スーパーロボット大戦OG ~求める存在~   作:ショウマ

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長くなったため、前後編で……。

※ 通信文を『』→【】に変更しました。




ジェノサイドドール 前編

 

 

 触手の先にあるのは、ゾヴォークの中でも独特な形状であるレストレイルの頭部だ。そのフェイスが人間のように口部を開き、牙を剥き出しにして四方八方から迫る。

 

 しかし――

 

【ちょっと趣味が悪すぎるんじゃないかしら? ドクター】

 

 セティが駆る〔ビュードリファー改〕の両腕にあるクローアームから放たれたビームが、迫ってくる頭部の眉間を次々と正確に撃ち貫いていく。

 

【そうですか? 私は結構気に入っているのですが】

 

 DG=シュナイルの半ばから断ち切られた触手の断面が蠢き、そこから再生されていく。

 

【訂正するわ。ちょっとどころか、全く合いそうにないわね】

 

【それは残念です。ところで、こちらからも質問はよろしいですか?】

 

【あら、何かしら?】

 

 全く残念に聞こえない口調で話すテスタネットと、それを気にした風もなく応じるセティ。

 

 それは少女の検査の関係で訪れた際、他愛ない世間話をしていた時となんら変わりない。

 

 ただ違うのは、ここが医務室ではなく戦場だということだ。

 

 DG=シュナイルが差し向けるモビルヘッドとでも言うべき代物を、ビュードリファー改は流れるように回避し、逆に破壊していく。

 

 その肩に、大破している〔ゼフィリーア〕を背負った上で、である。

 

【あなたの設計したビュードリファーには、クロー部分にビームガンなどは内蔵されていなかったと思うのですが?】

 

【詳しいわね】

 

【私に必要なことでしたから。なるべく強い兵器を、コレの強化に使いたかったものでね】

 

【へえ……】

 

 相手が将軍に数えられるセティであっても、無断でデータを得たことをもはや隠そうともしていない。

 

 DG=シュナイルの巨体が動きを止めると、セティも悪魔と向かい合う形で自機を停止させた。

 

 赤い半人型の機動兵器。

 

 外見上は、テスタネットが手に入れたデータと相違ない。しかし、先程のビームのように細部で異なっているのだろう。

 

【――ふむ。気にしていませんでしたが、私がダミーを掴まされたというのも、虚勢からの嘘ではなかったわけですね】

 

(――精神を掌握、操作したはずでしたが……抵抗した上にダミーの用意とは。もしくは、あちらの人格が邪魔を?)

 

 今となってはどちらでも良いですが、とテスタネットは肩を竦める。

 

 自分にとって有益であるなら、まとめて手に入れればいいだけなのだから。

 

【ビュードリファーの問題点を解消し、あの子の妄想したアレコレを加えた〔イロズィオンヴィント〕よ。長いから“改”にしてるけどね】

 

【ほほう……アレコレを加えて、ですか】

 

【ええ。“アレコレ”を加えて、よ】

 

 テスタネットの口調が粘りのあるものに変わった。セティもそれには気付いており、あえて挑発するように答える。

 

 一触即発。

 

【では、もう一つだけ質問があります。予定より随分と早い帰還のようですが、ゼゼーナン卿はどうされましたか?】

 

 テイニクェット・ゼゼーナンは、『地球文明抑止計画』の総司令官にして太陽系方面軍作戦指令長官に就いた人物で、今回の作戦ではゼブやセティの上官であった。

 

【死んだわ】

 

 だというのに、アッサリと返ってきたその答えにテスタネットの眉がピクリと動く。

 

【ほう……?】

 

【色々と侮れない地球の軍事力の独占と、それによる本国においての地位向上及び確立。ゾヴォークが禁じている手法を用いての地球側への細工。そもそも、今回の『地球文明抑止計画』そのものが、彼が立場を利用して周到に準備した上で成立したモノだということも判明してるわ。トドメに枢密院から出された停戦命令を無視、証拠の隠滅を謀ったわ】

 

 枢密院。

 

 ゾヴォークがウォルガなどと共に構成している共和連合――複数の星系国家から成る星間国家連合体を統括する、最高意思決定機関である。

 

