DG=シュナイルにも勝るとも劣らぬ早さで、大破状態だったゼフィリーアがみるみる修復……いや、再生されていく。
脚部が。
左半身が。
翼にも似た形の六枚のスラスターが。
半ばから失われていた剣が。
完全に元の形を取り戻した機体は、まるでロールアウトしてきたばかりのような輝きを放つ。
その輝きが消えるか否かの間に、ゼフィリーアの全身にあるレンズが一斉に一際強く煌めいた。
【エルミア……、あなたはまだ無駄な抵抗をするつもりですか?】
落ち着きを取り戻し、この期に及んでまだ余裕を崩さないテスタネットを、中も正常となったコクピットに座る少女は鼻で笑ってみせる。
「あたしは、自分が納得のいく生き方をする。だから……あたしのことはあたしが決める!」
【良いでしょう。それならもう一度、再起不能にしてやるまでです。全員まとめて、糧にしてあげます】
「やってみなさい、出来るものならね! ギガブラスター、ファイア!」
各レンズ部から放出されたエネルギーが機体正面に収束し、発生した黒い球体が光の奔流を発射した。
バニッシュゲイザーを二発分、ゲインブラストに試作コンパクトギガドライバーキャノン。
それとイリュージョンソーサー。
それら全てを受け止めている所へ、エルミアの気持ちがそのまま宿っているかの如く、普段よりも威力の増したギガブラスターが襲いかかる。
※ ※ ※
DG=シュナイルのコクピット内では、かかる負荷に異常を示す計器を見つめたテスタネットが鋭く舌打ちしていた。
「あのサンプル二人の力もだらしないものです。もっとも、強引に力を引き出せばもうしばらくは保ちますね。その間に、こちらもやりますか」
自らの勝利を微塵も疑わないまま、モニターの正面に映る機体の姿に笑みを溢す。
それに乗る少女とは違って、男を満たすのはドス黒い嵐のような狂気だった。
後少しなのだ!
目の前のアレさえ手に入れば、自分は“自分”に成れる!
コピーなどではない。
人間でもなく、やがては神へと至る存在!
「ククク……クハハハハハハ! さあ、早く私のものになりなさい!」
※ ※ ※
「お膳立てしてあげたんだから、しっかり美味しいところ持っていきなさい! ハイ!」
画像は送らず、音声だけの指示。
【了解っす、姉御!】
ゼフィリーアとオーグバリュー改やモベ機のいる場所の、丁度中間地点に現れたハイの駆るゲイオス=グルード。
両肩におざなりなAの文字が書き加えられている機体は、脇目も振らずにゼイドラム改と同じポイントを目指して翔ぶ。
【しかし!】
「しかし?」
いろいろと言いたいことはある。
だがそれを全部口にする時間でも、状況でもない。
そのためハイは、モニターに『Sound only』と表示されている相手に、それら全てを一つにまとめた言葉をぶつけることにした。
【姉御、本当に一体なに考えてるんすか!?】
ハイ機の左腕が唸りを上げている。巨大な――ドリルとなって。
【腕が変形なんて!】
「だってあんたみたいなのって、ドリルだとか変形だとか、そういうのにロマンだかなんだか感じるんでしょ? ああ、それにあと合体だっけ?」
上官からは、いつものあっけらかんとした答えが返ってきた。
【か、感じないっすよ! なんすか、ソレは!?】
「ふーん……? ま、いいわ。――一気にやっちゃいなさい!」
【ウッス!】
ドリルの腕を大きく後ろに引き――
【いっくぜぇ! ブレェェェェイク・アタァァァァァッック!!】
バリアに向かって突き立てた。
「ノリノリじゃない」
冷静にツッコム少女の目の前で、鉄壁を誇っていた悪魔のフィールドが幾つもの光の欠片となって砕け散る。
それすなわち――現在食い止めているモノの着弾も意味していた。
【バリア貫通とは……またアジな武装を】
巨体の四ヶ所で大きな爆発が起こり、ボディの表面のあちらこちらを、光の刃が削っていく。
