサイボーグや人型決戦兵器な人造人間といったものも含まれている。

 

 だが、

 

「知識はあっても、実際に出来るかは別だしね。本当の意味で身に付けるなら、しっかり勉強しないと」

 

 そう言うとエルミアは両手でファイルを胸の前で抱き締めるようにして持つ。

 

 その目には生気がみなぎっていた。

 

 腹の立つ相手なのは確かだが、これで向こうが借りを返したというのなら受け取るまでだ。罠の可能性も考えて、それを見極める必要もあった。

 

 自分のケジメは、キッチリと自分の手でつける。

 

 あの時は特攻という手段を取ったが、今度は自分の特効薬探しになりそうだ。

 

 時間制限もある。しばらくはコレに集中せざるを得ないだろうが、

 

「ふふん! あたしを助けたことを必ず後悔させてやるわ。挑んでくるってんなら、返り討ちにしてやるまでよ!」

 

 戦場はちょっと変わってしまうが、コレも自分の戦いだ。ならば、必ず乗り越えてみせると少女は気持ちを高揚させる。

 

 ゾヴォークの優れたクローン技術もついでに覚えようかというくらいに。

 

「姉御、その調子っす!」

 

「自分達もお供させていただきます。材料の調達役も必要でしょう」

 

 いつの間にか復活していたハイとモベが、いつもの調子でエルミアに協力を申し出た。

 

 何故かハイの肩には、ヌン達が最初に投げ付けてきた制服が綺麗に畳まれた状態で乗っていたのだが、エルミアはそれを見なかったことにする。

 

「これ、何か仕返しに使えないっすかね?」

 

 訊かれたが、それに答える者はいない。

 

 代わりに、ロフがセティに話しかける。

 

「まだまだ問題は残っているが、こちらの方は一件落着か?」

 

「ひとまず、ね。本当の解決はあの子の頑張り次第だけど」

 

 ロフの方に歩み寄りながら、セティは視線だけを少女に向ける。

 

 エルミアの方を手伝いたいのはやまやまだが、防衛網の方もどうにかしないといけない。

 

 機動兵器については造詣の深いセティとても、エルミアの抱えている問題の分野については専門外だ。

 

 それなら少女の呑み込みの早さに期待して、自分は別の作業を進めていく方が効率的だと判断した。

 

「素直に喜びにくい状況ではあるんだが、嬢ちゃんにめでたいことには違いないだろ? なら、厄介ごとは今だけ忘れて、パーッといこうぜ!」

 

 メキボスが、暗さと湿っぽさの残りを全て吹き飛ばすように、パンパンと手を叩きながら前へ進み出る。

 

「なあ?」と彼が背後を振り返ると、やはり数歩下がった場所に控えているガヤトが笑顔で頷く。

 

「マスターに言われて、料理の美味しい所を調べておきました。深夜まで開いているお店で、席を八つ手配済みです」

 

 あの二人が居ない間にしたのだろうが、短時間の内にかなり手際良く進めたらしい。

 

 もちろん飲み物もと語るガヤトが口にした店名は、これもゼブやロフには馴染み深い名前だった。

 

 数年前から二人が良く顔を出す、例の店である。

 

「ゼブ、どゆこと?」

 

 それらの話を一人不思議そうに聞いていたエルミアは、気が付けば自分の横に立っていたゼブに事情を訊ねた。

 

「ざっくばらんに言~うとだな」

 

 ポリポリと鼻の頭を掻きながら、ゼブがエルミアに説明し始める。

 

 それによれば、もともと今日はこの後に、長期任務と諸々の事件を終えての慰労会を行う予定だったらしい。メキボス達が来ているのもそのためで、当初はエルミアの部屋を訪ねてから短時間のつもりであったが、どうやら夜中まで延長になりそうだ。

 

 すると、いつものように定位置であるエルミアの左右後方に控えていたハイが、嬉しそうな表情で隣にいる相方に話しかける。

 

「そういや、さっき八人って言ってたけど、俺た――痛ってぇ!?」

 

 喋っている途中でいきなり顔を歪めたハイが、右足を押さえると周囲を跳びはね始めた。

 