 その枢密院から命令を携えた特使が地球に派遣されてきたのだが、彼はそれを拒否した。

 

 その上で、ゼブやセティ達の逆鱗に触れる手段も取ってきたのだ。

 

 それは――

 

【ロフの暗殺。そして、あたし達全員を抹殺することで……ね】

 

 画像を通さない通信機越しだというのに、冷え冷えとした声がセティの心情を表していた。

 

 特使を含む、真相を知ってしまった全ての者を排除する。

 

 幸いロフや特使は無事であったものの、これによりゼブ達とゼゼーナンは完全に決別――地球側の特殊部隊と共同し、彼の操作する〔バラン=シュナイル〕を撃破したのであった。

 

 この裏で暗躍していた者達も、既にその全てが宇宙の塵となって消えている。

 

【なるほど、状況はよく分かりましたよ。ありがとうございます】

 

【どういたしまして。逝く前の手土産よ】

 

 お互いへの殺気で、冷たい宇宙が満ちていく。

 

【それはどういう意味でしょうか?】

 

【そのままの意味よ。それくらい、聞かなくてもあなたなら分かってるわよね? ……テスタネット・ゼゼーナン】

 

【その名まで調べあげていたのですか。御苦労様ですね、どうでもいいことだというのに】

 

 動揺することなく、いけしゃあしゃあと言うテスタネット。

 

【あなたがいつ現れて、いつからゼゼーナンから“ゼゼーナン”の名前とその地位を得たのかは分からなかった。けど、あなたが今回の計画の工作に一役担ったという証拠は掴んでるわ】

 

【ええ、私の計画には必要でしたので。彼はその役目を果たしてくれました。惜しむらくは、あの機体を得られなかったことくらいですね】

 

 ビュードリファー改が両腕のクローアームを構えるのと、モビルヘッドがその鎌首を持ち上げるのは同時だった。

 

【私としては、あなたの命は貰う必要がありません。ですので、その機体と“ソレ”を置いていって下さるなら……見逃してあげても良いですよ】

 

【あらお優しい。でも、お断りよ。……こちらからもいいかしら?】

 

【もちろんです】

 

【今すぐ、死んでもらえるかしら?】

 

【お断りします】

 

 その言葉を合図に、両機は同時に動いた。

 

 DG=シュナイル本体とモビルヘッドからビュードリファー改へと、一斉に光が注がれる。

 

 胴体からのビームと口から放たれるエネルギー砲。

 

 幾筋もの光の奔流が、そのことごとくを避けるビュードリファー改の尾となって引いた後に、やがて消えていった。

 

 お返しとばかりにクローアームから放つビームが、種々様々な頭部を破壊していく。

 

 それでもモビルヘッド達が、その数に物を言わせて接近してくる。

 

【邪魔よ!】

 

 “放つ”ではなく、“伸ばす”。

 

 “撃つ”ではなく、“斬る”。

 

 両クローアームから伸びた二振りのレーザーソードが、近寄るモビルヘッドを移動しながら斬り捨てていく。

 

 そうして近寄るものがいなくなれば、また射撃に戻る。

 

【そんな荷物を抱えて、見事なものです。それにしても解せませんね。そんなもの放り出してしまえば、少なくともアナタは助かるというのに】

 

【お生憎様、あたしはそういうの嫌いなの】

 

 賞賛ともバカにしているとでも受け取れる言葉を吐くテスタネットに、負けじとセティも言い返す。

 

 それを聞いて、彼はやれやれと肩を竦めた。

 

 DG=シュナイルからの弾幕は、一向に減る様子はない。

 

 ビュードリファー改がどれだけ潰したり切り裂いても、その端から再生されていくのだ。

 

【これならどう? トライリッパー、発射!】

 

 ビュードリファー改の背部から射出された刃の取り付けられた円盤状の物体が二つ、高速回転しながらDG=シュナイルへと向かっていく。

 

 立ち塞がるモビルヘッドの触手部分を切り裂いて本体に迫るものの、張り巡らされた念動フィールドの前に阻まれてしまった。

 

【無駄ですよ】

 

 モビルヘッドを腕のように使って、トライリッパーを二基まとめて打ち払う。

 

【……そうでもないわ】

 