爆発的な加速力を持つゼイドラム改には接近を許してしまったが、それでもテスタネットは己の優位性を確信していた。
(どうせもう一度、強度を高めて張り直すところだったのです。逆に手間が省けたというものですよ)
その後で、懐にいる飛んで火に入るなんとやらを始末すればいい。
(虫ではなく、この機体の餌として、ね)
胴体では激しい爆発が起きている中、僅かばかりの振動もないコクピット内のパイロットシートに、尊大な態度で腰掛けていたテスタネット。
そんな彼の余裕は、ゼイドラム改から遅れて突っ込んできた機体によって崩されていった。
【おおぉぉりゃあぁぁぁぁぁっ!】
胸部辺りに真正面から殴りかかったロフとは違い、ハイは「お前の顔が気に入らねぇ」とばかりに、相手の顔を目標に定めていた。
バーニアを吹かして軌道修正後、ハイ機はその巨大なドリルを突撃の勢いのままにぶつける。
ドリルはグルードよりも大きな相手のフェイスを抉り――自分の役目は終わったとばかりにその身を崩壊させていく。
【バカな! 制限!?】
初めて狼狽の声を上げたテスタネットに、少女はニヤリと凄みのある笑みを浮かべる。
「どう、ドクター? これでしばらくの間、再生も、バリアも出来ないわよ?」
こちらも試作の上、一度使うと完全に壊れてしまうのが欠点だが、どうやら上手くいったようだ。
【き、貴様……!】
「あなただけは絶対に許さない。あたしの覇道のために、次元も、平行宇宙も越えて、直接死の国に叩き込んであげる!」
二発目のギガブラスターとゲインブラストが、悪魔の巨体を揺るがす。
【サンプル風情が、調子に乗るな!】
キレたテスタネットからは余裕が消え、口調も変わってしまっている。
唯一、元のグラン=シュナイルの姿を留めていたフェイス。それがモビルヘッドのように開口すると、その場に残っていたハイ機にかじりついた。
予想外の行為に回避が遅れ、牙がかすっただけで残っていた左腕の肘から肩口までが持っていかれてしまう。
DG=シュナイルの大小四本の腕がエネルギーを帯びて、禍々しさも伴いながら赤く染まっていく。
そしてその腕を、ゼイドラム改に振り下ろす。
小さくても艦艇ほどの大きさがある腕が四本、並の機動兵器を上回る速度でゼイドラム改に迫る。
【ロフ!】
【セティ!?】
そこに飛び込んで来たビュードリファー改が、機体をぶつけるようにしてゼイドラム改をその場から連れ出した。
【ロフ、油断しないで】
【ああ、すまない……セティ!】
ロフからの警告に、セティがレーダーに目を走らせる。
ビュードリファー改の背後から迫る、艦艇ほどの大きさを持つ二つの物体。本体から切り離された小型の両腕は、あれでも身軽だと言わんばかりに、こちらの速度をも上回っていた。
セティ達は預かり知らぬことだが、もともとコレはあの二人を捕獲するため、タウォーム用の調整がなされていたものだ。
高機動なのはそのせいである。
【どれだけ余裕をみせていたのかしらね】
【だが、自らの力を過信するものは、それがために身を滅ぼす。奴とてそれは例外では無い!】
もつれるように翔んでいた二機が、同時に別方向へ別れた。
腕も、それぞれを追いかけるべく進行方向を変えようとした時だ。
その場を囲むように発生した重力波が、二本の腕を空間ごと閉じ込めた。
【ゲインシューター、潰れろ!】
両肩のドライバーキャノンを共鳴させながら、敵を押し潰すためにオーグバリュー改はさらに出力を上げる。
やがて腕の一つに限界が訪れた。
一ヶ所に小さく亀裂が入るとそこから全体へと拡がり、半ば折れ曲がるようにその身を反らしつつ内側から爆ぜる。
残っている右腕も、全身に細かなひび割れが入っているが、こちらは重力空間から脱け出してしまう。
しかしそれが誰かを追うことはなく――
【墜ちなさい!】
ビュードリファー改が腹部から放った極太のビームに亀裂を大きくし、
【バニッシュゲイザァァァァァ!】
