スーパーロボット大戦OG ~求める存在~   作:ショウマ

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※ 今回、内容に一部鬱表現があります。




――人形――

 

 

“彼女”が深い闇の底から意識を浮上させた時、戦況は一変していた。

 

 重い瞼をゆっくり開けると、視界の中に鮮烈な赤の世界が飛び込んでくる。

 

 警告を伝えるアラームも絶えず鳴り響いているのだが、間近から聞こえているソレを、少女はどこか遠くに感じていた。

 

 混濁した思考のまま、焦点の定まらぬ視線は徐々に上へと向けられていく。

 

 目の前に広がる赤い世界の正体は、天井から照らす非常灯らしい……いや、だった。

 

 目で見たものが脳に伝わり、それを認識して思い出すまでにいつもの倍以上の時間がかかっている。

 

 それでも、脳を働かせることによって少しずつ意識ははっきりしていく。

 

 不意に、赤の世界に別の光がもたらされる。

 

 電気系統に異常が生じていたらしく、ダウンしていたシステムが自動で再起動したようだ。こちらも不調なのか正面に据えられたモニターは時折瞬いているのだが、それが逆にシグナルとなって少女の意識の覚醒を促す。

 

 思考はクリアに、ぼやけていた視界もはっきりとした輪郭をもって、情報を頭脳へと伝えていく。

 

「――つぅ……」

 

 鈍痛がして額を押さえるが、勢いよく頭を振って吹き飛ばす。

 

 シートベルトで締めている部分が酷く痛む。余程の衝撃があったのだろう、もししていなかったら今頃は目の前に――突き出た操縦桿やレバーの類いに、勢いよく突っ込んでいたかもしれない。

 

 そう、操縦桿。

 

 少女――エルミア・エインは、自分が今いる場所を完全に思い出した。

 

〔ライグ=ゲイオス ゼフィリーア〕のコクピット内部。中を見渡せば、幾つかの計器から火花が上がっている。

 

「“あたし”は……あの二人と戦って……その後は」

 

 身体に変調を来すために定められた制限時間。それを大幅に越えて行われた戦闘の果て、限界を迎えた彼女は意識を失ってしまった。

 

 しかし、その後に起きた出来事について、朧気ではあったが少女の記憶として残っている。

 

 それはピントのずれた画面を見ているかのような、不思議な感覚であった。

 

 自分の身体が愛機を操作して、あの二人を――〔ヴァルク・タウォーム〕を追い詰めていく。

 

 非現実的な夢のような世界の中で、彼女は“彼女”の奮闘と、“悪魔”の所業を見ていた。

 

「……っ! あの男は……DG(デビルグラン)=シュナイルはどうなったの!?」

 

 エルミアはすぐさま端末に指を走らせた。

 

 機体周辺の状況を調べるのと同時に、ゼフィリーアの状態も確認していくのだが――得られた情報に愕然とする。

 

 サブモニターに表示されたゼフィリーアの、ほとんど左半身と言っていい範囲と脚部が消失していた。

 

 肩部に装備していた砲塔はもちろん、背面の六枚羽型のスラスターについても左の三つと、右の下部に位置する一つが。

 

 右手の実体剣も半ばから失われており、レーザーブレードを構成する機構は動作不良を起こしている。

 

 切り札であるリベンジブラストも、エネルギーを変換及び増幅する回路に重大なトラブルが発生し、兵装システム自体も機能していなかった。

 

 もっとも、残るプラネイト・ガン・ソードや翼のホーミングレーザー、肩部内蔵のミサイルポッドについても、それぞれの理由で使用不可能であったが。

 

 サブモニター上には、他にゼフィリーアの被害状況を知らせるダメージレベル指数も表示されている。

 

 ――ダメージレベル9。

 

 撃墜を示す10を除き、実質的な大破であった。

 

 装甲に使っているズフィルードクリスタルも機能不全を起こしているのか、自動修復は行われていないようだ。

 

 一度に大きな損傷を受けたせいもあるが、別の可能性も否定出来ない。

 

 そして、ゼフィリーアがそんな状態にある一方。

 

「この、化け物……!」

 

 モニターに映ったソレを見て、エルミアは嫌悪感を露に吐き捨てる。

 