 モベは相棒のそれを無視すると、何度目かの叫びで周囲から集めていた視線に頭を下げる。

 

「失礼しました。(立場を考えろ、俺達が含まれるワケないだろう?)」

 

「(だ、だよな……)」

 

 鉄板が仕込まれたブーツを戻しつつ、モベからの小声による注意。耳打ちされたハイは、見るからに残念そうな様子で肩を落とす。

 

(ああ……このメンバーでの飲み会。チョットだけでも見てみたかったぜ)

 

 そんなハイの心の声が聞こえたワケではないだろうが、

 

「ん? もう人数に入れちまってるんだが?」

 

 当然のように言うメキボスに、モベは『え?』と愕然とした表情を浮かべる。それとは逆に、ハイの方は満面の笑みだ。もちろん彼も自分の立場はわきまえてはいるものの、やはり好奇心は抑えられないらしい。

 

 その部下達の心情を正確に読み取ったエルミアは小さく嘆息し、相変わらずねと呟いた顔には笑みが浮かぶ。

 

(自分が求め、あたしが望んだモノ……か)

 

 

 渋っていたモベだが、ハイとメキボスの口撃を受けて、ようやく観念したようだ。この後の予定していた仕事の工程をずらし始めている。

 

 相棒の首に腕を巻き付けてはしゃぐハイと、そんな彼を引き離そうとするも、決して嫌そうではないモベの顔にも珍しく笑みが浮かんでいる。

 

 そんな二人から離れたメキボスは、ガヤトを連れ穏やかな表情で談笑しているロフやセティに何事か話しかけていた。

 

「やっぱり、賑やかな方が良いわね」

 

 そんな少女の頭に、誰かが手を乗せる。隣を見上げれば、そこには保護者代わりの人物が立っていた。

 

「賑やかす~ぎても困~るがな。俺は静かなのも嫌いじゃないし。まあ、暗~いよりは良いさ」

 

「フーンだ。また前のにしろって言われても、もう戻せないわよ? それとも、また新しく変わっていった方がいいの?」

 

 絶妙な力加減で頭を撫でられ、そのことで昔を思い出した少女はこそばゆさと込み上げてくる嬉しさに、ともすれば弛緩しそうな表情を見られまいと顔をうつむける。

 

「とりあえずは、今のままで良いんじゃね? それにな、どう変わっても全~部ひっくるめて、エルちゃんだからな」

 

「あ、そ。じゃ、あたしも今のままでいっか。あと、エルちゃん言うな」

 

 エルミアがいつものように言えば、ポンポンと最後に軽く頭を叩かれる。

 

 そして他の者達と共に出口の方へと移動を始めたゼブだが、すぐにその足を止めた。

 

 そのまま背中越しに、エルミアへ声をかけてくる。

 

「エルちゃんの意識が戻ったら、一人で突っ走ったことについて言ってやろうと思ってたんだ」

 

「うん」

 

 むしろそれは、エルミアの方も予想していたことだった。それに、今なら素直に何時間でも説教を受け入れられそうだ。

 

 しかし、続けて話す彼の内容はその予想に反して。

 

「やめた」

 

「へ?」

 

 思わずポカンと彼の後頭部を見上げる。ずり落としそうになったファイルを、両手で持ち直す。

 

「気が変わった。何かの拍子に、改めて言うかもしれないけどな」

 

「いやまあ、それはゼブの好きにしたら……としか」

 

 今からと思っていただけに拍子抜けはしたが。

 

 いつの間にか、かなり先に進んでいたセティの自分を呼ぶ声に、エルミアはファイルを振って応える。

 

「エルちゃん」

 

「なによ?」

 

 走って追いかけようとしたところで話しかけられ、少女はゼブの横に来たところで止まった。

 

 彼を見上げ、続きをジッと待つ。

 

「おかえり」

 

「…………ただいま」

 

 ゼブがエルミアに合わせるかのようにのんびりと歩き始めると、少女も走ることなく、彼の隣を進んでいった。

 

 身体のこともあるし、変なストーカーもいる。

 

 しかしそれでも、足掻いてもがき掴んだ“今”を、諦めず絶対に手離さないことを自らに誓いながら――

 




 
 