アッパー気味に打ち上げるように放たれたゼイドラム改の一撃で、腕の亀裂が入った場所から白い光を噴出。閃光と共に爆散した。
打ち合わせなどは一切していない、阿吽の呼吸による攻撃。
残るは、本体のみ。
「グッ!? ゲゲホッゲホゲホガハッ!」
DG=シュナイルのメインアームから放たれるエネルギー波を、単身引き付けていたエルミアが突然、激しく咳き込み始めた。
その尋常じゃない様子と音声のみという状況、一同の胸中に不吉な悪寒めいたモノが走る。
【エル……まさかお前】
【姉御!?】
【オカ――隊長!】
エルミアが咄嗟に非公開にするより早く、彼女のバイタルデータを呼び出したセティの表情が、信じられないものを見たとばかりに強張る。
【エル! あなた、どうしてこのことを言わなかったの!?】
反応は微弱。危険域なんてものでもなく、動いている方が不思議な位だった。
「セティ姉、お説教は後で聞くから。先にアイツを」
【駄目よ。あたし達がやるから、あなたは今すぐに退きなさい!】
「それだけはイヤ」
少女がハッキリと拒絶の意思を示す。
「アイツは絶対に、あたしが倒す。コレだけは譲れない」
赤いエネルギー波が、ゼフィリーアの右肩にある砲塔を、背にあるスラスターごともぎ取った。
【エル!】
「お願い……」
怒声にも近いゼブへ、エルミアは静かに訴える。
【…………わぁーたよ】
ほんの数秒の出来事のはずだが、ゼブの諦めにも近いその声が吐き出されるまでには、永遠にも近い時間がかかった気がする。
【ゼブ!】
【ただし! ライグは没収だからな】
「えー」
非難の声を上げるセティを無視して、もはや仮面を脱ぎ捨てた少女はゼブの決定に楽しそうに答える。
【ゼブ、良いのか?】
【言っても、どーせ聞かねえさ】
【…………そうか】
再び接近してメインアームを破壊しようとしているロフに、ゼブは嘆息しながら答えた。
「みんな、ごめん。それと……ありがと」
【ホントにもう。エル、終わったら覚えてなさいよ】
「うん」
ビュードリファー改はクローアームの先端――ハサミのように開いたそこに、円盤上のエネルギーの刃を発生させる。
そして放たれた二枚の円刃が、悪魔の指を数本切断していく。
「ほらほらドクター、どうしたの? そんなんじゃ、機能が回復する前に終わっちゃうわよ?」
ある目的のため、エルミアはあの二人を真似した物言いでテスタネットを挑発する。
ゼフィリーアが胸部のレンズを開き、中からリベンジブラスト用に改装された砲門が現れるとチャージを開始。
【ならば、まとめて終わりにしてあげますよ! 弱者には死を、それがこの宇宙の原理です!】
巨体の前面部が蠢き、内側から突き破るように現れる四つの砲塔。
(――きたっ!)
少女の狙いは意趣返し。
テスタネットと、さんざん引っ掻き回してくれた相手への。
リベンジブラストのチャージを続けながら、タイミングを見計らう。
四つの砲塔の根元から先端に向かって、赤く煌めいた光が集束していく。
DG=シュナイルの顔のようにも見える胴体――その巨大な顎が開き、
(――今!)
ゼフィリーアの、先の攻撃で失われたモノを除いた残る全てのバーニアに火が灯った。
「え?」
しかし、その少女が行動を起こすよりも早く、
【うおおおおおおっ!】
二機のゲイオス=グルードが突撃を始めていた。
両機ともいつの間にかドライバーキャノンをパージして、それにより僅かでも運動性を高めている。
「ちょ、ちょっと。戻りなさい、あなた達!」
追おうとしたゼフィリーアだが、メインアームからの攻撃を避けた分だけ遅れをとってしまう。
【姉御の狙いは分かってますって!】
【ですので、ここは自分達にお任せを】
エルミアは口の中で小さく呻いた。思えば、この二人はあの場面を見ていたのだから、知っていて当然なのだ。
意趣返しの言葉から、ソレだと即座に結びつけたのだろう。