【――なに?】

 

 セティの言葉に、疑問に思ったテスタネットが片眉を上げ――

 

 トライドライバーに斬り裂かれたばかりの触手の横を、ビュードリファー改が高機動モードのままで通り抜けた時――同時に電撃が襲う。

 

 電撃は触手の内部を伝って、本体に迫っていく。

 

 スパークしながらやがて根元に辿り着いたソレが、巨大な下半身の一角で小さな爆発を起こす。

 

【なに!?】

 

 その巨体からすれば微々たる、本当に僅かなダメージではあったが。

 

 どんなに小さくても、損害である。

 

【やたらエネルギーの消費が大きいのが欠点ね、コレは】

 

 見れば、ビュードリファー改の片側のクローアームが、見目も激しく帯電していた。

 

 テスタネットがすぐにデータの分析に入る。

 

【……なるほど、腐食ですか】

 

 使用されているのはかなり強力なモノらしく、特殊な細胞で出来ている触手の断面の色が、人目にもはっきりと変わっていた。

 

【しかしそれも、すぐに通用しなくなりますよ。この機体は進化するのでね】

 

【あの子はおバカでヌケてるところもあるけど】

 

――ビュードリファー改の背中で、僅かに動く気配がする。

 

【でもね、馬鹿じゃあないの。本当はとっても臆病なのに、見栄を張って強気を装って、自分を隠して。でも、決して――馬鹿ではない】

 

 静かな口調で語りながらも、モビルヘッドを攻撃する手は緩めない。

 

 本体を無視して、ひたすらそれだけを狩る。

 

 テスタネットの方はそれに構わず、ジッと相手を注視していた。

 

 モビルヘッドをどれだけ失っても、こちらには全く痛くないのだ。本体が無事な限りいくらでも再生出来るし、そのことは相手も分かっているはずだ。

 

 だからこそ、相手の狙いが分からなかった。モビルヘッドを狩ることによるメリットは……?

 

 あの雷撃だけでは、このDG=シュナイルを倒すことは出来ない。その前にこちらが進化して、耐性を手にいれるからだ。警戒するに越したことはないが、それだけの余裕はある。

 

(逆に、ヘッドを全て失ってから相手が何をしてくるか確めるのも良いかもしれませんね。アレを手にいれて神と成った後に、その知識が光の巨人達との戦いで役に立つかもしれません)

 

 テスタネットはクツクツと笑いながら、おざなりな攻撃を続ける。一撃を与えてきた相手の腕だけを、今は警戒することにして。

 

 ゼフィリーアをも上回るビュードリファー改の高機動戦闘により、いつしかモビルヘッドは再生が追い付かなくなっていた。

 

 いよいよ残り数本となった時、

 

「セティ姉!」

 

 割り込んできた声に、テスタネットは我が耳を疑った。

 

 それは、心を完全に折ったはずの少女の声。

 

 しかし、今聴こえたソレは決して心が折れた者のものではない。

 

 動揺した瞬間、DG=シュナイルは動きを止めてしまった。

 

【援護もサポートもしっかりしてくれる……自慢の妹分よ!】

 

「斬り裂きなさい! プラネイト・ガンソード!」

 

 ビュードリファー改が背負ったゼフィリーアの双桙に、エメラルドの輝きが戻る。

 

 漂っている間に修復を終えた六枚のパネルは、再び宇宙を一斉に舞い始めた。

 

 六基の誘導兵器達は残るモビルヘッドからの攻撃を避けながら、周囲を取り巻いて円盤状となった光刃でまとめて刈り取っていく。

 

 砲撃が止んでいる今、巨体の正面はがら空きとなっていた。

 

「あの機体に時間を与えないで。チャンスは……今! ロフさん!」

 

【任せろ!】

 

 この場所への転移を終えると同時に、現れる青いズングリとした機体。

 

【テスタネット! 貴様の我欲による行為、許すことは出来ん!】

 

 グロフィスの雄叫びに応えんと、ゼイドラム改〔アサルトブリッツ〕がDG=シュナイルへ一気に突っ込んでいく。

 

 ゼイドラムは砲撃戦機として設計されたものであるが、このアサルトブリッツは最初からロフが乗ることを前提としている。

 