『スーパーロボット大戦~求める存在~』は、以上で完結となります。

元は一話だけのつもりだったことを考えると、予想以上に続いてしまったことに。

思えば、私のスパロボデビュー戦だったPS版のF。そこでゼブとライグ=ゲイオスのコンビに墜とされ続けたのが、自分の中でずっと強く残り続けていました。

おかげで、以降の作品でもゼブ達三人とライグの登場を期待する始末。

第二次OGとダークプリズンは、そんな念願が叶ったわけですが……第三次でも参戦してくれることを切に願います。

そんなライグと、ゼブの年齢と顔。ゾヴォーク周りの設定を見て、あの帝国→あの男と絡めて、出来たのがエルミアでした。

改造ライグ含め、活かしきれなかった部分は今後の第三次OG次第ということで(投げる)。

敵を残したのに、これで第三次OGに帝国がまるで絡まなかったら、まさに大惨事になってしまいますが。

ヒーロー達の戦記な世界や、その他の平行世界に行くような話も考えたりしましたが、ひとまずここで終わりたいと思います。

最終話をすぐに投稿するはずが、諸事情により今になってしまったことを、この場を借りて深くお詫び致します。

では、最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました。
 
 
 
 
 
オマケ
 
「姉御! 復帰したらアイツらを軽くブッ飛ばせるくらいに、俺の機体を改良してほしい!」

「こら、ハイ。お前だけだと負けるに決まってるだろう。ですので、オカシラ。自分のX2も一緒にお願いします」

「はいはい、そのうちそのうち。あと、姉御もオカシラもやめなさい」

 部下達の話を適当にあしらいながら、予約を入れた店を目指すエルミア達。

 ロフとセティ、メキボス達とはかなり距離が開いてしまっている。

「そういえば」

「ん?」

 緩やかな坂道を下りながら、あることに気が付いたエルミアはゼブに疑問を口にした。

「決戦の時も思ったんだけど、セティ姉とロフさん、一緒にいるけどいいの?」

「ああ、それがな」

 ゼブが説明をしようとした時だ。

 エルミアの背中を、冷たいモノが駆け抜けた。全身の毛が一斉に逆立つ。

「なん――」

「エール~?」

「ヒッ!?」

 耳許で囁かれる、背後からの甘く、優しいセティの声。

 はるか前方を歩いていたはずの彼女に、背後から肩を抱かれた少女の口からは悲鳴が飛び出す。

 逃れようにも両肩にかかる力は強く、とても脱け出せそうにはない。

「そうそう。あたしも、あなたに聞きたいことがあったのよねぇ」

「な、なに? セティ姉」

 抵抗はしない。

 ただ、早く解放されるようにと祈る。

「あなた、ロフのことは知らないって言ってなかったかしら?」

(あ……!?)

 しかし、祈りは届かなかった。

 少女がビクッと動揺したのを見透かすかのように、セティの目がスッと細められる。

「それなのに、どうして彼の専用コードを知ってたのかしら? 分かったら教えてって、お願いしてあったはずよ、ね?」

 もちろん、エルミアがゼブとロフの意を組んで動いていたからだ。

 しかし、良く公私を共にする女同士ということもあって、セティが嘆き悲しんでいた姿も当然エルミアは知っている。

 その際、自分も協力するからと言ってしまったのだが。ゼブやロフにはそのうち相談するつもりで、結局言い出せないままにズルズルと今を迎えてしまっていた。

 少女の頬を、一筋の滴が伝う。

「ゼ、ゼブ~……って、いないし!」

 エルミアが助けを求めて見渡せば、ゼブはおろかハイ達も、はるか前方のロフ達の所にいる。

 肩越しに背後をおそるおそる振り向けば、微笑んでいるセティと目が合う。据わっている、その目と。

「じゃ、ゆっくり飲みながら、ジックリと話しましょうか。サクサク、サクサクとね」

「意味不明だから! それに、あたしはそこまで悪くないのよ! ちょっと、誰か……ああもう、昼間っから酒なんて飲まずに、真面目に仕事しようよ!」

『お前が言うな』

 少女の絶叫が響き渡る中で、彼女に届いたのは助けの手ではなく、周囲からのツッコミだけだったという。


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