(こんな時に限って気が付かないでよ)
「ダメ、戻りなさい! これは命令よ!」
【やや、通信システムに異常が】
【こちらもです。調整不備の件は後ほど】
「戻――あっ!」
二機は通信を遮断したようだ、呼びかけても反応はない。
DG=シュナイルの白み始めた胴の口から、二機は躊躇することなく飛び込んでいく。
「ああ、もう! いきなさい、プラネイト・ガン・ソード!」
少女は頭を掻きむしると怒りの声を上げる。
そして自らも向かいながら、胴体をチマチマ削っていた誘導兵器を先に追わせた。
中は広めの空間となっており、天井と床には絶えず白い光が、ガイドビーコンのように外へと向かっている。
おそらくこれが、攻撃用の――ビッグバン・レディファーのエネルギーなのだろう。
膨大な力であるソレらに触れないよう気を付けながら、ガン・ソードを奥に向けて移動させる。
ビーコンとは逆方向に進むと、数秒もしない内に目的のモノを見つけた。
天井と床から伸びた、攻撃性の低そうな細めの触手に縛られている、手足の無い黒い鋭角的な機体。
DG=シュナイルに捕食された、〔ヴァルク・タウォーム〕だ。
予想通りにタウォームから――おそらくは操手であるあの二人から――力を引き出していたらしい。
ハイとモベはレーザーソードとダブルキャノンを用いて、タウォームを切り離そうとしていた。
そこへ三基ずつ、上下で分担させたソード状態の菱形の物体が飛来――一気に切断していく。
支える物を失い漂い始めたタウォームを、ハイ機とモベ機が受け止めた。
胴部に巻き付く形で残っていた触手をむしり取りながら、二機は離脱を開始する。
タウォームが引き剥がされたことで、DG=シュナイルの攻撃も中断されたようだ。
「……ま、ハイ達に助けられる方が、あの二人にとっては屈辱的かもね」
遅れて中に侵入していたエルミアは、そう一人ごちる。
――プライドはやたらと高そうな二人だ。何らかの目的があって近付いてきたようだが、任務に失敗した上にその人物に助けられたとあっては、彼女達にはこれ以上ないリベンジとなるだろう。
エルミアにはそんな思惑があったのだが、どうやらそれ以上の結果となったらしい。
あれだけテスタネットに力を消耗させられていたというのに、タウォームからは怒りや屈辱といった感情がハッキリと感じられる。
【クハハハハ。自ら掌中に飛び込んでくるとは、感謝しますよ!】
内部に響き渡るテスタネットの狂笑を無視し、エルミアと合流したハイ達は一路出口を目指す。
「喜んでいられるのも今のうちよ。すぐにぬか喜びさせてやるわ」
意趣返しはまだ終わっていないのだから。
そのためにも、ハイ達だけはなんとしてでも逃がさなければならない。
辿り着いた出口は、既にゆっくりとその顎を閉じかけていた。
そこに、
【ヌオオオオオオッ!】
両手によるバニッシュゲイザーで少しでも遅らせようと、ゼイドラム改が飛び込んでくる。
「ロフさん!」
【急げ!】
しかし、さすがに体格に差がありすぎた。
四機の隊長機の中で最も近接戦に優れたゼイドラム改とはいえ、豆で象を持ち上げるようなもの。
悪魔が腹の口を閉ざす力の方が、圧倒的に強い。
それに距離。ゼフィリーアならともかく、ハイ達では間に合わない。
DG=シュナイル自身も動いているようだ。内部は激しく揺れ動き、ただ翔ぶことも難しい。
「ロフさん、離れて!」
三人も、絶対に死なせるわけにはいかない。
【断る!】
ゼブとセティの方も片腕の破壊には成功していたのだが、巨体ゆえのその暴れ具合に苦労していた。
そしていよいよ、ゼイドラム改の足が閉じ続ける下顎に触れる。
【グ……無理か】
ロフの操作している両手のレバーが、強い力で押し戻されてきていた。
(ならば、内と外から同時に火力を集めて、風穴を開けるまで!)
ロフがそれを提案しようとした時だった。
(む? 反動が……無くなった?)