 より増したその重厚な装甲を以て正面からの突撃に特化した、砲撃も出来る近距離戦機であった。

 

【まずは、コイツだ!】

 

 細身のビュードリファー改と違って、ガッシリとしたゼイドラム改の両腕。その内側には、小型の腕が一対が見える。

 

【隠し腕……アレも別の機体というわけですか】

 

 小型の腕の両方に装備したビーム砲の内、まずは片側を二連射。続けて残るチャージしていた方も撃ち放った。

 

 改前の時は片腕だけに装備していたビーム砲だが、隠し腕にすることでその両方に装備。サイズも小型化しているが、威力は変わっていない……どころか、チャージを可能としたことでむしろ強くなっている。

 

【うおおおおおおっ!】

 

 撃つと同時にさらに加速したゼイドラム改。背面ブースターを全開にして突撃する様は、まさに流星であった。

 

 先の二発が着弾し、同じ場所を艦砲並に極太のビームが襲う。

 

 そこに……

 

【バニッシュ……ゲイザアアアアッ!】

 

 エネルギーを凝縮させた右腕を振るった。

 

 押し込む力とそれを防ごうとする力。相反する二つのエネルギーが激しく火花を散らす。

 

【ククク。なるほど、素晴らしいパワーです……が、それではまだ――】

 

【まだだっ!!】

 

 吼えて――残る左腕にもエネルギーを凝縮させていたゼイドラム改は、それも叩き込む。

 

 衝突は激しさを増し、幾度も閃光が瞬く。

 

「あいつの念動フィールドには限界があるわ! 一気に畳み掛ける!」

 

【あなた達。いい加減、鬱陶しいですよ】

 

 あくまでも抵抗する者達に侮蔑の視線と共に吐き捨てて、DG=シュナイルが再びその身体のあちらこちらから砲撃を再開した。

 

 艦砲とまではいかなくても、表面にある無数の突起や穴からは、それに近いモノが雨霰とばかりに一斉に放たれる。

 

 バリアに隣接し、逃げることの出来ないゼイドラム改へと降り注いだ。

 

 ――否。もとより、逃げるつもりなど無かった。

 

【……なに?】

 

 命中すると同時に、全てゼイドラム改が吸収していく。

 

 ビーム吸収機構。主にウォルガで使われているものだが、エルミアはゼフィリーア以外の三機にも採用していた。

 

【ク……ならば!】

 

 幾つもの触手が一斉に再生を始め――た時だ。

 

 サンプルを奪われた時と同じ閃光が疾った。

 

【ソーサーフォーム】

 

 光が一閃する毎に、眼では捉え切れない何かによって、モビルヘッドは再生する暇すら与えられずに朽ちていく。

 

 ただの一つも逃さないとばかりに、ビュードリファー改は攻撃の手を緩めないまま、悪魔の周囲を旋回し始める。

 

【見切れやしないわよ。このイリュージョン・ソーサーは!】

 

 剣ではなく円盤状のエネルギーの刃を発生させたクローをワイヤーで伸ばし、超高速で振り回しながら斬り刻んでいる……のだが、最早その動きを捉えるのは至難の技であろう。

 

 さらに動きながらの多角的な攻撃に加えて、近くの仲間――特に接近しているロフ――への被害もない。

 

 ゾヴォーク内で同じ将軍であるゼブやロフと比較すると――パイロットとしては――劣ると思われがちな彼女だが、その実力はやはり高く、このような繊細なコントロールを必要とする技術は他の追随を許さない。

 

 この時になって、テスタネットはセティがモビルヘッドを狙った理由を知ると同時に、自分が致命的なミスを犯したことを悟る。

 

 本体のとは違い、モビルヘッドが放つのはビームとは異なるエネルギー砲だ。あの装甲では、こちらは吸収出来ない。

 

 吸収出来るものも含めてセティが攻撃を避け続けていたのも、それを悟られないためだった。

 

 畳み掛けるように、少女の声が響く。

 

「ゼブ! モベ!」

 

【やーれやれ。やーっと出番か】

 

【いきます】

 

 戦場に現れたのは白と赤の人型機動兵器――オーグバリュー改〔スカウリングリヒト〕と、乱雑な字で両肩にBと書かれたゲイオス=グルード。

 