 多少のダメージは見受けられるものの、その悠然と佇んでいた。

 

『ククク。あなた……といってももう一人の人格の方ですが、彼女の台詞を借りるなら、化かしあいなら私の方が上のようですね』

 

 嘲笑するテスタネットの声に合わせて、DG=シュナイルは異形と化した下半身部分……そこを取り巻く無数の触手が蠢く。

 

 おそらく先に取り込んだモノだろう、一体化したドライバーキャノンやレーザーソード、ゼラニオの主砲といったゾヴォークの兵器が先端に表れていた。

 

 さらには、レストシリーズやゲイオスシリーズといった、機動兵器の頭部を生やしているモノすらある。蛇の如く鎌首をもたげ、口部を開いて鋭い牙を見せつけてくる姿は生物のようだった。

 

「ドクター……いえ、テスタネット! あんた、そんなもの造ってどうするつもりよ!?」

 

『ふむ、またそちらの人格に戻りましたか。あの消耗具合では、回復にはまだ時間がかかるはずですが。後の可能性に懸けて覚醒を促した、というところでしょうか?』

 

 エルミアを無視して、テスタネットは分析と考察を行う。

 

 無視される形となったエルミアであったが、テスタネットの話を聞いていた彼女の脳裏を、ある光景がよぎっていた――

 

 

 

「――我の勝ちのようだ」

 

 これまでに得たデータから計測された、DG=シュナイルの装甲とその強度。そこから、破壊するのに必要な威力を導き出した。

 

 そして、こちらへの攻撃に大出力のエネルギーを放出したばかりのDG=シュナイルは反動で動けず、もとより機動力に劣るため回避は不可能。

 

 加えて、エルミアの予想通りであればあの厄介な念動フィールドも、数秒のタイムラグで間に合わない筈であった。

 

 放たれたリベンジブラストの黒い光の奔流は、真っ直ぐに巨大な赤い悪魔のコクピット部分を目指す。

 

 勝利を確信し、笑みを浮かべかけたエルミアだが、不吉な予感が背筋を駆け抜けた。

 

 その勘に従って、リベンジブラストによる攻撃中であったが強引に回避行動を取らせる。

 

 背面にあるバーニア、翼を広げてそこにあるスラスターも合わせて火を噴き出すと、操縦桿を力任せに動かしていく。

 

 その瞬間、モニターが赤く染まり……光の雨がゼフィリーアに振り注いだ。

 

「ぐ……ぬううう!」

 

 腕が。

 

 足が。

 

 翼が。

 

 ゼフィリーアの装甲が次々と貫かれていく中、彼女は咄嗟の判断でバリア――イナーシャルディフレクトフィールドを、機体の要所にピンポイントで張り巡らしていた。

 

 それでも大きな被害が出てしまうだろうが、何もせずに座して破壊されるよりはマシである。

 

 サブモニターに表示された機体の各所がみるみる赤くなり、ダメージレベルも2……3と上昇していく。

 

 勝利の一手であった筈のリベンジブラストが、エネルギーを集めた巨大な腕の手のひらに受け止められていた。

 

『ククク。DGフィンガーは攻防一体でしてね、こういう使い方もあるのですよ』

 

「く!」

 

 最低限の動きで、こちらの攻撃を抑え込んでいる。

 

 さらに……

 

「こ、これは……!?」

 

 エルミアは、自分の中に流れ込もうとしている異質な力を感じた。

 

 それは、自分が別のナニかに変わってしまうような危険なモノ。

 

「精神感応……いや、これは汚染だな。我を書き換えるつもりか? ……だが、させん!」

 

 自らを支配しようとする力に対し、彼女は機体を操作しながら、その強靭な意思で抵抗を試みる。

 

「我を従えると思うな!!」

 

 吼えて、バリアに使っているモノ以外のエネルギーを、全てリベンジブラストに回す。

 

 膨れ上がった黒き光の川が、激流となって悪魔に襲いかかっていく。

 

「後は、任せるぞ。己が運命に負けるな……――」

 

 

 

「――負けて、たまるもんですか!」

 