押し戻されていたレバーの動きが止まっていた。
それどころか、僅かずつだが悪魔の顎が開き始めていく。
まるで、必死に噛み締めようとしているものを無理矢理に開こうとしている、そんな感じを受ける。
【こ、これは……!?】
予想外の出来事に、テスタネットも驚きの声を上げる。
暴れていたDG=シュナイルが停止して、痙攣にも似た小刻みな振動を行うのみだ。
【どうしたのだ、早く閉じろ! サンプル共に逃げられる!】
(……ということは)
エルミアの視線が向かう先は一つだ。
【許さない】
【認めない】
爆発寸前の感情を無理矢理押し殺したかのような、二人の少女の声。
ゾヴォーク艦隊にしたように、DG=シュナイルにも干渉しているようだ。
だがその巨体ゆえか、はたまた消耗のためか。悪魔への干渉は不完全らしく、相手は制御を取り戻しつつある。
【私たちの力は】
【父様だけのもの】
【こんな屈辱は】
【認めない】
「ハイ、モベ! タウォームを放棄、外へ離脱!」
ついさっきは一時的に切っただけだろうが、その後に入れ直したかどうかの確認をするのももどかしい。
ガン・ソードを二機に貼り付けて接触通信の要領で指示を送ると、両機はすぐさま行動に移す。
少女二人は艦隊連続壊滅事件の犯人だが、例え捕縛したとしてもあの厄介極まりない能力があっては、とてもではないが満足のいく尋問は出来ないだろう。
付け加えて、
【テトラクテュス・グラマトン】
【シェム・ハメフォラシュ】
このまま大人しく捕まるような性格でもない。
音程の無い歌のような呟きは、まるで呪詛のよう。
それを耳にしたエルミアがコンソールに指を走らせるのだが、その動きはすぐに止まってしまった。
宙を漂い、天井スレスレの位置まで浮いたタウォームの中で、二人の少女の声が唱和する。
【【トロメア】】
傷だらけの機体のあちこちから、幾筋もの白光が噴出していく。やがて内から膨張するような様相を呈すと、機体全体が光に包まれ――爆散。
これまでで最大規模の衝撃に、DG=シュナイル巨体が大きく揺らいでいた。さらに今の一撃が変に作用したらしく、各所で小爆発も起きている。
爆風に圧される形で押し出されたゼイドラム改の周りに、仲間の機体が集まってくる。
ビュードリファー改。
オーグバリュー改。
それと間一髪で飛び出してきた、損傷軽微なゲイオス=グルードが二機。
……の、以上五機。
【おい、エルミアはどうした?】
訝しげにロフが問う。
ゼフィリーアもこちらに向かっていた。
機体の速度は言うに及ばず、もし操作が出来なくなっていたとしても、あの位置ならば爆風に押し出されるはずである。
……あえて流れに逆らわない限りは。
ロフの疑問に、彼女の部下である二人も反応を示した。
【え、俺――いえ、自分達の後ろから一緒に……え、あれ? 姉御!?】
周囲を見渡しても、サーチにも、自分達以外の機影はデカ物があるのみだ。
悪魔の口は既に閉じられており、隙間からは爆煙が漏れ出ている。
【離脱の途中から速度が上がったため、隊長が自分達の機体を押して助けてくれているものと】
いつもは冷静なモベの表情も苦渋に満ち、声の悔しさも隠そうとしない。
その眼はモニターへ向けられている。背を向けたハイ機の、そこに添えられた三枚の菱形のパネルへと。おそらくは、自分の機体にもあるのだろう。
プラネイト・ガン・ソードをブースター代わりに。
ふと、まるで付属品のようだった三枚のパネルが機体から離れていった。
漂う――まるで役目を終えた、宇宙ゴミのように。
【う、ウソだろ……俺達が盾にならないといけねえってのに、逆に助けられてどうすんだよ……】
やるせないといったハイの声に、誰も、何も言わない。
ただ、一機が動いた。
両肩に装備した独特なデザインのドライバーキャノンを稼働させながら。
【ゼブ?】
【こじ開ける】
言葉少なに語る彼に黙って頷き、セティとロフも自機を動かす。
そんな彼らの視界が、白く染まった――……
※ ※ ※
「ハイ達のおかげでちょっと回り道しちゃったけど、やっとここまでこれたわ」
タウォームによる自爆はかなりのダメージを与えたようだ。
あの一撃で、DG=シュナイルの内部は球状に大きく抉れている。
ゼフィリーアもまた、イナーシャルDフィールドがあっても全てを防ぎきることは出来ず、機体は大きく傷付いていた。
もっとも、フルドライブ中の現在は装甲に使われているズフィルード・クリスタルによってすぐさま修復されていくのだが。