 

 オーグバリュー改は頭部がライグ=ゲイオスに似ている以外、ビュードリファー改同様に外見状は通常機と変わりない。

 

 どちらかと言えば、性能そのものよりもゼブ自身が扱いやすいように、最適化されている機体である。

 

 望む動きを、痒い所まで手が届くように。これはゼブ自身を余程理解していないと出来ない。

 

 モベのグルードはと言えば、背中の砲門が通常のよりも前にせり出していることだろうか。

 

「モベ。そのX2はまだ未完成よ。それと、コンパクトにした試作ギガドライバーキャノンも、まだ実動実験はすんでないわ。一射は出来るはずだけど、異常があれば、遠慮なく廃棄なさい」

 

 仕事以外に向ける行動力が並外れているエルミアとて、直属の部下二人の眼を掻い潜っての作業は至難の業だ。

 

 とりあえず文字を書きこむことで何かすると見せかけ、その実、既に作業を開始していたのではあるが。

 

 二人の反応見たさと、いつか『こんなこともあろうかと!』を言うという、ただそれだけのためだけに。

 

【了解です】

 

【テスタネット。あんたもアレコレとやってくれてたようだな。いや、あちらさんを唆してた分、よりあんたの方が性質が悪いか】

 

 低く押さえた声と、普段とは違う雰囲気を醸し出しているゼブに対し、テスタネットはこの状況にあっても余裕の態度を崩さない。

 

【クク。一つ教えて差し上げましょうか? この世には、“利用する者”と“される者”しかいません。そして私は、“する側”の存在です。あの男も、その娘も、この私に利用されるサンプルでしか――】

 

【テスタネット……落とし前をつける】

 

 ゼブがテスタネットの発言を遮ると、本体にギリギリ届く場所に位置取った両機は、十分にチャージを終えたそれぞれの武装を解き放つ。

 

【ゲインブラスト!】

 

【セット! ギガドライバーキャノン】

 

 エネルギーを凝縮させて形成された巨大な光球と弾丸が、それぞれにバリアと接触――三ヶ所から発生した凄まじいエネルギーの余波が、やがて全体へと拡がっていく。

 

 バリアの範囲が全域ではなく、ピンポイントに集中されていたのならばまだ堪えられたのかもしれない。しかしそうはさせないがために、セティがヘッドと同時に広範囲への攻撃を行っているのだ。

 

 そして――

 

 

     ※ ※ ※

 

 

 飛散し、落ちた滴が床を濡らす。

 

 むせるように咳き込んだ少女の口の端から、赤いモノが一筋流れている。

 

 全身を襲う痛みで、身体中が悲鳴を上げていた。

 

 身体への負担を抑える活動可能時間を、既に大きくオーバーしていたのだ。意識を取り戻した際の朦朧としていた時とは違い、クリアになればなっていく程に痛みは鮮明になっていく。

 

 ゼフィリーアからゼブ達の三体と、三体からゼフィリーアへは万が一に備えての緊急通信システムが設けられている。

 

 ちなみにエルミアは、三体同士についてはあえて設定しなかった。これはゼブの話を聞いた彼女が、ロフの意を汲んだためである。もちろん、当人同士が後から構築することは可能だ。

 

 ゼブ達が地球に向けて出発して以降、エルミアはほぼ毎日、このシステムを使って定時連絡を兼ねた通信を入れていた。

 

 もともとゼブ達は、今回の地球での作戦にキナ臭いものを感じており、それの調査を本国に残るエルミアに任せたのだ。

 

 しかし、ゼブ達以外の知人・友人は皆無な彼女のこと。本国にあの計画の他の賛同者がおり、その者に嗅ぎ回っていることが知られた場合には、何かしら行動を起こされる可能性があった。

 

 エルミアとしてはそんなヘマをするつもりは毛頭ないのだが、コレはそれに備え(ゼブやセティに言われてしぶしぶ)用意したモノだ。

 

 部下達の機体の改造が遅れたのも、その調査の関係である。改造の合間に調査をすれば、少女がまた何か変なことを始めたという、普段のイメージに繋がりやすいといえ狙いもあった。