 自分が無事であるということは、“彼女”は精神支配に打ち勝ったのだろう。感じることは出来ないが、それに報いるためにも勝たなければならない。

 

 しかし――

 

『ククク……クハハハハハハ!』

 

 テスタネットの嘲るような笑いには、他者を呑み込まんとする狂気が満ちていた。

 

 それに負けぬように、少女は声を張り上げる。

 

「何がおかしいのよ!?」

 

『ククク……失礼。この世界での目的が、これでほぼ達成出来たかと思うと。時間はかかりましたが、こちらの計画は順調に進みそうですね』

 

「計画……この世界ですって?」

 

『ええ、そうです。この世界における、ある男が立てた計画ですがね。簡単にですが、教えてあげましょうか?』

 

 こみ上げる笑いを抑えながら、テスタネットが種明かしをするように自らの考えを話し始めた。

 

『――そして、運命に抗おうとする男は自らの能力を過信する余りに、必要な因子を全て揃えたと“誤認”してしまったのです。必要なモノが欠けていることに気付かぬまま、穴の空いた計画に従って、ね』

 

「ユーゼス……それが元凶の名前。――でも!」

 

 噛み締めるように、その名前を呟くエルミア。

 

 しかし、まだ見えてこないモノがある。愛機の修復を試しながら、話の引き延ばしの意味も兼ねて疑問をぶつける。

 

「それがあんたにどういう関係があるのよ!? ユーゼスを助けるってんなら、ここじゃなくて最初から地球に行けばいいじゃない!」

 

『助ける? そんなつもりはありませんね。私の目的はあの男ではなく、必要な因子を手に入れて光の巨人の力を得ることなのですから』

 

「光の……巨人?」

 

『ククク。これはあなたには関係ないことです』

 

 耳慣れないワードを聞き訝しげな声を上げる少女に対し、テスタネットもそのことについての詳細を話すつもりは無いようだ。

 

 代わりに、別の話題を口にする。

 

『この世界に、イレギュラーの因子である三つの鍵が揃う。二つは、旧き人祖の鍵たる存在』

 

 メインアームとなる巨大な両腕を失っているため、小型――といってもゼフィリーアを一掴み出来る――の隠し腕で腹部を示す。

 

「あの二人……」

 

『そして、もう一つ。多くの存在が入り乱れ、無限力のデータを持つ鍵』

 

 DG=シュナイルのツインアイが、動けぬゼフィリーアを見据える。

 

『私の求める存在――最後の鍵は、あなたです。造られた生命体、人造人間である、ね』

 

 コンソール上を動いていたエルミアの指が、ビクリとして止まった。

 

 驚きに眼を見開き、茫然とモニターを見つめる。

 

「人造人間……? あたしが……?」

 

 震える声で呟くと、信じられないとばかりに自分の手を見つめる。

 

『あなた自身も不思議に思っていたのではありませんか? 知り得ないこと、明らかにおかしな技術知識を持っていることを』

 

 思い当たる節はあった。

 

 初見であるはずのズフィルードクリスタルを理解していたこと。

 

 光子力やゲッター線、超電磁力、オーラ力やプラーナといったゾヴォークはおろか、共和連合でも聞いたことが無いエネルギー技術論の知識。

 

 魂の安息の場や、異なる位相の地下世界の存在。

 

 バルマーもそうだが、ウォルガやゾガルが得ているのとは異なる地球文明について。

 

 曖昧で夢みたいなものだが、彼女はそれらを知識として知っていた。

 

 現に、ゼフィリーアにはそういった技術のごく一部が使われているのだから。

 

「うそ…………」

 

『あなたはそういった技術が蔓延る世界から転移してきたのです。いえ、させました、この私が』

 

 少女の声に先程までの勢いは無く、それに畳み掛けるようにテスタネットは言葉を続ける。

 

 そこに歪んだ笑みを浮かべながら。

 

『ジュデッカ・ゴッツォタイプのハイブリッドヒューマンを基に製造し、ユーゼスに与えられたパルシェムの一体。廃棄処分される筈だったソレに多少手を加えさせれば、後はこちらに移すのみ。因子を集めるという彼の精神行動の中に、こちらが少し働きかければ意外と簡単に進みました』

 

「……あたしは……廃棄処分…………」

 