【エルミア。あなたのせいで、私の計画が大きく狂ってしまいましたよ】
「それじゃダメなのよ」
【ほう?】
「狂ってしまうじゃ意味ないのよ。修正も出来ないくらい、完全な終わりじゃないとね」
三対六枚の翼を大きく広げて、足元に剣を突き立てながら告げた。
「欠片一つ、跡形もなく虚空の彼方に消し去ってあげる」
辺りに、テスタネットの嘲笑……狂笑が響き渡る。
【クハハハハハ! ここに入ってきた段階で不可能なことですよ。言っておきますが、ここにはさっきの爆発もなんの影響も及んでいません。あなたの機体のデータは得ておりますが、それでも影響は出ないでしょう。それに!】
周囲に開いていたクレーターが、音を立てて塞がり始めた。
【制限されていた能力も戻りつつあります。つまり、あなたには万が一にも勝ちはありません。そのままそこで、この機体の一部になっていただきましょう】
タウォームを捕らえていたのと同じ触手が、天井や床からゼフィリーアを取り囲むように生えてくる。
離れた場所の床には、ライグ=ゲイオスやゲイオス=グルードといった機体までせり上がってきた。
巣穴から出てくるアリのように、次々と姿を現すゲイオスシリーズ。
分析すると、捕食して得たデータを用いたコピーらしい。
「良いわよ、別に」
【おや、随分と殊勝な心がけですね】
「最初から、勝つ気なんかないし」
【クク、そう何度も演技に騙されるとでも?】
「本当なのにな」
少女は行儀悪くも、コクピットの中で両足を伸ばして寛いでいた。
コンソール上に乗せた右足の親指の腹で、差し込まれた状態のライグソードの柄頭をなぞる。
両手も、開いた状態で自分の顔の高さまで持ち上げていた。
「あたしは最初から、相討ち狙いよ!!」
【中から引きずり出せ】
足に力を込めると、剣は全てが挿入口の中へ消えていく。
「ゼフィリーア、オーバードライブ!」
両手と眼前の何もなかった空間に、ウインドウが起ち上がる。
もはや、エルミアは痛みも苦しみも感じていなかった。
エメラルドグリーンの光を放つツインアイが、一際強く輝いた。
周囲の妨害者は全てゼフィリーアの纏うバリアに阻まれ、触れることしら出来ない。触手に至っては消滅する始末だ。
「あんたは結局、何一つ得られないのよ!」
【サンプル風情が! 私はコピーなどでは終わらん! いずれは光の巨人の力も手に入れ、私は神に、全能なる調停者となるのだ! クハハハハハハ!】
「夢なら、永眠してからたっぷり見れば良いわ!」
両手の指がモニター上を踊るように軽やかに舞い、眼前のモニターでは文字や数字の羅列が超高速で流れていく。
向きを修正したゼフィリーアの機体各所にあるレンズが一斉に煌めき、放たれたエネルギーは正面へと収束――球状へと。
さらに胸部のレンズが開くと、中から現れた砲門は既にエネルギーのチャージを終えていた。
狙いは、タウォームから一方的に送信されてきている――剥き出しになった天井の内のただ一点。
エルミアよりも、自分達を利用したテスタネットの方が余程気に入らなかったらしい。
「決着は……アッチにイったらつけれるかな?」
自分自身の意識がある時につけたかったが、叶いそうになさそうだ。
【エェルミィアァァ!】
何かをされるという未知ゆえか?
自分がこのまま終わるかもしれないという思いか?
後少しというところまできて、自らのミスで計画が失敗したことか?
理由は定かではない。
少なくとも、テスタネットにあったのは怒りだけではなく、恐怖も持っていたことだ。
ギガブラスターの黒とリベンジブラストの黒、似て非なる二色の光球が一つに重なる。
「……あたしはあたしらしく! ツインブラスター、ファイア!」
放たれた闇色に染まった光の奔流は、狙い過たず天井の一画を撃ち抜いた。
無数のコピー機体ごと吹き飛ぶ広間。
発生した爆発はすぐ近くの回路に侵入――そこから連鎖的に、全体へと広がっていく。
痛みを感じる暇もなく一瞬で、コクピットも爆光の中へと飲み込まれた。
今まさに攻撃を仕掛けようとしたゼブ達五人の目の前で、巨大な悪魔は最初の大きな一発目を皮切りに、連鎖的な爆発を引き起こていった。
やがてその巨体をグウッと膨らませながら、全身から黒や赤の迸らせていき、
【全力退避!】
超新星爆発もかくやという勢いで、辺りを閃光で染め上げた。
爆発は、誰かの名を呼ぶ声もまとめて吹き飛ばしていく……――