 

 ちなみに、部下の二人にはこれらのことを知らせていない。一人腹芸の出来ない者がいるため、そこからバレる可能性を考慮したのである。

 

 それに慣れないことをさせるよりも、彼らには自分の護衛をする傍ら、彼らの視線で周囲を警戒してもらう方が何かに気が付くかもしれない。

 

 少女が彼らの眼を掻い潜っていたのも、“いつも通り”を装いつつ、自分を捜す過程で“変化”がないかを調べるためだった。

 

 普段とは違う僅かな違和感があったのなら、そこには大きな変化に繋がる何かがあるかもしれないから。

 

 巧妙に隠されていた主治医の名を知ったのも、調査の過程で何人か怪しそうな人物をピックアップしている途中のことだ。

 

 最初は、悪い噂を持つ人物との関係を勘繰られないように、仕方なく隠しているのだと思った。

 

 言動や笑い方が怪しい人物ではあったが、それでも自分の命の恩人である。ゆえに、後回しにして先にその他のメンバーから洗い始めた……のだが。

 

 しかし調べていけばいくほどに、決定的な証拠は掴めないままで疑惑だけが膨らんでいく。

 

 だがエルミアは定時報告をしながらも、テスタネットの名だけは知らせようとはしなかった。

 

 ギリギリまで――ゼブ達が戻ってくる時まではと。

 

 しかし、その願いは叶わなかった。

 

 証拠を掴むと同時に、自分達が連続艦隊壊滅の件で出撃を命じられることを知ったエルミアは、その時点で三人への報告を行う。

 

 エルミアがテスタネットの名を伝えるのに躊躇した理由――それは少女が『生きたかったから』に他ならない。

 

 自分が他の者達と“少し違う”ことは、普段の検査でも分かっている。

 

 そしてそれには、テスタネットの存在が不可欠だ。

 

 冷たく薄暗い闇の世界から、温かで明るい光の世界を与えてくれたゼブ達に、少しでも多く恩を返したかった。

 

 少しでも長く、一緒にいたかった。

 

 しかし……それももう終わり。

 

「落とし前は、つけなきゃね」

 

 エルミアは制服の外ポケットから一振りの、護身用のライグソードを取り出した。

 

 恩人の一人に自分はサンプルとして求められ、あまつさえ記憶も消されて利用されていたのだ。

 

 生きるためとはいえ、知らずにそんな人物を犯人ではないと思おうとしていたなど、全てが判明した今では滑稽である。

 

 それにどうやら戦闘の合間に、“彼女”はその時点でのDG=シュナイルのデータとテスタネットの話をゼブ達に送っていたようだ。

 

“彼女”の言った『後は頼むぞ』は、エルミアだけではなく、こちらに急行しているゼブ達に向けてのものだった。

 

 

 それ以降に判明したことや解析についても、“ショックを受けたフリ”の間に終えている。

 

 いや……フリではなかった。知った時、激しく動揺したのは事実だ。

 

 しかし、もはや尽きる直前の命。ならば、勝つためになんでも利用するまで。

 

 そのための痛みや心を隠す仮面なら、何枚でも被ってみせる。

 

「騙しあいなら、あたしも負けない。あんたなんかに負けてられないし、利用もさせない。全部、壊してあげる」

 

 モニターに映る巨大な悪魔を見据え、とても静かな口調で宣言する。

 

 悲壮感は無い。いつもの勝ち気で強気な笑みさえ、少女は浮かべていた。

 

 心も、澄んだ湖面のように落ち着いている。

 

 コンソールを操作することで端末の一部がスライドし、何かを差し込めるような空洞が現れた。

 

 口許を袖口で拭うと、取り出したライグソードの刀身部分をそこにあてがう。

 

「ゼフィリーア。あたし達もいこっか……?」

 

 高速で動き回るビュードリファー改の背から、まるで自らの意思で動いたかのように右半身以外を失った機体が離れていく。

 

 それに気付いた姉貴分から通信が入ってくる。

 

【ちょっと、エル?】

 

「さ、そろそろ終わりにするわよ! ゼフィリーア、フルドライブ!」

 

 力強く声を張り上げ、エルミアはソードを一気に挿し込んだ。


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