 テスタネットが話を進めていくごとに、エルミアの精神は少しずつ壊されていく。

 

 そして、それがテスタネットの狙いでもあった。

 

 この少女が普段見せている明るさとは逆に、精神的に酷く脆いことを知っている。

 

 強引に取り込んでしまえば目的は達成出来るのに、テスタネットはそうしようとはしない。

 

 手間をかけさせた分、完全に絶望する姿を見るために。

 

 それももう……目前である。

 

『一つ残念だったのは、私が回収した時のあなたが、あちらの知識を失っていたことですね。転移によるショックとは思いましたが、それでは役に立ちません。幾つか試しもしたんですがね、無駄でしたよ。おかげで遠回りせざるを得なくなり、ここまで時間がかかったわけです』

 

 ショックを受けているエルミアは、ただ話を聞くだけになっていた。

 

『まさか、仕方ないので新しい個体を取り寄せようと捨てた直後に、私の所へ担ぎ込まれて来るとは思いませんでしたが』

 

「……やめ……て」

 

『本来の人格は、おそらくもう一人の方だったのでしょうね。今のあなたのソレについては、後から構成されたモノでしょう。私が回収した時のあなたは、本当に人形のようでしたし』

 

 記憶を戻すために実験を行う内に、怯えるだけになった彼女を鬱陶しく感じた彼は、躊躇いもなくそのまま外に捨てたのだ。

 

 その後、怯えるだけであった彼女が“新たな自分”を作り上げ、あちらの知識の流入を見せ始めたのは幸運であった。

 

『さて、副作用の無い複製人間である私と違い、調整しなければ所詮あなたは長生き出来ないのです。人形は人形らしく、朽ち果てるまで私の指示通りにしていなさい』

 

 そしてテスタネットは仕上げに入る。

 

「にん……ぎょ……う」

 

 うわ言のように呟くエルミアに、トドメを刺すために。

 

『そう、人形。……最後にもう一つだけ、あなたにとっておきを教えてあげましょう。ジュデッカ・ゴッツォタイプは、特に優秀な人間のデータを元に作られるそうです。つまり――』

 

「……やめて……聞きたくない」

 

『あなたはこのDG=シュナイルと同じ――』

 

「もう……ききたく……」

 

 その先を理解して、拒絶を示す少女。

 

 しかし、その祈りは虚しく――テスタネットは自らの悦のために、

 

『化け物なんです』

 

 それを口にした。

 

「あ……ああああああああああああああああ!!」

 

 絶望に打ちのめされた少女の声が、コクピット内に重く響き渡った。

 

 

 

『――さて、そろそろ終わりにしましょうか』

 

 メインアームの調子を確かめるように、何度も指を動かす。

 

“彼女”の抵抗によりダメージを受けていたDG=シュナイルも、大部分の再生作業が完了した。

 

 エルミアの悪足掻きを警戒して、念のためと趣味を兼ねて様子を見ていたのだが……。

 

 ゼフィリーアを引き寄せるため、触手が幾重にも巻き付いても最早なんの反応も返ってこない。

 

 DG=シュナイルの胴部が蠢き、無抵抗の獲物を食そうと大きく顎を開く。

 

『ククク。これで再び……いえ、今度こそ本当の神になるのは、この私です』

 

 複製元の男が成しえなかったことをやりとげ、自分の存在を確立すること。それこそが、テスタネットの最終目的である。

 

 丸呑みのためにさらに大きく口を開き、テスタネットが次の段階の手順を考え始めた時だった。

 

 どこからか飛来した無数の円盤状の光の刃が、悪魔の触手を切り裂いていったのは。

 

 




 
 
 
 
※ ゲームで言うと、今回はボス前のイベント会話回となります。


作者の拙い文章では伝わり難いと思いますので、以下バレている方には「うん、分かってた」ネタバレを。

興味ない! という方はここまでで。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
エルミア:αシリーズのユーゼスが、第七艦隊内で破棄したパルシェムの一体。あの世界の知識を持つ。


テスタネット:ヒーロー作戦の世界で作られたユーゼスのコピー人間。オリジナルが成しえなかったことを自分が達成することで、自己を確立しようと企む。




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